私は一時間ほど提督室を空ける為、扶桑に部屋での待機を命じた。
扶桑から自由な時間を貰う代わりに何か欲しい物があるか聞くと、彼女はくすくすと微笑みながら「何もいりませんので、代わりに提督がお暇な時、一緒にお出掛けさせてくださいませ」と優しく誘われたので、私は少し胸を躍らせてしまう。
そして、駆逐艦対抗羽根付き大会の準備をしている様子を見に、私は港へと足を運んだのだ。
港には、大勢が観戦できる大きなシートが敷かれており、石灰で綺麗に線を引かれた真ん中に網が張られている羽根突き用の簡易コートも仕上がっていた。
そこで、今回の大会を催すよう私が電話で命令を下した長門が、四人の重巡洋艦娘達に何やら指示を出していた。
「お前達、ゴム弾の火薬量は絶対に間違えるなよ?」
「分かってるって長門さん。ミスったらあいつら大ケガしちゃうじゃん」
「オッケー、任せてちょうだい!」
何やら長門が、摩耶と足柄の間で物騒なやり取りをしているのが耳に入る。
「長門、参加者は集まったか?」
「提督! ああ、十人は揃えたよ。羽黒、名簿を提督に見せてくれ」
「は、はいっ……」
羽黒が差し出した名簿には、参加者である駆逐艦娘達の名前が達筆に記入されていた。
しかも丁寧に、あいうえお順で。
「朝潮、曙、霞、漣、不知火、初霜、春雨、吹雪、満潮、夕雲か……うむ」
予定通り吹雪も参加しており、本当に良かった。
「素晴らしいな。あの短時間でよく集めたものだ」
「ふっ、彼女らに鎮守府中を回ってもらったからな」
摩耶は朗らかに、羽黒は照れ臭そうに、足柄は優雅に、高雄は楽しそうに、それぞれ笑いながら私の正面に立つ。
「提督、お前やっぱいいヤツだなー! まっ、あいつらの事はアタシ達に任せろって!」
「私も……あの娘達を気分転換させるのは……大賛成ですっ」
「せっかく開催するんだから、全力で楽しませなくっちゃね!」
「たまには皆でワイワイ盛り上がりたいですものねっ」
重巡洋艦娘の四人とも、働き者や不満の多い駆逐艦娘達を遊ばせたい気持ちは有るらしい。
「ああ、皆の想いがひしひしと伝わるぞ……。ところで、摩耶と足柄は主砲を装備している様だが何故だ?」
「あっ、これか? へへっ、これはだな——」
摩耶が話している横で、足柄が丸いゴム製の弾を私の眼前へ差し出した。
「沿岸部に立った私達が、この小さな鉛をゴムで包んだ弾を砲に詰め、羽根突きを楽しんでいるあの子達に向かってひたすら撃ちまくるのよ」
「なんと! だが、それは少し危険ではないか?」
「安心しろ、提督よ。この弾なら当たっても柔らかいから大怪我はしない。それに避けさせるのが目的だ。そもそも普通に羽根突きを行わせるだけでは訓練として効果が無いからな?」
どうやら長門は、遊びにも訓練を交えたいらしい。
「確かにそうだが……」
「安心しろ。仮に怪我をした際の救護員ならば、神通、矢矧、阿武隈の三人に任せてある」
「分かった。そこまで用意周到ならば多少の無理も許可しよう」
それにしても、羽黒が大きな紙を敷いてあるのが気になる。
「長門さん、トーナメント制で対戦枠を決めますね……」
「頼む」
どうやら、対戦表を書く紙らしい。
「対戦相手の抽選ですが、こちらは大会が始まった際……あの子達にくじ引きをさせて決めますね?」
「ああ、そちらの方が応援席も盛り上がるし問題無い。あくまでもこの大会は駆逐艦娘のみならず、全艦娘達の親睦を少しでも深める事が目的なのだしな!」
私の企てよりも大袈裟な大会になってしまったが、お祭り騒ぎは大好きなので全く構わない。
寧ろ私の要望を倍以上の成果で応えてくれる長門だからこそ、大会主催を彼女に頼んだのだ。
