大丈夫です。
脈略なくぶった切って状況が始まりますから。
o(`ω´ )o
「DC兵。なんだこれ」
作戦前、思わず
「さぁな。お上は知ってて当たり前みたいにこれについての説明は一切しなかった。銃の使い方の説明が毎回ないようにな」
「はん。
「違うだろ。ワシントンだ」
「DCね。脅威になりうるからわざわざ作戦概要に盛り込んだんだろう」
「だろうな。いやぁ、全く想像つかん」
「聞けないのか。トュームストーンに」
「それがな、トュームストーンが知らないんだ」
「面倒だな。そんな訳の分からん忠告なんぞ渡さなくていい。気が散るだけだ」
「や。指揮するお前の心境はよく分かる」
「まぁいい。どうせ殺せば死ぬだろう」
「間違いない」
「レオン。今回も頼むぞ」
「おう」
※ ※ ※
この頃が懐かしい。DC兵。とんでもない物をスーパーリッチは寄越したもんだ。
「ジョン。出番だな」
ヘヴィーのジョンの出番。それはゴースト創設以来なかった派手なドンパチの合図だ。
「へへ。やっとかい」
逃げ込んだ倉庫の中でジョンがのっそりと立ち上がる。
今どんな状態かって。ローンサバイバーって映画知ってるかい。四人対百人だったと言われるそれだけど、今は六人対全ソマリア海賊と言ったところか。一応敵地の真ん中に潜入して頭目、つまりは今回の
とんだヘマをやらかしてくれた八木橋には、
だが今はそれを追求したとてこの窮地を打開する策にはならない。一言で言えば
「でもこれで海賊の背後にいるリッチは割り出せましたね。アメリカで一番の規模をほこるハッピーライフ&フューチャー社がスポンサーで確定です」
「ハッピーライフ&フューチャーか」
ふざけた名前のくせに。とんだ化け物を作るもんだ。
すると突然、ガラスの割れる音が頭上で鳴る。もう来やがったか。
「
「了解」
「八木橋。お前はアイティーを援護しろ」
「……分かりました」
クズ野郎が。襲い来るDC兵と八木橋に向かって言う。
腸をこぼした少女が、下顎が吹き飛んだ少年が、腕が千切れた少女が、目が飛び出し垂れている少年が、同じフロアに降り立ち突貫してくる。
一斉に銃器が火を噴いた。サプレッサー内臓のスカウトのライフルは撃つたびに空気の抜けるような音を発しているが、ジョンの7.62mm機関銃は耳を
腸をこぼしていた少女の右目にジョンの7.62mm弾頭が炸裂した。風船が割れるみたいに右側頭部が破裂するけど、少女は走るのをやめない。
サプレッサー5.56mmライフルの十発を下顎が吹き飛んでいる少年の顔面に叩き込むんだけど、カラスにつつかれ続けたスイカみたいな頭になっても走るのをやめない。
田中もシャルロットも同様にDC兵に射撃をするが効果はない。
「ジョン、下がれ」
喉が裂けんばかりに叫ぶ。そうでもなければ口元のマイクと言えども正確に言葉を拾ってくれない。周りの騒音のせいだ。
射撃をしつつジョンは後退する。前に出て行って交錯する瞬間に肩を叩いてやる。するとそれが合図のように猛然とジョンは出口に向かって走り出した。
お得意のナイフを抜き放ち、DC兵を迎え撃つ。
田中も、シャルロットも、格闘に移行しようとしている。
DC兵。何の略かは遭遇してすぐ分かった。
もはや遺伝子操作という枠を超えた改造が、この子達には施されている。
苦痛を、恐怖を感じず、たとえ脳が吹き飛んでも動く子供。
八木橋は、子供が殺せなかった。大人では入れない隙間に隠れていたDC兵が、潜伏斥候みたいに列の最後尾にいる八木橋を急襲したのは、標的を確保してからものの三十分後だった。ゴタゴタとした気配を察して振り返った時には子供を撃てずに立ち尽くす八木橋の背中があった。
代わりにアイティーがマークスマンライフルで的確に頭を撃ち抜いた。子供は顔から地面に突撃して倒れて、一件落着かと思ったけど、やっぱりその子供は死んでなかった。パッと立ち上がり走り出したんだ。八木橋には撃てと命令したけど奴は結局撃てなかった。アイティーの射撃は正確に子供の体に穿たれたけど、いかんせん5.56mm弾だったから致命傷は与えられなかった。どうせ暴露してしまうなら、ジョンの大音量7.62mmを撃たせれば良かった。
