次号 再びドンパチ
12月19日 シンガポール イギリス海軍司令部
「それはどう言う事だ!?」
思わず相手に怒鳴るアメリカ海軍のロバート・リー・ゴームレー中将。
その相手であるイギリス海軍東洋艦隊司令官トーマス・フィリップス大将は静かに答えた。
「どう言う事だも何も…このシンガポールから先は太平洋、我々は太平洋での日本とアメリカの戦争には介入しない。あくまで『中立』が我が国の方針だからだ」
その言葉は静かだが、何処か冷淡な口調で返す。
「バカな…我が国は友好国ではないか?」
「ならば、日本とは『同盟国』なのだが…何か不満があるかね?」
ゴームレー中将の言葉に答えながら、フィリップス大将は表情こそ変わらないながらも、目は威圧するかの様にジロリとゴームレー中将と同行していた幕僚達を睨む。
これにゴームレー中将も怯んだ…自身は海軍作戦部次長、相手は軍令部次長と言う、ほぼ同等の地位にいたにも関わらず、大将の階級故か、その『凄味』に先程までの勢いが削がれる。
「我が国に対する貴国の支援には感謝している。だが、我々東洋艦隊が貴君らをエスコート出来るのはここまでだ。そこから先は『中立』から外れる」
謝意を示しながらも、明確に『ここまでだ』と言い切る。
「それにだ…我が東洋艦隊は数日程停泊し、その後、香港と上海を巡行する、と先に通知していた筈だが?」
ダメ出しとばかりに、予定の確認の様に東洋艦隊の動きを念押しする。
その態度は『変わる事はない』と暗示していた。
「やれやれ、同じ宮仕えとは言え、彼らは大変だな」
部屋の窓からスゴスゴと帰って行くゴームレー中将ら一行を見ながらフィリップス大将は呟いた。
彼が同情を向ける理由は『国家指導者がポカをやらかし、それを現場が処理しようとしている』からだ。
「表向きは『イギリス・アメリカの友好を示す為の親善航海』、本来は『フィリピン救援の予備措置』…こんな赤羅様な事を日本が気付かない訳が無いでしょう。それに対して日本が何も言わないだけでも、有り難い事を…『フィリピン近海までエスコートしてほしい』とは、図々しいにも程があります」
横に控えていた副官が不満有りげに言う。
東洋艦隊は戦艦プリンス・オブ・ウェールズ、巡洋戦艦レパルス、空母インドミダブルの3隻を中心とする艦隊がアメリカ戦艦ノースカロライナ、ワシントンと『友好を示す為』に『エスコート』して、先日シンガポールに到着した。
無論、この『親善航海』は『別経路からのフィリピンへの増援派遣』であるのは明らかであった…が、日本はイギリスも絡む為に沈黙していた。
そして、ゴームレー中将は『この先のエスコート』も要請し…先の様相となった。
「先日、太平洋艦隊本隊が撃滅された。日本によるフィリピン侵攻が行われている以上、本国から『早く到着しろ』とせっつかれているのだろう…だが、状況が悪過ぎる。貴官は日本の表敬艦隊の歓迎セレモニーの光景を知っているかね?」
「はい…と言ってもラジオの生放送を通してですが」
「なに、私も本国で生放送を聞いていた人間だから、人の事は言えんよ…で、どうだったかね、こちらの『セレモニー』は?」
フィリップス大将の問いに副官は苦笑いを浮かべる。
何故なら、その歓迎セレモニーの光景は余りにも差があったからだ。
なにせ、盛大に東洋艦隊を迎える在住イギリス人達共に出迎えたであろう在地アメリカ人の控え目な歓迎と肩身の狭さが岸壁から見える程に浮き彫りになっていたからだ。
セレモニー後の親善パーティーでイギリス極東軍(陸軍)アーサー・パーシバル中将らイギリス側関係者から聞いたのはその事実を肯定しつつも、少し違うと言う現状。
「現大統領の『一人芝居』でアメリカの評判はイギリス本国でも、ここシンガポールでもガタ落ちだ。特に投資家や資本家、銀行家、企業人からの評価は在地アメリカ人からも『最低』だからな」
フィリップス大将は溜め息を吐きながら話を続ける。
香港条約締結後の極東(東南アジア)方面の安定化は第二次大戦勃発によるヨーロッパの不安定化もあり、投資を含めた経済活動軸の移動を促した。
特に日本や満州帝国の国内開発活性化は投資や必要物品の需要増を招き、ヨーロッパで損失した利益を補おうとする経済人達の注目の的となっていた。
しかし、日米戦の開始により、不安定化と利益損失の可能性が出た為に国籍関係なく、投資家を含めた経済関係者からはルーズベルトは完全に嫌われていたし、アメリカ人は何処か白い目で見られていた。
「そんな大統領の失態の始末をつけなければならない、と」
「あぁ…だが、あの大統領も『自国の貢献』に驕った様だな。確かにレンドリースは有り難い…だが、『それだけ』だ。日本の貢献には敵わんよ」
