※この作品はR-18です。

対魔忍アサギ 苦労人奮闘記   作:HK416

24 / 66
『苦労人死す!(但し、生き地獄が終わるとは言ってない)』

 

 東京郊外。

 魔の者、闇の者。そういった住人達とは、まるで縁のない閑静な住宅街があった。

 

 昼間であれば、通学をする学生達や井戸端会議をする主婦達が。

 夕方であれば、帰宅する学生達や買い物を済ませた一家の守り手が。

 夜間であれば、一日の疲れを酒で癒し、家族への手土産を持った大黒柱が。

 深夜であれば、人の姿は人っ子一人いなくなり、家屋の灯は消え、住民は全てが寝静まる。

 

 今時、珍しいほどに闇から隔離された一角に、虎太郎が個人で所有するセーフハウスがあった。

 もっとも、セーフハウスなど名ばかりの一般家屋で、任務の拠点とするにも防備も設備も少ない、万が一の避難場所、或いは休憩場所といった趣きである。

 

 そのセーフハウスのリビングで、氷室 花蓮は不安と不甲斐無さで泣きそうな顔になりながら、椅子に座り、あらゆる衝動に耐えていた。

 部屋の明かりも点けていなかったが、当然だろう。周囲の建物は寝静まっていると言うのに、その中で明かりの点いている家があれば、誰の目からも明らかな不審と映る。敵にとて同じことだ。

 

 すぐにでも置いてきた虎太郎を助けに向かいたかったが、自分の実力では不可能であることは明白。

 救援要請は既に済ませてある。今はただ、五車学園から向かっている救援部隊が到着するまで耐え忍ぶ。それが自身にとっての最善だと理解していた。

 

 しかし、花蓮はまだ若い。

 不安、怒り、悲しみ、屈辱、後悔。ありとあらゆる感情が濁流と化して溢れ出そうになっていた。

 忍装束のスカートを握り締め、悔しさから口の端を血が流れるまで噛み締めた。必死に、冷静さを保とうとしているのだ。

 

 ――けれど、世界は彼女を待ってくれなどしない。

 

 ガチャリ、と何者かが家の扉を開ける音がした。

 その音を聞いた瞬間、花蓮は立ち上がり、備え付けられていた忍者刀を鞘から引き抜く。

 虎太郎が個人的に所有しているセーフハウスと言われていた。入ってきたのは虎太郎だろうが、状況が状況である。警戒するに越したことはない。

 

 

「……予想はしちゃいたが、まだ逃げてなかったのか」

 

「弐曲輪先生……ッ」

 

「まだ名前を呼ぶな、任務中だ。まあ、いい。ちょっと手伝え」

 

 

 花蓮は部屋の中へと入ってきた虎太郎に、自分の警戒が意味のないものだったと悟り、ホッと胸を撫で下ろす。

 

 虎太郎は、予想していた展開に溜め息をついた。

 彼にとっての理想は、花蓮が五車学園に救援要請を送ったのち、翡翠、桃子が待機しているセーフハウスへと向かっていることだ。

 花蓮に加え、あの二人であれば、吸血鬼の集団を倒せないまでも、救援部隊が到着するまで十二分に持ち堪えられただろうから。

 

 

「て、手伝えって、な――――怪我してるじゃないですかッ!?」

 

「当然だ。任務だぞ。傷の一つや二つ負って当然だ。自分だろうが、他人のだろうが、この程度で狼狽えるな」

 

「この、程度、って、血が……」

 

「いいか、傷ってのは身体じゃなく気構えに負うもんだ。覚悟がありゃ、即死しなくて動けりゃ、全部纏めて軽傷だ。大抵の連中は分かっちゃいないがな」

 

「………………」

 

「この程度で気を失うのも、動けなくなるのも、泣き喚くのも覚悟がない証拠だ。犬猫に喧嘩を売る時でさえ、命を掛けて挑め」

 

 

