8月4日 帝都 海軍軍令部 軍令部総長室
「まったく…歴史は変わっているのに、君の言った通りにやったな、アメリカは」
呆れとも何とも言えない様子で苦笑しながら昨日付けで軍令部総長に就任した山本五十六大将が言った。
「まったくだ。まあ、禁油と条約破棄を聞いた近衛首相が白目剥いて、泡を吹きながら倒れたのが、今のところの予想外の被害だな」
同席していた堀長官が言った。
故に2日の朝刊には『近衛内閣総辞職』の文字が踊っていた。
「史実であれば、7月23日は南部仏印へ進駐した日です。アメリカの動きは概ね一緒です…ABCD包囲網など、諸外国の動きは別ですが」
緊急召集を受けて松島宮と共にトラック諸島から文字通り飛んで来た滝崎が言った。
「あぁ、そうだ。ドイツも、イタリアも、イギリスも、両フランスも、『日本はソ連を警戒してるだろうが、侵攻の意思なんてないだろう』と揃って言い、更にフィンランドや満州国、中華民国まで抗議声明を出す程だったからな」
そう、現在最大の違いは当事国以外の諸外国の反応だった。
ドイツやイタリアの反応は当然だが、イギリスや両フランス、中華民国すらも『日本を支持する』様なコメントを出している。
史実であればABCD包囲網を形成している筈が、それ以前の問題で、逆包囲網が出来てしまう程だ。
「それに、今度の動きは大使館にも伝えられていない様だ。23日から昨日までアメリカ大使館に足を運んだが、初日なんか大使館内も大混乱だったし、グルー大使も『寝耳に水だ!』と言って目が死んだ魚の様だった。そんな様子だったから、流石に退散したよ。その後、様子を見に何度か訪れたが、グルー大使はすっかり憔悴していたよ。『本国に何度も説明しても、取り合ってくれない』とな」
「でしょうね…アメリカ政府はともかく、ルーズベルト大統領は開戦の意思を固めているでしょう。駐日大使の説明なんて、取り合う気はないでしょう」
「ふむ、となると、アメリカの動きが一緒なら、このまま外交交渉をし続けても意味はなく、ハル・ノート(仮)を出され、受けて立つ形で開戦、か」
山本総長の言葉に滝崎が補足し、松島宮は顎に手をあて、憮然とした表情ながら、頷きつつこの後の流れを言う。
「さて、そうなると、今後の事を話さねばなるまい。まず、倒れた近衛首相の代わりとして、永田大将が首班指名により、総理大臣となる予定だ。まあ、これは確定だがね」
堀長官が『予定通り』の事を言った。
「では、陸軍大臣兼務で…」
「いや、陸軍大臣は東條さんが就く。自ら永田さんに談判し、それを永田さんが承認した」
滝崎の予想を山本総長が打ち消した。
「東條大将が?」
「あぁ、曰く『首相と陸相、二足の草鞋となりますと、どうしても一方の注意が逸れます。そうなれば、古巣の中で隙を見て悪さをする者も居るでしょう。戦場の戦略・戦術は石原(莞爾)に任せ、閣下は国家戦略と政務に専念下さい。陸軍省の方は私が責任を持って預かります』と言ってな」
「……なるほど、東條閣下が……いえ、私からは何もありません」
松島宮の驚きに堀長官が答え、滝崎は何かを悟ったのか、納得した様に頷いた。
「まあ、君ならそう言うだろう。なお、参謀総長は前田侯爵閣下、次長は石原さんだ。陸軍の面子はこれで固まる。心配はないだろう」
「そうですね。海軍の方は?」
「海軍大臣は米内さん、次官は井上(成美)くんが就任する。まあ、こちらも大丈夫だ」
「もちろん、開戦に向けて固めてはいるが、君も殿下も、そして、我々としても出来れば戦争は避けたい。最後の最後まで外交交渉による打開を目指し、努力するつもりだ」
「史実と違い、諸外国が我が国を支持しているから、と?」
松島宮の問いに堀長官と山本総長が頷く。
「本来のアメリカなら、外交関係や世論を気にする。特に今回の様に諸外国の反応と共にアメリカ世論も動揺している状態なら、下手な事はしない…筈なんだがな」
滝崎の話を聞いている為、山本総長も苦い顔で歯切れの悪い答えになっている。
「とにもかくにも、近日中に新たな人事が発令される。これが連合艦隊の開戦準備となるだろう。あわせて戦時戦力整備計画も開始される。そして、2人も今の仮初め職務から『正式』な職務に移行する…わかっているだろうが、しっかり頼む」
「もちろんです。我が皇国と臣民を守るは皇族の務め。粉骨砕身、職務に邁進致します」
「ここまで掻き回したんです。悲劇を避ける為、より良き未来の為、身命を賭けます」
堀長官の言葉に2人は所信を示しながら敬礼し、堀長官と山本総長も返礼する。
「…ところで、レナータとエーディットはどうしますか? いくら研修中とは言え、本来なら彼女達は部外者。本国に戻す事も考えると、今から大使館を通じて打診すべきかと思いますが…?」
「そうだな……だが、どうだろう…研修であるが故に、ドイツもイタリアも実戦下の見聞は涎ものだ。居残れ、と言うかもしれん…まあ、打診はしてみよう」
滝崎の問いに山本総長が答える。
「あぁ、それと、君の要望の件だが…」
「…た~き~ざ~き~、『要望』とは何の事だ? 私は何も聞いておらんぞ~? ん~?」
「ちょっ! ギ、ギ、ギブ、ギブ~~…」
堀長官の言葉に何も知らない松島宮が滝崎を柔道技で絞める。
それを堀長官と山本総長は苦笑い。
「実は防空航空隊の創立を上申されましてね。ミッドウェー海戦の事もありますので、少し試してみようかと」
「あぁ、なるほど…だから、滝崎、そう言った話は早めにしろ、と言ってるだろう?」
「ゲホッ、ゲホッ…いや、ごめん、ちょっとあってね…どこまで進んでます?」
「既に錬成も完了している。近日には配置が出来るだろう」
「わかりました。引き続き、お願いします」
「では、2人共、決まり次第通知するから…準備は怠るなよ?」
「「はい!」」
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