室内に仕切られた個室からの、水場の音で目が覚めた。
「うう~ん」
もう、朝を迎えたらしい。
薄いカーテンから漏れる日差しが眩しくて僕は目を細めながら窓際に目を移すと、珍しくまだイビキをかいて眠っているキキーマがいる。
久しぶりの長距離移動となってしまったから僕らは疲れが溜まっていたらしく、昨日は転がり込む様にそのまま個々のベッドで眠りについたんだった。
「……んぐぐっ。 お~ワタル起きてたか」
と間もなく目を覚ましたキキーマにおはようを言って僕は
「ごめんね、僕の勝手な提案で急がせちゃって」と付け加えた。
「な~に移動は慣れっこだよ。 ただちょっとな、寝床のサイズが合わなくてよぉ」
なかなか寝付けなかったんだと肩をコキコキ鳴らすキキーマがそう言うのも無理はない。
きっと大工のネ族さんが造ったのであろうこの空間は、キキーマにとってはけっこう窮屈そうだったからだ。
万人の来客を見込んでそれなりに余裕を持たせているにしても、ベッドも天井も心なしかコンパクトに感じるし、ここに入るときなんかも出入り口にいきなり頭をぶつけてキキーマは痛がってたっけ。
僕にしてみれば何だか落ち着くなぁと感じるけど、何でだろうと考えていたら、そういえば日本間を思い起こすからだって今気付いた。
だから、とりわけ今のキキーマは、日本間にはじめて宿泊した大柄な外国人といった表現がぴったりだ。
ガララララ……
「おふろ おさき~♪」
朝のアイサツ代わりにとルンルンと尻尾を揺らしながらミーナが浴室の戸を開けて出てきた。
ミーナが居ないと思ってたけど、さっきの目覚めの音は朝シャンしてた音だったのか。
「お次どうぞ~。 みんなも昨日入らずに寝てたでしょ、ちょっと匂うよ」
とホクホクした顔で頭のハネてる部分の毛並みを手ぐしで整えているミーナの体毛からは、ほんのりと湯気が立ち上っていた。
資源の乏しい所なんかでは溜め置きした常温の水なんてこともあるけど、ここは豊かなんだなってことがその様子で分かる。
「ここってお湯が使えるんだね」
「うんっそうだよ。 河だって近郊にあるし、見ての通り森林とかもの資源もいっぱいなの!」
ミーナはそう自慢気に言いながら自分用のバッグを取り出すと、いつも身に付けているペンダントを取り出し、今日もいつものように首に掛けはじめていた。
その仕草で衣服から覗くまだ湿っぽそうな首筋の体毛が、血色の良い地肌を覗かせていて、内心ドキッとしちゃってる僕……。
「お~いいねぇ、湯が出るのか。 じゃぁワタル、男同士背中流し合うか?」
「えっ、え~……っと」
とミーナに見惚れてて、返事が遅れてしまってる僕に、
「はははっ、言ってみただけだよ。 ここじゃ何でもかんでも窮屈そうだからな、無理無理」
と「ミーナが嫉妬しそうだからな」なんて言いたげにキキーマもこっそりとミーナを見ているから僕は、小恥ずかしくて顔を伏せてしまった。
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その後の予定はミーナが言っていた通り、とりあえずミーナの父方の親戚の家にあいさつも兼ねて訪ねることにしようということになり、さっそく宿を出ると、昨日とは見違える程に人々で賑わっていた。
行き交う雑踏と、軒を連ねる商店も色とりどりの農作物で華やいでいて、それを見た瞬間故郷をようやく実感しているのだろう、ミーナが「わぁっ~」と小さい歓声を上げているのを見て、僕も改めてここはネ族さんの町なんだってことも実感する。
アニメなんかでたまに、猫の集会的なシーンがあるけど、それを二足歩行にして、大規模化して、そこかしこで商売なんか始めたらこうなりましたみたいな、言葉で説明しちゃうとメルヘンチックな表現になってしまう位、周りを見渡す僕らの前にはネ族さん達で溢れている。
