ミーナの件が済んだところで、再びリリスへと向かい、歩みを進める僕たち。
「あっ、あれ見て!町があるよ」ミーナの指差す、その旅路の途中に見えてきた場所は、町というか……大きな集落といった雰囲気の土地だ。
キキーマも、「はじめて寄る所だが、どうしようか」とちょっと考えた後、
「減った食料とかの補充も兼ねてだ、久々に宿をとろうか?」
と提案してくれてミーナと僕は喜んで賛成したのだった。
やったー! 久々にふかふかベッドで眠れるってね。
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そこの宿には空室が2人部屋だけで、それが2部屋空いているらしいから、とりあえずキキーマは今日から一泊分をとその2部屋をとるためフロントへ向かう。
「じゃあワタルと私で一室にして、キキーマが広々二人分でいいよ。」
手続きしていたキキーマと受付テーブルの間にヒョコっと耳を出したミーナが、なぜか部屋割りを率先しようとしていた。
「え、でもよぉミーナ。 一応女の子なんだし一人の方が良くねぇか?」
「キキーマったら今更じゃない。 三人でいつも野宿してるんだし、私なら別に平気だよ~
……って何よ一応って、キキーマったらもうっ!」
「オットそりゃ失礼! で、ワタルはどうしたい?」
「え、いやどっちでもい……
『あっ、そういえばワタルがね、キキーマの寝言がうるさかったって言ってた!』
「ええっ! そんな事言ってな……
「オットそれも失礼! そうだったんかワタル、水臭いなーもう。
そういうことはちゃんと言っとかないといい旅仲間になれないじゃんかよ~。
よし、分かった。 じゃあお言葉に甘えて二人分を使わせてもらいとするよ」
って、なんだか部屋割りをミーナにうまく誘導されて決まっちゃって、ミーナは顔には出していないけど、はみ出た感情がそうさせているのか尻尾をクルリと大きく躍らせていた。
だから僕は何だか余計な事を想像してしまって顔が熱くなってしまう。
「どうしたワタル?」
「えっ……とキキーマ僕、買い出し行って来るよっ」
と早口になりながら言って、はぐらかした。
「ん?そっか、ちょっと不安だなぁ ……でも頼もうかな。
俺はダルババに餌やったらすぐ戻っから、分からん事があったら戻ってこいな。」
「まぁ買いもんなんて慣れだしな」とキキーマがその場でサラサラとメモを書いて
「ホィ、よろしく」と、それを僕に渡す。
「じゃぁ、いってくるね」
早足で僕は宿を後にした。
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しばらくして、ちょっと浮かれてたミーナが我に返った様子で、
「あっ、ワタルってココ(幻界)に来て間もないんだよね?
キキーマ、心配だから私も行って来ていい?」
とキキーマに合意を求めた。
「ミーナ、体は大丈夫なのか? ほら、アレの間はあまり獣人族の方へは行かん様にするって聞くが」
「うん、ちょっと治まってきたし、大丈夫だよ」
「まぁ、念の為にも同種族がいる所は避けた方がいいからな。 危なそうだったら帰ってこいよ」
「うん、ありがとー」
言いながら駆けていくミーナをキキーマは見送ると「じゃぁ、そういう訳で2部屋頼む」と中断していた受付をとそこのご主人であろう老齢な獣人の主人に言った。
そう言ったキキーマの顔をジッと見ている宿のご主人が
「…あんたら旅の方かね、なぜこの地へ足を運んだんだ?」と怪訝そうな顔で訊ねてきて、
それは店としてどうかとも思う態度にキキーマは、ちょっとムッとしながらも何故そんな事訊くんだろうかという思考が先に立ってちょっと言葉に詰まってしまう。
「何処から」なら自然だ。或いはそれを聞いているのだろうか?