 花蓮は愕然と絶句した。

 虎太郎の右脇腹に突き刺さった鉄の破片は大きく、明らかな重傷だ。対魔忍であっても無事では済まないと一目で分かる。

 右下半身を血で染め上げ、元々黒かったズボンは更にドス黒くなっている。歩く度に血の足跡を作っていた。

 

 花蓮はその様よりも、そんな傷を負ってすら平時の口調と行動に変化のない虎太郎に、その言葉が本物であると戦慄を覚える。

 彼女の知る上忍であったとしても、此処まで平静を保てるどころか、動くことさえ出来るかどうか。

 彼女の知る最強であったとしても、此処まで敵を舐めないどころか、侮らないことさえ出来るかどうか。

 

 

「お前は、そこの壁をぶっ壊せ」

 

「ど、どうしてそんなことを……」

 

「いいから速く手を動かせ。話を聞きながら手を動かすことくらいはできるだろう?」

 

 

 虎太郎はテーブルの上に何かの箱を置くと、部屋の戸棚から袋を取り出した。

 真空パックされた袋を開き、中から取り出したのはホチキスだった。但し、事務用品としてのではなく、医療器具としての、だ。

 

 正式にはスキンステープラーと呼ばれる器具。

 原理としてはホチキスと大差はなく、紙ではなく人の皮で行う。この器具の優れた点は、縫合の素早さにこそある。

 止血効果は糸による縫合が上だが、傷口に押し当て、レバーを引くだけで最低限の処置は完了するのだ。

 

 都合九度、自らの身体にステンレススチール製の針を撃ち込み、更に縫合した傷口の上からアルコールで消毒してから市販の瞬間接着剤を塗る。

 彼は経験上、瞬間接着剤の止血効果は高いことを知っていた。無論、医療用ではない故に雑菌が封じ込められる危険性は理解していたが、効果の高さは折り紙付きである故に、迷いはない。

 

 自身の治療をしながらも、虎太郎は花蓮に置かれた状況を説明していく。

 

 

「つまり、あのコンテナの中身は実験体で、甲の体内には、その寄生蟲が……」

 

「そういうことだ。オレの血には絶対に触るなよ。それから、敵の血にもだ。お前の忍法は単体ではなく範囲に作用する。自分の周囲の気温を下げるように意識しておけ」

 

 

 忍者刀を叩き付け、壁を破壊して穴を開けていく氷室を眺めながらも、これから潜らねばならない死線に備える。

 救援部隊の到着は間に合わない。翡翠と桃子に連絡を入れてあるが、このセーフハウスからは遠過ぎる。吸血鬼の追撃の方が速いだろう。

 何よりも、グラムの改良した寄生蟲は厄介だ。どれだけの時間が掛かるかは不明だが、血液に触れただけで宿主となるなど最悪以外の何物でもない。

 

 

「甲、壁に穴を開けましたけど、何を……」

 

「まあ、黙ってみてろ。それから、コイツを持ってろ」

 

「これは、一体?」

 

「オレが見繕った吸血鬼用の装備だ。吸血鬼だけじゃなく魔族にも効くがな」

 

 

 虎太郎が花蓮に手渡したのは、一丁の拳銃と予備弾倉、更に一枚の札だ。

 セーフハウスに備え付けてあったものなのだろうが、吸血鬼を相手取るには些か以上に不安が残る。

 

 狼狽と動揺から未だに立ち直れずにいる花蓮を尻目に、虎太郎は椅子を用意すると壁に開いた穴から電気ケーブルを引き抜いていく。

 既にブレーカーを落としてあったのだろう。感電こそしなかったものの、こと此処に至ってようやく花蓮は虎太郎の意図を悟った。

 

 

「先生、まさか……ッ!?」

 

「先生なんて呼ぶな。甲だ、甲。そうだよ、オレは今から自作の電気椅子に座るわけだ」

 

 

 寄生蟲の生命力は極端に弱い。

 

