※この作品はR-18です。

ああ無情、私は潮っぱいで尊厳を失った!   作:MTDKC

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二本構成です。


第32話 平社員提督と鈴谷似の乙女その2/ウォーム・ブリザードその3

 土曜日の朝六時。

 

 目を覚ました私は雷似の少女と共に、朝食の目玉焼きとマーガリンを塗ったトーストを食べながら、彼女に家へ帰るよう再び説得を試みた。

 家に帰らなければ少女の母親が心配する旨をやんわりと伝えながら。

 

 私の説得に寂しそうに少女は頷き、帰る決意をしてくれたのだ。

 

 その代わり最後の願いを聞いて欲しいという事で、私は少女の望み通り目を瞑った。

 

 私に何か悪戯でもするのだろうと思ったが、予想外にも唇を重ねてきたのだから混乱せざるを得ない。

 

 それ以降は何もせず離れ、照れ臭そうに微笑む少女に対し、何故こんな事をしたのか問いただす。

 

 すると少女は私の両手を握り締め、満面の笑顔で『秘密!』と残して洗濯室に行き、私服に着替え戻ってきた。

 

 少女と共に玄関まで行き、そこで彼女が穏やかな表情で口を動かすと『もっともっと勉強頑張って、貴方に相応しい大人の女性になるわ!』と脳内に響き、私は思わず微笑んでしまう。

 

 一礼した少女が帰った姿を見送ってから、私は夢心地のまま再び寝床に就いたのだ。

 

 それから一週間、つまらない仕事も、一人飲みをしている時も、私は妙に毎日が楽しくて仕方ない。

 

 あっと言う間に翌週の金曜日の夜を迎え、例の店で同期と飲む約束をし、その店に入った私は陸奥似の女性を指名してから、最高の気分で飲み明かしたのだ。

 

 今回は延長しつつ飲み明かし、酔いどれた状態で同期と別れ、落ち着く我家に帰ると深夜の0時を迎えてしまう。

 

 適当に洗面を済ませてから敷きっぱなしの布団に入ると、即座に目の前が真っ暗になった。

 

 気付けば翌日の十一時半が瞬時に訪れ、鈴谷似の女性から電話履歴とメールが、三十分前に届いていた事に気付く。

 

 飲み過ぎて頭が少し痛むを我慢しながら見たメール本文には『忙しいとこゴメ。面と向かって君にしか相談出来ない事があるから、昼ご飯がてら昨夜のお店に来れないかな? ちゃんと奢るし!』と書いてあったのだ。

 

 私は慌てて、『寝ていて無視してしまった、ごめん! 今すぐ行くから!』と返信した。

 すると彼女から『気にしてないしイイよ☆ そんじゃ昨日のとこで待ち合わせー!』と返ってきたので、私はホッと胸をなでおろしてから外着に着替え、急いで昨晩の待ち合わせ場所である駅前に向かった。

 

 駅前に辿り着くと、鈴谷似の女性が何やら虚しそうな表情でスマホを使用していた姿が見えたので、急いで彼女の元へ駆け付けた。

 

 私の姿を確認するや否や女性に嬉しそうな笑顔が灯り、私も朗らかに笑い返してしまう。

 

 昨晩のファミレスへ女性と共に入った私は、店の奥からやって来た村雨似のウェイトレスにホットコーヒーとクラブサンドを注文してから、女性との相談を聞き始めた。

 

 相談中の女性から読み取れた情報をまとめると、どうやら彼氏が全く手を繋ごうとしなかったり、肩を寄せようとしても即座に離れたり、メールで食事に誘っても今は忙しいからごめんと何度もやんわり断っている等、付き合ってる筈なのに何処か他人行儀な彼氏の事で悩んでいたのだ。

 

『やっぱ男の人って、そういう馴れ馴れしいの苦手なのかなー?』と読み取れたので、『まあ、時と場所にも寄るかもしれないかな』と、返した。

 

 すると女性が寂しそうに笑いながら、浮気でもしているのかもと言わんばかりに心配そうな表情を浮かべてしまう。

 

 とりあえず少しでも女性を元気付ける為、『だったら彼氏の代わりに俺が付き合うって!』と少し本気混じりの冗談を言ったものだから、彼女は呆れながらも笑ってくれた。

 

