ドッスン!
格闘場に低音が響き渡る。百代が、ミリムに伸されている。見た目がお子ちゃまな、魔王コンビであるクルムとミリム。百代は、組手の相手を買って出たのだが…
「この程度で、相手になると思っていたのか?」
百代の鋭いケリを物ともせずに、カウンタで回し蹴りを叩き込んでいるし。
「まだまだ…」
ボロボロになっても立ち上がる百代。そこを空かさず、水面蹴りで地面に這わすミリム。ほとんど、公開リンチに近いが、誰も助けに入らない。相手を舐めた百代に非があるから。
その公開リンチの隣で、僕とクルムが組手をしている。ミリムよりも速度は遅いものの、ダメージは倍増かと思うくらいの、重い打撃。受け流しているのに、ダメージを貰っているし。斬った、裂けた等の外傷とは違い、見えないダメージは危険である。蓄積して、いきなり多大なダメージとして現れる場合があるのだ。
そして、蓄積ダメージは、治癒術や回復薬では消えない。疲れなどに分類されるらしいので、疲労回復系の回復薬でないと、ダメージを払拭できないのだ。
「やっかいだな。どうするかな?」
僕の持つ再生能力も、蓄積ダメージには効果が無い。それ故、この見えないダメージを与えて来るクルムを、最強の魔王であるミリムも恐れているらしい。
「イッセー!もうダメだよ。ココナツサブレね」
勝ちを確信したクルム。彼女に一礼して、ココナツサブレを取りに行く。最近は、リーラさんが買い込んでくれるので、食料庫へ行けばあるのだった。
あぁ…手足が重い…温泉でダメージを回復させていく。地下1階のトレーニング施設には温泉を併設してある。効能は、疲労回復とダメージ回復である。
師匠に習ったことが記されているノートに、視線を落としていく。どうすれば、ダメージを減らせるかを探す。
「あぁ、そうか、軌道を変えさせればいいのか。擦るように…」
独り言を言いながら、ノートに思いついたことを追記していく。ここには、教えてくれる師匠はいない。だから、思いついたことを小まめに文字として残し、試していくことが大切である。
温泉から出ると、ヴァーリが筋トレをしていた。スタミナの向上がポイントらしい。ラウンジコーナーでは幼女の魔王二人がココナツサブレに舌鼓を打っている。公開リンチは終わったようだ。
格闘場に向かうと、全身ボロボロな状態の百代が、置いてあった。ツンツンしても動かない。脈はまだ有るようだ。取り敢えず、医務室へ運び、着ている物を総てはぎ取り、再生カプセルに投げ込んだ。
再生カプセルとは、修復、再生、治癒、回復を自動で行ってくれる便利アイテムである。ここにはヒーラーがいないので、アルフガンから貸与してもらった。
ヒーラーは必要だな。僕もヴァーリーもセーラさんも回復術を持っているけど、本職では無いので、ここまで酷い場合、何も出来無いのであった。
セーラさんもヒーラーの必要性を感じているそうだけど、あの度胸満点のアーシアさんは避けたいらしい。あの人が来ると、相棒であるゼノヴィアさんも来てしまうし。
「シーナお姉様が来てくれると、助かるんだけど…」
希望は通らないらしい。案件はここだけで無いから、無理も言えない。それに、なるべく同化吸収は避けるようにと通達が来ているので、この世界とダブル人選はしにくいらしい。
「どうしようね、ヒーラー役…」
後は、現地調達かぁ。この世界のヒーラーだと、シアかな。
「悪魔サイドは慎重にねぇ」
って、セーラさん。そうだよね。だけど…
---アザゼル---
並行世界から来た者が、俺に接触してきた。並行世界から来た証拠に取り出したのは、俺の黒歴史であった。この世界のは消去したのに、図解入りで冊子にした豪華版を所持していた。
「これで、分かってくださいましたか?あぁ、裏切ったら、バラ蒔きますよ」
裏切るも何も、まだ手を組んでいない…しかし、目の前の小娘の脅しに屈する俺。
「分かれば良いんですよ。素直が一番です」
この小娘…度胸が据わっていやがる。要求は、来年度から駒王学園に3名通わせたいので、学費の支払いと保証人になってくれって言う物だった。
「それくらいなら、叶えてやる。ただ、訳有りの理由を聞かせて貰えるか?」
彼女の口から聞いた真実…兵藤一誠が生きていて、別人として生きてるってこと…それは、公に出来ないなぁ。また、狙われる可能性があるから。
「わかった。今後は俺を頼れ。悪いようにはしない」
「あぁ、悪い心が芽生えたら、堕天した理由を公表しますよ」
何?なんで、それを知っている…黒歴史の中でも一番の黒歴史だぞ!
