「…………はあ」
救出より僅か二週間。
鬼腕の対魔忍、紫藤 凜花はすっかり元の生活へと戻っていた。
彼女にかけられた呪術は強力でこそあったものの、桐生にとっては面白味もなければ物珍しくもなかったのか、僅か3日で完治と相成った。
現在は訓練にも参加し、以前と遜色のない、学生の中では図抜けた強さを見せつけている。
今し方まで訓練相手を務めていた男子生徒は酸素不足に喘ぎ、肩で息をしながら地面へと大の字に寝転んでいた。精も魂も尽き果ててしまったらしい。
教師の『そこまで』という声に、模擬戦を見守っていた生徒達からどよめきが漏れ出す。
余りにも圧倒的で一方的な展開だった。体術においても、忍術においても、凜花が全てにおいて上だったのだ。
「紫藤先輩、やっぱりお強いですね」
「それはそうですけど、今日は一段と容赦がなかったような……」
「そうか? どちらかと言えば精彩さを欠いていたよ」
模擬戦を見守っていた生徒達の中には凜子の姿もあった。
そして、凜子と話していた二人はそれぞれが身の丈に合わない
斧を得物としているのは
面倒見が良く、人当たりも良ければ、性格も良い、正義感に溢れた少女である。
まだまだ半人前である自覚があり、人知れずに特訓することもあれば、憧れの存在である紫に直接指導を受けに行くこともあった。
忍者刀を得物としているのは
目を引くのはさくらと同じ対魔忍装束だ。基本的に、力量の認められた対魔忍はそれぞれの能力に合った武器と装束を与えられる。全く同じなど在り得ない。
対魔忍装束がさくらと同一なのは、他ならぬさくらから譲り受けたものであるためだ。それから、彼女は訓練においても任務においてもメキメキと頭角を現している。
二人の後輩の台詞に、凜子は己の目から見た事実を率直に語ったが、蛍と幸奈はそうでしょうか、と首を傾げる。
しかし紛れもない事実だ。
実力差のある相手だから勝ちを拾えたが、凜子か、あるいは蛍や幸奈であっても負けていただろう。
一撃一撃は苛烈だったが繋ぎは荒く、防御ではなく回避に徹すれば、容易に懐に飛び込めた。そうなった時、今の凜花では反応できたかどうか。
二人は決して弱くはないが、実力的に凜子や凜花に比べれば一枚落ちる。また実戦経験も劣っている。
戦闘における駆け引きや機微に目が行かずとも仕方がない。
その時、凜子は校門から校舎内に向かって歩く男の姿に目を止めた。
「ああ、すまない。少し、行ってくる」
彼女が見つけたのは、任務帰りらしく下忍の忍装束を纏った虎太郎だ。
任務を熟してきたらしいのだが、その表情は疲れ切っており、足取りも幽鬼のようだ。
凜子は生徒の列から抜け出すと、彼を気遣いつつ言葉を交わし、すぐさま列に戻ってくる。
「弐曲輪先生に御用だったんですか……?」
そう言葉を投げかけてきた幸奈の表情は明るくない。蛍も同様だった。
はっきり言って、この二人は虎太郎を嫌っている。
蛍は紫を、幸奈はさくらを姉のように慕っているのだが、明らかにその両名と何故か親しい虎太郎は、二人にとってはお邪魔虫に過ぎなかった。
また虎太郎が二人の目の前で紫とさくらを罵っていたこともある。憧れの存在を罵られたのだ、嫌いもしよう。
二人からの虎太郎の評価が実際よりも低いのは、他ならぬ彼の責任としか言いようがない。
「ああ。弐曲輪教諭は長年対魔忍を続けているだけあって、米連の戦術や装備、魔族の能力や魔界の道具について詳しいからな。この後、指導を…………なんだ、その顔は?」
虎太郎が生徒達に教えているのは、そういった分野が中心である。
彼本来の顔を知る凜子からすれば当然の人選であったが、蛍と幸奈にしてみれば明らかな人選ミスであった。
米連に関しても、魔族に関しても詳しい教師は数こそ多くはないが他にもいる。
普段のやる気の欠片も感じられない授業を受けたことのある二人には、虎太郎を選ぶ理由が見当たらなくとも当然だ。
「正直、弐曲輪先生が真面目に教えてくれるとは思えませんけど……」