「まあ、訳あってガサラからね」
きっとぶっきらぼうな店主なんだろうと思いながら無難な返答をすると
「じゃあ知らずに来たんか。まずそのハイランダーの腕輪、ここでそんなモン着けてると逆に狙われるぞ」
と、そんな事を言われますます意味が分からなくなる。
「何でだじいさん。……ここの治安はどうなってるっていうんだよ」
「行き先があそこなら、お前さんたちも少しは耳に届いてるだろう、リリスの人種格差の事は。
少し前にあそこで反乱が起きたらしくてな、それから逃げる者や追い立てられた者で、行き場のなくなった獣人達がここへ集まってきてしまったんじゃよ…… ここは元々、ブランチも置く必要のない小さな村じゃったっていうのに、急な事で対応が追いつかないでおる。 じゃから今、外では何が起こるかわからん。 事情が事情だけにな」
「やばいっ、外は危険ってことか!」
「!――もしや連れのモンがいま、発情期なんじゃないだろうな」
先に言っておけばよかったかと主人は焦って言った。
「くそっ、そのまさかだ……いや、でもありがとうご主人、教えてくれてっ」
キキーマは礼を言うと急いで振り返り、外に出てあたりを見渡す。
出掛けてからそれ程経ってないとは言え、一つ角を曲がればもう見えなくなる。
それにここは丁度中心に位置している為、まずどちらの方向に向かったのか見当もつかなかった。
くそっ、獣人のように嗅覚がよければ辿れるのに。
「ワタルぅーー!ミーナぁーー!」
考えててもはじまらない。 早く二人を見付けなければ。
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トタタタタタ……
「ワタルー 待ってー」
ミーナの声に振り返ると駆けて来るのが見えた。
「ミーナ、出掛けて大丈夫なの?」
「うんっ、今は治まってるから平気! キキーマにも言ってあるし」
「そっか、じゃぁお言葉に甘えてミーナにも手伝ってもらっちゃおうかな」
僕はミーナと並んで歩きながらその町の中心を歩いていった。
「ここで宿がとれて安心しちゃったよ~、サーカスのとき以降の野宿は、正直なんだか疲れちゃったし」
並んで歩くミーナはしばらくして、そうため息混じりにこぼしていた。
「そうだよね、野宿ってやっぱ疲れちゃうよね。 僕なんか未だに馴れないから寝違えちゃうし」
「ううん、そんなんじゃないの。 普段なら野宿なんて、サーカスの巡行の時も似たようなものだったし、もう慣れっこなんだけどさ。 やっぱり、その……アレと重なっちゃったから」
ミーナが伏せがちな耳で言うのを見て僕は
「その、獣人さんのそれの事、僕もっと知っておきたいな。
本当の辛さは解らないかも知れないけどさ、どういう時に支えてあげられるかは考える事、できるし」
不意にミーナが困った顔を僕に向けているので、「ごめん、嫌だったら無理しなくていいよ」と僕は付け加えると
「ぅん、すごくうれしい。」と恥ずかしそうにうつむき、コホンと小さく咳をすると、話し始めた。
「何だかね、常にカラダの中で疼いているような変な欲求心でさ、なんって言うか気持ちが不安定になっちゃってるの。……ほら、昨日から私って喜怒哀楽がいつも以上に出てるし、でもそれが自分でも抑えられないんだ。 分かってはいるんだけど……」
「そっか、それでなんだね。 ミーナは気付いて無いと思うけどさ、昨晩は眠ってたら急に僕を抱き枕にしちゃうんだもん、ビックリしちゃったよ。 それに“にゃぅ~ん”とかって猫みたいな声を耳元で連呼されちゃって……」
「ええ~! そんなことしてたの私!? ゴメンねワタル」
「うん、でも大丈夫。 困った事って言ってもちょっと寝不足気味なだけだし」
(というか、あんな甘える様な鳴き声で擦り寄って抱き付いてきたら、ドキドキして眠れないって)
とは流石に恥ずかしくて言えないけどね。
「はぁ~。 ごめんね、私って迷惑ばっかりかけちゃってるな~。
……あの、ちょっと言いにくい事なんだけど、ネコって子とはそのっ……知り合いなの?」
「えっ……知り合いって言われても、ネコってあのネコだよ?」
ミーナが何故か不安そうに、いや、良くみればとても不快そうな顔で僕を覗き込んでいた。
「どうしたの?」
……あ! しばらくして気付いた、この世界に存在しない動物なんだと。
そしてミーナが「誰か」って勘違いしてる事にも理解が及んで、やっと怪訝そうなこの反応にも納得だ。
だって仮に「誰か」に該当するのであれば、僕はその発情期中の「誰か」の嬌声を近くで聞いてた事になるんだから疑われて当然だ!