みんなが目を疑ったよ。あれ、今頭に当たったよねって確認しあった。それでメディックが閃いたんだ。DCが何の略なのか。
ともあれ、これで敵にこちらの存在が知られた可能性が濃厚になったわけだ。
行程を倍速で行った。慎重さが求められたけれど、速さも求められた。過去最高の集中をして、海賊のアジトの中を走った。結果的に上手く抜け出せたけど、子供をまくことはできなかった。突然目の前に子供が道を塞ぐように立つから、びっくりしちゃって殺してやった。立たれた事に驚いたんじゃない。そいつの顔面は後頭部から入った弾丸により、花みたいに血肉を開いていたんだ。アイティーが撃った子供だとすぐ気付いたよ。
ゴキブリ以上の生命力だ。と、最初は笑っていた。
だがそいつが二人、三人、四人五人と出てくると事情が変わる。
スイカ頭の少年は、目が無いのにどいういうわけかこちらの接近に感づいていて、喉笛目掛け刺突を繰り出す右手首をガッチリと捕まえてる。
でも、経験が違う。スキルが違う。ズルする事を大人は知っている。
膝を真正面から蹴りつけると、子供の足がバッタのように折れ曲がる。間髪入れずに、そう、子供が尻餅をつくのと同時に右手首を抑えている忌々しい枝のような腕に肘鉄を入れる。反り返り、骨が飛び出し血を盛大に撒き散らしてなおホールドは解けない。だが、緩い支柱だと屋根がぐらつくように、捕らわれている右腕はある程度の自由を得ている。
ブスッとナイフを少年の喉に突き立て、引き抜き、また突き立てる。刺して刺して刺しまくる。
児童虐待だって言うつもりかい。やめてくれ。ここは戦場だ。女とか、子供とか、そういった括りは存在しない。あるのは敵味方の区別と生か死の二択だけだ。
最終的に首が千切れるまで刺しまくってやると、ボトリとスイカが落ちた。
痙攣を起こす首なしの少年。
こうやって手間のかかる坊ちゃんや嬢ちゃんがぞろぞろくると、殺しが間に合わない。
一人にして何人殺す労力が払われるのか。とんだ生物兵器だ。
また、ぞろぞろと倉庫内に降り立つDC兵。その数十四人。三人では決して
「下がれ」
田中とシャルロットに命じ、二人が後退する間はDC兵を止めるべく弾幕を張る。
ただ足に被弾しただけでは痛みを感じない子供が立ち止まる事はない。物理的に挫いてやらないと彼ら彼女らは止まってくれない駄々っ子なのだ。
的確に足首か膝を射抜く。ドタバタと子供たちは顔から倒れる。
弾が尽きればポーチの中から新たなマガジンを抜いてライフルに叩き込む。
続けて射撃しようとするんだけど、いつの間にか真横に子供が居た。
アイススケートのイナバウアーを決めるように頭を仰け反らせる子供だが、振り子のように戻って構わずに突撃してくる。眉間には、弾痕が穿たれているというのに。
『準備OKですぜい』
と、突然イヤホンにジョンの声が割り込む。
しかし現状は当初の思惑と外れている。
「ジョン。合図をしたら構わずに爆破しろ」
何か言い返して来るのが聞こえたが、それは自分の声で聞き取れなかった。
「援護しろ」
田中とシャルロットが出口で銃を構え、DC兵を殺すべく引き金を絞る。
耳元で弾丸が空を切る風切り音が幾重にも重なる。
だが、肩を小さな手に掴まれる。クソガキが。振り返り、力一杯ナイフを細い手首に振り下ろす。スッパリと上手いこと切れてくれた。大根を輪切りするみたいな感じだった。
肉肉しい断面図を隠すように深紅の噴水が湧き上がる。
その手首から先をなくした少女に首を刈り取るような上段蹴りを繰り出す。小さい頃に習った空手仕込みの剛撃だ。
確かに骨を折った感触と音。通常ならば死ぬか体に力が入らないものだが、このメスガキはなおも走ろうとする。
距離を詰められないように走った。なんだか怖くなってくる。生命の神秘なのかこれは。一体どうなっている。
出口も間近というところで田中とシャルロットに逃げるよう怒鳴る。
「走れっ」
扉を潜り、刺すような太陽光の降り注ぐ道路に躍り出る。
「ジョン、やれ」
途端、爆音が鳴ったと思えば、世界は静寂に包まれた。そして思い出したように衝撃にあっていたことや、変な浮遊感に気付く。