「そう、ですね。適当にはぐらかされるか、理由を付けて逃げられそうです」
「ふふ、それは早計だ。弐曲輪教諭は自分から努力を示せば応えてくれるよ。何なら、今度質問しに行ってみるといい。きちんと要点を押さえて、分かりやすく教えてくれるからな」
虎太郎は教師としての仕事に対して普段からやる気がない。
自分を小馬鹿にして聞く耳を持たない生徒達に懇切丁寧に教えてやる義理など、アサギの命令で教師の仕事を熟している彼にはない。
その反面、上達しようとする者、知識を得ようとする者には、的確かつ丁寧に説明もすれば、指導にも手を抜かない。
それが彼なりの教師としてのスタンスであり、また効率が良いのだ。
初めから聞く気がない者を矯正して育てるよりも、初めからやる気に満ち溢れた者を育てる方がかける時間も労力も少なくて済む。
実際、彼を慕うゆきかぜと凜子、生真面目な氷室 花蓮はよく質問に行き、満足を大きく超える成果を得ていた。
「おや、お疲れ。今日は本調子ではないようだな」
「やっぱり、そう見えた? 此処の所、どうにも集中できなくて…………はあ」
本日、何度目になるか分からない凜花の溜め息を聞き、蛍と幸奈は顔を見合わせる。
凜花はその言動や行動、立ち居振る舞いにまで、普段は自信に満ち溢れている。少なくとも二人が知る凜花はそうだったが――今は見る影もなかった。
二週間前に凜花の身に降り注いだ災難については極一部の対魔忍しか知らない事実だ。思い当たる節がないのも無理はない。
「…………それで凜子ちゃんは、こ――――弐曲輪先生と何を話していたのかしら?」
「いやなに、個人的に聞きたいことがあったので、この後に時間を取って貰っただけだが?」
「そ、そうなの……」
「あ、あの、余り弐曲輪先生に突っかかるのは良くないと……」
「そ、そんなつもりはありません!」
蛍の言葉を、凜花は大声で否定した。
その声に、ぎょっとした表情で周囲の生徒達は彼女に視線を向け、教師は咎めるような視線を向ける。
自分の失態を悟った凜花は頬を染め、消え入るような声で、すみませんと謝罪の言葉を吐き出した。
多くの五車学園教師、生徒、対魔忍がそうであるように、凜花もまた虎太郎を蔑む――と言うよりかは嫌っている者の一人だった。
彼女の場合は、より苛烈であると同時に正直だ。
大抵の者は虎太郎を陰に日向に嘲笑うばかりで、直接的な行動に出ることは滅多にない。
自分の行いが正義や誇りから外れた行為であると心の何処かで理解しているからだろう。
対して凜花は、誰の前でも憚らず、虎太郎の嫌っている点を指摘――どころか、罵ることさえあった。
彼女の正直さは美点であると同時に欠点であり、虎太郎へのバッシングは穏やかな蛍や幸奈から見れば、
二人は、いくら嫌っている相手であろうとも仲間である以上、寛容と尊重から決して罵倒はしなかった。どれだけ思う所があっても、だ。
凜花は、それらを一切気にしない。例え、誰に嫌われようとも自分の意志を曲げるつもりはなかった。
二人に虎太郎を庇うつもりは毛頭ないが、凜花自身の立場が悪くなることを案じての発言であった。けれど、可愛いほどに的外れだ。
困惑するばかりの蛍と幸奈。またしても大きく溜め息をつく凜花。
そんな様子を眺めながら、凜花の身に何があったかを知り、その心情を理解していた凜子は、薄らと笑みを浮かべるだけだった。
―――――
――――
―――
――
―
「………………はあ」
「また溜め息か。本当に、らしくもない」
戦闘訓練を終えた放課後。シャワーで汗を流した生徒達は、それぞれの生活に戻っていった。
部活に精を出す者。生活費を稼ぐ為にアルバイトに向かった者。来る学力テストに備えて勉学に励む者。更なる高みを目指して訓練に勤しむ者。
そんな中、ロッカーが立ち並び、中央にベンチが設置された更衣室には二凜の姿しかなかった。
二人は制服に着替えており、凜花はベンチに腰掛け、その場から動く様子はない。凜子も彼女に付き合うつもりなのか、自分のロッカーに背中を預けていた。
