なお、今回も原作からのオリジナルです。
2月20日 香港
この日、イギリス領香港にて日本、並びに支那国民党政府をイギリスが仲介する形で『日支安全保障条約(別称 香港条約)』が締結された。
ただ『安全保障』と書いてはいるが、実質は『防共・対共』であるが、事情通は知った上での事とそこは露骨にしない。
無論、ここに至るまでの交渉は簡単ではなく、特に支那国民党側がごねる事もあったが、大英帝国特任大使のチャーチル卿の提言(脅し)により、以下の条件で締結された。
1 支那国民党政府は支配地域の治安維持に尽力する。
2 対峙した脅威対象が日本他諸外国の租界等を侵害する場合、日本政府は支那国民党政府を支援する。
3 満州帝国との安全保障条約の締結(支那国民党政府)と仲介(日本)を行う。
4 今回の条約において、片方が正当な理由なく不履行等を行った場合、仲介者たるイギリス政府は経済制裁を含めた制裁を行う。
5 本条約は基本1年毎の自動更新とするも、状況による追加・削除とそれに伴う両国間の交渉は常時行えるものとする。
以上
これらの事項に固まった条約は日本側が『義足の外交官』重光葵特認大使、中華国民党側が汪兆銘が特認大使として調印を行った。
調印後 香港総督府内一室
調印式の後、総督府の一室にて重光大使と前田侯爵、汪大使と蒋介石、チャーチル卿、そして、松島宮と滝崎がいた。
「いやいや、私の敗北だよ。約束通り、最高級コイーバ葉巻1ダースを贈りますよ」
何処か楽しそうにニコニコと微笑みながらチャーチル卿は松島宮に言った。
「うふふ、ありがとうございます」
そして、松島宮もニコニコと微笑みながら受けた。
「さて、重光大使を通じて、こうして会談の場を設けた理由をお聞かせ願いますかな? あぁ、もちろん、ご要望通り、盗聴機等は我が方を含めて一切ありませんよ」
賑やかに微笑みながらチャーチル卿は松島宮に訊いた。
「今回の件を含めて、チャーチル卿には大変お世話になりました。ですので、チャーチル卿や蒋介石閣下、汪大使、そして、関係者の皆様に大切なお話をする為にこの場をお借り致しました」
そう言って松島宮は隣に立つ滝崎の方に視線を向ける。
「チャーチル卿は御存知ですが、この滝崎正郎は私の侍従…と言うのは表の顔。これからお話する事があり、私の侍従として行動しています」
先程とは変わらないニコニコ笑顔の松島宮に対し、話を振られた滝崎は苦笑い顔。
「えー、チャーチル卿は御存知ではありますが、改めてご紹介に与りました、滝崎正郎です。先程言われました通り、松島宮殿下の侍従としてお側におります…痛い、痛いって、松島宮」
滝崎の挨拶は松島宮が滝崎の尻を数回軽く叩いた為に止まる。
「緊張もあるとは言え、そんな気長くなる挨拶は要らん。要件を始めろ」
松島宮の言葉に、やり取りを聞いていたチャーチル卿らはクスクスと笑い始める。
どうやら、場を和ませる為に松島宮はわざとやったようだ。
これに滝崎は苦笑をうかべながら話を始めた。
1時間後
「「「…………」」」
滝崎が出来る限りに纏めた『自分の世界』でのこの後の大戦と戦後の世界の説明が終わった後、チャーチル卿、蒋介石、汪兆銘の3人は黙ったままだった。
但し、反応は違う。蒋介石・汪兆銘は重く苦々しい表情ではあるが、チャーチル卿は納得しながらも思案する顔をしている。
「なるほど、この前会った時の君の表情はそう言う事か……しかし、そこまでの歴史や政治・技術等々の知識とその対策を生み出す思考能力があるなら、この大戦を利用し、日本が世界を征する様に動かす事も出来るのではないかね?」
思案が纏まったらしいチャーチル卿がニヤリと笑いながら滝崎に顔を向けて言った。
「まあ、不可能ではありませんね…ただ、私は戦争が終わって50年も後に生まれた人間です。世界征服を成した後のゴタゴタと戦後の趨勢を知れば日本に領土的植民地支配など継続する事は面倒としか…貴国のインド独立運動問題は御勘弁願いたい」
「なるほど、これは手厳しい返しだね」
滝崎の返答に自国の問題を指摘されたチャーチル卿は葉巻を吹かしながら苦笑いを浮かべる。
「ふむ、では、似た質問をするが、何故、我々に話したのかね? 無論、我々が後々の当事者である事が大きいとは解るが」
「そもそも、君の話ならば、私と閣下は袂を分かつ可能性もあるのだろう?」
チャーチル卿の質問に漸く話の糸口を見つけた蒋介石と汪兆銘が訊いてきた。
「まず、貴殿方が反共産主義者である事。そして、場合によっては妥協や次善策を取れる方である事です。また、汪兆銘大使にはこれからも日本側との接触も多くなり、イザとなれば蒋介石閣下の代理人となる可能性もありますから」
確かに西安事件は防げた。
しかし、第2、第3の西安事件が発生する可能性は否定出来ない。
支那共産党の後ろにソ連、また、アメリカの影があのだから、可能性は決して皆無…いや、反対に高い。
「更に言えば、この滝崎君は少し理想主義的なところがありましてな。日本の生存は勿論の事、犠牲者が減ってくれればいい、と考えているのですよ」
今まで黙っていたニコニコと笑いながら前田侯爵が言った。
その後、更に3時間も会談し、その長さから『何か密約があるのでは?』と報道陣から質問された面々だか、『松島宮殿下、前田侯爵との会話が盛り上がり、長引いてしまった』と答えるのみだった。
少し後
「蒋介石閣下、少しよろしいかな?」
「なんでしょう、チャーチル卿?」
会談後の報道陣の質問攻めを抜けた後、チャーチル卿は汪兆銘大使と共に帰ろうとする蒋介石に声を掛けた。
「要らぬ忠告と申しますか…決して、日本を、何より、あの滝崎君を敵に回さない様に」
「何を言われるのですか、チャーチル卿? 彼は我々にとっても有益な存在だ。害しようとする気は…」
とんでもない、と言わんばかり否定する蒋介石。
「それなら良いのですよ。ただ…これは私の見立てだが、彼の瞳の奥には制御された狂気がある様に見えたのでね」
「制御された…狂気、ですか?」
「まあ、彼も余り自覚は無いでしょうな。ただ、先程本人が言っていた通り、彼は愛国者で、この後の悲劇を防ぎたいと言う想いがある。故に敵になるぐらいなら、彼も収容はするでしょう……虐殺をやろうものなら、彼は理性と知識で制御していた狂気をその国家指導者に向けてもおかしくはありませんよ」
チャーチル卿の言葉に蒋介石は頷いた。
何故なら、『東京空襲』や『原爆投下』で彼の言葉と表情に『黒い物』を感じたからだ。
……後の『チャーチル卿回顧録』などでチャーチル卿は滝崎の事をこう書いている。
『聡明な好青年である彼を決して敵に回していけないと感じた。何故なら、彼の瞳には『制御された狂気』があったからだ。但し、勘違いしてはならない。彼の狂気は破壊衝動などではなく、『人間の尊厳を踏みにじった輩はそれ相応の報いを受けさせる』と言う、ある種の制裁罰的な狂気である』と。
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