※この作品はR-18です。

男は楽園を目指す   作:凍結する人

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なのは編①

 『パラディース』の中央制御室。そこは、艦内各施設の管理だけではなく、ガジェット・ドローンの制御と管制を司る場所であった。船内中央にある円筒状の部屋で、壁の半分はモニタで埋まっており、中央のオペレート席からは船内の状況をつぶさに確認することが出来る。そして、プレシアの『時の庭園』に配備されたガジェットも、この制御室で操作することが出来るのだ。万が一プレシアが敵対行動をとったとして、ガジェットの動きを止めるための措置であった。無論、このことはプレシアには知らされていない。そして今、カイトはその機能を使い、時の庭園から二つのデータを盗み出した。

 

 一つは、フェイト用に作られるはずだったデバイス『バルディッシュ』の設計データ。もはや消えてしまったプレシアの使い魔、リニスが設計したものであり、フェイトを引き取る頃には既に基礎設計が完成しているはずだった。

 

 そして、もう一つは。

 

「ハッキング、完了……よし」

 

プレシアが完成させた、プロジェクトFの技術データである。

 

 かなり堅いセキュリティで守られているそれを取り出すには、かなり時間が掛かる。プレシアに気づかれてもおかしくない。 カイトは彼女の動きをガジェットで逐一監視し、病気で寝込んでいる所を狙って、ようやくデータの抽出に成功した。もちろん、これは明らかに契約違反の行為である。しかし、カイトにはどうしても必要なことだった。何故なら、カイトにガジェットを提供した「出資者」が、交換条件として提示したのがその理論だったからだ。そして、これからその出資者に通信し、データを渡さなくてはならない。

 

……あの穴蔵の住人とは、あまり付き合いたくないんだが……

 

 心の底で少しだけそれを渋りながらも、コンソールを叩き、何個かのパスワードと認証を通過して通信回路を開く。「SOUND ONLY」と表示されたウィンドウから流れる声は、いつもの様に嗄れて、しかし機械的な、耳障りの悪いものだった。

 

『カイト・フォレスター。プロジェクトFのデータ、確かに受け取った』

「ありがとうございます、最高評議会議長閣下」

 

 そう。カイトにガジェットを与えた出資者とは、管理局最高評議会であった。

 旧暦の時代に次元世界を平定し、管理局を作ったその後も、次元世界を管理し導くために、自らを延命させる三人の偉人。脳味噌だけになっても生に拘り、今を生きる者たちを見下すその醜態を、カイトは激しい嫌悪感を抱いていた。とは言うものの、自分の知る未来の知識を利用して取引する相手として、彼らほど相応しい存在はない。戦乱の元になる反乱勢力やテロリスト、次元震を起こしかねないロストロギア。そして、それらが起こす事件の時期と規模。方法や立場がどうあれ、次元世界の平和を目的とする彼らにとっては喉から手が出るほど欲しい『情報』だ。

 

 カイトが未来の情報を売り、最高評議会が対価として金銭や地位を差し出す。ガジェット群はもちろん、カイトが拠点とする『パラディース』さえも、この商売で手に入れたものだった。

 

『ジュエルシードやプレシア・テスタロッサに関してはお前に一任しよう。合理的で被害を最小に出来るのだからな』

「お任せ下さい」

 

 そして、カイトは今回の代金を手に入れた。ジュエルシード回収や、PT事件に関する全権である。ジュエルシードを回収し、プレシアを止めて次元震を起こさなければ、どのような手段をとっても、地球でどんな行動を起こしても構わないということだ。また、アースラの巡回コースを秘密裏に操作し、介入が起こらないように手を回す約束も取り付けた。これで、管理局の介入を招くことなく行動できる。高町なのはと、八神はやてを幸せにするための計画に、管理局はどうしても邪魔だったのだ。

 

「委細については後ほど、現地に到着した後に報告致します。それでは」

『うむ。次元世界の平穏と安寧のために』

「平穏と安寧のために」

 

 声から伝わる圧力に、はらわたを押さえつけられるような苦しい感覚を感じながら、カイトは通信を切り、そしてすぐさまもう一つの機密回線を開いた。今度モニタに出てきたのは、紫髪で若々しい顔をしていて、しかし鈍くギラギラと光る金色の目が特徴的な、白衣の男だった。

 

 その名はジェイル・スカリエッティ。最高評議会に作り出された人工人間で、あらゆる技術に精通した天才科学者である。

 

