でも今回はプロローグ
「今、何とおっしゃいましたか?」
長い年月を共に過ごした私の側近が、これまで見せたことの無いほど呆れた顔をして言った。
「だーかーらー、魔王を辞める。そう言ったの」
それを聞いた側近は豪快に笑いだす。
私も可愛らしく笑ってみる。
二人の笑い声が、いつもは静かな魔王城に良く響いた。
「私も歳ですかな? 耳が遠くなったようだ」
「嘘つけ。私の鳴らした指の音で、直ぐに此処に来ただろ」
側近が私を睨み付けてくる。魔王に、直属の上司に向けていい目では無かったが、私は気にもしない。此処はアットホウムな魔王城なのだ。だから、私は笑顔で側近を見つめる。
先に折れたのは側近だった。
「どの様な深い理由があって言い出したのですか?」
多少嫌みっぽい言い方だが、私は気にせずに10分間必死に考えた言い訳。じゃなくって、理由を言う。
「勇者に対して防戦一方ではダメだ。今こそ戦う時!」
それを聞いた側近は大袈裟にため息を吐く。
「本心は?」
「暇」
側近は又しても大袈裟にため息を吐く。何度も言うが、これは魔王に向けて良い態度じゃないと思う。
まあ、それは今は良いとして、側近をどうすれば説得できるだろう。私は頭を必死で働かせる。
「貴方の力なら黙って抜け出すこともできたでしょう」
側近は何かを諦めたのか、静かな口調で言った。
その問いに対する明確な答えを私は持っていたけど、それを言うのが恥ずかしく、私は首を捻ったり、頭を掻いたりした。
その間、側近は真っ直ぐした瞳で私を見ていた。
「アットホウムな魔王城だからさ、ちゃんと挨拶はしたいじゃん」
私は観念してそう言った。
側近はしばらく黙った後、威厳たっぷりに言い放った。
「魔王様。出発の支度をいたしますので、お時間を頂けますか?」
その威厳ある言葉につられ私も威厳良く言う。
「許す。ただし一時間だ。それ以上は待たん」
「かしこまりました」
側近は恭しく頭を下げ、闇に消える。
そして、きっかり一時間後。私は側近の前で正座していた。
「なんで、貴方はそんな格好してるんですか? 王が出発するからと、各地の貴族も見送りに来てるんですよ」
「口調が素に戻ってるから落ち着いて」
「黙れ三下」
あまりにもストレートな罵声に私は体を震わせる。
「良いですか。今すぐ威厳ある格好に変身してください」
「えー、でもこの格好可愛くない?」
そう言って私は立ち上がり、側近の前でクルリと回る。その瞬間、薄いピンク色のスカートがフワリと舞い、その奥に隠された真っ白な素肌が現れる。
側近が目を反らしながら言う。
「魅了は止めてください」
私は年端か無い少女の姿でクスクスと笑いながら、側近に近づく。
「分かったでしょ? 淫魔の私はこの姿が、本来のものなの」
そう言いながら私は、舌舐めずりをしながら側近を見つめる。
「人間の少女はそんな仕草も、そんな邪悪な目もしませんよ」
側近はため息を吐きながら、諦めたように言った。
私はそれに笑って返す。
「だって、私は魔王様だもん」
魔王城の巨大な扉が音をたてながらゆっくりと開いていく。
側近は姿勢をただし声を張った。
「皆の者、王の出発であるぞ」
その言葉に扉の外に待機していた魔族達は一斉に頭を下げた。
私は思わず、感嘆の声が口から漏れた。
扉が鈍い音をたて開ききると、側近は口を開いた。
「行ってらっしゃい。魔王様」
その言葉を聞いて私は足を動かした。
何百の魔族が頭を下げるなか、私は堂々と足を進めた。
道の中ほどまで来てふと思った。
何百の魔族から頭を下げられてる年端か無い少女は、端から見たらどう思われるのだろう。