田中もシャルロットもまるで木っ端みたいに宙に打ち上げられ放物線を描き地面と激突する。その光景を一番上から見ていて、正直肝を冷やした。果たしてこの高さから落下して生きていられるか、と。周囲の建造物の背丈を越え、高さが頂点に達した時に起こる一瞬の停止。その瞬間に–––。急速に迫るアスファルト。足の裏、脛の外側、臀部、背中、肩と順番に着地する五接地転回法でゴロゴロと転がろうとするけど、上手くいかなかった。後方回転をする五接地転回法だけど、ダメージが深いのか足が言うことを聞かなくて前に倒れてしまった。前方回転受身で背中を強か打ち付けるヘマをやらかす。
衝撃に襲われ、息が詰まった。熱々のアスファルトの上で全身が焼け付くように痛みを訴えている。
キーンと耳の奥で鐘が鳴り続け、周りの音が聞き取れない。吐き気がする。
うずくまっていると、両脇を支えられ立たされた。
またクソのDC兵かと思ったけど、見たら田中とシャルロットだった。田中は切迫した表情で何か叫んでる。でもそれはまるでサイレント映画を見てるみたいに音が伴っていない。ずっとキーンという耳鳴りに塗りつぶされ音が消えてしまっていた。
後ろを見ると、一人だけDC兵が生き残っていた。右半身はほとんど吹き飛んで残った左半分も焼けただれ、とても直視に耐えられる状態じゃなかった。理科室の模型人形みたいに、瞼がなくなって剥き出しになった眼球がこちらを見ている。頬もなくなって露出した歯がキツく噛み合わされているのは、苦痛のせいか。いや、苦痛は感じないんだったか。そのDC兵は、左腕だけで這いずり、こちらを目指していた。
立て籠っていた倉庫は、器用に敷地からはみ出ることなく倒壊している。他のDC兵は瓦礫の下敷きになったはずだ。
クソ。何も聞こえない。
「ターゲットの確保を最優先に行動しろ。今から二十分以内に回収ポイントまで辿りつけなかった奴は置いていく。アイティーとタックは何としても捕まるな。手段を尽くし任務を遂行しろ。後で合流する」
と無線のマイクに叫んだ。正確には叫んだつもりだ。
何かシャルロットが言っている。メディックとしての仕事をしているらしいが、耳を指差し何も無いという手信号を送る。
ピンチだ。窮地だ。今海賊に追い打ちを食らえば、ひとたまりもない。だが心にあるのは焦燥でも、囚われる恐怖でも、死への恐怖でもない。高揚感だ。胸の高鳴りに体にエネルギーが湧いてくる。
面白い。このシテュエーションは経験したことがない。これが戦争か。これが闘争か。これが殺し合いか。
頭の中でマップを思い浮かべ、現在地を推定。腕時計に備わっているコンパスを使い方位を特定。回収ポイントまで走る。
徐々に頭の中の鐘は鳴りを潜めていく。
だがしかし流石アフリカ大陸。暑い。加え頭痛に吐き気、眩暈に襲われ思うに体が動かない。
それでも道路を走っていると、目の前の交差点をこちらに曲がってくるトラックが見えた。トモタ自動車のエンブレムをつけたそれは、荷台にお決まりのRPG-7なんかを持ってる海賊達がいっぱい乗っている。
先頭を走ってるから経路を選択する責任がある。前はトラックで抑えられてるから左右を見渡す。すると、ザ・路地裏って細い道があるから迷う事なく入った。
怒号を上げながら騒がしくトラックから下車する音が聞こえた気がした。
バァンっていう破裂音がして、すぐに路地裏の入り口付近が吹き飛んだ。闇雲にRPG-7を撃つなんて、品がない。そんなところに潜んでいるわけがないだろう。
大きく迂回する羽目になるけど、仕方がない。そのまま路地を突っ切る。
後ろから瓦礫を踏み越え海賊が追いかけてくる気配がする。案の定、一番後ろの田中が背後に向かって射撃をした。狭い路地では撃ったもん勝ちだから、ひとまず距離が詰まることは無い。
道路に出て、回収ポイントへ向け走る。
正直しんどい。辛い。頭は痛いし胸焼けもする。嘔吐もしそうだしとりあえずそこらじゅう痛い。そんな中で太陽のひりつく直射の下全力疾走するのはマトモじゃない。
戦場がマトモであった事なんて無いと思うけど、少なくとも今までは追う立場だった。追われる者の心境なんかわからなかった。
狂っている。でもこれこそ、望んだ、願った、待ち焦がれた世界だ。
生きている。生き抜こうと足掻いている。これが生きることの過酷さだ。
