次回こそは教授が出てくる。
話がグイッとすすむぞ! きっと!
切ない……。
そう、思った。
熱くゆだる身体はもはや自意識から離れ、他の誰かのモノのように目の前の青年を求めていた。
それが食欲によるものなのか、肉欲によるものなのか、愛欲によるものなのかは、生憎とわからない。全く別のものかもしれない。
下腹部から熱が上がってくる。
「ど**うつも*だ……?」
愚鈍で愚劣で愚昧な人類の、青年が何か言っている。ただ、何を言っているのかあまり聞き取ることができなかった。それどころか、視界までもが揺らぎはじめる始末。
身体が、熱い。
誰か。
「お願い……なんとかしてぇ……このままじゃ……どうにかなっちゃう……!」
「*******」
真剣な顔つきの青年が、自分の首に手を添えた。
触れられた首筋が、とくんとくんと歓喜しているのが分かった。
青年が、酷く愛おしく見える。
近付きたいと思った。
満たされたい……。
溶かしてほしい……。
触れたい……。
……違う。もっと……もっと……。
そう……繋がりたい。
……? 繋がるって…………?
繋がるって、なに…………?
わからない。
でも、
あたしは……あっしゅれいが…………ほしい。
――――――――はむ
◇ ◇ ◇
膝に乗り上げたエーコから、接吻をされた。
治療に専念していて、気が付いた時には、エーコの唇がアッシュレイの唇を捉え、舌が割って入ってきていた。
(この……っ)
がっ、と。
力任せにエーコを引き離すと、緩慢な動きながらも必死になって迫るエーコを、腕のリーチ差で抑え込む。
やめだ。
治療なんかしている場合ではない。
とにかくは眠らせて、それから様子を見るのが吉。
「《スリーp――――」
そのとき、アッシュレイの真横に、誰かが立ちはだかった。
「お、お前は……公衆の面前でなんという破廉恥な!」
痛烈な罵倒に耳朶を打たれる。聞き覚えのある声だ。いや、聞き覚えがあるどころではない。
アッシュレイが忌々し気な顔を上げると、案の定、羞恥の身悶えから復帰したらしいシルヴィアだ。
「女の敵には死の鉄槌を! 我が家の家訓だ!」
なっちゃいない鉄拳がアッシュレイに降ろされたが、当たる前に、空中で止まった。
アッシュレイの眉間の先には、小さな、しかし拳を受けるには十分な魔法障壁が展開されていた。
「んなっ」
控えているコゼットも、同じような反応をしている。しかし彼女はできる
「どこに目ェ付けてやがる。オレは明らかに被害者だろうが」
「なにをとぼけ――――」
「姫様、アッシュレイ様は真実をおっしゃっていますわ」
ほとんど終えていたようなものだし、無詠唱が身体にこびり付いている魔法は、ちゃんと作用していたよう。アッシュレイは胸ですぅすぅと寝息を立てているエーコを、ずり落ちないように抱き直す。
意識を傾けずとも、通りの人間の多くが視線を向けているのが分かった。
シルヴィアが怒鳴らなければ、ここまで注目されることはなかっただろうに。
「ここは気まずい。移動するぞ」
賢明な判断に違いなかった。
◇ ◇ ◇
「これで大丈夫だと思いますわ」
エーコを解放してくれたのは、シルヴィアの侍女を務めるコゼット・シェリーだった。
学園では割と有名人なので、
エーコは間もなく目を覚まし、再びアッシュレイにすり寄ろうとしたが、コゼットが商店街で水を調達して飲ませたところ、だいぶ落ち着いた様子だった。
まだ頬を染めているものの、エーコは大人しくベンチに腰掛けている。
アッシュレイは適切な対処から、コゼットがこの症状を知っているとみた。思案する。水を飲んで軽くなったのだから、特定の何かを摂取したのが原因だと至るのは容易。
問題は、
(……こいつが食ったクレープの具なんぞ知らんなァ…………)
結局、さきほどから脳の片隅で浮いている情報に触った。
情報は、要約すると、幼竜にアンサルを摂取させるのはやめましょう、というものだった。今さっきのエーコのように、平常を失ってしまうらしい。
さて、今回の事を調べなくては。
アンサリヴァン。クレープ。アンサル。
すぐにヒットした。
「……シルヴィア」
「?」
「さっきこいつにやったのアンサルクレープか」
「そんなわけないだろう。幼竜にアンサルは厳禁だからな」
だとすれば、店員のミスか。
さして重度なことでもなし、解決したことである。アッシュレイは良しとして会話に戻る。
「お、知ってるのか。見た目か? レベッカか? 風の噂か?」
「学院で噂になっていたぞ」
「ほう。友人を設けないお姫様にも、周囲の会話に傾ける耳が備わっているらしい」
皮肉。
たちまち、シルヴィアは真っ赤になった。
「うるさい! わ……私は……くだらない噂話などに興味はないのだが、その……コゼットがいろいろと聞きつけては、私に話して聞かせるのだ!」
「あらあら、その割に……アッシュレイ様にまつまる噂話は熱心に聞き入っておられたようですけれど?」
