「どうしてあの時、若様はコラソンの後ろでハナを垂らして大泣きしてたあなたに気付かなかったの?」
ローの動きが止まった。うっかり腹部大動脈を傷つけそうになってしまったからだ。ローだけでなく、クルーたちも凍りついたように立ち尽くしている。動きがないため音もたたない。
(確か、静か過ぎると集中できないのよね…)
マリアは少し焦りながら再び質問する。
「あのね。若様はどうしてハナ垂らして大泣きしてたあなたに気付かなかったの?」
「うるせェ!!!同じことを2度も3度も言うな!!!」
自分がローの恥ずかしい過去を暴露しているとは、微塵も自覚していないマリアは、気を使ったのに逆ギレされたと思い、少しムッとしてマスクの中で唇をとがらせる。
「失礼ね。3度は言ってないわよ…。まだ」
「キャプテンがハナ垂らして大泣き…」
ローの向かい側にいたシャチが呆然と呟いた。
と、シャチの髪の毛を数本切り落としたメスが後ろの壁に刺さる。
「悪い。手がすべった」
「危ないわね…」
眉をひそめたマリアが、余計なことを言う前にローは簡単に原因を告げた。
「コラさんの能力だ」
「コラソンの?」
「コラさんはナギナギの実の能力者だった。あの時は俺の出す音が聞こえないようにしてくれてた」
マリアは納得した。自分の覇気は能力が通用しないことを覚えていたからだ。
「そういうことだったのね…。やっと謎が解けたわ」
マリアは微笑みを浮かべながら頷くと、そう言った。
ローも彼女に聞きたいことがあった。ドフラミンゴの腹を閉じる準備をしながら、納得のいった表情のマリアに問い掛ける。
「俺もお前に聞きたいことがある。どうして、俺の能力はお前に通用しなかった?」
『お前』の連呼にも反応することなく、マリアは答えた。
「私の能力のせいね」
「お前の能力?」
「そう。私のウミウミの能力のせい」
訝しげな視線を向けるローにマリアは微笑んで言葉を続けた。
「ウミウミの能力は他の人の能力を無効化するのよ」
マリアの記憶が混乱する。ドフラミンゴに触れて能力を封じた覚えはあるが、他の能力者の能力を無効化した覚えがあるような…。
そんなはずないとマリアは自分に言いきかせた。少し頭痛がしてくる。マリアは話し続けることで考えを断ち切った。
「これ、返すわね。若様の代わり」
そう言ってペンを差し出した。ローが能力でドフラミンゴと入れ替えた物だった。
ローがマリアが能力で移動しなかったことに驚いたように、マリアもドフラミンゴがいきなり姿を消し、その場にペンが出現したことに驚いた。が、ドフラミンゴはローの元にいることを覇気で感じたマリアは、後でペンをローに返そうと持っていたのだった。
開いた腹を閉じているローの代わりにベポがペンを受け取る。しっかり手当てされたドフラミンゴを見たマリアは安心感から、睡魔に襲われた。急に脱力し崩れ落ちそうになったマリアを、慌てて側にいたクルーが支える。
「ちょっ…。お姉さん!」
「私は、お姉さんじゃなくてマリアって言うの…」
意識が闇に吸い込まれる前に、マリアは呟いた。
「どうしたんだ?」
ローではなく、ベポがオタオタしてクルーに確認した。
「…。寝てます」
スヤスヤと寝息をたてているマリアを支えたクルーが答える。
ローは再び小さく舌打ちした。麦わらもそうだが、妙なタイミングで寝る人間が多い。
しかし、彼女の場合は気が緩んでしまったのかもしれない、と根は人の良いローは短く命令した。
「診察室に寝かせとけ」
「分かりました!」
支えていたマリアを抱き上げたクルーが、手術室を後にする。
傷などの包帯も巻き終わり、ローは長いため息をついた。ドフラミンゴはマリアと同じ診察室へと移動させた。
「普通なら全治3ヶ月ってとこだが…」
ローは誰に言うでもなく呟く。
「もう少しかかりますか?」
「いや。逆だ。アマゾン・リリーでの麦わら屋の回復は異常な速さだった。覇王色の覇気の使い手はそうなのかもしれねェ」
ドフラミンゴを移動させたクルーが戻ってきて、伝言を伝えた。
「ニコ・ロビンがキャプテンに話があると…」
「分かった」
間髪を入れずローは答えると、部屋を出る。
廊下の壁に背をもたれさせて腕を組んでいるロビンが、ローをチラリと見て口を開いた。
「トラ男君、ゾロが話をしたいらしいんだけど。来てくれる?」
ある程度、予想していたローは頷く。
ロビンの後を歩き、麦わらの一味のいる部屋のドアを開けると、眼光鋭いロロノア・ゾロと目が合った。
「おぅ。トラ男。呼び出して悪かったな」