 変な事言ったなと反省した私は後頭部を掻き、調子に乗ってごめんと伝える。

 

 すると楽しそうに微笑む女性から『じゃーっ、もし別れちゃったら君と付き合ってもらおっかな!』と、私の脳によぎる。

 

 冗談を冗談で返す女性のノリの良さに私は思わず笑ってしまうが、同時に、なんとも言えない空しさを抱いてしまう。

 

 それからは、普段何処で遊んでいるのかとか、どんな趣味を持っているのか等の話題で盛り上がり、女性が元気を充分取り戻した所でファミレスを後にし、集合場所まで送ってから私も家路に着く。

 

 女性とは別の電車に乗っている帰り、土曜日の昼特有の地味に混んでいる車内の筈なのに人が全くいない奥の方で、私は思いも寄らない光景を目にしてしまう。

 

 なんと、私服姿である響似の少女が孤立して立つ背後から、下品に涎を垂らす痩身の若者が、いきり勃つ局部を尻に押し付け、抱き着きながら擦り付けていたのだ。

 

 少女は顔を青ざめる程に相当怖がっており、怯えた表情で俯いたまま、がくがくと震えている。

 

 その若者が、いかにも危ない薬を決めてハイになっている気狂いである事から、乗客は誰も近寄らず、見て見ぬ振りを決め込んでいるのだろう。

 

 誰か駅員を呼んで来ていないのかと辺りを見回したが、その気配は全くない。

 

 関わりたく無いのは分かるが、せめてそれぐらいするのは義務だろうと私は一人思い、憤ってしまう。

 

 次の駅までに辿り着く時間が10分掛かる事を考えれば、私がする事は最早一つしかない。

 

 気付けば私は、こちら側に集まっている乗客の塊を掻き分けながら少女の元へ駆け付け、彼女に抱き着く若者に抵抗する暇を与える事無く両腕を力強く引き離してから、彼の腕を背中で組み、全力で押さえ付けた。

 

 すると若者は痛がりながら床にうつ伏せるよう倒れ込んだので、私は瞬時に彼の背中に跨って腕をホールドする。

 

 すると男のズボンポケットから刃渡八センチを超えるナイフが床に落ち、私はゾッとしながらも誰か駅員を呼んでくれと大声で叫んだ。

 

 こんな大胆な行動を取れたのは、過去に少々柔道を嗜み、普段も体を鍛えていた事と、相手が理性の無い狂人故に、こうしなければ少女の心と体に深い傷を負わせる事になると思ったからだろう。

 

 車内にいた誰かが呼んで駆け付けた駅員が男を取り押さえてくれ、それから事の成り行きを説明する為、私は少女と共に次の駅で強制的に降ろされてしまう。

 

 ホームに降りた私は、隣で私の両腕をつかみながらずっと震える少女の為、駅員に『こいつは俺の妹なんですけど、とても怖がっているので早く帰らせてくれませんか?』と、頼んでみた。

 

 すると愛想笑いを浮かべた駅員の『お兄さんから状況説明さえして頂けたら、特に問題ありませんよ』と言う声が脳内に響き、少女を先に帰らせるよう優しく促してくれた。

 

 ところが少女は口も開かず、私の腕に両手を回し、何度も首を左右に強く振りながら帰宅を拒否したのだ。

 

 全く帰ろうとしない少女に困った私は、少し申し訳なさそうにする駅員から『手短に済ませますので』と読み取れたので、要望通り手短に状況説明を始めた。

 

 簡潔に説明を終えた五分後に解放を許可された私は、響似の少女と共に次発の電車に乗って、再び家路に着いた。

 

 電車に乗っても相変わらず少女は私の腕を離さず震えていたが、ひとまず無事に家へ帰らせる為、『君が降りる駅に送るから、とりあえず離してくれないか?』と頼んだ。

 

 すると私の脳内に『嫌だ……怖いから離れない』と響く。

 

 これはもうどうしようもないと思った私は小さく溜息を吐き、『だったら君の降りる駅で、君の両親のどちらかを向かわせるってのはどうだい?』と優しく諭すが、『違う……今日は二人とも……一泊二日の結婚記念旅行に行ってて、家に居ないんだ』と返された。

 

 だから私は仕方なく、『だったら、俺の家に行くか?』と言うと顔を上げ、穏やかな微笑みを私に向けてくれる。

 