 

   ***

 

 

「久しぶりだなジェイル。データは届いているか?」

『プロジェクトFについてだね? 勿論さ。我が親愛なる創造者……あの不恰好な脳味噌共も仕事が早いのだけは信用がおける』

「わざわざ手を使う必要がないからな」

『僕が不思議に思うのはそこだよ。四肢を使って五感を働かせずにはインスピレーションなど湧いてこないというのに彼らはどうして肉体を捨てようとしたんだろうか?』

「さあな。そちらの方が、生きるためには楽だったんだろうさ」

 

 先ほどの慇懃無礼さとは全く逆の、砕けた話し方をするカイト。対するジェイルも、まるで長年の朋友と話しかけるかのように笑っている。カイトは、最高評議会を取引相手として利用するその裏で、彼らに対するカウンターとしてジェイル・スカリエッティを手懐けたのだ。 ジェイルもそのことは分かっていて、しかし敢えてカイトの奸計に乗っていた。自分を利用するだけで何ら面白いことをしない評議会よりも、『未来の知識』という怪しげな物を持つ彼に付き合う方が、『無限の欲望』としての探究心を満たせるだろうと踏んだからだ。

 

「で、このデータ、お前から見てどう見える?」

『ああプレシア女史はやはり天才だよ。私が手付かずにしていた所や及ばなかった所を見事に補完し理論を完成してくれている。しかし惜しいのはこの理論の最終結論を気づきながらもあえて見逃していた点だ』

「クローンを作ろうとしても、出来るのは本人によく似た別の何か、ということか」

『そうだ。まあ娘をそのまま蘇らせようとして研究したんだから認められないのも当然だがね』

 

 『世界管理のため、質量兵器以外で安定した兵力を作る』という計画を、クローン魔導師という方向で実行するために、プロジェクトFの基礎理論を作ったのはジェイルである。しかしその途中で計画は人造魔導師の生産に代わり、ジェイルは研究をストップせざるを得なかった。自分の手がけた作品には別け隔てなく愛着を持つ彼は、この煮え切らない結末にかなり憤慨していた。最高評議会を敵視するようになったのも、これがきっかけだった。

 

 その後も、しばらくは和気あいあいと話を進めていた二人だったが、カイトが本題を切り出すと、ジェイルは一転して難しい顔を浮かべた。

 

「で、こいつを使って『アレ』を――リンカーコアを持つ肉体を、用意出来るか?」

『ふむ……正直に言うと難しいね。制作個体にリンカーコアが宿るかどうかさえ不確定なんだ』

 

 リンカーコアを持つ、人間の肉体。特別な意識も記憶も、それどころか脳味噌や内蔵が無くてもいい。ただ、リンカーコアを持ち、人型をしていれば十分である。

カイトの欲望を果たすためには、それがどうしても入り用だった。ジェイルと接触した目的の半分くらいは、そういった道具の確保である。

 

「フェイトは、現に魔導師になっているじゃないか」

『あれは稀有な例だ。意図的に彼女のような個体を作り出すのは現時点では不可能だよ』

 

 しかし。カイトは反論する。今、ジェイルに今与えられている権限と予算を活用すれば、その『稀有な例』を生み出すだけの数を作る事ができるはずだ。その前にどれだけの『失敗作』が作られようとも、カイトには関係ない。

 

『手当たり次第ということかい? 余り良策とはいえないが』

「そうではあるがな。あの理論からさらに研究を進めるよりかは、時間がかからないはずだ。こちらも余り待つことは出来ない」

 

 その後、二人は十分ほど予算と時間についての議論を戦わせ、結局カイトの方針でことを進めていくことになった。今後数ヶ月、ジェイルの研究施設の生産プラントはフル稼働し、たくさんの「肉体」を生み出していくことだろう。そしてそのほとんどが培養液漬けにされたまま放置され、何百何千のそれら『失敗作』からたった一つだけの成功例が選ばれる。全く持って人道という物に反している。しかし、カイトもジェイルも、その光景を想像して、何らの嫌悪も憐憫も感じていなかった。

 

『所で彼女たちの「調教」は進んでいるのかい?』

 

 ジェイルはコーヒーを飲みながら、まるで三流のゴシップ記事を見るような嘲りを含めて質問した。

 

「調教じゃない。俺は彼女たちに、最高の幸福を味あわせてあげたいだけだ」

 

