10月21日 陸軍省
卒業に伴う遠洋訓練航海から帰ってきた滝崎と松島宮。
帰国直後、滝崎は山本次官から『永田局長からの要請があった』と言う事で陸軍省へ向かった。
そして、いま、永田局長が集めた面々に対して『未来』の話をしているのだが……
(……いつもの事だけど、これ、大丈夫かな…)
永田局長の召集で集まった戦車開発陣と運用陣は滝崎の話を聞いて苦い顔、真っ赤な顔、頭を抱える者が大半で静かに腕を組んでいる者は2人しかいない。
「…チハの生産を取り止め、新型の開発に尽力すべきではないか?」
「何を言う? 既に上層部からはチハの量産許可が降りているんだぞ?」
「ではなにか? 米軍の『軽戦車』とも戦えない中戦車に乗せて、人員を損耗させろと? ふざけるな! 熟練者こそ、これから様々な場面で必要と彼も言ったではないか!」
「そうは言っていない! だが、今から新型を作って、何時に現場に引き渡せる? 米軍との戦闘には時間があるが、あと1年や2年で新型を配備するなんて期間的に無茶があるぞ!」
「いっそのこと、ドイツ戦車を購入するか、生産…」
「交換部品や燃料はどうする!? 規格違いで補給と生産が混乱するぞ!」
「待て待て。そのドイツが大戦を始めるんだぞ? しかも、彼の話では戦車不足で後のフランス戦でも戦車を鹵獲する事に熱心だったドイツが完成品を引き渡すか怪しいぞ!」
「じゃあ、アメリカから軽戦車を購入するか? また、『日本最強の戦車はアメリカの軽戦車だ』と言われるか?」
「敵対するアメリカが売る訳ないだろう!」
お通夜状態から一変し、白熱な議論モードに突入した開発陣と運用陣に滝崎は苦笑いをうかべながら困惑する。
すると、腕を組んでいた佐官の1人がわざとらしくゴホンと咳をする。
「落ち着きたまえ。確かに先程の話を聞いて検討すべき事や問題があるのはわかる。だが、解決を急いても、中身をしっかり検証しなければ、解決するものもしないぞ」
開発陣の長にして、戦後創立された陸上自衛隊の戦車開発にも関わった原乙未生(はらとみお)中佐の言葉に白熱した議論が止んだ。
「それにだ、彼の話を分析すれば、こちらより高性能な米軍戦車を相手に戦術や運用で対抗し、互角に戦っている。敗戦を聞いて自虐になるのは仕方ないが、その中でも汲み取れる部分を探すのも我々の務めだ」
そう言ったのはもう1人の静かに腕を組んで聞いていた運用陣の重見伊三雄(しげみいさお)中佐。
「まずはだ…滝崎君、ここまで解っていて、更に永田局長にすら所属を越えて頼りにされてる君がなぜ、『チハの量産に口を出さなかった』のかね?」
原中佐の問いに開発・運用双方の人間がハッとなりながら、視線を滝崎に向ける。
「私見と言う事で言いますと、名実共に現段階の日本の実情にあった戦車だからです。下手に手を加えなくても生産・補給体制が構築され、発展性も申し分ない。逆に手を加えて段取りを乱す方が問題になります」
「ふむ、なるほど。では、君が先ほど言った発展性はどうかね? 今までの話なら、チハは軽戦車に負けているが?」
「確かにそうです。ですが、フィリピン戦では42年に入って47㎜速射砲に装換した『チハ改』を実地試験の名目で投入しています。実際、研究開発では欧米諸国に劣らないどころか、勝る物を作ってはいます。問題はそれを現場運用・量産に持っていくまでに時間が掛かってしまう事、そして、戦車開発のみならず、戦争に関わる技術全ての進化速度が予想以上に早くなる事、です」
「なるほど。その黒板に描いた戦車も、進化速度の影響だと?」
なお、黒板には滝崎が描いたタイガーⅡ、シャーマン、T-34/85が描かれている。(上手くはないが)
「はい。タイガーⅡに関して言えば、41年のドイツのソ連侵攻後に設計しておりますが、当時のドイツが持ちうる技術を集めて作られています。まあ、最大の難点は重量であり、運用には苦労していますし、ドイツ敗戦で短命でした。逆にシャーマンやT-34はその発展性もあり、戦後長く使われています。特にT-34は21世紀になってもアフリカやアジアで稼働している、と言われております」
世紀を越えて使用されている事に別の意味でざわめきがおきる。
「そして、それらの事情を踏まえて、チハが戦えると言うのだね?」
「『それしかなかった』とは言え、チハとその系列は75㎜戦車砲を搭載できる発展余地があります。また、我が国の生産設備の能力上、多種類の車体を作る余裕はありません。後付けでもありますが、砲塔口径と付属装備、設計目的で三号と四号の二本立てにするのは日本では合いません」
滝崎の話を聞いて、原中佐と重見中佐はウンウンと頷く。
「理屈、理論の証明はともかく、筋としては解る。そうなると、新型開発や既存の改良での問題はエンジンと重量や寸法の制限だが…」
「重量と寸法に関しては緩和出来る。海軍が滝崎君の助言を聞いて『車輌揚陸艦』を設計・建造している。自走での積載・揚陸が可能となるだろう」
原中佐の発見に静観していた永田局長が言った。
「なるほど…滝崎君なりにお膳立てをしてくれたのならば、我々もやるしかありませんな」
重見中佐がニヤリとしながら言った。
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