 そんな彼女の笑顔に、まだ乗客がいる車内にも関わらず、思わず頬が緩んでしまった。

 

 雷似の少女の親友である響似の少女を我が家へ案内すると、彼女は私の腕を掴みながら穏やかに敷居を跨ぐ。

 

 ここなら怖い若者もいないし離してくれと私が諭しても、少女は怖いから嫌と言わんばかりに首を振り、離さなかった。

 

 仕方なく私はそのまま、彼女の恐怖を和らげる為にも他愛無い話を始める。

 

 少女との読み取れた会話の中で分かったのだが、どうやら彼女の言う両親の一泊二日の結婚記念旅行とは、結婚記念日二十周年を迎えた彼女の両親がその一週間前、夕食を食べている時に少し盛大にやりたいねとの会話から始まった、一泊二日の箱根旅行の事らしい。

 

 初め、両親は是非とも少女を連れて行こうと考えていたとの事だが、彼女自身が二人の邪魔をしたくないと思うあまり、『私は行かないよ』と言った様だ。

 

 拒む少女に驚いた両親は、一人で留守番する娘が心配なので、やはり旅行は止めようと言いだしたからこそ、彼女は無理して元気を振る舞い『私は私で、信頼出来る親友の所へお泊まりに行くから、安心してよ』と、是非とも旅行に行くよう説得したのだ。

 

 しかし少女は親友の家に迷惑を掛ける事を自ら恐れ、誰にも泊めて欲しいとは伝えなかった。

 

 その代わりに、ひとまず駅近くにあるファミレスで彼女を含めた暁四姉妹似のメンツを揃え、それぞれ三人の用事がある午後一時までの間、わいわいと早めの昼食を楽しんでいたらしい。

 

 だが、私はそこでとある違和感を覚えた。

 

 何故ならば、その駅近のファミレスと言うのが、私が鈴谷似の女性と相談しながら食べていた店の事だからだ。

 

 私が店内にいた事を少女に聞いてみると、彼女は気まずそうに苦笑いしつつ目を逸らした。

 

 これは確実に何か知っていると思ったからこそ、私は少女の両脇をくすぐりながら『お前、俺達をこっそり見てただろ』と尋問すると、彼女は顔を面白く歪ませつつ私の腕で暴れながら『ごめん、悪気は無かったんだ! お願いだ、もう許してくれ!』と脳内に響かせた。

 

 一旦くすぐるのを止めると少女は私から離れ、胸を撫で下ろして息を整え始める。

 

 呼吸が整った少女は、痴漢に襲われるまでの経緯を説明してくれた。

 

 どうやら少女達は、私が鈴谷似の女性と共に店外で歩く姿を窓越しに確認したと同時に姿を隠し、入ってから楽しそうに話していた私が、女性に変な事をしないか見ていたらしい。

 

 その指示の主は、今目の前にいる響似の少女である。

 

 どうして少女がそんな事をしたのか、それは雷似の少女が、私と鈴谷似の女性が仲良く食べている姿を見た瞬間に深く落ち込み、これは何かあったに違いないと少女が勝手に思い込んだから、との事。

 

 雷似の少女は、『あの人はカッコいいし、別に彼女ぐらいいてもおかしくないよ』と響似の少女に伝えても、彼女は聞く耳持たず『親友を傷付ける人にはお仕置きが必要だ』と燃えながら監視を続け、途中で家の手伝いや部活がある三人を帰らせてから、唯一何もない彼女だけが私の後をつけ、電車に乗り込んだのだ。

 

 そこで私とは少し離れた車内に乗っていた所、あの男からナイフをチラつかせて脅された所を私が助け、今に至るわけである。

 

 事の経緯を話し終えた少女はまた怖くなったのか、躊躇もせずに再び私の右腕を抱き締めた。

 とにかく少女が落ち着くまで、私は彼女の頭を優しく撫でながら慰める。

 

 だが、それから三十分経っても少女は離れてくれず、小便に行きたくて困った私は『そろそろ離れてくれ。またくすぐるぞ?』と言ってみた。

 

 すると少女は『構わないよ……好きなだけ弄ぶといい。怖いよりマシだ』と、半ばヤケッぱちに返したので『じゃあ、一緒にトイレに入るか?』と、私は真顔で答えた。

 