「ふふふ」
小悪魔のような笑みを浮かべる少女。コイツの親の顔、見てみたいな、クソっ!
『呼んだか?』
空気が一変した気がする。なんだ、この畏怖感…半端無いぞ…堕天使の総督である、この俺が恐怖を感じている。膝が笑い、腰が抜ける。そんな感覚である。
『お前が呼んだのだろ?娘の親の顔が見たいと…』
おい、この娘の親って…ラスボスか…
『ラスボスってことは無いだろ?そんなチンケな存在では無いし』
小娘の隣の転移してきた鬼…コイツはマズい…この俺の本能に死亡フラグが立ちまくっている。
「娘が何か問題でも起こしたか?」
「そんなことはありません…」
うっ…殺される…いや、確実に死ねるレベルである。鬼の視線は鋭すぎる。
「じゃ、娘達を頼むよ。ブレイザー・シャイニング・オア・ダークネス・ブレード総督!」
そう言い残し、鬼は転移していった。鬼が消えた瞬間、空気が元に戻ったようだ。生き返った気分だよ。
カシャ!
え?シャッター音。なんでだ?
「ブレイザー・シャイニング・オア・ダークネス・ブレード総督って失禁するんですねぇ~」
うっ!また俺に黒歴史が産まれた瞬間だった。
◇
恐怖体験を旧友であるミカエルに話した。
「あぁ、君も会ったんだね」
って、ミカエル。何?
「僕達も会っているんだよ」
ミカエルとセラフォルーも、鬼に会ったことがあるそうだ。
「結婚祝いに、天使と悪魔が共存できる空間を作ってくれたんだよ」
って、嬉しそうに語るミカエル。そう言えば、そうだな、天界では悪魔は住めないし、冥界では天使は住めない。かと言って、人間界にも住めないよな。悪魔と天使が夫婦って、人間には知られたくないだろうし。
「僕達夫婦は、彼に感謝だよ、だから、彼と彼の娘さんが、望むことはなるべくしてあげたいんだよ」
って、ミカエル。
---リシアンサス---
両親にホームステイを勧められて、人間界へと来た。久しぶりである。地図を片手にステイ先を探す。私の両親が大変お世話になった方の娘さんの家らしい。ヒーラーを探しているとの情報を得た父が、私の派遣を決めたそうだ。
ここかな?表札に『兵藤/代羽』ってある。呼び鈴を押して、用件をメイドさんに伝えた。
家の中に入ると、あの時の彼がいた。ナナシさんである。
「私はセーラです」
この家の責任者らしき少女に、紹介状を手渡した。
「あぁ、父様が手配してくれたのね。わかったわ。私達のチームのヒーラーをお願いするわ」
チーム?あの時、私達を護ってくれたのって…彼らなのかな。
「チームメンバーを紹介するわ。私がリーダーのセーラ・シトリー・鬼門よ。シアとは従兄弟になるわね」
え?従兄弟…あぁ、シトリー家だとそうなるのか。
「後、前衛のイッセー・ヨハネと川神百代、後方支援のヴァーリ・ヨハネ。メイドはリーラ。よろしくね」
ナナシさんの本名は、イッセー・ヨハネって言うんだ。
「よろしくお願いします。リシアンサス・シトリーです。シアとお呼びください。専門はヒーラーです」
「リーラさん、彼女を部屋に案内してください」
「わかりました。こちらへ、どうぞ」
部屋に案内して貰うと、私の荷物が運び込まれていた。部屋はワンルームでトイレとシャワーがあるだけで、キッチンは無い。
「食事は1階です。大浴場は地下1階です」
とリーラさんが教えてくれた。地下にも設備があるんだ…
---イッセー---
待望のヒーラーは来たが、シアだった。
「父様が手を回してくれたみたいなの」
今回も、師匠は裏で暗躍しているようだ。
「これで、多少の怪我でも安心ね」
多少の怪我なら、現状でも治せると思うのだが…
今夜の相手は百代である。
「イッセー!投げ技地獄を味合わせなさい」
って、セーラさんの指示。百代の攻撃をかいくぐり、投げ技を連発していく。
「投げっぱなしで、臨戦態勢を解かないようにして!」
セーラさんの指示に従っていく。確かに、直ぐに臨戦態勢を取らないと、相手が複数の場合、危険である。だが、投げっぱなしの場合、投げられた方のダメージは凄まじい。2,3回投げ放すと百代は、動けなくなっていた。
「シア、回復して!」
「はい」
ぎこちない動きで百代に近寄り、回復術を掛けていく。
「もっと、スムーズに掛けられるようにして。戦場だったら、二人共死んでいるわよ」
「はい…」
シアの声は震えていた。恐怖を感じているのだろう。
