※この作品はR-18です。

ああ無情、私は潮っぱいで尊厳を失った!   作:MTDKC

37 / 45
第36話 ウォーム・ブリザードその6

 着弾回避有り羽根突き大会も第六回戦を迎えようとしていたが、その前に勝利した不知火、夕雲、初霜、霞、吹雪の五人が、トーナメント表を管理していた羽黒の元でジャンケンをし、シード権を争っていた。

 

 その結果、チョキを出した夕雲が一回で一人勝ちし、シード権を奪い取ってしまう。

 

 シード権を得た夕雲には準決勝が始まるまでの間、暖かな毛布に包まって待機する権利も同時に得られたのだ。

 

 ジャンケンを終えた夕雲は鼻歌混じりに、他の四人は微妙な表情を浮かべながらそれぞれ待機場所へと戻ってしまう。

 

「さあっ、気を取り直して第六回戦目を始めさせて頂きますっ」

 

 明るい高雄の声を聞いた観客達が熱狂的に叫ぶ。

 

「まずは左コート——不知火さんです!」

 

 澄まし顔で胸を張りながら左側コートに入場する不知火を見て、陽炎をはじめとする陽炎型駆逐艦娘達が全力で声援を送る。

 

「次に右コート——初霜さんです!」

 

 爽やかに微笑みながら右側コートに入場している初霜を見て、彼女の甘い想いに賛同した艦娘達が甲高い声援を送り、若葉は黙って腕を組んで見守っていた。

 

「初霜、よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそっ。フェアプレーに努めましょう!」

「勿論です」

 

 互いに礼儀正しく一礼した二人は、凛とした眼で見つめ合う。

 

「お二人とも精神を高め合っている様で大変素晴らしく思います。では長門さん、後はお願いします!」

「ふっ——勝負始め!」

 

 長門の合図で不知火は初霜側コート右隅を狙い、高く弧を描く羽根を打つ。

 

「たっ、とぉっ、やんっ——たぁっ!」

 

 羽根が落ちると同時に初霜の足元にゴム弾が三発飛来するが、彼女はぎりぎり避けながら羽根の落下地点に着き、不知火側コート左真ん中に打ち返した。

 

「ふっ、あら、あぶな——とお!」

 

 不知火も足元付近を断続的に飛来する四発ものゴム弾を避けつつ、初霜側コートど真ん中へ打ち返す。

 

 その様に二人とも互角の勝負で羽根を打ち合い続け、早くも不知火が五、初霜が六と僅差で勝負していた。

 

「ふふ……初霜、変な顔ね?」

「あう……そういう不知火さんこそっ」

 

 体じゅう墨だらけの二人が、楽しそうに会話しながら勝負し続ける。

 

「たっ——初霜、まだ疲れてない?」

「はっ、やぁっ——まだまだよっ、提督を想う愛の力は……漣さんや夕雲さんを遥かに凌駕していると、確信してますからっ!」

「ていっ、とお——素晴らしい熱意ね、妬けてしまうわ」

 

 二人は機敏に動いて飛来したり跳弾するゴム弾を苦労しながら避けつつ、羽根を打ち合っていた。

 

「はあ……まずいわね。少し先を越されたわ」

「はあ……はあ……私も、息苦しくて辛いです……」

 

 現在不知火が六、初霜が八と少し差が付いて来ている。

 

「ふっ、くっ……とお!」

「はっ、きゃっ——たあっ!」

 

 二人とも息を切らしつつゴム弾を危なげに避けるが、未だ元気に羽根を打っているのだから凄い気力だ。

 

「——くっ……もう後がない!」

「はあ……はあ……っ! ダメ……息が苦しくて……酸欠になりそう……」

 

 不知火が七、初霜が九と勝負が決まりそうになり、二人を応援する観客達も大いに盛り上がっていた。

 

「やあっ、てぇっ——これで……終わりよぉ!」

「しまっ——あう!」

 

 最後の最後まで全力で弾を避け、打ち合いをしていた両者だが、不知火が高く打ち上げてしまった羽根よりも高く跳ぼうと初霜が大きく跳躍し、不知火が走っても届かないコート左隅に叩き付け、勝負の決まる十点目を取得する。

 

「初霜、十点獲得! 試合終わり!」

 

 長門の判定と共に着地した初霜は激しい疲労を伴なったからか、地面に両手を突いて乱れた呼吸を整えていた。

 

「はあっ……はあっ……勝っちゃった。やったわ……」

「はあ……負けてしまった……悔しいけど、さっぱりしたわ」

 