「なっ……バカをいうな!」
アッシュレイが言った通り、シルヴィアが教室で孤立しているのは、誰もが知っている。
ただ存在しているだけで、シルヴィアには周囲に緊張を強いるところがあった。
それは決して、シルヴィアが王女だからというわけではない。もちろん、その高貴な血統も一因ではあるのだが、それ以上に、シルヴィアの堅苦しい性格こそが問題だった。
「まあまあ、良ろしいではありませんか。こうして、お目当てのアッシュレイ様を見つけることができたのですから」
コゼットの指摘に、シルヴィアは頬だけでなく、耳たぶまで真っ赤に染めた。
「な、な、なにをいっているのだお前は! 私は別に、こんな奴を捜すために、わざわざ町まで出てきたわけではないぞ!」
「はいはい。では、そういうことにしておきましょうか。うふふふふ……」
純朴そうな見た目とは裏腹に、腹黒な笑い方をするコゼットだった。いつしかシルヴィアは涙目になっている。
「アッシュレイ様に、どうしてもお伝えせねばならないことがあるのでしょう? コゼットはうしろを向いていますから、遠慮なくどうぞ」
「ふざけるな! うしろを向いたところで、お前のことだ! どうせ聞き耳を立てるのだろう?」
「うふっ。それが侍女の務めですから。わたくしのことは、街角のヴィーナス像とでもおもって、お気になさらず」
「どこがヴィーナス像だ! 魔女神もモリガンの化身め!」
その時、アッシュレイはエーコが鼻をムズムズさせていることに気が付いた。
「へっ、へっ…………へぷしゅ!」
エーコは可愛らしいくしゃみをした。
――――ぶわっ!
たちまち、エーコの前方に暴風が吹き荒れて、シルヴィアのスカートを無造作にまくり上げる。
真っ白な生地と、レースの模様。
そして、腰の左右で結ばれたリボンを、アッシュレイは認めた。
(紐か)
「見るなっ!」
不敬にも白けた目をしたアッシュレイの顔面に、羞恥で激怒したシルヴィアの鉄拳が叩き込まれる寸前、エーコが動いた。
アッシュレイの脇から手を伸ばし、シルヴィアの拳を受け止めたのだ。さすがは竜族だけあって、早技であった。今のくしゃみで酔いが覚めたのだろう。
「……」
アッシュレイを狙って放たれた拳をエーコが受け止めたことに、アッシュレイは多少の驚きを覚えた。
忠義でも芽生えたか。
いや、無いだろう。
「なんのつもりだ?」
底冷えた声音で、シルヴィアがエーコに問いかける。
「あんたこそ、愚鈍で愚劣で愚昧な人間の分際で、どういうつもり? こいつの飼い主はあたしなのよ? こいつを虐げていいのは、世界でただひとり
――――あたしだけなんだからね!」
「(ま、そんなとこだよな……)」
アッシュレイの呟きをよそに、エーコとシルヴィアは膠着状態に陥っている。
「ふん……バカバカしい」
先に折れたのは、シルヴィアのほうだった。大人しく拳を下ろすと、アッシュレイとエーコに背を向ける。背中を覆う輝かしい金髪を、そよ風になびかせながら。
「アッシュレイ・ブレイク! お前にひとつ、いっておかねばならんことがある」
肩越しに振り返って、シルヴィアは言葉を続けた。
「そ、その……以前、私がお前にいったことは、間違いだった」
「あん?」
「……パルのことだ」
「あぁそうか。あったな、そんなことが」
「あのときは、ついカッとなって……我を忘れてしまったのだ。事実、お前のパルは……こうして元気に生まれてきたのだからな。本当は、校庭で聞いたとき、真っ先にするべきだったのだが、」
シルヴィアはもじもじと恥ずかしそうに視線をさまよわせて言える。アッシュレイと視線が合った途端、慌てて目を逸らした。
そんな様子を、コゼットは口元に手を添えて、ニコニコと見守っている。
「何をだ?」
「つ、つまりだな、何が言いたいかというと……あれは私の失言だった! 己の過失は潔く認めるべし――――我が家の家訓だ!」
いい終えた途端、シルヴィアは脇目もふらず駆け出した。
「そういうことですから。それでは、わたくしも失礼いたしますわ」
コゼットは丁寧なお辞儀をすると、メイド服のスカートをひるがえし、シルヴィアのあとを追った。
アッシュレイは、
「どういうこと?」
「ありゃ確かに堅物だな」
「ちょっと聞いているのっ?」
「聞いてないな」
「聞いてるじゃないの!! この、ペットのくせに!」
シルヴィアの認識を、若干に改めた。
「普段から素直であれば、友人の一人や二人、容易だったろうな」
ニヤニヤとごちるアッシュレイだが、視界の端から、頬に向かって伸ばされた手があったがために、中断となった。
素早くその手を払い、やり返す。
エーコの片頬を、抓った。
「
「なにをするだ? お前がオレにやろうとしたことだろうが」
決まり文句、ペット、と言おうとしたのがわかったので、一層力を込めた。
「
「反省しろ」
「
校正の時間はなかったのよ……