「提督、あと二十分も経てば選手と観客の艦娘達が集合しますので、それまであちらの席でゆっくり座ってください」
高雄は、会場の上座に用意された滑らかに照る豪華な黒革の椅子を、手の平で差した。
「うむ、では少し休ませて頂こうか」
「どうぞっ」
とにかく私は、全艦娘達が会場に来るまでの間、豪華な椅子に座り、大人しく待っていたのだ。
高雄が言っていた二十分後には本当に、白い体操服にブルマを履いた選手の駆逐艦娘達がコート前に揃って立ち、観客席には沢山の艦娘達で埋まっていた。
私にとっては眼福だが、選手達は寒そうなので複雑である。
「長門、せめてジャージを着せた方が良かったのではないか? 寒そうだぞ」
「大丈夫だ。動かしているうちに熱くなるし、これだけ日差しが強いのだから風邪を引く事は無い」
「そうか、ならば良いのだが」
隣に立つ長門に堂々と言われては、私からは何も言えない。
それにしても本当に一時間で、ここまで規模の大きい大会を開催してしまうのだから、長門は実に頼りになる。
勿論、重巡洋艦娘の四人も素晴らしい働きをしているからこそ、ここまで出来たのだろう。
「それでは、これより第一回着弾回避有り羽根突き大会を開催します!」
司会である高雄のマイクによる拡声を聴いた駆逐艦娘達は、何やら不穏な表情を浮かべ、互いに横を向いて見合っていた。
だが、危険な香りのする大会名を聞けば仕方が無い。
「では、選手は指揮台の前に集まり、くじを引いてください!」
観客席が騒めく中、十人の駆逐艦娘達は指揮台の前に立つ足柄の前方を囲む様に集まり、足柄が差し出した拳の中にあるくじを不安そうに引いた。
「くじを引いた選手は、羽黒さんへすぐに報告してください!」
私から三席ほど離れた場所でトーナメント表を管理している羽黒の元へ、駆逐艦娘達がどっと押し寄せた。
「羽黒さん、お願いします!」
やたら気迫ある駆逐艦娘達のお願いに羽黒はあたふたしながらも、くじを受け取ってトーナメント表を完成させていく。
「それでは、トーナメント表が完成しましたので発表します! 第一回戦……不知火さん対春雨さん!」
第一回戦目の発表を聞いた観客がどっと騒めいた。
「では、第二回戦……」
辺りが唐突にしんと静まり返り、場が重くなる。
「夕雲さん対満潮さん!」
再び騒めく。
「第三回戦……朝潮さん対初霜さん! 続いて四回戦……霞さん対曙さん! 五回戦目は漣さん対吹雪さん! 現時点では以上になります!」
対戦する相手が決まっただけなのに、観客席は激しく騒めくのだから熱くなっている証拠なのだろう。
「では、開催する前に選手の皆さまには提督に何をして貰いたいのか、また三日間の休暇はどう過ごしたいのか発表して頂きます!」
その話を聞いた観客席が再び騒めき、中には「早く聞かせろー!」と急かす声も聞こえた。
「では、先ほど発表しました順に指揮台の前に立ち、マイクに向かって発表してください。——不知火さん、どうぞ!」
選手待機場所で体育座りをして待っていた不知火は立ち上がり、冷静に指揮台の真ん中へ立つ。
「不知火です。不知火は司令官の側に一日中いたいです。休暇なんていりません」
冷静な態度で堂々と言われると、私の方が恥ずかしくなる。
勿論、嬉しくて堪らないのは秘密だが。
しかも観客達がヒソヒソ話をし始めるし、とくに陽炎が「よっしゃ、そのまま司令を落としたれー!」と大き過ぎる声で叫ぶのだから、もう堪らない。
「素晴らしいお言葉ありがとうございます。さあ、次のお方——春雨さん、どうぞ!」
相変わらず騒めく中、春雨が少し怯えながら指揮台の真ん中へ立つ。
「あ、あの……私は、司令官と……そのぉ……」
わなわなする春雨を応援する優しい声が、観客席全体から響き渡る。
