(怪我人がいるの。助けてくれる?)
多分、覇気であろう、救助を求められた人間はそれに答える。
(分かった。助けてやる。大人しくしてろ)
そう返すと、能力を発動する。
「ルーム」
助けを求めてきた人間のいる場所まで、能力の使える範囲を広げる。右手の薬指と小指を手の平に折り曲げ、他の指は開いたまま手の平を上に向け、しばし躊躇した後。能力を発動した。
「シャンブルズ」
二本のペンを空中に投げる。
トラファルガー・ローが驚いたのは、1本のペンがドンキホーテ・ドフラミンゴと入れ替わったからではなかった。
ルームを発動した時に、それは予想していた。予想外だったのは、救助を求めてきた人間がこちらに来ず、もう1本のペンがそのまま床に落ちたことだ。ローが固まった状態で混乱していると、堪えきれずに笑う気配が頭に浮かぶ。
(ありがと。若様だって分かって助けてくれて。私に若様の面倒を見させたいなら、悪いけど迎えに来てくれないかしら?)
『若様』と言う単語を使うのは、ファミリーのはずだが、ローに心当たりはなかった。そんな些細なことよりドフラミンゴとは極力、関わりたくないローは返事をした。
(分かった。すぐに迎えを寄越す。じっとしてろ)
直後、ローはベポたちを部屋に呼ぶ。
「こいつをオペ室へ運べ。緊急手術の用意も頼む。後、ゴッド屋たちに伝言もしといてくれ」
「!!こいつドフラミンゴじゃないですか!ど、ど、どうしたんですか?!」
ペンギンが声を裏返して叫んだ。
「話は後だ。俺はこいつで手が離せねェ。ゴッド屋に人を迎えに行くよう伝えろ」
ローはそう言うと、ルームを発動させた時に感じた距離と方角を伝え、オペ室へ向かった。
1人のクルーが麦わらの一味たちのいる部屋に入ってきた。
「ん?なんか用か?」
海賊狩りのロロノア・ゾロが大口を開けつつ盛大な鼻提灯を作りながら寝ている中、一味の船大工であるフランキーと考古学者のニコ・ロビンの二人を相手に話していた狙撃手・ウソップが振り返る。
「キャプテンからの依頼だ。人を迎えに行ってくれ」
「あら。どうしてトラ男君が行かないの?」
ロビンのもっともな言葉にクルーが一瞬口ごもる。
「キャプテンは緊急手術で忙しい。俺たちもキャプテンの手伝いがある」
「あーう!立ってるヤツは親でも使えってことかァ?!」
フランキーがビシッと無意味にポーズを決めてニヤリと笑った。
それまで黙っていたワノ国のサムライたちの1人が口を開く。
「緊急手術とは?何かあったのでござるか?」
「とにかく!!行けばいいんだ!さっさとしろ!」
追い詰められた獲物のように挙動不審な動きを見せたクルーは、逆ギレのように言い捨てて去った。
「…。何なんだよ」
「誰かが海獣に頭か腕か脚か、食いちぎられたのかしら」
「
冷静に不吉なことを口にしたロビンにツッコみ、ウソップは言われた方角に集中する。
何となく、そこにいる人物の気配を感じロビンに話しかける。
「しゃーねーな。緊急手術とやらが終わる前に連れて来ねェと、うるさそうだ。ロビン、悪いが一緒に来てくれないか?」
「いいわよ」
微笑んで立ち上がったロビンの耳元にウソップが囁きかけた。
「分かったわ」
再び微笑むと、ロビンは部屋を出た。
荷物を手に戻ってきたロビンとウソップは、ミニメリー2号と似たような大きさの動力付きのボートに乗り込んだ。気配を頼りに海上を進む。小さな島の砂浜に同じ様な大きさのボートを見つけた。それと少し距離をおき、ボートを停める。
「ロビン。俺はここで待ってるから、それ持ってってくれ」
顔を赤らめて弁解するように停まっているボートに親指を向けるウソップにロビンは頬を緩めた。
「ええ。いいわ」
海岸に下りたロビンはボートに向かって砂浜を歩いていく。
「誰かいる?私はトラ男君の依頼でここに来たんだけど」
(トラ男…?)
