※この作品はR-18です。

ああ無情、私は潮っぱいで尊厳を失った!   作:MTDKC

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二本構成です。


第34話 平社員提督と鈴谷似の乙女その4/ウォーム・ブリザードその5

 白濁液で汚れた響似の少女の体を丹念に洗ってあげてから和室へと戻った私は、部屋の隅で体育座りし、落ち込んでいた。

 

 理由は言うまでも無い。

 

 そんな時、正面に座ってきた少女が私の頭を撫でながら『元気出して、お兄さんは悪くないから』と、慰めてくれる。

 

 しかし、少女を汚した事実は変わらないのだから、まだまだ面の皮が薄い青年である私には、平常心を保てないらしい。

 

 少女を穢した時間を無かった事にしたいと思っているだから。

 

 とにかく、私は本当に愚かである。

 

 そうやって自分を心中で責めていると、少女が突然私の体を強く抱き、頬と頬を重ねた。

 

『悪いのは変な事頼んだ私だ……。お兄さんは何も悪くないよ』

 

 その言葉と、背中を摩ってくれる少女の優しさを直に感じ、私は思わず涙を流してしまう。

 

 自然と涙する私の頭を、少女は胸で抱きながら『大丈夫だよ、お兄さん』と、まるで赤ん坊でもあやす様に撫でてくれたのだ。

 

 しばらく泣いて心がスッキリした私は少女の胸から離れ、笑顔を見せながら『もう大丈夫、ありがとう』と伝えた。

 

 すると今度は少女が私の胸に顔を埋め、すりすりと甘えたのだ。

 

 甘える少女の頭を撫でるととても嬉しそうに微笑み、『お兄さんの体、逞しくて大好きっ』と褒めてくれる。

 

 その後、女将に頼んで持って来て貰った二人分の御膳を美味しく頂きながら、少女が中学校のテニス部で活躍している事や、普段の休日は気ままにゲーセンやカラオケ等を親友達と楽しんでいる事、いつも父親が過保護に心配して困りつつも実は嬉しかったりする事等々、彼女の話を聞いていると、あっという間に完食してしまう。

 

 食事が終わって女将に食器を下げて貰った後も、楽しい日常話しで盛り上がり、気付けば夜中の十一時が訪れていた。

 

 そろそろ寝ようかと提案すると、少女は物足りなさそうな顔で了承し、共に洗面を済ませてから、寝室に女将が敷いてくれた二枚の布団のうち、襖側の布団に少女を入らせ、私は灯りを消してから奥側の布団に潜って目を瞑る。

 

 しばらくすると少女が私の布団に入り込み、「お兄さん、寒いから隣で寝ていい?」と頼んできたので、私は変な気を起こさないよう気を引き締めながら『よし、温めてあげる』と言い、布団の中で少女の体を優しく包み込んだ。

 

 包み込まれた少女も私の背中に腕を回して抱き締め、幸せそうに微笑む顔を、私の胸に埋める。

 

 そのままの体勢で十分も経つと、少女が私の顎をくすぐる寝息を立て、そのまま眠りに就いた。

 

 無防備な少女に対してモヤモヤする気持ちはあったものの、彼女に二度も欲望をぶち撒けていた事が幸いして、悪戯しようと言う気持ちは一切ない。

 

 温かい少女を包んだまま、私も瞼を閉じたのだ。

 

 瞼を閉じた瞬間に翌日の昼が訪れ、助手席に少女を乗せた私は、楽しく会話しながら愛車を運転していた。

 

 どうやら、旅館から帰っている途中の様である。

 

 その時、ふと少女から『なんだか私達、生まれ変わったらもっと身近な存在になれていたかもしれないね』と聞き取れた言葉が、やたらと私の心に残って仕方ない。

 

 そうして楽しくて心躍っていたプチ旅行も我がアパートの一室に到着した事で終わりを告げ、今は玄関で少女を見送ろうとしている。

 

