第30話 ウォーム・ブリザードその1/平社員提督と鈴谷似の乙女その1
本日は1月5日の正月日和で、外は気持ち良いぐらい快晴であった。
吹雪型1番艦駆逐艦である吹雪が秘書艦を務める筈なのだか、上番時刻である午前8時をもうすぐ迎えるのに未だ来ていない。
因みに、説明するのも今更だが、私が現在与えている秘書艦の上番時刻は午前8時から午後11時、及び午後11時から翌日午前5時までの自室仮眠を覗く午前7時までを当てている。
故に、昨日の秘書艦だった綾波は1時間前には下番して駆逐艦娘寮の自室へ戻っており、それから8時までの間、私は独りで吹雪を待つ事になる。
「うむ……あの吹雪が寝坊する筈ないが、一応呼びに行くか」
寝坊する事は無くとも、何か困った事があって遅れる可能性は有るかもしれない。
立ち上がった私は廊下を歩く艦娘に気を付ける様に、ゆっくりドアを押し開けた。
するとドアの先で、吹雪が手元を見ながら突っ立っていたではないか。
「うーん……司令官にどう渡そう……」
吹雪の手元には、綺麗に飾られた長方形の箱が有る。
昨日、間宮の食堂で綾波達と話していた、私に対する例の贈り物なのだろうか。
「司令官、こちら粗品ですが……って違う違う! そんなのプレゼントじゃないよぉ……」
どうも私に渡す際の文言を考え込んでいるらしい。
「そうだなぁ……こちら昨日ご馳走になったお礼です、どうぞ! ……うーん、前から渡すつもりだったし、なんかしっくり来ない」
なんだか可愛いので、しばらく見守ろう。
「あうぅ……司令官、こちら例の品ですぜ——って、わけ分からないよー!」
いや、これ以上放置するのも可哀想なので、きちんと注意せねば。
私は改めてドアを開いた。
「吹雪、そんなところでどうしたのだ?」
「ひやああぁぁっ!?」
すると吹雪は尋常ではない叫び声を上げながら、箱を背中に隠したのだ。
「いきなり大きな声を出すんじゃない、ビックリしたぞ」
「ご、ごめんなさーい!」
吹雪は必死に頭を下げて謝るが、それも驚かせた私が悪いので、以降は何も叱る気は無い。
「まあ、とにかく頭を上げて中に入りなさい」
「は、はいっ! 失礼しますっ、です!」
いつもより固い気がするが、緊張しているのだろうか。
とは言え、部屋に入って秘書艦の席へ座れば一心不乱に仕事を始めるのだから、たいしたものである。
しかし例の贈り物はひた隠しにし、渡してくれなかったので少し悲しい。
私は贈り物の中身が気になって仕方なく、遠回しに催促しようと考えた。
「吹雪、いつもお疲れ様だな」
「はいっ、ありがとうございます!」
少し労いの言葉を上げただけで大変喜ぶのだから、幾らでも褒めたくなる。
「ところで最近は、どんな余暇を過ごしているのだ?」
「えっ、そうですねぇ……睦月ちゃんに如月ちゃん、それに夕立ちゃんとお買い物行ったり、温泉行ったり、美味しい物食べたり……ですね」
「そうか、なかなか充実した余暇を過ごしているではないか」
その光景を想像すると、実に和む。
「あ、遊んでばかりな余暇ですみません!」
「いやいや、寧ろもっと遊ぶと良い」
とにかく息抜きをたっぷりしているのだから、特に体調を心配する必要は無いだろう。
「そうですか……?」
「勿論だとも。何せ吹雪は誰よりも、真面目に頑張って仕事しているのだしな」
「えへへ……ありがとうございます!」
「それでだ……昨日、睦月とはどんな買物をしたのだ?」
「ええっ!?」
吹雪が驚愕したので、あまり遠回しでは無かったようだ。
「ええっとぉ……秘密です……ごめんなさい!」
「いや、特に気にしていないし、そこまで謝らなくて良いぞ」
「本当にごめんなさい……。少しだけ考える時間を頂けませんか?」
