「お前は、これでも喰ってろ!!」
父親にそう言われて、投げつけられたのは、痩せ細った鼠の死骸だった。
生き物の気配ならば、どんな小動物でも探ることができたが、死骸となると物と同じで、視界に入らない限り、存在が分からない。
いきなり足下に飛んできたその物体にマリアは硬直した。
マリアは両親から疎まれていた。他人の気配を察知することができたからだ。普通なら、気味悪がられるくらいで済んだだろう。
ところが、ミニオン島の山の僻村では、ここ数年、慢性的な不作が続いていた。
すると力仕事にも、ろくに使えず食べるだけの子ども、特に女の子は邪魔者扱いされていた。
役に立たない子どもを山の中に置き去りにしても、マリアが探しだし、連れて帰って来るので、両親は集落の中で白い目で見られていた。そんな理由で疎まれたのだ。
マリア自身、何度も置き去りにされたことがあったが、両親の気配のする方へと足が動いてしまうのだ。親に捨てられる寂しさを肌で感じられるマリアは嫌な顔をされると知っていながら、つい置き去りにされている子どもたちを連れて帰ってしまうのだった。
「あんた、こんな子にやることなんかないよ」
母親が無表情に言った。食料が分け合える位あった頃は優しい表情をしていたのを、マリアは覚えている。
冬になり草も枯れて、ただでさえ少ない食料が乏しくなっていった。
ある日、集落の大人たちが集まり話し合いをした。
「とにかく、あんたんとこのマリアが問題なんだよ。子どもを遠くに連れてっても、探し出してくる」
「このままじゃ、みんな飢え死にしちまう。冬を越すのに、ギリギリわたしらが食いつなぐだけの食料しか残っとらんのだからな」
「子どもたちも、町にたどり着ければ食い物も誰かに恵んでもらえるだろう」
話し合っている大人たちの目が微かに狂気を帯びてきていた。
「そうだな。この山も獣がいなくなった。食われることもなかろう」
町にたどり着く前に、飢え死にする可能性の方が高いとは誰も口にしなかった。
翌日、マリアたち少女が集められた。
「いいか。お前ら。ここにいても、みんな飢え死にしちまう。お前らだけでも山を下りて、町で食い物を恵んでもらえ。わしらはボロ家でも守らにゃならん。また、春になって戻ってきたけりゃ、戻ればいいし、町の方が性に合うんだったら、町で住みゃいいさ」
そう言われ、体よく半ば強制的に集落を追い出された。
「どうする?」
「近くにいれば、気が変わって迎えに来てくれるのが、分かるかも」
「私は言われた通りにするわ…」
マリアは疲れたように言った。
「何か分からないけど、イヤな気配がするもの」
「マリアがそう言うなら、私たちも行くわ」
モネがシュガーの手を引いて言った。
他の少女たちも、その言葉を聞いてマリアに賛成した。
「マリアがイヤな気配って言うなら、いいことじゃなさそうね」
「早くここを離れましょう」
少女たちは山の麓の町に向かって、ヨロヨロと歩き出した。
マリアがイヤな気配と感じた、山賊が集落を襲った。
長老が代表して山賊と話し合った。
「ここには、カネになるものは何もない。ただ…。さっき、娘たちを町へ向かわせた。器量良しが揃っている。売り飛ばせば、そこそこのカネになるだろう」
山賊は下卑た笑みを浮かべ、言われた方角へ進んだ。
マリアはイヤな気配が近付くのを感じとっていた。
「みんな、木に登って!身を隠して!」
木の実を取るため、集落の子どもたちは皆、木登りはできた。
マリアに言われるがまま、常緑樹に登り身を隠した。
「娘たちってなぁ、いくつくらいなんだ?」
「知らねェよ。売っぱらう前に俺達でじっくり味わって、吟味してやるさ」
「商品に手を出すのか?」
「最初からキズモノだったことにすりゃあいいさ」
「まあ、年なんか町に行きゃ、好みが分かれるからな」
「あぁ。幼女好みやら熟女好きやら色々いるな」
「さすがに熟女はいねェだろ」
そんな会話をして大笑いしながら、山賊は少女たちのいる木の下を下っていった。
マリアは無表情にその会話を聞いていた。
大人たちが生きる為に自分たちを犠牲にしようとするなら、自分たちが生き延びる為に大人たちを犠牲にしても、文句を言われる筋合いではないだろう。
山賊が通りすぎると少女たちの中に、木を下りようとする者が出た。
「ダメよ。彼らが戻ってくるまで、待ちましょう」
マリアは少女たちを制した。
しばらくすると案の定、山賊が怒りを露に戻って来た。
「ヤツら、騙しやがった!小娘どころか動物なんざ、いやしねェ!」