 せっかくだし駅まで送ると私が言うと、少女は『それだとまた、お兄さんに甘えてしまうから……』と、申し訳なさそうに断った。

 

『それにしても……あの子には悪い事をしてしまったな』

 

 少女の言うあの子とは、間違いなく雷似の少女の事だろう。彼女はこんなどうしようもない私に、好意を寄せてくれた子なのだから。

 

 とにかく私は『この事は二人だけの秘密にしておけば、誰も不幸にはならないよ』と伝えると、少女も納得した表情で頷いてくれた。

 

『うん、棺桶に入っても秘めておくよ』

 

 少女は朗らかに笑い、さよならと手を振りながら帰ってしまった。

 

 その背中を見送った私は、正直言うと泣きたくなる程に寂しかったのだが、これで良い

 

 この寂しい気持ちを人生の糧にし、今後も頑張れば良いのだ。

 

 響似の少女と離別してから三日後。

 

 仕事を終えた夜の帰り道に鈴谷似の女性からメールが届く。

 

 それには『ごめん、ちょっと辛くなっちゃったから君の声が聞きたいの。時間があったら電話ください』と書かれていた。

 

 いつもより砕けていない本文から、とても参っているのだと直感した私は、近場の公園に駆け付けて即座に電話した。

 

『……ぐすっ、もしもし?』

 

 第一声からして涙混じりの声が脳に響いた事で、やはり参っている事が伺える。

 

『どうしたんだい?』

『あのね……フラれちゃった。訳も分からず……とつぜん』

 

 フラれたとは、もしかしなくても彼女が心から愛していた青年の事だろう。

 

 ひとまず彼女の悩みを真剣に聞く為、これから例のファミレスで会えないか聞いた所、『お客さんのあまり来ない静かな喫茶店があるから、そこでなら……』と返されたので、その場所を教えて貰ってからすぐに向かう。

 

 そこは、女性といつも通うファミレス近くにある駅より、二つ上った駅から徒歩八分の場所に存在し、お洒落な内装と、珈琲の良い香りが立ち込める、穴場のような喫茶店であった。

 

 先に来店していた鈴谷似の女性が目を真っ赤に腫らして座る姿を見て、私は急いで彼女の前の席に腰を下ろす。

 

『ごめんね。わざわざ遠くまで来させて……面倒くさかったよね?』

 

 そんな事は全くないと私は伝え、とにかく何があったのか問題無い範囲で聞こうとした。

 

『いらっしゃーい! えっとぉ、彼氏さんは当店オススメの珈琲でいいのかなー?』

 

 聞こうとしたのだが、空気を読まずに質素なメイド服を着るウェイトレスが注文を取りに来た事で、話の腰を折られてしまう。

 随分と馴れ馴れしい口調のウェイトレスの顔を見る事なく、それで良いとだけ伝え、すぐに戻らせた。

 

『はあ、彼氏さんか……。優しい君が本当に彼氏だったら良かったのに……』

 

 女性は私の事を意識してくれているのか、ウェイトレスから聞いたいい加減な言葉を、しんみりと咀嚼している。

 

 彼氏と思われる事自体は嬉しくて堪らないのだが、傷心している所を付け狙うのは好きではない。

 

 だからまずは邪心を捨て、女性の傷を癒す事だけを考えよう。

 

 とにかく女性の元彼氏の情報を再確認する為にも、彼女からどんな人なのか聞いた。

 

『うん……。優しいんだけど、どこか他人行儀だし、食事に誘っても仕事が忙しいとか用事があるからって、断り続ける人だったかも……』

 

 もしも仕事の件が真実だとすると、私も同じ立場だったので笑えない。

 

『でね、手を繋ごうとしたら避けるし、楽しい話をしても空返事ばかり……って、あれ、よく考えなくても全然愛されてないよね……これっ!』

 

 段々と悪い方向に熱の入ってきた女性が再び涙を流したのだが、正直、この私にはどうすれば良いのか分からなかった。

 

