※この作品はR-18です。

誰がために……   作:やすけん

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レッドキャップに敗北したベクター。

捕虜となりどんな刑に処されているかと思えば、オープニングは日常回ですと⁈

一体どういう事や( *`ω´)













第六話

目が覚めて、ベットから上体を起こす。枕元では、飼い猫のミックが体を丸めて眠っている。たまらず体を撫でまわす。相変わらずいい毛感触だと心が解(ほぐ)れた。

 

すると丁度六時になったことを、目覚まし時計が喧(やかま)しく通告する。

 

ミックもピンっと跳ね起きて、何事かと周囲を伺う。

 

時計を鳴り止ませ、リビングへと向かった。後を追うように、ミックが付いてきて、我先にとエサ置き場に直進する。

 

勢いよく水を飲む様を見ながら、こっちは朝食の準備をする。

 

ポットを沸かして、冷蔵庫から牛乳を取り出し、シリアルを皿に盛る。トーストをオーブンに入れて、カリッときつね色になるまで焼く。

 

待ち時間に、ミックにキャットフードを与え、頭を撫でてやる。

 

手の中を掻い潜り、ミックはキャットフードに夢中だ。

 

ポットが湧いたことを音で知らせてきて、オーブンの中からトーストも姿を現した。

 

カップにコーヒーを入れ、トーストの上にバターを置く。バターは溶けながらトーストの上を滑っていった。

 

これらをテーブルの上に運びテレビを点ける。

 

朝のニュースを軽く見聞きしながら、朝食を胃の中へと詰め込んでいく。

 

いつも見ている番組のニュースコーナーが終わって、最近のトレンドなんかを紹介しだす頃には朝食は終わっていて皿を洗っている。

 

綺麗に水滴を拭って、元あった位置へ皿を戻すと、洗面所へ行って歯を磨く。髭を綺麗に剃って、寝室へ向かった。

 

布団が無造作に置かれてる状態だから、直ぐに寝られるようにと、見栄えよくするためにベットメークを行う。

 

一旦全部引っぺがし、シーツを張る。マットの下にシーツの末端を差し込んで、ピンと皺一つ無いように完璧に張る。

 

枕を一番上に置いて、それに被らないようもう一枚シーツを張る。更に毛布、そして布団。

 

潔癖症というわけでは無いが、こうして整理整頓をする事でしっかりと物の掌握ができる。これは自衛官時代からの習慣だ。

 

必要な物が必要な時に取り出せないのでは話にならないので、決まった物は決まった位置に置いておく。即応体制の保持という観点でもこれは役に立つ。

 

それに侵入者なんかが来れば、少しの乱れでわかるわけだ。

 

もっとも、ミックは好き放題部屋で歩き回るから、上手くやればバレないかもしれないが。

 

掃除をして、干しておいた洗濯物を取り込んで、綺麗に畳んでクローゼットにしまっておく。

 

そうすれば、ちょうどいい時間だ。太陽が程よく空気を暖め終えていて、胃の中の物も落ち着いている。

 

運動服に着替えてランニングだ。

 

とりあえず五〇分程ジョグをして、一キロ走を五本。どれも軽く三分十秒前後でこなして、百メートルダッシュを三本。

 

それから腕立て伏せ、腹筋運動、懸垂を休まずに出来なくなるまで連続で実施、限界までやる。

 

そうしてとことん追い込んでやると、もう昼時だ。

 

シャワーを浴びてから食事の準備をする。

 

ハードな運動の後はやはりタンパク質を補給したくなる。だからステーキをよく焼いてから食す。

 

だが突然、ステーキを口に含むと全身に電撃が走った。

 

美味いからとか、そういう例えではなく、本当に電流が迸る。

 

ここで、思い至った。

 

そういえば、そうだったな。

 

※ ※ ※

 

「おいベクター君。しっかりしてくれ。君には期待しているんだから」

 

カビ臭い独房の中央で、全裸にされた状態で椅子に括り付けられている。部屋を照らすのは頭上の豆電球だけで、周囲の状況を鮮明に掴む事はできない。

 

でも目の前にいるレッドキャップのニヤけ顔だけは、しっかりと視認できる。

 

あれから一体どれだけの月日が経ったのか。僕の顎髭は伸び放題だ。

 

