※この作品はR-18です。

対魔忍アサギ 苦労人奮闘記   作:HK416

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『ああ、無常。破滅の足音が近づいている。彼の苦労はここで終わってしまうのか?!(嘲笑)』

「……………………」

 

「あの、虎太郎さん? 大丈夫、ですか?」

 

「大丈夫、じゃないかもしれない」

 

「かもしれないって、運転じゃないんですから……しっかりして下さい」

 

「……かもしれない任務。懐かしいですね。上忍になった時の初任務で、そう教えられました」

 

「「え……!?」」

 

 

 アサギの無茶振りから一週間後。

 どうにかこうにか、事を成し遂げたオレは、こうして40件の内の1件に四人一組の一人として同行していた。

 流石のアサギも、これにはオレを止めたものの、オレ自身が拒否。今に至る。

 

 40件全ての任務の裏取りは取れ、結果は全て白だった。

 命令の発信元からは順調に出発したものの、複数の組織を跨ぐ以上、いくつかの関門や関所というものが、どうしようもなく存在する。

 そこで命令が止まったのである。それも40件が一斉に。

 

 何者かが意図したかのような事態であっても、こうした闇の稼業、裏の稼業には偶発的に発生することも珍しくはない。

 こればっかりは誰が悪い訳でもない。敢えて言うなら、対魔忍という組織の運が悪かった、間が悪かったと言わざるを得ない。

 

 今頃、アサギは勿論の事、その上司である山本長官もデスマーチ中だ。

 オレ一人が文句を言っても仕方がないだろう。どうしようもないことに嘆くほど、オレは愚かでもなければ、馬鹿でもない。

 

 さて、一週間も東京の隅から隅まで駆けずり回ったオレであるが、疲労困憊のまま任務に赴いたのには理由がある。

 他の件に関しても、万が一に備え、オレの本来の顔を知る者にアルフレッドの端末を渡し、逐一状況を把握できるようにした。念には念を、だ。

 

 ただ、任務の裏取りと情報の信頼性を確認する過程で、この1件だけが、どうしても全貌が掴めなかった。

 少なくとも政府内部に潜む獅子身中の虫が張り巡らせた罠、という線ではないことまでは。そこで時間切れと相成った。

 

 任務の内容は、海路を経由して日本へと不法に持ち込まれた積荷の奪取ないし破壊。

 

 これが、どうにもおかしい。

 何らかの闇の組織によって持ち込まれたのは間違いないようであるが、積み荷は今夜、東京を離れる手筈になっている。

 大抵、東京湾から日本に持ち込まれた密輸品は、東京キングダムか東京の闇へと運ばれるので、この時点で疑問が浮かぶ。

 アミダハラやトミハラ。他の廃棄都市、或いは魔界都市に持ち込まれるにしても、東京を経由する必要性は何処にもない。

 

 またノマドによる手引きも確認できなかった。

 いや、そもそもノマドであるのならば、ノマド自体が保有する海運会社が堂々と持ち込めばいいだけの話。そこいらの三流密輸業者を使う必要性は何処にもない。

 

 オレの読みでは、海外で幅を利かせている組織によるものだ。

 日本進出を狙っているのか、日本に目的とする何かや誰かがいるのか。兎も角、こっちにしてみればいい迷惑でしかない。

 

 そう言う訳で、万が一に備え、最大の不安要素にはオレ自身が当たることにした。ここで休んで、後で馬鹿を見るなど馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 一週間寝ていないが、まだ限界は先だ。アミダハラで体験した地獄に比べれば、余力は十分に残した状態だった。

 

 

「さて、他に何か質問は……?」

 

「はい、弐曲輪先生。よろしいでしょうか……?」

 

「前園、どうした?」

 

「この任務、どうして私が選ばれたのでしょう。正直、こういった任務は、私向きではないと思うのですけど……」

 

 

 礼儀正しく手を上げたのは、前園 桃子。五車学園の2年。風紀委員を務めている少女である。

 童顔低身長なのだが、女として出る所が思い切り出ている体型――トランジスタグラマーとか言うんだっけ?――だ。

 オドオドとした性格で、幸いにしてオレの事を馬鹿にしていない数少ない生徒の一人でもある。まあ、好かれてもいないし、頼られてもいないのだが。

 

 他のメンバーは氷室 花蓮、由利 翡翠の二名である。

 

 

「ああ、単純だ」

 

「どういうことです?」

 

「余り物だから。チーム余り物。福がありそうだろ?」

 

「………………」

 

 

 事実である。

 正直、氷室にせよ、由利にせよ、前園にせよ、能力的にも性能的にも上はいる。

 ただ、どっかの爆殺魔(神村)とか、撲殺魔(佐久)と違って、裏方仕事の重要性と難しさをよくよく理解しているのは着目すべきだ。

 

 この三名をオレにつけてくれたのは、不知火。

 最後の最後まで粘り、オレの指示を聞くメンバーを揃えてくれた。今は家で眠りこけているであろうが、感謝しか浮かんでこない。

 

 プランは既に出来ている。氷室と前園を寄越してくれたのは偶然にしてもありがたい。この二人の忍法なら労せず事が済むだろう。

 

 

「任務を開始する。俺は(こう)、氷室は(おつ)、由利は(へい)、前園は(てい)。任務中に名前は呼ぶなよ。では、手筈通りに二手に分かれるぞ」

 

 