「じゃぁ案内するから付いて来てね」
と早速歩き出すミーナは案の定、すぐにその中に溶け込んでしまって、かろうじて、ひときわ白い色の体毛でしか判別できないのだから僕らは必死に目で追い、付いてゆくのが大変だ。
ミーナの立場だったらきっと、視覚の他にも頼りになる発達した嗅覚を駆使して、はぐれる事も無いんだろうけど、そこの違いをミーナは理解できていないのだろう。
人込みの中をスタスタと掻き分けて行ってしまい、遂に見失ってしまった。
「ありゃりゃ、お~いミーナぁどこだよ~」
とキキーマがきょろきょろしてる中「こっちこっち~」と、ぴょこんと尻尾を立ててミーナが合図していて、それを頼りにキキーマと僕は再びその白い影を追ってゆくのだった。
「ねぇ、そういえば僕って、アンカ族っていうのに分類されているんでしょう?」
人込みの中、ようやく追いついてミーナの横に並ぶと、僕は歩きながらふと尋ねた。
「うん?」それがどうしたのって感じのキョトンとした顔を僕に向けるミーナ。
「それじゃぁ、一般的にはネ族の人に良く思われていないんだよね?」
「えっ――そんなことっ!」
驚いた表情で僕の方へ向くミーナが、前方の行き交うヒトにぶつかりそうになってるのを、キキーマが慌てて手を伸ばして防いだが、それでもミーナは僕の目を唖然と捉えたままで足だけを動かしている。
「いきさつを教えてくれたよね。 北のアンカ族がどんな仕打ちをしているかをさ」
ミーナのその表情に圧されながらも僕は、言葉をすすめる。
そういう歴史がある事を教えてくれたミーナの言葉を思い出したからだ。 こうやって集団で生活していることもそれら種族との接触を極力避けているように見えなくも無い……
もしそうなのだとしたら僕は部外者、いやそれ以前に忌み嫌われる存在ではないのかと感じる。
今の僕たちって一緒にいるのが当たり前になっているから、世間体が鈍っているのかもしれないと、今になって僕は尻込みしてしまうんだ。
「事前に電話で」だなんて便利な物があるわけじゃないし、ミーナの親戚さんたちにいきなり僕が訪れたら一体どういう反応を示すだろうか。 トラウマ的な歴史の対象であるアンカ族が、ほぼ家族みたいな関係のミーナと一緒じゃあショックなんじゃないかな……
だから、だからとそんな思いがぐるぐると巡ってしまい、僕は無意識に足を止めていた。
「ミーナ、やっぱり最初はキキーマとだけで訪れてみて方が良いんじゃないかな。 僕はその後でも」
「そんなこと無い、大丈夫だってっ、いい人なんだよっ!」
「何でそんな事言うのよ」と続きそうな怒った口調になって、立ち止まっていた僕の腕を掴んでは引きずる様に足を速めるミーナ。
「まぁ気持ちは分かるが、ワタルが気に病む事じゃ無いんじゃないか? 現に当事者じゃぁ無いんだし、ましてやこの世界の事情とは関係ないんだから」
心配すんなよとキキーマもその大きな手を僕の肩に置き、緊張を解すように説得された。
「……うん、わかった。 行ってみよう」
********ミーナの親戚宅*********
町外れにある、ミーナの父方の親戚の家は、とてもあたたかく向かえ入れてくれた。
キキーマは「御礼と言っては何ですが」と、荷台に過積載なままのサーカワ特産魚の一部を渡して、ミーナの叔母さんは大変喜んでくれ、僕もお邪魔させて貰える事に感謝した。
「あの、でも良いんですか? 僕みたいなアンカ族がお邪魔しちゃっても」と僕がさっきまで考えていた事が気になり、そう言うと、
「そんな事気にしてるなんてうちの衆が、何か言ったのならばすまない」