ジュネーブ条約なんか知らなそうなイカれ頭のレッドキャップは、やっぱり捕虜の扱い方が荒い。

 

でも、こっちも第十七条を破っている。捕虜には、その氏名、階級及び生年月日並びに軍の番号、連隊の番号、個人番号又は登録番号については答えなければならないと定められているんだけど、ゴーストは正規に作られた部隊じゃないから番号とかが無い。階級も与えられてない。

 

名前は答えた。生年月日も教えた。でも階級とか所属とかは言いたくても言えない。与えられてないと何回も言ってるんだけど、奴らはそれを信じない。

 

かれこれ何回目の電流だろうか。ずっとこの所属と連番を答えさせようと押し問答が続けられている。

 

「私はね、ベクター君。別にサディストじゃないんだ。素直になれば楽だよ。私に一つ教えてくれれば良いんだ。誰の意図で君の部隊は動いていたのかな。それを言うだけで、たったそれだけで君はこの苦痛から逃れられるんだ。私はその一言をずっと待っている」

 

拷問で大事なのは、尋問官との上下関係を認識させ、反抗心を奪うことだ。言うことを聞かなければ死よりもつらい拷問が永遠に続くのだと、絶望させるのだ。そのため尋問官は拷問する一方で、時には優しく食事や飲み物を与えて、絶望の中で"口を割れば楽になれる"という意識を持つよう誘導していく。そうして、恐怖や苦痛への耐性がつかないように拷問のレベルを徐々に上げていき、言葉巧みに情報を引き出すのが拷問術とされている。

 

レッドキャップは優しく肩に手を置いて、

 

「私もな、過去に拷問にあって、左半身がダメになった。君の辛さは、私が一番分かっている。私もね、心痛いんだ。君みたいな優秀な男を痛ぶるのはね」

 

こうやって私私と連呼するのは、尋問官の存在を刻むためだ。私と君。二人だけ。助けは来ない。

 

レッドキャップは更に手回しの発電機をギチギチと耳障りな音を立たせて駆動させる。

 

この音を聞けば、また電撃が来ると精神的に攻めるのだ。

 

「私はねベクター君。知りたいんだよ。君がどこの国の誰の意図で動いていたのか。それを私に、教えてくれないか」

 

「日本かも知れないし、アメリカかも知れない。はたまた、お前の母ちゃんかも知れない」

 

「残念だよ」

 

そう言ってレッドキャップは電極を体に突き立てる。身を捩り、あらん限りの声で叫び、その苦痛を必死に紛らわせるんだけど、レッドキャップは今回長めに電流を流した。

 

そろそろ終わるだろうと思っても奴はやめなかった。

 

やめてくれ。心の中でそう叫ぶ。ついには口に出そうとするも、苦痛に呻くので声帯は貸切だ。この理不尽な環境に、一体何時間置かれているのか。もう心は傷だらけだ。もういっそのこと、殺して欲しい。

 

だが終わらないと思われたそれを遮ったのは、爆音だ。

 

「何だ」

 

と言ってレッドキャップが慌てて外を見に行くと、銃声が鳴った。

 

ドサリと誰かの骸(むくろ)が倒れて、この部屋に誰かが入ってくる。

 

「ベクターさん、大丈夫ですか。逃げますよ」

 

そう言って戒(いまし)めを解く男の顔は見えない。でもその声に聞き覚えはあった。

 

「田中か」

 

「逃げましょう」

 

肩を支えられながら立つけど、足が言うことを聞かない。立てたと思っても勝手にもつれて膝をついてしまう。泥酔した時の状態が、素面(しらふ)で起こっている。

 

田中は「メカニック、こちらアサルト。タンゴ確保」と恐らくレオンに連絡を入れていた。

 

引きずられるように連れていかれ、もうどこをどう通ったのかも分からない。

 

ここが出口だと分かる扉があって、そこへ田中に支えられながら向かった。

 

助かった。

 

本当にホッとした。ミックは元気にしてるかな。早くミックに会いたい。

 

ありがとう。

 

そう田中に向かい言うと、彼は破顔した。

 

涙が出てきて、本当に嬉しかった。

 

これで助かる。

 

人員輸送車が見えて、中に飛び込んだ。

 

ゴーストの面々も乗り込んできて、作戦領域を離脱していく。

 