『スカウト。メカニックだ。タックとアイティー、タンゴは回収した。あとはお前達だけだ。帰ってこい』
息が上がってそれどころじゃないけど、返事はしなくちゃならない。
「わかった。だが時間に間に合わなかったら、置いて行け」
返事は聞かない。聞いてる余裕がなかった。
海賊が追いかけてきて、凄い数の弾をこちらに飛ばして来ていたからだ。すぐ隣の壁や足元のアスファルトが弾け飛ぶのを見て、これが我が身にも起こるのかと思うと少しだけ怖い。
近くのドアを蹴り破り中に避難する。
けど、列の最後尾を行く田中が被弾した。
「痛ってぇ」とか言って倒れるから、雨あられと弾が飛んでくる外に出て田中の襟首を掴み引きずり込む。引きずりながら撃ってると、田中も引きずられながら撃つし、シャルロットも物陰から銃口だけ出して撃つ。
そうやって九死に一生を得た田中は、バツの悪そうな顔で「すいません」と言う。
気にするな。優しく言ってやって部屋の中を見渡す。ゆっくりなんてしていられない。活路を–––。
すると道路上で、爆発が起こった。海賊達の喚く声が聞こえてきて、もう一度爆発が起こる。
『ヘイ、ボス。屋上だ。スゲェ数の海賊をミンチに変えてる。今度から
ジョン、ナイスアシストだな。帰ったらチューしてやる。
「上に行くぞ」
田中とシャルロットを先導し、屋上に上がる。
スペクターの装着するスーツの中には、液体が入っている。デンプンを溶かした水は普通に浸る事が出来るけど、叩いたり衝撃を加えると一時的に固まるのはご存知かい。だからデンプン水の上を走る事も、可能っちゃ可能なんだ。
そんな原理で、このバトルスーツは軽量ながら強い衝撃にも中の水分が凝固して対応してくれる。弾が貫通することは無いけど、代わりに硬い石が叩きつけられるみたいに凄く痛い。骨折はほぼ免れない。
被弾した田中は辛そうだけど、本来なら傷口の手当てとかで走る事も出来ない。技術の進歩に感謝しなくてはならない。
脂汗を滲ませる田中の額に、シャルロットが触れるけど、「大丈夫だ。俺は足首が骨折していても六千メートル走で一番を取った事がある」と武勇伝を披露した。
だからどうしたの、とシャルロットは流し、「肋骨が折れてるわ」と誰でもわかる事をあえて断言した。
「骨の一本や二本で、男なのに情けないわね」
そんな二人には構わずに屋上へ出る。
出た途端、ジョンが肩に被弾するのを目撃した。
「あぁ」とジョンは苦痛の悲鳴を漏らして、「
「ジョン。よくやった。逃げるぞ」
「ええ。その前に、この辺に砲迫要求されては」と聞いてくるので、「そうだな」と返す。
てっきり忘れていた。そんなに歳をとっていたつもりは無いのだが、便利な物があるのだから、使わない手は無い。
「トュームストーン。現在地に爆撃要求。これより南西へ二百メートル走る。四十秒後に
『了解』
「友軍に殺されたくなかったら、走るぞ」
そうやって南西方向へ走る。丁度南西方向へ道路が伸びていて、道沿いに建物が建っているから、屋上から屋上へ飛び移ったりしてとにかく走る。目算にして三五〇メートル走ったあたりだろう。走り出した地点に、要求通り迫撃砲が降ってきた。破片が四散し、大地が揺れ、危うくこけそうになる。
アイティーとタクティカルが羨ましい。こんな必死に逃げてる中、彼らは安全な装甲車の中で待っているだけなのだ。
追っ手は巻けただろうか。追撃はないし屋上を走っているから海賊はてっきりスペクターをロストしたかな。
腕時計を見た。そんなに猶予は無い。
走れ走れ走れ。
ぜぇぜぇと喘ぐ息遣いが、耳うるさい。
回収ポイントも間近というところで一見して溶け込んでいるように見えるが、よくよく眼を凝らすと見える装甲車のシルエットを見つける。
油断せずに下に降りて、道路のクリアリングをしながら他の隊員を
「そのまま乗れ」
通常なら、先頭に着いた者は周囲の警戒につかなければならない。全員が乗ってから、そいつは乗り込む事が出来るが、ここは速度を追求し、逐次乗ることにする。
シャルロットが乗り込み、田中が乗ると、不意に射撃音がした。目の前のジョンが倒れて、事態を理解する前に視界が回った。
ドンと衝撃を受け、視界には大きな空が映った。