と叔父さんたちに逆に要らぬ誤解をさせてしまい「いいえっそんな事ないです!」と僕は慌てて訂正したのだった。
「まぁ、玄関じゃなんですから、こちらへ」
通されたのは広いリビングで、カチャリと目の前に出されたお茶が温かな湯気を昇らせている。
そのお茶を頂きながら、まず僕達の方からいきさつを話し、次にミーナと叔父さん達との間での「空白の経緯」を交し合ったのだった。
「空白の経緯」といってもサーカス団に在籍していた時は、ミーナの方から出来る限り手紙を送っていたみたいで、叔父さん達も安心できていたようだ。
まぁ、この世界での手紙の遣り取りと言うのは、カルラ族の運営している郵便が一般的な方法であり、それは大変高価なサービスな為にミーナも大都市の興行での報酬時にしか送れなかったそうだから、その回数は少なかった様だけど。
それから急に途絶えてしまった先の事は、叔父さん達には知り得ない経緯であって僕らとの旅の話へと続いているのだけれど、やはり連絡が無いって言うのは心配させてしまっていたらしく身を案じてお祈りの毎日だったよと叔父さんは話してくれた。
話してくうちに涙ぐんでいる双方の様子を見ていると、僕は心の隅で温かさを感じ、深い安心感を持てた。
もちろんいい結果になることを望むけど、どんな結果であろうと、こんなにも心から思ってくれて帰れる場所がミーナにもあるんだっていう事が知れたからだ。
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「ね、取り越し苦労だったでしょ?」
まだ潤んだままの目尻を拭いながら微笑むミーナに僕はうなずいた。
そして幸せそうなその表情に、僕はこうも思ってしまう。
(十分満たされているんじゃない? このままここに居てもいいんだよ。
あとは僕とキキーマにまかせて安全に過ごしてよ)
って、そんな沸き出てくる言葉を僕は飲み込んだ。
そんなこと言ったら怒られちゃうよね。
だってミーナには自身が決めた使命がある、それは僕と同じで絶対曲げられない思いなのだから。
そして叔父さん達には、これからどうしてゆくつもりかを僕から説明すると、僕とキキーマ個々の部屋を用意して貰えるらしく、「急ぎでなければ」としばらくの滞在までOKしてくれた。
「あぁそっか、この家ってミーナが使ってた子供部屋があるんだな~」
と何気にそう言うキキーマに
「子供じゃないもん!」
と、ちゃんと自立した生活が出来ているミーナとしては譲れないらしくしっかりと訂正すると続けて、
「キキーマもワタルも、のぞいちゃダメなんだからね!」と釘を刺した。
「の、覗かないよ!」
なんて慌ててしまった僕は「あちっ」と頂いていたお茶をこぼしそうになって部屋にいるみんなに笑われてしまった……
もう、なんだか意識しちゃってるなぁ~僕ってば……
「ふ~む。 それにしても、豪邸だよな~」
キキーマはその小さい取っ手の付いたカップを傾けながら、何部屋あるか目で数えていた。
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そうやって、とりあえず腰を下ろし一息ついた後は、キキーマは「別件があるから」って腰を上げて、一旦外へと出て行ってしまった。
その背中を見送ったミーナは僕へと向き直ると、
「あのね、祖父母が亡くなった場所にお墓があるんだけど」って言っていて、僕もミーナに付き添ってその場所まで歩いて向かうことに決めたのだった。
「いってきま~す」とミーナが言うと奥から「遅くなる前に帰ってきなさいね~」と叔母さんの返事が返ってきて、まるで親子の会話そのものの遣り取りに、ミーナは恥ずかしそうに顔を伏せていたが、その温かい気持ちをかみ締める様な表情をしていた。