 霊力と呼ばれる純然たる人間の未知なる部分から発せられる力。

 魔力と呼ばれる魔族に与えられた数多の能力の源となる力。

 そして、かつて魔族と交わることで己の力へと変質させた、人そのものの業足る対魔粒子。

 それを意図的に宿主の体内へ攻撃として流し込めば、寄生蟲は死滅する。

 

 けれど、宿主が寄生蟲を殺そうとすれば、霊力、魔力、対魔粒子の生成を阻害する。

 

 また花蓮にそれをやらせようにも、まだまだ未熟だ。

 対魔粒子の完璧なコントロールなど期待できようはずもない。

 

 今現状、寄生蟲の除去に最も速く、最も簡単な手段が、電圧電流による死滅であった。

 

 電気による寄生虫の除去は昔から考えられていた方法ではある。

 だが、電圧電流によって寄生虫が死ぬよりも、人体に対する影響が大き過ぎるが故に、当の昔に断念された方法だ。

 

 成功する確率よりも、死ぬ確率の方が高い方法であったが、今はこれしか手段がない。

 寄生蟲だけに影響を与える薬品を手に入れるよりも、或いは除去を断念して逃げるよりも、グラムが追いついてくる方が速い。

 そうなれば、如何な虎太郎と言えども、手段は残されていないのだ。

 

 

「いくら対魔忍だからって、そんな真似……!」

 

「その為に、そんなもんを奪ってきたんだろうが」

 

「これは……」

 

 

 虎太郎が机の上に置いたものは、花蓮も見たことのあるものだった。

 現代社会においては、使用した人間は少ないだろうが、誰でも一度は見た事のある一品だ。

 

 しかし、それにしたところで、こんな方法は自殺と大差はない。

 もし、虎太郎が肉体的に万全な状態であったのなら、拷問染みた方法であっても死の可能性は極めて低かっただろう。

 

 花蓮の与り知らぬところではあるが、連日の情報収集による疲労。戦闘による体力の消耗。必要だったとはいえ、大量の失血。

 重なりに重なった肉体的な疲労。如何に頑強な肉体を誇る対魔忍と言えども、ただでは済まない。

 

 

「なら、お前は他の方法を提案できるか?」

 

「…………それは、」

 

「どれだけ他人の事を思っていようが、他の案が出せないなら黙っていろ。社会はそんなに甘くねぇ。優しさは人の心を救うだろう。正義は人を脅かす連中を殺すだろう。だが、純粋に人の命を助けるのに必要なのは、知識と技術だけだ」

 

 

 ぐうの音も出ない正論を前に、花蓮は言葉もなかった。

 

 優しさは確かに人の心を救う。昏く重い絶望の淵に立った者を思い留まらせ、救い上げるのは人間的な温かみだ。

 正義は確かに蔓延る悪を討つ。我欲に塗れ、人を人と思わぬ外道共を脅かし、その命脈を断つのは断固とした姿勢だろう。

 

 けれど、純粋に、単純に命を助けるのは知識と技術である。

 命が失われるか、救われるかの最前線に立ち、多くの苦悩と努力を重ねる医者は、その二つの柱がなければ成り立たない。

 

 

「よし、出来た。さっさとやるぞ、敵が来る」

 

 

 壁の穴から引きずり出した電気ケーブルを椅子に繋ぎ終わり、虎太郎は立ち上がる。

 その瞳に迷いなど皆無だ。人の命も、他者の命も同列に考えるこの男が、自分の命を危険に晒す程度で怯えるはずもなく。

 

 花蓮にも、虎太郎を思い留まらせるだけの材料と言葉もなかった。

 

 

「きっかり一分だ。それ以上はオレも持たん。一分経ったらブレーカーを落とせ。必要な場合は必要な処置をしろ」

 

「――――はい」

 

「……余り気に病むな。対魔忍だろうが人間だ、出来ない事の十や二十あって当然だ。重要なのは、失敗を次にどう生かすかだぞ」

 