きっと贈り物を渡すタイミングを見計らっているのだろうし、これ以上催促するのは止めよう。
「ああ、幾らでも待つぞ」
「ありがとうございます……っ! 司令官は優しくて、とっても良い方ですね!」
吹雪が屈託無い笑顔を見せてくれるものだから、私の心も癒されてしまう。
「うむ、では仕事に戻るか」
「はいっ——頑張ります!」
歯切れの良い返事と共に吹雪は秘書艦として、昨晩遅くに私が書き出した書類の整理に没頭する。
彼女が頑張る間に私も、来年度の総予算支出計画書の作製に励んでいた。
すると、あっという間に昼まで時が進み、私の腹が情けなく呻いてしまう。
「吹雪、腹が減ったな?」
「あっ——もうこんな時間!」
驚く吹雪が指差した壁時計の針は、正午を示していた。
「一緒に間宮へ食べに行くか?」
「いえっ、私はお留守番していますよ! 実はまだ、お腹が空いてないんですよぉ」
「そうか……」
もしかすると、贈り物を渡す文言を1人で考えたいのかもしれない。
「分かった、それでは先に食べてくる」
「はいっ、ごゆっくりどうぞぉー!」
本当ならば彼女と一緒に楽しく喋りながら昼飯を食べたかったが、独りでゆっくり考える時間も与えてあげたい。
だから私は吹雪の為にも、1人で間宮の食堂へと向かったのだ。
間宮食堂の暖簾をくぐった私は、提督専用席に座ろうか迷った。
艦娘達が賑わう空間の中、1人で食事を取るのは、実に寂しく辛いからである。
間宮の料理が美味いからまだ救いは有るが、折角ならば誰かと会話を弾ませながら飯を食べたいと思うのが人の性であろう。
とにかく私は食堂内を見回し、楽しそうに笑いながらうどんを啜る夕立、睦月、如月が座る卓に目が行ってしまう。
ちょうど彼女達から、最近の吹雪の様子を聞きたいと思っていた所だったから尚更に。
3人が座る卓の前に立つと、3人とも呆気に取られた表情で、私に注目する。
「すまないが、ここに座っても良いか?」
会話を楽しんでいた3人が黙って私を見つめるので、私は邪魔してしまった背徳感を妙に味わってしまう。
「うんっ、いいっぽ〜い!」
「どうぞどうぞ〜!」
「大歓迎よ、司令官♪」
しかし彼女達はすぐに満面の笑みを浮かべ、私を快く受け入れた。
空いた夕立の隣に座った私は、やって来た間宮へ天丼を注文し、待っている間に早速3人と会話する。
「3人とも、何か悩み事は無いか?」
「無いっぽい!」
「至って楽しいなりぃ〜」
確かに夕立と睦月には、悩みは無い様に見える。
「う〜ん、そうねぇ……」
「おお、如月は何か有るのか?」
「勿論、ありますよぉ〜?」
「皆の前で言える事ならば言ってみなさい」
他の者にとってどんな些細な事でも、個々の艦娘達の悩みを打ち明けるだけで士気が上がるのなら、それで充分なのだ。
「うふふっ♪」
しかし如月は、なんとも妖しい笑顔を私に向ける。
「司令官って、誰にでも優しいじゃない? ですから司令官の奥さんになった場合……浮気をしないか心配なのが、私の悩みなのよねぇ♪」
まるで私への当て付けの様な受け答えである。
そもそも現時点で私に妻がいない事実は、既に周知されたのだろうか。
「いや、如月自身の悩みを聞きたいのだが……まあ良い。安心せよ、私は新たに妻を迎えたら、絶対に浮気などはせんよ」
そう、その時が来たら私は身を固める覚悟であった。
本当にその時が訪れたとしたのなら。
「そうっ——うふふ! では如月も、もぉっと頑張らなくてはねぇ〜っ」
「ああ、もっと精進しなさい」
「ええっ♪」
なんだかんだ如月自身の悩みは無さそうなので、安心である。
「ねーねー提督さんっ、今度は普通にどこか遊びに行こうよ〜」