 負けた不知火は大の字になって地面に転がり、スッキリとした笑顔で青い空を眺めていた。

 

「不知火、立てるか?」

 

 寝転ぶ不知火の元に移動した私は、彼女を見下ろながら心配する。

 

「司令……疲労と心労が溜まり、立てそうにありません」

「そうか、ならば失礼するぞ?」

「あっ——!?」

 

 不知火が冷たい汗や墨汁、砂埃にまみれていようとも、構わず私は彼女をお姫様抱っこし、救護所の阿武隈にタオルを持ってくるよう指示してから観客席へ移動する。

 

「気分は悪くないか?」

「はい……絶好調です」

「そうか、ならば降ろしても構わないか?」

「……司令は意地悪な方ですね」

 

 不知火が頬を膨らます珍しい顔が見れ、私は眼福である。

 

「ははは、冗談だから拗ねるな」

「はい……すみません」

「不知火、意外と横腹が柔らかいのだな?」

 

 別に疚しい気持ちは無いが、本当に柔らかかったのでつい口走ってしまった。

 

「……司令、私の一番柔らかな部分は実はお尻ですよ。こっそり触りますか?」

「なんとっ——いや、遠慮しておこう……」

 

 割と大胆な不知火にも驚いたが、流石に沢山の艦娘達がいる前で触る度胸など、私には持ち合わせていない。

 

「ふふ……冗談です。司令は見かけによらず、いやらしいお方なんですね」

「すまんが私も男だからな」

「構ないわ。そんな司令の違う一面を知れて、私は幸せものです」

「うむ。ならば良かった」

 

 陽炎率いる陽炎型駆逐艦娘達のまとまる観客席に優しく不知火を座らせると、先回りしていた阿武隈が彼女に毛布を羽織らせた。

 

 その途端に不知火は陽炎達から団子になるよう抱き締められ、体を温めつつ慰められていた。

 

 安心した私が長門の元へ戻ると、眠たそうに欠伸をする彼女を見て不思議に思う。

 

「どうした、珍しいな?」

「なに、この陽気な天候のせいで眠気を誘われただけだ」

「まさかとは思うが、仕事に没頭するあまりに長門も寝ていないのではないか?」

「私の事は別に構わないだろう……提督よりは仕事をしていないのだからな?」

 

 やはり、図星だったらしい。

 

「長門、疲れている事に気付かなくてすまなかった。この大会が終わったらお前もゆっくりと休養を取れ」

「別に私は構わないと言って……いや、やはり甘えさせてもらおうか」

 

 観念した長門は、しっかり休養する事を約束してくれた。

 

「さあ、次の試合の準備をしなくてはな……提督よ!」

「ああ、引き続き私の補佐を頼むぞ?」

「ふっ、任せておけ」

 

 そうして長門は第七回戦目の準備を大会委員に張り切って指示し、あっという間に準備を整えさせてしまう。

 

「さあっ、それでは第七回戦目を始めさせて頂きます!」

 

 司会である高雄の声を聞き、観客達が盛り上がる。

 

「まずは左コート——霞さんの入場です!」

 

 朝潮型駆逐艦娘の七人が熱狂的な声援を送り、大淀もパシャパシャと霞を撮り続けながら大発狂していた。

 

「次に右コート——吹雪さんの入場です!」

 

 綾波を含む特型駆逐艦娘の皆と、夕立、睦月、如月の四人が盛大に吹雪を応援しつつ、怪我をしないでくれと言った風に心配する声を張り上げていた。

 

「もお……みんな心配症なんだから」

「倒れそうになっても極端に頑張るからね。そりゃ心配されるったら」

「霞ちゃんも私を心配してくれるんだ……ありがと!」

 

 霞にとっては煽りのつもりなのだろうが、吹雪は心から喜んでいる様だ。

 

「べ、別に心配なんかしてないったら! 今は敵同士なんだから馴れ馴れしくお礼言わないでよ!」

「うん……そうだね! 司令官の名誉を守る為、私は霞ちゃんを打ち破るから!」

「ふん……掛かって来なさいったら!」

 

 二人は闘気を纏いながら、互いに顔を見合う。

 

「すごく熱い視線で二人が見合っています……。これは楽しい勝負が期待出来そうですね!」

 

 高雄に賛同した観客達が大いに雄叫びを上げ、二人の行末を熱い眼差しで見届けていた。

 

「お前達、熱くなり過ぎて怪我をするなよ?」

「はい、長門さん!」

「そんなヘマは、もうさせませんから……」

 