「珍しいですね、甲がそんなことを言うなんて」

 

「お前はそれが出来る人間だからだ。言っても無駄な相手に無駄な言葉を重ねるほど、オレは優しくもなけりゃ、世話好きでもない」

 

 

 虎太郎の珍しい励ましとも取れる言葉に、花蓮はくすりと笑みを溢した。

 彼は花蓮には期待など欠片もしていないし、優しさを向けている訳ではない。単に教師として、指導者として当然の事柄を口にしたまでのこと。

 もし、この言葉が届かない相手であるのなら、そもそも口にすらしない無関心と冷徹の化身だ。

 

 彼が優しさを見せたわけではない。その言葉を吐くだけの価値を花蓮が示しただけなのだ。

 

 

「よし、準備は整った。あとは部屋のスイッチを入れて、ブレーカーを上げろ」

 

 

 自ら水を被り、ベルトで手足を椅子の肘掛けと脚に固定する。

 

 水を被ったのは、電気抵抗を少なくするため。

 特に人間の皮膚は電気抵抗が高い。発汗していれば抵抗は1/12にまで、水に濡れていれば1/25まで低下すると言われている。

 寄生蟲は宿主の体液の中で生きている。全身に満遍なく電流を通すには電気抵抗を少しでも下げておいた方がいい。もっとも、死の危険性(リスク)も跳ね上がるのだが……。

 

 ベルトでの固定は身体が跳ね飛ばされるのを防ぐため。 

 大抵、感電した場合に見られる反応は、無条件反射による筋肉の収縮か、感電の衝撃によって人体が跳ね飛ばされるかの二択。

 通常の場合であれば、前者は不運であり、後者が幸運とされる。通電時間が長ければ長いほど、危険性が跳ね上がるからだ。

 ……今回に限れば、前者でなければならないと言うべきだ。瞬間的な通電だけでは、全身の体液に潜む寄生蟲を殺しきれない。

 

 

「行きます……ッ!」

 

「………………――――――――――――――ッ!!!!」

 

 

 花蓮が宣言通り、ブレーカーを上げると、虎太郎の全身に電流が流れ始めた。

 

 叫び声すらなく、漏電にも似た不気味な音だけが部屋の中に響く。

 頭の先から爪先まで電流は余すことなく、同時に情け容赦なく虎太郎の全身へと行き渡る。  

 

 虎太郎の身体は痙攣とは明らかに異なる反応を見せ、暴れていた。

 自由になる手首足首の先は見ているだけで不快になるような動きを見せ、頭部は感電の苦しみを少しでも逃がそうとしているかのように振り回されている。

 

 目の前でおきる無残な光景に、花蓮はそれでも目を逸らさない。

 これが死刑執行であったのなら、未来のない仲間の死から目を逸らしていただろう。

 しかし、これは無残ではあっても、未来を勝ち取るための行い。対魔忍の仲間として、教えを受ける生徒として、目を逸らす訳にはいかない。

 

 

 ――長い、余りにも長い一分間だった。

 

 

 髪と肉が焦げる匂いが立ち込め、湯気とも白煙ともつかないモノが虎太郎の身体から立ち上り始めた頃、ようやく一分が経過した。

 

 花蓮は即座にブレーカーを落とすと、暴れ続けていた虎太郎の身体は見る影もなくぐったりと力なく垂れ下がる。

 

 

「甲ッ! 甲ッ! お願い、目を覚まして……!!」

 

 

 手足の動きを封じていたベルトを外しながら、声を掛けるが反応がない。

 完全に意識を失っているだけならば問題ないが、事態は更に急を要した。

 

 意識を取り戻さない虎太郎を床に寝かせ、手首に指を当て、続き首筋に指を当てた。脈拍を測ったのである。

 しかし、脈拍を喪失しており測れなかった。胸に耳を当てれば、呼吸も停止ししていたが、僅かであるが心臓から奇妙な音を聞いた。

 

 典型的な感電による心室細動の状態であった。

 