夕立とは一度きりの関係を持っていたので、その提案に少し心臓が驚く。
その横で、睦月と如月が微笑みながら頷いていた。
「そ、そうだな……。だが、仕事が忙しくて無理だろうな」
「ぶうーっ……提督さんも吹雪ちゃんみたいなこと言うっぽいしー」
そこで私は、何かが矛盾している事に気付く。
「おかしいな。吹雪は夕立達と温泉に行ったり、美味い飯を食べに行ったりしているのではないのか?」
「あれれぇー? 吹雪ちゃんったら、そんなこと司令官に言ってたのぉ?」
「それは……本当に心配ねぇ」
私の話を聞いた睦月は驚き、如月は心配している。
「ねえ提督さん、吹雪ちゃんの様子はどうだった?」
そして夕立は、真剣な表情で私の顔を覗き込んだ。
「ああ、いつも通り明るく元気だったが——」
「なんかこう、無理してる感じとかしてなかったっぽい?」
確かに、無理して明るく振舞っていると言えなくもない。
「そうだな、いつもより気合が籠っていると言うか」
「やっぱりね……。もぉー、吹雪ちゃんったらまた無理してるっぽい……」
「なんの事だか、さっぱり分からないぞ。私に詳しく教えてくれないか?」
「はいっ、信頼できる司令官にだけは話してあげますとも〜——」
中でも一番吹雪と仲が良い睦月が、吹雪の事を詳しく話してくれた。
睦月の話しだと、余暇でも構わず体力練成に励んで疲労している吹雪を少しでも休ませる為、3人は積極的に食事なり温泉なりに誘うのだが、吹雪は全然大丈夫だからと元気に振る舞いながらも頑なに断り続け、結局は体力練成にのめり込んでいるとの事。
「——そう言う訳なんですよぉ」
「そうだったのか……」
つまり吹雪は私に嘘を吐いていた事になるが、それは私を心配させない為の彼女なりの心遣いなのだ。
だから彼女を怒るつもりは無いが、本音をひた隠しているのだと思うと少し悲しくなる。
「提督さん、どうにか吹雪ちゃんを休ませる方法はないっぽい?」
「そうだな……」
吹雪は仕事熱心な性格で、しかも周りに流されない強い意志を持った艦娘だ。
だが、上官である私の命令ならば喜んで従う筈である。
ならば私がどうにかするしか無いのだが、私だけでは嘘を吐いてでも気を使う吹雪の信念を曲げられないので、ここは特に吹雪と仲の良い3人に手伝って貰う必要があったのだ。
「夕立、睦月、如月……少し私に考えがあるのだが、是非とも協力してくれないか?」
私が真剣に頼み込むと彼女達も同じく真剣な表情で頷き、快諾してくれた。
吹雪をどうにか休ませる作戦を練ながらも私達4人は昼飯を食べ終え、すぐに提督室へ移動したのだ。
「司令官っ、お帰りなさ——み、皆も一緒だったの!?」
提督室の扉を私が開け、吹雪が3人の姿を確認した途端、持っていた贈り物を素早く背中へ隠してしまう。
もしかしなくても、私は受け取るタイミングを逃してしまったのだ。
「吹雪ちゃん、おつかれっぽいー!」
「お昼を誘いに来たよぉ〜」
「仕事の具合は、どうかしらぁ?」
とにかく慌てふためく吹雪の周りを、笑顔の3人がわいわいと囲む。
「うん、とっても順調だよ?」
「そうっ、それなら良かったっぽい!」
「では、間宮さんの所へ行きましょうよぉ?」
夕立と如月は、吹雪の腕を引っ張り、睦月は背中を押しながら部屋を出ようとしている。
「えっ、ちょっとぉ! 司令官に断りを……」
「安心しろ、私は充分な休憩を取った。だから吹雪も安心して、ゆっくりと休憩してきなさい」
これで少しは吹雪も休めるし、こちらもじっくりと準備出来る。
「はい……司令官がそう言うのでしたら——」
「さあ吹雪ちゃん、張り切って食べよぉ〜!」
「早くデザート食べたーい!」
「今日は美味しい栃木産の苺が入荷されているそうよぉ?」