僕もつい、あったかい気持ちになって顔がほころんでしまう。
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外に出て、僕らは再び雑踏の中を歩いている。
「で、キキーマは何の用だったの?」
「うん、ほらサーカワで頂いたものが多過ぎちゃって、まだいっぱい残ってるんだって。
鮮度が落ちる前に旅費にした方がいいなって言ってたから、きっと商談をしに足を運んでいるんだと思うよ」
「そうなんだ。 私達も手伝わなくて良かったのかな?」
「僕も言ってはみたけど全然問題ないよって、張り切って行っちゃったよ」
「う~、なんか申し訳ないな。 今回は私の用事でもあるんだしぃ……」
そんな話をしつつ、「まだ遠いの?」と訊く僕に「うん、あの辺り」と町外れの方を指差すミーナに付いて行った。
「……ふぅ、いつもこんなにヒトが居るの?」
「うん、そうなの。 昨晩とは見違えたでしょ。 日中はこの位なんだよ」
雑踏を抜け人通りが途絶えはじめてきた所で一息ついている僕とは対照的に、全く平気そうに僕の休憩に付き合っているミーナは、さっきからヒトを避けるのがとても上手で、一人ならばダッシュしながらでも通過できそうな身のこなしだった。
「はい、休憩終わりね。 急ごうよ暗くなっちゃう前に」
叔母さんを心配させたくないのだろう、そう急かせながら僕の指に触れ、手をつないだ。
だから、僕は反射的に辺りを見回しちゃったけど周りにはもうヒトもまばらだったので心の中でちょっと安心しつつ、僕もしっかりとその手を握り返し、再び歩き出した。
「ワタルの手、あったかいね」
そう言うミーナの手は、珍しく僕よりもひんやりとしている。
確かに、広がる農園の平地に吹き抜ける風がいつにもまして肌寒く感じるし、その上、朝シャンしてたミーナの渇きの悪い体毛は未
ま
だどこと無く湿り気があって、それが原因で僕よりも堪
こた
えているんだろうなぁと思った。
だから僕は、距離を詰めたそうにウズウズしてるミーナの肩を寄せてあげて
「これでちょっとは暖かいかな」って訊くと「うん」とミーナはそれに頷き、頬を染めた。
……。
「さすがにさぁ、ワタシの恋人だなんて、言えなかったなぁ~」
「えっ! そっ、そだね」
急に「改めまして」って感じに言ってのけるミーナに、ドキッとして返す言葉がちょっともつれた。
「……うん、さすがにそれは表情を凍らせてしまうかもしれないね」
小さく間をおいて、僕は言い直す。 いくら身内でも……いや、身内だから余計に話せないことだ。
僕とミーナのしてきた事が異端者として扱われるこの世界で、ミーナの親族にまでそのリスクを与えるわけにはいかないのだから。
仮にその一部に理解されようがされまいが、世間体
せけんてい
という大きなものを変える事は容易ではないと思う。 そういう所は現世でもヴィジョンでも変わらないなって感じだ。
「はぁ~……なんだか、隠し事するのも気が引けちゃうな」
ミーナはため息交じりに、いつも携帯を心掛けている芳香効果のある小瓶をポケットから取り出し、ちょっと切なそうにそれを手で転がした。
それを常備してるのも、元はと言えばこんな関係になったからで、ミーナに窮屈な思いをさせてしまっている事に対し僕はズキリと心が痛むのを感じてしまうのだった……
「あっ、ここだよ」
家が立て込んでいる街中とは違い、隣近所も遠く離れているこの場所。
家の名残であろう、部屋の外壁があったと思われる部分に沿って基礎の盛り土だけが残っている。
ミーナの家、いや、家だった場所だ……
「ここでまっててね」ミーナはその盛り土に上がり、その片隅の何も無い場所に立ち、うつむいていた。
