次号、最後通告。
10月8日 トラック諸島 戦艦加賀艦内食堂
「おはようございます…何をしてるんです?」
朝食を食べに食堂にやって来た滝崎は新聞を拡げ、難しい顔をしているエーディットと神中佐を見付けて声をかける。
「あぁ、おはよう、滝崎」
「あだっごあした(おはようございます)、滝崎大佐。これもす」
「…あぁ、なるほど」
差し出された新聞記事を見て納得する。
それはタイフーン作戦(モスクワ攻略作戦)を含めたロシア侵攻のドイツ苦戦を報じるものだった。
「うーむ、レニングラードを含めた重要都市陥落でモスクワも落ちると考えていたが…なぜ、こうも苦戦する?」
「侵攻開始から3ヶ月も経てば、ソ連側も態勢を立て直すし、ソ連兵自身も慣れてくるだろうからな。後は国土が広すぎる」
エーディットの呟きに滝崎は答える。
無論、他に理由を上げれば更に出てくるが。
「そいで、滝崎君。どげん事になるとかごんま(思います)?」
「こればかりは何とも…ただ、近場に居たことのある人間としては、そろそろ冬支度をした方がいいと思うけどね」
神中佐の問いにも滝崎は『答えられる部分』だけ答える。
「……そうか、お前は確か冬戦争に参加していたのだったな……すまん、ちょっと、通信室を借りるぞ」
「まあ、迷惑にならない程度なら、どうぞ」
滝崎の返事にエーディットは手近にあった自分のカップの珈琲を一気飲みすると、通信室の方に向かっていった。
暫くして 長官公室
「で、だ…正直、お前はどう思うのだ?」
朝食を終え、『執務中』の札がドアに掲げられた室内で松島宮が神中佐の持っていた新聞記事を見せながら訊いてくる。
「まず第一に、これは2000年代になって解ったことなんだが、今年のソ連の冬は異常気象で例年より早く到来する」
「そんた(それは)本当でもすか?」
「はい。この時点でヒトラーはかつてのナポレオンのロシア遠征と同じ轍を踏む事になりました」
「なら、今のドイツ軍に冬装備は皆無、か」
「いや、流石のヒトラーとドイツ参謀本部もナポレオンの二の舞は避けたいから、冬季装備の準備はしていたんだ…ただ、さっき言った通り、『例年より早い冬将軍の到来』と『延びた補給線と貧弱なロシアの交通網』が結果的にナポレオンの二の舞になってしまったんだ」
「がらんつ(なるほど)…となりますと、かごいま(そのまま)では『歴史通り』と?」
「いえ、それがそうとも言えない訳で…松島宮、冬戦争でレニングラードが陥落しなかった話をしたよね?」
「あぁ、冬将軍で凍った氷上を利用した補給線の話で言っていたな。まあ、残念ながら、そうなる前にレニングラードはドイツの手に落ちたがな」
「それは僕も想定外だったから。まさか、冬戦争での空襲とフィンランドの勝利がここまで影響するとはね」
「まあ、のんかた(仕方ない)もす。ドイツ側もソ連をだまかして(騙して)いたもすからな」
滝崎の言葉に頷きながら神中佐が言った。
前号でレニングラード陥落の理由の一端をかいたが、もちろん、それだけではない。
史実と違い、レニングラードがこれ程早期に陥落したのは『ドイツの謀略』と『疑心暗鬼故に騙されたソ連』と言う面もある。
実はレニングラード周辺の防衛戦力の半数が『フィンランド国境線に集中していた』事により、この戦力が『遊兵化』していた。
何故かと言うと、要衝レニングラード攻略の為にドイツは『フィンランドへ頻繁に外交接触を行っている』と言うのが『露骨に』ソ連側へ流れていた。
これは冬戦争がフィンランド勝利に終わり、ソ連側へ国境線が入り込む形になり、レニングラードへの距離が縮まっていた。
これをドイツは利用し、『戦力の分散化』を狙い、フィンランドへ『侵攻の協力』を打診していた。
もちろん、冬戦争の勝利もあり、中立を固持したいフィンランドはこれを拒否していた。
