※この作品はR-18です。

BESTOWERS   作:オーセン

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I am Providence Ⅲ

 魔族の男とエステル、両者の刀がそれぞれの頭部へと振り下ろされた。少女が放ったとは思えぬ速度のその斬撃は、男が身を捩ったことで空を斬る。同時に男の偃月刀も、エステルにぎりぎりで躱された。振り切った直後、一瞬の膠着状態に、二人は互いに殺意を込めた目線を交錯させる。そしてエステルの碧眼は、攻撃動作に入る男の左腕を視認していた。

 

 男の手刀がエステルに迫る。それは素手とはいえ、まともに攻撃を受ければ骨をも砕く威力を持つ手刀であった。高速で迫るその攻撃を前に、エステルは自らの左腕で防御の構えを取る。

 

 だが男はエステルの行動を嘲笑する。彼の左腕は手刀の形から解け、エステルの左腕を掴むためにその五指を開いていたのだ。男の左腕がエステルの細い腕を掴むと、彼はその腕を無理矢理に引っ張る。常人の膂力とはかけ離れたものを持つエステルとはいえ、男との体格差は歴然だ。彼女は耐えきれずバランスを崩し、たたらを踏む。

 

「シャアア!」

 

 気合いの一声を上げ、男は好機を逃さずに刀を逆袈裟に振り上げた。美しい曲線を描く偃月刀がエステルの胴に迫る。

 

「クッ……」

 

 エステルは危険を察知し、崩した体勢のまま無理矢理横へと跳躍した。地面の上で二転三転しながらも、なんとか回避に成功する。しかし男はエステルとの間合いを一瞬で詰めており、跳躍から立ち上がったエステルに襲いかかっていた。振り下ろす偃月刀の威力は絶大で、刀越しにエステルの腕に衝撃が伝わり、腕が痺れる。エステルはその顔に一瞬苦しげな表情を浮かべながらも、続く二刀目もなんとか防いだ。

 

 剣戟は絶え間なく続く。男の偃月刀をなんとか刀で捌き、致命傷を裂けるエステルだったが、防戦一方なのは明らかであった。男の偃月刀による容赦の無い攻撃は、確実にエステルを追い詰めていた。事実エステルはじりじりと後退し、いよいよその真後ろには樫の大木が迫ってきていたのだ。

 

「……フン、劣等種の分際で我らと同等の力を持つ者どもがいると聞いていたが……この程度とはな」

 

 男の失望と嘲りが混じる笑いに、エステルは答えない。そして、遂に彼女の踵は後方の樫の木にぶつかり、それ以上後退することが出来なくなった。男はそれを見、勝利を確信した一閃を放つ。その剣筋は今まででもっとも鋭いものであったが、エステルは男の動きの乱れを見逃さなかった。勝利を確信したが故、斬撃のための予備動作が大きくなりすぎていたのだ。エステルは男が偃月刀を振り上げた瞬間に判断し、前進していた。

 

 エステルの左腕には、いつの間にか尼僧服に仕込んでいたダガーが握られている。そして彼女は、男とすれ違い様にダガーを一閃させる。薄い刃が肉を斬る感触がエステルの手に伝わる。

 

「ぐあっ……」

 

 男は右腕を深く斬られ思わず苦悶の声を上げた。渾身の一撃を回避され、そして後ろに回り込まれたことを悟った男はすぐさま偃月刀を構え振り向くが、そこにエステルの姿はない。そこにあったのは、エステルでは無く男に向かってくるダガーだった。

 

 高い金属音。男は偃月刀により、ダガーは地面へとたたき落とされる。危うい一撃を防いだ男だったが、次の瞬間にはその顔に一筋の冷や汗が流れ出ていた。右から、冷たい殺気を感じたのだ。そこには、ダガーを投げ男の側面を取ったエステルが白刃を掲げていたのだ。

 

 勝負が付くのはいつも一瞬のことだ。エステルの刀が振り切られ、鮮血が舞う。男は大きく飛び退くが、その右腕はだらりと垂れ下がり、指先にまで伸びた血が滴となって地面を濡らす。偃月刀こそ取り落とすことは無かったが、利き腕をやられてしまえばもはや勝利は無い。エステルは刀を再び構え直すと、男に正対した。

 

 男は唇を噛みながらも左腕で偃月刀を構える。その闘志は凄まじいものだったが、右手に負った深手のせいで息は荒く、エステルに勝つことは難しいだろう。

 

 そのときだ、それまで戦いを静観していたもう一人の男が、傷を負った男の前に出る。男のものと同じ偃月刀を抜いた状態の彼を見て、傷を負った男は最初に驚いたような顔をし、そして次には激怒した。

 

「何をしているムラト! 決闘を汚すつもりか!」

 

 だが呼びかけられたムラトは、苦しそうな顔をしながらも前から退こうとはしない。

 

「……アリー、俺たちはここで死ぬわけにはいかない。教会に復讐をすると誓っただろう。こんなところで死んではいけない。俺たちはこの戦いを成功させて、劣等種どもに一泡吹かせないといけないんだ」