 曙が捻挫した事を気にしているのか、霞は俯き気味に言う。

 

「ああ、そうだな……。では、勝負始め!」

 

 長門の合図で、先行の霞が羽根を高く打ち上げ、吹雪側コート右端前に落下させる。

 

「はっ、やぁっ、見えますっ——」

 

 同時に、吹雪の足元にゴム弾三発、腰辺りに跳弾が一発飛来するが、彼女はお見通しと言わんばかりに体を反らして避け、羽根の落下地点に移動し、高く跳んだ。

 

「——とりゃあ!」

「んなっ——!?」

 

 跳んで上空にある羽根を力強く叩き付け、霞側コート後端真ん中へ打ち返す。

 

「くっ、こんな速い羽根って——うわあっ!?」

 

 足元に飛来するゴム弾二発を霞は避けながら落下地点へ向かうが、間に合わずに落としてしまう。

 

「吹雪、一点先取!」

 

 長門の判定が降った瞬間、観客席にいる夕立達と特型駆逐艦娘達の皆が跳んで手を叩き合い、わいわいとはしゃぎながら喜んでいた。

 

「やっほー、那珂ちゃんだよーっ!」

 

 霞には、大淀と朝潮達が必死に応援する声と共に、那珂が強制的に送られる。

 

「あうっ——うう、結局こうなるのね……」

「霞ちゃん、ホントにごめんねー。じゃあ応援してるからねー!」

 

 那珂は相変わらずアイドルらしく目立ちながら、元の位置へと戻って行く。

 

「えへへっ、霞ちゃんったらパンダさんみたいで可愛いねっ!」

「パンッ……ムカつくったらー!」

 

 吹雪に悪気は一切無いのだろうが、目の周りを墨で塗られた霞は激怒していた。

 

「えっ……あっ、ご、ごめんね霞ちゃん!」

「くそ……今更謝っても許さないったら! すぐに取り返してやるわ!」

 

 可愛らしい顔で怒りの炎を上げる霞は、ジッと身構えている。

 

「いいな……続き始め!」

「うう——ごめんね!」

 

 くすりと一瞬微笑む長門の合図で、吹雪は霞に謝りながら羽根を高く打ち、すぐ目の前へ落下させる。

 

「ふんっ——舐めないで!」

「うわぁっ——!?」

 

 怒れる霞は飛来するゴム弾を避けて高く跳び上がり、力任せに吹雪側コートの網前へとほぼ垂直に叩き落とす。

 吹雪は羽根を拾おうとしたのだが、すんでの所で間に合わず、落としてしまった。

 

「霞、一点!」

 

 観客達の中でも大淀と朝潮型駆逐艦娘達が激励を送るが、点を入れた霞は先程よりも怒っている様な気がした。

 

「吹雪ちゃん、ごめんねー?」

「ひゃっ——いいえ、大丈夫ですよ!」

 

 やって来た那珂から両頰に渦巻きを描かれても吹雪は微笑み、頭を下げながら那珂を見送っている。

 

「えへへ……霞ちゃんに取り返されちゃったね」

「……むかつく」

 

 静かに怒りを露わにする霞を見て、吹雪は戸惑う。

 

「ど、どうしたの、霞ちゃん?」

「吹雪、あんた今わざと羽根を見落としたでしょ」

「あっ……うん、ごめん」

 

 吹雪は申し訳なさそうに俯き、自分の後頭部を撫でる。

 

「そういう事されるの一番嫌いなの! 次やったら絶対に許さないわよ!」

「うん……もう手加減しないから!」

 

 私には分からなかったが、どうやら吹雪は手を抜いていたらしい。

 

 反省して凛とした表情に戻った吹雪は、再び闘気を纏って身構えた。

 

「よし——続き始め!」

 

 長門は合図を送った。

 

「私は正々堂々戦いたいから先に言っとくわ——これからはフェイントも使うったら!」

「うん、ありがと!」

 

 お礼を返された霞は微妙な表情で羽根を打ち、網上を擦るかどうかの所で吹雪側コート右前に落とす。

 

「——たあぁ!」

 

 幸いにも吹雪の足元にゴム弾は一発も飛来しなかったが、低い羽根を打ち返すのは苦手なようで、思い切り高く上げながら霞側コート左隅に落下させた。

 

「ふふっ、やっぱり低い羽根は苦手みたいね!」

「あう……それでも負けないんだから!」

 

 霞は足元へ飛来するゴム弾二発を避けて落下地点に移動すると高く跳び、吹雪側コート右網前を狙って叩き付ける。

 