 今回はアルの手助けはない。そもそも端末は全て他の連中に渡してしまった。あの端末は特別性で数はそれほど多くない。

 アルの機能を最大限発揮するために馬鹿げた改造と金、米連から奪ってやった技術が込められているからだ。

 

 性能的に、オレしかアルの手助けなしに不測の事態に対応できる奴がいないので、仕方がない。

 まあ、あんな便利なヤツが傍にいて、まるで信用せず、裏切られた際の対策、その後どうするのかを考えている奴などオレくらいのものだろう。

 大抵は便利なモノに頼り切って馬鹿を見るもんである。オレはそんなのゴメンだ。

 

 今回の役割としては、氷室がメイン、前園がサブ。

 由利は護衛として前園に着き、オレは指令、参謀、氷室の護衛を務める。オレの比重がやたらと重いが、他に任せるよりはマシな上、三人からも了承を得ていた。

 

 さぁて、欲しくもない面倒が起きんことを祈って、一仕事さっくり終わらせるとしましょうか。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「こちら、甲。予定通り、配置についた。其方はどうだ?」

 

『こちら、丙。情報通り、目標の大型トラックによる輸送を確認。これから先回りして、丁と合流します』

 

「了解。丁、其方も配置についているな?」

 

『え? あ、あぁ、私、ですね! は、はいぃ、ついています!』

 

「……これからは、暗号名を頭につけろ。くれぐれも自分やオレ達の名前を口にするなよ」

 

『へ? ……あっ!? す、すみません、に――――むぐぅっ! えっと、甲……さん?』

 

「さん付けでも何でもいいぞ、名前さえ呼ばなけりゃな」

 

 

 念入りに、本名だけは呼ぶなと言いつけ、通信を切る。

 そこで氷室と目が合った。猛烈に不安そうな顔だ。

 

 まあ、無理もない。

 前園は実戦経験も少なく、どちらかと言えば気弱かつ冷静とは言い難い。能力にも一年前に目覚めたばかり。

 任務の数を熟し、様々な経験を積めば、落ち着きを手にしてくるのだろうが、まだまだ先の話だろう。

 

 対し、同じ学生の身分でありながら、氷室は冷静だった。

 僅かばかりの緊張は見受けられるが、これから任務に当たるには、ちょうどいい塩梅だ。

 両親は共に対魔忍。能力にも早く目覚めた氷室は、使命感も人一倍強い。だが、猪突猛進なだけでもないのは評価できる。出来るだけ長生きしてほしいものだ。

 

 

「それで、本当に手筈通りにいくんですか?」

 

「さあな。世の中、何事も思い通りにいくわけじゃない。その辺りも織り込んで任務に当たれ。もし、これが失敗したらどうする?」

 

「どうする、と言われても、追いかけるしか……」

 

「その通り。失敗しました、だけで通るほど世の中甘くない。だから、準備は念入りかつ入念に。これ以上ないほどしておくのが望ましい」

 

 

 そう言って、懐から端末を取り出した。

 端末の画面には、街の地図と目標を示す赤い点がゆっくりと移動していた。

 

 裏取りをする際に、港に下ろされた目標のコンテナに発信装置を取り付けておいた。

 そのまま中身を奪ってしまおうかとも思ったが、人目が多過ぎた上に、目標が何なのかも分からなかった為、四人一組(フォーマンセル)で当たることにした。

 

 運送会社は裏の世界にどっぷりと漬かった闇の組織の一端である。

 しかし、昼日中の港は光も闇も関係なく、多くの人間が居た。流石のオレも、一般人は巻き込めない。巻き込めば、自分から未来を閉ざすようなものだ。

 なので発信器の取り付け、輸送先と輸送の時間帯だけを入手して、さっさとおさらばしたのである。

 

 

「随分、杜撰な作戦だと思いましたけど、下準備はしっかりとしてるんですね」

 

「作戦はな、下準備は整えるだけ整えて、内容に関しては余り詰めない方がいい。詰め過ぎるとたった一つの小さな失敗で取り返しがつかなくなるからな。高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応を、って奴だ」

 

「それは、行き当たりばったりと言うんじゃないですか?」

 

「未熟未熟。そうならないための下準備だ。いいか氷室、戦いにせよ、任務にせよ、だ。そういうのは、其処までにどれだけ準備をしたかが全てなんだよ。こうきたらああ動くを決めておくなんぞ下策も下策。相手がこっちの思い通りに動くわけないしな。だから常に最善手を選べるようにしておくのさ。準備さえしときゃ、最善は勝手に見えてくるもんだ」

 

「はあ、この人、どうして普段からこうしないのかしら……」

 

 

 ボソリと聞こえてきた氷室の不満げな声は無視する。

 決まってる。力を入れる所と手を抜く所でバランスを取らないと死ぬからである。過労死なんぞ…………まあ、別にいいが。人間、死ぬときゃ死ぬ。

 

 目標のコンテナは大型トラックの荷台に乗せられ、名古屋方面に向かって移動すると運送会社に忍び込んだ際に入手済み。

 普通に考えれば、首都高に乗って東名高速を南下していくだろう。だが、高速で事を起こすのは面倒だ。

 こちとら金もねぇ! 装備もねぇ! おまけに政府の監視も厳しくねぇ!? 状態なので、高速道路で事を起こすにはリスクが高すぎる。

 

 そこで前園を使う。

 前園の忍法は潜在誘導。魔界の催眠や洗脳には劣るが、ある程度、意識を誘導することができるのだ。

 

