さて、フィンランド湾海戦の勝敗の行方は……。
次の瞬間、戦艦の船体に2つの水柱が立ち上がった。
そして、その瞬間、朝顔からは大歓声が響いた。
拳を振り上げて雄叫びをあげる者、万歳三唱をする者等々、特に水雷科員は近くの同僚や他の乗組員と抱き合いながら喜ぶ。
が、艦橋の面々は冷静だった。
「くっ! 魚雷2本では足りんか!」
腐っても戦艦と言うべきか、水柱が収まった後のケロリとしているガングート型戦艦に松島宮は悔しそうに呻く。
「これが酸素魚雷なら、もう少し違ったんだが…」
「確かに致命傷ではありません…が、深手な手傷は与えたかと」
滝崎も苦しそうに呻きの様に呟く。
そんな若手な艦長と副長に運用長はフォローを入れる。
「艦長! 敵戦艦から探照灯!!」
「本来なら逃げるところだが…番犬が何もせずに逃げる訳にはいかん! 威嚇で吠えながら絡んでやれ!!」
水兵の報告にあわせて、雷撃された戦艦から自らを襲った輩を探す為にサーチライトが点灯し、周囲を探る。
まだ霧が晴れていない為、捕捉されていないが、松島宮の言葉の意味を悟った乗組員達は動く。
すなわち、戦艦周囲を走り回り、各銃砲座はサーチライトに向かって射撃を開始する。
たちまち、戦艦からのサーチライトは消えたが、今度は朝顔の後方からサーチライトが明後日の方向ながらも照らし出された。
「どうやら、後ろの巡洋艦が慌てて我々を探している様ですな」
「それにしては時間がかかっていますね。連携がおざなりだ」
冷静に上記を把握する運用長と連携が出来ていない事に呆れる滝崎。
確かに格上が2隻も居て、朝顔1隻にここまで後手後手に回っていれば、そう思われても仕方ない。
こうして、相手の連携の悪さと霧の視界不良、駆逐艦ゆえの軽快さで2隻を翻弄していた朝顔だったが、時間の経過により、霧が晴れてきた。
「不味いですな、艦長。霧が薄くなってきました」
「むぅ…味方は来ていないが…潮時か?」
「流石に三十六計逃げるに如かずになっても…」
運用長の指摘に松島宮が潮時と考え、滝崎がその考えを肯定しようとした時、空が明るくなる。
見ると、霧が晴れかけている空に照明弾が1発、更に続いて2発、新たな照明弾が空と海を輝き照らしていた。
その照明弾が照らし出す外側、つまり、朝顔を探しているソ連海軍巡洋艦の後ろから、この照明弾を撃った艦艇が近付いていた。
「艦長! 援軍です! 旗艦の比叡、更に妙高と那智が来ました!」
見張りの水兵の報告に再び朝顔からは歓声が上がった。
同じ頃 比叡艦橋
「朝顔より、『我れ健在なり』と打電してきました」
「やれやれ、少し血の気が多いな…此方は肝が冷えていんだがな」
朝顔からの打電に豊田副武中将は溜め息混じりで呟く。
『敵艦発見』の報に霧島、足柄、羽黒を第一航空戦隊の護衛に残し、妙高の南雲忠一少将を率いて朝顔を助けに来たのである。
「敵戦艦損傷の模様! 巡洋艦を殿に撤退中!」
「出番など無いと思っていたが、まさかこんな形で出番が回ってくるとはな…朝顔のお膳立てを無下には出来ん。殿を南雲少将に任せ、敵戦艦を討つ」
見張りの報告に豊田中将が方針を決め、その言に比叡の艦橋から雄叫びがあがる。
日本海軍にとって日本海海戦ぶりの『敵戦艦との撃ち合い』に興奮しない筈がない。
殿のキーロフ型が比叡達の接近を阻もうとするも、妙高と那智がキーロフ型を抑え、比叡は行き足が鈍くなったガングート型を追尾する。
30ノットを出せる比叡に対し、スペック上は23ノット出せるガングート型戦艦も魚雷2発をまともに受けた影響もあって更に速力は低下、『逃げるより戦った方がマシ』と言わんばかりに逃走を止め、比叡との撃ち合いに入った。
妙高艦橋
「魚雷発射用意よし!」
