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今、私には気になっている男がいる。
年齢は、私より五つ上の十七歳で高校三年生。今年受験生で、時折予備校に通っていると聞く。
身長は、平均よりも高いのかな? あいつと並んだら、あいつの胸の辺りに私の頭が来る。私が小柄というのもあるけれど。
体格は、よくわからない。川で水遊びしていたときもあいつだけ水着着ていなかったし。太ってはいないかな。華奢というイメージもないし、普通かな。
頭はいい。国語が得意で学年三位っていうのを誇らしげに話していた事がある。最も、学年一位の人に一蹴されていたけど。事務仕事も得意のようで助っ人に行った先で頼られていたようだ。頭の回転も早いんじゃないかな。数学は苦手なようだけど。
性格は、捻くれていて卑屈で姑息で、屁理屈こねるし面倒くさくて、年下の私から見てもどうしようもない。でも、わかりづらいけど、優しい。
顔の造りは整っている、と本人は言っている。私もまあ、同意してもかまわないかな、くらいには思う。ただ、どうしようもなく目が腐っているので台無しだ。眼鏡をかけると、腐り具合が中和されるようで、結構カッコいいと知り合いには評判の様子。私は眼鏡かけていないほうがいい。
さて、私は今その男の家に向かっている。本人から家を教えてもらっていないし、家に行くことも伝えていない。ちょっとストーカーっぽいのは否定できない。でも、私は招待されたから行くのだ。だから私はストーカーではない。
そして、到着。実はちょっと前に着いていたのだけど、インターホンを押すのに悩んでしまっていた。でも、暑い中いつまでも外にいても仕方が無い。
私は、よしっ、と気合を入れると、意を決してインターホンを押した。
「はーい」
一般的な一戸建て住宅から女性の声が聞こえる。この人こそが、
「いらっしゃい、留美ちゃん」
私を比企谷家に招待した比企谷小町さん。この家の長女で、私の三つ上の高校一年生で、私が気になっている男、比企谷八幡の妹さんだ。
私が小町さんと会ったのは、夏休みに入る前の週休日の下校時だった。
午前中の部活が終わり、友人と別れて帰宅途中、不意に声をかけてきたのが小町さんだったのだ。
「留美ちゃーん!」
街中で、私は知らない女性の声で呼びかけられた。
そちらを見やれば、総武高校の制服を着た女子高生が私に駆け寄ってくるところだった。
……知らない人、だと思うけど。
「こんにちは、鶴見留美ちゃん、だよね?」
「え、ええ。そうですけど」
知らない人がにこやかに話しかけてきたら引いてしまうだろうけど、そうならなかったのはその女性の雰囲気だろうか。一見して、悪い人では無さそうと思ってしまっていた。
「そっかぁ! いやー、私の記憶力もたいしたもんだ」
「はあ……」
どうやらこの人は私を知っているようだ。どこであったのだろうか、と記憶を探ってみると、確かにどこかであったことがあるような気はする。でも、どこでだろう?