 なので、その能力でトラックの運転手の意識を誘導してやればいい。海でも見ながら走りたいな、と。そこさえ成功すればコースインだ。

 

 で、結果は、と言うと――――

 

 

『こ、こちら丁。予定通りに誘導しました!』

 

「こちら、甲。了解した。丙とごうりゅ――――」

 

『通信中に割り込み、失礼します。こちら、丙です』

 

「どうした?」

 

『トラックから離れていますが、後を追う不審車両を発見。数は四台。搭乗者の数は不明ですが、最低でも10人はいるようです』

 

 

 …………これをどう読むべきか。

 

 一番高い可能性としては、トラック自体にもGPS等の装置が付いており、予定のルートから外れた故、運送会社あるいはコンテナの持ち主が後を追っている、といったところか。

 次に高そうなのは、コンテナの持ち主と敵対する組織が情報を手に入れ、追跡してコンテナを奪取しようとしている、か。

 他にも考え得る可能性はあるが、どのような可能性にせよ、オレ達の任務にとっては歓迎し難い。かち合えば、確実に戦闘へ発展するだろう。

 

 

「丙、そのまま車両を追い続けられるか?」

 

『少々離されるでしょうが、建物を乗り越えれば十分に』

 

「よし。丁、お前は物陰に隠れて待機。丙も追跡しつつ、丁と合流。合流次第、再度連絡を」

 

『『――――了解』』

 

 

 そこで、ぶつりと通信が切れる。

 氷室は予定外の存在に、どうするのかとオレの判断を待っていたが、答えない。続行か、撤退かはこれから決める。

 

 手首を抑え、脈を数えた。

 オレの鼓動は、平時で一分間に凡そ50回ほど。そこから経過した時間を逆算する。

 端末には電波時計が付いているが、壊れないとも限らない。故に、二つの手段で時間を測定する。

 

 

『こちら、丙。丁と合流しました』

 

「――547回、か。十分だな」

 

『……? それは、どういう……?』

 

「気にするな。其方は手筈通り、セーフハウスに向かっていい。此方も手筈通りに任務を遂行する」

 

『…………お気をつけて。緊急時は連絡を』

 

「了解だ、通信終了」

 

 

 前園、由利の二人が合流にかかった時間から、不審車両の速度を。

 そこにトラックの速度と、オレ達が待ち伏せている場所までの距離を加え、時間の猶予を。

 

 氷室の御守りをしながら、戦力がどの程度か分からない敵と戦闘するつもりはない。

 ないとは思うが、不審車両の中に思いもよらぬ強敵が乗っていないとは言い切れない。

 あくまでも此方の目的は、荷物の奪取か破壊だ。無駄な戦闘まではしない方が得策。

 

 対魔忍は、あくまでも闇の勢力に対抗するための組織、暴力装置だ。

 属する人間が正義や誇りを胸に抱こうが、在り様が変わる訳じゃない。

 故に、闇の住人から恐れを抱かれるのも決して無駄ではないのだが、もう十二分に脅威として認識されている。わざわざオレ達が頑張る必要もない。

 

 ――――寧ろ、脅威と認識され()()()のも問題だ。

 

 対魔忍は三竦みの中で戦力的には互角であるものの、人員数は最も少ない。

 魔族同士が結託すれば、米連という国そのものが戦争でもふっかけてくれば、数の暴力で押し潰されるのは目に見えている。

 

 相手に全力を出させず、秘密裏に事を収めるのが理想的。

 その辺りを分かっていない対魔忍が多すぎるので、オレとしては頭の痛い問題だ。

 米連もそうなのだが、自分一人でどうにか出来ると考えている奴等が多すぎるのである。どいつもこいつも猪武者か。

 

 

「…………ふぅ」

 

「驚きました。弐曲輪先生も、専用装束があったんですね?」

 

「あぁ? 中忍に昇格したんでね。専用のもくれた」

 

「おめでとうございます。少しはやる気を出したんですね」

 

「はいはい、どうも」

 

 

 天使のような笑みを浮かべて祝辞を述べる氷室であったが、何も分かっていないので首をへし折りたくなる。

 おめでとうございます、だと? 冗談じゃない。何処が御目出度いものか。更なる地獄の下層に叩き込まれたようなものだ。

 だが、氷室に怒鳴った所で何の意味もない。誰も彼もが頑張ってる。少なくともオレの事情を知る者は皆そうだ。なので、迸りそうになった激情を抑えた。

 

 因みに、今回の装束は数あるストックの一つに過ぎない。

 黒いハイネックのノースリーブシャツと同色のズボン。鼠色の防弾ベストと同色の手甲。背中には忍者刀、足にはクナイ用のホルスター、顔には隈取りの入った獣の白面。

 ぱっと見は下忍の装束を改造したようにしか見えないが――――事実として、下忍のものを改造しただけである。

 

 というよりも、オレの装束は、大抵が魔族や米連から奪った装備を改造した自作だ。

 

 対魔忍装束もあるにはあるが、正直、使い辛さが半端じゃない。それもこれも、装備課の内源 賀平のクソ爺が悪い。

 あの半腐乱死体は、女の装束を作る時は馬鹿みたいな時間と金をかける癖に、男の装束となるとやる気を失くす。

 色気がどうだの、これは彼女達のためにどうだの、と言っちゃいるが、どう見ても趣味だ。それぞれの特性や能力にあったと謳っちゃいるが、事実はどうだか。女の対魔忍が犯されるのは、あの爺のせいじゃないのかな?

