※この作品はR-18です。

誰がために……   作:やすけん

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第四話

時間が時間だけに、標的(ターゲット)のトモタヨシオは情事にふけっていた。だから部屋に入るのに音を殺す必要はなかった。金髪爆乳の女の呻き声が部屋の中でハリケーンのように轟いていたからだ。寝そべったトモタの上で金髪爆乳は馬に乗っているように上下している。乳牛のようなパンパンで離れた二つの乳房がぶるんぶるん動く様を三人称視点で見るのは気分が悪い。金髪の乳牛は快楽に目なんか瞑(つぶ)らず前を見ていれば見えたかもしれない。亡霊(スペクター)の存在を。

 

そろそろ絶頂に達するらしい。激しくなってきた。日本ではオーガズムをイクと表現する。くしくもそれは、逝くと同音なんだ。トモタも呻き声を上げ、ビクビクと震える。乳牛の乳首がビンビンに立って、トモタに覆いかぶさる。腹の中が満たされたみたいだから、上の口を満たしてやろう。そんな事が脳裏によぎってベットに近づいていく。金髪を鷲掴みにして顔を上げさせる。するとこの乳牛はマゾっ気があるみたいで痛いはずなのにニヤついていたんだ。それについては何も思わない。何も考えないようにしよう。さぁ仕事だ。警備兵の血で汚れたナイフをイラマチオさせるみたいに深く、一気に、ニヤついている口に突き刺した。

 

幸せの最中に死ねて良かったね。まるで最初に殺してやった政治家みたいだ。

 

金髪を蹴り飛ばして、トモタの腹の上を膝で押さえもう片方の足で喉仏を踏みつけて窒息させる。トモタが暴れて戦闘服を掻き毟るから、遮光効果が無くなってスペクターの姿が暴露しちゃった。ガスマスクのガラス越しにトモタと目が会う。トモタは怯えた子犬のような目をしている。正常な反応だ。なんせお前はこれから、メディック(衛生兵)による尋問を受けるんだ。同情はしない。

 

所詮、他人事だ。

 

※ ※ ※

 

ゴースト内におけるメディック(衛生兵)は敵の拷問も受け持っている。それは体を治す専門家だからだ。決して矛盾ではない。知っているからこそ、その知識を、悪用できる。人体の急所を知っている。人間が何を恐れるのかも、知っている。戦う医者。壊す医者。それがスペクターのメディックだ。

 

シャルロット・ミグノン。

 

フランス人の闇女医がトモタを痛めつけている。お前の他に車を流していたのは誰だって。

 

多分トモタは会社が車を流していた事を知らない。裸の王様状態だったろう。実際彼は泣きながらそんな事は知らないって叫んでる。海賊に車を渡していたトモタ自動車。トモタの車はエコで、よく走って、頑丈だから、海賊の機動力が上がってしまう。厄介なスポンサーなのだ。

 

最近ではアメリカのあるスーパーリッチが海賊と本格的なスポンサー関係にあるという情報をキャッチしている。そのスポンサー野郎を探るために荒事担当のゴーストは今度海賊の本拠地に乗り込む。頭目をさらって、トモタみたいにメディックの前に縛って持っていくんだ。

 

そうしてスポンサーのスーパーリッチが発覚すれば、それを口実に潰す。それが今回のシナリオらしい。

 

このトモタは同じように海賊に物を卸していた。これはスーパーリッチへの警告であり、これ以上トモタ製品を流すのを防ぐ目的がある。

 

メディックが長細い針をトモタの尿道に突き入れるのを視界の端に捉えながら、アイティーの作業に注視する。

 

トモタの所有する端末からトモタ自動車のネットワークに侵入して各幹部のアカウントを覗き見ている。メカニック(技術兵)が開発したプログラムで、何やらキーワードを設定し、該当する交信があればリストととして表示させる効果があるらしい。

 

この作業をものの二分で終わらし、本当に海賊と接触していた人物を割り出した。その分野を極めると、全くの素人では敵わない事が分かる。実際アイティーやメカニックのやっている事を半分も理解出来ない。