「うむ、タイミングを見て発射せよ」
キーロフ型と那智と共に砲撃戦を展開する妙高の艦橋で士官の報告に南雲少将は頷きながら返事をする。
しかし、南雲少将は不安視している事があった。
英国親善派遣艦隊編成時の懇親会で初めて会った『朝顔』副長の滝崎大尉から聞いた『ある一件』。
もし、派遣艦隊幹部の1人として辞令を受け、山本次官から直接説明されていなければ『水雷科に喧嘩を売ってる』と捉えかねない(&滝崎の命すら危うい)話。(もちろん、滝崎は後々問題にならない様にやんわりと説明している)
しかし、水雷屋として内情を知ってるだけに『あり得る話』な為、全否定も出来ないが故の不安視と不安感が南雲少将にあった。
「敵巡洋艦、射線に捉えました!」
「魚雷戦始め」
砲撃を行いながら指向されていた妙高と那智の92式四連装魚雷発射管から次々と93式61cm酸素魚雷が発射される。
普通ならば(全部命中しないにしろ)8本の魚雷、しかも、61cm酸素魚雷が当たれば戦艦でも沈没を免れない『筈なのだ』。
そんな代物が命中コースにあった3本の魚雷が爆発した……水柱が収まった後、見た目はケロリとし、更に砲撃を再開する程であった事に驚愕させる事になる。
「ば、バカな!? 酸素魚雷をくらって無事だと!?」
艦橋の驚愕具合を代表するかの様に航海長が叫ぶ。
対して、南雲少将は『滝崎から指摘された』事が発生した為に苦虫を噛み潰したような表情で拳を握る。
「あ、朝顔から『先程の雷撃は命中にあらず。早爆と視認で確認す』と入電が…」
担当士官の報告に南雲少将以外の面々もこの事態の理由を察した。
「…魚雷再装填。今度は信管の感度を鈍く設定する様に伝えよ……間に合えばよいがな」
『酸素魚雷が信管感度調整を行える事による早爆』。
滝崎から聞いていた事態が実際に発生しながらも、南雲少将は冷静に再装填を命じる。
だが、皮肉にも南雲少将の呟き通りになってしまう。
水雷科員が魚雷の信管調整と再装填をフル回転でやっている間、キーロフは今までの被弾・至近弾と(他国魚雷に比べ水中爆発威力が弱いとは言え)酸素魚雷の至近距離爆発による衝撃により、大規模浸水が発生。
ダメージコントロールでは抑えきれない浸水にキーロフの艦長は『沈没による脱出』を回避するために手近な浅瀬に座礁、艦を放棄したのであった。
比叡艦橋
「敵巡洋艦座礁! 艦を放棄する模様!」
「極寒の海での沈没を避けたか…だろうな」
士官の報告に豊田中将は納得せざるおえなかった。
冬の北極圏の海に飛び込む……どれだけ健康でも僅か数分で凍死する現状ではそうするしかない。
「敵戦艦は?」
「未だ健在…ですが、電路が切れたのか、砲塔による各個射撃により応戦中です」
朝顔の2本の魚雷、更に比叡からの36cm砲弾4発を受けながらも、弩級戦艦ガングートは未だに反撃していた。
「そうか……武士の情けだ、トドメを刺してやれ」
豊田中将の言葉が合図であったかの様に次の瞬間、4基の連装砲が吼えた。
そして、この斉射が文字通りのトドメとなった。
「2発命中! あっ! 砲塔1基吹き飛びました!!」
命中を示す2つの閃光、更に閃光と共に爆発する砲塔。
これがガングートにとってトドメとなった。
甚大な被害と拡大する火災と浸水の二次被害にガングートの艦長もキーロフと同じ選択をとる。
手近な浅瀬に座礁し、艦の放棄と総員退艦を下す。
そして、消す者が居ない火災は遂に弾薬庫へ延焼し、砲塔の爆発とは比べ物にならない爆発音と閃光を発し、大爆発をおこす。
これが、この『フィンランド湾海戦』の幕を下ろすフィナーレとなった。
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