「じゃ、次、イッセーとヴァーリで、極め技勝負して」
セーラさんは、僕達に弱点を作らせないように、効率良く鍛錬を進めていく。
◇
シアをうまく使いこなせずにセーラさんが凹んでいた。ヴァーリが元気付けるようにフォローに向かった。
「ごめんなさい。なんか足を引っ張ったみたいで…」
シアも責任を感じていた。セーラさんの的確な指示をこなせないでいたから。
「指揮者を凹ませるって、私はダメですね」
原因はセーラさんがシアの力量を読み違えただけだ。初めてで、スムーズに動けない彼女を、通常時のように指示していたからだ。
「後、あの時は、ありがとうございました」
あの時?あぁ、あの時かぁ。はぐれ者達の殲滅作戦の時だな。
「あれも、セーラさんの指示通りだよ」
「どこの勢力なんですか?」
どこになるんだ?所属はあの騎士団ではあるが。
「どこだろうね」
「えっ?!」
「僕達は僕達なりの正義で動いている。だから、どこにも属さない」
って、ことにした。
---川神百代---
私の自信は、どこから来ていたのだ?ここでは、誰にも勝て無い。それどころか、毎日ボロボロにされている。
イッセーは川神院で、手加減してくれていた。イッセーと他の者の対戦を見て、そう実感した。私の攻撃速度に合わせて、受け流していただけであった。攻撃に転じられないで、受け流すだけで手一杯と思っていたのに…違う。違ったのだ。
今日の鍛錬でそれは証明された。私の攻撃をかいくぐって、投げていくイッセー。私のケリも拳も、イッセーの身体に当たることは無かった。
それは、ショックであった。立ち技最強と皆に称されて、天狗になっていたようだ。私のメッキは剥がれ堕ちた。イッセーの彼女になってやるでは無く、イッセーの彼女にして貰うことしか出来ない。
イッセーの部屋を訪ねた。
◇
「どうしたんだ?」
イッセーが声を掛けてきた。私の価値はこれしか無いか…着ている物を総て脱いで、イッセーの目の前に立ち、
「好きにしてください…私の…ご…しゅ…」
涙が溢れてきた。あれ?なんでだ?言葉が出ない…
「しょうがないなぁ」
私にバスタオルを被せた。
「あれくらいで、心を折るなよ」
バスタオル越しに、頬を重ねてくれた。私の全裸を見ようとしないイッセー。
「ねぇ、私の全裸って、価値無いの?」
思い切って訊いてみた。
「眩しくて見られないよ。もっと強くなれ!僕は強い女と、強引にするのが好きなんだよ」
なんだ、その趣味は…少し前の私のようでは無いか…
「分かった、もっと強くなる」
イッセーの臭いが染みこんだタオルを被ったまま、自分の部屋に戻った。
---シア----
魔法書を勉強していく。もっと高位の回復魔法を、物にしたいから。百代さんの怪我が、一撃で治らなかったのだ。確かに手間取っていては、私も百代さんも、実戦だったら、死んでいただろう。
って、言うか…彼らは実戦経験があるのだろう。この平和な世界のどこに、実戦を積む機会があったのだろうか?
謎を解明する為に、イッセー君の部屋へと向かった。
「どうしたんだ?」
え!全裸で鏡の前に立つイッセー君。
「何しているんですか?」
「動きに合わせて、どこの筋肉が機能しているかを、調べていたんだよ」
なるほど…自分の裸に見とれていた訳では無いのね。
「で、何の用かな?」
視線がイッセー君のシンボルにロックオンしてしまった。男の子って、こうなっているんだ。
「おいおい、何を見ているんだ?」
彼は下着を着て、その裸体を隠してしまった。残念だなぁ。
「で、用件は?」
「あのぅ~、どこで実戦経験を積んだのですか?」
「うん?戦場だけど…他に、どこで積めるんだ?」
そうなんだけど…
「場所は言えない。守秘義務があるから」
守秘義務?まさか、傭兵だったのか?この歳で…
「それに、シアの能力じゃ、実戦に投入なんか出来ないぞ」
そうだけど…でも…
「基礎を学べ!応用には手を出すなよ」
何か地雷を踏んだのか、部屋から追い出されてしまった。
---イッセー---
この世界のシアが悪い訳では無いのは、わかっている。でも…僕のいなかった世界のシアが、ちゃんとしていれば、ガイラさんは死なないでも良かったはずである。いや、それ以前にヴァーリも百代も助かったのかもしれない。もしかすると、僕は存在しなくても良かったかもな…
その為か、どうしてもシアに当たってしまう…
どうすればいいんだ…