 

「三人。ですね。常務と部長と課長。流通部門の部長に製品管理の常務。あとは広報の課長」

 

「死人予約決定だな」

 

アイティーの報告にヘヴィーのジョンが笑いながら答える。

 

ジョンはそのまま、大好きなグレネードをトモタの股間に置く。

 

「なぁあんた。sawって映画知ってるか」

 

唐突にそう切り出す。saw。猟奇殺人鬼ジグソウによって密室に閉じ込められ、ゲームを強要させられた二人の男性を主軸に話が展開する。残酷なシーンが多いため、日本ではR15指定を食らっていた。

 

「ヘイ、タック」

 

そう言ってジョンはタクティカル(工兵)のスペクターを呼ぶ。

 

タクティカル。スペクターでは障害物の構築や排除を担当する。時にヘヴィーと共に地雷を埋めたりブービートラップを仕掛ける。だから仲が良い。

 

八木橋涼(やぎはしりょう)。タクティカルを務めるのはまたまた田中と同じく日本人だ。自衛官だったかは知らないが、フランスの外人部隊に所属していたという話を聞いた事がある。日本人は指先が器用だと言われるが、本当に八木橋は指先が器用だ。

 

ジョンと八木橋がどんな仕掛けをするかと部屋の中を見ている。

 

他のスペクターはまた始まったと呆れながら部屋の外に出る。このトモタの寝室に入るには扉を引かなければならなかった。だから次に誰かが扉を開けるとグレネードのピンが抜けるようにピアノ線でも張るのか。チープだし斬新さに欠けるけど時間はあまりないからこれが一番手っ取り早くて確実なやり方だ。でも八木橋もジョンと同じく自分の仕事が大好きだ。物を作ったり壊したりするのが大好きだ。ピタゴラスイッチも唖然とする仕掛けを作ったとしても何も思わないね。全然、ぞっとしないよ。

 

「アイティー。撤退だ」

 

「了解」

 

ヘヴィーとタクティカルが遊んでる間にトュームストーンへ一報を入れておく。メカニック(技術兵)のレオンも聞いているからドームから出ればすぐに人員輸送車に乗れる。あとはメカニックにお任せ。ぼーっとしていれば自然とアメリカに帰ってる。

 

スシも焼肉も食べないけど、充分日本は満喫できた。

 

素人同然の警備兵は、やっぱり戦争を知らない日本らしかったからね。今回はラクな任務だった。貰(もら)いの仕事、ってヤツだ。

 

装具や残弾の確認をしていると、大人とは思えない無邪気な雰囲気を漂わせ、ヘヴィーとタクティカルが部屋から出てきた。

 

まだ確認の途中だし、今回の出来は、と一応聞いておく。彼らのメンタルをさらに良好にしてやるために。

 

「へへ。いやいや、良かったよ」

 

マスク越しにもジョンのニヤついた顔が見えた気がした。

 

「どっぷりと精液で満たされた女の中に突っ込んでやってな、それをトモタのイチモツに繋いでやった。傑作だろ」

 

「……」

 

まったく。人の事は言えない気がするが、幼少期に変な事を覚えるとこうやって捻じ曲がってしまうな。良くない。

 

「正常位の体勢で繋いでやった。好きなだけやれば良い。でもアソコとアソコが10センチ以上離れると、ブーン。だ」

 

それだと簡単に抜け出せそうだ。時限爆弾(タイマー)だろうな、と聞きたくなるがジョンはプロだ。

 

「10センチ圏内なら何やっても良い。でも10センチから1マイクロミクロンでもはみ出せばブーンだよ。俺の太い指じゃあんな精緻な仕掛けは出来ないね。ヤギハシはジグソウも欲しがる人材だ」

 

大丈夫。アジアンは10センチもあればピストン出来るだろうってジョンのヤツは笑うが、そのアジアンの血は仲良しの八木橋にも流れてる事を知っているだろうか。

 