 響似の少女の様に頭を撫でるのは何かおかしいし、中途半端な慰めの言葉を掛けては逆に彼女の傷を深めてしまう。

 

 脳をぐるぐると思考させていると、馴れ馴れしいウェイトレスが運んで来た珈琲をテーブルに置き、鈴谷似の女性の背中を心配そうに撫でる。

 

『ちょっとお姉さーん! いくら他にお客さんがいないからって、そんなに泣いちゃダメだってばー!』

 

 そのウェイトレスの顔をよく見てみると、白露に似ていた少女である事に気付いてしまう。

 

『ほらっ、彼氏さんもボーッと見てないでお姉さんを慰めなきゃっ!』

 

 少女に叱られて焦った私は、情けなくも彼女にどうすれば良いのか聞いてしまう。

 

『もーっ、隣に座って優しく抱き寄せるだけでいいの!』

 

 少女の言う通りに私は女性の隣に座り、『ごめん……』と謝りながら、彼女を抱き寄せた。

 

 すると女性は私の胸に顔を埋め、『うああぁぁん!!』と泣き喚いてしまう。

 

 今まで溜めていた元彼氏に対する鬱憤を晴らすかの様に。

 

 しばらくして落ち着いた女性は『ごめん、ありがとね……』と、恥ずかしがりながら謝ってくれる。

 

『うんっ、じゃぁ珈琲いれ直して来ますねー!』

 

 別に冷めた珈琲でも構わないと私が断っても少女は気にせずカウンターに戻り、再び珈琲を淹れ直してくれる。

 

 その間に私は落ち着いた女性から身を離して元の席に座り、彼女の顔を優しく覗き込んだ。

 

『落ち着いた?』

『うん……』

 

 何処か気不味く、何を話していいのか分からずに私達は沈黙してしまうが、珈琲を淹れ直してくれた少女がそんな空気を断ち切ってくれる。

 

『はいっ! いれたてだから、いっちばん早く飲んでねー、彼氏さん!』

 

 私は女性の彼氏では無いと伝えたがったが、そうすると彼女が悲しんでしまうかもしれない恐怖を抱いていたので、何も言えなかった。

 

 とにかく落ち着こうと珈琲を一口飲んだのだが、無糖なのに苦味と酸味が少ない甘い香りが口いっぱいに広がり、とても美味かったので驚いてしまう。

 

『美味い……』

『ふっふー。それはハワイ島コナ特産の豆を煎った珈琲でね、コナコーヒーって言うんだー!』

 

 思わず二口目を飲んでしまう程、実に美味くて感動を隠せない。

 

『しーちゃん、私もおかわり貰っていい?』

『はーいっ、ちょっと待っててー』

 

 しーちゃんと呼ばれた少女は元気な声を残してカウンターに戻り、手慣れたように豆を挽き、ドリップを始める。

 

『今日は忙しい所ごめん……って、私謝ってばかりじゃ〜ん』

 

 段々と元気を取り戻してきた女性に安心した私は、今後どうするのかと、さり気ない日常会話を混じえながら聞く。

 

『あははっ! ——そうだねぇ……なんだか吹っ切れたし、しばらくは彼氏を作らない事にする!』

 

 私もそうした方が良いと伝えると、女性は少し寂しそうに俯くが、すぐに顔を上げて大いに笑った。

 

『あはははっ! 私はこれしきの事で参る程、ヤワな女では無いぞよぉ〜!』

 

 強がりにしか見えないが、今の所は大丈夫そうである。

 

『ほーいっ、珈琲だよーお姉さーん!』

『おおぅっ、うまそ! これ飲んだら帰るねぇ〜!』

『残念だなーっ、いつでも来てねー!』

 

 まるで姉妹の様に仲が良い二人を見守りながら、私は珈琲の味を堪能していた。

 

 女性と共に楽しく小話をしながら珈琲を味わっていると、すぐに彼女は飲み干してしまい、先に帰ると一言残してから店を後にする。

 