「わ、分かったから引っ張らないで——そんなに押さないでぇー!」
吹雪が3人に連れて行かれたのを見送った私は受話器を取り、ある艦娘と連絡を取る。
「もしもし、休暇中にすまないが私だ——ああ、お前なら休まずに働く艦娘や私に不満を持つ艦娘達を、上手く息抜きさせるのが得意だと思って電話したのだ」
電話相手のある艦娘は少し笑い、私に正月特有の遊びを提案してくれた。
「ほお、駆逐艦対抗羽根突き大会か。なるほど、正月らしくて盛り上がるな」
併せて、勝者には特別な事をしてやれば良いのではと、ある艦娘は口にする。
「ふむ、ならばこう言うのはどうだろう」
ある艦娘は、詳細を教えよと催促した。
「ああ、優勝者の駆逐艦娘には今日1日、上官の私がなんでも言うことを聞く権利と明日から3日間の休暇を与え、参加者には美味い飯を奢ってやろう」
ある艦娘は、正気かと問う。
「無論、私は正気だぞ。寧ろ、これで駆逐艦娘達の鬱憤を少しでも晴らせるのならば、本望と言うものだ」
受話器から溜息を吐く音が聞こえたが、すぐに嬉しそうな声で同意してくれた。
「そう言うわけだから、後1時間で大会の準備を済ませてくれ。駆逐艦娘は最低でも8人参加させて欲しい。特に、私に不満がある者や働き者を集めるのだぞ?」
ある艦娘は納得し、すぐに用意すると言い残して電話を切った。
「はははっ……吹雪よ。お前にはたっぷり休息を取って貰うから、覚悟するのだぞ?」
上官である私に従順な吹雪だからこそ、私の権威を守ろうと積極的に大会へ参加し、且つ死に物狂いで優勝を狙う筈だ。
もしも吹雪がこの大会に参加しないのならば、私の威厳などその程度のものだと思い、泣いて諦めるだけだ。
○
まだ漣に弄ばれる以前よりもずっと前の夏の昼。
燦々と照る太陽光が部屋の中に注がれて非常に暑い中、当時の秘書艦である最上型重巡洋艦3番艦の鈴谷と共に、いつもの如く執務に専念していたのだ。
「提督ぅ〜、もう昼の2時なんだけどさぁ……あっついし、お腹いっぱいで眠くなーい?」
「ああ、そうだな。30分程度なら仮眠を取っても良いぞ」
その時間で気分転換出来、仕事の効率が上がるのならば、是非とも休ませてあげたい。
「えっ、マジ〜? じゃあちょびっとだけベッド借りまぁーっす!」
「構わんぞ」
鈴谷は大胆にも制服の上衣を脱ぎ捨ててTシャツ姿になると遠慮せず私のベッドへ寝転び、そのまま寝入ってしまう。
「——ははっ、元気だな」
当時の私は性に飢えておらず、そんな鈴谷を横目で見ても気軽なものだと微笑んでいられたのだ。
今ならば間違い無く、無防備な鈴谷に何か悪戯をしていただろう。
気にせず私は仕事を続けたが、30分経っても鈴谷は起きないので、もう起こしてやろうと思いベッドへ近付いた。
「鈴谷、そろそろ起きてしご——」
「んうーっ……ぐがーっ!」
相当気持ち良さそうに爆睡してるTシャツ姿の鈴谷を見てしまっては、なんだか起こす気力も失われる。
「うむ、まだ仕事に余裕は有る……3時に起こすか」
これが仕事の忙しい時なら起こすのも憚らないが、今は急かす用件は無い。
故に、私は寛容な心で鈴谷の仮眠時間を延ばしたのだ。
「……まずいな、私も眠くなってきたぞ」
もうすぐ3時になるのだが、今になって眠気が限界を迎えている。
眠過ぎて、あらぬ方向にペンが走る程に。
「仕方ない……私も10分だけ仮眠を取ろう」
流石に鈴谷がぐっすり眠るベッドでは寝られないので、そのまま机に両腕を置いて頭を埋め仮眠しようとしたが、不覚にも熟睡してしまう事になる。
寝入った私は、見覚えの無いトイレの鏡で顔を洗っていた。
鏡には黒い背広を着た、まるで若い頃の私そっくりな青年が写っており、声や物音は聞こえずとも、彼の思考や感情が私の脳内へ入り込んでくる。
