「痛ッッッつ!?」
べし、と叩かれる。
突然の出来事であった。
頬に痛みを感じてアッシュレイは起こされる。
「きゃァ!??」
「でっ!?」
勢いよく上体を起こした結果、今度は額に強い衝撃を受けた。
平手打ちをした犯人とぶつかったのだ。
「ってぇー……。ったく何だよ」
「つつつ……っ。 『何だよ』ではない! もうじきレース開始だというのにスタート位置に見当たらないと思って探しに来たら、開催式の広場で寝そべって昼寝だぞ!? ありえないだろう!!」
鼻先を赤くしたシルヴィアが煌びやかな金髪を怒りに揺らしていた。
その後ろにはシルヴィアのパルである
どうやら連れてきたらしい。
「おう、ご苦労」
「『ご苦労』、じゃない! お前、この
「分かってる分かってる。
ブリギット、行くぞ」
期間限定の相棒はグルルと嘶いて移動を開始した。
そのすぐ後ろをぴったりとパルで
逃げる気なんか毛頭も無いってのに。
シルヴィアの蒼い双眸はアッシュレイを睨んで離さないのであった。
「(いいね。力づくで組み敷きたい)」
呟かれる不届きな言葉。
勝気な美人を見たときのアッシュレイの反応はすべてコレに帰化するのかもしれない……。
レース会場には、たくさんの生徒たちが並んでいた。
スターティング・グリッドは、事前に行われた模擬レースの最階位者から順に配置されている。
アッシュレイは最後列からのスタートとなっているので、現段階では最下位である。まだ始めっていないとはいえ、正直気分は良くない。
「
威風堂々、クー・フリンに仁王立ちした生徒会長のレベッカが発声する。
彼女のパルであるクー・フリンは、巨体のあまり騎乗具が設けられない。ただの
悠然とパルの首に立つレベッカ・ランドールの騎乗スタイルに、幾人かの生徒たちがほぅっとため息を漏らした。
「用意――――」
レベッカが銃口を天に向ける。
同じく最後列で、何の腐れ縁かアッシュレイの横にいるシルヴィアが若干にヒップを上げた。スタートに備えての準備姿勢だ。別に露出癖があるとか、ふしだらな理由ではない。
むしろふしだらなのは、
「エロい」
アッシュレイの方である。
「…………」
……、……良かった。聞かれなかったようだ。
パァッッッンっ!
そんなアッシュレイの煩悩に活を入れるかのように、
同時、銃声が響く。
戦いの火蓋が切って落とされた。
◇ ◇ ◇
砂塵を濛々と舞い上げて、
時を同じくして、尻尾に発煙筒を装着した
様々なメディアや招待客を含めた観客たちがワッっと沸く。
「おしっ。ブリギッ――――「いけっ! ランスロットっ!!」
アッシュレイは出鼻を挫かれて、やる気が――――聞いたか。この男、奇跡的にもやる気があったらしいぞ――――がっくり下がった。
アッシュレイはコメカミをひくつかせた。ロートレアモン騎士国第四王女、
緩く誓った。
雄大な対翼をはためかせて、ランスロットとシルヴィアはスタートダッシュを決める。通常のペースで駆けるアッシュレイとの距離はあっという間に開いてしまう。
……かのように思われたが、アッシュレイは感覚のみでブリッギトを匠に操り、ランスロットの背後に肉薄した(そもそも経験がないから感覚で
頭脳プレーに、乾杯。
大歓声に見送られると、選手たちは市街区コースへと差し掛かる。
市街区コースの特徴は、最大120度の急カーブと、コース幅の狭さである。
なお、ルールに『団結してはならない』といったものは存在しない。
つまり。自分たちの成績をかなぐり捨て、特定の一人を妨害するのにはもってこいのエリアだった。
伏線を回収しよう。
「くっ、この……!」
シルヴィアは三人の選手から妨害を受けていた。
前夫を疾走していた二体の
シルヴィアは市街区にいくつもある中規模広場に差し掛かるたび、他の生徒に追いぬかれてしまう。
最下位になるのに、そう時間はかからなかった。
繰り返す。
最下位である。
ランスロットの背後で空気抵抗をやり過ごしていたエセ頭脳プレイキャラは、空気の如くと他の生徒たちと共にちゃっかりシルヴィアを追い抜いて行ったのだ。
アッシュレイは、主人公の風上にも置けないクズだった。
「コレ勝ち確定だわ」
本当にクズだった。