「はい、一日中……甘え……たいです!」
聞いた観客席から「いいじゃ〜ん春雨ー!」と叫ぶ村雨の声が聞こえた。
「それでっ、休暇は皆さんに悪いので……遠慮させて頂きます!」
ペコリと一礼してから、トコトコと待機場所へ戻る。
そんな春雨を、観客席のあちこちで顔を緩ませながら見守る艦娘がいるが、その気持ちは本当に理解出来る。
「もうっ、可愛くて堪りませんね!」
その一部である高雄の心の叫びを聞いた観客席の一部は何度も頷くが、対して春雨は、赤らめた顔を両手で覆い隠し震えてしまう。
そんな春雨の背中を、不知火が無表情で撫でて慰めている。
「それでは——夕雲さん、どうぞ!」
夕雲の名前が出た瞬間、巻雲の馬鹿でかい金切り声が、騒めく会場の中で一番通っていたのがよく分かる。
「うふふっ——夕雲は今晩、提督に抱き締めて貰います♪」
騒めく観客達の声に混じり、悲鳴にも近い巻雲の絶叫が聞こえた。
「休暇ですが、提督に似合うお洋服を編もうと考えております」
言いたい事を言った夕雲は、騒めく会場の中、笑顔で待機場所へと戻る。
「ええと……なんだか凄い要望が有りましたが、気にせず次の方——満潮さん、どうぞ!」
満潮が指揮台に立つ。
「私は……提督に土下座させて頭を踏んづけてやりたい! けど……土足は可哀想だからっ、素足で許すから!」
目をぐるぐる回しながらとんでもない発言をする満潮を、観客席が心配そうな目で注目していた。
だが、ごく一部からは「いいぞー! どんどん踏ん付けてやれ!」と、ふざけた叫び声が聞こえる。
それは紛れもなく、酔っ払いの隼鷹が出した声なのだが。
「あと……別に休暇とかいらないし」
それだけ言うと、何事も無かったかの様に待機場所へ戻って体育座りし、膝に顔を埋めてしまったのだ。
そんな満潮の隣に朝潮は寄り、優しく頭を撫でていた。
それよりも私の隣に立つ長門から、満潮の真意を聞かねば。
「長門よ」
「満潮の事だろう?」
「そうだ。あれが満潮の本望ならば私は喜んで従うが、そうでなければ少し戸惑うぞ」
「ふっ——満潮は複雑な心境を抱いているのだ。だからあの子が優勝した際は、提督の好きにするといい」
「分かった」
ならばその時は、満潮の気が済むまで罵倒を受けながら、嫌がる彼女の頭でも撫でてあげようではないか。
「——なるほど、提督の頭を踏みたいと思う方もいるのですね。次のお方——朝潮さん、どうぞ!」
満潮を慰めていた朝潮はスッと立ち上がり、堂々と胸を張って移動し、指揮台に立った。
「朝潮は司令官の温もりを確実に知る為、一日中膝に座らせて頂きます! 休暇は、いりません」
真面目な朝潮がそんな事を要求するとは思いもよらず、顔を緩めてしまう。
しかし艦娘達が大勢いるので、すぐに顔を引き締めた。
「朝潮さんの気持ちは私も分かります。では——初霜さん、どうぞ!」
初霜は悠然と立ち上がって移動し、そのまま指揮台に立つ。
「初霜ですっ。私は提督から——蕩けるように甘いお菓子をあーんして貰いたいわ!」
キラキラと目を輝かせる初霜を前にして、観客席が再び騒めく。
「そして休暇を利用して、その時の気持ちをじっくりと吟味し、私だけの自伝を残したいと思いますっ!」
なんとも甘ったるい初霜の想いを聞いて同感した艦娘達から、けたたましい声が上がる。
そんな観客達の中で、若葉が自信満々に腕を組んでいたのが気になって仕方ない。
若葉を見た私は気になる事が有り、腕を組んで微笑む長門に声を掛けた。
「長門よ、少し良いか?」
「ああ、どうした?」
「若葉も相当な働き者なのだが、選手として誘わなかったのか?」
若葉の名前を出すと、長門が珍しく動揺の顔を見せる。