「…………」
ミーナの着ている短いベストの襟元の、いつもは胸元に入れ込んでいる「真実の鏡」と呼ばれているペンダントを取り出して両手でぎゅっと握っていて、協会でお祈りしてるヒトの姿みたいにじっとしている。
どうやら黙祷をしているようだ。
……。
「――あっ、待たしちゃった。 済んだよ」
「そこに眠ってるんだね」
そこにお墓が無い事について僕が訊きたそうなのを察してか、ミーナがそれに答える。
「うん、私達はその場に埋葬する風習なの。 生き物がみんなその場で生きるのも、その場で土に返るのも、自然が今までそうやって巡ってきたものだから、私達の信念もそれに基づいてるんだって教えられたんだ」
「土に返る……か。 だから墓石とかが無いんだね」
「墓石? ああ、見たことあるよ。 そうだね確かに、他の種族とはちょっと違うのかもね」
その土に戻っていく事こそが、ネ族さん達にとっての終着点という考えだという事、自然を愛する種族らしい文化だなって思えた。
「……僕も、いいのかな」
「うん、そうしてくれるとうれしいな」
放火され、巻き込まれたミーナの祖父母さんがここに眠ってる……
現世式だけどと、僕も手を合わせた。
願うことは場違いだとは思ったけれど、ミーナの祖父母様、ミーナを危険から遠ざけて下さいと、そう心で願わずにはいられなかった。
「ありがと、ワタル」
「ううん、そんな…… ミーナ、ここに来ても、辛くならない?」
「うん今はね、平気だよ。 まぁ、あのお家のヒトに引き取ってもらってからしばらくは、ここまで駆けて行っては『何で、何で』ってさ。 まるで、まだお母さんにすがってるみたいに泣いてたんだよ……」
そう落ち付いた口調で、まるで懐かしむかの様に言うミーナの横顔は、時を重ねた凛々《りり》しさすら感じた。
今、ミーナに振り向かれたら、きっと僕は顔を背
そむ
けてしまうだろうなと思った。
それは、ミーナの境遇を僕のなんかと比べたら、僕の悩みなんてそれこそ子供の駄々のように思えてしまう事にほかならない。
以前ミツルに「それがどうした」って突っぱねられた僕の不幸。
……だからあの時と、認めてくれない事に怒りさえ覚えた僕は、それがヴィジョンに来た一つの理由だったかもしれない。
それで、旅人の特権とばかりに無理やり過去を塗り替えようと躍起になっている。
でも今、ミーナの横顔を見たこの瞬間はじめて、冷静に自分の事を見れた気がした。
もしミーナの立場ならば、僕になんて言う?
(生きているだけでも幸せなんだよ、だからそんな事で苦しまないでよ)
……きっとそう励ますだろう。
過去の僕を、今の世界を……今なら受け入れられるような気がした。
僕は深く息を吸い込む。
今いる地点を見失わないようにと。
……。
僕らはそれぞれの思いで、しばらく立ち尽くしていた。
ふとミーナの温もりをいとおしく感じ、僕は肩を寄せる。
「寒くなってきたねミーナ、戻ろっか」
「うん……そうだねっ!」
振り向いたミーナの、革ひもに結ばれて首に掛かる真実の鏡が、オレンジ色の光を反射していた。
ふと空を見るともう、日が傾いている。
「ひゃ~ さむ~い」
不意に通り抜ける風にミーナもたまらず僕の胸にすがってくる。 その頬を寄せるミーナの銀色の口ヒゲが風で、僕の首筋をなでていったのだった。
*******つづく*********
戻ってみると「ミーナちゃんの一時帰宅を祝う事も兼ねてちょっぴり豪華にしたよ」とミーナの叔母さんがご馳走を作って待っててくれていた。
見ると野菜をふんだんに使っている料理が温かそうな湯気を立たせていて、ミルクっぽい匂いがふんわりと僕らに漂ってくる。
……ぐぅ~。