「ゴメン!違うんだよ。 現世にいるんだ、そっくりさんが。
あっ、でも“そっくり”っていってもヒトじゃないし、こんなに小さくて、ウィジョンでいうとネジオオカミみたいな形でかわいい動物なんだよ」
……って説明するのがこんなにも難しいなんて思わなかった。 こんなのでちゃんと伝わったのだろうか?
「ネジオオカミみたいなのに可愛いの? 変ないきもの~」
ミーナは胸を撫で下ろして、なんだか嬉しそうに声を躍らせていた。
きっと可愛いっていうフレーズがくすぐったかったんだろうな。
僕も疑いが解けてホッとしたよ本当に……
「……ねぇワタル。 もうちょっとくっついて歩いてもいいよね?」
僕らはそう寄り添って、買い物も順調に済ませていったのだった。
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やっぱり小規模な町なんだろう。 さっきから見た目どれも同じ様な造りの木組みの建物で高くても二階建てだ。
すぐに解体、再建設が行えそうで、急ピッチで建てられたものなのかな? いや、もしかしたらモンゴルとかの移動遊牧に近いヒト達なのかも。
周りを見渡してると、もう一つ気付いた、ここって獣人さんばっかりだな~って事。
まぁ、会うヒトがたまたまそうだったのかもしれないけど、みんな体格良くっていまだに妙な緊張をしてしまう。
そんな態度は失礼だとは思っているんだけど中々直らないものだ。
ミーナみたいに背の低い獣人さんがいればいいのになんて思うのだけど、目立って小柄だというネ族さんは、ミーナの話の通り、本当に少ないらしくて今までで一度もすれ違わなかった。
そう思いながら、現在唯一のネ族のミーナを僕は見る。
……未《ま》だ発情期中だっていうのに本当に来ちゃっても大丈夫だったのかな?
と、そう思う反面とても助かっているんだけどね。
「……――でね、これが砥石《といし》として使う石の名前ね。 何処でも大体10テム位だよ。騙されないように覚えといてね」
といった具合に隣のミーナが丁寧に知識を補ってくれているから今もスムーズに買い物できているのだから。
僕は幻界に来た時から一応、この世界の読み書きも出来てはいるのだけれど、何と言うか、現世のイメージとのリンクが不完全なのか、読めるけど思い出せないみたいな変な感覚に陥る事がしょっちゅうあって困ってしまうんだ……。
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「よし、これで終わりっと。 どうしようかミーナ?一旦宿に戻ってまた少し見て歩こうか。」
買い物リストに全てチェックマークを付けた事を確認すると、僕はミーナに提案した。
現在目指してる「リリス」っていう所に近いからか、噂に聞くリリスの工芸品である煌びやかな装飾品店がここにも点在していて、ミーナもそんなお店の前を通過する度にウインドウにピタリと張り付いては頬を高揚させててかわいかったし。
「やったー! 行こう行こうっ」って喜んでるミーナのあどけなさが眩しい。
ルンルンと目を輝かせるその様子にやっぱり女の子なんだなって改めて僕は思っちゃった。
ってそうやってやり取りしてる間に元居た宿の前まで来た。
「ミーナ、荷物置いてくるだけだからここで待ってていいよ」
「うん、ゴメンね、荷物もたせちゃってて」
「いやいや、僕の仕事だったし、ミーナが着いて来てくれて良かったよ」
僕はそう言うと足早に室内へ荷物を置きに行き、(あっそうだキキーマに一言いっとかなきゃ)と思ってキキーマの部屋番号の所をノックした。
「……」 あれ? もう一回、コンコン!
