研修期間が終わったばかりですが、なんとかもとの更新速度に戻れるようにしたい今日この頃です。
「「アッシュレイ!?」」
シルヴィアたちがアッシュレイの登場に驚いた直後、
「きゃぁぁぁぁああああああああああああああ!?」
新たな声が広場に反響した。
それは、上方、つまり空から。
アッシュレイは落ちてくるピンク色の物体を掴んだ。
「ぐえっ! ――――けほ、けっほけっほ」
後ろ襟を掴まれたことで、咽喉が絞まったエーコ。咳込む彼女の、その緋色の瞳には少しの涙が滲んでいた。もっとも、アッシュレイも鬼ではないので、予め魔法で落下速度を相当に殺している。
キッと食い殺すかのように振り返るエーコに、アッシュレイは言った。
「知らなかったぜ。誇り高き竜族はカエルと同じ鳴き声なのか」
「ッ踏み潰す!!」
エーコはジタバタともがいてアッシュレイに報復しようと試みるが、掴まれている位置が位置なので、どうにもできないのが現実である。
障壁で足場を作り、乗せると、たちまちに殴り掛かる。
しかし、憎たらしい鼻っ面に当たる前に、障壁で阻まれてしまう。障壁、大活躍である。
『GaaaAAAAAAAAAAAAッッ!!!!』
エーコの悲鳴とは比べものにならない声量の主は、鐘楼の残骸を身体に被っている
濁った双眸が、己を吹き飛ばしただろうちっぽけなニンゲンを捉え、危険な光を讃えていた。
自分を睨んでいると勘違いしたエーコは、ひっと呻いた。
「踏み潰されるのはお前だ。今回は運が良かっただけに過ぎない」
「そ、そん――――」
「そんなことあるのは
正論であり、図星。
しかし、エーコはそれを認めたくなかった。理由は分からないが、
「――――そんなことないわよっ!」
障壁から飛び降りて、ドラゴンに駆け寄る。
結局、訳も分からないままに再び見切り発車である。
アッシュレイは冷たく、エーコを視界に映した。レベッカが飛ばし散らした瓦礫が鼻先に掠って尻もちをついたマックスは、まぁ、大丈夫だろう。
重低音で唸る
アッシュレイも、不敵な雰囲気を孕んだ視線を返した。
化け物たちの間で、引導を渡すかのように不可視の火花が散る。
それでも。
「てぇええええっ!」
べし!
衝撃を受ければ、流石に気付く。
煩わしい。そう、感じる。
(へ……? ぁ……ああ……ッ)
エーコはここに来て現実と向き合った。
振り下ろした己の拳は、目の前の怪物になんらダメージを与えている気配はない。
血がと頭が冷えた気がした。良く見ていなかったから分からないが、あの
アッシュレイの拳打が、竜族である自分より遥かに劣っているなど有り得ない。
エーコは信じて疑う余地もなかった。
(逃げないと……!)
そもそも、このドラゴンと自分の体格差からして、単純な肉弾戦に持ち込めるわけなかったことに、今更思い至る。
確かに自分はひ弱な人間と違って、強靭な肉体を持っている。
けれど、今は人間の姿なのである。
稚拙な精神力は、冷静の二文字を落丁させていた。
「きゃぁぁあああ!」
離脱は叶わず、エーコはまたもや触手で吊り上げられた。
天地が逆転した世界で、エーコは目を剥く。
先ほどは宙で逆さ吊りにしていただけの
「ま、まさか……ウソでしょ?」
これから起こることが容易に予想できて、エーコは蒼白となった。
その時。
「アリアン!」
マクシミリアン・ラッセルの叫びに倣い、アリアンロッドがエーコの救出に駆けた。
が、
魔法で迎撃され、アリアンロッドは広場に不時着を余儀なくされてしまう。
結果、幼竜エーコはあっさりと裂け目に呑み込まれてしまった。
◇ ◇ ◇
「お目覚めかしら、
妖艶な声で囁かれ、エーコは目を覚ました。
慌てて周囲を見渡す。
不思議な部屋だった。
白と黒、正方形のタイルに埋め尽くされた床。
四方の壁際には、作りかけの
「(ここは……?)」
起き上がったエ―コの前には、怪しい女。
アンティーク調の椅子にゆったりと腰かけ、妖艶に微笑んでいた。
モノクロームで統一された内装において、
女の頭部には、成体のドラゴンを彷彿とさせる、立派な角があった。
「ここは
「け、けんりゅぅ……?」
「わたしはナヴィー。未熟なあなたを教え、導くための存在」
「意味がわからないわ。大体、その姿はなんのつもり?」
ナヴィーを一目見た時から、エーコは違和感を覚えていた。
その顔立ちといい、髪の毛や肌の色といい、とにかく自分にそっくりなのだ。