「ひっ、危なっ——させないよ!」

 

 後方で待機していた吹雪は、羽根の落下地点までの通り道に飛来する四発ものゴム弾を危なげに避けて垂直に跳び、霞とは遠い地面を狙って力強く叩き付けた。

 

「やばっ——間に合わない!」

「吹雪、二点!」

 

 点を取られた霞は地団駄するが、その顔は笑っていた。

 

「霞ちゃん、やっぱり楽しいね!」

「ふんっ——まだまだこれからよ!」

 

 それからも二人は羽根の打ち合いと弾の避けあいを、心底楽しそうだが気を引き締めて行っている。

 

 会場も熱気に満ちる雰囲気の中、気付けば吹雪が七、霞が三と点差を付けていたが、未だどちらとも全力でぶつかり合っていたのだ。

 

「はあ……はあ……! 霞ちゃん、強いね……!」

「はあ……ふぅっ——吹雪の方が、勝ってるじゃないの……っ! 私をバカに……してるわけ?」

 

 吹雪は羽根を打ち返し、首を横に振る。

 

「ううん——バカになんかしてない! だって、司令官を想う気持ちが……強く、とっても強く、伝わるんだもの!」

「なっ——バ、バカな事……言わないでったら! 私は司令官に……酷い事しようと、してるのよ!?」

「霞ちゃん、それは違うよ?」

 

 霞は跳ねるゴム弾を避けながら、困惑した顔を吹雪に向けた。

 

「何が、違うのよ……?」

「だって、こんなにまっすぐ私にぶつかって、来るんだもの……そんな子が司令官に——酷い事するわけ無いよ!」

「はあ……なんだか——バカらしくなって来た!」

 

 霞は楽しそうに羽根を打ち返す。

 

「え?」

「吹雪、結構分かってるみたいだから——たあっ! 聞きたいんだけどっ、あんたは司令官の、どこが好きなわけ!?」

「なっ!? そ、それはぁ……あぁっ!?」

「霞、四点!」

 

 フェイントと精神的に惑わされたせいか、吹雪は羽根を空振りしてしまう。

 

「ふふっ、動揺してるじゃない?」

「うう……いきなり酷いよぉ……」

「やっほー!」

「那珂先輩っ、そこはダメ——やぁんっ!?」

 

 那珂から左太腿に筆で撫でられた吹雪が艶かしい声を上げた。

 

「あっ、吹雪ちゃんはここが弱いんだーっ」

「ううっ……司令官に恥ずかしい声聞かれちゃったよぉ……」

 

 私の心をくすぐる声だったとは、吹雪には口が裂けても言えない。

 

「てへっ——吹雪ちゃんゴメンねー!」

 

 那珂は不真面目に謝り、戻っていった。

 

「続き始め!」

「……それで、真面目な話、どうなのよ?」

 

 霞は吹雪の艶かしい声に言及する事なく、話を続けながら羽根を打つ。

 

「そ、それは……優しい所とかっ! 落ち着いててカッコいい所とか!」

 

 いきなり吹雪が大声でそんな事を叫ぶものだから、近くで聞いている私が照れてしまう。

 

「そうねっ、司令官は誰にでも甘いしっ、文句の一つも言わず、怒りもしないで——くっ、私達の罵詈雑言を——受け流してるったら!」

 

 私達とは、曙や満潮の事も含めているのだろうか。

 

「そんな言い方やめて! 司令官に失礼だよ!」

「あっ——!?」

「吹雪、八点!」

「ちっ……油断した」

「やっほー、那珂ちゃんだよー——」

「あっ、そこは絶対ダメ——うやぁんっ!?」

 

 どんな時でもぶれない那珂から項に落書きされた霞は、妙に艶かしい声を出していた。

 

「あっ、ごめん。そっかー、霞ちゃんはここが一番感じるんだー?」

「ううっ……変な事言ってないで、もう帰ってくださいって!」

「はーいっ、じゃあねー!」

 

 那珂は気分上々に両手を振りながら戻る。

 

「ふっ——続き始め!」

「そ、それで! 司令官が気にしてないならっ、失礼しまくって何が——悪いのよ!」

「だからっ、上下関係は大切にっ、しなくちゃダメなの!」

「そんなものっ、少なくともあの司令官はっ、望んでなんかないったら!」

「勝手に、決めつけないで! 人の心は——読めないよっ!」

 

 どちらとも私に対する熱い想いが籠っているので、私の胸が熱くなって仕方ない。

 