「キキーマー?」
あれ? まだ戻ってないのかなぁ。
「あんた、水人の連れだったな?」
「あ、どうも宿主さん。 そうなんですけど……知りません?」
「ネ族の娘さんはどうした!」
「はい?」
帰ってきたのは自分の質問とは別の、変な問いだった。 その上、やけに緊迫した面持ちで。
「悪い事は言わん。 すぐ連れてくるんだ、早くっ!」
*****外で待つミーナ*********
「いい天気……」
買った荷物を抱えて入っていったワタルが戻ってくるのを入り口付近で待っていた私。
久々にワタルと二人っきりで歩いて「なんか、デートみたい」な~んて思って、にやけ顔が抑えられない自分が恥ずかしくなるけど、幸せ。
「……ワタル、まだかなー」
「ぅう~ん!」と大きく伸びをして空を仰ぐ。 いいきもち。
伸びをしたままでいると柔らかな風に揺れる自身の口ひげが日の光を反射してて、ちょっと眩しくて私は目を細めた。
(あれ?)
ふと向かいの屋根に人影がみえた。何してるんだろう?
……大工さんかなぁ? いや、そうは見えない身なりだし。
なんか、見張ってる様に見える。
……でも何を?
別に私を見ている訳ではなかった。 でも、なんでだろう。
視線ではなく、「意識」を注がれている様な感じがして、ゾクリとする。
そう思うと、神経はこちらへ、でも悟られない様に演じているかのように見えて仕方ない……
考えすぎ、かな?
でもなんか嫌な感じだし、やっぱ一旦入ろっと。
その方が安――ガバッ!!
『xxx!?』
思考が中断された。――遅れて口を塞がれているって事に気付く!
「っー! んーーー!」
力が強くて振りほどけない!
その時、首元の毛先がパラリと落ちるのを感じた。
「動くと、殺すぞ」
その手には――――刃物!
不安は的中した、屋根に居た男が降りて来ているのだ二人組みだったんだっ!
羽交い絞めにされている私は、足早に引きずられてゆく!
ワタル――――――
―――――声がっ ……届かない。
*************************
――――― どこかの家に連れてこられて、部屋に放り込まれた!
よろけて、踏み込もうとした足が空を掻いた時にはもう遅かった。
『!』――階段だっ!
一歩先が段差になっているのに全く気付かなかった私は派手に転がり落ちてゆく。
ここまで引きずられて来る途中でギッチリと後ろ手に縛られている為、慣性に従うがままに落ちるしかなく、無理やり開けさせられた口にも、ロープを口から後頭部へとぐるぐる巻きにされた状態なので、叫んでも全く声が外に漏れなくて苦しい。
『んむーーー!!』
十回ほどの痛みで、ようやく平坦な地面へ頬を擦り付け止まったその空間を確かめようと薄く目を開くと、自分が落ちた所の土ぼこりで視界が霞んでいた。
薄暗い。 苦しいっ……
「オイ! 大事に扱えよっ」
その声の方へ何とか身をよじると、トローンさんと同種か、虎顔の体格の良い男二人が、扉の前で外光を遮る様に立っている。
「久方ぶりの上物だからな。それにネ族ときた。」
この人達。 なに、言ってるの……
「こいつぁ 高値になりそうだ」
……血の気が引く
(――たすけてッ!!)
「ムぅーーーー!!」嫌だ嫌だ嫌だ!
上体を起こすと縛られた状態のまま階段を駆け上がり、何も考えられずにその逆光に向かって突っ込んでいた。
「オッ――っと、あぶねぇなぁ嬢ちゃん。 どこ行くつもりだぁコラァ!」
呆気なく胸ぐらを掴まれ突き落とされ、再び転がり落ちる。
もう、自分の無力さに、立ち上がれなかった。
誰か、 助けて……
*****そのころ、ワタルは******
まだ入口で待ってる筈《はず》だと、僕は慌てて外に出た。
いない!?
「ミーナー…… ミーナっ!」
何処へ行ったんだろうか……いや、勝手に行くはずないんだ!