 残った私はカウンター席に移り、三杯目のコナコーヒーを頼むがてら、私が女性の彼氏では無い旨を少女に伝えた。

 

『えっ……彼氏さんじゃないのー!?』

 

 そこまで驚く事なのかと私は思いつつ、鈴谷似の女性が他に男性を連れて来ていないか話を続ける。

 

『このお店には、お兄ちゃん以外の男性は連れて来てないよー?』

 

 お兄ちゃんと呼んでくれる少女のサービス精神の良さに私は感動しつつ、女性が厳つい男と言い合いをしていた旨を私は教えた。

 

『えっ……お姉さんが、お姉さんの彼氏の事で、知らない男の人と揉めてたって?』

 

 そうだ、と私は頷く。

 

『しかも……その人はお姉さんに彼氏と別れろだの、付きまとうなだの……そんなバカみたいな事を本当に言ったんだー?』

 

 その通りだと私が伝えると、少女はドン引きした表情で私を見つめる。

 

『うわぁ……それ、お姉さんが隠れ蓑に利用されてただけじゃない!』

『利用って?』

『本当に分からない? お姉さんの元カレは間違いなく……ゲイなんだよ?』

 

 そう聞き取れた私の背中から、ぞっと血の気が引いた。

 

『はあ……さっきの二人の会話を聞いてて察しはついたけど……嫌な予感的中するなんて酷い話すぎるー!』

 

 憤怒して地団駄を踏む少女に、私は落ち着くよう宥める。

 

『もうっ……こうなったら四の五の言ってられない! お兄ちゃんが元カレに文句言ってから、本当の彼氏になりなよー!』

 

 確かにそれが一番なのだろうが、それは少女の暴論だ。

 私は女性の元彼氏の連絡先も知らないので無理がある、とだけ伝えた。

 

『大丈夫っ、明日にはお姉さんから元カレの画像と連絡先を貰って、後でお兄ちゃんの携帯に送るから!』

 

 言うなり少女はガラケーをポケットから取り出し、私と連絡先の交換をしてくれた。

 

『じゃっ、この件はひとまず置いといて——いつでもお店に遊びに来てねー、お兄ちゃん!』

 

 当店オススメのコナコーヒーに心惹かれた私は言われずともまた来るのだろうと思いつつ、店外に出ても元気に見送ってくれる少女を背にしながら帰宅した。

 

○

 

 第三回戦は初霜が十、朝潮が八と、僅差だが和んだ雰囲気で終了した。

 

 第四回戦目のコート整備も終わり、選手達が入場しようとしている所である。

 

「それでは、第四回戦目の選手の紹介を改めてさせて頂きます! 左コート——霞さん!」

 

 少し俯き気味に歩きながらコートに移動する霞に対し、七人もの朝潮型駆逐艦娘達が大いに声援を送り、大淀が発狂しながらカメラで撮り続けていた。

 

「続いて右コート——曙さん!」

 

 潮と朧が、球磨を旗艦とする鼠輸送作戦に参加して遠征に行っている為、熱心な声援は起きないものの、何故か彼女を応援する大井や、選手席にいる漣が大声を張り上げて声援を送っていた。

 

「ったく……漣ったら。今はあたしと戦うライバルでしょうに」

「その割に、ずいぶん嬉しそうにニヤけてるじゃない?」

 

 挑発する霞を、曙がジロリと睨み付ける。

 

「ムカつく……。霞、あんたには負けられないわ!」

「私も皆が応援してくれる前で——負ける気なんて無いったら!」

 

 二人は互いに殺伐と睨み合って途轍も無い気迫をぶつけ合うものだから、一部の駆逐艦娘達が怯えてしまう。

 

「お二人とも素晴らしい気迫ですっ。実に面白い勝負になりそうですねっ」

 

 お茶らけた高雄の司会に一部の駆逐艦と潜水艦を除く艦娘達が、どっと大笑いした。

 