 理解した少女の顔が紅く染まり、黙り込んで羞恥しているものの、やはり離れてはくれない。

 

 だから私は無遠慮にトイレに向かい、ドアを開けて入ろうとしたのだ。

 

 そこで初めて少女が私の腕から離れ、 『四十秒で済ませて欲しい……』と伝えたので、彼女の頭を撫でてからドアを閉め、用を済ませた。

 

 中で綺麗に手を洗っていたものだから二分程掛かってしまい、少女は半べそで私の腕を掴みながら『遅かったじゃないか……』と、如何にも不満そうな顔を私に向ける。

 

 今度は交代する様に響がトイレに入り、『そこで待ってて、離れたら許さないよ』と残し、ドアを閉めた。

 

 何故か鍵を掛けない少女の意図が私には掴めなかったが、とにかく終わるまで待った。

 

 よく見たらドアも半開きだった事に気付き、中から『チョロチョロ』と言う環境音が私の脳内に響いたので、これはいけないと思い、すぐさま両耳を手で塞いだ。

 

 以降、何も脳内に響かなくなり、用を済ませた少女がハッとした表情で、顔を赤らめながら出て来る。

 

 どうやら、ドアを半開きにしたり鍵を閉め忘れたのは、焦っていた故の行動らしい。

 

 ドアの前で耳を塞いでいた私を見ていた少女は穏やかな笑顔を一旦こちらに向け、今度は私の胸に顔を埋めるよう抱き着いてきたのだ。

 

 しかしすぐに離れ『ありがとう、おかげで全然怖くなくなった』と残して、テーブル前に敷いた座布団に足を崩して座り込む。

 

 少女が落ち着いた所で私は、古いゲーム機を押入れから取り出し、二人用の対戦ゲームで盛り上がりながら世間話に没頭していると、あっという間に午後の三時を迎えてしまう。

 

 家に帰ろうとしない少女の為にも私は趣向を凝らし、離れの旅館にでも泊まりに行くがてら夜のドライブでもしないかと、車のキーを指で回しながら彼女に提案した。

 

 すると少女は大袈裟に首を縦に振ったので、相当喜んでくれたのだろう。

 

 私は少女と共に一晩泊まる為の準備を済まし、目的地である長瀞の少しお高い旅館に電話をし、寝泊まり出来るうえに晩御飯も手配してくれる事を確認してから、アパート前に停めてある休日と買い物時にしか使わない古い愛車の助手席に少し浮つく少女を座らせ、運転席に乗った私は、ドライブを伴った急速プチ旅行へと洒落込んだのだ。

 

○

 

 駆逐艦対抗着弾回避有り羽根突き大会の第一回戦を終えた結果、不知火が勝利し、敗北した春雨は観客席で大会の成り行きを見守っていた。

 とくに、不知火の優勝を望みながら。

 

 第二回戦が始まるまでの間、大会委員の一員だった天龍と龍田が観客席にいる駆逐艦数名を強制的に招集し、ゴム弾によってボコボコに抉れたコートを整備したり、ゴム弾を回収していたのだ。

 

 おかげで五分も掛からずに第二回戦目の準備が仕上がり、高雄の熱い司会が始まる。

 

「さあ、第二回戦目の準備が整いましたので、改めて選手の方を紹介致します!」

 

 少し休息していた観客達が再びどっと沸いた。

 

「まず左コートに立ちますのは——夕雲さんです!」

 

 相変わらず巻雲が最高潮に声を張り上げるが艦娘達も騒めく会場の中、夕雲が私の顔を横目で見ながら堂々と左コートに入る。

 

「提督、今晩はゆっくりと……幸せなトキを過ごしましょうね♪」

「うむ……夕雲が勝てたのならばな?」

「うふふっ——約束よ?」

 

 あまりにも積極的な夕雲に、私は一度しか艦娘と関係を持たない約束を破りそうで仕方ない。

 いや、これは艦娘達からの絶対命令なのだから、私は従うしかないのだ。

 だからこの件に関しての一度はノーカンだと自分に都合良く言い聞かせ、あくまでも艦娘達に対して平等な目線で見守る事にした。

 

 それより私は、隣で何も言わずに傍観している長門の方が、何処か恐ろしく感じて仕方なかった。

 

「次に右コートに立ちますのは——満潮さんです!」

 

 満潮を応援する大潮、荒潮、山雲、朝雲の声が観客席から聞こえる。

 