何事かと思った刹那、胸を何かに踏みつけられる感触に襲われ、咄嗟に足を振り上げる。
バシンっと弾かれるように誰かが退くのがわかった。咄嗟に立ち上がり、装甲車を目指す。飛び出そうとする田中を車内に突き飛ばし、扉を閉めた。外から鍵をかけて、中から出られないようにする。
振り返ると、人のシルエットの上でビリビリと電撃みたいなのが走り、遮光装置が異常をきたしているのが見て取れた。
まさか、遮光装置を備えた奴が海賊側にいるのか。
そいつは装置をオフにしたのか姿を現す。
「貴様、やるじゃないか。この私の手にかかって死を免れたのは、お前が始めてだ。名は」
と満面の笑みで聞いてくる奴は、日系の顔をしている。目に隈を濃く残して赤いベレー帽をつけていて、長身痩躯で肌の血色も悪いな。重病患者のように肌が白い。けれども、その肌の上に疾る傷跡は壮絶だ。唇を斜めに裂いている裂傷跡が一番目を引くが、頬に疾るケロイド状の一筋が、そのまま眼球に達している事が過去に凄惨な拷問にあった事を物語っている。右目は動いているのに、そのケロイドの追付く左目は動いていない。恐らく義眼だろう。
容姿はメタルギアソリッドに出てきたヴァンプそっくりだと思う。実際こいつは手にナイフを持っていて、同じ匂いがする。この僕と。
腕時計を見た。時間だ。
「レオン。時間だ。行け」
『……』
早く行けよ。そうやって思っていると、ぞろぞろと海賊達が姿を現し始めた。
そういう事か。海賊達は見失ったと見せかけて、わざと泳がせたのか。そうして、まんまと回収ポイントまで追いかけてきて、一網打尽にしようと画策したのか。
もと漁師の海賊なんかに、そんな知恵があるわけない。
その知恵を授けたのは、この目の前の赤いベレー帽のスカーフェイスか。
「レオン、行けよ。任務を優先しろ」
『わかってるさ。だがこの状況、どう切り抜けるってんだ』
「ジョンとどうにかするさ。カミカゼアタックを見せてやる」
『お前……』
「ミックの世話だけ頼む。いい猫だ。可愛がってくれ」
『バカ野郎』
「俺たちはゴーストだ。そのうちの誰が死んだって記録には残らないし誰も悲しまない。これでいいんだ。ターゲットを護送しろ」
『……了解した。グッドラック』
幸運なんぞクソの頼りにもならない。頼れるのは自分のみだ。
装甲車の駆動音がしたので、対戦車火器を持つ海賊は一斉にそれを構えた。
だから撃たれる前に撃つ。
リズミカルに構える、狙う、撃つをこなして小移動。物陰に隠れてもう一度構える、狙う、撃つ。
装甲車の至近距離で発射された弾頭が爆発して肝を冷やすけど、異常なく前進を続けている。
これでいいんだ。ここが死に場所だ。
ジョンも同じく物陰に隠れて応戦している。
また弾がすごい量で降ってきて砕けたアスファルト片が体に当たって微妙に痛い。
ジリ貧だ。
このままいたら、まさに蜂の巣になってしまう。
けれども、何もせずにこのまま死ぬのは、少しばかり気に入らない。
遮光装置をオンにして走り出そうとすると、なんと弾の雨が止んだ。何事だ。
恐る恐るといった感じで顔を出すと、先ほどのスカーフェイスが手を挙げていた。あいつの指示に従う海賊。奴は一体何者だろう。
戦闘服の肩口には見たこともない紋章が縫い付けられている。海賊達が最近使い出した紋章ではない。
「おいお前、出てこい。サシで勝負しよう」
なんと酔狂な申し出だろう。撃ち殺そうか。
アメリカ人のジョンは構わずに銃を構えようとすると、「動くなよ」とどこからともなく声が響いた。
遮光装置をオフにして突如としてジョンの横に現れたのは見たことある顔だった。銃をジョンのこめかみに突きつけながら、こちらに笑みを向けている。
「ようベクター。久しぶりじゃねぇか」
「
「士長じゃねぇよ。自衛隊じゃねぇんだ」
矢野はこのスカーフェイスと同じ紋章を肩口に付けている。所属は一緒のようだ。
「ベクターと言うのか。矢野が知っているという事は、お前も自衛官だったのか」
それがどおした。心の中で答えるだけにして、睨みつける。スカーフェイスは目を細めて、まるで値踏みするようにこちらを見る。
「その漂う哀愁。いや、虚無感か。お前からは同じ匂いがする。世界が退屈なんだろう。殺し合いをしていなきゃ、自我を保てないんだろう。これしか能のない人間なんだろう」