 調教という言い方が癪に障ったのか、カイトにしては珍しく声を強め、激しい口調で反論する。その様子が可笑しかったのか、ジェイルの方からはさらに嘲り笑うような煽りを含めた口撃が飛んできた。

 

『その幸福の形は彼女たちでなく君自身が望むものだろう? 全く業が深いな君は。自分が愉しむために彼女たちの幸せの概念や価値観すら曲げるなんて』

 

 カイトはフェイトを幸福にしたが、しかしそれは『カイトの望む範囲』での幸福でしかない。フェイトはもうハラオウン家の一員になることも出来なければ、エリオやキャロなどの保護者になることもない。そういった視点から見ると、カイトはフェイトを反って不幸にしている、とも言えるのだ。

 

『君の周りにいる人間全ては君からすれば欲望を達成するための道具にすぎない。そのくせ彼女たちに君への深い愛を要求するとはな。臆病この上ない』

 

 この、余りにも刺の大きい言葉に、激発するかと思われたカイトだったが、むしろ落ち着きを取り戻し、胸を張って答えた。

 

「なんとでも言え。全てが終わった後、彼女たちは間違いなく笑顔になるのだからな。それでいいじゃないか」

 

 臆面もなく。むしろ、自信に溢れてそう断言するカイトは、ひたむきな求道者のようにも、盲目で頑固な愚者のようにも見える。その姿勢は、ジェイルにとって興味の対象であった。彼は、この抜け目の無く傲慢で、しかし一途な男が何処に向かうのか、その果てを確かめたくなるのだ。破滅、ということにはならないだろう。その未来を予想するには、カイトはいささか計算高い。

 

『……それは、そうだね』

 

 だから、ジェイルはこれ以上反論することはしなかった。

 

「無論、俺に協力してくれたお前もそうだ。うまくすれば、この世界全てがお前の遊び場になるという、そういう愉快な計画も立ててある」

『ほほう。それは興味深いな。どうするんだい? どうやって私を評議会の鎖から解き放つのかな?』

「秘密だ。こういうのは全部バラしたら面白くならないだろう」

『秘密ねぇ……』

 

 クックッとほくそ笑むジェイル。そして、同じようにニヤリと笑うカイト。この狂人たちの間には、何か不思議な縁や情が出来ているのかもしれない。

 

 その後、次の連絡時間やガジェットの追加注文などの些事を詰めたカイトは、別れの挨拶を交わして交信を終えた。手元のコンソールから航行管制システムを呼び出し、停留モードを取り消して次の行き先を入力する。第九十七管理外世界。通称『地球』。

 

 急がなければならない。スクライア族の発掘団は、既にジュエルシードのある遺跡を掘り返し始めていた。

 

 

   ***

 

 

 日が陰り、夕焼けが綺麗なオレンジ色に染まった、冬の終わりの夕暮れ。高町なのはは、一人海鳴海浜公園に足を運んでいた。友達であるアリサ・バニングスと月村すずかと別れたのは、午後の3時半。家に帰るにはまだ早く、時間を持て余していたのだ。

 

 なのはは、一人で暇な時間があるといつもこの公園を歩く。さざなみの音が耳に心地よく、いつも穏やかな風が吹き付けてくる海岸沿いの遊歩道が、彼女の心を癒してくれるからだ。しかし、今日は何故かいつまで歩いても明るい気持ちにならない。それどころか、ぐるぐるとした思考の渦に嵌り込み、延々と悩み続けるだけだった。

 

「……………」

 

 きっかけは、アリサたち2人との、他愛のない会話の中に生まれた一つの単語だった。『将来の夢』。アリサも、すすかも活発に語り合っていたが、なのははどうしてもその会話に加わることが出来なかった。高町なのはには、まだ『夢』が無かったのだ。

 

 最も、自分の周りの環境や家族のことを考えれば、『喫茶店の2代目店主』という、進む「だろう」道を予測することは出来た。しかし、そうなった自分を想像することは出来なかったし、それが本当に自分の歩む「べき」道であるのかと自問すれば、「いいえ」とも「わからない」とも言えないもどかしさを感じるだけだった。

 

私は、これからどうなるんだろう。

私は、これからどうしなきゃいけないんだろう。

 

 何かをしなければいけないことは、周りの大人たちを見れば分かる。みんな一生懸命に、自分のやりたいことをやっている。しかし、なのはにはそれがない。なのはの心は悩み、惑い、行き場のない苛立ちに温度を上げていた。

