墓石があった。
書かれている文字は、明らかに現代のものではない。
『選定の儀は成されたり』
『盟約の時がきたれり。選ばれ者の凱旋たれ』
墓標があった。
人の名残はなく、しかし清潔さを保っている不思議な墓だった。
『異なる世界に渡れよ』
『今この時より
墓石があった。
それは一人でに明滅し、天にも昇る光を放っていた。
分厚い雲を割って貫き、燦然と
『権能者にして絶大。不完全にして神たれ』
『勇ましき者。我らが竜の血が、後世に残さん』
墓石があった。
苔むした薄汚い岩となり、役目を終えたかのように佇んでいた。
雲一つとない、晴れた空だった。
◇ ◇ ◇
ロートレアモン騎士国――通称『竜を飼う国』。
北方にはゼロファス帝国、南方にはシェブロン王国。
大陸の二大列強に挟まれた、この人口五百万足らずの小国には、ある特殊な学院が存在する。
アンサリヴァン騎竜学院。
ドラゴンと契約を交わした少年少女たち――
誰かがもぞもぞと布団に潜り込んでくる気配に、アッシュレイは片の瞼をすっと動かした。
そうやら自分はまだ夢の続きを見ているらしい。ファザードラゴン、しつこい。……あぁちなみに。小説の方は先月に無事完結した。ただいまは新作候補を担当編集に渡したところ。
気配に意識を戻す。
やはり何者かが布団に潜り込んできていた。
……コイツ、か。
暗闇の中、見るも怪しげな少女の髪が、肌が、ぼんやりと発光している。
窓越しには、異様に大きな満月が夜風にはためくカーテンに見え隠れしていた。
寝る前にカーテン開けとくとか、冷えるんだが。
「ふふ……良い夜だわ。あなたも、そう思わない?」
ピンクシルバーの髪とルビーの瞳。スノウホワイトの肌。また頭に生えた風格ある一対のドラゴンの角。裸同然のしどけない下着姿。……全てが事前の情報通りだ。
少女――――ナヴィー、だったか。彼女はアッシュレイを征服したかのように見下ろすと、妖しい微笑を漏らす。
「……っ!?」
たったそれだけの動作で、アッシュレイは身動を封じられてしまった。
――――おいおい……、聞ーてないぜ。
しかしまぁ、きっとこれも“悪戯”の範囲なのだろう。
焦るアッシュレイの腹に、ナヴィーが跨ってきた。重さはさして感じない。やはり夢だからか。
甘い香りが、ふんわりと漂ってきた。
見れば見るほど、妖艶な少女だった。
胸元の大きな塊がふたつ、今にも零れ落ちてしまいそうな程に、ぷるんと揺れる。
「ナヴィー……といったな」
アッシュレイの問いかけに、ナヴィーは「あら?」と反応を見せた。
「私、言ったかしら」
知らない。
名を言い当てた己にすら困惑している。なぜ知っているのか、そもそもここは一体どこなのか。
「言ったさ」
聞かされていないが、重要ではなかった。
「そう。……貴方、今までよりも好戦的ね。気配が尖ってる。
これが本性なのかしら?」
「どうだかな」
「……いいえ、違うわね。なにか、もっと別のもの。
そうね、例えば今この瞬間に
――誰か他の人格と入れ替わったかの様な」
ドキリとした。
あぁ、そうか。そうかもしれない。
裏付けるものはないが、感覚はが当たらずとも遠からずと訴えてくる。
「妄言だな」
「わたしもそう思うわ?」
ナヴィーがアッシュレイを抱き締めた。
柔らかな肌に、全身をしっとりと包み込まれたような気がした。
艶やかな唇が、耳元で囁く。
「でもいいわそんなこと。
今夜も、たっぷりと可愛がってあげるわ」
熱い吐息を感じた。耳たぶを噛まれた。こりっという音を、実際に聞いた。
「イケナイ淑女だな……っ!」
体が反応してしまう。
はて、自分はこんなにも未熟で過敏だったか。
いや、肉体が過剰に反応してるのだ。
「あら、褒め言葉ね」
少女は情け容赦なく、アッシュレイの身体をむさぼり続ける。
うなじ、胸、脇腹、腕、……肌の上を這いずり回る舌と歯の感触に、アッシュレイは幾度も身動ぎをしそうになった。
まるで現実のような感触である。
ファザードラゴンの言っていたことが本当なら、自分はこの金縛りを簡単に解除できるハズだ。
これは早急に打って出たくなってしまった。
現実では犯罪でも、夢なら全てが許されるのだから。
――――どんっ!