バカを言うな。ちゃんと、ちゃんと……。
何故だろう。答えられない。
「図星かな。見たところ君は信念で戦っているようには見えない。それならばいい職場があるぞ。
らしい。だが、そんなに魅力的には感じられない。第一に、矢野が居る時点で、同じ職場には行きたくない。それにミックの事が気掛かりだ。休む間も無くだと、ふざけるな。
「悪いがな、猫を飼ってるんだ。たまには帰ってやらないと心配でな。その誘いは断らせてもらう」
「何、猫だと。たかが猫で–––」
「たかが猫だと。その発言で貴様を殺す理由は充分だ」
スカーフェイスは笑った。こいつは笑うと、唇にとどまらず頬まで裂ける事にいま気付く。口裂け女は、こんな感じなのか。気持ち悪い。
「お前たちは、スーパーリッチの私兵だな」
と核心を突く質問を投げる。どうせ答えはしないかだろうが、死ぬ前に何か手掛かりをトュームストーンに送れば英雄にでもなれるかな。
だがスカーフェイスは「それが」と、肯定の意を示してきた。口が軽い奴だ。頬までさけると勝手に言葉が漏れるのかもしれない。
「ハッピーライフ&フューチャー社の人間だな」
「正確には違うな。私たちは
「何故政府のワンコだと思う」
「最近なぁ、何かだ。見えない何かにリッチ達は怯えている。勝手に商談の重要人物は消えるし、大事な製品が丸ごと無くなっていたり、社長が殺されていたりな。姿の見えない何かだよ。リッチ達は
「へぇ」
「そういう事だから、私たち
「お前が暴露してしまっているがな。それは良いのか」
「良いんだよ。どうせお前は死ぬんだ。ここでな」
「飼い猫をバカにしてくれた礼に、お前を殺してその情報を持ち帰ってやる」
「いいね。そういうのは嫌いじゃない」
スカーフェイスは構えた。銃口を向けようとすると「ボス、そんなキモいホモ野郎やっちまえ」とジョンが煽る。
すると矢野がジョンの腹部に銃床打撃を加えた。鈍い音と共に巨体が傾いだ。
「このイエローチキン。ぶっ殺すぞ」
ジョンは太い脚で前蹴りを繰り出す。矢野は銃でガードするが軽く吹き飛んでしまう。
追い打ちを加えようとするジョンだが、制止の声をかける前にやられてしまった。
矢野は下からジョンの手を取りブレイクダンスのウィンドミルを行う。アリゲーターのデスロールに巻き込まれたと同然で、ジョンの手がねじり上がる。
ジョンは手の腱を断裂させないように受け身をとって倒れた。そこを逃さず矢野はマウントを取る。まるで蛇みたいにスルスルっと優位に立つと戦意を削ぐ殴打を顔面に振り下ろす。三角締めの要領で脚も首に絡め取り、殴打を振り下ろし続ける。ジョンの巨体から力が抜けるのに、そう時間はかからなかった。確実に強くなっている。
思い出す。自衛官時代の矢野と田中の徒手格闘の決勝戦。堅実に基本に忠実な田中に対し、矢野は変則的な動きを見せる。野生で動く矢野の動きを読む事は難しく、幾多の者が敢え無く敗退し、まんまと無傷のまま決勝まで駒を進めていた。
対し田中は蹴りで自分の足首を痛めていた。
そんな中で決勝戦は執り行われた。
矢野は本能で動く。田中の痛めていた脚へ攻撃を集中させる。
誰もが田中の敗北を予感したが、田中には負けられない理由があった。
田中は矢野の事が大っ嫌いだったのだ。
矢野に負けたら死にますと言って試合に臨んだ田中の覚悟は、脚一本では折れなかった。
最後は、見事に折れた脚での上段蹴りが矢野の顔に炸裂した。矢野は予期しなかっただろう。折れた脚での攻撃を。本能を上回る田中の執念が勝利したのだ。その一週間後の六千メートル走に田中は出場して、一位を取ったのは伝説だが、シャルロットには通用していなかったな。
ここに田中が居なくてよかったのか。リマッチを見てみたい気になるが、こちらはスカーフェイスが残っている。いかほどの腕前なのか。やられたジョンは気の毒だが、構っていられない。
「お前もスカウトだろう。ナイフだ。ナイフで勝負しよう」
そうスカーフェイスは切り出した。
こちらは手にサプレッサー5.56mmライフルを持っている。構えて、狙って、撃てばスカーフェイスは死ぬ。
