ご了承ください。
あと、今回はエロ無しのルール説明回です。
とある世界の、とある国。
そこの首都の地下には『闘技場』と呼ばれる施設があり、昼夜を問わず熱狂的な戦いが繰り広げられていた。
といっても、その性質は昼と夜とではまるで違う。
昼には、腕に覚えのある強者や、勝者に与えられる莫大な金銭を求めてやってきた冒険者たちが
夜には、罪を犯して衛兵に捕まった罪人がその身の自由を得るために、『挑戦者』として『闘技場』の用意した魔物や同じ罪人と殺しあう。
それは、命のやり取りを『
ゆえに、昼のものであろうと夜のものであろうと、『闘技場』においては命の保障というものが存在しない。
観客のことを抜きにしても、剣術や魔術といった『殺すための
当然、夜のそれは昼のものに輪をかけて酷くなる。
勝利の報酬が、金銭ではなく罪人に対する『無罪放免』であるからだ。
夜の『闘技場』においては、『挑戦者』を殺害することが積極的に認められる。挑戦者はイコールで犯罪者なのだから、当然といえば当然だろう。
そもそも、そうでなければ『挑戦者』の対戦相手として、魔物を出すことなど許されるはずがない。
ただし、なにごとにも例外というものは存在する。
それはたとえば、『挑戦者』が、類稀な力量を持ちながらも、やむにやまれぬ事情で罪を犯してしまった、国の維持や発展に
あるいは、その罪人が国を動かすにおいて重要な位置にいた者であり、わざと弱い相手をぶつけることで無罪放免を勝ち取らせなければならない、という事情がある場合であったり。
またあるいは、罪を犯した者が、王族にその
そして今夜もまた、意味合いこそ違えど『例外』と称されるに相応しい少女が、この場に姿を現した。
◆ ◆ ◆
『――
風の魔術を使っているのだろう。
審判役を務める男性の声が、闘技場内に大きく響き渡った。
意に介することなく、少女――ミリアは銀色の長髪を揺らしながら、円形の闘技場の中央へと歩を進める。
年の頃は十七歳前後。
同年代の平均よりも背は低く、青を基調とした半袖の服を身にまとい、その上には銀色の胸当てをつけている。
下半身を包むのは、同じく青のショートパンツに黒いタイツ。足首から指の先までは銀色のブーツで覆っていた。
顔立ちは、やや幼げながらも綺麗に整っている。
そのクールな表情からくるものなのか、はたまた青い瞳から強い意思を感じるからなのか、そんな少女の立ち姿は、どこか身持ちの堅そうな印象を見る者すべてに与えた。
ミリアは軽蔑するようにその目を細め、目元のみが隠れるタイプの仮面をつけた貴族たちの座る観客席をぐるりと見渡す。
私はなにも盗んでなんかいないのに、と。
これは武器屋の店主の勘違いで、自分にはなんの罪もないのに、と。
衛兵を呼ばれて店先で尋問されたとき、おとなしく『盗みました』と言えば、おそらく捕まることはなかっただろう。
罰金を払って厳重注意。前科はつくが、それで済んだはず。
しかし、ミリアは認めなかった。やってもいないことを認めて前科者になるなど、絶対にごめんだった。
もちろんそんなのは誰だって嫌だろうが、彼女は聖なる騎士――『パラディン』のクラスになるべく修行してきた身。
『犯罪行為に手を染めました』などと安易に認めるような者が、果たしてパラディンへのクラスチェンジを
自分だったら、おそらく赦さない。
クラスチェンジを認め、パラディンと成ることを赦すのは
だからミリアは抗弁した。
一歩も退かず、自分の非を認めず、徹底的に争った。
そしていま、彼女はここに立っている。闘技場での戦いに勝利すれば、武器屋の店主には訴えを取り下げさせる、という条件をこの国の第三王子から提示されて。
だが、ミリアは知らない。
武器屋の店主を抱き込み、
さらにタチの悪いことに、この王子は少女の美貌に魅入られて自分のものにしたくなったのではなく、ただ単に『この少女が抵抗しながらも乱れてゆくさまが見てみたい』と思ったに過ぎない、ということを――。
◆ ◆ ◆