毛布をかけられて、美味くもないレーションを渡された。でもこのレーションが、凄く美味かった。レーション如きなんだけど、普通に食べられることに感謝した。

 

ありがとうみんな。助かったよ。

 

でも不意に、耳にあの駆動音が聞こえて–––

 

※ ※ ※

 

全身に電撃が迸(ほとばし)る。自分の声とは思えない咆哮がカビ臭い部屋に轟く。

 

「ベクター君。私たちは逃げられない。この地獄からな」

 

そう叫びながらレッドキャップは電撃を食らわせてくる。

 

「何を泣いているんだベクター君。もう誰かに救われる夢でも見たのかい。美味くもないレーションを食わされて、美味いと感動したのかい。まだ早いだろう」

 

心が、折れそうだ。

 

この地獄からは、逃れられない。

 

「私たちの住むこの世界こそ、地獄だよベクター君。この地球上どこを歩いたって地獄だよベクター君。死んだとしても君はここを彷徨い、地獄から一生抜け出せない」

 

心が、折れてしまいそうだ。

 

もう、ダメだ。

 

殺してくれ。

 

「さて、少し休憩でもしようかね」

 

不意にレッドキャップは電極を置いて、部屋を出て行った。玉のように浮き出た汗が滴り、足元でちょっとした池を作っている。今何をするべきだ。奴がいない今、何をするべきだ。何か、何か、と考えるけど、結局何も考えられない。

 

だが奴は直ぐに戻ってきた。

 

心臓が跳ね上がる。

 

もう奴は恐怖の象徴として心に刻まれているようだ。

 

クソッタレ。

 

「さてと、今日のメニューはケバブだったよ」

 

そう言うとレッドキャップは目の前で仁王立ちとなりケバブにかぶりつく。

 

「うん。美味い」

 

わざとクチャクチャと咀嚼音をたてて、これ見よがしに食事をする。缶のプルタブを開けて、美味そうに喉を鳴らして何か飲んでいる。

 

こっちはお前らの残飯しか食わされないのに。犬も食わないようなゲロを渡すくせに。ドブ水を飲ますせいで腹を下したんだ。

 

ケバブ、美味そうだな。食いたい。

 

あの赤い缶はコーラかな。飲みたい。

 

くそ。

 

これも拷問か。今まで奴がここで飯を食うことは無かった。

 

「タバコいいかな」

 

レッドキャップは断りをいれてからタバコに火を点けた。

 

いい香りがこちらまで届く。

 

タバコが吸いたい。

 

これまで奴は結局電撃しか拷問をしていない。それだけでここまで精神をやられるとは。

 

いや、奴の話術もか。こういった日常をわざと見せるのもそうか。全て計算尽くか。

 

もう耐えられない。発狂しそうだ。

 

誰か、殺してくれ。

 

※ ※ ※

 

何度も助けられる夢を見て、何度も地獄へ引きずり戻された。

 

本当に、頭がおかしくなりそうだ。

 

それでもギリギリ耐えられるのは、やっぱり訓練のお陰かな。本当の限界を知ることで自分の能力が分かるわけだ。

 

レンジャー訓練とかは、まさしく限界まで追い込まれる。

 

限界まで追い込まれて、振り切って、何とか課題を終わらすんだけど、もう一度やれと言われる。三日間にわたる地獄の状況を終えてから、それをもう一度最初からやり直す苦痛。

 

あの時の絶望が、ずっと、ずっと、何度も何度も何度も、僕を苛(さいな)んでいる。

 

髭が白くなっている。多分髪の毛も白くなっちゃったかな。そんなのはアニメの世界だけだと思ったけど、本当に人はストレスで白髪になっちゃうみたいだ。

 

ある時は死者の行軍が見えた。

 

僕がこの手で殺した父が未だに鮮血を流しながら手招きしている。

 

僕がこの手で殺した政治家が、顔に微笑を貼り付けたまま、手招きしている。

 

僕がこの手で殺した子供が、無邪気な笑顔で手招きしている。

 

他にも日本で殺した無能な警備兵もいた。金髪爆乳のビッチもいた。

 

更にその背後には、一体一体を識別できないくらいたくさんの死者が控えている。

 

ここに、弟のライアンや母親はいなかった。二人はまだ生きているんだと、そんな事を冷静に観察しながら、足を前に進めずにいる。

 