その匂いに反応してか、隣にいたミーナのお腹が鳴ってしまってて、僕が遠慮がちにチラリとそっちを見たら
「え~っと、聞こえちゃった?」
って恥ずかしそうにお腹を押さえてるミーナが可愛らしかった。
***********************
「――――でね~、ミーナちゃんったら」
と食事を囲っての談笑に花を咲かせている僕たちの今の話題はというと、叔母さんから小さい頃のミーナの甘えん坊ぶりなどを目に浮かぶ程に事細かく教えてもらっている所だ。
「もうやめってってぇ~! そうだっ私ね、サーカスでねっ……」
そういって顔を真っ赤にして僕達の前から何とかその話題を変えようと頑張ってるミーナの様子が可笑しくって、笑い合ったりと、そんな楽しくって、久しぶりに感じる暖かい家族の姿にちょっとキュンってなってる僕は、このまま暫
しばら
くの間ここに滞在したいくらいだ。
今ある温かい光景と、僕らの旅路を天秤に掛けるならば、そうさ、今は焦る必要なんて無いんじゃないかってそう思えるんだ。
***************************
「そうそう、ミーナちゃんがここに戻ってきた時に教えてあげなきゃってね」
そう言って、叔父さんが話題を替えたのは、食後のデザートを貰っている時だった。
「叔父様! 何かつかめたの!?」
真っ先に身を乗り出すミーナに、隣にいた叔母さんが落ち着きなさいとなだめる。
「そうだよミーナちゃん、まぁ無理はないけどね。 ミーナちゃんがここに来た一番の理由なんだろうし、知りたくてたまらない筈
はず
だから」
叔父さんはそう言って小さく咳き込み、再び話を続けた。
ミーナがここを飛び出した後も叔父さん達はランカの管轄のブランチへお願いしたり、近隣の聞き込みをしてくれていたらしく、ちょくちょくそれらしい情報も出てきたのだという。
しかし伝えようにも、サーカスの様な各地へ転々とする生業
なりわい
への手紙の配達は技術的にまだ難しいのが現状らしくて、ミーナが送ってる手紙の宛先に真っ先に返信しても、既にその場所にはおらず、根気よく送ってはみたものの、それを繰り返してしまったのだそうだ。
そんな事情もあったから今、面と向かえられてようやく伝える事が出来るという事だ。
「それでな、当時の目撃者の話では、火の手が上がっている場所に駆けつけたら、大きな麻袋を荷台に押し込んでいるのを見たっていう近所がいたんだ。
動いているように見えたというが、炎の揺らめきでそう見えただけかも知れないし、なにせ距離が離れ過ぎていたから、不確かなものだろうって事で曖昧になってしまったが」
「それと、その集団が、方角からしてここから北東の方へと向かっていたんじゃないかっていう情報が後になって出て来たよ。
ある地主に訊いたんだが、火事があった翌朝にそう言えば、畑が荒らされてしまったんだと言っててね。 まぁ、おそらくは畑を突っ切って行ったんだなぁ。 鋭いヒヅメの跡が足跡としてクッキリ残っていたようだったし、これは有力な情報だと思うよ」
「その足跡って、形とか覚えてないんでしょうか?」と僕が訊くと、
「いや、そのヒトも当時はイタズラかと思ってて、さすがに火事と結び付くものとは考えられなかったんだと思っていたらしくてなぁ。 でも、この地域では見慣れないヒヅメ跡だったって事は印象に残っていたらしいよ」
又、それとは別の聞き込みで掘り返したものでは、ソノの港付近で夜釣りをしていたヒトが言うには「思えば丁度、事件前日に水平線の方、距離からして霧の針が発生してしまう海域に明かりが見えたんだ」っていう証言があったと言う。
