なんて思った古石です。
え、今回から?
まっさかー!
空を滑るアッシュレイ。
彼は、コゼットに重力操作魔法をかけて、まるでともに飛行魔法を使っているかのように空中遊行をしていた。
対し、無造作に担がれたシルヴィア。
スカートが捲れ上がり、全く王族の扱いを受けていない。いや、女としての扱いを、か。
ただ、進行方向上には山なりの障壁が展開されており、髪がぐっしゃぐしゃになる事態だけは防がれていた。…………、……どうせそれさえも自身のためなのであろうが。
三階建ての家屋の屋根と等しい高度での高速飛行。
街を行く人々は、アッシュレイたちに気が付かない。いや、実は、公衆トイレで浮かび上がる際、一人の女に見られた。が、そのくらいどうとでもなるのでスルーである。
市街区の東端。
そこには小規模の雑木林に囲まれるようにして、ひっそりと屋敷が建っていた。かなり老朽化していることもあり、お化け屋敷のように見えた。人が住んでいるかどうかは、言うまでもないが、住んで(もしくは使われて)いるのだろう。
アッシュレイは、その屋敷の200メートルほど手前に静止した。
急停止で、アッシュレイの肩から放り出されたシルヴィアは、相当な速度で砲弾よろしく墜落したが、ピアスが障壁と重力操作魔法でいい仕事をしたので、実際には空気風船が落ちる速度とさして変わらなかった。
しかし、アッシュレイ。
コゼットだけはわざわざお姫様抱っこ。スーパー優遇である。
「……」
「さあ姫様。お早く」
「(納得いかん……)」
ウルトラ憮然とするシルヴィア。
アッシュレイは瞬間移動で背後に移り、シルヴィアの腹に手を回し、左手で首筋を撫で上げつつ、顎をクイっと持ち上げた。
「優しいエスコートがご所望かな? お姫様よ」
「あ、アッシュレイ……!」
ふぅ、と右の耳たぶに息を吹きかければ、たちまちに熟したリンゴが出来上がった。
「(あの
アッシュレイはシルヴィアを解放し、背中をたたく。
たたらさえ踏めない王女は、大人しく侍女に抱き留められた。
「さ、行くか」
「ふふ、アッシュレイ様? 姫様に何をおっしゃったのですか?」
高度な読唇術の使い手であるはずだが、角度の問題で見えなかったのだろう。
見えているのは、オーバーヒートを起こしているシルヴィだけだ。
「気が向いたら教えてやるよ」
「秘密主義ですこと」
「それは若干違う気がするが……まぁ
少し歩くと、木々が邪魔で見えづらかった屋敷の全貌が明らかになった。
上空から見た通り、やはりお化け屋敷体である。
ふと、アッシュレイは気が付いた。
紅玉が、王林になっている。
「ほ、ほほ、本当に……
先ほどの乙女乙女していた空気はどこやら、普段凛としているシルヴィアには珍しく、なぜだか顔面蒼白である。
「
「そ、そうか」
「お前、怖いのか」
「そっ、そんなわけないだろう!」
シルヴィアが虚勢を張っているのは明らかだった。見かけによらず、怖がりな性格らしい。
アッシュレイはもちろん追い打つ。
「ちびるなよ。小便臭せぇガキは一匹で十分だ」
「ッ!? ば、馬鹿を言え!