 

 そんな訳で、糞みたいな装束を、男どもは改造して使っているわけだ。装備課にも癌がいる。対魔忍の明日はどっちだ。

 

 

「そろそろ、だな。移動するぞ」

 

「――――はい」

 

 

 待機していた森の中から移動する。

 オレと氷室が居たのは、太平洋に面した古い県道。反対側はすぐに切り立った崖があり、その上には深い森と小さな山々が広がっている。

 山をぶち抜く別の国道、高速道路が出来てからは、滅多に使われなくなった道路ではあるが、道幅はやたらと広い。元々、東京へと繋ぐ流通ルートを想定していたからだろう。

 

 オレ達は道路に降り立つと、海側を覗き込む。

 此方も海面までは遠く、長年、波と潮風に晒された大地は崖となっていた。その一部に待機できる足場があるのは調べてあった。今度は、其処に降り立つ。

 

 後は待機するだけだ。

 遥か彼方。波で揺れる漁船か貨物船の光を眺め、時を待つ。

 

 

「……来ました」

 

「そのようだ」

 

 

 東京方面へと続いている道から、眩い光が見えた。

 端末からの反応も確認済み。言うまでもなく、例の大型トラックだ。

 

 速度はゆったりと、前園の暗示通り、海を見ながら運転をしているのだろう。最も、運転手にこの暗闇に閉ざされた海が見通せているかは謎だが。

 

 

「じゃあ、よろしく」

 

「はい――――氷花立景!」

 

 

 オレの言葉に、氷室は印を結ぶと崖に向かって両手を伸ばした。

 すると、見る見る内に崖の一部とオレ達の立っている足場が凍りつき、気温が急激に下がっていく。

 

 氷遁・氷花立景。

 

 水遁の派生、氷遁に属する異能系忍法だ。

 自身の周囲10メートルほどを凍り付かせる忍法だ。

 しかし、その真髄は氷に触れた瞬間から現れる。氷に絡め取られた生命体は力を奪われ、氷室の力へと変換される。正に、氷で出来た食虫植物だ。

 

 攻撃は勿論の事、拘束から不意打ち、幻惑、回復まで兼ねた万能忍法だ。

 その分、攻撃力と拘束力は並み、不意討ち・幻惑は術者の力量次第、回復は相手の生命力による、と器用貧乏になりかねない。その辺りは氷室も重々承知しているので、何の問題にもならないが。

 

 

 ――さて、ここで問題です。

 

 

 周囲は切り立った崖に、大きなカーブが続く県道。

 走るのは専用の免許が必要なほど、運転が難しい大型トラック。

 運転手は見えもしない海を眺めながらの注意散漫な脇見運転。

 

 そんな状態で、地面が凍りついたらどうなるでしょーうか?

 

 

「……なんっ!? うわぁぁぁぁぁあああぁぁあぁぁああっ!!」

 

 

 こうなる。

 

 凍った地面の上を走り、コントロールを失ったトラックは、ショボいガードレールを突き破って崖下へと落下していった。

 落下の最中に運転手の断末魔の絶叫が聞こえたが、崖下の僅かな岩場にトラックが叩き付けられる轟音に掻き消されてしまった。南無。

 まあ、同情には値しない。単なる運転手とは言え、闇の組織の一員だ。全部、自業自得自業自得。この程度の事態を想定できないから、闇の稼業になんぞ手を染めるのだ。

 

 

「じゃあ、行くか」

 

(弐曲輪先生。人を殺しておいて、眉一つ動かさないなんて……)

 

「何だ、その目は」

 

 

 ジト目で睨みつけてくる氷室を無視して、崖を足場に下へと降りていく。

 

 岩場に叩き付けられたトラックはあちこちが変形して、元の形を留めていなかった。

 運転者は落下の衝撃で車外に放り出されていたが、完璧に死んでいた。手足から首からおかしな方向に曲がり、全身は潰れた肉のような有り様だ。

 

 少々乱暴な手段であるが、単なる事故に見せかけられる。これはこれでスマートなやり方だろう。

 コンテナの中身如何によっては大惨事確定であるが、中身が大量破壊兵器や毒ガス、細菌などのバイオ兵器でもなければ在り得ない。

 そんなものをこんなしょっぱいコンテナや警備で輸送する筈もない。一つ間違えば、コンテナの持ち主や組織が壊滅しかねないからだ。

 闇の住人(奴等)も其処まで馬鹿ではない。寧ろ、そういった自分の命を守るセーフティには余計に気を使う。他人を陥れるだけ陥れて、自分は甘い汁を啜りたい連中だから。

 

 

「でも、良かったんですか? これじゃあ、コンテナの中身は……」

 

「あのな、氷室。コンテナの中身が無事だとしてだ。その中身は、その後どうなると思う?」

 

「それは……持ち帰って、アサギ校長が見分した後に、山本長官に引き渡されるんじゃ……?」

 

「その通り。無用なものなら廃棄。有用なものなら研究して活用される。つまり、政府が手に入れて管理する訳だ。山本長官の手元に残り続けるわけじゃない」

 

「それが、何か……?」

 

「廃棄にしろ、活用にしろ。どっかで誰かに盗まれる可能性が高いってこと。ここで中身を見て、オレ達の判断で捨てちまった方が対魔忍(オレ達)のためって訳だ」

 

 

 今、政府内部は欲望塗れのクソ共で溢れ返っている。そんな巣窟に余計な餌を入れてやるつもりは毛頭ない。

 山本長官は有能ではあるが、やはりどうしても限界がある。より強い権力の前には無力であり、敵味方の把握も難しい状態だ。

 