 

「しかし……」

 

 それでもなお反論しようとするアリーは、ムラトの肩を掴んで振り向かせる。エステルを油断無く見据えていたムラトは、怒りに震えながらも泣きそうな顔をしているアリーを目にした。

 

「我が相棒よ、劣等種どもに殺された同胞達のことを忘れたか。ここで俺が決闘を汚せば、奴らと同じだ。俺は、誇りを捨てることなどできない……!」

 

 ムラトはアリーの顔を見て、何も言い返すことができなかった。彼とて、誇りを捨てて目的のためだけに何もかもを犠牲にして戦うことをよしとはしていないのだ。二人の間には気まずい沈黙が降りたが、それは冷たい声によって遮られた。

 

「魔族如きが『誇り』ですか。主を冒涜する汚れた身でありながら……恥を知りなさい」

 

 声は、エステルの発したものではない。男二人はそれを理解して、咄嗟に頭上を見上げた。

 

 木の枝に器用に立って男を見下ろしているのは、金髪の女だった。やや巻かれた髪を揺らしながら、ボディラインが強調されるような布を体に纏っている。胸部から腹部にかけては簡単な鎧を装着している。そして彼女の左腕には剣が握られていた。奇妙なことに、その剣には柄頭に鎖が繋がれていた。そして、鎖の先にあったものは、ベラの右腕によって投擲された後だったのだ。

 

「アリー……」

 

 ムラトの横、彼にとってはかけがえのない相棒であったアリーは、女の放った鎖が突き刺さっていた。いや、正確には鎖の先に繋がれた刃だ。鎖の先にはダガーが装着されており、それがアリーの胸を正確に貫いている。アリーは小さく呻いたあと、そのまま力を失って倒れる。

 

「ベラ!」

 

 魔族を一体屠った女、自分とは反対側で城を見張っているはずの同僚の姿を見て、エスエルは驚きの声を上げた。そんな彼女の方を見て、ベラは一度だけにこりと微笑んだ。いつも通りの笑顔であり、それゆえにエステルに強い恐怖を与える。

 

「貴様ァ!」

 

 ムラトは逆上し、偃月刀を片手にベラまで跳躍した。彼の身の丈よりも二倍ほどの高さがあるであろう枝に立つベラまで、簡単にムラトは迫った。ムラトの激情に任せた一撃が枝を両断する。そこにいたはずのベラは男の行動を余裕を持って回避していた。枝から飛び降りると、地面へと降り立つ。同じく地面に立ったムラトは、間を置くことなくベラへと迫った。

 

「全く、せっかちな男は嫌われますよ?」

 

 ベラの小言も、ムラトの耳には入っていない。今の彼はただ目の前の女を屠殺することだけを考えていた。しかし怒りのあまり直線的になる行動は、ベラには通用しない。偃月刀の斬撃ことごとく回避されていく。

 

「劣等種の分際で! 我らを、帝国貴族を舐めるなァァ!」

 

 ベラの頭部を叩き割らんとする一撃は、しかしベラが両腕で張る鎖によって受け止められる。偃月刀の一撃は細い鎖を断ち切ることすら出来なかったが、ムラトは構わず鎖を押し切り、ベラごと両断しようと力を込めた。

 

「劣等種? 私たちがですか? --勘違いしているようですね」

 

 それまで穏やかな表情を崩さなかったベラの顔に、一瞬凶悪な眼光が煌めいた。しかし、ムラトは激情に身を委ねており、その女の危険に気づかなかった。彼はますます偃月刀に力を込めて、遂にその刃はベラの目前まで迫っていた。

 

「死ね! ゴミ虫どもが……」

 

 彼がその言葉を言い終えることはできなかった。ベラは今までぴんと張り詰めていた鎖を突如緩めて体をずらすと、ムラトはバランスを崩したのだ。そしてベラはそのまま左腕を手繰って鎖を操り、手芸をするかの如き鮮やかさで鎖を男の首へと巻き付けていた。そして剣も手放し、両腕で男の首に絡みつく鎖をそれぞれ握る。一瞬の出来事だが、自らの首に鎖が巻かれたことを理解しそしてベラの顔を見たムラトは、口を開けて何かを言おうとした。だが、ベラはそれすら許さなかった。

 

「--勘違いしているようですが、劣等種(ゴミ虫)は貴方がたです」

 

 ベラが渾身の力で鎖を引くと、鎖はムラトの首を締め付ける。ムラトが手を伸ばしてその締め付けに抵抗する暇もなく、森には鈍く不快な音が響き渡った。すると、ムラトの顔から生気が失せ、口からだらりと涎が垂れた。ベラはそれを確認すると、ムラトだったものを鎖から解き放ち、地面に転がす。

 

「主に跪いて懺悔なさい。……勿論、貴方たちは何をしても救われることはありませんが」

 

 月光を浴びて微笑む金髪の女の姿は、味方であるエステルですら恐怖に襲われるほど美しかった。

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