つい先日まで、本国で戦況や外交の推移から戦略を考える立場に居ただけに、フィリップス大将は『日本の貢献』を充分に認識していた。
香港条約からの支那周辺の安定化、日英同盟復活による極東方面の後方地域化はフランスでの敗北とそれに伴うイギリス軍再編成に於いて、イギリスの負担軽減とリソース振り替えを行う余裕を生み出した。
また、日本による外交的牽制により、ドイツによるヨーロッパ方面での積極的な動きを抑え、更に日本仲介によるイタリアの中立化を成し遂げられた。
特にイタリア中立化は地中海以南での軍事的行動脅威の排除と地中海通商路の安全確立をもたらした事は大きかった。
これにより、エジプトでの大規模軍再編・再訓練が行われ、喜望峰を回らない航路によるショートカット化はイギリス本国での必要物品生産の増加を齎すなど、『アメリカと同等か、それ以上の貢献』を日本はしていた。
「まあ、イタリアに関しては我々ロイヤル・ネイビーも監視しているから、当分変な気はおこさんだろう。だが、『味方』で『友好国』ゆえにアメリカは面倒だ。現在の行動が我が国の不利益になっている事実はある…まあ、ここから先は我々が関知する事ではない。我々は『親善訪問』の事のみを考えれば良い」
そう、東洋艦隊のシンガポール〜香港・上海行きは『日本への親善訪問』の一環であり、アメリカ戦艦2隻のエスコートは何方かと言うと『序で』なのだ。
「『2年前の表敬訪問の返礼』とは上手い事を言ったものだ。まあ、礼を欠くわけにはいかんし、『これ』もあるからな」
そう呟いて懐から『手紙』を取り出す。
それはチャーチル首相から預かった『ファンレター』だった。
(やれやれ、これではあちら(アメリカ)の事をとやかく言えんな…にしても、『ラブレター』ではなく、『ファンレター』か…にしても歴史の皮肉かな? 国の危機に姫君が場所は違えど先頭に立つとは)
預かった際に『差出人』と『受取人』を聞いたフィリップス大将の表情にチャーチル首相は『ラブレターではないよ。何方かと言うとファンレター…かな?』と悪戯小僧の様な笑みを浮かべながら言っていた。
そして、その『受取人』の真実を聞いた瞬間、流石のフィリップス大将も内心では腰を抜かす程の驚きだった。
(だが、我が国の日本人気の一端は『プリンス』の活躍もある。若輩の王子が小勢で大敵を討つ…使い古された表現とは言え、これ程、インパクトの強いストーリーはない。しかも、実際にやってしまったからな。しかも、『2度』もだ)
ファシストより嫌いなアカの侵攻に対するフィンランドの抵抗とそれに伴うフィンランド湾海戦の勝利はイギリス国内でも大きく報じられ、『ソ連の目がなければ、アサガオの乗組員には勲章を授与したい程だった』と一般国民すら口にする程の『爽快』な出来事だった。
そして、フランスでの敗北から、バトル・オブ・ブリテンでの勝利まで、その影響も利用して国内の戦意を維持していたと言う側面もあった。
そして、その立役者は『再び』それを成し遂げてしまったのだ。
「今年のニューイヤーはジャパンで過ごす事になるやもしれんな。まあ、それも良かろう」
アドミラル・『プリンセス』への届け物もある為、訪日を密かに楽しみにしているフィリップス大将だった。
暫くして 台湾・フィリピン方面艦隊旗艦 長門
「『東洋艦隊の同行は拒否された』か。中々イギリスも嫌らしいな」
苦笑いを浮かべながら、古賀中将が言った。
実はシンガポールには東洋艦隊設立に伴い、東洋艦隊司令部に日本側との情報共有と連携を目的とした『連絡出張所』と担当スタッフ達が常駐していた。
故にゴームレー中将とフィリップス大将のやり取りも『筒抜け』だった。
「となりますと、敵は戦艦2隻のみ、と」
「あぁ…だが、油断は出来ん。2隻とは言え、新型の上に、曲がりなりにも、この長門型や加賀型に対抗出来る様に作られた物だ。下手をすれば、第四艦隊とは違う意味で苦戦するかもしれん。ウェークでの勝利に驕ると、とんでもない失態を犯す可能性もある。ここは『勝って兜の緖を絞めよ』の諺を胸に刻もう。アメリカとは、そう言う相手だ」
史実のミッドウェー海戦の結果を滝崎から聞いている古賀中将はそう言って、副官ら参謀・幕僚達に注意を促す。
無論、そんな事を犯すつもりはないが、何事も『やってみなければ結果は解らない』のである。
「フィリピンは南雲中将の第三艦隊に任せ、我々は敵戦艦2隻に集中する。よって、索敵の話だが…」
そう言って古賀中将は参謀・幕僚達と詰めの協議に入った。
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