 ここで処分して、中身が何だったかをアサギと山本長官にだけ伝える。

 政府への報告は、適当にはぐらかせばいい。任務の内容は、積荷の奪取か破壊な訳だから、何の問題もなく政府も追及は出来ない。

 

 真面目な氷室はやや独断気味の判断に不満げであったが、間違いではないと思っているのか、言葉にはしなかった。

 

 後は中身の見分をして、情報を奪えるだけ奪う。情報を奪った事実は伝えるが、中身までは山本長官に伝えない。アサギまでに留める。

 うーん。正にwin-win。山本長官は日本と国民の安全を守れればいいし、アサギは対魔忍の安全を得られる。政府の皆さんは蚊帳の外である。

 

 コンテナを扉を爆弾で吹っ飛ばし、コンテナの中に入る。ライトで照らされた中身を見て、氷室は息を飲んだ。

 

 

「これは…………」

 

「死体だな。多分、人間の」

 

「な、何を悠長に……!」

 

 

 端的に事実だけを述べると、蒼褪めた表情で氷室が激昂した。

 状況だけ見れば、人身売買によって売られたか買われた人間が落下の衝撃で死亡したようにしか見えない。

 対魔忍としてあってはならない現実だ。何の罪もない一般人を殺してしまうなど、最悪以外の何物でもない。

 

 ――落下の衝撃で死んだのが、事実であれば、な。 

 

 何かを言おうとした氷室を片手で制し、黙らせる。今は集中したい。

 まず間違いなく、五つの死体は単純な人身売買の商品ではないことは明らかだった。

 

 コンテナの内部は奇妙な液体で濡れ、死体と同じ数のカプセルが割れており、様々な機械――恐らくは生命維持装置だ――が落下の衝撃で壊れていた。

 死体に統一性はなかった。人種、年齢、性別もバラバラ。落下の衝撃で死んだと言うよりは、元から死んでいたか、カプセルが割れたことによって死亡したのだろう。

 

 状況から察するに、何らかの実験体であるのは間違いないが、奇妙な点がいくつか。

 魔族に属する組織のものならば、機材が些か人界の技術に寄り過ぎている。米連に属する組織のものならば、機材が些か古臭すぎる。

 それに何らかの手術が施されたような手術痕、投薬の後すら見受けられないのも異常だ。突然死した死体を保存していたようにしか見えない。

 

 死体には触れず、機材を調べていく。

 その中に何とか生き残っているタブレット端末を発見した。何らかの情報が残っていればいいが……。

 

 端末を起動させ、中に残された情報を探る。

 だが、生憎と念入りに暗号化されたデータは中々情報を明け渡さない。

 アルがいない場合に備えて、こうした情報処理の技術も学んでいるのだが、まだまだだ。今後の課題だな。

 

 分かったのは、五つの死体には寄生蟲が埋め込まれている点。

 寄生蟲は奴隷を調教する為に使われる。大昔に魔界から持ち込まれた生物だ。

 この寄生蟲に寄生された宿主は、性的な興奮を覚え、行動も制限される。度重なる品種改良によって、特定人物の命令に従い、宿主を意のままに操るという。

 

 かなり古い技術であり、特定の種族しか使わない。

 廃れているというよりも、余り広まらなかったというべきだろう。

 答えは単純。この寄生蟲の生命力が極めて貧弱だからだ。効果は同じでも、魔界医療による改造か、呪術による洗脳・拘束の方がいい。より長く続き、奴隷の反抗を確実に防ぐことが出来るからだ。

 

 ならば――――

 

 

「おい、氷室。死体から離れろ」

 

「け、けど……、せめて、弔いを」

 

「いいから離れろ。ソイツ等、動くぞ」

 

「……え?」

 

 

 痛ましげに、まだ10にもなっていない少女の死体の前で片膝を折り、開いたままの瞼を閉じさせていた氷室は、何を言っているか分からないという表情でオレを見る。

 

 無論、在り得ない。

 心臓が停止し、酸素の供給が無くなった脳の細胞は死滅しているだろう。ここからの蘇生など在り得ない――――人間のままならば。

 

 

「――――――」

 

 

 突然、死んでいた筈の少女が瞼を開き、立ち上がった。

 想定しようのない出来事に、氷室は対応できない。混乱に言葉もなく、茫然と見ていることしか出来ない。

 

 立ち上がった少女は暗闇の中で瞳を爛々と輝かせ、異常に成長した乱杭歯を見せつけるように口を開く。

 そのまま氷室の首に噛みつき、生き血を啜るつもりだろう。奴等は、既にそういう生き物に成っている。

 

 氷室も咄嗟に専用の長剣を抜き放とうとしたものの、いくら何でも遅すぎる。少女が首筋に噛みつく方が速いだろう

 

 ――もっとも、オレがいなければ、だが。

 

 

「――――ふっ!」

 

 

 鋭い呼気と共に背中の忍者刀を、身体を旋回させながら抜き放つ。変則の居合い、完全なオリジナルだ。

 本来、居合いとは座った状態から、腰の動きで鞘から抜き放って相手を断つ技である。

 これが実戦的なのかという議論は昔から絶えないが、少なくともこれは実戦の中でオレ自身が生み出したもの、威力も効果も十二分。

 

