頬にに綿毛のような感触。 ぼんやりとした視界の中、ミーナの漂わせている尻尾が綿雲のようにゆっくりと移動し、僕の鼻先をかすめ耳の横で具合良さそうに落ち着いた。
起こさないように気を使っているのか、厚紙が静かに擦れる音がし、薄目を開ける。
そっか、あのままミーナの部屋でコロッと寝てしまったんだっけ。
まだ僕には気付いていないようで、パラリとめくる紙に真剣なまなざしを落としている。
その紙が薄明かりに透け、反転した文字が僅かに見て取れるが、この世界の文字は未だ読めない部分が多い。
ふと枕元に目をやると現世で言う封筒の様な物が幾つか、キリのいい数で皮ひもで束ねられてあり、そうやって5束程が木製の箱の中に納まっていた。
寝起きの頭が少しずつ覚めてきて、変わりに昨日の事が浮かぶ。
そっか叔父さんと叔母さんが送り、届く筈だった物。
昨日のうちにミーナは受け取っていたんだろうな。
その内の1束を解いて、枕の上に広げてある手紙の表面には、一通一通に届けられなかった時に押される印鑑が打たれている。
また一通、取り出しては慎重に開封し ……ぼくは、邪魔をしない様にひっそりと、その横顔を見ていた。
今僕が声をかけるのは無粋な気がした。
途中からきっと読めないでいるのだろう、にじんだ瞳を時たま、静かにパジャマの袖で拭っていたから。
「!」
――僕に気付いてか、警戒心の強い小動物がするように、耳をピンと僕に向け振り返る。
「起きてたの!?」
オハヨーって無理に明るい調子を出そうとしてちょっとかすれる声に
「邪魔しちゃったかな」と遠慮がちに訊いた。
「ううん。 アッいけない。」
隠し事を知られたみたいに涙を慌てて払いながらミーナは取り繕う。
「大丈夫?」さすがに不安になってきて、上体を起こし背中をさすってあげたら
「ワタシね、ヒドい事してるのかなって思って」
と、そんな言葉をこぼす。
「ミーナが? そんなことないよ。 何でそう思うの?」
「これ見て……届かなかったのに、それなのにこんな手紙を書いててくれてたんだ。
こんなに想われてるのに、急に飛び出しちゃって。
叔父さんたちずっと、ず~っとね、心配してくれてたんだって」
自立するには早過ぎるし年齢でサーカス団に付いて行ったミーナ。
才能があったとはいえ、その選択は本人以上に、育ての叔父さんや叔母さんが心配するのは無理ないだろう。
しかも巡行に付いていく大きな理由が行方不明者の捜索だというのだから。
「頭では分かってたの。 でもね、今になってやっと、本当に気付けた気がするの。
ワタル、私って、わがままなのかな? お父さん、お母さんを追う事で、こんなに心配かけてる私って、間違ってるのかな……」
「ミーナの叔父さん達だって、きっとミーナの両親を見つけたいに決まってるよ。それを、ミーナに託したんじゃないかな?」
「そう……なのかな」
ミーナは耳を伏せる。
「手紙にもそういう情報とか、書いててくれてるんだよね?」
――じゃなきゃ、引き止める言葉しか選ばないだろうし。
「でも、今回会ってさ。 僕から見ても居て欲しいという気持ちは、痛いほど感じるよ。
あの……勝手なアドバイスしちゃってごめん。 だけどほら、今なら面と向かえるんだし、訊いてみればいいんじゃないかな?」
ミーナは僕の言葉に何度も頷いて、抱えた膝にうずめていた顔を上げ、僕を見た。
「うん、そうだよね。 叔父様に訊かないと分からない事なのに、ごめんね。 変なこと聞いて。
ホントは私、会う瞬間まで、怖かったの。 どんな顔して戻ればいいのか分かんなかった。
でもね、ここを飛び出した時と同じ、温かかくてほっとできたの。 嬉しかった」
僕はその言葉に相づちを打ち、枕元の手の甲に触れた。 カサリと近くに積まれている手紙の束が震える。
ふと静止していた手をミーナは引っこめ、立ち上がるといつも身に着けてるペンダントを首にかけた。
パジャマ姿にそのペンダントは不釣り合いに大人びた光を放つ。
「ありがと」
そのまま小走りに部屋から出ようとしたミーナは「あっ」と思い出したように戻ると
「これもだね」と恥ずかしそうに、香りを放つ小瓶をポケットに入れ再び駆けていくのを僕は見送った。
バタンと勢いよく閉まるドアと入れ替えに静けさが流れ込む。
僕に打ち明けるミーナはきっと、心のどこかで揺れていて、背中を押して欲しかったのだろうな。
たぶん、その返事次第でミーナのこれからは、大きく変わっていくんだ。
なんだろう、この気持ち……
僕は何を考えてるんだ。 僕が今、後を追ってどうするというのだ。
ミーナの人生に介入して、危険な目に合わせている事実は変えられないし、今後も続けるのならばそれは、意図せずとも付いて回るんだ。
僕もミーナも、ここで冷静に考えるべきだ。
今までの道中で非力さを思い知ったからこそ僕は思う。 ここに居て待っててくれれば僕らだけでも探してあげられる。 実際そのほうが安全なのだから。
考えたくないけど、既に両親が亡くなっているのならば、ミーナに何が残るというのか。 再び故郷へ戻れるのかも怪しいこの旅路に。
だからミーナが一寸でもここに居たいと気持ちが揺らぐのだったら、秤にかけるまでも無いじゃないか。
消極的な考え方だけど、ミーナが不幸になるのだけは避けるということを僕は、心に誓ったんだ。
薄日が差すこの部屋で硬くシーツを握り締めた。
左手にはまだ、ミーナの居た体温が静かにそこにあった。
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かちゃり。ドアが開く音。
「おかえり」と僕は言う。
「あのね……いつでも帰ってきなさいって」
きっと、その場で抱きしめて貰ったのだろう、思い出すようにギュッと腕を寄せ、自分自身を抱いている。
そして、まっすぐな瞳を僕に向けた、
「わたし、これからもワタルに付いていきたい! ワタルが嫌な顔してもだからねっ!」
「だから、よろしくねっ」
目を細め、晴れやかに手を差し伸べたミーナのその手首には早々にハイランダーの印であるファイヤードラドンの腕輪が付けられている。
言葉の代わりに、僕はその手を握り返した。
「だから一緒に支度しよっ。 もう今日出発するって言ってあるから!」
朝食も奮発してくれるって言ってたよ! と気を高ぶらせて弾むような声と共に、ミーナの開けたドアの外からは、
香ばしい、焼きたての朝食の香りが届いてきていた。
*******ミーナの故郷編 完*********