この、ここが、地獄だ。

 

地球が、地獄の舞台だ。

 

手招きをする君たちは、一体何処にいるの。

 

天国かい。まさか、そんなものは無い。君たちはこの頭の中にある記憶で、夢に過ぎない。

 

だけど悪魔も閻魔様もいないけど、地獄は確かにある。

 

宗教で言う地獄は、まさしくこの世界だ。

 

人間は罪深い。

 

人々は傲慢で、嫉妬深くて、怒りっぽくて、怠け者で、欲しがりで、色に狂って、よく食べる。

 

一人では全部制覇できないけど、人間が作るコミュニティにこれら七つの要素は欠かせない。

 

そう思う。

 

別に共感してもらわなくたっていい。

 

この考えは、これまでの人生で導かれた一つの答えなんだから。

 

この価値観は押し付けるものではない。

 

「私はね、智天使(ケルビム)なんだ」

 

こうやって哲学的な事を考えていると、レッドキャップは限って宗教の話をする。

 

「この紋章。分かるだろう」

 

そう言って、自らの存在を示す部隊章を見せつけてくる。

 

人と獅子と牛と鷲の頭をそれぞれ四方に持っていて、二枚の翼で体を隠し、もう二枚の翼を広げている変な生き物が描かれている紋章だ。体を隠している翼の隙間からは、数え切れないほどの瞳が描かれているのが見えた。

 

「智天使(ケルビム)はエデンの園にあるセフィロト(生命の樹)を護る務めがあるんだ。回転する炎の剣と共にね」

 

知るか。何の話だ。

 

「ここでいうセフィロトはハッピーライフ&フィーチャー社だ。炎の剣は幽霊社員(ファントム)。つまり私は幽霊社員(ファントム)を統べる智天使(ケルビム)なんだ」

 

そのケルビムとやらは天使のくせに醜い姿形をしている。仮にそれが悪魔だと言われても信じただろう。レッドキャップも酷い傷を顔面に受けている。体の方は知らないが、聖人と名乗っても誰も信用しないだろう。

 

「ハッピーライフ&フィーチャー社の社長はね、自分の事を神か何かだと思っている。だから私設部隊を智天使(ケルビム)なんて名付けるし、ジェイコブ・ハリストラとか言う名前なんだ」

 

ジェイコブ・ハリストラ。いかにも胡散臭い名前だ。

 

「使徒ヤコブとキリスト、それからミトラ(王冠)から名を貰っているらしい。いや、奴の話はどうでもいいな。話を戻そう。諸説あるがセフィロトは分かりやすく言うと天国とこの世を繋ぐエレベーターでね、智天使(ケルビム)は思い上がって登ってきた人間なんかを炎の剣で叩き斬るんだ。つまり君たちみたいにハッピーライフ&フィーチャー社に悪さする虫を叩くのが私の仕事だ」

 

分かりやすい説明をどうも。

 

「セフィロトは十個のセフィラから形成されていてね、それぞれに象徴があるんだ。でもセフィロトの対となる物で邪悪の樹クリフォトと言うのがある。これも十個の要素から成っている」

 

こういう薀蓄(うんちく)も拷問なのか。

 

神の話などどうでもいい。

 

「ベクター君は無神論者(サタン)で、その手の話に愚鈍(ベルゼブブ)だ。愛を拒絶(ルキフグス)するくせ、助けを期待する君は友情に貪欲(アドラメレク)だ。その姿は滑稽で醜悪(ベルフェゴール)極まりない。こうやっていい話をしても無感動(アスタロト)で、DC兵を残酷(アスモデウス)な手段で殺す君は倫理観が無い物質主義者(ナヘマー)だろう。どうだ、君を少し読み解いてみたがクリフォトの十の邪悪な象徴の内八つが君に当てはまる」

 

だったらなんだと言うのか。それだけこの手は汚れていて、それだけの罪を背負っているということなのか。

 

「君はしっかりと我を持っているから不安定(、、、)ではない。色欲(、、)に奔ることもなさそうだ。リリスとバールだけ仲間はずれか」

 

「一体僕に、何がさせたいんだ」

 

「君に私たちがどんな存在か知って欲しいんだ。ここまで痛めつけて口を割らないのは君が初めてなんだよ。それを報告したらお目にかかってね。ジェイコブ・ハリストラが君に会いたがっている。準備したまえ」