 心室細動からの回復は時間との勝負となる。

 心室細動に陥った状態では、心筋細胞が互いに互いを興奮させ合い、急速にエネルギーを消費していく。

 エネルギーの消費の先に待っているのは言うまでもないが――――生命活動の停止である。

 

 花蓮に焦りはあったものの、まだ冷静だった。こういった事態を想定しないほど虎太郎は間抜けではなかった。

 

 彼女は机の上に置かれたままの“そんなもん”を手に取った。

 赤い30cm四方の箱。表面には白い塗料でハートマークが描かれている。

 日本人なら誰でも一度は目にしたことがあるはずだ。交通機関、医療機関、公共施設、商業・娯楽施設、果てや大規模な工場から学校内にまで設置されている。

 

 自動体外式除細動器(A.E.D)

 

 心室細動を起こした心臓を回復させるための装置。

 西暦2000年初頭。医師にのみ使用が許された装置は半自動化され、救急救命士に使用が認められると、更に高性能化自動化が進み、翌年には一般市民の使用も認められるようになった。

 一部の自治体、学校、企業では講習が開かれるほどに一般化されており、またA.E.Dも音声ガイダンスによって誰でも使用が可能となっている。

 

 花蓮は既に使用方法を知っていた。

 ガイダンスの大半を飛ばし、濡れていた虎太郎の身体を拭き、パッドを右胸と左脇腹に貼り付ける。

 

 

『電気ショックが必要です。身体から離れてください。点滅ボタンを押してください』

 

 

 無機質な音声ガイダンスに従い、氷室は点滅しているボタンを押した。

 バコンと音を立てて虎太郎の上半身が跳ねる。150J(ジュール)の電気が僅か2/100秒以下で心臓を通った証拠だ。

 

 ガイダンスの指示を待ち、次の行動に移ろうとした花蓮であったが――――

 

 

「――――そこまでだ」

 

 

 ――――耳元で囁かれた悍ましい嘲笑の言葉に、凍り付く。

 

 突然、口を手で塞がれ、抵抗する間もなく拘束されたかと思えば、彼女の身体は宙を舞った。

 

 

「かっ――――――は、ぁっ」

 

 

 何を出来る筈もなく、花蓮は背中から壁に叩き付けられ、肺の空気を全て吐き出して今度は床に転がった。

 一体、どれだけの勢いで叩き付けられたのか。壁は大きくへこみ、亀裂が走っている。対魔忍である彼女でなければ、背骨へのダメージから、一生涯に渡る障害が残っていただろう。

 

 横隔膜はせり上がるだけせり上がり、肺の動きを阻害する。

 呼吸すら儘ならない苦痛の中、花蓮が顔を上げたのは対魔忍としての誇り故か、仲間への思い故だったのか。

 

 ――そこで待ち構えていたのは、深い笑みを浮かべた吸血鬼の首魁グラムだ。

 

 寸前まで気配がなかったこと、簡易的とは言え、虎太郎の選んだセキリティを物ともしなかったことは、身体を霧と変える吸血鬼の能力によるもの。

 

 恐るべき能力と言わざるを得ない。

 近距離でのクレイモア地雷のダメージを、僅か1時間でなかったことにする再生能力。

 人体を片手で放り投げ、そのまま壁の染みに出来るだけの身体能力。

 自らの身体を変成させ、武器を作り出し、霧霞となる変化能力。

 

 人間など遠く及ばない生命体。人界における怪物の代名詞。吸血鬼。その名に恥じぬ存在だ。

 

 

「くく、寄生蟲を排除する為とは言え、自ら命を危険に晒し、その挙句に死ぬとは……嘲りを通り越して哀れみすら覚えるなぁ、人間」

 

「は、ァ、ッ――――ぐぅっ!?!」

 

「死んだ人間(ごみくず)になど興味はない。吐いてもらうぞ。我々から奪った研究データを、どうした」

 

 