だってミーナ自身も気を付けてたじゃないか
そんなはず無い、そんな筈は…頭の中で否定を呪文のように唱え続けながら呼ぶ。
カラン。その時靴に何かが当たった
えっ―――― 小瓶だ。
僕は血の気が引くのを感じた。 だってこれは今まで肌身離さずに持ってたもの、なんでここにあるんだ!?
ポケットから落ちた? いやそんな急な動きをする必要があったのか?
もっと冷静になれば良かった。 見渡せばそう、ここにはブランチも無い、騎士団の一人すらいないのだから。
きっと僕らが出かけたあの後に、キキーマは異常を感じて僕達を探しに行ったんだ。
なのに、僕は気付けなかった、ミーナを一人にさせてしまった…。
そんな自分は最低な奴だっ。
悔やむのは後にするしかない。 走って、走って あても無いけどとにかく探すんだ!
**************************
……どこへ行ったのか分からない。
どこへ行っても、そして、誰に聞いても。
ここでは小柄な事が逆に目立っていたミーナを、僕と一緒だった目撃以外、誰一人としてその後見た人がいないなんて、あまりにも不自然すぎる。
考えられる事は、もう、限られてしまい…… 走り続けたその足の速度が次第に落ちていった。
はぁ。はぁ……
最悪な状況しか浮かばないくなるともう駄目だった。
地面に目が落ち……立ち止まってしまう。
浮かれ過ぎてたあの10分前に戻って、正したいっ
「くそう!」 後悔するのは事が無事に済んでからってさっき決めたのにっ!
!?
落ちた視線の先 ……鞘《さや》に収まってる剣の宝玉の部分から淡い光の筋が伸びていた。
これは!――藁をもすがる思いで剣を抜いて玉《ぎょく》を覗くと、ただ淡く光っているだけで、これでは分からない。
思わず泣きそうになりながら鞘に戻そうとしたとき ……光の筋が戻る。
……まさか!
再び鞘から取り出すと、鞘に身に着けていた時の方角に玉《ぎょく》が来るように剣を動かすと分かった。
角度によって見えたり見えなくなっている、すなわちこれは方向をさしているんだと。
―――真実の鏡…… ミーナのペンダント!! 導いているんじゃないのかって、直感的にそう感じた。
きっと共鳴してるんだ! 協会の崩落後のあの時に似た光り方だもの!
そうであって欲しい、いやもう信じるしかなかった。
手遅れになんかさせないっ!! 僕は走る、光の導くままに。
******************************
土にまみれる階下のミーナを見おろし、
「諦めな、ここは地下だ。届かねぇよ、誰にもな」
そう嘲笑しながら続く二人目が後ろ手に扉を閉める。
「大人しくしてろ。 暴れなければ、危害は加えねぇからよ」
何が「危害を加えない」だ、売ろうとしているのに。
そう言いながら階段を下りてくる、近づいてくる。
『!』――しまった。小瓶がないっ!
さっき、引きずられた時にあの場所で落としてしまったんだ!
そのうえ、こんな密室では誤魔化しきれないんじゃないのか。
(だめっ!欲発させちゃう……近付いちゃ、だめッ!!)
どうか、発情の匂いが出てませんようにと、心で祈りながら後づさりする
角に詰め寄られ、相手を見たミーナは全身が逆立った…眼つきが変わっているのだ。
(いやだッ! 来ないで!)
腰が抜け、へたりこむミーナを食い入る様に睨みながら、男の一人は息がかかる距離まで近づくと、いきなり首元に鼻をうずめてきた。
「はぁ、はぁっ…こいつッ…!」
ガツッ――!