顔を拭き、背広の内ポケットから取り出した近未来的な機器がスマホであると言う事を何故か知っているからこそ、私はそう判断出来た。
とにかくスマホの画面を見た私は、がくりと落ち込んでしまう。
画面には、『アンタみたいな仕事バカとは付き合えん、死ね!』と無慈悲に書いてあるのだから、そうなるのも仕方ない。
私は沈んだ気持ちのまま持ち場に身を移し、両端に書類が積み重なっている窮屈な机へと突っ伏す様に座り込んだ。
背もたれの小さい椅子は妙に硬く、益々気分が悪くなる。
そんな私の肩を、隣に座る同期の青年が強く叩いてきた。
青年は元気出せよと言わんばかりにニヤけ、私を励ましているつもりらしい。
それでも元気が出ない私に、青年は二つに折り畳まれている如何わしい柄の厚紙をくれた。
開いた厚紙には『疲れたアナタを癒すカワイイ女の子、いるかもね☆』という如何にも怪しい見出し文句が印刷されている。
それでも私は彼女から嫌われたショックでヤケになっていたので、嬉々としながら厚紙を受け取り、浮つきつつも事務仕事を続けた。
夜8時現在。
私は同期と馬鹿みたいに肩を組んで賑やかな歓楽街を歩き、とある店の前で立ち止まった。
入店すると、中は神秘的だが如何わしい空気を醸し出す七色の光に照らされた光景が広がっている。
そこには沢山の小綺麗な女性があちこちのソファーに点在し、酔いどれ達の相手をしていた。
店の奥から小走りにやって来た、私には縁の無い妖艶な女性と、見た目が陸奥にそっくりで明るそうな女性が、楽しそうに破顔する同期と、店内の様子を眺めてオドオドする私の腕をそれぞれ優しく掴んできた。
私は優しそうな陸奥似の女性に案内され、安堵してしまう。
ソファーに座った青年は隣の席で楽しそうに会話している様だが、私は沈んだ顔で注がれた酒を呑んでいる。
すると陸奥似の女性が心配そうに私の顔を見つめるので、愛想笑いしながら彼女に嫌われた悩みをぶち撒けた。
すると女性が同情を顔に浮かべて密着し、頭を撫でるなり頬を擦るなりして慰めてくれたのだ。
それで少しは私の気持ちが楽になり、酒を美味しく飲む事が出来た。
夜10時現在。
早くも2時間飲み明かした私は、人生を満喫している顔の青年と別れ、1人寂しく家路を歩いた。
帰り道の途中、夜遅い歓楽街の筈なのに、どう見ても中学生にしか見えない私服姿の暁四姉妹似の4人組が、わいわいと闊歩している姿を見てしまう。
幾ら彼女達が野戦馴れしているとは言え、ここは荒んだ大人もいる歓楽街であって、別の意味で危険だ。
そんな私自身の意思とは関係無く、倫理的にまずいだろアイツらと言った思考が、酒に酔った私似の青年越しからひしひしと伝わる。
そんな4人を見た私は酔いも覚め、やさぐれる彼女達を正しい方向に導くため道を塞いでしまう。
すると暁似の少女が迫力の全く無いガンを飛ばして威嚇してきた。
その横で響似の少女は酔っ払いなんか放っとけと言わんばかりに暁似の制服の胴を引っ張り、電似の少女はわなわなと震え、雷似の少女がその子を落ち着かせるという、連携の取れた構図が出来上がる。
しかしその後、雷似が暁似の肩を叩いて落ち着かせ、私の前に立つといきなり手を合わせ、深々と頭を下げてきたのだ。
続いて目をぐるぐると回しながら、左手の二本指で丸を作り、その丸に右手人差し指のみを立てて半分入れ、そこで前後に動かした。
この流れは流石にまずいと思った私は、誰にも言わないからお前ら早く家に帰れと言葉を残し、即座に振り向いて逃げ出した。
逃げる途中に私が振り返ると、何故か4人とも私を必死な顔で追いかけるのだから、酔った事もすっかり忘れ、ひたすら逃げ続けてしまう。