「それがだな……提督に対する要求として、若葉は提督に何発も尻を叩いて貰いたいと、羽黒に真顔で言ったそうだ」
「なんと!」
そんな話をされては私も動揺を隠せない。
「だから羽黒は、初霜の応援を全力でさせるよう、苦労しながらも説得したのだ」
その時の焦った羽黒の顔が、はっきりと頭に浮かぶ。
「分かった……あいつには無理矢理にでも休みを取らせる。多分働き過ぎで疲れているのだ」
「ああ、是非とも頼む」
私達が話している間も、高雄はノリノリで司会を続けていた。
「——うふふっ、聞いているこちらが甘酸っぱい恋をしたくなりましたね! では次のお方——霞さん!」
霞は嫌そうな顔で立ち上がり、指揮台へと移動した。
「霞よ。私は提督にこう要求するわ——今日だけは何されても逆らうなってね!」
欲張りな霞の願いを聞いて観客席がざわざわし、「具体的にはナニしたいのー!」と、悪乗りする川内の叫び声が聞こえた。
「えっと……私がどんなにマズい飯作ろうとも、無理矢理食べさせるから! それで……あまりにもマズくて悶絶させてやるったら!」
ヤケっぱちに叫ぶ霞を見た観客席の軽巡洋艦達が何やら和んでいる。
中でも大淀は、興奮気味にカメラで撮影していた。
無論私は、そんな霞の頭を撫でたくて堪らなかった。
「ああもうっ——それだけだし!」
「うふふっ、休暇はどう使いますか?」
「いりません! ——もう戻ります!」
会場が一部和んだ空気で騒めく中、霞は苛立ったまま待機場所に戻り、どっかりと座り込む。
「皆さん、本当に提督が大好きなんですねっ!」
そう聞いた選手達は、照れ臭がったり、あからさまに怒ったり、反応が分からなかったり、素直に喜んだりと、様々な表情を見せてくれた。
「では、次のお方——曙さん、どうぞ!」
あまりの怒りに目が据わった曙が、指揮台まで移動した。
「あたしは別にクソ提督なんかどうでもいいの……。そうね、足ぐらいなら舐めさせてあげるわ」
ドスの効いた声に、観客席で座る一部の駆逐艦娘達が怖がり、身を震わせてしまう。
「で、本当は三日間ダラダラ過ごしたいだけよ。そう言うわけだから、よろしく」
観客達が静まり返る程の迫力を持ったまま、曙は待機場所へ戻り、静かに尻を床に付けた。
「え、えーっと……以上、曙さんの主張でした! では、次のお方——漣さん!」
漣がキャッキャとはしゃぎながら指揮台へ向かう姿に、気を取り直した観客達が再び騒めきを取り戻す。
指揮台に立つ漣は、にっこりと微笑んでいる。
「えへへっ! 漣はズバリっ——ご主人様を一晩かけてたっぷり、たーっぷり癒し尽くして搾り取りますっ☆」
やはりそう来たかと思ったが、もはや私は何も思わない。
彼女のペースに嵌ったら負けだと知っているのだから。
それにしても観客席が最高潮に騒めいている。
極一部を除く艦娘達はきっと、漣がまた変な冗談を言ってるとでも思っているのだろう。
「それから戴いた休暇はぁ〜、毎日ご主人様と夜のお供をさせて頂きます!」
再び会場が笑いの渦に包まれる。
大抵の艦娘達にとって漣とは、相当な盛り上げ役なのだろう。
私にとっては……言うまでもない。
「うふふっ、漣さんはとっても欲張りな方ですね!」
「えへへーっ……メンゴ☆」
まるで芸人か何かの様な立ち振舞で待機場所に戻る漣を、観客達がはしゃぎながら見送っていた。
「では最後の大取り——吹雪さん、どうぞ!」
観客達が拍手喝采する中、不機嫌そうな吹雪は早足で指揮台へ向かう。
「長門、何やら吹雪が怒っているぞ。珍しいな?」
「ふふっ——吹雪は熱血だからな。あそこまで怒るのは仕方あるまい」
「確かに熱い子だが……」
しかし、長門が心の底から楽しそうに微笑みながら、そう言う理由は不明だ。