とにかく、今は導きにしたがって突入するしかあるまい! いざとなったらランスロットを呼んで、屋敷ごと焼き払ってくれる!」
「町はすぐそこだ。アホかましてんじゃねぇよ」
「『アホ』だと!?」
「まあまあ姫様、落ち着きましょう。誘拐犯に感づかれてしまいますわ」
ぐっ、と堪えたシルヴィアは、先を進むアッシュレイに並んだ。
コゼットは開けた鉄格子の門をゆっくりと元に戻す。小さく、鉄と鉄の擦れ合う音がたった。
庭に足を踏み入れるなり、シルヴィアが怪訝そうに呟いた。
「あれはなんだ?」
指をさす。
アッシュレイの服の裾を無意識に掴んでいる手に、さらに無意識の力がこもった。
庭先には不気味な石碑が十間隔に配置され、何やら魔法陣じみた雰囲気を醸し出している。どの石碑の先端部にも竜綺華晶がはめこまれており、うっすらと発光していた。
「いいんじゃないか? 害はない」
「本当か? なぜわかる?」
「お前のご主人様はそこそこ有能なんだよ」
「あらアッシュレイ様。『そこそこ』とは、嫌味になってしまいますわ」
「世辞として受け取っておこう」
「(何がご主人様だまったく……)、アッシュレイ」
「あ?」
「なにか嫌な予感がする。見ろ、屋敷はこんなにボロボロなのに、この石碑には大粒の竜綺華晶が使われている。これほどまでに立派な竜綺華晶を揃えようと思ったら、かなりの額になるハズだ。さしあたっては、まずこの屋敷の所有者を調べてからのほうが――――」
「んな事情知るか」
「お前は平民だろう、家主を貴族かもしれない、下手をすれば首が飛ぶぞ!?」
「何度も言わせるなよ」
アッシュレイはシルヴィアの心配を気に留めない。そもそも、たかが貴族の金力、権力。脅威とは言えなかった。
着々と歩む。
土の被った雑草。蜘蛛。ネズミ。トカゲ。ムカデ。
玄関口に入るまでに、シルヴィアが何度飛び上がったことか。
それでも、シルヴィアを牽引している――正しくは、牽引させられている、か――アッシュレイが着々と進むので、進行が著しく滞ることはなかった。
そんなアッシュレイが急に立ち止まったのは、玄関ホール入ってすぐのことだった。
「うッ!?」
「……」
ぴったり後ろにピ○ミンしていたシルヴィアは、そのためにぶつけた鼻先に手をやり抗議の目線を向けるが、アッシュレイはじっと目と閉じて微動だとしない。
「…………」
「「アッシュレイ(様)?」」
「……いや、どうにもないさ」
嘘だ。
アッシュレイは今、全身に走る痛みに耐えていた。それは、〈星刻〉から発せられ、熱を帯びでいる。肌に張り付けるように自動で展開する万能障壁を組んである、この反則な身体。いまばかりは感謝の念を感じた。
「本当か? ――――あっ、実はお前も怖いのか?」
「おめでたい奴だな」
アッシュレイにしては意外なことに、彼はシルヴィアの墓穴を拾い上げることなくスルーした。
が、多少イラついたのも事実。
裾の手を払うようにカツカツと早歩きになる。
「ま、待て! 私を置いていくなっ!」
裾から離れた手が空を掻き、今まで掴んでいたことに気付くが、それでも離れたくはないシルヴィアだった。
慌ててアッシュレイを追いかける。
コゼットが、自分よりもアッシュレイを頼っている主に内心拗ねていたが、それは彼女だけの秘密だ。
◇ ◇ ◇
アッシュレイは迷わず屋敷の地下に進路を取る。
光はなく、歩くのも困難であることが懸念されようものだが、先刻から異常をきたしている〈星刻〉の熱が強くなり、しまいには隠蔽魔法を無力化して発光しだしたため、結果的に光源の確保はなされた。
最終的に、アッシュレイは地下室の扉の前で止まった。
見るからに頑丈そうな扉である。
ピアスからの危険信号は未だになく、もっと言えばプロテクトも薄皮一枚しか剥がされていない現状なので、焦る必要はなかった。
殴るか、蹴るか。または魔法を使うか。
ふけっていたのに……、
「アッシュレイ! そこをどけっ、私が吹き飛ばしてやる!」
「はあ?」
怪訝な
急ぎ扉から身を
「
竜綺華晶が閃光を放ち、すさまじい衝撃が扉に襲いかかった。
爆音が轟き、扉が吹き飛ぶ。
「馬鹿かお前は」
「ぅあ!? ――――な、なにをする!」
それを見受けたアッシュレイは、シルヴィアの頭を
「ぶっ飛んだ扉が与える被害も念頭に置け」
はっとして、シルヴィアは室内を見る。
無茶苦茶をしたせいで、あたりには黒煙が立ち上っていた。
アッシュレイの案内が正しければ、室内には犯人だけでなくエーコもいるハズ。エーコはピアスで守られているだろうが、犯人はそうではない。もしも殺してしまったら、それはやり過ぎというもの。
シルヴィアの背に冷や汗が伝った。
たらりと肩甲骨から腰へと、滴が流れるその時、
「……随分と荒っぽい人たちね」
犯人と思わしき室内から聞こえてきた。
余裕を孕んだその声音は、シルヴィアの精神を安定させる。
「はっ。敵の声に救われてんじゃねぇよ」