 

 それが沸点に達し、熱したやかんが蒸気を噴き出して音を立てるように、叫びが喉から出かかる、その直前であった。

 

 なのはの目に、一人の少女が映った。

 

……あっ……

 

 その瞬間、悩みは一瞬だけ吹き飛んでしまって、なのはの全てが、その少女を見つめていた。

 

……なんて、綺麗な子なんだろう……

 

 色白で、作られたばかりのフランス人形のような肌。長い金髪はアリサに似ているが、その顔立ちは凛としてしかし水面のごとく落ち着きを感じさせる。眼の色も、なのはが見たこともない紅く深い色。黒いワンピースに包まれたスレンダーな体は、決して痩せているわけではなく、俊敏なチーターのように飛び跳ねそうな快活さがひっそりと隠れている。

 

 心を奪われた、見惚れたなどとと言うより、驚きで目を離せなかった。迷いなく、ただありのままそこに立っている少女の姿は、なのはがおぼろげに抱いていた『理想』の、正にそのものだったからである。なのはが「女の子」であるなら、この金髪の、幼い娘はそれより一回り大きい「少女」と形容すべきだろう。

 

「――?」

 

 なのはの視線に気づき、少女は振り向く。瞬間、目が合ったが、他人をじいっと見つめるという行為に恥ずかしさを感じたなのはは慌てて視線を逸らした。しかし、今度は少女の方から彼女を見つめる番だった。

 

……どうしよう。なんか、変な風に思われてるのかも……

 

 なのはは、その真摯で純な視線にどぎまぎして、余計に動けなくなってしまった。すると、少女は見つめるだけに飽きたらず、なのはの方へスタスタと歩き出したのだ。なのははびくっ、と震え、慌てて、えと、あの、そのというような、言葉にならない単語を出しながら、ついに少女に距離を詰められてしまった。尚も言葉を発せず、ただこちらをじっと見つめる少女に、なのはは僅かな怯えさえ感じた。

 

「ねえ、君」

「は、はいっ!?」

「ちょっといいかな」

 

 なのはに呼びかけた少女は、不意に右手を前に出すと、なのはの右手を掴み、ぎゅっと握った。

 

「ごめんね。すぐに終わるから」

 

 少女が目を閉じ、手を握る力を強めると、その右手からなのはの右手に、何か熱いものが流れこんでくる感覚が生まれた。その熱さが腕に流れ、体を通り、ちょうど胸元まで来る。すると、なのはの胸から、ピンク色の淡い光を放つ、丸い球体が飛び出した。

 

 それは、なのはと少女の間に存在し、夕焼けと影のほの暗さをかき消す程に眩しく光る。普通なら考えられない、ありえない光景だったが、しかしなのははその光球が『自分』の一部であるとはっきり気づいた。これは一体何なんだろう。不思議に思ったなのはだったが、一方の少女は納得を得た明るい顔をして、なのはに呼びかける。

 

「やっぱり。凄い魔力を感じたのは、君がそうだったからなんだ」

「そうだったって?」

「君が、魔法の力を持っているってこと」

 

 魔法。なのはの日常とはかけ離れた単語である。その単語に驚く暇もなく、少女の口からはさらに見知らぬ言葉が飛び出し、なのははそれをただ受け止めるだけだった。

 

「この世界ではまだ知られてないんだけど、その光る球はリンカーコアと言って、魔力の源なんだ」

「魔力の源って、これ、私のもの……だよね」

「うん。だから、君には魔力がある。驚いたよ。この世界に来て最初に、凄い魔力を感じたんだから」

「この世界?」

「私はね。この世界とは違う、別の世界から来たの。父さんと一緒に」

 

 ふとなのはが目を上げると、少女の後ろに、大人の男性が立っていた。彼は穏やかな瞳でなのはを見つめている。まるで旧い親友に会ったような、深い慈しみに溢れた瞳だった。

 

「やあ、私はカイト・フォレスター。こっちは私の娘」

「フェイト・テスタロッサ・フォレスターと言います。君の名前は?」

「あ、私、高町なのは。私立聖祥大附属小学校の三年生です」

 

 互いに自己紹介し合うと、カイトの隣にいる、綺麗な橙色の毛並みが美しい大きい犬が不満気そうに呟いた。

 