「あ、急にごめんね。私が一方的に知ってるだけなのに」
そうして、女性は一回のどを鳴らし、言った。
「私は比企谷小町。比企谷八幡の妹だよ」
「八幡の……」
「うん、そう。実は私も去年の林間学校に行っていたんだけど、覚えていないかな?」
「あ……」
言われて思い出した。最終日の肝試し、化け猫の仮装(コスプレ?)をして司会をしていた人だ。
そうか。あの人、八幡の妹だったんだ。
「思い出してくれた?」
「はい。お久しぶり、です」
「うん。ちゃんと話すの始めてだね」
確かに。林間学校の頃の私は塞ぎこんでいて、あまり人と話すことをしていなかった。話したのは奉仕部の三人くらいだ。あ、あと金髪の人が話しかけてきたっけ。名前知らないけど。
「ところで、留美ちゃん。学校帰り? 時間ある?」
「え? はい、特に予定はないので」
「それじゃ、お姉さんとお茶しない?」
どうやら私は高校生女子にナンパされているようだ。このコミュニケーション能力が八幡にもあったら……ダメだ。八幡がそんなだったら、そもそも八幡と仲良くなっていないや。
比企谷さんに連れられていったのは、小洒落た喫茶店だった。カフェというのが正しいのかな。そんなにお金を持っていない中学生には、ちょっと敷居の高い場所だった。
店に入り、カウンターに案内され、メニューを見る。たったこれだけのことで何だか緊張してしまう。
「私はアイスカフェラテかな。留美ちゃんは? なんでも注文していいよ、奢るから?」
「え、そんな。悪いです」
「いいのいいの! 私が誘ったんだし。ここはお姉さんの顔を立ててくれないかな?」
「は、はあ。それじゃ同じのをお願いします」
「うん。それじゃ、すいませーん」
比企谷さんは店員さんを呼び注文をする。それだけなのに、なぜかやたらと大人に見えた。……そういえば、八幡と喫茶店に行ったときもこんな感じだった、かな。
「留美ちゃんて、今、中一だっけ?」
「はい。比企谷さんは」
「小町でいいよ? こっちも留美ちゃんて呼ばせてもらってるし」
「はい。小町さんは総武高校に?」
「うん。念願叶ってね。結構ギリギリだったんだけど」
あはは、と笑う小町さん。ホントに八幡の妹なのかと思ってしまうくらい、明るい人だ。八幡が根暗というわけではないけど。
「部活は何やってるの?」
「体操部です」
「体操って、あれ? リボンとかバトンとか」
「そっちは新体操で、床とか平均台とかの方です」
「へー! じゃあ留美ちゃんバク転とかできるの?」
「ええ、最近できるようになりました」
小町さんは話し方、聞き方がうまい。別に隠すようなことではないけど、私はペラペラと自分のことを話してしまっていた。聞き上手ではあるけど、話下手の八幡とはやっぱり違う。
「小町さんは奉仕部に?」
「ううん。私は生徒会に入ろうかと思って。選挙で選ばれなくても、所属はできるんだよね。ただ、生徒会長が奉仕部が大好きだからねー」
「いろはさんですか?」
「うん。あ、知ってるんだっけ?」
「はい。冬に、ちょっと」
私は今年の冬に総武高校を訪れ、八幡に相談に行っている。その時、奉仕部にはいろはさんがいた。すごく、馴染んでいたのを覚えている。まだ入り浸っているのだろうか。
話の切れ目にちょうど、注文したアイスカフェラテが届く。店員さんはタイミングを計っていたのかな。
「あの、小町さん」
「ん、何?」
「その、何かお話があったんじゃないですか」
アイスカフェラテをストローで吸う。ちょっと苦かったのでガムシロップを入れる。混ぜながら、私は小町さんに聞いてみた。
私と小町さんは、共通の知り合いがいるけれど顔見知り程度の間柄だった。すごくいい人の小町さんと仲良くなれて嬉しいとは思うけど、ちょっと気になったのも確かだ。
「うーん、お話っていうよりは、敵情視察、みたいな?」
「え?」
