まあ、人によってはこの処遇に賛否があるでしょうね…。
昭和16(1941)年1月16日 トラック諸島
この日、『演習場 立ち入り禁止』の札の向こうの砂浜では『上陸戦訓練』が行われていた。
鉄帽に錨のマークの海軍陸戦隊が上陸用舟艇で上陸しようとしている。
だが、上陸用舟艇が砂浜にビーチングした瞬間、砂浜向こうの密林の擬装した防御陣地から機関銃の弾幕射撃(空砲)が開始され、陸戦隊員は散開したり、上陸用舟艇などの遮蔽物に隠れ、射撃をやり過ごす。
無論、ただ銃弾をやり過ごしていても仕方ないので、陸戦隊側も応射(空砲)するが、機関銃の射撃が余りに途切れず、更に複数ある陣地が互いに支援出来る様に作られた擬装陣地がその応射を無にしている。
そして、そうこうしている内に防御陣地後方から迫撃砲と思われる砲撃(陣地から投げられた演習弾)により、更に陸戦隊側は逼迫していく。
そんな攻めあぐねていた時、一番端の擬装陣地で白煙が上がる。
この白煙は手榴弾を投げられた事を意味し、これをきっかけに次々と擬装陣地からの射撃が止み、白煙が上がる。
これを機会にと陸戦隊は防御陣地突破の為に突撃を開始した。
その頃 上陸戦用演習場沿岸
「ふむ、やはり、上陸作戦は難しいか」
「まあ、でも、今回は上手くいってる方だ。本来なら、あそこには迫撃砲の他に隠蔽された火砲もあるからな」
砂浜から少し離れた場所に浮かぶ数隻の大型ボートの様な高速魚雷艇から先程までの上陸戦演習を見ていたエーディットと松島宮が互いにメモをとりながら話している。
もちろん、同じ魚雷艇には滝崎とレナータも乗っている。
ただ、レナータは松島宮とエーディットの会話に加わるよりも、自らも乗っている魚雷艇に興味津々らしく、目を輝かせて操作している乗組員達と話している。
「噂には聞いていたが、なかなか変わった光景ですな」
「あはは…なんとも…」
苦笑いを浮かべながら滝崎は今回の演習の企画者であり、大田実大佐に並ぶ海軍陸戦隊の要である安田義達(やすだよしたつ)大佐と話していた。
「そう言えば、あのドイツ人士官は空母の方に付きっきりではなかったのかね?」
「その空母の改装が終了し、余裕が出来た為に『納品したMG34に問題がないか見に行ってくれ』と言われたそうで…大戦とゾルゲ事件の煽りでドイツ側も人選にかなり気を使ってる為、こうして動ける人間に『仕事』が回ってくる…と本人がボソッと言っておりました」
「いやはや…それは、中々大変だな」
それを聞いた安田大佐は何とも言えない表情で同情する。
「それにしとも、我が海軍もこんな魚雷艇を開発していたんだな。まあ、それも君の助言があっての事だろうがね」
「あはは…将来的な事もありますので」
安田大佐の言葉に苦笑いを浮かべて肯定する滝崎。
いま、こうして滝崎達が乗るこの魚雷艇は安田大佐が言った様に滝崎が『将来的に必要になり、需要もある』との提言もあり(別に海軍も興味がなかった訳ではない)開発・建造された最新型の『雷洋型魚雷艇』である。
大型魚雷艇『雷洋型魚雷艇』データ
基準排水量 85t
満載排水量 102t
全長 33.5m
全幅 6.4m
最大速度 36ノット
航続距離 30ノットで300海里
機関 ガソリンエンジン
兵装
40㎜機銃×1(船体前部)
25㎜機銃×1(船体後部)
12.7㎜連装機銃×1(船体中央部右舷側 全周回ターレット)
53㎝魚雷発射管×2(魚雷4本)又は爆雷10発程度
ドイツのSボート、アメリカのPTボート、イタリアのMAS魚雷艇、イギリスのフェアマイルD型艇と言った各国魚雷艇を参考に開発された物で、一番の問題であったエンジン選定により、一時は開発中止の意見まで出たものの、イギリスやドイツの技術提供やユダヤ人技術者の参入により完成した初期建造艇8隻がトラック諸島で『運用試験中』であった。
「さて、殿下。陸(おか)に上がり、陸戦隊や陸さんの方を見に行きましょう」
「あぁ、そうだな」
安田大佐の言葉に雷洋一号艇は砂浜に船体を寄せる。
暫くして
「どうぞ、殿下。足下にお気を付け下さい」
「本間中将、少し気を遣い過ぎです」
台湾軍司令官の本間雅晴(ほんままさはる)中将の『気の遣い過ぎ』な案内の下、松島宮達は先程の上陸戦演習に参加していた陸軍部隊の集結地を回る。
なお、エーディットはMG34の件で担当部隊の方に向かい、レナータはそれに付いて言っており、この場にはいない。
「これは失礼を。秩父宮殿下も翻弄な方でありましたので…殿下もお心当たりがあるかと」
「あはは、これは一本取られました」
そんな楽しげな会話を交わしつつ、集結地の一角に向かう。
その一角に『南方方面戦技研究教導隊』の立て札があった。