でもやっぱり、この体には半分サムライの血が流れているようで、そんな事をするのはカッコ悪く感じた。
正々堂々なんて戦争では通用しないけど、こいつらは、僕たちは、それとは違う世界に生きている。
求めるモノは同じという事だ。
ライフルなんか置いて、ナイフを
スカーフェイスも、顔から笑みを消して冷眼で睨み返してくる。
爬虫類みたいだ。とスカーフェイスの目を分析する。
ナイフを顔の高さまで持ってきて、刃を翻す。太陽光を反射させて、スカーフェイスの三白眼へ照射する。
思わず目を瞑った隙を逃さず、スカーフェイスの左側へ回り込む。義眼で半分視野がなくなってるだろうから、死角を突く戦法だ。
腕を上げて目をかばっているから、脇がガラ空きだ。大きな血管の走るその脇へ、刃を躍らせる。
けど、カツンって言って刃は通らなかった。なんだ、
驚いた。でもそんな事で止まる愚行は犯さない。効かないのなら別の場所だ。
息を止めて即座に股をV字に切り伏せる。太腿の内側にある大腿動脈を狙って。
手応えあった。しかし浅かったか。スカーフェイスが眩しがって腕を上げてからのコンマ数秒でそこまで攻撃を繰り出したけど、ピンピンしている。
驚いたようにスカーフェイスは目を見開いて、左手で突き飛ばしてきた。
その手芸は逸品だ。ほとんど見えなかった。たたらを踏んでの後退を余儀なくされた。
スカーフェイスは突然笑い出した。
「お前、やるな。私はレッドキャップと呼ばれていてな、こと格闘戦で負けた事がない。私に一太刀を浴びせた人間は数えるほどしかいないが、知覚するのが困難な程にナイフを振るう男は初めてだ。お前なら、俺を殺してくれるかもな」
「お望みなら殺すよ。代価はその安い命でいい」
「はっ。気に入った」
両者共に踏み出した。
互いに左手は空けて、右手に刃物。左半身を前に出した、同じ構えだ。プロの兵隊同士なのか何なのか、理由はわからんが、鏡写しのようだ。
本気を出さなくていけないようだ。柔道や空手で使うすり足で間合いを詰める。水流のようにとどまることなく滑らかに、相手の懐へ忍び込む。
スカーフェイスことレッドキャップが、先手を打った。だがそれは距離を測るための牽制である刺突なのは分かっている。だから微動だにせずにそれを流し、歩を進める。
考えている事が分かる気がする。
レッドキャップがナイフを引くのと連動するように、大胆に踏み込んだ。流れる動きから、爆発したような激しい動きにシフトする。
頸動脈を狙ってナイフを疾らせる。
しかし敵も去る者、レッドキャップは巧みに左手でナイフを払うとカウンターの一突き。
それを下に流し、払われた右手をそのまま振るい斬撃を繰り出す。
レッドキャップは辛くも上体を反らして避けるも、一ミリくらいは掠ったか。喉から少し出血していた。
ナイフを逆手に持ち替えたレッドキャップは、コンパクトに踏み込み、これまたコンパクトにナイフを振った。
ナイフを持つ手を左手で掴み、右手のナイフを疾らせる。その右手に、レッドキャップの左肘が直撃し、痺れが走る。
こちらが怯んだのをレッドキャップはやはり見逃さない。体をぶつけるように密着してきて、そのままナイフを刺そうとする。
だから、バックステップで距離を保ちつつナイフを振るう。
レッドキャップのナイフとぶつかり、火花が散る。上手い。隻眼で的確に距離感を掴み、正確に打ち当てる芸当はそうそう出来る物ではない。
感心しつつ、返す刀でもう一撃。
再び火花を散らす二本の刃。
互いに脚が止まった。両者クリティカルポイントに腕が届くクロスレンジで、とことんやり合おうと意気投合した。
刃を弧を描くように振るう。やはり鏡写しか、すべての動きが連動している。ならばと角度を変え、緩急を付けるけど、結果は同じだ。互いに宙に「8」の字を書くように刃を振る。レッドキャップのハンドスピードが尋常じゃないな。激しく金属音が鳴り、火花が飛ぶ。しかしどんなに速くとも、反撃を警戒しながらの攻撃は殺意に欠け、どうしても浅くなる。決め手にはならない。
素人はどうしてもナイフを突きつけられれば、切っ先に目が行ってしまうだろう。しかし精通した人間ならば、それが誤りだという事を知っている。徒手格闘もナイフ術もそう変わらない。決め手に刃物があるかないかの違いだ。要はナイフは手段の一つであってナイフ術の全てでは無い。重要なのはどう隙を作るかだ。