「小娘の代わりに、ヤツらを売っぱらってやる!」
「ヒューマンショップに行きゃあ、それなりのカネになるさ」
「ここからヒューマンショップまで、どれだけ時間とカネがかかると思ってんだ!始末しちまった方が早えェ!」
口々に文句を言いながら、山賊は集落へ向かって行った。
「今のうちよ。早く、ここを離れましょう」
マリアは少女たちを促した。
集落からは、殺戮の気配が漂ってくる。
「てめえら、騙しやがったな!!」
「俺達にウソを教えやがって…。とんだ無駄骨、折らせてくれたな!」
山賊が戻ってくるとは思わなかった大人たちは驚愕した。
「本当に娘たちを何人か、町に向かわせたんだ!」
その言葉に山賊は冷笑を浴びせた。
「その小娘ってのは、どんだけ足が速いんだよ」
「随分、先まで行ってみたが、小娘どころか動物なんざ、いやしねェ!」
その時、一人がハッとしたように言った。
「マリアだ!アイツが娘たちに指示して隠れるように言ったんだ!」
「そうだ!マリアのせいだ!」
しかし、山賊は納得しなかった。
目をギラつかせて、腰に下げた剣に手をかけた。
血しぶきをあげ、集落の人々は次々と切り刻まれていった。そして若い娘たちとヤる気満々だった彼らは、その欲望を女たちにぶちまけた後で男たち同様、切り刻んだ。
阿鼻叫喚となった様子を遠くに感じながら、マリアは少女たちを急がせた。
「急ぎましょう。早くしないと彼らがまた追いかけて来るわ」
山賊の気配に怯えながら、少女たちは町を目指した。
町までにある、目もくらむような吊り橋を渡り急な斜面を下り、歩けなくなった少女たちを手助けしながら、歩を進めて行った。
それでも、やはり元々の体力が限界にきていたのだろう。
一人二人と、倒れて息を引き取っていった。
やっとの思いで町にたどり着いた時には、マリア、モネ、シュガーの3人になっていた。
マリアは、町のどこかの屋敷の外に何か強い気配を感じた。怒りや憎しみが二十代後半の二人の男の間で渦巻いているような気配だった。そして、座り込んでいる男の後ろでは、少年が涙を流して男の背中の辺りを叩いているが、立って銃を構えている男の方は、それを全く無視していた。
「マリア、何か感じる?」
シュガーをおぶったモネが不安そうな表情で尋ねる。
「ええ。でも、私達を追ってくる気配じゃないわ。何て言うか…惹き付けられるの。感情のぶつかり合いに」
そして再び気配を探る。
『もう放っといてやれ!!!あいつは自由だ!!!』
魂の叫びがマリアの頭の中に響く。「あいつ」とは、背中に隠している少年のことのようだ。マリアには、何故その少年をいない者のように男たちが振る舞っているのか、分からなかった。(見聞色の覇気で感じていたため、マリアにはコラソンの能力は通用しなかったのだ)
ドン!ドン!5発程、銃を発射する音が聞こえる。
立っていた男が発射したようだ。
マリアは思った。
(殺したい程の感情があるなんて、羨ましい…。)
マリアにとって命は感情ではなく、やるかやられるかのやりとりだったからだ。
しばらくして、その少年が隙を見て逃げるのを感じ、気配を追うのをやめ、マリアはモネと一緒にヨロヨロと歩を進めて行った。
すると何人か集団で、こちらへ向かってきていた。マリアたちに気づいたスーツ姿の男(セニョール・ピンク)が話しかけてきた。
「こんな時間に外を出歩いてたら、危ないぜ。ウチに帰りな」
モネは必死に懇願した。
「私達、家を追い出されたんです。行く所もありません。何でもしますから雇ってくれませんか?」
「俺達は海賊だ。それでも構わないか?」
「雇ってくれるのでしたら、構いません」
そこに、老人(ラオG)が口をはさむ。
「そのちびっこいのは、ベビー5と年が近そうじゃ。デリンジャーも一緒に子守りでもしてもらえれば、助かる」
3人はファミリーとともに船に乗った。
「若が戻って来たら、出航だ」
そう言うセニョール・ピンクの言葉が終わらないうちに、ドフラミンゴが戻った。機嫌が悪いらしく、眉間にしわを寄せている。
(さっき黒いコートの人を撃ち殺した人だわ…)
無表情なマリアに見つめられていたのに気づいたらしい。
「なんだ?そのガキどもは」
「すいません。家を追い出されたとかで、デリンジャーたちの子守りでもさせようかと」
「勝手にしろ」
冷たい声で言い放つ。そして、まだ彼を見つめているマリアをにらみつけた。
「なんだ?俺の顔に何かついてるか?」