 完全に氷室だけを見ていた少女は、真正面から突如として現れた刃に対応できず、素首が刎ね跳んだ。

 首無し死体は血を噴出することもなく、襲い掛かった勢いで氷室に脚を引っかけ、外へと転がり、完全に動かなくなる。

 

 

「きゅ、吸血鬼……!?」

 

「正確には食屍鬼(グール)だ。成り損ないとは言え、油断するな。首か、心臓を狙え。もしくは四肢を斬り落として無力化しろ」

 

 

 吸血鬼に食屍鬼。

 世界で最も有名な化け物と、その成り損ないだ。

 

 あのエドウィン・ブラックを始祖とする血族の総称、それが吸血鬼だ。

 人間の数倍から十数倍の身体能力と感覚器官。身体を霧へと変成し、武器を生み出す特殊能力。

 極めて高い生命力。下位の者ですら欠損以外の傷は瞬く間に修復し、上位の者となれば、首を跳ね飛ばされても平気な顔をしている。

 そして、吸血によって仲間を増やしていくウイルスのような増殖能力。

 

 何処を切っても人間とは比べ物にならない化け物である。これが魔界では()()()()()だと言うのだから恐ろしい。

 

 そして、食屍鬼は何らかの理由によって、血族へと迎え入れられなかった哀れな犠牲者の総称だ。

 未だに人から吸血鬼となる条件は明らかになっていない。血を吸った吸血鬼の血を分け与えられるとか、そもそも遺伝子の中に吸血鬼となる為に必要な要素があるだとか、説は様々だ。

 分かっているのは、吸血鬼に成り損なうと食欲に支配されただけの死体になることだけ。そのプロセスに興味はない。それらは桐生や研究者の領分だ。

 重要なのは、吸血鬼に劣るものの身体能力が高く、何処までも動き続ける故に四肢を斬り落とさねば止められないこと。殺すには、首を刎ねるか、心臓を貫く必要があるということだけ。

 

 

「まあ、殺すのには訳ないって話だがな」

 

「はぁ……はぁ……はぁ…………、貴方が、こんなに強い、なんて、聞いてません」

 

「言ってないし、大した話じゃないだろう? 由利の方が(オレが手を抜いてる時は)強いよ」

 

 

 肩で息をしている氷室を眺めながら、此方は肩を竦める。

 

 氷室が敵を一体殺している間に、オレはさっくりと二体の首を刎ね、一体は心臓を貫いた。お陰様で、顔に僅かな血反吐を()()()()()()()ので、むっすりと拭う。

 どれだけ身体能力が高かろうが、思考能力がなけりゃ単なる人形だ。ただこっちに突っ込んできて噛みつこうとする奴等なんぞ、首を刎ねるのは容易い。

 

 対して氷室は戦闘中に驚愕から立ち直ることが出来ず、苦戦を強いられた。

 這う這うの体で忍法を発動させると手足を拘束し、ようやく首を刎ねることが出来たわけである。

 

 オレの方は単に経験が上だっただけ。冷静さを失った奴から死んでいくと知っていただけだ。

 将来的には、良い対魔忍になるだろう。その姿をオレが見られるかは分からず、それほど興味がある訳でもないが。

 

 

「そ、それよりも、早く撤退を……!」

 

「いや、もう遅いな」

 

 

 ようやく息が整ってきた氷室であったが、オレの言葉に再び愕然とした。

 仕方なしに予備の仮面を投げてやると、慌てながらも顔を仮面で覆い隠す。うーん、般若の面なのでとってもシュール。

 

 その時、オレ達を囲むように、無数の影が崖の上から降り立ってくる。

 波の音と潮風の匂いに紛れて現れたのは15人もの闇の眷属達。今度は、食屍鬼などではない吸血鬼だった。

 

 魔族(化け物)特有の人間に対する侮蔑の視線とニヤついた表情。見るからに小物だが、統率は取れているようなので油断は出来ない。そもそも化け物を前にして油断するほど、オレも馬鹿ではない。

 

 氷室は背中合わせになり、片刃の長剣を正眼に構える。この状況で戦うつもりなのか、お前は。

 

 間違いなくトラックを追跡していた不審車両に乗っていた連中だろう。

 皆、服装はバラバラであったものの、一様に現代風の――何処に潜んでもおかしくない格好をしていた。

 

 

「ふん、何かと思えば、この国のタイマニンとかいう連中か」

 

 

 更に、闇の中から一人の男が現れた。

 顔立ちは決して悪くないが、欲望で歪んだ笑みが全てを台無しにしていた。

 立ち居振る舞いは上辺だけの気品で溢れており、身を包む貴族風の衣装から外套まで不釣り合いな印象を受ける。

 

 その姿を見て――

 

 

(誰だよ、コイツ。…………ふむふむ)

 

(えっと……? 見た事ない、わよね? 吸血鬼ならノマドの傘下だから知らない筈ないのだけど)

 

 

 ――オレ達は二人揃って首を傾げそうだった。

 

 大物ぶって現れてはいるが、ブラックを知ってる身としては完全に小物である。いやぁ、ブラックはブラックで強いことが厄介なだけなんだよなぁ。

 まあ、顔も名前も知られていないのは厄介ではあるのだが――オレのように正体を隠していない時点で、オレほどの用心深さはないようだ。

 

 とは言え、奴のお陰で散逸していた点が線で繋がった。コイツは()()()()()()だ。

 

 吸血鬼の起源は、御存じの通りエドウィン・ブラックである。

 誰かとの間に子供でも作ったのか、あるいは吸血を行い血族としたのかは知らないが、兎に角、吸血鬼は全て奴が元である。

 

 しかし、不死の王と謳われるブラックだが、正直、王の器じゃない。

 魔界という弱肉強食の理が横行している世界だからこそ王を名乗れちゃいるが、王としての手腕も器もダメダメだ。そもそも、魔界にある自分の領土を部下にぶん投げて人界で遊び惚けている時点で、ちょっとぉ……。

 オレはとてもじゃないがそんな王の下で生活するなんて真っ平である。だって、自分が死なないからって、しっちゃかめっちゃかのやりたい放題じゃないですかー、やだー!