「ちょっとちょっと。カイトもフェイトも、あたしを忘れてもらっちゃ困るよ」

「にゃっ!? い、犬が、喋ったぁ」

「ふふっ。驚いた? この娘はアルフ。私の使い魔なの」

「よろしくな、なのは」

 

 アルフはなのはの前まで歩き、ひょいと右の前足を上げる。握手のつもりなのだ。なのはは、この人たちは本当に魔法の世界の人なんだな、と改めて実感しつつ、アルフの前足を右手で握った。

 

「こっちも、よろしくね、なのは」

「あ、うん、フェイトちゃん」

 

 フェイトも、なのはと互いに名前を呼び合い、もう一度握手をする。その微笑ましい交流が一段落した所で、カイトはなのはに提案した。

 

「さて。フェイトの言った通り、君がリンカーコアを持つというのなら、私としても君に教えなければいけないことがある。大事な話だから、親御さんにも話を通したいのだが、いいかな?」

 

 

   ***

 

 

 所は変わって、ここは高町家。リビングの机に向い合って座るのは、なのはの父である高町士郎とその隣にいる妻高町桃子、そして、カイト・フォレスター。机の上には、カイトの持ってきた魔法に関する資料がズラリと並んでいる。

 

「……お話、分かりました」

「そうですか。魔法の存在に関しては、ご理解をいただけたと」

「理解するも何も。目の前で現物を、しかも、私の娘の『リンカーコア』ですか、それを見せられては、嫌でも信じざるを得ませんよ。なあ、桃子」

「ええ、ピンクで、とても綺麗な光でしたわ」

「それで、ここからが本題なのですが……」

 

――高町なのはは、極めて大きな魔力を持っている。それは、一年間魔導の訓練を続けているフェイトの魔力量にも迫るほどの大きなものだ。リンカーコアは大気中の魔力を体内に取り込んで蓄積する器官である。それは、無意識の内に行われている。しかし、なのはは生まれてこの方、魔力を使って魔法を行使したことがない。では、蓄積された魔力は何処に行くのか?そして、これからも魔法を使わないでいると、どうなるのか?――

 

 カイトはあえて言葉を濁しながら、暗喩的に話していく。高町士郎ともあろう者が、結論に辿りつけない訳はないからだ。

 

「……じゃあ、なのはは」

「はい。後2、3年も経っていたら、遅かったでしょう」

 

 慄然として問いかける桃子。彼の不安をさらに増長させるために、カイトはあくまで冷静な態度を崩すこと無く断定する。

 

「この海鳴はいい街です。娘と歩いていても飽きないし、人々の心も暖かい。ですから、早く気付けて良かったと思います」

 

 溜め込みすぎた魔力の暴走による、破壊。それは、この街を飲み込んで余りあるものであり、何時何処で発動するかもわからない危険な時限爆弾だ。そう、今度ははっきりと告げる。士郎と桃子の顔は、今や青色を通り越して真っ白になっていた。

 

「そんな……」

「なのはが、そんなものを持っているなんて……」

 

……ふむ、どうやら信じてくれたみたいだ……

 

 しかしこれは、真っ赤なウソである。AAAランクのリンカーコアとは言え、たかだか10数年魔力を貯めた程度で街が消えるのだ。もしも本当だったら、今頃何個の次元世界が滅びることになるか。冷静に、適切なデータがあれば推察できることだったが、カイトが敢えてそれを隠していた。もしあったとしても、つい数分前に魔法を知ったばかりの士郎には、そもそもだまされているという思いすら浮かばないだろう。

 

「なんとか、出来ないのでしょうか……あぁ……」

「いや、桃子。心配するのはまだ早そうだ」

 

 士郎はそう言って、桃子の震える肩に手を当て、落ち着かせる。そして、カイトに向き合い、その冷静な顔を見て確信した。

 

「……なんとか、出来るみたいですね、その顔からお察しする限り」

「勿論です。そうでなければ、とっくにこの世界からおさらばして、管理局に助けを求めていますよ」

 

 不安を纏わせた桃子を安心させるために、軽口を叩いて笑顔を見せる。桃子はようやく落ち着いた。

 

「魔力の制御方法さえ教えれば、簡単に『ガス抜き』が出来ます。しかし……」

「しかし?」

「彼女の魔力は高く、その才能もかなりのものです。それを僅かでも生かさないまま終わるということは、彼女の人生において大きな損失であると、私は思うのです」

「つまり、なのはに魔法を習わせたい、と?」

 