ミリアが闘技場に足を踏み入れてから、しばしして。
彼女の入ってきた方向とは間逆のほうにある鉄製の扉がようやく開いた。
そこから出てくるのは、果たして魔物か罪人か。
緊張に身を少しだけ硬くしたミリアだったが、それでは勝てるものも勝てなくなると、意識して身体を
相手の命を奪うことになるかもしれない、という罪悪感は彼女にはない。
魔物であれば、それは人間にとって排除すべき外敵だし、罪人だったとしても、彼女と同じく無実の罪で
自身の敗北は、最初から考えてもいなかった。
戦場において、敗北は死を意味する。
ならば、常勝無敗は成して当然。
もちろん、彼女のこの考えを騎士団の人間が聞けば、皆が若い、青いと口にすることだろう。
無様に
だが、ミリアはまだ騎士ではない。理想の騎士になることを夢見て修行を続ける、ただの小娘だ。
ゆえに、彼女の頭に『敗北』の二文字が浮かぶことはありえなかった。
やがて、開ききった扉の向こうから、四本足の影が姿を現す。
「――ほう、今宵の
しわがれた声は、老人のものだった。
現に、その顔には幾重にも
頭にも、髪は一本も見当たらなかった。おそらくは、丸めているのではなく、年月を経ると共に自然と抜け落ちたのだろう。
そう、顔だけは老人のそれだった。
頭部だけは、長い年月を重ねた老人のものだった。
しかし、それ以外の部位はどうか。
まず上半身は、成人男性のそれを思わせる力強い骨格と筋肉を維持していた。
申し訳程度の服を
そして下半身は、もはや人間のものではなかった。
黒い毛並みに四本の足。それを視界に収めたとき、ミリアは
だが、この生き物は断じて黒馬ではありえない。
馬は
本来、尾があるべき場所に一匹の『蛇』がついているなどと……!
「――
魔術によって造りだされるという、合成生物。
複数の生物の機能や特徴を
おそらく表には
もしかしたら、魔物が材料にされている可能性すらも……!
そんなミリアの思考を遮るように、闘技場内に先ほどの男性の声が響いた。
『美しき少女戦士に対するはアシモフ! 我が闘技場が誇る有数の実力者、アシモフ!!』
それに応えるように、観客席に座る人間たちが歓声をあげる。
これから行われるのが、ただの命を賭した戦いであると勘違いしている者も、今日の対戦の実情を事前に知らされている者も、例外なく。
『ではルールに
自らの有する戦闘能力の開示。
ただひとつ――修得している
クラスとレベル、そしてパラメーター。
観客たちは両者のそれを見比べた上で、どちらに賭けるのかを決めるからだ。
そのことを事前に聞かされていたミリアは、せいぜいしぶしぶ、己の戦闘能力の開示を心の中で念じる。
それに応え、光の粒がどこからともなく彼女の頭上に集まり、意味のある文章の
クラス:ファイター
レベル:19
力:C
耐:D
速:C
魔:D
運:E
パラメーターは基本、E、D、C、B、Aの五段階で格付けされており、Eが一番低くAがもっとも高い。Aよりもさらに上のランクである『S』に至った者もこの世にはいるらしいが、それは非常に稀な例だろう。
格付けに照らし合わせて考えれば、ミリアのパラメーターは、ともすれば低くも感じられるかもしれない。しかし、その認識は間違いだ。
十七歳にしてレベル19、まだ少女でありながら『力』のランクがCまでいっているのだ。
将来性も含め、彼女のパラメーターは充分に高いといえた。
さらに彼女は、『体術』に『
ランクはどれもB止まりであるものの、
さらに、パラディンを目指しているミリアは、もちろん剣術や魔術の修行も欠かしていない。
しかし育った環境や素質、生まれ持った魔力の低さなどから、『剣術』と『魔術』の
パラメーターと違い、
それがミリアには少しばかり悔しく、歯がゆかった。
ミリアの頭上に浮かんでいた光の文字の羅列が消え、続いてとばかりにアシモフがパラメーターを表示させる。
クラス:サーヴァント
レベル:31
力:B
耐:C
速:D
魔:D
運:C