「(う、うるさい!)」
煙が晴れる。
前方に立ちはだかっているのは、白衣姿の女性だった。
眼鏡をかけており、知性的な印象を与えている。年の頃は二十代半ばといったところだろうか。白衣が示すものはなにか……、医者や研究者なのかもしれない。
女性の背後には寝台が置かれていて、ほとんど全裸に等しい状態のエーコが横たわっていた。全身に皮ベルトが巻き付けられており、身動きが封じられているようだ。
「(色気に欠けるな……)」
エーコ惨状を目の当たりにするや、アッシュレイはぼそりと呟いた。
そのセリフが、隣に立っているシルヴィアには聞こえたようで、場違いすぎるその内容に、目が口ほどに物を言っていた。
そんな惨い現実など既知ではなく、エーコはアッシュレイを見るなり目の端に涙を浮かべる。
「は、早く助けなさいよ! 遅いわよっ!」
「あ? お前立場理解してるか? “助けてくださいご主人様”だろうが」
「なんですって!」
きりきりと眉を吊り上げたエーコだが、今は裸で拘束された身である。いつもの迫力はない。そもそも、いつもの迫力ですら、アッシュレイからしてみれば中身のないスカスカもいいところだが。
アッシュレイは、白衣の女に視線を移す。
「それで?」
「私はただ、学院の依頼に応じただけ。ちょっと強引だったのは認めるけどね」
女は悪びれる様子もなく、冷徹な口調で応じた。
「学院の依頼?」
シルヴィアが訝しげに眉を潜め、一拍後、叫んだ。
「この人は……アンジェラ・コーンウェル博士じゃないか!」
「そうよ」
「博士が市内に研究所を構えているという噂は聞いていたが……まさか、この館がそうだったとはな」
シルヴィアは一歩踏み出すと、まるで国賓に接するような態度で、アンジェラに握手を求めた。
「博士、あなたの論文はいつも参考にしています」
「光栄です、王女殿下」
快く応じるアンジェラ。なにやら平和な雰囲気が漂い始めている。
アッシュは、腕を組んでその光景を眺めていた。
――――アンジェラ・コーンウェル。
“原作知識”が情報を浮揚させる。すると、レベッカ申請した職員会議で、エーコの扱いを決めるにあたってどういう存在なのかを調べるよう依頼した、ということが分かった。最近も最近……あまりに過ぎる情報だった。
アッシュレイはファザードラゴンの叡智に多少の気色悪さを感じた。アンジェラの行動の速さには、感嘆を覚えた。
アッシュレイの表所をどう読み取ったのか――そもそも真顔だ――、アンジェラが話しかけてくる。
「学院がつまらない依頼をしてくるのは、よくあることなの。最初は乗り気じゃなかったんだけど……ドラゴンが人の姿で生まれてきたという記述が気になってね」
「学院が依頼したのは昼過ぎだろう。良くオレたちが分かったな」
「あら、あなたのことは以前から知っていたわ、アッシュ君。いつまでたってもパルに恵まれてなかった
「誘拐犯に高評価もらってもなぁ」
「ふふ、つれないのね」
「とりあえず、血はやるよ。欲しかったんだろう?」
「あの装しょk――――」
「ピアスは、場合によってはやらんでもない。だから、
アッシュレイは寝台の方へ歩く。
しかしアンジェラが流れるような足さばきでアッシュレイの前に立ちはだかる。
「欲張り過ぎじゃぁないのか?」
「こんな興味深いサンプル、そう簡単に手放すはずがないでしょう? あなたが約束を守らない可能性もある。それに……興味深いのはどうやらこの子やこのピアスだけじゃないみたね」
アンジェラが見つめているのは、アッシュレイの左腕から左胸にかけて。
未だ服の上からでも形が分かるほどに発光している〈星刻〉だった。
「興味があるか?」
「それって、星刻かしら? これまで多くの
アッシュレイの制服のボタンに手を伸ばすアンジェラ。
「そっから先は有料コンテンツだぜ」
「我儘ね。何が欲しいのアッシュレイ君?」
アッシュレイが指を鳴らした。
すると、こっそり寝台に近づいてエーコの救出を試みていたシルヴィア(アンジェラは気付いていた)と、控えたまま動いていなかったコゼットの姿が掻き消えた。
アッシュレイの手によって、地上に
「あんただよ」
「え?」
アンジェラの腰に右手が回され、力強く引き寄せられる。
そるようにしてアッシュレイを見上げる形となった彼女の後頭部に、アッシュレイは左手を回した。
そして、アッシュレイは一瞬の間を置く。
この間は、アンジェラが何をされているか完全に理解する、一歩手前までが理想。
それを、アッシュレイはいとも容易くやってのけた。
――――こういうことだ。
「ぅん!?」
その言葉が聞こえたとき、アンジェラの唇は、既に、奪われていた。
いっけ~! そこだぁ! アッシュレぇー! 押し倒せぇ!
どうやって腰砕きにさせませう?(チラリ |Д゚)
◎コラム◎
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