 

 そんな訳で放蕩三昧の暴君(バカ殿)を討とうとした血族が居たようだ。なお、結果は惨敗した模様。腐っても始祖は始祖らしい。

 で、負けた血族は人界へと逃げ延びた。大陸の西――ヨーロッパ付近に居を構え、秘密裏に国を作ったそうだ。国の名はヴラドだったか。

 

 血族は幾度も幾度も人間と衝突を繰り返しながらも、やがては尊敬に値する好敵手、或いは対等の友人として認め、百年ほど前に人間と協定を結んだ。

 

 協定の内容は要約すれば、吸血鬼は人間の血を吸わず、人間も吸血鬼の血を飲まない、というものだ。

 吸血鬼の血液は人間に投与すると極めて強力な催淫効果を引き起こし、若干の若返りの効果がある。

 但し、極めて中毒性と副作用が強く、投与を止めると立ちどころに凶悪な禁断症状に陥り、老化が加速する。

 

 ある時代では、吸血鬼は人間の血を求めて喰い荒らして回り、人間は不老不死という欲望の下に吸血鬼を狩り続けることもあったようだ。

 

 そういった不毛の殺し合いの果てに協定が結ばれたようではあるが、何処の世界でもルールを破りたがる連中はいる。人間でも、吸血鬼でも変わらない。

 

 人間側では矢崎を筆頭とした連中。吸血鬼側での筆頭は、この男になるのだろう。

 男の服装からも吸血鬼の中でも相当に名のある一族なのだろう。権力者って奴は、どうしてこうルールを破りたがるのか。本来なら、率先してルールを守らなければいけない立場なんだがなぁ。

 日本(ウチ)で最も尊い、象徴の一族を見習ってほしい。正直、オレのような外道であっても尊敬するほど、滅私奉公して国に尽くしてるんだがね。

 

 

「それで、タイマニンは魔を滅するために、どのような恥辱にも耐えるらしいが、どうするのだ?」

 

「――――この数では、些か分が悪い。素直に降参するよ。おい、武器を捨てろ」

 

「…………分かりました」

 

 

 怒りを堪えるように、これから自分の身に降り注ぐであろう想像を降り払うように、氷室は剣を地面に突き立て、オレの隣に並ぶ。オレも合わせて、忍者刀を投げ捨てる。

 

 気丈に振る舞ってはいるが、強がりなのは見え見えである。

 周囲の吸血鬼も気付いている。無論、首魁らしき男もだ。これから行われる凌辱を想像しているのだろう。気の速い事だ。

 

 

「ああ、一つ頼みがあるんだが、いいか?」

 

「ク、貴様らのような劣等種の頼みを聞くとでも思っているのか?」

 

「そう言うなよ。隣のコイツは犯される。オレはこれから殺される。最後に一本吸わせてくれ」

 

 

 指で輪っかを造り、その中で人差し指を出し入れする下品なジェスチャーを見せる。その後に氷室の肩にポンと手を置いた。

 驚愕からオレに視線を向けたが、仮面の下で氷室は信じられないといった表情をしていることだろう。

 オレは一切気にせず、指を一本立てて、今度は逆の手で煙草を吸う仕草を見せた。そこで氷室は息を飲む。こっちの意図に気付いてくれていればいいが。

 

 滑稽な仕草と科白を強がりと受け取ったのか、周囲の連中は腹を抱えて笑い出し、首魁ですらもクスリと笑みを漏らす。まあ、声を震わせる演技をしたので当然だろう。

 

 

「ああ、その程度ならば構わんぞ。最後の一服だ。存分に味わうがいい」

 

「そんじゃ、ま、遠慮なく」

 

「但し、貴様では一生涯味わえんだろう、極上の一本だがな」

 

 

 オレが懐から仕事終わりの為に用意していた安物の煙草とライターを取り出そうとすると、男は想定外の言葉を口にした。

 …………わぁお。コイツ、結構用心深いじゃないの。何処ぞの鉤爪女辺りだったら、煙玉を不意討ちで炸裂させて逃げられていただろうに。

 

 男は油断なくオレに近づいてくると、煙草を取り出そうしていた懐に手を突っ込み、煙草とライターを取り出した。

 その現実に男は一瞬、間抜けな表情を見せたが、より一層笑みを深める。どうやら、そこに切り札を隠し持っていると想定していたようだ。

 肩透かしとオレの底なしの馬鹿さ加減に気分良さげ。本当にコイツラ、人生楽しそうで羨ましい。

 

 そして、今度は男が自分の懐に手を突っ込む番だった。取り出したのは葉巻である。コノヤロウ、金持ちだな、おい。

 

 

「人間共も時折、良い物を作る。これはキューバの最高級品だ。貴様の安っぽい下賤な舌に合うかは知らんが、ゆっくりと味わえ」

 

「…………どうも。というか葉巻の吸い方を知らんのだが」

 