「それでは長門さん、よろしくお願いします!」

 

 長門も心底嬉しそうに口元を緩ませたかと思うと、すぐに唇を引き締める。

 

「勝負始め!」

 

 霞が先攻で弧を描くよう羽根を打ち、曙側コートど真ん中に落とす。

 

「はっ、やあっ——たあぁ!」

 

 曙は足元に飛来するゴム弾二発を器用に避けつつ真上に跳び、高い位置にある羽根を霞側コートへ叩き込んだ。

 

「はあっ——甘いったら!」

 

 霞は腕を伸ばして叩き込まれた羽根を打ち返しつつ、地面で跳ね返った三発ものゴム弾を体に当たるスレスレで避けていた。

 

「くっ——やるわね!」

「あくっ——曙こそ!」

 

 まだ始まったばかりだと言うのに、二人とも力を抜かず機敏に動いてはゴム弾を辛うじて避け、どんな取りにくい羽根も拾っている。

 

 そうやって八巡目が訪れると、ゴム弾を避ける事に気を取られてしまった霞が羽根を落とし、曙に一点を先制させてしまう。

 

「霞、一点先制!」

「くっ……しくじったわ」

「残念ね。ほら、那珂さんがやって来たわよ?」

 

 るんるんとスキップしながら、いつものように那珂がコートに入り込む。

 

「ちょ、顔は止め——きゃあん!?」

「今回は可愛くチューリップだよー♪」

 

 そして、容赦する事なく霞の左頬にチューリップの花弁を描き、相変わらず手を振りながら元の位置に戻るのだ。

 

「ふふっ——可愛い霞ちゃんにはお似合いよ?」

「う、うるさい! 次は曙にお見舞いしてやるわ!」

 

 上手く煽る曙にペースを崩された霞は、頭に血を昇らせながらプレイを続ける。

 

 故に、羽根を拾うどころか飛来するゴム弾を軽快に避ける事も出来ず、体力のみを激しく削られ、早くも五点取られて身体中を墨で落書きされてしまう。

 

「はあ……はあ……ヤバい。私、ボロ負けじゃないの……」

「霞、少しは頭冷やせた?」

 

 曙は落ち着き払っているせいか、全く疲労する事なく、息を切らす霞に余裕の表情を向けていた。

 

「ふう……なんとかね」

「そう、だったらここからが本番って事で良いのよね?」

「ええ……その通りよ!」

 

 落ち着いた霞を見て楽しそうに嘲笑した曙は、先制で羽根を打つ。

 

「はっ、やあっ——このぉ!」

 

 霞はゴム弾四発を避けながら跳躍し、高い位置に落下している羽根を曙側コート右隅に狙うと思わせつつ、左隅狙って叩き付けた。

 

「しまった——痛たっ!?」

 

 反応の遅れた曙が無理やり羽根を拾おうと逆方向に足を踏み込んだ瞬間、彼女は左足首を捻ってしまい、勢い良く地面を転がってしまう。

 

「曙っ! ちょっと大丈夫!?」

「痛たた……ドジったわね……」

 

 左足首を痛そうに抑える曙を見た霞は、心配しながら声を掛けていた。

 

「……霞、一点獲得! しばらく試合を中断する!」

 

 痛がる曙を見た会場の艦娘達が心配そうに騒めく中、救護員の矢矧が急いで彼女の元へ駆け付けて座り、触診を始める。

 

「失礼するわね」

「あ、そこ触ったら……痛いっ!」

「この腫れと痛み……酷いわね。一週間は安静にしなくては駄目よ。今回は大人しく諦めなさいな」

 

 矢矧は優しく言い聞かせるが、曙は聞こうとしない。

 

「嫌です! だって、あたしは吹雪と約束したんですよ! 逃げずに正々堂々と勝負するって!」

「でも、この怪我では無理よ。悪化させると今後の任務に支障が出るわ」

「それでも……あたしは逃げたくなんて——きゃあっ!?」

 