普段の凜花ならば、今の時間帯は一人で鍛錬を続けていた筈だ。
それが溜め息ばかりなど、凜子以外の彼女を知る者からすれば、明日は槍が降るかと心配したことだろう。
「そんなに気になるか、虎太郎のことが」
「うっ…………き、気にならない方が、どうかしているわよ」
「それもそうだな。気持ちいい気持ちいいと泣きながらキスまでせがめば、気にもなるだろう」
「い、言わないで……!」
これ以上ないと言うほど、痴態と醜態を晒した事実に凜花の顔は林檎のように朱に染まった。
いくら処女と言えど、いや、処女だからこそ、ああまで乱れてしまった自分自身が恥ずかしくて仕方がない。
ましてや相手は嫌い続けてきた虎太郎だ。
今は、自分の見てきた虎太郎の姿こそが幻想だったと認めているが、認めているからこそ、申し訳なさと不甲斐なさしか沸いてこない。
どんな言葉で謝罪すればいいのか。どんな顔をして彼に会えばいいのか。それから――
「この間まで乙女だったのだ。アレだけ蕩けさせられれば、ときめいてしまっても無理はない……惚れたか?」
「ほ、惚れるだなんて……!」
「恥ずかしがるのか? あんな状況の中、颯爽と助けられては女なら誰でも、キュンとくるシチュエーションだろう? 行為が先に来てしまったが、順序が逆になっただけだろうに」
「そ、その順序が一番大事でしょう!? それに相手は凜子ちゃんの恋人なのよ!」
「ああ、そこなのだがな。一般的な恋人同士の関係とは程遠い。何せ、私が恋人なら、ゆきかぜも恋人だからな」
「ファッ!?」
新たな事実に、凜花は驚きの声を上げる。
少なくとも彼女の常識では、恋人は一人きりであり、複数人の相手と関係を持つなど言語道断。ましてや女の側がそれを認めるなど在り得ない。
「そ、そんなのおかしいでしょう!」
「まあ、そう言うな。私とゆきかぜが望んだことだ。私達にとって、これ以上ない良い男なんだ」
「そんなもの獣の理屈よ!」
「人も獣の一種さ。それに人としての理屈で、あの人を諦めなければならないというのなら、私は獣で構わない」
凜子に、そこまで言わせる理由が凜花には分からなかった。
明らかに困惑している親友の様子に、凜子はほんの少し悲しげな表情を浮かべて、訥々と語り出す。
――ヨミハラでの忌々しい事実を。
敵の思惑もあったものの、結局は自己の過信と認識の甘さから、罠に嵌ったこと。
『アンダーエデン』の主・リーアルによって、身体も精神も淫らに改造されてしまったこと。
奴隷娼婦となり、苛烈な凌辱にすら悦楽を見出すまでに堕ちる所まで堕ちかけていたこと。
愚かで弱かった自分達を、任務であったとはいえ、虎太郎が救出に来てくれたこと。
ついでに自分自身の大変困った性癖まで。
「あの人はタイミングが良い、というよりズルいんだ。人が弱りきっているところに颯爽と現れて、敵を問答無用で薙ぎ倒す――しゅ、手段はアレだが……」
「完全にヤクザの手口ですね」
「当人に、そんなつもりが一切ないという辺りが面白いがな」
「笑い事じゃないでしょうに」
「そうか? そうだな。それでも、私はあの人以外の男に興味がない。虎太郎も困った人間だが、私自身もそうだ。割れ鍋に綴じ蓋さ。それに……」
「それに、何かしら……?」
「あの人は、淫らに改造されて、何人もの下衆に犯された私達を何の躊躇もなく受け入れてくれたからな」
「…………この場合、よかった、と言うべき?」
「勿論。因みにだが、凜花が気を失った後も愛してもらったぞ? お前よりも優しくな」
凜子が優越感たっぷりの言葉を放つと、凜花は思わずキっと睨みつけてしまう。
しかし、次の瞬間、ハッとした表情に変わる。自分でも、何故睨みつけるような真似をしてしまったのか、理解できていないらしい。
凜子は困惑する凜花の様子に満足げに頷きながら、笑みを深めた。
「さて、私はそろそろ行くよ。弐曲輪教諭を待たせてしまうからな」
「あ、ちょ、ちょっと……!」