「でも。オレは全能だから元から勝ちだったんだよな」
本当にどうしようもないクズだった。
「奴隷ゲット・・っと」
保安官を呼んだ方がいいかもしれない。
他人のパルで独走する問題児に、執拗に目の敵とする一定数のアンチからヤジが飛ぶ。
しかし、それらものともせずにブリギットはトップでゴールを駆け抜けた。
「よっしゃ! 配当げっとぉおおお!」
レイモンの声が聞こえた気がした。
◇ ◇ ◇
――――あのアッシュレイ・ブレイクが、騎竜祭で優勝した上に借り物の
その報は、瞬く間に学院中を駆け巡った。
いいや。学院だけではない。他人のパルに乗れるだけでも史上初なのだ。その上レースで優勝、走行中にそのパルを覚醒させたとなれば、メディアが発狂しないわけがなかった。
結局、あのあとアッシュレイは当然のように颯爽とトップでゴールしたのだ。
――――
……ではない。
――――
である。
そもそも、ブリギットを始めとし、
だから。アッシュレイはブリギットに魔力強化を施していた。
囁かれている『ブリギット、
アッシュレイはそのことを口外しなかった。というより、何も語らなかった。
『おぉぉおぉお! ぅおぉおぉぉ! アアア、アッシュ! 礼を言うぜぇぇぇええええええええええ』
相棒ブリギットが
『アッシュレイさん! 貴方が乗った
『どうして今まで実力を隠していたんでしょうか!?』
『アッシュレイ選手! 優勝者はあの
群がる集音マイクとカメラに「気分が優れないからあきらめてくれ」と、後ろ手をヒラヒラと振って関係者以外立ち入り禁止エリアに退散した。
『まずは優勝おめでとうアッシュレイ・ブレイク。
どうやらわたしは君の竜操技術をかなり過小評価していたようだ。……これでも大層注目していたつもりだったのだがな。ここだけの話、君にはいつも驚かされているよ』
レベッカに対しては本題に入ってしまう前に「話せることは少ないけど、デートの時にでも話すさ」っとその場しのぎではあるもののやり過ごした。
彼女は二の句が継げずにいたが、それはアッシュレイがまるで別人のように思えたからだ。具体的には、敬語を使わなかったからだ。数えるほどしか話したことはなかったが、『アッシュ・ブレイク』は生徒会長であるレベッカに対し常に敬語だった。
どうにも、……ファザー・ドラゴンが施した修正は『アッシュ・ブレイク』の名残を完全には消せていなかったらしい。おそらく記憶や知識などを(必要だったとはいえ)あえて残した事が関係しているのだろう。まぁ、些細なことである。
真っ白なアンサリヴァン騎竜学院の校舎が幻想的な西日に照らされる。その頃には、アッシュレイの話題が夕刊として町中に広まっていた。
アポロ舎の三階、廊下の突き当たり。
昼に精神的な疲労を蓄積する羽目になったアッシュレイは、夕食も早々に魔法で体を清潔にするとさっさと布団に身を投げた。
が。訪問者があらわれたため、望みの仮眠は取れない。
コンコン……
悪友の、レイモンやマックスではない。奴らはこんなに上品なノックは出来ない。
明かりを付けたアッシュレイは、渋々とベットに腰かけると訪問者に入るよう告げた。
「し、失礼する……」
意外なことに、訪問者の正体はシルヴィアであった。騎竜際があった昼間とは違って、制服姿だ。学院指定のベレー帽は、時間外のため身に着けていないようだが。
校舎内以外では常に連れているコゼットというメイドの姿が認められない。
どうやら単独での訪問である。
「ここは男子寮だぞ」
「そっ、そんなこと、分かっているっ」
ぱたむッ……
開けていた窓から入ってきた風でドアが閉まった。
奇しくも、密室に準じた空間が出来上がってしまう。
「夜這いには一刻ばかし早いんじゃないか?」
「んなッ? ちちちち、違うッ!! 私は――――」
「冗談だ」
アッシュレイはカラカラと笑う。
シルヴィアは頬を一層赤く染めて、恨めしそうに目の前の男をニラんだ。
しかし薄情者はそれに取り合わない。
話を転換した。
「で?」
「な、なんだ、『で』とは……?」
ハァ? とアッシュレイは眉を顰めた。
珍しい……とういうか、記憶の中にない空気を纏うアッシュレイに、シルヴィアはたじろいだ。
やはり今日のアッシュレイはどうにもおかしいっ!
