私、八坂葉月は三橋夢叶に恋をした。それを自覚してから2ヶ月が経過した。季節は夏を呼びよせる雨の頃。夏服の半袖ブラウスから、その細くて白い腕を惜しげもなく晒しながら、夢叶が私に近づいてくる。
しかも、すごく嬉しそうな表情で。時刻は午後の四時。進学を機に一人暮らしを始めた彼女の家は私の自宅に程近い。一緒に帰ることが習慣となり、今日もこうして夢叶を待っていたのだが……。
「あのね、葉月」
少し頬を赤らめながら私を見つめる夢叶。すごく……可愛い。でも、その柔らかそうな唇から発せられたのは私への愛の言葉などではなくて……。
「私、彼氏が出来たの!」
という、私にとっては死の宣告に近い言葉だった。その先の言葉を聞き取れたのも、おそらく彼女の声を聞き漏らしたくないという本能によるものだっただろう。
しかし、その聞いた内容は私をさらに絶望させるものだった。……夢叶がお付き合いし始めたのは隣のクラスの男子。名前は私も知っていた。同じ中学校の男子だったからだ。女癖の悪い男だと聞いたことがある。他にも悪い噂は後を絶たない。止めなきゃ、そう思った次の瞬間だった。
「あ、でもね。葉月との時間も大事だから」
夢叶がそう言ったからか……。それとも彼女の表情があまりに幸せそうだったからか。私は結局、その彼氏の悪い噂について何も言えなかった……。
だけど、嫌なものは嫌だ。自宅に帰り、ベッドに沈む。私も夢叶と同じで一人暮らし。泣きたいだけ泣いた。女なのに女の子に恋をして、その彼女が男性とお付き合いを始めた。それを悔やんで涙を流すのは身勝手だとも分かっている。
でも、夢叶が……もしも夢叶があの男の毒牙にかかってしまったら……考えただけで恐ろしい。私は最大限のコネクションを使って、あの男が二股をかけていないか、何か裏で企んでいないか調べ始めた。
「全てはそう、夢叶の幸せのために……。だって、大切な親友なんだから……」
でも結局……私は無力で無能だった。どんなに頑張っても、あの男に関する悪い噂は出てこなかった。高校生になって、完全にキャラを変えたらしい。どうにもこうにも、本性を示さない。
「明日から夏休み……か」
調査に一ヶ月以上かけてしまった。でもその間、夢叶は幸せそうな表情をいつも浮かべていた。大丈夫なのかも知れない。いつのまにか、そう思っていた自分もいた。でもそれと同時に、どうしようもなく夢叶が欲しくなった。彼女の笑顔を独り占めしたくなった。
「私……狂ってるよね……」
問いに対しての答えは返ってこない。当然だ。私は今日も家に一人。夢叶も最大限に私を大切にしてくれていたけど、私が求めているのはそうじゃない。もっと……違うんだ。あの男の話をしている時の笑顔が……妙に嫌いになっていた。夢叶の笑顔なのに、どうしても見たくなくなっていた。それは、私が夢叶に恋をしているから? 多分、そうなのだろう。好きな相手が自分以外の人のことを幸せそうに語る。それが許せないのだろう。……どうしようもなく醜いな、私は。このままじゃ……夢叶に嫌われてしまうかも。一瞬、そんな思いが脳裏をよぎった。それが、あの時の言葉以上に死の宣告じみた言葉に思えた。自分自身が思ったことなのに。夢叶以外の友達もできた。みんな優しくて、話していて楽しい。でも、誰よりも夢叶が好きで、彼女が一番で、親友って呼んでもらえて凄く嬉しかった。だからかなぁ……親友以上を願うことが出来ないのは。
「ぁあ……ん、……」
知らぬ間に頬を涙が伝っていた。半日の終業式から帰ってきて、まだ何も口にしていない。空腹のせいで情緒不安定なんだ。そう思って、キッチンへ行こうとするけど、足取りは妙に重い。
「……そうか、夢叶がいないから……なんだ……」
学校が午前中で終わる日は、よく夢叶が家に来て一緒にお昼を食べた。でも、今日の夢叶は真っ直ぐ帰ってしまった。だから一人でお昼ご飯を食べなきゃいけないんだ。週末だってそうじゃないか、一人で昼食だっただろう? 自分にそう言い聞かせても、目蓋にやきつく夢叶の姿が離れない。夢叶に会ってしまったのに、一人でお昼なんて……寂しいよ……。
「夢叶に会いたい。どうしようもなく、会いたいよ……。夢叶ぁ」
流れる涙のせいで、上しか向けない。こんな気持ちになるくらい、私は夢叶のことが大好きで、彼女が欲しいって思っているんだ。
きっとこの瞬間、私の真っ直ぐな恋心は歪んだ愛欲になってしまったのだろう。