敵情視察? 私って小町さんに敵意を持たれているのだろうか。……もしや八幡の妹的存在である私に脅威を感じて、なわけはないか。八幡の変な考え方がうつってしまったのかな。
「様子見の方が正しいかな。あ、私は留美ちゃんに敵意とかないから、勘違いしないでね」
「はあ、様子見、ですか?」
「うん。お兄ちゃんのお嫁さん候補の」
「っこほ!」
お、お嫁さん候補って。あまりに驚いて漫画みたいに飲み物を吹いてしまった。こぼさずに済んだのはいいけど、
どうやら、小町さんは冗談で言ったわけではないらしい。
「うちのお兄ちゃんはさ。知ってると思うけど、捻くれてて面倒くさくて、専業主夫が将来の夢だって、平気な顔をして言うダメ人間なのね」
「は、はあ」
その意見には概ね同意だけど、家族の前でうんというのも気が引けるなあ。
「それでもお兄ちゃんだし。誰か素敵な人に捕まってほしいなとは思う。私のお義姉ちゃんになるわけだしね」
「お義姉ちゃんって、気が早くないですか?」
「お兄ちゃんがあんなんだからさ。大人になってから、とか言ってたら手遅れになっちゃいそうで」
八幡と友達付き合いしていくのは大変そうだっていうのはわかるけど、家族も家族で大変そうだった。
「ところがね。どうしたわけか、去年からお兄ちゃんの周りに素敵な人たちが集まりだしたの」
「それって雪乃さんや結衣さんの事ですか?」
「うん。綺麗でカッコいい雪乃さん、可愛くて素直な結衣さん、他にもいろはさんに沙希さん。平塚先生に陽乃さんも結構お兄ちゃんのこと気に入っているようだし。一学年上の先輩がちょっと怪しかったって話も聞くし」
……知らない名前が何個か。っていうか、平塚先生はまずくないかな。
でも、そうか……八幡の周りに。むう。
「……八幡って、もてるんですね」
「お兄ちゃんって、スルメみたいな人だからね。噛めば噛むほど味が出るというか、若者受けしないわけじゃないけど好みが分かれるというか。留美ちゃんも知ってるんじゃない?」
「……」
スルメって。言いたいことはわからないでもないけど。
結構言いたいことを言っている小町さんだけど、その口調に八幡を嫌がっている印象は感じられない。なんだかんだ言いながら、小町さんも八幡が大好きなのだろう。
「それで、その……私はどうなのか、って。様子見ですか?」
「うん。雪乃さんも結衣さんもいろはさんも大好きだけど、妹としては公平中立でいないとね。私は年下の義姉でも大丈夫だし」
つまり、小町さんは私が八幡のことを好きなのかどうか、確認に来たわけか。その問いに対する答えは簡単だ。
「私は八幡のこと好きですよ。色々とお世話になったし」
「おおっ! あっさりと言うねえ」
「それくらいの自覚はあります。……でも、それだけなんです」
「ん、どういうこと?」
最近の私の悩み、小町さんならわかるのかな。
「小町さん、聞いてもらっていいですか?」
「お、何々? 何でも聞いちゃうよ」
小町さんは笑って、嬉しそうにこちらに身を寄せてきた。言っておいてなんだけど、この人に聞いて大丈夫かな。でも、この人以外に相談できる人はいないだろう。っていうか、適任か。
「私、去年の林間学校のころに色々あったのはご存知だと思うんですけど。その頃は、八幡の近くにいると落ち着けたんです」
「うん」
周囲から孤立して、いろんなことが嫌になっていた時に八幡や雪乃さんと出会い、なんとなく二人に共感を感じていた。
当時、雪乃さんはちょっと怖かったけど、八幡も優しくはなかったけど、それでもクラスメイトといるより、一人でいるよりは心地よかった。
「クリスマスイベントの時、ぶっきら棒にだけど気にかけてもらって。話しかけてくるでもなく、ただそこにいてくれるっていうのが、その、嬉しかったりして」
「ほうほう」
夏の時よりは改善されていたけど、冬になっても私の境遇はそれほど変化がなかった。別に嫌ではなかったのだけど、一人で作業しているときに隣に座っていてくれた。ただ、それだけで、心が暖かくなった。