「お前、何か用があっての訪問じゃないのかよ」
“お前”なんて乱暴な呼ばれかた生まれてこの方されたことがなかった。無論、アッシュレイにもである。彼は自分のことを“姫様”と呼んでいたハズなのに……。
「む、無論そうだとも」
だから、その要件を訊いてるんだ。
そうアッシュレイは言おうとした。
しかしその時、一日目にして慣れ親しみつつある感覚が頭を刺激する。――――問答をしている場合ではなくなった。
灼熱の痛みを平然とした表情で凌ぎつつ、情報の整理に全力を挙げた。
この女と自分がレースで勝負することになっていたのは知っている。なにしろ、実際に勝負したのはアッシュレイだし。
しかし、詳細は知らなかった。なぜか? おそらく、
今、初めてその詳細を意識したため、やっとファザー・ドラゴンが情報を寄越したのだろう。
……、…………。
先日、以下のようなことがあったのだ。
『その……俺が悪かった。この通り、謝る』
『アッシュ・ブレイク』は素直に謝罪しただが、シルヴィアはとても生真面目な性格であり、しかもその日は運悪く不機嫌だった。
『その腐った脳ミソで良く考えるがいい! お前のための学費、衣料費、食費、住居費、そして教育費! 誰が支払っていると思っている?』
『……王宮だって言いたいんだろ?』
『違う。確かに出資しているのは王宮だが、元々は国民の血税だ。これ以上、遊び半分で穀潰しを続けるつもりなら、さっさと退学してしまえ!』
『はあ? 退学って……本気かよ?』
『働かざず者食うべからず! 我が家の家訓だ!』
『お前ん家の家訓なんてしるかよ! ちゃんと謝ったんだから、もういいだろ?』
『謝ってすむ問題ではない! そもそも、お前はまだパルに恵まれていないそうだな?』
『そ、それは……』
痛いところを突かれ、『アッシュ』は詰まった。
アッシュレイからしてみれば、今の今までずっとそうだったのに何改めてキョドってんだよ、というものだ。
『主に似て間の抜けたドラゴンだ。あるいは、とっくに死んでいるのではないか?』
『おい……そいつは、何の冗談だ?』
嘲笑や罵倒ならば、甘んじて受け入れたという。
過去に、まだパルを授かっていないことをネタにされ、そういう対象になったことがある。自分に対するものならば、反撃はしていない。
しかし、パルを言われた時だけは、徹底的に反撃してきた。アッシュレイからしてみれば、力の無い者が何を吠えているか、という次元だが……アッシュにとってはどうしても譲れない信念だった。
それが原因で、いつしか“アッシュ・ブレイク”は問題児として認識されるようになったのである。
『今の言葉、取り消してもらおうか』
そうして。
結果的に、
……っと。
ああ、たった今新しい情報が入った。そのことについての会話の、重要部分をピックアップしたもののようだ。
『ふん、他人のパルで出場するお前になんか負けるものか』
『やってみなきゃ分からないだろ』
『いいや、分かるさ。なんなら、わたしが負けた場合、お前に一生隷属してやってもいいぞ』
『なっ!? 言ったな! この期に及んで馬鹿にしやがって! なら平等に、俺もその条件を付けて勝負してやるっ!』
『ほう、良いのか? 確実に豚箱行きだぞ。確実にだ』
『だから、やってみなきゃ分からないだろ!』
……、…………。
抽象的すぎるため、はっきりと理由は表現できないが、何となく、この会話はファザー・ドラゴンがあとから世界改変したものとアッシュレイは判断した。
しかし、それを判断したところで、起こってしまった(ことになっている)過去、人々の記憶、世界の記憶は変わらない。
せっかくだから、精々利用してやろう。……アッシュレイはそう心に決めた。
意識を眼前に戻す。
すると、ちょうどシルヴィアが口を開いたところであった。
「その、勝負の件だが……わたしは、無様にもおまえに敗北を喫した……」
「そうだな」