学生としての仮面を被り直し、凜子はそのまま更衣室を後にしようとする。
凜花は引き止めようとしたものの、それ以上の言葉が出てこない。
自分でも、どうすればいいのか、どうするべきなのか、分からないのだろう。
虎太郎の恋人である凜子と話せば、何か糸口でも掴めるかと期待していたのだが、期待外れも甚だしい、余計に困惑してしまう結果となった。
凜花の哀れな様子に、凜子は困ったような笑みを浮かべ、扉の前で振り返った。
「そうだな。これは親友としてと同時に女としてのアドバイスだが――――」
―――――
――――
―――
――
―
「ふっ! はぁっ!」
「こんばんわー……って、お邪魔でしたか?」
「ふぅー…………ゆきかぜか。構わないよ、一通り稽古は終わったところだ」
凜花へアドバイスを与え、虎太郎からの指導を受けた後、凜子は自宅の道場にて一人型稽古を行っていた。
凜子は胴着に袴姿であったが、ひょっこりと道場に顔を出したゆきかぜの姿に愛刀である石切兼光を鞘に納める。
道場に相応しい格好であった凜子に対し、ゆきかぜは可愛らしい私服姿である。
上は淡いピンクのパーカーに白い柄物のTシャツ。下はデニムのショートパンツに、白いニーハイソックスを履いていた。
忍びの里に代々伝わる剣術“逸刀流”。
その総代たる秋山家もまた自宅に道場を開き、門下生は数多く存在している。もっとも、凜子に師範代としての経験はほぼない。
両親が生きていた頃は両親が、その後は分家や免許皆伝を受けた者に任せきりであった。
剣士としての腕を高めたい。未熟な自分が人にものを教えるなど酷く滑稽だ。
そんな彼女の思いを、両親や分家の者が汲んだ結果である。
ヨミハラでの一件以来、その思いは一層強くなった。秋山道場に凜子が師範代として立つ日は、かなり先の話となりそうだ。
「それで、どうでした……?」
「ん? 救出班の任務のことか? やはり上手くいかないな。戦闘訓練ばかりしてきたツケが回ってきたよ」
「あー、もう! そうじゃなくて、ううん、それもありますけど、そっちじゃなくて!」
「ああ、そちらの話か」
凜子が冷茶を二人分用意すると二人は改まったように正座で向き合った。
月明りのみが差し込む道場の中で美少女二人が正座で向き合う様は、何処となく怪しげな雰囲気だ。
ましてや、凜子は任務中、虎太郎に何らかの隠し事をしていた。二人の間だけで何かを企んでいるのは明白である。
「モテモテウハウハ虎太兄ハーレム王国建設作戦の方ですよ!」
「………………その作戦名は、何とかならないのか」
余りにも馬鹿馬鹿しい作戦に、凜子は頭痛を覚えた。ひいては、そんな作戦を良い考えだと認め、それに乗った自分に対しても。
説明しよう! モテモテウハウハ虎太兄ハーレム王国建設作戦とは! ゆきかぜ、凜子の二名が考えた極秘作戦である!(虎太郎にはバレている)
弐曲輪 虎太郎は、情は多少残っているものの、本質的に誰も信じておらず、自分自身ですら疑いの対象としてしまう偏執狂だ。
何よりも自身が生存するためならば、あらゆる手段を用意し、躊躇いなく行使する外道である。
彼自身が立てた誓いの関係上、自らを信じる者は決して裏切らない。
けれど、それはあくまで自分が多少なりとも楽をできるところまでの話、生死に関係がない場面での話である――とゆきかぜと凜子は判断していた。
この所、魔族や米連との戦いは激化する一方である。つまり、虎太郎の負担も増す一方ということだ。
政府からの指令の裏取り、敵組織の規模や武装などの情報収集、作戦の立案と任務遂行者の選定、挙句の果てに前線での戦闘と救出任務。
二人は、虎太郎が秘密裏に携わっている任務の量を聞いた時、唖然としたと同時にこう思った。
((……アカン。これ駄目なヤツや))
思わず、エセ関西弁になるほどの衝撃であった。
このまま戦いが更に激化すれば、虎太郎の任務の量も当然激増する。
それを手をこまねいて見ているだけでは、二人のよく知る男のこと、どういった行動に出るのか!