「でも二月ころから、八幡の近くにいると、落ち着かない気分になるんです」
「落ち着かない?」
「……はい」
今年の二月。私は八幡にあることを相談し、八幡はその相談事以上のことを解決してくれた。
そのころから、私の気持ちが変化しているのが自分でもわかった。
「この間、久しぶりに八幡にあったんですけど、そのとき一緒にいた友達は、私がはしゃいでいたって言うんです。言われてみれば、ですけど、私自身もそう思いました」
「ほ、ほうほう。これは意外と……」
「ねえ小町さん。小町さんが好きな相手に、八幡と同じ態度を取られたらどう思います?」
「え、何?」
八幡のことは好きだ。たぶん、恋をしているのだと思う。でも、恋をしている相手が八幡なのが問題だ。
「手をつないで、こっちがドキドキしているのにあっちは平然としています。満員電車で抱き合う形になっても同じです。背伸びしたお願いしても大人になったらなって言われます」
「あー、それは確かに……って、留美ちゃん? 何お願いしたの!?」
それは秘密です。さすがにあの時のことを思い出すと恥ずかしすぎる。
「えーと、つまりお兄ちゃんに女の子扱いされてないってこと?」
「カテゴリ的には小町さんと同じだと思います」
八幡は私を妹的存在として見ているのは間違いない。年下だから同年代の人よりかは近くに踏み込めるけど、血のつながりはないから小町さんほど近寄らせてはもらえない。
学校は違うし、何より八幡の周りには素敵な人が多すぎる。私の知らない女性の影まである。
不安も不満の募る一方だ。
「へー、そっかそっか。……雪乃さんがクーデレだとしたら、留美ちゃんは素直クールか」
「何ですか、小町さん?」
「ああ、いやいや。こっちの話」
呟いている声は聞こえたんだけど、意味が分からなかった。クー、何?
話し終えて、飲み物も飲み終わり、ほうっと息をつく。
私が小町さんに話したのは、相談でもなんでもなく、ただの愚痴のようになってしまった。小町さんに話したからと言って、八幡の態度が変わるわけではないのに。
「んー、よし! 留美ちゃん、今度暇な日っていつ?」
「暇っていうか、部活が休みなのは明後日ですけど」
「それじゃ、今度うちに遊びに来ない?」
「……はい?」
その後小町さんと連絡先を交換し、現在に至る、というわけだ。
「留美ちゃん、似合うねワンピース」
「ありがとうございます」
私の今日の服装はワンピースだ。別段気合を入れたわけではないけど、可愛くてお気に入りのやつだ。
「両親は仕事で、お兄ちゃんはまだ寝てるからね。それじゃ、留美ちゃん。ごゆっくり」
小町さんは、そう言って出かけて行ってしまった。いくら顔見知りでも、留守を任せるのはどうかと思うのだけど、ここは小町さんの好意に甘えさせてもらうことにした。
あの後、小町さんが考えたのは、『妹のように思っていたのに、ふとした拍子に女の子を感じてドッキドキッ』作戦らしい。小町さんのネーミングセンスって、なんというか、うん。
つまり、妹と思われているのを逆手にとって、八幡とスキンシップをする。八幡は気にしないだろうけど、それならそれで私が嬉しい。少しでも八幡が私のことを女の子と意識してくれるなら、それはそれでよし。
作戦名はともかく、小町さんの提案は私にとっても渡りに船だ。部活がない日は家で宿題をしているくらいだ。仲のいい子は旅行に行ってしまっているし。
そうして、私は小町さんの作戦に乗った、というか乗せられたというか。比企谷家にまで来てしまった。改めて周りを見てみる。
一軒家の居間だ。とりたてていうべきところはない。でも、今座っているソファに八幡が寝転んだりしているのかと思うと、感慨深い。
「にぃーあ」
「わっ」
危うくソファに顔を埋めるところだった私を、正気に戻してくれたのは、猫の鳴き声だった。
確か、カマクラくん、だったっけ。誰の名付けかはわからないけど、ネーミングセンスが。
いや、いいか。私が言うことじゃないし。