「司令官……あなたの采配は全く間違っていなくても、私は温いあなたが嫌いよ」

「そうだな、私は生温い男だよ」

 

 だがその分、厳しい目線で意見してくれる艦娘達もいる。

 だからこそ私は安心して、艦娘達の生命を第一に考えられるのだ。

 

「その通りよ。そんなに温いんじゃ、いつ寝首を搔かれるか分かったもんじゃないわ。だから私が勝って、屈辱の限りを尽くして目を覚まさせてあげるわ!」

「私を心配してくれるのだな。満潮よ、ありがとうな?」

 

 礼を言うと満潮は、バツが悪そうに私から目を逸らした。

 

「と、とにかくっ! 土下座して頭踏んづけてあげるから、覚悟していなさいよね!」

 

 コートに黙って立っていた夕雲が、満潮に憐れみの表情を向けている。

 

「何よ、その顔……私を馬鹿にしてるの?」

「いいえ……寧ろ可哀想だと思ったわ」

「どういうこと?」

「うふふっ、そうね……私から一点でも取れたら、一つ素晴らしい事を教えてあげるわ?」

「望むところよ……掛かってらっしゃいな!」

 

 満潮は苛立ちながら夕雲を睨み付け、夕雲は余裕の笑みを返していた。

 

「さあ、お二人の熱いパフォーマンスが決まったところで試合を開始させて頂きます。長門さん、お願いします!」

 

 私の隣で一部始終を真底楽しそうに微笑みながら傍観していた長門は、真面目な顔になり、「勝負始め!」と叫んだ。

 

 瞬間、先攻の夕雲が羽根を優雅に突いて、満潮側コート左隅に弧を描くよう狙い落とした。

 

「甘いわよ!」

 

 満潮は素早く反応して左隅に移動し、正確に打ち返した。

 その途端、満潮の足元にゴム弾が飛んで来たのだが、彼女は知っていたかの様に跳躍して回避する。

 

「ふふ、さっきの試合で弾着パターンは解析済みよ!」

「それ〜っ」

 

 余裕綽々に喋る満潮の頭上高くを狙い、夕雲は何やら気の抜けた声を上げつつ羽根を高く突き上げた。

 すると夕雲の足下にゴム弾が飛んで来るが彼女も弾道を読み、焦る事無く後ろへ下がって回避したのだ。

 

「全く、気が抜けるわね……とりゃあ!」

 

 満潮は苛立ちながらも高く跳び、力強く叩き込んだ。

 

「うふふっ——!」

「なっ——!?」

 

 だが夕雲は狙った様に網の目前で跳躍し、満潮が打ち返した羽根を羽子板で塞ぐ様に優しく当てたのだ。

 当たった羽根は満潮のすぐ目前に落ちたが、跳躍している状態では反応出来るわけもなく、そのまま見落としてしまう。

 

「夕雲、一点先取!」

 

 長門の判定を聞いた観客席がドッと騒めくが、中でも巻雲の発狂した金切り声が会場を響く。

 彼女の隣で、秋雲と風雲が耳を塞ぐ程に。

 

「やっほー、那珂ちゃんだよーっ!」

 

 どんな時でも点が動けば墨と筆を持つ那珂がやって来るので、ファンクラブ一同によって更に会場は大騒ぎし、混沌の極みに陥るのだ。

 

「ちょっと、そこは止めてくだ——ひゃぁんっ!?」

「あっ、ごめんね満潮ちゃん。冷たかったかな?」

 

 満潮の太腿に那珂が罰点を描いたからこそ、彼女は艶やかな声を上げたのだと思う。

 

「うう……塗ったんでしたら、もう帰ってくださいよ!」

「は〜いっ! ではでは、那珂ちゃん帰りまーす!」

 

 顔に塗らなかったのは那珂なりの配慮なのか謎だが、とにかく彼女は楽しそうに開催委員席へと戻った。

 

「うふふっ……可愛い声も出せるのねぇ?」

「う、うるさいわね! 黙ってなさいよ!」

 

 どうやら二人の相性は中々に悪い様だが、喧嘩する程仲が良いと言う諺も有るので、しばらく行末を見守ろう。

 

「続き始め!」

 

 審判である長門の合図と共に、夕雲は「とお〜っ」と間の抜けた声を出しつつ、満潮側コート真ん中に落とす。

 