髪の毛ほども、そんなことを思っていないだろう口振りでローは迎えられた。ゾロは単刀直入に切り出す。
「ルフィとお前は同盟を組んだ。が、俺らがトラ男の言いなりになる必然性はねェ。お前がウソップとロビンを使った
ローは部屋にいる麦わらの一味(+サムライ)を見回した。
「ちょうどいい。俺もお前達に説明をしたかったところだ。今、この船にはドフラミンゴがいる」
「ミンゴが?!」
ゾロとロビンとフランキーとサムライは、青ざめた表情で目を見開きウソップは一人白目を剥き涙を流した。
「ゴッド屋とニコ屋に迎えに行かせた女はファミリーらしい」
「でも、ドレスローザでは見かけなかったわ」
ロビンが疑わしそうに言う。
「ドフラミンゴは重傷を負ってたが、あの女も2年間の記憶がねェ。ヤツの意識が戻るまで何が起きたのか、分からねェ」
「記憶がないィ?!ってどういうことだ?!」
ドフラミンゴのことを一瞬忘れたウソップが叫んだ。
「理由は分からねェが、マリンフォードの一件の直後だと思い込んでた」
「ひょっとして、ルフィのことを言ってたのは、それでかしら」
ロビンが、ハッと何か気付いたようにローを見つめた。ローは怪訝そうにロビンに視線を移す。
「麦わら屋のことを?」
「ええ。ルフィのことを゛随分、回復したみたいね゛って…」
「ああ!そう言や、そんなこと言ってたな!」
ウソップが再び叫ぶ。だが、それが耳に入らないようにロビンは拳を顎に当て、冷静に付け加えた。
「てっきりドレスローザで負った傷のことを言っていたのかと思ったけど…」
「ファミリーらしいが、俺たちが倒した幹部の記憶もねェ。これは俺個人の見解だが…」
ローは言葉を切る。ロビンが先を促すように首を傾げた。
「ドフラミンゴが重傷だったってことは、幹部たちも無事じゃねェだろう。ひでェ
ジャック達によるゾウでのミンク族への執拗な攻撃を垣間見たゾロ達は、深刻な表情で頷いた。
「ウソップとロビンにその女を迎えに行かせた理由は分かった。だが、今度からはきちんと理由を説明しろ。俺たちが納得できたら手伝ってやる」
隻眼で睨むゾロに対しローは冷ややかな目で答える。
「今回のことは緊急だったからお前らに頼んだ。それは認める。だが俺に命令するな」
二人の視線に火花が見えるようだった時。太い声が響いた。
「まあ、それでいいんならいいじゃねェか。こっちもトラ男の船に乗せてもらってるんだしな」
フランキーが二人をとりなすように言う。が、ゾロは吐き捨てるように毒づいた。
「あのアホコックが勝手に消えなきゃ、サニー号が使えたんだ」
「それで、彼女は?ドフラミンゴのところ?」
本当に疑問に思ったのか、話題を替えようとしたのか、ロビンがローに尋ねる。
「ああ。気が緩んだのか、寝てるが」
「そう」
それを聞いた途端、ウソップは寒気を感じた。
寒気と言うより、恐怖だったかもしれない。
それも自分のではなく、違う誰かのものの。ウソップは我知らず叫んでいた。
「おいっ!アイツは?どこにいる?!」
見聞色の覇気で同じような感覚を感じたのだろう、ローとゾロが険しい表情になった。
「ドフラミンゴと同じ部屋だ…。何かあったのかもしれねェ」
だが、唐突にその感触は薄れていった。
「おいっ!アイツはどこだ?!」
ウソップは再び叫んだ。
「こっちだ」
ローが部屋を飛び出した。
それにゾロとウソップが続く。更にフランキーとロビンとサムライまでも後を追う。
狭い船内の上、ドフラミンゴの部屋までに曲がり角はないにも関わらず何故か、いきなりUターンしてウソップの方へゾロが向かって来た。
「ん?ウソップ。どこ行くんだ?」
「その質問、そっくりそのまま返すよ!!トラ男が向かってるのはあっちだろ?!」
そう言うとウソップは自分に向かって来たゾロを回れ右をさせ、背中を押してローの後を追う。
そう遠くない(普通なら迷うはずもない)部屋のドアをローが開けた。室内の光景に固まったローの後ろで、麦わらの仲間たちも立ち止まる。
「…。トラ男。お前は怪我人と付き添いを一緒に寝かすのか」
狭い部屋の中にはベッドが2床あったが1つはもぬけの殻で、もう1つの方には元々の主ドフラミンゴ(だろうが趣味の悪いサングラスもピンク色の羽コートもないので、単なる背の高い包帯だらけの男だ)の他、包帯を巻かれた彼の胸を枕がわりに、あどけない表情で添い寝しているマリアを見てゾロが言った。
ゾロの後ろから覗き込んだウソップがローより早く口を開く。