「こんにちは、お邪魔してます」
「なーお」
まるで、「おう、ゆっくりとしていきな」と言われているかのようで、ちょっと笑ってしまった。コショコショと顎の下を撫でてみると、気持ちよさそうに目を細める。可愛い。
さて、一通りカマクラくんを愛でて和んでいたおかげか、気持ちはすっかり落ち着いた。
そろそろ本丸に向かうべきだろう。
私は、階段を昇って行った。
二階にはドアが二つあり、片方には小町さんの札がかかっている。消去法でもう片方が八幡の部屋だろう。私は意を決してドアを開ける。
カギは掛かっていなかった。掛かっていたらさっそく作戦が頓挫してしまうところだったけど、そこらへんは小町さんがなんとかしているのだろう。
「……八幡?」
部屋をのぞくと、誰もいなかった。机にも床にも誰もいない。いや、ベッドが膨らんでいる。そういえば、小町さんがまだ寝てるって言ってたっけ。もう十時だけど。
「八幡」
部屋に入り、タオルケットに包まれ寝ている八幡の顔を覗き込む。自分で顔は整っているというだけあって、まあ、悪くはないと思う。目を瞑っているとあどけないというか、幼く見えるかな。私と同年代とまではいかないけど。
ほっぺをツンと突いてみる。んー、とうなり声をあげる。ツンツンしてみる。眉間にしわが寄る。楽しい。
いや、いけないいけない。このやり方で起こしてしまうのはもったいない。小町さんのように妹っぽく、かつ女の子を意識してもらうやり方で……ってどんなのだろう?
昔、お母さんがお父さんにしていたように、耳元で囁いてみようか。
それとも布団に潜り込んで添い寝か。
どれも推奨年齢が高いような気がする。
しばらく悩んで、私はこの方法を選択した。つまり、タオルケットを剥がし、八幡に馬乗りになる。これなら幼馴染の女の子が起こしに来た風になるのではないか。
決めたなら実践あるのみ。タオルケットを剥がした時に起きてしまわれてはもったいないので、ゆっくりと剥がす。
そこで、私は一つの誤算を発見した。八幡は、寝るときパジャマではなく、シャツとトランクスで寝ていたのだ。夏だからパジャマを着ないっていうのはわかるけど、思いのほか薄着だった。
「わ……」
そして、私は見てしまった。トランクスが、重力に逆らって膨らんでいるのを。
これって、アレだよね。保健体育で習った、アレ。
うう……初めて見ちゃった。いや、まだ生で見たわけじゃないけどって、あれ?
私は八幡に馬乗りになろうとしている。お腹だと苦しいからそのちょっと下あたり。つまり、アレに跨る?
それはいいのだろうかまだ中学生の私がやっていいのだろうかでも今回の目的は八幡に私を意識させること女の子として見てもらうことそれに八幡だったら無理やりしてこないだろうし勘違いとか思うかもしれないし。
一瞬頭の中がぐるぐるしたけど、落ち着くんだ私。何も、いきなりエッチなことになるわけじゃない。特に相手が八幡だ。ある程度、こちらも大胆なことをしないと意識してもらえないに違いない。
「よし」
私は決心し、ベッドに上がった。スプリングが軋む。
八幡を足から跨ぎ、腰を下ろす。ワンピースがふわりと広がり、中で素足の私の腿と八幡の腿が触れあう。なんだろう。普段触れないところが触れるのがすごい恥ずかしい。
そして、いよいよ、私は八幡の股間に腰を下ろした。私の股間に八幡のアレが、硬いアレが触れているのがわかる。今更だけど、私すごいことしてる。
これ、傍から見たら完璧にあの体勢になっている。名前は知らないけど。
なんだろう、とにかく、胸の鼓動がすごいことになっている。この体勢を続けているのはダメな気がする。
八幡を揺り起こすには、この体勢から八幡の胸あたりに手を置けばやりやすいと思う。そうして、私は前のめりになったのだけど、それが間違いだったのはすぐにわかった。
「ひぅっ」
私が八幡の股間に腰を下ろしたため、アレは押さえつけられていた。そうして、私が前のめりになったせいでアレは拘束から逃れてしまった。