これを拒否していた。
だが、これはドイツ側も『想定済み』であり、最初の拒否でドイツ側は『フィンランド経由からの侵攻』を諦めていたし、そもそも首を縦にふる事自体を最初から期待していなかった。
だが、その後、フィンランドへの兵器売買交渉の都度にそれとなく形だけの『打診』はしていた。
この『打診』を掴んでいた(わざと掴まされていた)ソ連側は疑心暗鬼にかられ、ドイツの侵攻開始後にレニングラードは『ソ連・フィンランド国境』を固め、ドイツがレニングラードへ迫る中でもこの戦力を動かさなかった。(と言うより、『動かせなかった』)
結果、その戦力がいたら、更に時間が稼げたであろう『国境防衛戦力』はそれが謀略だと気付いた時には正に色んな意味で『手遅れ』だったのであった。
(なお、その国境防衛戦力の大半はドイツ側に武装解除されたが、一部はこの期に乗じて、フィンランドへ『亡命』していたりする)
「知っての通り、レニングラードはフィンランド湾を含めたソ連側のバルト海への重要港湾拠点だった。故に港湾機能が生きてる以上、『内海化』が完成したら、海上補給路が出来る…史実と違って、レニングラードを起点に東へ物資を送れるし、船の輸送量は膨大だ…補給事情が改善される可能性がある以上、『歴史通り』とはいかない」
「ふむ、なるほどな……なあ、滝崎、お前が前に言い出したコンテナ…金属貨物箱をドイツが採用したら…」
「…………あっ…うわっ…もしかしたら、やっちまったかも…」
「……まあ、あくまで可能性の話もすから」
……微妙な空気になったので、この話はここで終わった。
昼頃 トラック諸島上空
『ねえねえ、マサロウ。エーディットと仲良くなった?』
「どうしたんだよ、藪から棒に?」
自分専用&特別仕様の零式水上観測機の『試運転』にレナータから誘われて同乗していた滝崎は伝声管でやり取りをしていた。
『なんか、午前中に『トクマサとマサロウが冬戦争に従軍してた時の話を聞いたか?』って訊かれたから…まあ、知ってる範囲で答えたけど』
「あぁ、そろそろ冬支度が必要、って言っただけだよ。いま、ドイツはソ連攻めてるし」
『なるほどね~…仕事熱心はいいけど、少しは肩の力を抜けばいいのに』
「君は反対に抜き過ぎじゃあないか? まあ、君もなかなか神中佐とは話してる、とはよく聞くが』
『あー、ほら、カミ中佐の実家、ワイナリーでしょう? 日本のお酒ってどんなのかな~、と思って…今度、何本か実家とかに送ろうと思ってたし』
「ワインと焼酎は違うからな…まあ、酒の趣向は人それぞれだし」
そこで納得する事にする滝崎。
『じゃあ、そんなマサロウにエーディットの身の上話(一部)いっちゃいまーす』
「…急だな。で、何よ?」
『エーディットの実家がユンカーなのは知ってるよね? お父さんが?』
「あぁ、だから、ドイツの航空業界に知り合いがいるんだろう?」
『そうそう。では、お母さんは?』
「…あー、いや、確かにそれは知らないな。経歴書には書いてたかも知れないけど」
『多分、公式の経歴書には書いてないかもね…あっ、違うわ、今のドイツだと『書けない』方ね』
「…おいおい、推理小説みたいな言い方だな」
『まあ、そう聞こえちゃうよね、で、本筋な話をすると、エーディットのお母さんは亡くなってるのよ』
「……いきなり重いな。ん、待て。亡くなってるのは解った。だが、『公式には書けない』とは?」
『亡くなってるのは書いてあると思うわ。問題はお母さんが『ユダヤ人』と言う事なの』
「……ナチス親衛隊だったよな?」
『えぇ、何の因果で海軍所属かは知らないけど…原隊はね』
「…人の世はよう解らん」
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