己の戦闘能力を敢えて時間をかけてミリアに見せつけ、その顔が絶望の色に彩られるさまを
だが、少女は眉を寄せてなにごとか思案しこそしたものの、恐怖の感情を見せることはまったくしなかった。
両者のレベルには、確かに開きがある。
アシモフの『力』の高さは、ミリアにとっては間違いなく致命的なものだ。一撃まともに食らってしまえば、再び立ち上がることは困難だろう。
どのような
だが、それだけだ。
端的に言って、31というレベルの割には全体的なパラメーターが低い。これはアシモフが『サーヴァント』――『召使い』のクラスだからだろう。
ミリアであれば『力』というように、集中的に鍛えたパラメーターというものが存在しない。
防御力も、見た目から想像していたものに比べれば低い部類に入るし、速度も彼女のほうが勝っている。
魔術を使用してくる可能性は否定できないが、肝心の魔力はミリアと同ランクだ。充分に気をつけてさえいれば、これは脅威になりえない。
ランクCの『運』も無視できる範囲のものだ。ミリアの運は確かに致命的な低さではあるものの、それのせいで苦戦を強いられた経験というものが彼女には一度もなかった。
完全に実力が
両者の実力差をそう
レベル差は確かにある。しかし勝てない敵でない、と。
そのときだった。
彼女の冷静さを根こそぎ奪っていくような解説が、闘技場内に響き渡る。
声はもちろん、例の男性のものだ。
『えー、それと今回はミリア選手に関する補足資料が届けられています。パラメーターとして表示される類のものではありませんので、私が読みあげさせていただきますね。
ええと、まずミリア選手の身長は……だいぶ小柄な152cm。次にスリーサイズですが……上から80、55、79』
「なっ!? や、やめてください! そんな情報、この戦いにはなんの関係もないじゃないですか!?」
闘技場に足を踏み入れてから、初めてミリアが
どこからともなく聞こえてくる声に読みあげをやめるよう訴え、数字が明らかになる度に歓声があがる観客席を、頬を赤く染めながらにらみつける。
『そして一番気になる胸のサイズは……『
観客席からの歓声が最高潮に達する。同時に、ざわざわとどよめきも起こっていた。
それを代弁するかのように、ミリアの対面に立っているアシモフが口を開く。
「ほう、娘。大きさは『並』じゃったか。ワシはてっきり、『
「黙りなさいっ!」
胸元を隠すように両の腕を交差させ、ミリアはアシモフの言葉を遮った。
しかし、彼女の身体に突き刺さるような視線は一向に減らない。見れば、眼前の
気配を察知する修行も積んできたミリアである。遠くからのものであろうとも、その
だが、いまは放置するしかなかった。
貴族たちの『
ミリアは観客席の一角を鋭くにらみ、倒すべき相手であるアシモフに向き直った。
余談ではあるが、スリーサイズの『バスト』と『胸の大きさ』は別のものとして扱われる。
バストは数字で表されるのだが、胸の大きさのほうは割とアバウトに、無、貧、並、巨、
そして形が整っているもの、美乳だと判断されたものに関しては、五段階の基準とは別に『美』という評価が与えられる。
もちろん、ミリアからしてみれば嬉しくもなんともない評価ではあったが。
それにしても、なぜスリーサイズなどの情報が流出したのだろう、と彼女は
そして、すぐ出どころに思い当たった。
彼女が着ている服や装備している防具、それとまだ拳につけてもいない武器は闘技場側によって用意されたものなのだが、これらはミリアのためにあつらえた最高級品、とのことなのだ。
彼女のために一から作られたのだから、当然、そのときに
そのとき身長などを測りにきたのは女性だったので、これといって警戒はしなかったのだが。
まさか……まさか、あとあとこんな大勢の人間の前で、このような辱めを受けることになろうとは。
『さあ、両者のパラメーターの開示とオッズの設定が完了しました! 観客席における皆々さまがたは、どちらに賭けられるのかをお決めください!