「楽しそうで何よりだ」

 

それだけ言ってこの話題は終わらせる。

 

「離脱する」

 

田中と共に逃走経路のクリアリングをしながら–––もっとも、脅威となる警備兵は来る時に全部殺したから、死体ばっかり転がっている–––ドームの出口を目指した。

 

 

※ ※ ※

 

 

今年は忙しかった。と締めくくる。フィーバーしてる海賊問題でゴーストは掛かりきりだ。ある標的を仕留めに行くとアイティー辺りが情報を掴んで新たな標的が出来上がり。の繰り返しだった。トモタの死人予約者も殺してやったし、あとはソマリアに頭目を拉致しに行くだけだ。

 

そんなわけで、少しの休暇を味わっている。一時期妻を貰って子供まで受(もう)けたけど、やっぱり多忙によるすれ違いで離婚をしてしまった。何だか味気ない。殺人かセックスかって聞かれたらどう答えるだろう。

 

よくあるPTSDで妻に暴力を振るうようになったりとかは全然ない。なんなら最後に触れたのはいつだったかな。そんな感覚だ。

 

昔、俺はもう結婚しない。って言って国に命を捧げてた熱血漢がいたんだけど、いつの間にか結婚してて久々に会ったら結婚しろよって勧めてきた上官がいた。

 

曰く、いろんな問題が出てきてそれを解決することで人としての幅が出来る。だったかな。

 

人が何故生まれ、何故死ぬのかは実際に当事者になれば分かるかなと思って適当に女を釣った。その頃には現地で協力者を得るためのスキルも学んでいた。良い機会だしそれを試すとあらま不思議。まんまと落とし込んで結婚まで行ったわけ。

 

望んで生まれる子が一体どれだけいるのか。勝手に燃え上がってセックスして中に生で出して偶々(たまたま)出来ちゃった。が大半のケースなんじゃないかな。

 

んで、愛とかいう感情はその事態に正当性をつけるべくそう望んだと解釈をするんだ。

 

なになに、セックスしたかっただけなんだろう。ただ単に快楽に溺れてただけたんだろう。そりゃゴムがあるか無いかって聞いたら、十人が十人無しの方に手を挙げる。そうやってパコパコして出来ちゃったのが新たな生命だ。

 

これが答えなのか。人間は、快楽を追求すると次世代に繋がる。なんだそれ。全然納得出来ないね。

 

そうやって思考の海に沈んでいると飼いネコのミックが膝に乗ってきた。白いネコなんだけどパンダみたいに目の周りが黒くて、体の側面にはハートに見えなくもない形で黒い部分がある。とっても人懐っこい猫で毛感触がコットンみたいに気持ち良い。

 

顎下をさすってやるとゴロゴロと喉をならすミック。気持ち良さそうに目を瞑っている。

 

ネコは良い。かわいいからもちろんペットとして飼ってるけど気分屋なところが一番好きだ。今こうやってミックも体を寄せて来ているけど少し時間が過ぎればすっといなくなってしまうんだ。捕まえて膝の上に乗せたってピョンと飛び降りる。こういう我を持った感じが良いね。主人と下僕じゃない。あくまで己を貫くところに親近感を覚える。

 

なぁミック。そう呼びかけると耳をピクリと震わせる。でもそれだけ。仕方のない奴だ。バドワイザーのビンを呷り、ウィンストンに火を着ける。肺いっぱいに煙を吸い込み、紫煙を燻(くゆ)らせる。もう一口。ゆっくりと、口の動きだけで煙を吸うようにする。煙は本来甘く、香り高い物だ。嗜好品としてタバコは存在するのだが、庶民はそこを理解していない。このクールスモーキングをすれば、良い大人の仲間入りが出来るはずだ。

 

デリバリーで頼んだピザの最後の一切れをバドワイザーで流し込む。

 

前はボヘームシガーを吸ってけど、韓国産だって聞いて直ぐにやめたよ。だって、途端にキムチ臭く感じちゃったんだもん。

 