私と長門が話している間に指揮台に立った吹雪は怒ったまま、霞や曙と満潮に顔を向ける。
「ねえ三人とも……! 司令官に対して酷い要求をしすぎだよ!」
吹雪の怒声を聞いた霞が立ち上がり、負けじと睨み返す。
「何よ、なんか悪い?」
「悪いよ! 司令官は歴とした上官なんだよ!? それは、司令官が考えてくれた大会を楽しむのは私も好きだけど——」
「じゃあ、別に問題無いじゃない」
「えっ……」
今度は曙が立ち、冷めつつも熱い何かを秘めた様な目で、吹雪を睨み付ける。
「あたし達は提督に不満があるから、あんな要求してるわけ。じゃあ吹雪は大会のルールに従って、そんな悪いあたし達と戦って勝てばいいじゃない?」
「曙ちゃん……本気なの?」
「あたしはいつも本気よ。売られた喧嘩は買うし、ちゃんと揃えて返してやるわ」
曙と並んで、落ち込んでいた満潮も立ち上がった。
「私も……負ける気なんて無いし」
私に不満を持つ三人に凄まれ、吹雪は辛そうに俯いてしまう。
「吹雪、今回ばかりはあたし達敵だから、そこんとこよろしく」
「分かったよ……正々堂々勝負して、絶対に勝つんだから!」
「ふんっ、精々頑張りなさいよ!」
「霞ちゃんと満潮ちゃんも——正々堂々と戦おう!」
吹雪の熱に当てられた霞と満潮は興を削がれた様に黙り、曙は口元で笑いながら、それぞれ座り込んだ。
その様子を観客席で立って見守っていた睦月、如月、夕立の三人がホッと一息吐き、仲良く座った。
「さあっ、なんだか場が熱くなってきた所で、提督に対する吹雪さんの要求を教えてください!」
ノリに乗った高雄の声を聞き、吹雪は真剣な表情を私に向ける。
「先程の通りですが……私は皆の無茶な要望から司令官を守ります! 司令官に対する要求も、三日間の休暇だって、どちらともいりません!」
吹雪の熱意を聞いた観客達が、心の底から楽しむように騒めいた。
たかが羽根突き大会でここまで盛り上がるとは私も思っていなかったので、これからが本当に楽しみで仕方ない。
「吹雪さんの熱すぎる想い——私の心にも響きました! さあっ、選手の皆さんは一度指揮台の前へ集合してください!」
十人いる選手達が、指揮台の前で横列に並んだ。
「では、開催委員長である長門さんから正式なルールを説明します!」
長門は高雄の元へ行くと、気合いに満ちた様子でマイクを受け取る。
「それでは、私が考案したルールを説明しよう」
長門は、隣にいる羽黒からルールブックを受け取る。
「まず選手達は、縦十メートル、横五メートルで引いた長方形の真ん中に、高さ二メートルの網を張って区切られたコートの左右に立ってもらう」
例として羽子板を持った麻耶はコート左側、足柄はコート右側にそれぞれ立ち、羽根突きの体勢を取る。
「それからいつもの様に羽根突きをして貰うが、注意点があるので説明する」
選手達が真剣な表情で頷く。
「まず、先手——先に打つ者は、原則左側コートの者からとし、また、点を取った者に先手を打ってもらう」
選手達は納得し、再び素直に頷いた。
「そして、二度打ちは反則と見なして相手に一点。打った羽根を線外や、自分側のコート内に落としても相手に一点入るものとし、十点先取した者を勝ちとする」
試しに摩耶が、足柄側のコートに向かって羽根を打った。
高く上がった羽を足柄が高く飛んで麻耶側コートの左隅へと力強く叩き返し、反応出来なかった麻耶が空振って落としてしまう。
点を取られた摩耶は悔しがりながら地面を踏み、足柄は高らかに笑っていた。
「まあ、ここまでが少しアレンジを加えた普通の羽根突きだが——これからが本当の訓練だ」
もはや訓練と言ってしまっている長門を見た選手達は、やはり顔を青ざめさせていた。