「っぐっ!」 喉元を掴まれ、そのまま後頭部を地面に押し付けられて、ミーナは小さく呻いた。
強引にズボンの中に手を突っ込まれジタバタするミーナを「あばれんなっ!」と押えつけて下着の中の、あてがっていた物を掴み取られていた。
「おい! こいつサカリだぞ!」
絶望的だった……。
サカリとは字の如くだが発情者の差別言葉として使われている。
ミーナはそんな単語に覚えは無いけど……知らなくても、もうこの状況からそういうことだって嫌でも分かってしまう。
「おいおい、まさかヤッちまうんじゃ無いだろうなぁ? 商品価値が下がっちまうぞ」
「どうでもいいだろ!……いや、さっさと売っちまえばバレやしねぇよ!」
お前も手伝え! と怒鳴るように呼びながら、首の襟元に手を掛けた。
(イヤ!イヤァ!) 首を横に振り、手も出せないから必死になって尻尾を自分の体に巻きつけていた。
そんな自己防衛の尻尾もむなしく、ギュッ!っと痛い位に握られ引き剥がすように放《ほう》られると、恐怖に硬直した尻尾が、ひきつりだしてひどい痛みが走った。
間を置かず、もう一人に体を押さえ込まれると、片方が胸倉《むなぐら》を掴み、服を脱がしにかかる
「ンンーー! ムゥーーーー!!」
弾けるような恐怖に、ミーナはがむしゃらに叫ぶその声は、ひたすら猿ぐつわのロープに遮られ、呼吸が苦しくなるばかりだ。
「はぁっ、はぁッ! ヤッてやるよっ、おまえもヤられて楽になりたいんだろっ!?」
肉欲を吐き出すような言葉を投げかけながら、胸元を左右に引っぱられる!
耐え切れなくなったボタンが千切れ飛び、コツンと暗い地面に消えてゆき、次にその中のゆったりしたシャツを引き千切ろうとするが、引っ張ってもちぎれず、すかさず太腿あたりに装備してるナイフを手馴れた様子で抜き出し、ミーナの胸の上にかざすと、間髪いれずに引き裂く!
ジジジジジ……胸の間の白い体毛を巻き込みパラパラと落ちながら、へその辺りまで裂かれた布を左右にはだけさせると、発情期の間に、少し成長を速めたその胸のふくらみが露にされてしまった。
息を荒げナイフを放ると、カツンと煌きながら暗い地面に消えてゆき、ひどく興奮した状態で、獣人は、その胸にかぶりつく様に掴みかかる。
「っーーーー!」(痛いッ!)
こらえる痛みの中、あの乾いた金属音だけは聞き逃さなかった。
(くぅっ!――耐えろっ、覚えろ私っ、今の音の距離! 位置っ!)
一人が胸の柔らかさを愉しみ終わったのか、交代でもう一人が弄《もてあそ》びはじめる。
(ううっいやだぁ……こ、わいっ) 涙が頬を伝う……
そうされてる内に、片方の男が、いきなり腹部を押さえつけてきた!
痛ッ――下腹部に爪がっ
(イヤだ! タスケテ ヤメテ!)
腰紐を引っ張られ、緩んだズボンに、爪を立てて引き下ろそうとし、
深く入れ込んでる爪は、一緒にパンツまでずり下げ始めていた、内腿に爪が引っかかり、ジンジンとした痛みがそこから広がる。
血が滲み、白い毛に紅い染みができていた。
「やっ嫌ッ! むぐっ! ぅぐ…」
無駄と分かってても、でも何とか抵抗したかった。
でもっ――だめだっ!
下手に抵抗してナイフで脅されるのは避けなければっ
気付かれてはおしまいだ。
ミーナは震えるシッポを、あの音のなった方へ這うように伸ばしはじめていた……
あとっ 少しっ……
カチャリ…… 尻尾の先に、冷たい金属の感触が届いていた。
*********************************
息を切らし扉の前。光は間違いなくここを指す。
作戦なんて無い、もうそんなこと言ってられない!
『うわぁぁぁ!!』
ただひたすら無事を祈りながら剣先を先頭に扉に突っ込むと、思ったより薄かったのか、それとも剣の力か、勢いよく扉が破れ、その先にある階段に気付かず、派手に転げ落ちた。
(いたた、一階のドアなのになんで……)
上も下も分からなくなってがむしゃらに立ち上がる。
落ちた先は薄暗く、扉から差し込む僅かな光のみだった。
(もしかして、地下?)