 ここで、士郎たち夫婦に魔法に対する忌避の感情を作ってはいけない。そうなれば、今までのアプローチが全て無駄になる。丁寧に、そして確実に舞台を整えなければいけないのだ。

 

 なのはに教えるのは、何も草木を生み出すとか、そういう神秘的なものではない。戦闘用の物も教えないようにする。教えるのは、例えば、体調を整える魔法や、身体を回復させる魔法、いざというとき身を守ることが出来る程度の防御魔法。そういう、日常に役立つものを教えて行きたいと、カイトは熱弁した。

 

「ですから、なのはさんの学校が終わった後に、魔法を教えていきたいのですが、いかがでしょう」

「はあ……なのはには学習塾もありますから、お預け出来るのは週に一回程度になると思いますが」

「かまいません。どうせこの世界には、半年、いえ、一年くらいゆっくりしていく予定なので」

「そうですか。そういうことなら私は構いませんが、桃子、お前は?」

「ええ、もちろん大賛成よ。この人がいなければとんでもないことになってたんだし、それに折角あんな力があるんだから、使わなければ損、でしょ?」

「そうだな……」

 

 幸いに、二人共カイトの言う事を信じ、末娘を任せることに賛成してくれた。「自分たちを救った」という恩を与えることで、無警戒に近い桃子だけでなく、その出自から警戒心の強い士郎の信頼を勝ち得る事が出来たのは大きい。これで、なのはに関してはかなりのフリーハンドを勝ち得たことになる。

 

「では、後はなのはさんの意思次第、ということになりますね」

「そうですね。私たちも、なのはに強制することは出来ませんからね」

「丁度いいですわ。今、本人に聞いてみましょうか?」

 

 二階の自室にいるなのはを声で呼び寄せようとする桃子だったが、カイトはあえて止める。

 

「お手間をおかけする必要はありませんよ。フェイトと一緒にいるのですから、念話で呼び出しましょう」

 

 そしてカイトは、魔法を感じられない士郎たちにも目立つように、目を閉じて大げさに念じるようなふりをしながら、フェイトに念話をした。

 

【フェイト? なのはとは、どうなんだい?】

【うん、すっかり仲良くなったよ。ゲームもパソコンも面白いし、アルフなんかムキになって対戦してる】

【それは重畳だ。こっちも話がついたから、なのはを下に送ってくれないか】

【本当? じゃあ、なのはともっと一緒になることが出来るのかぁ、嬉しい。今なのはに言うね】

 

 そして数秒後、階段からドタドタと勢い良く降りてきたなのはは、その勢いのままカイトに頭を下げた。

 

「お願いします! カイトさん、私に魔法を教えて下さい!」

「あらあら、なのはったら、もう聞くまでも無かったみたいね」

 

 士郎も桃子も、そう言うことが分かっていたかのように、ニコニコと笑っている。何しろ、少し前に塾を始める時、アリサとすずかと一緒の塾になるよう必死にお願いしたなのはだ。既に魔法を習っている、フェイトというなりたての友達がいる以上、もっと仲良くなるために、魔法を習いたいと思うことはごく当たり前だった。

 

 問題なのが、なのはのその感情の流れが、カイトの仕組んだ目論みのままであることなのだが……今の士郎と桃子には、想像する事すら出来ないだろう。

 

「それでは、なのはを宜しくお願いします」

「分かりました。とりあえず、カリキュラムを組んで予定を決めたいので、今日はそろそろお暇したいと思います」

「そうですか。では……」

 

 そう言って椅子から腰を上げると、なのはがカイトを見つめて話しかけた。

 

「カイトさん……えと、カイト先生、でいいですか?」

「どちらでも。師匠とでも教諭とでも、好きなように呼ぶといい」

「じゃあ、先生で。私、魔法なんて初めてだから、色々ごめーわくをおかけすることになりますが、改めて、よろしくお願いします!」

 

 もう一度、ぺこり、と頭を下げるなのはは、まさしくカイトの思い描いていた高町なのは――何事にもひたむきで、一直線で、全力全開な女の子――そのものだった。ぞくり、とカイトの体が震える。愛するなのはが目の前にいる、そのことで生まれる劣情を、抑えるのには一苦労だった。幸い、にこやかに話している士郎たちには気づかれ無かったようだが。

 

「……そうか。じゃあ、一生懸命頑張ってくれ」

「はい!」

 

 

 

 




今回は下準備に終始しましたので、エロがありません。ごめんなさい。
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