ナイフを恐れてならない。恐るのは、敗北する屈辱だけでいい。
鍔迫り合いとなり、力比べをしている最中にレッドキャップが左手を襟首に伸ばしてきた。それを左肘で打ち据える。眼球へチョキの手で突くフェイントを入れて左足でローキック。腿を上げてレッドキャップはこれをカットする。ギリギリと刃物が嫌な音を立てる中、強く押し込みフェイントも入れ、意識を上に持っていったからこのローは入ると思っていた。だから本物の隙が出来ちゃった。レッドキャップはテョキのままの左手を掴むと脇に挟まんとする。やばいと思って左手を引っこぬく。
鍔迫り合いをしているレッドキャップの右手を掴んで捻り上げようとするけど、奴の左手もここに伸びてきてそれを阻止する。
面倒だな。ここまで発展していった格闘はこれが始めてだ。うんざりしていたんだけどレッドキャップは心底これを楽しんでいるみたいだった。
膝をレッドキャップの股間目掛け振り上げる。でも逆に振り上げた脚の内腿に膝を入れられ激痛に襲われてしまう。考えている事が筒抜けになってるみたいだ。
するとレッドキャップは大胆に力を緩めた。
思わず前のめりに倒れそうになる。
合わせてレッドキャップが鋭く左肘をこめかみに打ち込んできて、直撃。コンパクトだったから威力は小さいけど、充分に効いた。
力任せにナイフを持つ手を振り上げる。鍔迫り合いをしていたから、レッドキャップの右手は弾かれたように打ち上がった。
逆手に持ち替えて、すぐに切っ先を振り下ろす。
レッドキャップが身をよじり、首への刺突だけは回避する。振り下ろしたナイフは、レッドキャップの胸に突き刺さった。
喜んでいられない。口内が鉄錆の味で満たされ、派手に
レッドキャップは打ち上げられた右手からナイフを落とし、左手でキャッチし、スイッチしていた。それが腹部へ突き入れられ、今まさに血を吐いている。
引き分けか、な。
元々嘔吐しそうだったから、何か分からない体液も血と一緒に口から飛び出してきて、苦しかった。
下肢に力が入らなくなって、両膝をつく。
下から精一杯レッドキャップを睨んでやる。
すると左手で喉輪を掴まれ無理矢理立たされた。
異常な握力だ。苦しいから奴の手を握ると、凄く骨張っている。こいつ–––。
「私の左手は義手だよ。拷問で左半身をこっ
ハッピーライフ&フューチャー社。医療を軸に様々な分野を股にかけている。DC兵が作れるなら、戦闘用の義手も作れるか。
首を絞められ、窒息してきた。視野が暗くなって、狭まっていく。
これが敗北か。これで死ぬのか。まだ、答えを知らない。何故人は生まれ、死ぬのか、分からない。
けど、そんな事より飼い猫のミックが頭に浮かんだ。今どうしているかな。昼寝でもしているかな。でも時差があったか。いまアメリカは何時だったかな。ミック。何をしているのかな。ごめんな。ミック。お前を、一人にしてしまう。好きな所に行ってくれ。もう玄関で帰りを待たなくていいぞ。もしかして、今も玄関で待っているのかな。ミック、もういいぞ。好きに生きてくれ。去勢しなくて良かった。まだ自然界で生きていけるな。お前の子猫がどんな奴か見たかったな。こんな無責任な主人で、許してくれ。いつかこうなると分かっていて、何もしてやれなかった。
あぁ、ミック–––
飼い猫の姿も、自我さえも、レッドキャップの魔手により深淵へ引きずりこまれ、永遠の闇に幽閉された。
スーパーリッチの私設部隊、
ゴーストVSファントム。また仮面ライダーネタかと突っ込まれそうですが、ウィザードは見てませんから。
フェニックスはずっと太陽で焼かれてるのかと思うと不憫ですが。
何ッ! ミックもライダーネタだって⁈
たまたまです。 本当に。
でも、これからどうなるか楽しみですね。
あからさまにベクターは生存フラグですから、大丈夫でしょう。
ジョンと一緒に捕虜になって、何を体験するんでしょうね。
レッドキャップに、何やられるんでしょうね。
コワイコワイψ(`∇´)ψ
作者はこんな感じでテキトーな人間です。
第六話で、またお会いしましょう。