追いかけてきたアレは、さきほどとは違う角度で私の下着を、その向こうを擦る。背筋をビリッと電気が走ったような感覚に、浮かしかけた腰が落ちる。
今のは、何だろう、とは思わない。したことはないが、私の中に知識としてそれはあった。
つまり、私は今……八幡のアレで、快感を感じてしまったのだ。
「~~~っ」
自覚すると同時、顔に血が集まるのが分かった。これじゃ、ただの痴女だ。決して妹が頑張って女の子として見てもらうなんてシチュエーションじゃない。
わかってはいるのだけど、腰を動かすのに躊躇してしまう。またさっきの感覚が来ないだろうかと。でも同時に思う。もっとしてみたいと。なんでこんなことで悩んでいるのだろう。
私がこんなに悩んでいるのに八幡はノンビリと寝ていて、と我ながら理不尽な怒りを覚えて八幡の顔を見ると。
「何やってんだ留美」
八幡が寝起きの、寝ぼけ眼で私を不思議そうに見ていた。
そりゃ、いくら私が小柄とはいえ、人ひとりが跨ってきたら起きる。でも、なんだってこのタイミングで起きるの、八幡は。
「おい、留美?」
思考停止中の私は動けない。今から妹っぽく「起きてお兄ちゃん」とか言ってみようか。いや、起きてるから「起こしに来たよ」がいいか。
いろんな案が浮かんでは消える。動けない私に業を煮やしたか、八幡が体を起こした。
「とりあえず、どいてくれるか、留美」
八幡が動けば、私の股の下のアレも動くわけで、グイッと体を持ち上げられそうになるような錯覚を覚えた。
「んぁっ。う、うん」
変な声が出てしまった上に、八幡の顔が目の前にあった。八幡の顔をこんな距離で見るのは、初めてだ。だっていうのに、なんでこんな状況なんだろう。
何とか八幡の体から降り、私はペタリと床に座り込む。というより腰に力が入らなくなっていた。
八幡は、あくびをして伸びをする。その様が、ちょっと猫っぽく見えてちょっと和んだ。
気づいていない、よね?
「んで、なんで留美がウチにいるんだ?」
「ん、うん。小町さんにお呼ばれしたんだ。グータラなお兄ちゃんだけど、誰かが見てれば少しはちゃんとするから。一緒に宿題とかしてあげて、って」
「あんにゃろ……で、小町は?」
「お友達に呼ばれたって、さっき出て行った。お昼食べてくるって」
小町さんがいない理由として、いわゆるカバーストーリーが考えられていた。正直ちょっと無理がないかとも思うけど、小町さんがこの場にいないので確かめようがない。
「留美がしっかりしてるって言ってもなあ。他人に留守を任せてくんじゃねえよ、まったく」
それに、私が留守宅で変なことをするような人間ではないと、八幡がそう思ってくれている。だから、ちょっとくらい荒唐無稽でも、説得力はなくはない。
ぶつくさ言いながら八幡はベッドから起き上がる。座っている私の目の前を八幡が通る。私は座っていて、八幡が立っている。つまり私の目の前に勃っている八幡。
また顔に血が集まるのがわかる。
八幡はそんな私を尻目に、タンスから下着やジャージを出して着替える準備をしだした。
「留美、寝汗かいたから風呂入ってくる。この部屋にいるか、それともリビングにいるか?」
「え、えっと、どうしようかな」
「まあ、どっちでもいいか。適当にくつろいでいてくれ」
そして八幡は手を振って階段を下りて行った。
しばらくして八幡が階下に離れたと確信して、私ははあ、と大きく息をつく。小町さん、最初っからつまづいてしまいました。前途多難です。
うう。どうしてこうなるかなあ。やっぱり普段と違うことをしようとしたのがいけなかったのかな。こんなの私のキャラじゃないような気がするよ。
力が抜けていた足も感覚が戻ってきたので、立ち上がろうとした私だが、違和感に気づく。
くちゅという音がする。
ぬるりという感触がする。
恐る恐る、その違和感のもとに手をやってみると、そこは。
「……濡れてる」