大砲でもぶっ放したかのような爆音が耳を打った。
大方近くで何かのイベントでも開催しているのだろう。
(なるほど、オレを起こしてくれちゃったのはこの音か)
結構いい夢だったというのに。ファザードラゴン、ナヴィーのところから是非ともまた見たいものだ。
「……ファザードラゴン?」
頭が重い。知らない知識がふつふつとわいてくる。
辞書を速読しているかのような感覚だ。
「ハァ……」
とりあえず、顔を洗うことにした。
ベットから降りて歩――――……、何で歩けてるんだ? オレ。
確か、右膝は粉砕骨折だったハズ。
折れた肋骨は肺に突き刺さっており、かなりの重傷だった。
だから術後に目覚めた時、医師と少し話したが、強がりも早々に、結局寝てしまった。
点滴は? ……繋がれていない。
運ばれた病院はなんだったか……。
確か、国立東ky――。
靄が掛かる様に、単語が出てこない。
しまいには、記憶が消されていく様な感覚さえ感じる。
書かれた履歴に、黒でべた塗をされいるかのよう。
「おいおいおいおい……」
改めて見渡すと、ここは辛気臭い病院の個室ではなかった。
それだけにとどまらない。
肉体も、見慣れた自分の身体ではなかった。そういえば視点が低いなと思ったのである。
ここは一体――――、
「がッぁぁ!??」
何の前触れもなく、突如として思考を割るように頭中を激しい熱が襲った。
アンサリヴァン騎竜学院
男子寮アポロ舎
パル
竜華結晶
星刻
ロサ・マリア
アヴァロンの騎士
現在位置を皮切りに、おびただしい数の情報が刻まれてゆく感覚が続く。
理解した。これはこの体の前の持ち主、アッシュ・ブレイクの記憶と知識である。いや、……それに加え、ファザードラゴンが送り付けている情報もあるようだ。
「んが!? ぬぁああああああああああああああああああ」
痛っっっっっっっっっっっってぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええ!!!???
痛みのあまり、アッシュレイは頭を抱えながら床に膝をつく。
決壊したダムの水さながらに知識が脳を支配する。
しばらく耐えていると、収まり始め、時期に痛みは無くなった。
自分が何者なのか。成り代わって存在している異物だ。
ここはどこなのか。アンサリヴァン都市の学院だ。
当たり前にしっかりと把握できた。
引き継いだ記憶ははっきりしており、脈も落ち着いている。
あたかも元から自ら歩んできた人生かのよう。
ただ違和感としては、己に課せられた使命への確執と、それに伴った凝り固まったプライドであろうか。
「どうしたんだアッシュレイ大丈夫かっ!?」
ドアを力強く開け放ち男子生徒が一人現れた。
レイモン・カークランド。
アッシュレイの悪友である。
「あ、ああ……問題ない、さ…………」
「本当か!? お前の大丈夫は信用できないぜっ?」
「あー……、ベッドから頭を下に落ちてだな」
「それは何となく分かってた」
コイツ、全然分かってねぇ。
違うんだ。情報が……な。ぐふっ。
「ま、まぁ大したことない」
「そっか、大丈夫ならいいんだ。
それはそうとアッシュ。お前こんな時間まで寝ててさ、アップしなくていいのかよ」
(アップ……?)