「ひょっとして、これがコイツの日常なんじゃねェか?親と一緒に寝てた子供が一人で寝かされたけど、やっぱり怖くなって戻るみたいな」
「もしくはトラ男君の推測が正しいとして、夢で幹部たちのことを思い出しそうになったとか」
ウソップの更に後ろにいるロビンが言った。ローもゾロもどっちでもいい(どうでもいい)と思ったが、発言はしなかった。代わりにフランキーが呆れたように口を開く。
「どっちにしろミンゴの側が落ち着ける、変わった姉ちゃんだってことは確かだな」
「そう言えばトラ男君、どうしてドフラミンゴを助けたの?カイドウに繋がってる彼を倒せば終わりじゃなかったの?」
ロビンの問いに、ローは少し考えて答えた。
「…。まあ、この女に助けを求められたしな。それにもしファミリーがジャックにやられたとしたら、ドフラミンゴも俺たちの目的に手を貸すかもしれねェ。そう思っただけだ」
「そう…」
特に異変があった訳ではないことを確認したローたちは、部屋を出た。ふと思い出したようにローが一味に話しかける。
「ああ、そうだ。あいつらが増えたから食料やら薬やらを補給しなきゃならねェ。どうせ、お前らヒマなんだろ。街がありそうな場所に船を着けるから、買い出しに行ってこい」
「あ゛ァ゛?何で俺らがお
ゾロがこめかみに青筋を浮かべ、ローを睨みつけた。ローもゾロを睨み、冷ややかに返す。
「誰もお前に行けとは言ってねェ。迷子になったお前を探す手間が増えるからな」
「ンだと?!」
更に青筋を浮かべローを睨みつけるゾロを見逃さなかったウソップが思わず吹き出した。ロビンもクスクス笑いながら、付け加える。
「彼女もドフラミンゴも服がないでしょうし。二人が使う日用品も買わなきゃね」
「なら、姉ちゃんの目が覚めたら買いモンに連れてってやるか」
「あ~、そうだな~。どういうのがいいか分かンねェもんな~」
フランキーとウソップが続けた。
「着る物なら拙者が出してもよいが」
「お前がいいならいいけど、ミンゴが服脱ぐたんびに出してやるのか?」
鼻の下を伸ばして提案する錦えもんにウソップが問い掛ける。錦えもんは真面目な表情でウソップの肩を叩いた。
「かたじけない。ウソップ殿。服も買って来て下され」
「何で俺が行くの、決定なんだよ!」
「私は行かないけど、サングラスだけは欲しいわ」
目覚めたマリアが言ったのはその言葉だった。
ローは耳を疑った。
「お前らの必要品だ。何で行かない?」
マリアは肩をすくめて言う。
「別に若様も私も持ち物にこだわりはないもの」
「あんな趣味の悪いサングラスなんか売ってねェだろ」
ローが言うとマリアは軽く笑ってローの言葉を繰り返した。
「あんな趣味の悪いのじゃなくていいわ。サングラスなら」
「…。お前がいねェからって、コイツをどうする訳じゃねェぞ」
ローがそう言うとマリアは吹き出した。
「そんなの、分かってるわ。そうじゃなくて私が居ない間に若様の目が覚めたら困るのはローでしょ?」
「…ならお前がヤツらにそう言え」
「いいわ。悪いけどロビンさんたちに、ここに来てくれるように伝えてくれる?」
ものを頼むのに、呼び付けるのはどうかと思いつつローは頼まれたとおりにした。
マリアはロビンたちに自分はドフラミンゴに付き添うから買い物は彼らにお願いしたいと言った。
「何だ。姉ちゃんは来ねェのか」
「ごめんなさい。でもサングラスだけは、どうしても買って来てほしいの」
「他の物は?いらないの?」
出かける準備が整い、人目につきたくないと言うサムライと寝ているゾロ以外の一味にマリアが話す。
「そうね。必要最低限あればいいわ」
「サングラスって、ひょっとしてドフラミンゴのか?あんな悪趣味なの、売ってるか?」
ウソップがローと同じようなことを口にしたのでマリアは思わず吹き出した。
「あんな趣味の悪いのじゃなくてもいいの。サングラスだったら何でも」
「他には?どうしても欲しい物はないの?」
ロビンが聞いてもマリアは微笑んで頷くだけだった。
「ドフラミンゴのヤツ、目に何か問題でもあるのか?」
訝しげに質問したウソップにマリアはとぼけて答える。
「さあ。寝る時もサングラスしてたから知らないわ」
ドフラミンゴの瞳の色が変わること、その秘密がマリアの宝物であることをマリアは覚えていた。
「寝てる時もって…。ヘンなヤツだなぁ~」
ウソップは真っ当な感想を漏らす。
「まぁ、何か思い付いたら話しかけてくれ」
ウソップが自分の頭を指して覇気を使うよう促した。
次も時間がかかると思いますが、長い目でお待ちくださいませ。