やだやだ、別に差別してるわけじゃない。こうやって考えてしまうのは、何も根拠がなくただの僻(ひが)みで言ってるわけじゃない。中国もそうだったけど、ロクな奴がいなかった。あのガツガツくる感じが理解出来ないね。野蛮だよ野蛮。戦場で見つけたら真っ先に殺してやりたい。

 

今度はジャックダニエルをロックグラスに注ぐ。ポアラーがカツンと25ミリリットル入った事を知らせる。

 

これも一気に呷った。紫煙を吸い込み、空間にたゆたわせる。鼻の奥をウィスキーの香りが突き抜ける。

 

そうだ。適当にバーにでも行こうか。隣辺りの人に話しかけて、それとなく人生について語り合うか。

 

あなたは殺人とセックス。どっちを取りますかって。

 

どうだろうね。まず第一、殺人と答える奴はいないだろう。賭けてもいい。もし居るなら、キムチを食ってやる。

 

可愛いミックを置いて夜の街へ繰り出す。肌寒いからコートの襟を立てる。そうしてしばらく歩くと携帯端末(モブ)を取り出す。

 

ディスプレイが3Dで空間に映し出されたそれをタッチすることで操作する端末が今では主流だ。

 

「グラナボ。直近のバーまでの経路を表示」

 

『わかりました』

 

しかしこういった音声入力も可能となっている。グラナボは端末に入っているAIの名前で、とても物知りだ。非常に助かっている。一機一機でAIの名前は違っていて個癖もあるという話だ。グラナボは比較的大人しい部類で、悪く言って特徴が無い。しかしここでふと、ヘヴィーのジョンのAIはどんな奴か気になってしまう。万人受けするように持ち主に合わせAIも性格を形成していく設定らしいから、いや、まさか爆破マニアにはなっていまい。

 

バーの扉を開け、カウンター席に着く。バーテンが何を用意しましょうと問うのでバドワイザーを頼む。グラスが来たら三ドルを置いて、バーテンが札を取ったのを見たらチップの一ドルを置いておく。

 

グラスを傾け喉に黄金色の液体を流し込む。次は何を飲もうか。そんな空気をかもしつつ棚に並ぶビンを見る。しかし実際はビンに映る背後の客たちの顔を見ている。入った時からチラチラとこちらを見ている人間がいるのは分かってる。向こうも気付かれた事を悟ったのか潔く席を立ち隣の席に腰を落ち着かせた。

 

「職場以外で会うなんて、初めてだな」

 

「そうですねベクターさん」

 

隣に来たのは、なんとタクティカルの八木橋涼だった。

 

一見して軍人とは判別できないほど彼には闘争の色を感じる事が出来ない。同じ世界の人間ならば、例え私服だとしても分かるものだ。しかし八木橋は本当に一般人と見分けがつかない。スーツを着させて営業に行かせれば、誰も疑うまい。

 

「今日は観光で来られたのですか」

 

意地悪くそう言ってやる。だが八木橋は朗らかに「やめて下さいよ〜」と笑う。

 

バドワイザーを一口含む。間を開けて職場はどうだ、と先輩風を吹かせてみる。

 

「そうですね。今のポジションに不満は無いですね」

 

周りに民間人がいるため、隠語めいた会話となるのが少し痒い。そうだ。久しぶりに日本語で語るか。

 

ジョンとはどうだ、と数年ぶりに日本語を喋ってみる。意外にナチュラルに喋れている。

 

「ジョンさんは仕事を楽しんでますよね」

 

八木橋も日本語に切り替える。携帯端末(モブ)のAIに頼めば相手が言った事を翻訳させるのは簡単だから、日本語だからといって安心は出来ない。周りの人間に機密事項を気付かれるのはとてもよろしくない状態だ。まぁ、そこまで効果は期待してないけども、何故だか喋りたくなったのだ。日本語が。

 

「お前は楽しんでないのか」

 