 絶息に喘ぐ花蓮の髪を掴み、グラムは無理矢理立ち上がらせる。

 その時、玄関扉の破砕音が響き、暫らくしてから足早にグラムの部下達5名が部屋の中へと押し入ってきた。

 

 正に絶体絶命。

 花蓮の脳裏に、その四文字が浮かんだかは定かではないが、状況的に誰の目からも明らかである。

 

 部下の一人が花蓮の腕を締め上げ、崩れ落ちそうになる身体を支えさせた。

 

 

「さあ、研究データはどうした。素直に話せば、命だけは助けてやるが……?」

 

「誰が。どの道、まともな人体(かたち)で返すつもりも無い癖に……!」

 

「当然だろう。これほどまでに虚仮にされたのだ。対魔忍の連中には、見せしめが必要だ。人間よりも遥かに高尚な我々の受けた屈辱は、下等な貴様らには数百倍にして返礼するのが道理だ」

 

「高尚? 下等な私達に良い様に弄ばれた貴方達の何処が――――ぐ、ぶっ?!」

 

「大した減らず口だ。そこで転がっている人間(ゴミ)の仲間なだけはある」

 

 

 無防備な鳩尾を吸血鬼の力で殴られた花蓮は、堪らずに膝を突く。

 咽喉元まで登ってきた胃液は内臓まで混じっているかのよう。呼吸もままならぬ苦しみは、彼女であっても未体験のものだった。

 白く染まる視界と思考であったが、彼女は誇りだけは手放さない。不様な姿だけは晒すまいと胃液を飲み下す。

 

 苦痛に呻き、俯いたままの花蓮に気を良くした吸血鬼共は、忍び笑いを漏らす。

 今まで良い様にやられた相手を、抵抗も出来ないままに弄ぶ。さぞ、気分のいいことだろう。

 グラムは顎で部下に指示を出し、花蓮を再び立ち上がらせると、手に短剣を作り出す。

 

 

「聴いているか? 男には効果はないが、寄生蟲は性的な興奮を齎す。女のお前がその身に宿せば、どうなるかな?」

 

 

 すっ、と氷室の臍辺りに鋒を宛がい、身体を傷付けることなくゆっくりと忍装束を斬り裂いていく。

 臍を、鳩尾を、胸元が徐々に露わとなる度に、吸血鬼共は下卑た笑みを浮かべ、口々に野次のような下品な言葉を飛ばしたが、花蓮の耳には入っていない。

 

 

「安心しろ。手足を斬り落として、お前が下衆と罵る男共に便器として扱われながら、ありがとうございますと礼を言えるようにしてやろう」

 

 

 その言葉に、花蓮は俯いたまま吸血鬼に目を向ける。其処には隆起した一物がスボンを押し上げ、グラムの言が真実であると物語っていた。

 

 悲惨な未来を想像してか、彼女の肩が、ぶるりと震える。

 

 グラムはくつくつと笑い、掌にナイフを滑らせ、鮮血を流れ出す。

 無数の寄生蟲が血液の中で蠢き、新たな宿主(ぎせいしゃ)を前にして喜びから踊っているかのようだ。

 

 ――勝ちが決まらないままに獲物の前で舌なめずりとは、本当に何も学んでいない。

 

 

「くす――――本当に、言った通りね」

 

「……何?」

 

 

 俯いていた花蓮がグラムと目を合わせる。彼女の顔に刻まれていたのは紛れもない笑みだった。

 先程見せた肩の震えは恐怖を堪えてのものではなく、失笑を堪えてのものだったのだ。

 

 笑みは、自作の電気椅子に座ろうとしていた虎太郎との会話を思い出しての事だった。

 

 

『いいか、乙。奴等は基本的にコッチを家畜程度としか見ていない。人間を奴隷に仕立て上げる過程も、人間の畜産業とは比べ物にならんほど雑なはずだ』

 

『何故、そう言い切れるんです?』

 