訓練と聞いた途端に摩耶と足柄は沿岸部まで駆け出し、移動し終えると砲台をコートに向けつつ長門に手を振った。
「よし……てえーっ!!」
長門の射撃命令を聞いた二人が発射すると、鉛入りのゴム弾が凄まじい勢いで左側コートの地面真中に二つ、勢い良く着弾した。
地面がやや抉れる程の威力で。
その様子を見ていた選手一向の顔が更に青ざめ、身震いしているのがよく分かる。
「この様に時折ゴム弾が飛んで来るので、それを避けながら羽根突きをしろ。当たりどころが悪いと大怪我するかもしれんぞ?」
選手一向から、笑顔が完全に消えた。
「ふっ——まあその為の救護員を配備しているのだから安心しろ。では高雄、司会を頼む」
「ええ、任せて!」
高雄にマイクを渡すと、長門は再び私の隣へ立つ。
「長門よ、いつもの訓練以上に気合が入っているな」
「さあ、なんの事だろうか?」
長門は分かりやすく惚ける。
「まあ良い。彼女達の訓練には、確かになるのだしな?」
「ああ。私もタダであの子達を休ませる程、甘くはないさ」
私はこの時思った。
何があっても長門には逆らわない方が良いと。
「さあ、第一回戦目の不知火さんはコート左側へ、春雨さんはコート右側へ移動してください」
司会の誘導に従って、不知火と春雨がコートに入る。
「さあ提督よ、私達もコートの前へ行こうか?」
「構わないのか?」
「構わないさ、あなたには弾が当たらないよう少し高い場所で観戦して貰う——あの子達を活気付けてくれ」
「ああ、喜んで活気付けるとも」
私は長門に案内され、マイクスタンドが片付けられた何も無い指揮台へ移動した。
「あっ——」
「し、司令官!?」
ここならば騒めく観客達の声を割り、選手達の声が良く聞こえる。
「二人とも、怪我をしない様に気を付けるのだぞ?」
「問題ないです」
「私……頑張ります!」
二人とも練度は十分高い。
ならば私が心配する事など、あまり無いのだ。
「それでは第一回戦を開始します」
司会の言葉に、あれだけ騒めいていた観客達が一斉に黙り、コートに注目する。
「——勝負始め!」
合図と共に先攻の不知火が打った羽根が、網を越えて緩やかな弧を描き、春雨側コート右端にゆったりと落ちる。
「たあっ!」
その羽根を、可愛らしくも気迫ある声で叫びながら春雨は打ち返すが、その瞬間、彼女の足元に向かってゴム弾が勢い良く飛んで来てしまう。
「ひぃっ——痛っ!」
突然の事に驚いて素早く後ろへ避けたせいか、彼女は尻もちを付いてしまう。
観客席からは春雨を心配する叫び声が上がった。
「チャンスです」
返された羽根を何食わぬ顔で不知火は打ち返し、立ち上がろうとする春雨の隣にポスンと落とした。
「不知火、一点先取!」
開催委員長兼審判でもある長門の声が会場に響いた瞬間、観客達が拍手喝采する。
「うう、入れられちゃったよぉ……」
「春雨、まだ始まったばかりよ。気にせず立てばいいわ」
「不知火さん……。はい!」
不知火は先取しても驕らず、落ち込む春雨を元気付ける。
「みんなーっ、那珂ちゃんだよー!」
そんな時、開催委員側の席に座っていた那珂が、筆と墨汁を持って春雨の元へやって来たのだ。
それだけで、救護員待機場所にいるファンクラブ会長神通と、観客席にいる副会長皐月、その他数名のファンが熱狂的な叫び声を上げるのだから凄まじい人気である。
「じゃあ春雨ちゃん、ちょっと可哀想だけど失礼するね?」
「えっ、ちょっとそんな——きゃあーっ!」
嫌がる春雨の右頬に、那珂は無理矢理バツを描いた。
「ごめんねー、これも羽根突きのルールなんだ」
「うう……汚されてしまいました……」
「では、那珂ちゃん帰りま〜っす!」