マリアはロビンの言葉に首を傾げつつ、ボートから顔を覗かせる。
「あなたは…?ひょっとして、麦わらの一味の…?」
マリアの言葉にロビンは眉を上げた。たった今、顔を見せたマリアがロビンのことを知っていた事実を不審に思ったからだ。しかし、それは口にせず、ボートの中にしゃがみ込んでいたマリアと目線を合わせるように、ロビンは砂浜に座り込む。
「これ、私ので良ければどうぞ」
ウソップに言われ、持ってきた着替えを下着姿のマリアに差し出した。ウソップにはマリアのシルエットしか察知できなかったが、水着姿のように思えたので、念のためタオルと着替えをロビンに依頼したのだ。
マリアはほっと、ため息をつき有り難く受け取った。
「どうもありがとう」
サイズは特に問題ありなかった…と言うより、スリーサイズをはじめ、背丈や年齢も同じようだった。
マリアが着替え終わるのを待って、ロビンは話しかける。
「向こうに私が乗ってきたボートがあるわ。それでトラ男君の船に行きましょう」
ロビンはクルリと背を向けると、砂浜を戻って行った。
「あの…。ちょっと聞いてもいいかしら」
「何?」
立ち止まることも振り返ることもなく、ロビンは聞き返す。
「なんでローのこと、『トラ男』って呼んでいるの?」
ロビンがクスリと笑った気配がした。
「そうね…。ルフィがそう呼んでるから、かしら」
「麦わらが…?」
「ええ。そうよ」
悪意の感じられない言葉にマリアは戸惑う。『トラ男』と呼ぶ理由ではなく、『トラ男』というネーミングの理由が知りたかったマリアだが、それ以上質問できなかった。
「そう…」
ロビンが逆に質問した。
「あなたはトラ男君と、どう言う関係なの?トラ男君にはあなたを迎えに行くように、としか言われてないんだけど」
マリアが説明に窮した時、ロビンとウソップが乗ってきたボートに到着した。
「ロビン!!連れて来てくれたか!」
長い鼻のウソップがボートから姿を現した。
一瞬たじろいだマリアだが、丁寧に礼を言った。
「見つけてくださってありがとうございます。ひょっとしてあなたも麦わらの…?」
「ああ!ゴッド・ウソップとは俺様のことだ!!」
胸を張って自慢げにそう言うウソップだったが、マリアにはピンと来なかったらしく、曖昧な笑顔を浮かべるにとどめた。
「助かりました。本当にありがとうございました」
「な~に、いいってことよ」
ウソップはゴッド・ウソップの手配書と自分自身の違いがあることを認識していたので、気落ちしたものの深く追及はしなかった。マリアは麦わらの気配を察知し、二人に知らせた。
「…。麦わらは随分、回復したみたいね」
「お前、ルフィがどこにいるのか分かるのか?」
ウソップが驚いた表情で言ったのをマリアは微かな笑顔で答える。
「ええ。私、どうしてか分からないけど、覇王色の覇気の使い手の気配は、どこにいても感じられるみたいなの」
マリアは、そう言うとローの船が近くに来るまでマリアは覇気で得た、二人とは別行動をとっているらしい麦わらの情報を謝礼の代わりに二人に伝えた。
「一緒にいるのは、ナミ…さん、チョッパーさん、後…」
マリアは戸惑った表情を浮かべる。
「骨だけなのに、生きて動いてる…?」
ウソップとロビンが同時に口を開いた。
「ああ、ブルックだ」
「ブルックのことね」
「それと豹みたいな頭の男の人と兎みたいな頭の女の子がいるわ」
「何~っ!?キャロットがサニー号にいるだと~っ!?」
「そう言えば、キャロットがいないって騒いでたわね」
大声を出すウソップに対して冷静な口調のロビンにマリアは笑みをこぼした。が、すぐに心配そうな顔になる。
「麦わらといると大変ね…」
「何だ~?ルフィのヤツ、また何かやらかしたのかァ?」
ウソップが不安気に顔を曇らせた。
「食糧、全部使い切ったみたい」
マリアがそう言うとウソップは更に大きな声になり、ロビンの他人事のような感想にツッコミを入れる。
「アホか~っ!!」
「それは大変ね」
「ロビン!もうちょっと心配そうにしろよ!!」
ウソップのリアクションが面白かったので、彼らの詳細を伝えることに集中したマリアは自分のことを言いそびれてしまった。
ローはドフラミンゴを治療するための用意をしながら、パンクハザードでの記憶を呼びさましていた。
「マリアがシュガーのこと、甘やかしてなければいいけど…」
シーザーの研究所で、モネが実験台の子供たちの部屋の扉を後ろ手(羽根だが)に、呟くのが聞こえたことを。
ローがいることに気付いたモネは、頬を赤らめて言い訳のように言葉をつないだ。
「シュガーっていうのは私の妹なんだけど、特別幹部のクセに甘ったれでね。ビシッと言い聞かせなきゃいけないのに…。友達のマリアは幹部じゃないことが原因かもしれないけど、人が良すぎて…」
口ごもるモネにローは遠い昔にいた妹を思い出した。
「妹ってヤツは甘ったれと相場が決まってる」
馴れ合うつもりはなかったが、言葉が勝手に出ていた。それにつられたのか、モネがいつもは見せない暖かい笑顔を浮かべる。
「そうね」
ドレスローザでの戦いでは目にしなかったが、幹部やドフラミンゴと密接な関係らしい、覇気で話しかけてきた女がモネの言うマリアだろう、とローは推測した。