それは次第に近づき、数隻の黒い船体だと分かった所で恐ろしくなって慌てて逃げたっていうけど、そんな重要なことを何故黙っていたのか問いただすと、そこら一帯は禁止区域だったし、そのためブランチに情報を言うに言えずで「あれは幻!」ってことで自分を納得させてたらしい。
「そのヒト、次の日も釣りに行って帰る所も見たって言ってません?」
「イヤさすがに……それ以来、夜釣りもやめたっていってたからな」
まぁ、普通そうなるか。
「そっか……やっぱりその線は濃いんだね」
尻尾を椅子の下でユラユラさせながら俯
うつむ
き加減でミーナが言う。
それは言い換えると「北へ連行されたのでは」という線の事だ。
生きていると言う確証、希望も大きくなる反面、北の皇都と言う存在に気圧され複雑な表情をしている。
「ああ、ソノと言えば」 行ったこと無いが、聞いたことあるぞ とキキーマも口を開いた。
「そこは、密航の仲介を担ってるって噂だ」
「密航……」
ミーナが辛そうに眉をひそめるのが、見ていて辛かった。
「大丈夫? ミーナ」
僕はミーナの背中をさすってあげると、
「……うん。 平気っ、糸口が見つかって良かったんだよ、そうだよねっ!」
ミーナは瞳に力を込め、皆を見渡して言った。
だからそうさ、僕だってしっかりしなきゃって思う。
「とにかく、行き先は決まったな」
とキキーマも話を切り上げ、ミーナを見る。
「うん、キキーマごめんね、これからもよろしくね」
とそう言って、一呼吸置いたミーナは「ごちそうさまでした」と手を合わせ、自分の食器を片付けていった。
僕らがキッチンへ持って歩くミーナの後姿を見ていた時に、
「すみませんね、これくらいしかお力になれなくて」
ミーナちゃんを、どうかお守りくださいと僕とキキーマが叔母さんに言われて、
「「とんでもないです僕 (オレ)の方が」」と同時に恐縮して答えたのだった。
ホントに改めて身の締まる思いだ。
****************************
「あっ、ワタルおさき~」
ごめんね、こういうのってお客さんが先なのにと、お風呂から出てきたミーナは、肌触りの良さそうな淡いピンク色の上下パジャマを着て出てきた。
成長を見越してなのか、袖の長さが余り過ぎてて手足がスッポリ隠れている。
そのダボダボしてるパジャマが、華奢
きゃしゃ
な体をいっそう可愛らしく魅せていて、
(そうだ、今まで見たこと無かったなぁ、こんなパジャマ姿なんて)
って意識しちゃうと何でだろう、そう考えただけでドキドキが止まらなくなってきた。
ルンルンと鼻歌交じりに歌うミーナが、ハネている頭の毛並みを手ぐしで整えながら歩いてきて
僕とすれ違おうとした時、目が合ってしまった……
「どしたの~? 視線そらしたりなんかしてぇ~」
そんな僕の様子に悪気が無いのを分かりきってて「ふふ~ん、あやしい~」なんてからかいながら無理やり目を合わせようとして、下から僕を覗き込んでくる。
(うあぁ、そんな格好で上目使いなんて反則的だよっ!)
って思わず声に出したいのを堪えてる僕は、こっちが恥ずかしくなっちゃう程に似合っているその姿をまったく直視できずにいる。
「ハハハ、普段と違うミーナにドキドキってか~、ワタルは分かりやすいなぁ」
と近くのソファーでくつろいでるキキーマにも冷やかされ、
「もうっ、二人ともッ、からかわないでよおっ!」
そう逃げ込むように小走りで浴室へ走る僕。
「はぁ~……」
取り繕うのが大変だった。
いや、全然取り繕えてなかったし、なんていうか図星だから、余計に。
……でも本当にここは、ミーナの私生活の道具とかがそのままなんだよね
『って、うわぁぁ……さっきから何考えてるんだよ僕はっ!』
――――バシャアッ!
ひとり浴槽のお湯を頭に被りながら、邪念を祓うがごとく頭を横に振るのだった。