「肺で呼吸をするようにではなく、ストローで吸い上げるようにしろ。葉巻の煙は重く濃い。口の中で転がせ、ゆっくりとな」

 

 

 ふむ。親切にも葉巻の吸い方まで教えてくれた。どうやら、オレの企みを潰せて気分がいいらしい。

 

 オレは仮面をずらし、葉巻の閉じ口を噛み切り、吸い口を作って口に加えると、男がマッチで火を付けてくれた。ヤダ、この吸血鬼、上っ面だけ超紳士……。

 手にした感じと匂いから毒の類は仕込まれていないようなので、思う存分に味わうことにした。刻印も本物だし、多分コレ、一本数万円とかする奴だ。

 

 男に説明を受けた通り、ゆっくりと葉巻の味を楽しむ。

 

 

「どうだ?」

 

「悪くはないが、そっちの方が好みだな」

 

「それは済まないことをしたが、お前等はシノビとかいう者なのだろう? 不用意な真似は出来んのでな」

 

 

 オレが素直な感想を述べると、男は海に向かってオレの煙草とライターを投げ捨ててしまった。

 

 それを眺めて、オレは一言――――

 

 

「あーあ、やっちゃった」

 

「……? な――――――――――何だと!?」

 

 

 ――――次の瞬間、海面に投げ入れられた煙草が爆発音と共に周囲一帯に煙幕を張った。

 

 突然の出来事に混乱する吸血鬼共を余所に、オレと氷室は煙幕を抜けて崖の上へと昇っていく。

 ジャスチャーの時、人差し指を立てたのは、事が起きたら上へ逃げろ、という合図だった。

 

 首魁は確かに用心深くはあったが、所詮はオレ以下でしかなかったようだ。

 海の近くでの任務だったので、水に反応する特殊な薬剤から作った煙玉も用意しておいた。

 因みに、ライターの方には衝撃で煙幕を張るタイプの仕掛けを施してあった。地面に叩き付けられて踏み躙られても結果は同じ。

 

 どちらにせよ、あの男がオレに嵌められるのは確定事項だったのである。

 

 

「――グラム様ッ!」

 

「オノレェェッ!! 逃がすものかっ!」

 

 

 崖下から聞こえてくる怨嗟の声と共に、煙幕を突き破って複数の短剣が飛来する。恐らくは吸血鬼の能力で作り出したものだろう。

 オレはこの程度の想定外、慣れ切ったものなので十分に避けられるのだが、こんな事態は初めてだろう氷室に余裕はなかった。その証明に得物である長剣すら忘れていたのか、完全に徒手空拳だ。

 

 崖を駆け上っていたオレは僅かな足場を頼りに軌道を変え、氷室の後頭部に迫っていた短剣の軌道に左手を差し込んだ。

 

 肉を貫き、骨を断つ音に、ようやく後方を振り返った氷室は愕然とした表情でオレを見た。そんなに驚くことでもあるまいに。

 嫌々だが教師として、嫌々だが護衛としての役割を全うしただけ。

 

 

「――――せ、先生っ!」

 

「間抜け。情報を漏らすな。何があってもだ」

 

 

 崖を登り、国道に下りると氷室はオレへと駆け寄ってきたが、オレは冷たく言い放つ。

 聞かれてはいないだろうし、聞かれたところで特定は難しいだろうが、情報は情報だ。いくら優秀と言えど、この辺りが未熟なのが学生対魔忍である。もっとも対魔忍の大半がこうなのも頭が痛いが。

 

 氷室を気にせず、短剣が掌を貫通した状態のまま、発信器の端末を取り出し、即座に装置の機能を起動させる。

 

 その瞬間、凄まじい爆発音と爆風、爆炎が崖下から吹き上がった。

 元々、発信器には証拠隠滅、万が一に備えて破壊だけは行えるように爆弾も仕込んでおいたのだ。まさか、こんな使い方をするとはオレも想定していなかったが。

 これじゃあ神村と変わらない爆殺魔っぷりだが、オレの方が効果的なので正確には爆弾魔だろう。……この団栗(ドングリ)の背比べ感よ。

 

 氷室は唖然とした表情で崖に目を向けたが、悠長な態度に頭を(はた)いてやる。

 既に突き刺さった短剣を抜き捨ててある。毒や特殊な効果がないかも確認済み。風穴が開いたが、五指は動くのは幸いだった。

 

 

「逃げるぞ。この程度で死ぬ手合いじゃない」

 

「……分かり、ました」

 

 

 悔しげに唇を噛む氷室。良い事だ。悔しいという感情は、より高みへと至る原動力となる。

 今回の経験を糧にしてくれれば、オレとしても、この程度の怪我ならば安い買い物だ。

 

 

 ――だが、決して安い買い物などではなかった。勘違いのツケは、すぐ傍にまで迫っていた。厄介事は足音もなく容赦もなく、オレを破滅へと誘おうとしていたのである。

 




というわけでグラム叔父さん登場&御館様による熱いブラックDis回でした。

いきなりカーラ・ブラッドロード編に飛んでも、ね。
しっかり導入部を書かないという訳で、別ゲームの主人公に登場してもらいました。

そんな訳で、魔界と人界の吸血鬼の独自設定を披露しつつ、話は進んでいきます。

なんでグラム叔父さんなのかって? 感想でカーラキャラは出ますかって聞かれ飽きたからです!(憤慨)
まあ、元々出す予定でしたしね。
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