私は運動が得意だったので、走る事は苦では無かった。
10分も走れば少女達から逃げ切り、私が帰る駅から離れにある小さな公園へ辿り着いたので、とりあえず備え付けのベンチに腰掛けて息を整えた。
そんな中、ふと振り返った先で、2人の男女が何やら揉めているのを見てしまう。
揉めている女性は鈴谷に似ており、その女性を筋骨隆々な男が手を上げようとしたので、私は直ぐさま駆け出した。
顔を両手で守る鈴谷似の女性が殴られる寸前に2人の間へ入り込むと、振り下ろされた拳が私の背中を強く打ってしまう。
どうやら男は止めようと勢いを緩めていた様だが、それでも地味に痛い。
とにかく私は構わず、女性の手を掴んだ。
突然の事で女性が驚く横で、殴られた私を割と心配そうにする男を無視して、まだまだ人の多い歓楽街の方へ向かって走り出した。
暁四姉妹似の少女達がまだ遊んでいないかふと心配になったが、とりあえず何処にも見当たらなかったので、大人しく家へ帰ったのだろう。
まだまだ多い人混みに紛れ込んだところで私は走るのを止め、息を切らす鈴谷似の女性としばらく歩いていた。
当てもなく女性の手を掴んだまま歩きながら、私は後ろ向きな事ばかり考えていた。
先程2人が揉めていたのは唯の痴話喧嘩だったのではとか、後であの男に報復されるのではとか、強引な行動を取って女性に嫌われたのではとか、その他色々と。
そんな時、私はふと鈴谷似の女性に振り返った。
女性は不穏な表情を私に向けているので、少しでも安心させる為に慌ただしくも手を離し、何度も頭を下げて謝った。
すると女性は口元を緩め、嬉しそうに手を振りながら笑ったのだ。
私は、とても嬉しくて堪らなかった。
女性の『助けてくれて本当にありがとう』と言うハッキリした言葉が、私の脳内で再生されたのだから。
そのまま鈴谷似の女性を、私が働く会社に近い駅前まで送ると、彼女は朗らかに笑いながらスマホを取り出した。
倣って私もスマホを取り出し、連絡先を交換してから彼女と別れ、別の駅に向かって帰宅した。
離れの古いアパートに帰り着いた私の住処は見窄らしく、中々に狭い1人部屋なのだが、これが妙に落ち着いて仕方ない。
私は部屋の真ん中で強く拳を握り、大袈裟に喜びながらガッツポーズしたのだ。
翌日、夜7時には事務仕事を終えた私は鈴谷似の女性から一緒に晩御飯を食べようとメールを貰い、恐悦至極な気分を維持したまま落合場所である、昨夜に女性を見送った駅前で待っていた。
女性は待ち合わせた時間よりも少し遅れているようだが、私は気にせず待っている。
暫くして女性が申し訳なさそうに片合掌しながら駆けて来たので、私は気にしてないからと両手の平を突き出し、手首を左右に振った。
それから私は、女性と楽しそうに会話しながら隣で歩き、近い場所に存在する、貧乏人である私に優しい手頃なファミレスへと向かう。
店内に入った私達は空いてる席に向かい合って座り、注文を取りつつ楽しそうに会話を始めた。
どうでも良い世間話は頭に残らないが、ところどころ印象に残る言葉だけが私の記憶を干渉する。
とりあえず鈴谷似の女性は口数が多く、何か困った事を私に対して相談してくれたらしい。
その相談内容とは、昨晩あった厳つい男との揉め事の件である。
どうやら女性は家へ帰宅する途中、彼女とは全く縁の無い筈の厳つい男にいきなり強く腕を引っ張られて公園へ連れていかれたらしく、もしも逃げたら何をされるか分からない恐怖で怯え、大人しく着いて行ったらしい。
初めは厳つい男も紳士的な対応を取っていたらしいが、会話が進むに連れて、お前が付き合っている男と別れろだの、俺達の間に勝手に干渉するなだのと感情的、且つ頭ごなしに言われた事に腹が立ち、絶対に別れるもんかとごねたそうだ。