 

な、何。

 

「耐えた甲斐があったねベクター君。恐らくもう、痛い目にはあわないんじゃないかな」

 

※ ※ ※

 

「こ、これは」

 

あまりにも有名な建物があった。だがまさか、自分がここに入る事になろうとは。

 

「私もね、これはナンセンスだと思うよ。なんでも金にすればいいと考えるのは、短略的すぎる」

 

ワシントンにある白塗りの建物を、ホワイトハウスと呼ぶが、ならば眼前の建物はゴールドハウスで間違いない。

 

「ジェイコブ・ハリストラ。筋金入りのリッチマンさ」

 

頭、おかしいだろ。

 

ニュースで初めて見た時にそう思った。今もそう思っている。あの頭の中のホワイトハウスが、ゴールドになっただけの建造物。

 

金の宮殿に住まうジェイコブ・ハリストラ。

 

本当に自分のことを神か何かだと勘違いしているんじゃないだろうか。

 

今はどういう状況かと言うと、ソマリアの独房からアメリカに連れ出されている。

 

どうやら汚い身なりではゴールドハウスには入れないようで、レッドキャップも新しい皺一つない戦闘服に着替えている。足元を見ても、ブーツは油膜を張りピカピカだ。

 

だから風呂に入れてもらったし髭も剃った。その時鏡に映った自分の姿を見て、気を失いそうになったのは墓まで持っていく。本当に酷い顔をしていた。頰はこけ、目は落ちくぼみ、ガイコツみたいになっていた。

 

未だに髪は白いけど、逆にオシャレに見えるかもしれない。

 

相応に飯も食わされ、しっかりとした睡眠を与えられた。瞬く間に顔色も良くなって、今ではほとんど元通りだ。

 

車は衛門をくぐり、正面入り口へ続くロータリーへと進んでいく。宮殿は間近で見ると、想像していたものよりずっとデカい。

 

隣のレッドキャップが降りると、運転手にまるで荷物を出すみたいに荒々しく引っ張り出されて道路に跪かされた。

 

「おい、貴様。客人だぞ」

 

というレッドキャップの一声に運転手はひどく怯えている。

 

そんな哀れな運転手の事などレッドキャップは眼中になく、手足を拘束していた錠を解いてくれた。

 

「良いのか。お前を不意打ちするかもしれないし、逃げ出すかもしれないぞ」と脅してみる。

 

「やりたければやればいい。死よりも恐ろしい目に合わせてやるだけだ」

 

あの情景が蘇り、思わず言葉に詰まってしまった。

 

トラウマになってしまったようだ。

 

レッドキャップに促され、ゴールドハウスに入る。

 

中は一言で言えば絢爛豪華–––美麗荘厳–––華麗奔放。なんとでも言える。贅の限りを尽くしたのだろう。だがそのいづれもが庶民の感性とはズレている。

 

金製の裸体の女。それに寄り添う銀製の男。そんなコンビがズラッと大きなホールを囲っている。

 

「これはキリストの一生を表した物だね。このホール一周でちょうど一生だ。あまりにもデカすぎる。私の一生を描くとすれば一体で事足りる。ナイフを持った私だけでね」

 

眩しくて、頭が痛くなる。

 

「まぁ慣れるまで少しかかるだろう。でも日本の諺であるだろう。井の中の蛙」

 

「何」

 

「あれ、違ったか」

 

少し考えてみて、

 

「住めば都、だろ」

 

「そう。それだ。しかしこうもあるだろう。郷に入ってなんとやら」

 

「郷に入らば郷に従えか」

 

「言いたいことはつまりそれだ。無粋なマネはするなよ」

 

そのままレッドキャップに付いていく。

 

「あんたは、何のために戦っている」

 

これからこいつらの親玉に会って言われるんだろう。「共に戦え」と。脅された時、何と答えるだろう。そう考えると、ゴーストに入る時も脅されて入っている。だから今回もこう答えるかな。「わかった」と。

 

矢野がいるけど、命には変えられない。

 

ミックを一人にすることも出来ない。

 

選択肢は一つしかない。

 

だからこいつらの事を少しでも知りたくて聞いてみた。

 