剣の玉《ぎょく》が指す光の先。 薄明かりの中、大柄な二人が見えた。
その地面に……
押さえ付けられているそれは、路上で事故にあった動物のように、ぐったりとしている、白いもの…
――違う。 信じたくない。
それに答えるように、破かれた服の間、土に汚れた胸元からミーナのペンダントである、真実の鏡が光を反射して現実を僕に突きつけていた……
(これはね、お守りなの)……そう愛おしそうにペンダントに触れていたミーナが脳裏をよぎってゆく。
ミーナだ…… なんてこと……
『んだテメェ!』
大柄な男達は驚いた猫の様な俊敏さで突然の侵入者に構え、その一人はミーナの身体をまるで物を扱うかように片腕で首を締め上げ無理やり立たせていた。
……いや自分の力で立っていない。
膝を折ったまま足の爪先が地面を擦り、 後ろ手に縛られた状態になって、うなだれている。
『消えろガキがぁ!コイツ共々ぶっ殺すぞ!!』
「……ミーナ、ミーナぁ!」
……僕の声を聞いて! 返事をして!
死なないで、どうか ……殺さないでっ。
構えた剣先が定まらず、カチカチと震えた。
ミーナの姿に泣きそうになっている自分が悔しい。
『!?』
……獣人の頭上から何かが覗いた。
乾いた地面の色になっていたが、確かに、ミーナの尻尾だった。
何かを伝えるように掲げたその先端には、光る物……
ナイフだ
まだ、ミーナはその抵抗の意思を示している!
『離せえぇぇ!』
僕は怒りにまかせて突っ込んでいた。
もう恐怖は感じなかった、頭に血が上っていたからかもしれない。
ミーナを締めている方の男は腰に納めていたナイフを抜き出し迎えうち、相方はいつも収めてある位置に手をやり、空を掴むと、一瞬顔を強張らせ、地面に目を落としていた。
ミーナの細い首に周っている男の腕に血管が浮き出る、本気で絞めにかかっているのだ。
「うぅ――ッ ぐっ かはっ」
既に空気を吸えていない口から八重歯が剥きだして、瞳から急激に生気が失われていく。
それでも、伸びきった脚に力を込め、これが最後の抵抗と、その細い尻尾に握られた物を振り下ろしていた。
その光の軌道は真っ直ぐ男の肩へと入っていき
『――ぐあっ!』
突然の背後からの痛みに男が吠える。
腕が緩み、ミーナが解放と共に崩れ落ちてゆく。
落ちながら、それでもようやく地に付いたその片足が地面をえぐるように踏み込んでいて、体を強く捻り込ませ、横回転を加える!
動きに連動した尻尾がしなやかに動き、男のナイフを引き抜くと、その勢いのままに逆側にいる二人目の肩めがけ思い切り突き立てていた。
何が起こったのか理解できず、苦痛にひるむ二人の、その視界の端で、モーションブラーがかかっているかの様にミーナが前のめりに倒れ込む姿が、僕の網膜に焼き付いていった。
「うぉおお!」
――剣の力が僕の握り込んでいる柄を伝わってきた瞬間、ナイフを突き出すその獣人の男の手元を弾いていて、僕はそのままその男の懐へと突っ込んでいった。
体制を崩し、重心がくるった大柄な獣人は、相当な体格差が在るはずの僕のタックルに、何かの体術のように弾き飛んでゆき、対角線側の壁に頭から突っ込み、薄暗い土煙を上げた。
『――ミーナッ!!』 僕はすかさず振り返る。
もう一人の獣人が負傷した肩を押さえつつ、ミーナのその生気の無い尻尾からナイフをひったくろうとしている所だった。
取り上げられたナイフの柄からボタリと尻尾が地面へと張り付く。
もう微動だにしないミーナ
いやだっ!
考えたくない、かんがえたくない――
僕は胸が苦しくなる、息の吸い方を忘れてしまってるかのように唇から息が漏れる。
声にならない叫びを発し、
最後の一人に、僕は突進した。
――――
意識が飛ぶ直前、地上への出入り口から聞き慣れた声がして、外界からの光が差した。