「ど真ん中って——バカにしてるの!?」

 

 満潮はその場に立ったまま羽子板を下に構え、大振りに打ち返す。

 

 打ち返した羽根は夕雲側コート後端目掛けて高く弧を描きながら落ちるが、彼女は余裕の笑みを浮かべながら落下地点へと移動した。

 

「おっと——たぁ〜っ!」

 

 そして打ち返そうとした瞬間、まるで狙っていた様に夕雲の足下にゴム弾が飛んで来たが、やはり彼女のアンテナは鋭く、脚を前後に開いてゴム弾を潜らせつつ、しっかりと腰を入れて打ち返したのだ。

 

「うふふっ、危ないわねぇ♪」

「たくっ、厄介極まりない——とぉ!」

 

 羽根はコート右側の網近くに落下するが、満潮は夕雲の様な戦法を模して、優しく夕雲側コート網の目前へと落とした。

 

「うふふっ——それ〜っ」

「なっ——ウソでしょ!?」

 

 だが、満潮の思考を読んでいたかの如く、途中飛んで来るゴム弾を避けながら網の前へ素早く駆け付けて跳躍し、落ちてきた羽根を満潮側コート後端左隅へと強く叩き付けたのだ。

 

 満潮は急いで移動するものの間に合わず、そのまま落としてしまう。

 

「夕雲、二点獲得!」

 

 会場が夕雲を褒め称える声で騒めくが、満潮を応援する大潮達の激励も同じ声量で聞こえた。

 

「やっほー、那珂ちゃんだよー!」

「くっ、またなのね——やぁんっ!」

「なんだか、ごめんねー。——それじゃあ、またねー!」

 

 再び訪れた那珂は、満潮の二の腕に大きな丸を描いてから帰った。

 

「満潮さん、少しは落ち着いたらどうかしら?」

「うるさい! 私は至って冷静よ!」

 

 そうは言うが、誰の目から見ても満潮は熱くなりすぎている。

 

「そうねぇ。とりあえず言っておきますけど……今のあなたでは、何があっても私には勝てないわよ?」

 

 夕雲は羽子板をクルクルと回して遊びつつ、満潮を挑発し続ける。

 いや、もしかしたら彼女にとっては、落ち着かせているつもりなのかもしれない。

 

「ムカつく……絶対に負けないから!」

「掛かって来なさい。私は満潮さんの思考、行動も全て読み取るわよ?」

「ふんっ——精々強がってなさいよ!」

「お前達、そろそろ続きを始めても良いか?」

 

 少し気を揉む長門の声を聞き、二人とも素直に頷いた。

 

「よし。では——続き始め!」

 

 それからの試合の流れなのだが、夕雲はずっと冷静に満潮の行動を読み取り、且つゴム弾の弾道を完璧に先読みして全弾回避しつつも、華麗に羽根を突き返していた。

 その優雅さに観客達が、声援を上げる事も忘れる程に見惚れていたのだ。

 

 対して満潮は、冷静な判断をする事なく、ただ感情に身を任せ、がむしゃらに羽根を打ち返していた。

 そのせいで点を取られ続け、全身が墨にまみれた彼女は精神的に疲労し、飛んで来るゴム弾も満足に避ける事が出来ず、痛々しい生傷を徐々に増やしていくのだから、見ているこちらの方が辛くなる。

 

 あっと言う間に夕雲が九点、満潮は未だ〇点という圧倒的点差により、試合が幕を閉じようとしていたのだ。

 

「はあ……はあ……っ!」

「満潮さん……もういいでしょう? 諦めた方が楽になるわよ?」

「うるさい……私は何があっても……あのお人好しに……この世界の非情さを教えて……やるんだから……」

 

 満潮はこの鎮守府に着隊する以前、何か辛い過去でも抱えていたのだろうか。

 ならば今度、彼女とゆっくり話し合わなければ。

 

「そう……。でも、あんなに優しい提督だってこの世界で、苦い辛酸を舐め尽くしているのではないかしら?」

「そんなの……知らないわよ」

「それを言ったら、提督だってあなたの事を知らないでしょう?」

 

 満潮は悔しそうに俯いてしまう。

 