「いえ…。探していた男の子を何で見逃したのかと思って…」
その言葉にドフラミンゴは顔色を変え、マリアの胸ぐらをつかんだ。
「貴様、どこで見てやがった」
モネがドフラミンゴの腕にとりすがった。
「マリアは気配を感じることができるんです!私達、ずっと一緒にいました!」
「見聞色の覇気か…」
ドフラミンゴはマリアを離した。
「その男の子ってのは、今どこにいる?」
「島に…」
「海軍に保護させたってのはウソだったのか!コラソンのヤツ…」
怒りで顔を歪ませるドフラミンゴ。
「おい。先に俺の部屋に行ってろ」
マリアに命じると、トレーボルに話しかける。
「あのガキの見聞色の覇気は大したモンだ。見ろ。どこが俺の部屋か、教えなくても分かってやがる」
この広間に続く多くの扉の中で、ドフラミンゴの気配が強く残っている奥の部屋に迷わず向かう、マリアの後ろ姿を見て言った。
「ドフィ…」
「コラソンの言葉で腑に落ちないことがあった。アイツに確かめてくる。部屋に誰も入れるな」
モネが心配そうな顔で見送る。
無表情に海軍が仕掛けてくる砲撃の様子を眺めているマリアにドフラミンゴが話しかける。
「お前、名前は?」
「マリア…です」
「俺はドンキホーテ・ドフラミンゴだ。お前が見たっていうガキの特徴を言ってみろ」
マリアは小首を傾げ、思い出そうとした。
「…。大きな毛皮の帽子をかぶっていて…。顔が白く斑になっていたわ。病気かしら…。それにケガもしていたわ」
その特徴は、ドフラミンゴの記憶の中のローと一致していた。
(ケガってのは、ヴェルゴの仕業だな)
「それで、ローはどこにいた?」
「ロー…?」
イラついたように、ドフラミンゴが声を荒げる。
「お前が見たってガキだ!」
「あの子なら、ずっとあなたが撃ち殺した人のすぐ後ろに」
ドフラミンゴは状況を思い出した。
「コラソンの後ろには宝箱しかなかった。…そうか。その中に隠れてやがったか」
そう言って舌打ちする。
「ウソをついて悪かった、とか嫌われたくなかったとか、つまらねェ冗談を言ってたのは俺じゃなく、ローに言ったんだな?」
「ええ。その…ローも答えていたわ。『そんなこと、とっくに知ってる』って。大声で泣き叫んでたはずだけど、どうして見逃したんですか?」
ドフラミンゴは額に青筋を浮かべ、マリアをにらみつけた。
「見逃したんじゃねェ!本当に何も聞こえなかった!お前の覇気が本物じゃなきゃ、お前の言葉を疑ってるところだ!」
怒鳴られても怖がる素振りを見せず、マリアはポツンと呟いた。
「あの人の優しさは残酷だわ…」
ドフラミンゴは凄惨な笑みを見せた。
「残酷…?俺はよく言われるがな。コラソンを残酷だなんて言うヤツは初めてだ」
「あなたは冷酷。微塵の優しさもない」
身も蓋もない言葉にドフラミンゴは呆れたが、マリアは続ける。
「自分が命を落としてまで守った子どもには、自分しか頼る人がいないのを知っていて、それでもその子に生き続けろ、だなんて残酷。絶望の中で生きろなんて、私は言えないわ」
ぼんやり遠くを見つめるマリアにドフラミンゴは冷笑を浴びせた。
「マリア、よく覚えておけ。男の優しさなんざ、残酷なモンなんだよ」
「あの人は…コラソンは、あなたの弟さんね。裏切ったから、殺した」
「ああ、そうだ。俺のジャマをしやがった。裏切り者は消す。ファミリーの鉄則だ」
「その鉄則もあるけど、裏切られた怒りとか憎しみもあった」
ドフラミンゴは不機嫌な声で言った。
「だから何だ。家族を憎むのがおかしいか?」
「いいえ。羨ましかったの。私が山賊から生き延びるために家族が犠牲になっても何とも思わなかった…。家族も私達を山賊に差し出して生き延びようとして…。どっちも生きるために必死だった。感情なんてどこにもない…。怒りも憎しみも」
濁った硝子玉のような感情のない目をしたマリアに、ドフラミンゴですら背筋を凍らせた。
「オペオペの実をローに食わせたってのは、本当か?」
濁った硝子玉のようだったマリアの目にうっすら光が戻った。
「それは分からない。でも、ウソをついている感じじゃなかったわ」
ドフラミンゴは舌打ちをした。
「オペオペの実も、実を食ったローも手に入れ損ねたが…。まあいい。代わりにしちゃぁ大分劣るが、お前の覇気も使い道がありそうだ。お前ら3人とも、ファミリーに向かえよう」
マリアの過去が考えてたより、シリアスになってしまいました。(汗)
そしてコラソンファンの皆様、残酷とか言ってすみません。m(_ _)m