アイドルの立ち振舞で観客達に手を振り撒きながら、那珂は元の場所へ帰っていった。
「続き始め!」
長門の合図を聞いた春雨は気を取り直し、この試合に精神を集中させる。
不知火が先手として打った羽根が弧を描きながら、春雨側コートの左端に落ちる。
「今度は気を付けますっ……たあ!」
春雨は飛んでくるゴム弾の気配に注意しながら、打ち返した羽根を不知火側コート真ん中へ狙い撃つ。
「甘い——はぅんっ!?」
真ん中に飛んで来た羽根を不知火が打ち返そうとした瞬間、勢い良く発射されたゴム弾が彼女の尻を擦り、妙に艶やかな声を上げて膝を付いてしまったのだ。
「春雨、一点!」
故に、不知火は羽根を返す事が出来ず、代わりに両手でブルマ越しに尻を撫でていた。
思わず不知火の、意外と形の良い尻に見惚れてしまう。
「痛い……」
「不知火さん、大丈夫!?」
春雨が網越しに、座り込む不知火を心配する声を掛けた。
すると不知火が立ち上がり、一度頷いた。
「平気よ。ありがと」
「えへへ……どう致しまして!」
「やっほー、那珂ちゃんだよー! ——じゃあ失礼しまーっす!」
「あっ、やめ……あぅ!」
やって来た那珂は悪びれもせず、不知火に墨色の太眉を描く。
「さようなら〜!」
「……最悪な気分ね」
「不知火ちゃん、可愛いっ」
太眉姿を春雨は微笑みながら褒めるが、不知火は腹を立てている様に見える。
「これ以上は……負けられないから」
「はい……私も負けませんっ」
お互いを高め合った二人の間で、緩めの打ち合いと、激しいゴム弾回避が披露される。
不知火が打ち返した羽根を春雨が打ち返そうとした瞬間、地面を跳ねたゴム弾が春雨のブルマ尻に直撃して彼女は悶絶する。
そのまま羽根は春雨側コート内に落ち、涙を溜めながら春雨がへたり込む中、不知火に一点が追加される。
痛みが治まって立ち上がった春雨が不知火の打つ羽根を打ち返しつつ、沿岸部から発射されたゴム弾を不知火は必死に避け、その勢い余って打ち返した羽根が高く舞い上がって網を越えた瞬間、春雨が高く跳んで勢い良く叩き返し、それに反応出来なかった不知火が自コート内に羽根を落とし、春雨に一点追加。
その様な流れで試合が続き、不知火が九点、春雨が七点まで進んでおり、二人の体にはあちこちが墨で落書きされていた。
「はあ……はあ……疲労が溜まるわね」
「ふう……私も、疲れました……」
かなりの命中率で飛んで来るゴム弾を当たらないよう必死に避けていた為、羽根突きとは思えぬ程に二人は疲労したのだ。
「ですが……この一球で終わりよ——覚悟して!」
「私は……司令官に甘えたい……絶対に……負けられません!」
二人とも根性で疲労を打ち払い、互いに何度も打ち合いつつ、何発も飛んでくるゴム弾を上手く避けながら試合に没頭した。
「たああああ——!」
「はああああ——!」
観てる側としては一瞬でも、二人の間では何十倍にも感じる時が流れている様な、そんな長く苦しい打ち合いが続いていた。
「これで……終わりよ!」
「きゃあ! あっ、そんな——ダメ……!」
不知火が春雨側コートの後端ギリギリの所に打ち返し、春雨が全力で羽根に向かって走った所、運悪くもゴム弾が彼女の足元すれすれを着弾した事で彼女は怯み、そのまま見落としてしまう。
「……不知火、十点獲得! 試合終わり!」
複雑な心境を持っている筈の長門は私情を捨てて判決を下し、第一回戦目を終了させる。
その瞬間、観客席全体から勝った不知火を賞賛する声や、負けた春雨を精一杯元気付ける声等の騒めきが会場を包み込む。
「さあ、熱い第一回戦目が終了しました! 勝者の方は選手待機場所へ! ……申し訳ありませんが敗者の方は、応援席で選手達の行末を見守ってあげて下さいね?」