まるで、未来の自分を真似ているかのようだった。
「ふふっ。この
「で、デザ……なっ、なんですって!」
「もっとも、これはあくまで想定よ。この通りに成長するとは限らないわ。そう、例えば……胸とか」
ナヴィーは胸元を強調するポーズでもって、豊かに実った乳房をゆさゆさと揺らして見せた。なんと艶を帯びた仕草だろうか。自分には無い、こと極めて強力なメスの武器。……自分にはない――――。
屈辱のあまり、エーコは激怒した。
「はっ! 大きければいいってもんじゃないでしょ!」
「今のあなたじゃ形以前の問題かもしれないけれど――――そうね、確かに大きさだけじゃなくて、形も大事よね。なかなかの美乳でしょう? 褒めてくれてありがとう」
「いちいち腹の立つ女ね! 踏みつぶすわよ!」
「はいはい、無駄話はここまでね」
柏手で、打ち切ろうとするナヴィーにエーコは尚も、食いかんばかりである。
しかし、そのまえに、間髪入れずナヴィーが動いた。
か細く美しい右手を、宙へとかざす。
すると、そこに水晶球が現れ、まばゆいばかりの光芒を放った。
天井に一面、あのドラゴンを相手に奮戦するアッシュの姿が投影された。
空中で激しく打ち合っているアッシュレイとドラゴン。尾が胴を薙ぎ、拳が角を圧し折り、光球と光球がぶつかり合って爆散する。アッシュレイは、ドラゴンの一撃を受けるたびに大きく吹き飛び、その都度姿勢を起こし立ち向かっていた。ドラゴンも、アッシュレイの攻撃で後退するが、状況は両者の体格差に比例しているように見えるのが実情。
いつしか、平面的な劇場と化した天井を見上げ、エーコは目を向いた。
「あいつッ……、なに考えてるの!」
「あなたがそれを言うの? それに、貴女と違って時間稼ぎにはなっているわ。王都から軍が駆けつけるまでの一助としてね」
うっ。
こ、この女……ぁ!
どうやらこの女は、先の自分の行動を知っているらしかった。まったく、どうにして知ったのだか。
「まぁともかく。
彼、このままじゃ確実に
それでもいいの?」
「ねくろ……まん、しあ?」
「そう、一度は死んだものの、人工的に蘇生処理を施されたドラゴンよ」
エーコはしょんぼりと肩を落とした。
あのドラゴンに対して、どうやって対抗すればいいのか一向に浮かんでこないのだ。
「ねぇ。どうして聖なる竜がマエストロと呼ばれているのか、わかる?」
唐突な問いかけに、エーコはきょとんと小首を傾げた。
「アルビオンの密約が交わされる以前から、聖なる竜は
ナヴィーが言わんとしている事が、エーコには分かってきた。
「あいつに足りないモノっていうのは、
まるで人生の命題に至った様な革新めいた
ナヴィーはそれを視界に収めつつ、上を見上げた。
そこには、自分の10倍以上の体躯を有する化け物と戦っている勇ましい戦士がある。しかしその口は、まるで悦楽の境地に至ったかのようにデンジャラスに笑んでいた。
焦りや恐怖には
戦闘狂なのか、崖っぷちを好むのか、あまりの恐怖に心が歪んだのか……。
――――いや。
(…………遊んでいるだけよねえ……)
「何か言った?」
あら? 口にしていたかしら。
ナヴィーは気を締めた。
「なにも言っていないわ」
「本当かしら……?」
「それより、あなた彼の
「ぅぐ。……まだよ。と言うか、誇り高き竜族のこのあたしが、あの人間に
「ぁら、そう。
でも、彼が死んだらあなたも死ぬのよ?」
「――――はぁ? あんた何言ってt…………、ぁ! ………
「彼を、助けないとね」
「でも、あたしに
単なる模倣品とはいえ、
(気に食わないけれど、今は使うしかないわね)
エーコは素早く
聖誕歴〇〇一〇年にアルビオンの密約が締結して以来、竜族は多くの設計図を造っては、遣竜工房に残してきた。それらは、実際に献呈されたものに限ることなく、試作段階のものまで含まれている。数にして、優に一千は下らない。
(これは……)
それらを確認してゆくにつれ、エーコは絶望する。
どの設計も緻密を極め、単純模倣すら出来そうにないのだ。
頭を抱えたくなった時、エーコは街の広場にあった『聖ダーラム像』を思い出した。とっさに、彼が献呈を受けた
制作年月日 聖誕歴〇八四六年/
制作者名
騎士名 ダーラム・ペンドラゴン
固有魔法 聖剣カリバーン
「この
「甘いわ」
ナヴィーが口を挟んできた。
「どうして? そりゃあ、あたしは