そうか、今日は『
……オレはこのお祭りで行われるレースでとある女子生徒と勝負をすることになっていた。
何てこと。
メンド臭い。
過去の自分は何を思って勝負を受けたのか、問い質したい。
本当に自分の意志で受けたのかも疑わしい程だ。
このアンサリヴァン騎竜学院に通う生徒は皆
レースは竜に乗って行う。
当然、参加には竜が必要不可欠だ。
ところが、アッシュレイの(新たな)肉体に刻まれた聖刻からは、まだパルが誕生していなかった。
(痣は無駄に大きいくせにな)
自らの過去。を嗤っても意味がない。存在しない者を責めても仕方がないのだ。というか、客観的に見れば自嘲しているようにしか見えない。
このアッシュレイ・ブレイクに宿っている(状態を
まぁ、しかし勝負することになっている女子生徒も現段階でアッシュレイにパルがいないことを知っている。
しかしまた同時、にアッシュレイが他人のパルを操れる……〝どんなドラゴンでも乗りこなせる男〟と呼ばれるほどに非常識者であることも知っている。
が。結局はパルの有無だ。
「竜を借りられなかった」とか何とか適当に抜かせば、きっとうまく回避出来るのではないだろうか。
うん、いけると思う。
「俺のブリギットは貸してやる。あのお姫様をギャフンと言わせてやれ!」
なんて、思っていた時期が彼にもあった。
実に、実に余計なお世話である。
「いや、別にい――――」
「姫様にも俺から言っておいたぜっ!」
「お前実は敵だろ」
「はぇ?」
裏切り者は大抵の場合近くにいるもの。
かくして。
アッシュ改め、アッシュレイ史は動き出したのである。
◇ ◇ ◇
ずっとパルに恵まれなかった『アッシュ』は、他人のドラゴンを借りることで試験などを乗り越えてきたらしい。
現在、アッシュレイはレイモンから借り受けたドラゴンである
向かっているといっても、もうかなり近くまで来ている。寮での朝食を抜いてきたのだ。
遅刻からの不戦敗なんて不名誉は、転生初日でなくとも御免被りたい所だった。
「おはよう、諸君」
諸君とか、どこの大佐だ。
「本日はお日柄も良く――――などという、平和なゴタクを述べるつもりはない」
声の主は、会場の舞台中央に立つ一人の女。
燃えるような紅蓮の髪に、切れ目の双眸。冷徹そうな美貌は大理石の彫像のようであり、触れれば切れるような緊張感を漂わせていた。
生徒会長、レベッカ・ランドール。
またの名を、
その二つ名の由来は、鮮烈な赤毛の輝きと豪胆な気質。そしてなにより、圧倒的な強さに由来するものだ。
学院最強は誰か? っと問われれば、誰しもが彼女の名を上げるらしい。
アッシュレイは、近いうちにレベッカを叩き潰すことを決意した。勝てるかどうかはさておき、人間を辞めているくせに何と大人気ない。
「いいね。力づくで組み敷きたい」
「えっ」
すぐ横にいた女子生徒が凄まじい勢いを持ってアッシュレイを振り向いた。ゆゆしき事態である。
「なに本気にしてるんだ。ジョークに決まってるだろ」
褒められたことではないが、嘘は得意だった。
「そ、そうですわよね……」
貴族みたいな喋り方だなとアッシュレイは思った。いや、きっと貴族なのだろう。アンサリヴァン騎竜学院では珍しくもなんともない。8~9割が貴族なのだから。
――――っと、会場が沸いた。
隣の女子生徒も、
「きゃーっ! 俄然燃えてきましたわっ!」
なんてパルの上ではしゃいでいる。
「……何があった」
「アッシュレイ君、聞いてなかったんですの? レベッカさまがレースの優勝者とデートしてくださるそうですわ」
「へー」
「でもやっぱり、私たちのパルは
もっとも、アッシュレイ君は例によって友達のパルですわよね」
わねわねっと言い方が癪に触らないでもないが、この際気にしたら負けである。
それに……、これは確認するチャンスかもしれない。
「オレってどの程度有名なんだ?」
「まあ。なにを今更。
他人のパルを乗りこなす異常者アッシュレイ・ブレイクの名を知らない学院生徒はいないと思いますわ」
「そか」
無駄な確認だった。脳に刻まれた情報は何から何まで正確無比だ。
舞台では代表選手の言葉に移っていた。
姿を見せたのはアッシュレイと同学年であり、件の勝負相手。
「いかなる勝負事であろうと、全力を――――」
ロートレアモン騎士王家第四王女シルヴィアの宣誓に対し、アッシュレイは耳栓を
今は白羊宮の月であって4月だ。
まったく……。
これから嫌が応にも暑くなってゆくだから、せめてこの瞬間だけは涼ませてほしい、という話である。
耳栓を外して手のひらで転がす。
少し、耳粕がついている。
ふっ、と払う。
耳栓の手触りは、シリコン質で、この世界ではゴムが一般的だったかと思った。
魔力で創造された、この世界にはまだ開発されていない物質。
「やるよ」
「え?」
「じゃ、レース行ってくるわ」
「ちょ、アッシュレイ君っ?」
こんなの頂いても怖りますわ、と後ろ引く女性とを無視してスタートポストに向かう。
スタート位置となる校庭の外れ。芝生の中に大きな木があり、その下の日陰は何とも心地よさそうだった。
多少時間もあることだし、と。
アッシュレイは横たわるのだった。
★コラム★
植えつけられた知識は基礎的だが膨大。
肉体などはまんまアッシュなので、これから鍛えるしかないが魔力や氣力を扱うセンスは他の追随を許さないレベル。
魔法<イベントリ>の中身は鉱石やら武器やらがわんさか。アッシュレイの魔力を消耗して自動で個数が回復する。物資チート。