高雄は敗者である春雨に対し、とても気を使っている。
全力を尽くしても負けた春雨は、愕然としながらその場にへたり込み、涙をぽろぽろ流していた。
「うう……負けました……ぐすっ……悔しいよ——!」
「春雨……ごめんなさい」
勝者の不知火は辛そうな顔で振り向き、待機場所へ移動しようと歩いた。
「ぐすっ……不知火さん、絶対に……負けないでくださいね?」
歩いている途中に春雨から頼まれた不知火は、強く握った拳から親指のみ立て、右腕を高く上げながら歩き続けたのだ。
残った春雨は立ち上がろうとするが、疲労も随分と蓄積しているし、精神的に参っていたせいだろうか、足が震えて立ち上がれないらしい。
そんな春雨を、私はもう放っては置けない。
「長門、止めても行くぞ」
「ふっ、好きにするといい」
指揮台から飛び降りた私は春雨の元へ近付き、愚図る彼女を見下ろす。
「し、司令官……ごめんなさい……今すぐ……退きますから……」
「春雨、失礼するぞ?」
「えっ、司令官——ひゃあぁっ!?」
私は上衣を脱ぎ、春雨の肩に羽織らせた。
それからお姫様の様に抱っこした春雨の体はとても冷え切っており、気が気で無かった。
「長門! 今すぐ毛布を持って来させろ!」
「安心しろ! もう頼んでいるさ!」
長門の言う通り、毛布を持った救護員の阿武隈が、観客席まで歩く私の後ろを走っている。
やはり春雨は風邪でも引いたのか、顔を真っ赤にして体を震わせており、心配で仕方ない。
「春雨、寒いのだろう?」
「あ、あうわあぅ……だ、大丈夫……です!」
「遠慮するな。寒かったら私の体に密着すると良い」
「わ、わわわ、わわ——私っ、へーき! へへーき、で、でで、ですからぁっ!」
春雨が突然暴れ出したものだから、彼女を落とさないよう少し強めに抱いてしまう。
「こら、暴れると危険だろ」
「ひぅっ——ご、ごめんなさいぃ……」
どうにか大人しくなった春雨を、白露、時雨、村雨の三人が集まる真ん中に優しく尻を置いて座らせた。
すると後から来た阿武隈が、春雨に毛布を被せてくれたのだ。
「提督っ、それじゃーあたしは持ち場に戻りますね!」
「ああ、ありがとうな」
阿武隈は軽快に走りながら、救護員待機場所へと戻る。
そして、毛布に包まった春雨を三人が優しく抱いて慰めていたので、彼女はもう大丈夫だろうと思い、指揮台へと私は戻ろうとした。
「司令官っ、少し……待ってください!」
戻ろうとしたのだが、白露達に抱かれた春雨が呼び止めたので私は振り返り、彼女の側へ寄った。
「どうしたのだ?」
「司令官……あの……ありがとうございます! これ、お返しします……。このままでは……司令官が風邪を引いてしまいますから」
春雨は羽織っていた私の上衣のみを毛布の中から差し出してくれた。
「ありがとう、だが礼には及ばないぞ。春雨が風邪を引いては困るのだからな」
「いえっ……それにですね……。私のお願い……叶いましたから!」
春雨のお願いとは、確か私に甘えると言っていた様な事だった筈だが、私は甘えさせた記憶が一切無い。
しかし、白露と村雨はニヤニヤと、時雨は複雑な笑顔で、それぞれ私の顔を見ていたのだ。
「ううむ……。よく分からないが、春雨が満足してくれているならば、私は嬉しいよ」
春雨の頭をわしわしと撫でてしまう。
「えへへ……。提督……本当にありがとうございます!」
「ああ。では、私は持ち場に戻らせて貰うぞ」
「はいっ……! 提督もお体に気を付けて……です!」
あどけない笑顔の春雨、終始生暖かい眼差しを向ける白露と村雨、屈託の無い笑顔の時雨にそれぞれ見守られながら、私は指揮台へと戻ったのだ。