7月18日 午前6時頃 リトアニア カウナス 日本領事公邸
その日の朝、領事代理である杉原千畝は窓から殺到する100人程の群衆を見ていた。
彼らはユダヤ人、ドイツの侵攻から逃れて来た難民達だ。
彼らの欲するのは領事館が発行する通過ビザ、ナチスの手から逃げる為の文字通りの『命のビザ』である。
そして、彼は赴任前に『もし、ユダヤ人難民が押し寄せた場合に開ける様に』と渡された封筒を机の引き出しから取り出し、封を切ると、中身を一読し…安心した様に微笑む。
『猶太(ユダヤ)人難民が押し寄せた場合、可及的速やかに必要なビザ等を発行せよ。発行地・発行者の記載があれば書式・形式は問わない。それ以外のビザ等発行事項は猶太人難民保護法、並びに人道を以て、考慮判断せよ。(原則は厳守すべし。内容確認後、焼却処分)』
それは正に彼の決意を後押しするかの様だった。
本来、『受け入れ国の認可』や『旅費が確保されている』等の『原則』を確認した上で発行すべきビザの無確認発行を許可しつつ、わざわざ括弧の中に『原則を厳守すべし』と書いて、本音と建前を使い分けているのである。
「大丈夫ですか、あなた?」
杉原幸子夫人が夫を気遣い声を掛ける。
それに千畝はニコリと微笑み、返事をする。
「行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃい」
何かを察した幸子夫人も微笑み返し、それを見届けた千畝は夫人の助けを借りてスーツに手早く着替え、外に出ると押し寄せた難民達を前に言い放った。
「さあ、皆さん、領事館へ! 今からビザの発行を行います!」
その言葉に集まっていた難民達は歓喜の笑みを浮かべ、千畝と共に領事館へ向かった。
後のインタビューで杉原千畝はこう発言している。
『私は特別な事はしていない。猶太人難民保護法と言う陛下と臣民の意志、そして、人道に従ったのみ』と。
10月11日 横浜港沖合い 朝顔艦橋
「うぅ…なんでこんな堅苦しい服装しなきゃなんないの?」
「はぁ…あのな、今日は観艦式だぞ? しかも、日本のカイザーが出席されるのだぞ? キッチリせんといかんのだ、キッチリと」
胸の為か、堅苦しそうに気だるい声をあげるレナータにエーディットは溜め息混じりで説教をする。
そして、松島宮や滝崎、運用長以下朝顔の乗組員全員が本日の『紀元2600年特別観艦式』の為に正装であった。
「そもそもだ、お前はいいとして、私は戦争当事国の人間だ。しかも、本来、外国人不参加だったのを特例を認めてもらってる訳で…」
「はいはい、わかってるわよ、それくらい。ただ、堅苦しくて窮屈に感じるだけよ」
「……ボソッ(それはお前の胸が原因では?)」
「ん? 何か言った?」
「い、いいや」
「はいはい、そこら辺でやめてくれ。末席とは言え、観閲側なんだからさ」
苦笑いを浮かべながら、滝崎が説教の終わり告げる。
「よし、では、運用長、一世一代の晴れ舞台だ。頼むぞ」
「はい、お任せ下さい」
松島宮の言葉にニコリと微笑みながら運用長は敬礼をしながら応えた。
『史実』通り行われた『紀元2600年特別観艦式』。
※違うところは受閲側に加賀、土佐、天城の3隻、観閲側に朝顔が居る事、そして、『本来なら』機密面等々から外国からの艦艇・人員の参加がなかったのだが、『特例』として、同盟国イギリスから巡洋艦エクセター、アメリカからは巡洋艦ヒューストン、イタリアから巡洋艦トレント、中華民国より巡洋艦平海(ピンハイ)、タイ王国から海防戦艦スリ・アユタヤ、オランダ王国(亡命政府)より、デ・ロイテルらが参加、人員も駐在外交官や駐在武官が各1人づつ参加(ドイツはエーディットのみ。レナータは別枠。ソ連は不参加)と、極力抑えた形となった。
史実と違い、支那事変や仏印進駐が行われていない、かつ少しでも友好関係の向上の為、こうして外国人の受け入れを実施した中での観艦式はトラブルもなく無事に行われた。
その夜 朝顔艦内
「う~え~…飲まされ過ぎた…」
観艦式お疲れ様&松島宮・滝崎(+レナータ)の人事異動に伴うお別れ会で松島宮を守る為に運用長達に揉まれた滝崎は何とか自室に戻っていた。
「お疲れ様~、飲まされ過ぎね~」
滝崎が帰ってきた事に気付いたレナータが変わらない調子で言った。
「まあ、仕方ないよ…朝顔は…まだ戻ってないか」
「あぁ、朝顔なら、姉妹達と会ってくるって」
「なるほど…まあ、いっか。用事がある訳でもないし」
そう言って滝崎は寝床の準備を始める。
「それにしても、いま思ったら、滝崎の部屋って何も無いわね」
「うん、まあ、いつ人事異動で異動するかわからないし、出来る限り物は増やさない様にしてたからね」
「その結果が、急な異動なのに、直ぐ荷物整理が出来た理由と」
「まあ、そう言えるかと問われると、言えるな」
……まあ、この人事異動も冬戦争派遣前から言われていたのだが。
そうこうして準備を終え、就寝となるのだが…。
「……なあ、レナータ」
「んん、なに~?」
「なんで当たり前の様に寝床に潜り込んでるの?」
何故かハンモックに潜り込んでくるレナータ。
「明日の掃除の手間省き」
「君も正直に言ったね」
そう言いつつ、酔いの回りもあって滝崎はそのまま寝る事にする。
故に直ぐに寝てしまったのだが、いつの間にかレナータに抱き枕の様に抱き締められ、胸の感触を感じつつ、普段より熟睡出来たのは別の話である。
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