 曙の側に寄った私は、彼女の意思を尊重する事なくお姫様の様に抱っこし、無理やり救護所へと運ぶ。

 

「曙、子供みたいに駄々をこねるんじゃない。矢矧が困っているだろう?」

「いいえ提督、私は大丈夫ですが……」

「ちょっと! 下ろしなさいよクソ提督!!」

「駄目だと言うのが分からないのか! お前が大怪我を負ってしまったら何にもならんのだぞ!」

 

 私は曙に対し、初めて強く怒鳴ってしまった。非常に心苦しくて堪らない。

 

「何よ……今更そんな厳しく怒鳴って……だったら最初から……厳しく当たればいいじゃないっ!」

 

 それがいけなかったのか、いつもとは別人の様に泣きじゃくってしまう。

 

「ひううっ……ぐすっ——!」

「曙……怒鳴ってすまない。だけど、それだけお前の体を心配しているのだ。別に私の事は幾ら嫌いになっても構わないから、今は大人しくしなさい」

「ひっく……何よ、今度は無駄に優しくして……ずずっ……あたしに恩でも着せるつもり……?」

 

 泣いているとは言え、いつもの様に嫌味を言うのは変わらないので妙に安心してしまう。

 

「ああ、その通りだ。恩を着せて曙を困らせるのが、私の趣味なのだからな」

「ぐすっ……気持ち悪いわね、このクソ提督……ひぅっ」

 

 救護所の簡易ベッドに曙の体をそっと置くと、私の後ろを歩いていた矢矧が応急処置を開始する。

 

 何時の間にか、矢矧とは反対側にいた霞が、曙の腫れた足首を心配そうにジッと見ていたのだ。

 

「曙……吹雪に伝えたい事が有るんでしょ?」

「霞、あたしの代わりに……あんたから伝えてくれない?」

「良いわよ……耳貸したげるから言いなさいな」

 

 曙は霞の耳に唇を当て、ボソボソと何かを伝えていた。

 

「——分かった、私からビシッと伝えてあげる!」

「じゃあ、頼んだから……」

 

 曙の意思を引き継いだ霞はコートに戻ると長門の指示を聞き、不満そうな顔で選手待機場所へ行ってしまう。

 

「クソ提督、その……わざわざ……ありがと……」

「ん? ああ、気にするな。では、私は持ち場に戻るぞ」

「うん……」

 

 立ち上がった私は長門の元へ戻り、五回戦目が始まるまでの間、ずっと待機していた。

 

「ええ、会場の皆さま……第四回戦ですが、試合中に曙さんが怪我を負ってしまいましたので、霞さんの勝利となります……」

 

 辛そうな高雄の声を聞き、観客席にいる皆が曙を慰める声を上げる。

 

 その後も滞りなく大会は続行され、第五回戦目の準備を終えた漣と吹雪が、凛とする姿でコートに立った。

 

「漣ちゃん……曙ちゃんの怪我が心配だよ……」

「うん、とっても心配……。でも、今は試合に集中すべし! ご主人様の体を堂々と弄ぶ為にも☆」

「うーん、そのお願いはちょっと賛成し兼ねるなあ……。だから、本気で行くからね!」

 

 吹雪の瞳が熱を帯びた様にギラギラと燃え盛る中、長門の「勝負始め!」の合図で漣は羽根を打ち、吹雪側コート右隅へと緩やかに落とす。

 

「——てやあああ!!」

 

 その羽根を吹雪は、ゴム弾三発を素早く避けながら、日々鍛錬を続けている彼女だからこそ出来る持ち前の跳躍力を活かして高々と跳び、上空にある羽根を凄まじい力で叩き付けた。

 

「えっ、ちょっと早っ——いやあぁーん!」

 

 漣の隣地に目掛け、尋常で無い速度で飛び込む羽根を打ち返そうと漣は羽子板を振ったが、振り遅れて見逃してしまう。

 