そしてその間、ミリア選手には当闘技場におけるルールを説明させていただきます。――よろしいですか?』
「……はい」
蚊の鳴くような声で返事をするミリア。
それにかまうことなく、審判役の男性は陽気に説明を始める。
『えー、大前提として、当闘技場はできる限り挑戦者にとって有利に働くよう、ルールを敷いております。
まず当闘技場における戦闘に、制限時間というものはありません。時間無制限の一本勝負、というものですね。
戦いを有利に進めていたところで鐘が鳴り、強制的に敗北を決定づけられてしまうのは、挑戦者にとって不本意の極みでしょう? そういった不満を無くすため、当闘技場では敢えて制限時間を設けないようにしているのです』
「なるほど」とうなずき、次の説明を待つミリア。
『次に、今回は一定の時間が経過するごとに、休息を挟ませていただきます。その時間は五分。その間にスタミナの回復や怪我の治療などをして、態勢を整えてください。
今回のように、挑戦者と当闘技場の
自分の持久力を
そう認め、彼女は不満げな表情を見せはしたものの、これといって文句は口にしなかった。
『第三に、武器や防具を始めとした装備品及び服は、当闘技場が用意したものを使用していただきます。
これは、金銭的な事情から品質の良い武具を揃えられない、という挑戦者に対しての配慮ですね。わざと
――もっとも疑わしいのは、まさにそこなんですけどね。
心の中でそう毒つくミリア。
だが、服やタイツ、ショートパンツには確かに上等な生地が使われているし、胸当てにしてもケチのつけどころはない。
この分なら心配要らないだろうと拳に装着してみた銀色の
だが、どこまでも『挑戦者の有利』を
ミリアにとって、『闘技場』とは『悪』なのだ。
殺し合いを賭け事の対象にし、過去に幾度となく罪人の無罪放免を認め、少しばかりの茶目っ気ではあっても、たったいま大勢の観客の前で自分を辱めた。
そんなのが『悪』でなくてなんなのか。
だからこそ、『闘技場』に敷かれたルールは公正なものであってほしくなかった。憎むべき、
だが、公表されたルールはどこまでも公正で、疑う余地なくミリアにとって有利に働くものばかりだった。
そう、ここまでに提示されたものは、すべて。
『第四に、ミリア選手とアシモフには、今回に限り、剣術と魔術の使用を禁じさせていただきます』
「――ちょっと待ってください!」
思わず抗議の声をあげるミリア。
「これでも私は、いくつかの魔術が使えます! 剣術だって修行を積んできました! それが使えないのでは、私の実力が発揮しきれません!」
『しかし、ミリア選手。あなたの魔力は決して高いものではありません。
「その『牽制程度の術』の使用を禁じられるのが問題なんです! 剣術においても同じことが言えますが、戦闘において『牽制』がどれだけ大事なことか――」
『なるほど、一理あります。ですがミリア選手、ランクCでもかまいません、あなたは剣術と魔術を『
「……っ! それは……」
痛いところを突かれ、うつむくミリア。
そんな彼女に審判役の男性はさらに重ねる。
『……どうやら、剣術及び魔術の
そして、それを未修得の
ですので今回は、剣術と魔術の使用は敢えて初めから禁じておいたほうがよいのでは、と判断させていただいたのです。――ご理解いただけたでしょうか?』
「……はい」
ここまで
それに、剣術と魔術の使用を禁じられたのは自分だけではないのだ。目の前に四つ足で立つアシモフとて同じこと。
落ち着いて考えてみれば、不公平なところなど、やはりどこにもありはしなかった。
『ちなみに魔術を使用しようとしても、その魔術及び魔力は、現在両者が首につけている首輪にすべて吸収され、効力を無効化されます。頭の片隅に留めておいてください』
その言葉に、ミリアは自分の首筋に手をやった。
そこにある黒い首輪は服の採寸をされたときに渡されたもので、てっきり窃盗の容疑者であることを表す
『さて、では最後のルールの説明に移ります。これは挑戦者の敗北条件に関することですね。
当闘技場における戦闘は時間無制限の一本勝負、というのは先ほど申しあげましたが、それは決して、どちらかが死亡するまで戦い続けるデスマッチと同義、というわけではありません。
もちろんアシモフからしてみればデスマッチなのですが、挑戦者に関しましては、私が『戦闘の続行は不可能』と判断し、そう宣言した場合、例外なく、どのような状態にあろうと敗北を受け入れていただきます』
それは聞き捨てならなかった。
公正と挑戦者への配慮を何度となく口にしておきながら、最後の最後で『場合によっては強制的に敗北させる』と言ったのだ、この男は。
「納得いきません! それはつまり、私が優位に立っている状況であっても、あなたの判断ひとつで私を強制的に敗北させられるということでしょう!? 最初のあなたの言葉を借りるなら、それこそ不本意の極みというものです!!」
『ご安心ください。挑戦者にとって圧倒的に不利な状況にならなければ、この
「信用できません!」
『そう申されましても、こればかりは、信用してくださいとしか言いようがなく……』
正直言って、どれだけ言葉を尽くされようとも信用などできはしない。
しょせんは口約束なのだ。実際に自分が圧倒的優位に立ったとき、ルールを破って強権を発動させないという保障がどこにあるというのか。
だが、一連のルールを受け入れなければ、ことは始まらない。始められない。
嘆息し、ミリアはぽつりとつぶやいた。
「……絶対ですよ?」
『はい、お約束します。――皆々さまがた、
――さて、長いことお待たせいたしました。それでは、いよいよ開幕と参りましょう。
ミリア選手、どうかよい戦いを!』
いかがでしたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
あと、この回にはエロシーンがないので、続けて第二話を投稿します。