『やってらんねー…………オレもう逃げるわ。世界の平和はお前等に任せた! あとよろしく!』
――こうなるのは火を見るよりも明らかだ。
虎太郎にしてみれば、これは裏切りに当たらない。
個人にばかり負担をかける組織や人間から寄せられる信頼など、単なる一方的な押し付けに過ぎず、信頼とは言い難い。
冷徹で冷酷な上にド外道ではあるものの、何かと正論と道理を弁えた発言が多い男だ。それ故に、情を排除して正論や道理で動く。この場合も、正にそれだろう。
最悪の場合、ゆきかぜも凜子も女として虎太郎に着いていくつもりでいるものの、二人は対魔忍としての自分を簡単に捨てるつもりもなかった。
『凜子先輩、これもう駄目なヤツです。虎太兄、過労死する前に自分から逃げます』
『だろうな。考えたくはないし、アサギ先生たちを悪く言いたくはないが…………これは、ちょっとぉ……』
思わず、二人もドン引きするレベルの仕事量であった。寧ろ、今までよく文句を言いながらも逃げなかったものだと思ったほどである。
アサギたちを擁護するならば、そもそも彼女たちは戦闘を専門とする対魔忍である。
その負担が、九郎と虎太郎に回ってきているのが現状である。
対魔忍としての誇りを持っている九郎は兎も角、虎太郎が今まで逃げなかったのは不思議なレベルだろう。
とは言え、二人は知っている。虎太郎は努力に対しても、結果に対してもバランスよく正当に評価を下す。
努力せずとも結果を出せば、才能があると認める。結果を出せずとも努力をしていれば、お前に見合わない任務を与える方が悪いと言う。
けれど、それにも限度がある。
この現状が何時までも続くようであれば、虎太郎の爆弾は間違いなく爆発する。結果の出ない努力に、進歩を感じられない努力に意味などない、と。
二人がその考えに至り、あーでもないこーでもないと悩み抜いた挙句に――
『こうなったら、私達みたいな子を増やすのは!?』
『そ、それだぁッ!!』
――完全に徹夜明けのナチュラルハイ状態での結論が、モテモテウハウハ虎太兄ハーレム王国建設作戦である!