「そうよ……どうせ司令官は私の事なんて、どうでもいいんだもの……」

「満潮さん……それだけは否定させて貰うわ?」

「何よ……」

「これは仮の話だから、本当の事だとは思わないでね?」

 

 夕雲は一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに優しい表情を浮かべ、穏やかな口調で話を進める。

 

「あなたがどれだけ提督を裏切ったとしても、例え貴方に背中を撃たれたとしても、あの人は絶対に笑って許してくれるわ」

「そ、そんな事……」

「だって——あの人は私を……あなたも含めた艦娘達のみんなを心から愛してくれているし、馬鹿正直に信頼しているんですもの!」

 

 夕雲の言う事は全て間違っていない。

 一体彼女は、何処まで私を掌握しているのだろう。

 

「夕雲……あなた余程、司令官の事を……」

 

 満面の笑顔で語る夕雲に満潮は興が醒めたのか深く溜息を吐き、平常心を取り戻して後頭部を掻いた。

 

「だから私は、提督の為に尽くしてあげたいのっ♪」

「全く……なんだか酷い惚気話でも聞かされたみたいで気分悪いわね」

「うふふっ、満潮さんも少しは素直になったらどうかしら?」

「ふんっ——私は何があったって司令官を罵倒し尽くしてやるわ! それが私の役目よ!」

 

 相変わらず毒吐く満潮だが、今の彼女は何処か楽しげで、見ているこちらも元気を貰えてしまう。

 

「うふふっ——やっと楽しい試合になりそうねぇ?」

「私はこの逆境を——なんとしてでも乗り越えてやるわ!」

 

 空気を読んでいた長門は嬉しそうに頷き、「続き始め!」と叫んだ。

 

 瞬間、夕雲が先攻して羽根を打ち、満潮側コート後端右隅を狙って落とした。

 

「一点でも——十点だろうと奪い返す!」

 

 満潮は直ぐさま落下地点に移動し、飛んで来たゴム弾を避けつつ、羽根を力強く打ち返す。

 

「うふふっ——お互い頑張りましょう!」

 

 打ち返した羽根は夕雲側コート後端の白線中心上に落下したが、相変わらず夕雲は先読みする様に落下地点に立っており、満潮が離れようとした地面に向かって打ち返したのだ。

 

「さあ、もう終わりかしら?」

「——甘いっての!」

「あら——」

 

 しかし満潮は落下地点を離れる事なく跳躍し、力強く夕雲側コートに打ち返した。

 

「たあぁぁーっ!」

 

 打ち返した羽根は夕雲の目前に落下したものの、運悪くゴム弾が彼女の目と鼻の先に着弾し、思わず後ろに跳んだ。

 

 無論打ち返す事も出来ず、見落としてしまう。

 

「満潮、一点獲得!」

 

 長門が声を張り上げてそう叫んだ瞬間、場の空気が変わった様に騒めき、満潮を応援する声もちらほら上がった。

 

「ウソ……やったわ!!」

「あら、残念。入れられちゃった」

「やっほー、那珂ちゃんだよー!」

 

 嬉々としながらやって来た那珂は、迷う事なく夕雲の上唇に紳士的な髭を描き、軽快に帰っていく。

 

 そんな夕雲を見たほとんどの観客達が大いに笑うが、巻雲を初めとする一部の観客は何故か、うっとりと見惚れていたのだ。

 

「満潮さん、このお髭(?)は私に似合うかしら?」

「ふふっ——最高に似合うわね。と言うか可愛いのがムカつく!」

「うふふっ、ありがとう」

 

 段々と二人の空気も和み、長門も安堵の表情で腕を組みながら傍観していた。

 

 試合は続き、先攻で羽根を突いた満潮は夕雲側コートど真ん中を狙い、高く弧を描いて落下させる。

 彼女が打った途端、足下に着弾するゴム弾を素早く後ろに跳んで回避。

 

 その間に夕雲が高く跳躍して羽根を強く打ち返し、満潮側コートの真ん中へ一直線に叩き込む。

 同時にコート外で着弾したゴム弾が跳弾し、満潮の打とうとする腰元に当たりそうになったのだが、彼女は体を捻って回避し、どうにか打ち返した。

 

 しばらく二人の間で、その様に長くも見応えのある打ち合いが始まったのだ。

 

 それにしても満潮は相当疲労している筈なのに、初めの頃よりも動きが良い。

 きっと、心に余裕が出来たのが大きな要因なのだろう。

 