「何のために、だと。殺すのに理由はいるのか」

 

「あんたにとって闘争は、それこそ空気を吸う感覚なのか」

 

「おかしいかね」

 

「いや。同じような物だ。僕も」

 

本当は違うが、まぁいい。

 

これから親玉に会うんだ。いづれ殺す事になる親玉を。

 

※ ※ ※

 

クセルクセス。

 

昔の映画であった、三〇〇人でペルシャに挑んだというあれだ。

 

あれに出てくるクセルクセス王がまず頭に浮かんだ。

 

傲慢で不遜。絶対の自信を崩さないその姿勢。

 

ビジュアルは決して似ていないが、滲み出るオーラがジェイコブをあの裸の王に見せる。

 

だがジェイコブは決して裸の王などではない。

 

トモタのように自分は情事に耽り仕事を部下に任せるような奴ではない。

 

ハッピーライフ&フィーチャー社が行う事全てにジェイコブは関わっているだろう。

 

レッドキャップが言っていたように、会社は奴のエデンなのだ。

 

奴はそのエデンを管理する神なのだ。

 

妙に納得した。

 

レッドキャップらを智天使(ケルビム)と呼ぶ理由が。

 

ジェイコブはそれに相応しい雰囲気を漂わせている。

 

ならば、禁断の果実は何だろう。

 

アダムにエヴァは、一体誰だろう。

 

彼女を惑わす蛇は、一体何だろう。

 

ここは天界と錯覚する不思議な場所だった。

 

「君が件(くだん)の男か」

 

ジェイコブ・ハリストラの声。

 

神の声。いや、違う。奴は人間だ。しっかりしろ。

 

オペラで例えればバリトン・ドラマティコ。

 

低い音域の男声。太く強靭な声だ。

 

「ベクター・クリスと言うのだったかな」

 

「そうだが」

 

レッドキャップがチラとこちらを見る。言葉遣いに気をつけろということか。

 

実際ジェイコブはムッとしたようだ。首を左右に振ると太く息を吐きだした。

 

「君はレッドキャップ君の尋問に耐え、とうとう口を割らなかったそうだな。ベクター君。軍隊を維持する上で一番何に費用を取られると思う」

 

唐突な話題の変え方だ。お前が中心に地球は回っていないぞ。

 

「さぁ、何かな。航空機や車に使う燃料か」

 

「違う。人だよ。人材だ。人材は飛行機や戦車。核ミサイルより金が掛かっている。君たち兵士を養うのには、途方もない金がいるんだ」

 

「そうかい。そんな感覚は全然なかったがな」

 

「わかるまい。人材は替えが効かない。特に君やレッドキャップ君辺りの兵士となるとゴロゴロとはいない。育てようと思っても石ころはダイヤには変わらない」

 

「つまり、どういことだ」

 

言いたいことは分かっている。

 

「殺すには惜しい人材だと言っているんだ。君の才能は智天使(ケルビム)でこそ生きよう」

 

「どうかな」

 

「君は大方政府の非合法部隊に所属しているんだろう。我々が奪った国力を取り戻すべく尽力しているんだろう」

 

あんたの読み通りだよ、とは口が裂けても言えない。

 

「でもベクター君。今の世を見たまえ。アメリカ大陸は平和な物だ。テロも犯罪さえない。人々は望む物を手に入れることが出来るからね」

 

「しかしそれはアメリカに限った話だろう」

 

「何故ハッピーライフ&フィーチャーと社名を定めたか君は知っているか」

 

「いや。生憎興味なくてな」

 

「言葉のままだ。幸せな人生が続くようにという意味だ。私はアメリカ大陸でそれを実現した」

 

「何が幸せかは、人それぞれだと思うがな」

 

「その人それぞれの幸せがアメリカにはあると言っているんだ。決して、アメリカという国では出来なかった事が、実現しているんだよ。我が社は無くした物を再生する技術を生み出した。レッドキャップ君の体だって、その技術で再生している。DCを使った実験は、人類に多大な貢献をしている。アメリカという枠の中では、倫理観がそれを良しとしなかった。アメリカが続いていれば、今この瞬間もなかった。ならば君たちは、なぜアメリカなんかの為に働くんだ」

 

アメリカ、アメリカ、アメリカ。何故だ。何故だろう。ゴーストの隊員でも、アメリカ人はジョンだけだ。

 