実に間抜けな作戦名であるが、内容は虎太郎を知る二人の立てたもの、見込む効果は十分過ぎた。
自分達のような、虎太郎を愛する女、信頼する人間を増やし、情の鎖で虎太郎を雁字搦めにしてしまうというもの。
虎太郎は情を簡単に排除するものの、最後の一線だけは越えようとしない。
意識しているのか、無意識なのかは流石の二人でも分からなかったが、彼の立てた誓いは、間違いなく今の彼を構成する重要な要素であると知っていた。
「どうなのだろうな。凜花は、私達と違って初心なネンネという奴だ。一応、アドバイスはしてみたが……反応からは、手応えがあったな」
「あとは上手くいくのを祈るだけ、ですか」
「それから、私達も救出班に組み込まれたんだ。虎太郎の負担を少しでも減らせるようにしよう。間違いなく救出班の任務が、あの人にとって一番負担が大きい所だからな」
はぁ、と二人は同時に溜め息をつく。全く先の見えない自分達の作戦と虎太郎の苦労人振りを思ってのものだ。
その時、凜子の目に、ふと留まるものがあった。ゆきかぜの持ってきたカバンの中身である。
「……? 何だ、それは?」
「これですか? ファッション雑誌ですよ、ティーンエイジャー向けの」
「……ああ、そうか。あの人はお洒落な女が好きだ、と言っていたな。ゆきかぜは努力家だな」
「何を言ってるんですか、もう……! これは凜子先輩用のです!」
「わ、私のか? い、いや、私は、そういったことに疎くてだな」
「だから、私が一緒に見繕うんじゃないですか!」
狼狽する凜子に、ゆきかぜは立ち上がると両手を腰に当てて仁王立ちした。
ゆきかぜはファッションに関して年相応かつ女性特有の執念のようなものがある。
ファッション誌にも目を通すし、友人と街に繰り出してウィンドウショッピングを楽しむことも少なくない。
対して、凜子は最低限恥ずかしくない格好はするものの、私服は殆ど持っておらず、大抵の日を制服や胴着で過ごす。
ファッションに興味がない訳ではないのだが、長い間、剣術ばかりに打ち込んできて、今更という諦めと気恥ずかしさから行動に出たことはなかった。
「先輩は虎太兄に、可愛いな、とか、お洒落だな、とか褒められたくないんですか?」
「い、いや、そんなことはないが。……こ、この間だって、可愛い可愛いと優しくだな」
「それってHの時でしょ?」
「うぐぅっ……!」
ゆきかぜに確信を突かれ、凜子は心臓を刃物で貫かれたかのような呻き声を漏らした。
虎太郎に抱かれる最中やその前後ならば、女としての自分を褒められたことは多々あった。
しかし、日常生活の中においては対魔忍として褒められたことはあっても、女として褒められた経験は絶無である。
「虎太兄、そうやって頑張ってる女の子が好きだと思うけどなぁ。そこでいやらしいおねだりとかしたら、絶対にやさしーく、とろとろにHしてくれるんだろうなぁ」
「そ、唆すな。大体、私はSEXばかりを望んでいるわけではないぞ!」
「うんうん。そうですよねー。褒めてもらうのと同じぐらいHも大事ですよねー」
「…………ぐ、ぐぬぬ」
反論できないほどに言い負かされ、ぐぬぬ顔を披露する凜子であったが、すぐに息をついて両手をあげる。
誰の目から見ても明確な降参のポーズだ。
「分かった。私の負けだ。ファッションに無知な私に、此処は一つ教授してくれ」
「はい! 任せて下さい! まずは、下着からですね」
「そ、そこから入るのか……見えない所だろう?」
「虎太兄だけに見てもらうところだから気合を入れるんじゃないですか」
「そ、そういう考え方もあるのか」
「えーっと、まずは普段から使うものはこういうのにして、虎太兄にHしてもらいたくて堪らない時用の凄くいやらしい奴を選びましょう」
「い、いや、そこまでする必要は……」
「…………先輩、虎太兄に悦ばせてもらってるんだから、虎太兄を悦ばせるのは義務です!」
「…………ああ、そうだな!」
「先輩は色々と大きいからこういうセクシー系のを中心して、H用のはこれで……」
「これ、奴隷娼婦の時より酷いぞ?!」
「当然ですよ。私達、虎太兄専用なんですから。あんなの比べ物にならないくらい、いやらしくしないと」
ふふふ、と目を輝かせるゆきかぜの女っぷりに、凜子は自分の方がまだ乙女ではないか、と戦慄する。
凜子とゆきかぜは、雑誌やインターネットをお供に夜を越していった。
彼女たちはようやく登り始めたばかり、この果てしなく続くファッション坂をよ……!