我に返り改めてドフラミンゴの状態を確認したローは、思わず顔をしかめる。薬や道具が全くなかったのだろう、適切とは言い難い手当をされている外傷を負っていたのだ。
目に見える傷以外にも手首の関節は外れており、能力を使えないようにされている。さらに脚も数箇所、関節がないはずのところで変な方向を向いていて明らかに骨折していた。
周りではクルーたちが何故ドフラミンゴがここにいるのか、ローが治療するのか、ヒソヒソと話す声が聞こえたが、ローは構わず治療を続ける。
海軍が自分たちの失敗を公表することなどありえない。もしジャックがドフラミンゴを救出しようとして海軍に殺されていたなら、自分たちが到着したゾウに再び彼が現れるはずがない。ジャックと、助け出されたドフラミンゴ・ファミリーの間に何か亀裂が生じたのだろう。ファミリーは散り散りになり、ドフラミンゴは一人、救命ボートで脱出したに違いない。
そんなことを考えながら、ローは淡々と治療を行っていった。腹部にも打撲痕があったので、内臓の様子を確かめるため、腹を開いていたところだった。
急に手術室の扉が開いた。
「患者の付添人が到着しました!」
「連れて来い」
ローが静かに言うのと同時にマスクと帽子と術衣を身に着けたマリアがオペ室に入ってくる。入るなり、マリアの視線は手術台の上の人物にくぎづけになった。
「若様…」
マリアの第一声はこの一言だった。内臓が見えているが、気味悪がったり目を背けたりせずに見つめていた。
「何があった?」
自己紹介もマリアに対して誰何もせず、ローが単刀直入に聞く。
マリアは自信なさげにあやふやな答えをした。
「私にもよく分からなくて…。気がついたらボートの上だったから。多分、海軍にやられた…と思うんだけど…」
「海軍?」
ジャックじゃなくてか?とローは不審に思い、聞き返す。マリアはより自信なさげに言葉を紡ぐ。
「マリンフォードで大将か誰かにやられたんじゃないのかしら…」
「マリンフォード?」
なぜ2年も前のことを口にしたのか分からず、ローは思わず聞き返した。クルーたちもざわめく。その場の感情を感じたマリアは追い詰められたかのように動揺する。
「何?違うの?」
ローはマリアが頭を打ったかして記憶を失ったのかもしれないと思い、この女も後で診なければならないなと、内心舌打ちしながら、彼女を落ち着かせるため話を合わせる。
「いや。何で無関係のお前がマリンフォードのことを知っているのか、疑問に思っただけだ」
その言葉を聞いたマリアは安堵のため息をついた。
「ああ。そう言うことだったのね」
クスリと笑ってマリアは言葉を続ける。
「海軍に呼び出されて素直に若様が答えると思う?」
ローは無言で否定した。
「だから私がマリンフォードまで付き添って行ったのよ」
「そうか」
まるで学校や医者に行きたがらない駄々っ子を連れて行ったような言い方だ。
「全く…。若様には手を焼かされるのよね」
マスクの下の苦笑が目に浮かぶようだった。
「要するに、お前がコイツをマリンフォードまで連れて行ったってワケだな?」
ローはそう言うと、更に言い続ける。
「トレーボルやピーカたちは、どうした?」
「トレーボル…?誰?」
マリアのその言葉にローはからかわれているのかと思い、ムッとして顔を上げた。しかし、マリアはキョトンとした表情でローを見つめていたのだ。
それを見たローはマリアが単なる物理的な衝撃ではなく、精神的な衝撃で記憶を失ったのではないかと思い、彼女が動揺しないよう平静を装った。
「コイツを知っていると言っていたヤツだ」
「そう…」
マリアは複雑な表情で頷いた。
少し間を開き、口を開く。
「あのね、ロー。若様も私もあなたより年上なんだから『コイツ』とか『お前』はやめてもらえる?」
カチンときたローは言い返す。
「うるせェ。俺にゴチャゴチャ指図するんじゃねェ」
そのやりとりに、クルーたちはハラハラして二人の様子を伺った。ローは命令されることを極端に嫌っているが、女の言い分の方が筋が通っていたからだ。が、その緊張をマリアが溶かした。
「…。まぁ、若様を助けてくれたんだから、少しくらい大目に見てもいいのかしらね」
ローは当たり前だとでも言うように、ドフラミンゴに意識を集中させる。ドレスローザで自分が能力(ガンマナイフ)で傷つけた内臓は、ドフラミンゴ自身の能力による修復以外にも正規の医者が治療した痕跡があった。
肝臓や腎臓が腫れている気もするが、外傷に比べれば大したことではないと思っているとマリアが再び口を開いた。
「そう言えば、あなたに聞きたいことがあったんだけど」
「何だ」
ペンギンがローの額の汗を拭いていることに気付いたマリアは少しの間、口を閉ざす。
「何が聞きたいんだ?!」
気短にローが声を荒げた。
「ごめんなさい。集中してるのに邪魔しちゃ悪いと思って…」
「キャプテンは静か過ぎると逆に集中できないんだ」
と、ベポが困惑しているマリアに優しく助け船を出す。が、ローは抗議するかのごとく、鋭い視線をベポに向けた。
「ベポ」
「すみません…」
シュンとしょげてしまったベポをとりなすようにマリアが言葉を発する。
「じゃあ遠慮なく聞くわね。どうしてあの時、若様はコラソンの後ろでハナを垂らして大泣きしてたあなたに気付かなかったの?」