「アメリカという国はもう死んだ。今のこの体制こそ完成されたコミュニティのあるべき姿だ」

 

「それをアジアやアフリカ、諸外国に持っていくのか」

 

「ああ。私がソマリアに手を伸ばしたのも、あそこには未開の地下資源があるからだ。ごちゃごちゃと絡む利権を一括するために海賊を利用した。実際、今あの地域は海賊が治めている。ゴロツキとそう変わらんが、人は欲求が満たされれば何もしなくていい怠惰な生き物だ。見返りをしっかりと与えれば問題は起こらない」

 

それじゃあ、レッドキャップのような人間は後々どうするんだろう。盗み見たけれど、感情らしい感情は伺えない。

 

「あんたは、平和な世界を望んでいるんだな」

 

「いや、正確には幸せな世界だ。アメリカ側についていたならば、決してそれは望めない。君のような人間こそ智天使(ケルビム)に必要だ。どうかな」

 

「断れば」

 

「待っているのは地獄だ」

 

笑わせる。この世は既に地獄だ。

 

地獄だと思っていた。

 

だがしかし、このジェイコブとやらは本気で人類にエデンを与えようとしているらしい。そしてここは、実際天界と錯覚してしまうほどにオーラが満ち溢れている。

 

ジェイコブが至った一つの答え。

 

エデンは実際に存在し、地獄もある。

 

僕は一体何のために戦っていたんだったか。

 

思い出せない。

 

「ミスタークリス。答えを聞かせておくれ」

 

「……」

 

俯いて、出されたコーヒーカップを見る。黒い液体は照明の光を受けてキラキラと光っている。

 

幽霊(ゴースト)か、智天使(ケルビム)か。

 

亡霊(スペクター)か、幽霊社員(ファントム)か。

 

アメリカのためか、幸せな世界のためか。

 

幸せ。幸せとは何か。

 

僕にとっての、幸せ……。

 

こうやって自分自身の事を考えてみると、とことん空っぽだった。

 

判断材料となるものが皆無だ。

 

ジェイコブは優雅にコーヒーカップを傾けている。

 

どうするか。

 

「何を悩んでいるのさ。答えは一つだよ」

 

悩んでいるんじゃない。考えてるんだ。

 

いや、待て。誰の声だこれは。僕のじゃない。

 

「おや副社長。いらしていたんですか」

 

隣のレッドキャップは、不意に誰かを副社長と呼んだ。

 

「断る理由なんかあるの。一緒に幸せな世界を創ろうよ」

 

顔を上げて前を見た。一人の女性が立っている。顔も覚えていないはずなのに、何故かその人が誰なのか分かった。

 

「母さん」

 

僕が母さんと呼ぶと、その人は目に涙を浮かべた。

 

「兄さん。僕たちがまたこうしてあったのも運命だよ。また力を合わせて頑張ろう」

 

この声だ。さっきの声はこれで、副社長というのも–––

 

「……ライアン、なのか」

 

目が乾いちゃうくらい、見開いていたと思う。

 

スーパーリッチの陣営に、弟のライアンと、母親がいた。

 

これは運命の悪戯か。

 

この世は、やはり地獄だ。

 

僕は残酷な決断をしなければならない。

 

家族を、この手で–––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第六話読んで頂きありがとうございます。

最近、『殺人鬼フジコの衝動』という本を読みました。

僕の心に深くトラウマを刻んでくれたこの本を、お勧めします。

あとがきまでが物語という珍しい物で、衝撃に会いましたよ。

途中何度も読むのやめようかと思ったんですけど、粘り続けた結果、トラウマとなりました。

内容はですね、どうしようもない人の業の話です。

トラウマを振り払うべく今はラノベに切り替えてヒロインかわえぇ〜って騒いでます。

やっぱりロリは最高やん(キラーん)



私の名前はヴィータです。ですよねっ⁈

知らねーよ。



こんな会話、僕もしたい♪( ´▽`)

もうヴィータちゃんに悩殺されてます(´Д` )

現実世界では、ピンク色の液体がペットボトルに入ってまして、イチゴオレかと思って口に含めば柔軟剤だったという衝動を受けました。

いい香りでした。

そんな間抜けな著者の作品、次話もよろしくお願いします。
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