『こっちの方が数が少ないし、舐めてるからさ。過程で死んだとしても後から後から湧いてくるから、別のを使えばいいと思ってる。人間の畜産業を見習ってほしいね、家畜にだって本気で敬意を払うってのに』

 

『家畜を育てて生活しているんだから、当然だと思いますけど』

 

『そうだな。でも、奴等にとっちゃ生活する為じゃなくて成り上がる為だとか、欲望の為だとかが主であって、家畜の質に対する認識は極めて低いと推測できる』

 

『はあ、それが、何か……?』

 

『つまり奴等は、人間の生態や行動、文化に対しちゃ、大して詳しくないってこと。自分の興味のあるものしか知らない偏った知識しか持ってないって訳だ』

 

 

 そう。だから、知らない。

 人間が感電した時に死ぬ理由も、ただ肉体的に弱いからだと片付けるだろう。

 

 感電した人間が、どのような過程を経て死に至るのか。

 心停止と心室細動の違いは何なのか。

 自動体外式除細動器(A.E.D)とは、そもそもどういった装置なのか。

 

 まるで知らない。

 

 多くの人間もそうであるが、心停止の状態から電気ショックによって蘇生させる方法など有りはしない。

 心肺蘇生法とは、あくまでも気管挿入や高濃度酸素、薬剤を用いて心臓マッサージを行う手法である。

 

 電気ショックを行うのは異常な収縮をして痙攣を繰り返す心室細動のみに用いられる。

 心室細動の正しい処置は、一度完全に心臓を停止させることであり、A.E.Dの本来の使用目的はそこにある。

 

 一度停止した心臓は多くの場合、脈拍を回復させるために心肺蘇生法が必須となる。

 

 しかし、その人間の心臓()が、生きる事を諦めていなければ、強く、正しく、鼓動を刻み始めるのだ。

 

 自ら死神の懐に飛び込み、その抱擁を躱して生き残れる術を見出すような男の心臓(意志)が、死を容認するのか。

 

 ――――――否である。

 

 

「…………なっ」

 

 

 グラムと花蓮の以外の全てが凍りつく。

 部下の動揺はグラムに伝わり、花蓮が瞳には安堵から涙がこぼれ落ちそうになった。

 

 グラムが異常を察して背後を降り向くよりも速く、花蓮の涙がこぼれるよりも速く、死神すらも退けた虎が動く。

 

 

 ――――――次の瞬間、グラムと虎太郎の視線が交わった。

 

 

 仮面の奥で爛々と輝く金と銀の瞳。

 虎そのものの獰猛さを放つ眼光に、グラムは紛れもない死の恐怖を抱いた。

 

 

(何なのだ、コイツはっ!?)

 

 

 グラムは咄嗟に身体を動かそうとしたものの、全てがスローモーションのように緩慢で――――否、指先から足元までも微動だにしない。

 

 ――当然だ。彼の脛骨は巧妙に捻り壊され、首が180度捻転しているのだから。

 

 思考(頭部)が断絶された状態で、身体を動かせる筈もない。

 

 虎太郎はそのままグラムの首に手を回し、背骨を膝で粉砕しながら、後方に投げ飛ばす。

 テーブルを粉砕し、派手な音と共に床へと叩き付けられた首魁(ボス)を前にして、吸血鬼はようやく驚愕の硬直から脱したが――虎太郎の前では遅すぎる。

 

 既に虎と化したと言っても過言ではない虎太郎であったが、その攻撃と行動は、獣からはかけ離れた精妙さを見せた。

 

 何時の間に拾い上げていたのか、彼の手には用意してあった拳銃――FN Five-seveNが握られていた。

 従来の両腕を大きく伸ばす構えではなく、両肘を90度に折り曲げ、合掌した手の間に銃を握り込む。更に銃を傾け、利き目でサイトを覗き込む独特の構え。

 CQB(近接戦闘)を前提としたCenter Axis Relock――通称CAR Systemと呼ばれる構えだった。

 