シルヴィアは、アッシュレイの淡白で冷淡とも言えるこの態度が賭けに勝った余裕から来るものだと判断した。
「それで、その……、――――――わたしが間違っていた。すまなかったと思う」
「許す」
が、存外容易に許してくれたと見るや、安心から表情を緩めた。
「感謝す――――」
「で終わるほど世界は甘くないよな」
が、それはアッシュレイの罠であった。
こういう輩なのである。
「え……」
シルヴィアが
「負けた方が勝った方に一生隷属すんだったな?」
「うっ……」
「言い出したのは……」
「わ……、私だ……」
「まさか、王族が自身の言を認めないわけがないよな?」
これはプライドを利用した、中々にエグい言葉だった。
「と、とと当然だっ、わたしは、シルヴィア・ロートレアモン、栄えあるロートレアモン騎士国の第四王女だぞ!」
案の定、シルヴィアは正常な判断力を失って自らの首を締め上げる。
「まぁ、これでお前が俺の奴隷になることを認めたわけだが、」
まず手始めにどうしてくれようか。悪い顔でアッシュレイはそう言った。
「うっ……!」
「ふん……。ところで」
「?」
顔を歪ませるシルヴィアに、アッシュレイはひとつのピアスを放る。シルヴィアは反射的にキャッチした。
ピアスは、シルヴィアの瞳と同じくアイスブルーで、光沢が実に煌びやかであった。高価な代物であることが一目瞭然に窺えた。
「左耳用だ」
「へ……?」
「くれてやる、と言っているんだ。オレは身の回りの美人には多少着飾ってほしいからな」
『身の回り』というのが奴隷を指していることを理解したシルヴィアは何とも言えない表情をしたが、手の内に収まったアクセサリを見なおして、結局欲に負けた。
「すごく綺麗だ……。た、高いだろう? 本当に良いのか?」
「300はしそうだ。要らないならいいが」
「さんっ……!?」
シルヴィアは王女で、父親の国王から甘やかされているが、発言力の強い長姉が厳しいのでお金持ちではなかった。
だからか、数字の後に来る単位を訊く勇気は皆目なかった。
「お前にために作ったんだ。付けてくれなきゃ逆に困るな」
アッシュレイに言葉に、なっ、なッ、な!? っとシルヴィアはダメージを負う。恋愛経験のない彼女には、現在もれなく弱チョロイン属性が付加されているようだ。
「……つ、付けるぞ」
アッシュレイのピアスを取り上げようとする手から逃れるように、シルヴィアは自身の左耳に素早くピアスを装着した。
その直後だった。
「……っ? な、なんだこれは…………!?」
ピアスが淡眩い光をは映え始め、シルヴィアの体を覆ったではないか。
時間にして数秒か、光の膜はなりを潜めたが自らの身体に何をされたのかとシルヴィアは狼狽する。
アッシュレイは簡潔に答えを教えてやった。
「魔法だ」
「
「魔法だ」
「つまり
アッシュレイは否定こそしていないが、嘘をついているわけでもなかった。ただ、行き違い指摘しなかっただけだ。
ここだけ鑑みると、どうにもシルヴィアは王族に向かない。
まぁ、ともかく。
アッシュレイはどうやら、現段階では大っぴらに自身の能力を広める気はないらしい。
「しかし凄いな。こんな、体中に力が漲るような感覚は初めてだ。噂に聞く
シルヴィアは、興奮しっぱなしだった。自身が(賭けに従い)謝罪しに訪れたことなど彼方に忘れていた。
「本当に良いんだなっ? 貰ってしまうぞっ」
「それは主従契約魔法の媒体だ。良いも何も、付けておけ」
「では遠慮なく――――は……? しゅじゅう、けい、や、く……だと?」
「そうだ、お前は俺に隷属すんだからな」
オレは所有物には首輪を付ける主義なんだ。
放心するシルヴィアに、アッシュレイはそう告げるのだった。
敗者にまともなプレゼントを贈る輩がいるか。……というか、良くもまぁ普通に付けたな。
アッシュレイはシルヴィアがアホの子に思えてきてしまった。
いや、実際には若干にアホの子なのだろう。