「これが台湾軍の隠し球、『南方方面戦技研究教導隊』こと『高砂義勇隊』か」
「はい、滝崎君から高砂族の話を聞いてさっそく編成致しました。戦技も士気も非常に高く、先程の陸戦隊を阻んでいた擬装陣地を奇襲したのは『事前潜伏』していた彼らです」
史実でも編成された『高砂義勇隊』であるが、史実との一番の違いは、当初は日本人警察官が率いる『軍属』待遇の後方支援を中心とする非戦闘部隊であったのに対し、此方の世界では最初から戦闘部隊として編成されており、色んな意味で存在を隠す為に『南方方面戦技研究教導隊』と称してる事だ。
故に史実でこの実態に近いのは大戦後期に制定された別枠の『台湾特別志願兵』である。
(故に色々と混同されている)
「気をーつけ!!」
その一角に入った直後、本間中将と松島宮の姿を見た為か、今まで整備や談笑をしていた兵士達が隊長の号令に前後して、その場で立ち上がり直立不動となる。
「休め。作業を続けよ」
「はい。総員、作業に戻れ」
隊長らしい2人の士官の敬礼に返礼で応えつつ、本間中将が作業に戻る様に言うと、隊長らは兵士達に作業に戻る様に指示を出す。
そして、隊長ら2名と本間中将、松島宮と滝崎は『指揮所』と札がある小屋に入る。
「殿下、ここで彼らを率いる安藤輝三(あんどうてるぞう)少尉と野中四郎(のなかしろう)少尉です」
本間中将の紹介に松島宮と滝崎は驚く。
何故なら、松島宮は事後報告で、滝崎はそれに加えて『歴史』でこの2人か何者かを知っているからだ。
「閣下、我ら2人よりも、どうぞ兵達の方を殿下に見て頂きたい」
「彼らの戦技は直接一見して頂くに値いする物。我ら2人は殿下の前に…」
『自分達より兵を』と言う両少尉の言葉を遮ったのは松島宮が突き出した『止めろ』と言わんばかりの右手だった。
「皇族宮家の立場故に両名の成り行きは解っている。だが、遠巻きながら、彼らの技量もさることながら、しっかりとした統制指揮の下に動いているのは指揮する両名の技量と普段からの努力、更に彼らからの信頼が見せるもの。指揮官を見ずに兵だけを見ても意味はない。イザとなれば、物を言うのは現場指揮官と兵士達の信頼である…フィンランドの地で改めて感じた事だが、違うかな?」
『冬戦争の英雄』『皇族若艦長』で名を馳せてしまったが故の言葉に両名は頭を下げて押し黙る。
「…事の前であったが故に未遂に終わり、公正公平な裁きが下った後、腐らずにこうして職務を忠実にこなしている者を評価しなければ誰も立ち直れない。更に今は激動の時代、いつ何がおきるか解らぬ。故に『人』が居なければ我が皇国を護れん…心中色々あると思うが、自ら卑下せずに邁進してほしい。それが故の判決と処遇であり……陛下の聖心(みこころ)でもある、と思ってほしい」
その言葉を両名は押し黙りながら聞いていた。
「こほん…両少尉方、部隊の案内をお願い出来ますか? 貴方方が信頼する兵士達を見せて頂きたい。我々はその為に来ていますので」
わざとらしく咳をすると、滝崎は空気を変える為に言った。
「…失礼しました。足止めして、申し訳ありません」
「では、殿下、閣下、此方へ」
そう言うと両名は松島宮達を案内しはじめた。
その日の夕方 夏島 海軍司令部 連絡官室
「…まさかの出来事だったな」
「ん、まあね…巡り巡ってこうなるとは思わなかった」
今日の演習について報告書を書いている途中、松島宮の言葉に滝崎が応える。
「史実であれば『226事件』の処分で死亡していたのだったな?」
「あぁ、安藤大尉は刑死。野中大尉は自決だ。それが裁判で2階級降格の上に左遷だからね…事から見たら、充分恩情のある、判決だよ」
「…お前も嘆願したそうだからな。『彼らのしようとした事は解っています。ですが、どうか、どうか、彼らの中にも、その行動に疑問を持ち悩んだ者、その様な思想は持たずも見捨てられずに同行した者など、考慮出来る者達に慈悲をお願いいたします。センチメンタルの勝手なお願いとは思いますが…精査した結果は受けいれますが、どうか、それらを含めて、慈悲ある考慮・判断をお願いします』とな」
「…ちなみに誰から聞いたの?」
「永田閣下、石原閣下、前田閣下…あの時点の陸軍幹部からは『そう嘆願した』と聞いたぞ」
「……やめて、自分のセンチメンタルさを掘り返されてるみたいだから」
「まあ、お前らしい建言だと思うぞ? お前は何処か冷たく、何処か甘いからな」
「……あー、止め止め! さっさと報告書いて、飯食って、寝るぞ! うん!」
「(やれやれ…まあ、いいか)そうだな、私も少し疲れた」
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