「吹雪、一点先取!」

 

 判定が下った瞬間、観客席が発狂する様に騒めき、誰もが吹雪の渾身のプレイを喝采していた。

 

「あんっ、ちべたー!」

 

 いつもの様に那珂がやって来て、漣の右太腿にデカデカと罰点を描き、元の位置へ戻っていく。

 

「ううっ……ヤラレタとです……」

「漣ちゃん、申し訳ないけど私は手を抜かないよ?」

「ひいっ……」

 

 吹雪の昂ぶる闘気に押された漣は、足腰を震わせている。

 

「——続き始め!」

「司令官の尊厳は……私が守るんだから!」

 

 長門の合図と共に、吹雪は網の上端スレスレを狙って羽根を打つ。

 

「ちょっ、危なっ——とやぁっ!」

 

 漣は、気合いでゴム弾を避けつつ羽根を打ち返した。

 

「はっ、あぶなっ——たああ!!」

 

 だが羽根が網を越えた瞬間に、ゴム弾をスレスレで避ける吹雪が高く跳び、漣の立っている方向とは真逆の位置に力強く打ち返してしまう。

 

「こんな羽根返せな——きゃうっ、無理だってー!」

 

 結局体が追い付かず、漣は見落として二点目を吹雪に譲る。

 

 最早そこから先は語るまでも無く、吹雪の圧倒的な強さを前にして漣は完封され、力無くその場にへたり込んでしまったのだ。

 

「そんなぁ、漣のご主人様に対する愛が一切、通じないなんてぇ……」

「うーん……漣ちゃんは最近、自主トレとかしてる?」

 

 漣は、ふるふると首を横に振る。

 

「全然してましぇーん……け、けど! 訓練は真面目に取り組んどるとよ!?」

「って、自主トレもちゃんとしなくちゃダメ! 訓練だけじゃ体が鈍っちゃうよ!」

「あう、これからはもっと精進するです……あい」

 

 心打ちのめされたまま観客席へトボトボと向かう全身墨まみれの漣を見た私は、彼女を元気付ける為にも隣を歩いた。

 

「漣、吹雪は強かっただろう?」

「ご主人様っ! うん、一筋縄ではイカンかったです……」

「だがそれは、お前が自主的に鍛錬もせず、菓子ばっかりガツガツと食べているからダメなのだぞ?」

「な、何故ゆえそれを!?」

「わははっ、私は鷹の目の持ち主だからな」

「ひやーっ、怖いよお!」

 

 適当な事を言う私に漣は相当驚いている様だが、艦娘達から幾らでも情報が入って来るのだから仕方ない。

 

「正直、漣がこの試合に出ること自体が場違いだと私は思っていたのだが、案の定の結果だろう?」

「えへへっ……ゴメンナサイ」

 

 本気で落ち込む漣を見ると良心の呵責が痛むので、私が出来得る限りの方法で慰めよう。

 

「きゃんっ……ご主人様?」

 

 その方法とは、ただ頭をわしわしと撫でてあげるだけなのだが。

 

「吹雪に負けるのが悔しかったら、これからは少しずつでも自主鍛錬に励みなさい」

「うん……そうします!」

 

 これで少しは自主鍛錬に取り組んでくれるだろうと思った私は安心しながら、観客席で一人寂しそうに座る曙の横に漣を座らせた。

 

 その瞬間に漣は、曙から厳しくクドクドネチネチと説教を受け、これから毎朝曙付き添いの元でトレーニングをする事になり、絶望を顔に書いていた。

 

 とりあえず私は、曙の捻挫が治ってからでも良いのではないかとやんわり提案してみたが彼女は聞く耳持たず、その間は漣の監督を務めると言う事で、話が強引に打ち切られてしまった。

 

 最後に聞いた漣の悲痛な金切声は鎮守府の外にまで轟き、後日、近隣の子供達の間で怪奇現象としてしばらく噂になったらしい。

 

○

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