 しかし、夕雲が計算したであろうゴム弾の弾着地点が満潮の足元である事を利用しながら強く打ち返された事で羽根を拾う隙を与えられず、満潮は十点目を取られてしまった。

 

「夕雲十点獲得! 試合終わり!」

 

 最後に熱い勝負を観ていた観客達が狂おしい程に騒めき、那珂から現行で顎に落書きされている満潮の健闘を、誰もが心から祝していた。

 あの巻雲も感動し、満潮を全力で褒め称える程の良い勝負だったのだ。

 

「はあ……完璧に私の負けよ」

 

 何処か清々しくも空しそうな表情で、満潮は俯いていた。

 

「でもやっぱり、悔しい……ううっ!」

 

 かと思いきや彼女はその場にへたり込み、ポロポロと泣きじゃくってしまう。

 

 会場全体が、そんな満潮を元気付ける声を張り上げ、いても立ってもいられなくなった私は彼女の元へ行こうとした。

 

「提督! ここは私に任せて——ねっ?」

「夕雲……」

 

 だが、穏やかに微笑む彼女に止められてしまう。

 長門もただ、二人の行末を見守るだけであった。

 

 網の横を通った夕雲は満潮の前に立つと、優しく微笑みながら手を差し伸べた。

 

「満潮さん、顔を上げて?」

「ぐすっ……何よ?」

「何って、私達は戦場を共にする仲間でしょう? その仲間が苦しんでいる時は、お互いに助け合うものよっ!」

「……ったく、全部私の負けね!」

 

 夕雲は首を横に振る。

 

「いいえ、私は満潮さんと違って提督に厳しく当たれないもの。それが良くない事なのは理解しているのによ?」

「そう……ふふっ!」

 

 満潮が、何故か嬉しそうに微笑んだ。

 

「では、行きましょうか?」

「ちょっと待って。最後に聞きたい事があるの……一点入れた時の約束ぐらい覚えてるでしょ?」

「あら、そんなに聞きたいの。仕方ないわね——耳を貸して?」

「ほら——さっさと教えなさい」

 

 差し出した満潮の耳元に夕雲は口を寄せ、何かをボソボソ囁いた。

 すると、徐々に満潮の顔が紅くなり、目をぐるぐると回しながら、少量の鼻血を垂らしてしまうのだ。

 

 一体夕雲は、満潮に何を教えているつもりなのだろう。

 

「……はむっ」

「んにゃっ——!!?」

 

 まるで茹で蛸の様に紅潮しながら恥ずかしがる満潮の耳たぶを唐突に夕雲が甘噛みすると、満潮は頭を支えられながら地面に倒れ込み、気を失ってしまったのだ。

 

 倒れた満潮を見た選手待機場所にいる朝潮は即座に立ち上がったが、首を横に振る不知火から腕を掴んで止められ、仕方なく座り込み、心配そうな顔で見守っていた。

 

 二人の理解し難い状況を見た観客達は、気が狂ったかの様に轟いてしまう。

 

「提督っ、後の事はお願いしますね〜!」

「あっ……ああ、分かった」

 

 立ち上がった夕雲は実に楽しそうに笑いながら選手待機場所へ優雅に戻り、心配する朝潮の隣に座って落ち着かせていた様だ。

 

 そして私は、隣で腕を組みながら肩を震わせつつ笑いを堪える長門に釣られて笑いそうになったが、今は気絶した満潮が心配で仕方なく、急いで彼女の元へ駆け付けたのだ。

 

 お姫様の如く抱っこをして、あまり揺らさない様に優しく救護所へと向かう。

 

 その時見てしまった満潮の顔は墨の落書きだらけだし、彼女の鼻血も少し混じっており、とにかく凄まじかった。

 

 しかし、口元だけは何故か幸せそうに緩んでいるので、何か楽しい夢でも見ているのだろう。

 

 救護所に先回りしていた大潮、荒潮、山雲、朝雲の四人が、初めは心配そうに彼女を待っていたが、今の満潮の顔を見るや全員が楽しそうに笑いつつ、優しく介抱してくれたのだ。

 

 そこにいる四人全員が、満場一致でこう言った。

 

 こんなに幸せそうな顔で心地良さそうに眠る満潮の姿は初めて見た、と。

 

○

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