そして、逆上した男が手を上げようとした所を、私が間に入って連れて行ったと言うわけだ。
とにかく私が安いカルボナーラを美味そうに食べている時、彼女が幸せ全開に微笑みながら、顔の整った美青年が写るスマホを私に見せ付けてきた。
画面に映る青年が、揉め事を起こした要因である女性の彼氏である。
女性は実に楽しそうに口を動かすが、その度に私は嫉妬を積み重ねる。
その感情を彼女に見せる事など一切無かったが。
私にとっては悲報を聞かされただけの虚しい食事も終わり、スッキリした表情の彼女を駅まで送ってから、帰り道の途中でコンビニに寄って安い第3のビールを3本買い、飲み歩きながら帰宅してしまう。
そうしなければ、この胸の苦しみを抑えられなかったのだ。
そんな時、昨晩遅くに出会った雷似の少女とすれ違ったのだが全然気付かなかった。
少女の存在に気付いたのは、彼女がいきなり私の腕を必死に掴んできてからである。
存在に気付いた瞬間、私の頭から血の気が引いたが、予想外にも少女は泣きそうな顔で、何度も頭を下げてきた。
流石に歩道で泣かれたら私が警察にお世話になり兼ねないので、とりあえず泣かないよう落ち着かせ、ひと気の少ない公園へ身を移す。
夜分遅い公園のブランコに少女と並んで座る横で、私は未だ酒に手を付けていた。
すると少女が、どうしたのと言った表情で、私の顔を心配そうに覗き込む。
流石に若い私は中学生に相談する程プライドを捨てきれず、ニヒルを気取って睨み付けてしまう。
それで少女が恐がってその場を去れば吉と思ったのだが、逆に私の正面に立ち、母性あふれる優しい表情で抱き着いて来たのだ。
少女の行動があまりにも不可解で混乱した私だが、優しい温もりによってすぐ懐柔され、辛い感情を掃き出す様に涙を流してしまう。
そのまましばらく少女の胸を借りて涙した私は落ち着きを取り戻し、それでも大人としての体裁を守る為、少女に早く家へ帰るよう促した。
すると少女は家へ帰りたくないと言った様子で何度も首を横に振って嫌がる。
そして、少女が語った印象的な情報が私の脳内へ入り込んで来たのだ。
どうやら少女は毎日塾に通っているらしく、中学三年生になった現在もあまり成績が伸びず悩んでいるらしい。
因みに彼女の成績は5科目平均85点と、決して悪くはない。
若い頃の私に比べれば、遥かに高いのだから。
成績の件は置いておくとして、伸び悩んだ事が理由で理不尽にも父親に叱られた憂さ晴らしに、昨日の塾帰りの際、息の合った親友3人を誘って夜遅くまで、カラオケ三昧して遊んだらしい。
その帰り、一応大人である私に注意され、夜遊びしている事実が少女の両親に伝わって更に厳しく叱られる事を恐れ、逃げる私を説得しようと、少女は必死に追いかけたのだ。
それが昨晩遅くにあった破茶滅茶な真実である。
昨晩遅くに帰った少女は、当たり前だが父親から相当厳しく叱られ、色々と嫌になったから家に帰りたくない、との事。
ならば尚更、今すぐにでも帰った方が良いと私が説得してみると、少女は深く悲しんで泣きべそをかいてしまう。
少女の幼気な涙にやられた私は、気障ったらしく片膝を付いて少女の手を優しく掴み、酔いに任せて歯が浮く言葉を並べつつ家へ泊まれと誘った。
誘いを受けた少女はと言うと、腕で涙を拭い、心から嬉しそうに微笑んでいた。
それから雷似の少女を私の住処へ案内し、私の部屋へ入った途端に彼女は敷きっぱなしの布団にボスンと飛び乗って、嬉しそうにはしゃいでいた。
夜も遅いし隣人に迷惑だから静かにしろと私が注意すると、少女は舌をペロリと出してふざけつつ謝ってくれたらしい。