日本語の会話は下手だなと思う。ズケズケと無遠慮に喋ってしまうのは何故だろうか。

 

「いえ、楽しんでますよ」

 

八木橋はここで空になったグラスを掲げ、バーテンにBeer pleaseと言う。ボソッとHeinekenとも。

 

釣られるように、手元のグラスを見て一気に飲み下した。追加でウィスキーを頼む。本当は竹鶴が好きなのだが、アメリカでは置いてない事が多い。仕方なくジャックダニエルをショットで頂く。バーテンにはオープンタブでとカードを渡す。

 

「つまみは」

 

「僕は飲む時は食べない人間なので大丈夫です」

 

そうか、と頷きつつバッファローウィングとポテトスキンをオーダーする。遠慮するな日本人。出せば食べるだろう。バーテンがハイネケンのグラスとショットグラスを置いた。琥珀色のウィスキーが小さなグラスに並々と注がれる。

「回りくどい言い方が日本語だと出来ないんだ。気を悪くしてしまった時は素直に言ってくれ。謝罪する」

 

「いえいえ、大丈夫です。並の罵倒では折れませんよ」

 

八木橋は屈託のない笑顔を見せてハイネケンを美味そうに飲む。日本人なのにいい飲みっぷりだ。偏見だろうか。ショットを空にしてから問う。

 

「お前は幽霊を信じるか」

 

この質問の真意を問おうと眉根を寄せる八木橋。

 

「いや、いるでしょうね。多分」

 

と当たり障りのない返答をよこす。

 

「もしいるのだとすれば、どういった過程で出来ると思う」と問い詰める。

 

あぁ、と合点がいったように八木橋は頷く。

 

僕は元々土建屋でしてね、と前置きしてから続ける。

 

「ある大きな物件があったんですけど、ある……そうですね。小さな部屋の小さな窓の一つを、僕は破ってしまったんです」

 

とのたまう。

 

なるほど。土建屋と言えば、自衛隊では施設科の事を指す。兵站を担う彼らの仕事は、本当に土建屋と遜色ない。

 

「その窓は、一見して健全な状態だったんですけど、触れたらパキンって砕けたんです」

 

施設科か。自衛隊は国防を担う唯一の組織だが、災害派遣にPKOと、この三本を中心に活動をしていた。

 

大きな物件。大規模災害の事だろう。小さな窓はそのまま小さな子供というわけだ。

 

路上で横たわる少年少女。自衛隊時代、災害派遣は結構行っている。生きてるのかと思えるくらい綺麗な子だったり、全裸だったり様々な死体を見た事がある。

 

触れたらパキンと折れた、はなんとなくわかる。綺麗な遺体を回収しようと抱き上げた時に首がだらりとありえないほど反り返るのは非常にショッキングな光景だ。その子の首は、皮で繋がってるけども、中では骨は折れてるし、筋肉もロクに機能していなかったんだ。

 

「僕はそれまで仕事の下準備をした事がなかった。全部先輩に任せていたし、やる気さえなかった。でもその時に感じたんですよ。なんて無力なんだって。僕は厳しい教育期間が終わって甘い蜜に甘んじていたんですよ」

 

下準備をしていなかった、か。自衛官はフィジカルにメンタル共にタフでなければ務まらない。だからいざとなれば体力のない隊員は留守番をさせられる。一昔前まで自衛官に求められているのは自国防衛ではなく、災害派遣による人命救助だった。未曾有の東日本大震災があってから、自衛隊の活動は広く世間に知れ渡った。多くの国民は、自衛隊は救命救助のために存在しているものだと誤解したことだろう。

 

自衛隊は専守防衛を謳う組織だ。だから絶対こちらからは仕掛けない。やられて初めてやり返せるように法律が出来ている。だから自衛隊が実戦を経験したことはないし、する事も無かった。一応、日本人は指先が器用だから、作る装備に関しては世界が注目していた。ドイツに負けないほどの工業製品を産む日本が作る軍事装置の性能は全軍隊が目を見張るほどのハイテクさだった。だから諸外国は思うんだ。こんな装備を使う軍隊に勝てるわけがないって。だから踏ん切りがつかずとうとう戦争を仕掛ける国は無かった。