「吹雪こそっ、自分勝手な理想を——押し付けないでよ!」

「あうっ——!」

「霞、五点!」

 

 飛来するゴム弾三発に羽根の落下地点を阻害され、吹雪は見落としてしまう。

 

 いつもの如くやって来た那珂は、吹雪の膝に十字を描き、戻って行った。

 

「——続き始め!」

「自分勝手な理想でもっ、私はそう信じてるもの!」

 

 その言葉の様に、吹雪は力強く羽根を打つ。

 

「本当にっ、面倒臭いったら! 昔の吹雪はもう少し——柔軟だったわ!」

「昔の事は知らないよ! 今はっ、司令官の体と心を守るのが——私の役目なんだから!」

「くっ——しまった!」

 

 空に向かって高く跳ぶ吹雪が打ち込んだ羽根は尋常ではない速度で、霞のすぐ隣に落下したが、彼女は空振ってしまう。

 

「吹雪、九点!」

「霞ちゃん——もう後が無いよ!」

「ったく、本質を見ようともしない奴の相手って……本当に厄介極まりないわ!」

「本質って……なんの事?」

「やっほー!」

 

 いつもの那珂から質問を妨害された吹雪は、霞が落書きされている場面を見ている事しか出来ないようだ。

 

「——さあ、なんの事かしらね?」

 

 顔をパンダの如く落書きされた霞が、腕を組んで悪どい笑みを浮かべている。

 

「うう……霞ちゃんのイジワル!」

「続き始め!」

「ふぅ……とにかくっ、私から言えるのはっ、これだけよ!」

「何を言いたいの!?」

「どれだけ吹雪が、血ヘド吐くような鍛錬してもっ、守り切れないものだって、絶対にあるって事よ!」

「その時はっ、私が体を張ってでもっ——守り抜くから!!」

「まずっ——間に合わせるったらぁ!!」

 

 霞とは程遠く離された落下地点に向かって、吹雪が打ち出した羽根が叩き込まれる。

 

 それでも霞は飛来するゴム弾の雨を避けつつ全速力で落下地点に駆け付け、両膝を擦りむきながら滑り込んででも羽根を打ち返したのだ。

 

「あぐっ——痛ぁ……!」

「霞ちゃん!?」

 

 しかし壁の様にそびえ立つ網から、まるで霞の執念を無駄にするかの如く遮断されたのだ。

 

「吹雪、十点獲得! 勝負終わり!」

 

 長門の判定が降った瞬間、大淀が発狂したり、朝潮型駆逐艦娘が泣き喚いたり、その他の観客達が二人を褒め称えたりと、混沌とした叫び声が上がった。

 

「霞ちゃん、大丈夫!?」

「触らないでよ!」

「駄目だよ、怪我してるもの!」

 

 霞側コートに駆け付けた吹雪は、地面にうつ伏せて痛がる霞を無理矢理起こして肩を貸し、二人で救護所へと向かう。

 

 霞の怪我が心配で仕方なかった私は、二人の邪魔をしないよう後ろを静かに着いて行った。

 

「ったく……敵には絶対に情けをかけるなって座学で習わなかったの?」

「ううん、霞ちゃんは敵なんかじゃない……大切な仲間だよ」

「ふんっ、本当に馬鹿正直なんだから」

「えへへ……頑固な性格でごめんね?」

「……吹雪、ありがとね」

「うん、こちらこそ!」

 

 なんだかんだで二人は仲睦まじく会話をしており、安心してしまう。

 

「でも悪いけど、最後に曙からの伝言を聞いてくれない?」

「うん、是非とも聞かせて?」

「……吹雪はさ、司令官を守り続けた見返りに、司令官から何を求めるつもり?」

「そ、それは……何も……」

「何も求めていないなんて言ったら、曙は私より激怒するわよ?」

「うう……怖いよぉ……」

 

 実際に恐がりながら身震いしている吹雪の横顔を見て、霞はクスリと微笑んだ。

 

「ふふっ、イジワル言って悪かったわね。ひとまず答えは保留にしとくから、ちゃんと考えときなさいよ?」

「霞ちゃん……やっぱり優しいんだね!」

 

 まっすぐな吹雪からそう言われた霞は、顔を真っ赤に火照らせていた。

 

「バッ——バカなこと言わないでったら!」

「えへへ、ごめんね!」

 

 何はともあれ、相容れない意思をぶつけ合う二人が互いを思い合っている事は、一応司令官である私としては嬉しくて仕方が無い。

 

 この二人ならば、共に戦場に赴いても活躍してくれると確信できるのだから。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。