「駄目よ。
「なによそれ! だったらお手上げじゃないの!」
「ふふっ。そうでもないわ。
ころころと笑いながら、ナヴィーは水晶を撫でる。
これなんて近いかしら、ああ、これもそうね。あとは…………。次々と天井に投影されるのは、
エーコは一つの確信に至った。
「……繋ぐのねっ」
「そう。この大量の設計図の中から、彼の体に適合する部分だけを抽出するのよ」
「そうね、それなら――――……だ、駄目だわ……!」
ここに来て、エーコは絶対に足りない要素に気づいてしまった。
「駄目だわ……結局話にならない!」
「はい、これ」
ナヴィーがエーコに三枚の紙束を差し出していた。
「なによ?」
「あら、いらないの? 彼のデータ」
「あいつの!? なんであんたが!」
「余計なことは気にするものじゃないわよ。いるの? いらないの?」
「いるのに決まってるでしょ!」
エーコが掻っ攫うと、紙束は光となって消えてしまった。
驚いて、ナヴィーを見るが、その顔はニヤニヤと笑んでおり、不測の事態ではないらしい。
そして、一瞬後である。
エーコは顔が茹で上がる錯覚に襲われた。
脳内に沸いた映像は、アッシュレイの裸身。そこに、細やかな数値が示されていた。
「初心ね」
「うっさいわよ!」
「ふふふ。
……それじゃぁ、始めましょうか」
「あ、あんたねぇ…………!」
「時間がないわよ」
「ああ、んもう!
わっかたわよ!!」
エーコはヤケクソに言い放った。
◇ ◇ ◇
既に10を超える数、アッシュレイは吹き飛んでいた。
尾で叩かれ、魔法で穿たれ、爪で刈られる。
拳が刺さり、足で殴打され、魔法で砕かれた。
「らァ!!」
『GAAAAAAAAAッッ!!』
一進一退とすらいえない膠着状態に、いつしか一騎打ちと化し、アッシュレイ以外に戦闘を行っている者はいなくなった。
躯体差から、圧倒的に不利と思われるアッシュレイだが、前述したように、決して後れを取ってはいない。
むしろ、彼のほうが優位に立っているやもしれなかった。
彼の拳が当たれば、必ず
逆に、アッシュレイが
激しい応酬はしばらくの間継続していた。
そして、広場に
アッシュレイの見立てが正しければ、
半無限的に捻出される闇の魔力が、
火には水を。水には土を。土には風を。風には火を。四大属性のすくみはよくできている。打って変わり、闇に強いのは、光……すなわち聖である。だが聖もまた、闇に激しく呼応するのだ。
アッシュレイが聖の属性を伴った攻撃をすれば、
……
なぜならば、アッシュレイの本質は聖ではないからだ。芯からの闇である
ところで。
なぜ、アッシュレイは決着をつけないのか。
それは、彼が聖をなぞる属性攻撃を有していないからか。
いいや、違う。
それは単純に、彼がもっと戦っていたいと願うからだ。意識外で、確かに願っているのである。
なぜか。
まずに。
彼は若干に、
傷こそないが、痛みと共に吹き飛ぶ己。
崩れ去る、街の歴史ある家屋。
瞳の端にしずくを浮かべ何かを叫ぶレベッカ・ランドール。
それらを無視してなお、彼は今の時を謳歌していたかった。
――――掛け際に立っている時だけが、この理不尽な人生を忘れられるのだから。
――――己が己であることを、最大限に確信できる時であるのだから。
我思う、故に我在り。
なんて言葉がある。
アッシュレイのケースでは違ってくる。
我在るは、こそは戦えり。
疑いを持つ瞬間、それ自体が絶対の真実であること、自身の存在の証明・確信とするのに対し。自身の存在は感情の最高潮が最も長く維持できる行動……戦場の中心であることがモノクロの世界を色付ける唯一無二の心理であるとしている。
ファザー・ドラゴンには気づかれているであろう、前世への
転生して僅かに流れた時は、彼の思考にいらぬ余裕を持たせていた。
「
『GYUXAAAAAAAAAaaa――――――――』
型無しに抜いた拳が、ドラゴンの胸を穿つ。
ただの
そのはずだった。
『――――Aa,っっっAAA!!?』
眩い閃光が拳から発生した。
反射的に、刺さった拳を
不思議と目に刺激的じゃない、神聖さはらんだ光である。
やがて光は霧散する。
アッシュレイの全身は白銀の鎧で包まれていた。
「そういうことか」
何が起きたかを察したのか、ため息をつくように身じろく。
騎士は、崩れゆく
のちにコラムを追加しようとかんがえています。今は御容赦願いたく。