 

そんな中で災害派遣に従事する八木橋は思ったんだろう。まずは自分がしっかりしていればもっと多くの命が救えたんじゃないかと。

 

過酷な環境で救命活動は続く。いろんな死体を見るし、その遺族にも会う。死ぬ直前の人を発見するけど、応援が間に合わず死亡させてしまうケースもある。

 

施設科はその特技上、災害派遣で一番活躍する部隊だ。八木橋は多くの命を救えなかった事に後悔の念を感じているんだな。

 

「僕はそれから何かが変わった。強さを求めるようになった」

 

そう言うと、目つきがガラリと変わる。八木橋のプロフェッショナルな部分が表に出てきた。

 

「すると方向性を誤ったのか、勝負事には負けない、つまりは殺られる前に殺るスキルを学んじゃったんです」

 

何かに取り憑かれたようにスキルを学んだと八木橋は締めくくる。

 

ショットのおかわりをもらうと、頼んでおいたフードが来た。アメリカ版の手羽先にかぶりつく。肉汁したたるジューシーなチキンを咀嚼し、ゴクリと嚥下する。ウィスキーも流し込むと言ってやる。

 

「誰もが望まない『その日』に、『我らのみに許された力を行使する』ために、渾身に備え過酷な運命を自ら選択している。受け売りだがな。これが組織の本質な部分だったらもっと精強になっていただろう」

 

ほら、食え。とバッファローウィングを八木橋に差し出す。

 

「何せ会社も経験がない。どれほど練習しようとも、文化が邪魔した。社員が技術を学ぶ機会は少ない」

 

「そうですね。でも例え技術を培ったとしてもプレゼンでは使えないことが大抵です。僕はフランスの他会社に再就職しましたけど、月とスッポンほどに違います。それまで学んだ事はほとんど否定されました」

 

フランス外人部隊の事か。そうだろう。いざとなれば実戦をするのだ。彼らは。訓練の緊張感は壮絶の一言に尽きる。全て思い通りにいかないのが戦場だ。極限のストレス下で正常に動けるための訓練なのだ。罵詈雑言は当たり前。直接手を下してくる事はないが、うまくいくまでとことんやらせる。そうやって筋肉に直接技術を叩き込む。マッスルメモリーと呼ばれるが、これが非常に役に立つ。目まぐるしく流動する戦場で頭を使う暇はあまりない。咄嗟に体が動くほうが効率が良いものだ。

 

「そうだ八木橋。お前は殺人かセックス。どっちが良い」と問う。

 

「え……」

 

突然訳の分からない質問を浴びせられ、真意をはかっているようだが、裏の意味などない。

 

「他意はない。セックスの方がいいか」

 

ズバッと切り捨てるように質問を浴びせ続ける。

 

「人間ならセックスって言うでしょうね」

 

しかしさらりと八木橋は言った。おいおい、ってことはお前。

 

「でも幽霊は肉体を持たないのでセックス出来ません。怨念でなら殺人が出来るかも」

 

クソ。キムチかよ。バーテンにアイコンタクトを送り言ってやる。

 

「タブクローズ」

 

八木橋と握手をして、ミックのいる自室へ帰る事にした。

 

キムチは食いなくない。




第四話をお読み頂きありがとうございます。

近未来という事で、なかなか描写が難しいです。プロの物書きさんの頭の中を一度見てみたい。

文中で数値が出ますが、漢数字を使うか数字で表記するか非常に悩むところです。

ちなみに、念を押させてもらいますけど、決してアンチヘイトではありませんので。

自衛隊の方々が日頃何をされているのかは分かりませんけど、この作中のようなヘッポコでは務まらないと思ってます。

なので、実在する組織とはまた別物なので、そこのところをよろしくお願いします。

それでは、第五話まで、しばしお待ち下さい。
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