しばらく少女と話し合っていると完全に酔いが覚め、もしかしたら女子中学生を拉致監禁した罪を問われて逮捕されるかもしれないという恐怖をふと感じて青ざめた私は、やはり親友の家へ泊めて貰えば良かったんじゃと彼女に提案した。
すると少女が再び深く落ち込むのだから、もう何も言えない。
仕方ないから今晩だけ泊めてやると私が伝えると、少女は嬉しそうに笑いながら枕へ顔を埋めてしまう。
しばらくして、少女が申し訳無さそうな顔でシャワールームを指差したので、特に気にせずシャワーを浴びに行かせた。
しかし、戻ってきた少女の姿を見た私は目を疑ってしまう。
何故ならば、全裸にバスタオルを巻いただけという大胆な格好で戻って来たからだ。
濡れた体で私服を着たくないのが理由なのだろうが、パンツすら履かないのは幾らなんでも無防備すぎる。
とにかく私は慌ててボックスから白いワイシャツを取り出し、彼女に洗濯室で着てくるよう促した。
だが、少女は無視してバスタオルを下ろそうとしたので、私は即座に後ろを振り向き、少女がワイシャツを着終えるのを待った。
少女が肩を叩いてきたので振り返ると、顔を赤らめた少女が全裸にダボダボのワイシャツ1枚のみというフェチな姿が、私の眼球に強く焼き付いた。
両手は長い袖が折れ曲がっていて可愛くとも、ワイシャツの垂れた部分から生える少しだけ肉の付いた健康的な生脚と、触ってくれと言わんばかりに浮き出た形の良い尻が、私の欲求不満を更に悪化させる。
とにかく謎の色気たっぷりな少女が不意に近付いて私の手首を引っ張り、一緒に寝ようと誘うのだから、私は理性を保つ為にも少女の手を優しく退け、シャワーを浴びて来るから先に布団で大人しく寝ろと言い残し、体を洗いに行った。
とりあえずシャワールームで一発無駄撃ちして精神を安定させた私は、体を丹念に洗い、あの子には絶対に手を出さない意志を心臓に打ち込んでから、部屋へ戻ったのだ。
戻ったのだが案の定、雷似の少女は布団の中で寝転んでいるものの毛布を上げ、一緒に寝ましょうと言わんばかりに手招きしてくれた。
断る素振りを見せてしまえば少女が泣きべそをかくのは分かりきっているので、ここは素直に布団へ入り、無心で寝ようと決意した。
そう、今の私には絶対に手を出さない鋼の意志があるのだから。
布団の中に入った私が少女に背中を向けて眠ろうとするが寝付けない。
どうやら背中を向けたまま、私が眠りに就きたい意思とは無関係に、青年は少女と何やら話し込んでいた様だ。
少女は頭ごなしに叱る融通の利かない父親が特に嫌いな様で、私みたいな気ままだが割としっかりしているらしい人間は、一緒にいると落ち着くとの事。
少女から聞いた断片的な愚痴の情報は、そう言った父親に対する不満ばかりだったのだ。
1時間も話していると、少女がいきなり私の背中から腕を回し、密着するよう抱き締めてきた。
だがそれ以降は何もせず、そのままぐっすりと寝入ってしまう。
そんな事をされれば少女の柔らかな温もりを感じてしまい、私は寝られるわけが無い。
だからと言って、ぐっすり寝ている少女を振り払えるわけも無く、ならば少しぐらい悪戯しても構わないだろうと言う邪心を代わりに振り払い、ただひたすら我慢し続けたのだ。
そうして私は少女に手を出さず、清廉潔白な早朝を迎える偉業を成し遂げられた。
眠くて仕方ないのは置いておくとして、本当に少女を穢さなくて良かった。
とは言え、拉致監禁罪だけは成立する捻じ曲げようのない事実なので結局落ち込んでしまう事になるが、それはもう大人しく諦めよう。
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