 CAR Systemの利点は複数存在する。

 従来の構えに比べ、閉所でも容易に構えられ、照準合わせ(ポイント)から発射までの速度、命中率、誤作動からの復帰、弾倉交換(マグチェンジ)の全てが向上が見られる。

 

 花蓮を捉えていた吸血鬼が行動を起こすよりも速く、Five-seveNが二度も火を噴いた。

 発射された弾丸は吸血鬼に反応すらもさせずに、頭部の内側を滅茶苦茶に破壊する。

 

 彼がこの銃を選んだ理由は単純である。Five-seveNは拳銃の中でも高い初速を誇り、装弾数も多いため。

 

 更に弾薬もまた特殊。弾丸は骨などの硬対象を貫き、肉や内臓の軟対象には運動エネルギーを分散させる。

 発射薬も高性能化されており、元々高かった初速を更に倍近くまで向上させていた。

 

 対魔忍や魔族は尋常ならざる頑丈さと反応速度を持っている。

 それらに弾を命中させ、必要なストッピングパワーを得る為に、徹底した初速の強化と殺傷力の向上を選んだ結果だ。

 

 花蓮の解放と吸血鬼の射殺を確認すると、次の対象に移る。

 最初に襲い掛かってきた二体は片や脚を、片や胴を撃ち抜いて、動きが鈍った所に眉間へと弾丸を叩き込み、脳漿を飛散させる。

 

 

「この――――ぶぱっ」

 

 

 剣を突き出してきた一体の腕に、下方から己の右腕を蛇のように絡め、肘に拳を押し当てると梃の原理で意図も容易くへし折ると、左胸の前で保持した銃の引き金を引く。今度は二発の弾丸が心臓を破壊した。

 

 尚も攻撃は止まらない。

 首を薙ぐ軌道で振るわれる新たな剣閃。

 しかし、虎太郎は怖れることなく一歩を踏み出すと、攻撃をしてくる吸血鬼の膝を内側から蹴り、容易く体勢を崩させる。

 剣は虚しく空を斬り、攻撃も外した挙句に体勢を崩した無防備な状態の頭部と心臓を正確に射貫く。

 

 最後に残った一体は、瞬く間に皆殺しの憂き目にあった現実を前にして、逃げるべきか、攻撃すべきかの判断に一瞬迷った。致命的と言わざるを得ない。

 

 顎が地面に触れそうなほどの獣のような低姿勢で、音もなく近寄った虎太郎は勢いをそのままに足払いの後ろ回し蹴りを放つ。

 動揺し判断に迷った三流に躱せる筈もなく、脚を刈り取ると虎太郎の脚がまたも絡まり、吸血鬼をうつ伏せの状態で地面に倒し、自らは背後から後頭部に弾丸をきっかり二発撃ち込んだ。

 

 ――僅か5秒の虐殺劇。

 虎太郎を援護しようとした花蓮であってすら、指一本動かせぬほどの早業であった。

 

 吸血鬼の身体構造は、頑強なだけで人間と大差はない。つまり、壊し方は人間と大差はないということでもある。

 何の特殊能力も使わない、人間の技術と術理の粋を見せつけるような、余りにも鮮やかな殺戮技巧。これには流石の花蓮も背筋が凍りつくばかりだった。

 

 

「ぐ……はぁ……ッ、何だ。何が、どうなってる?」

 

 

 凄まじい技巧を披露した当人は、敵の殺害を確認すると大きく息を吐き出し、その場に膝をつく。

 

 

「甲ッ! 兎に角、深呼吸を……!」

 

「こ、呼吸? つーか、甲ってなんだ? 何で、オレがお前と一緒にいるんだ? ワケが分からねぇんだが……」

 

「お、覚えていないんですか?!」

 

 

 荒い呼吸を繰り返す虎太郎に駆け寄り、両肩を掴んだ花蓮は悲鳴のような声を上げる。

 

 両者の反応に無理はない。

 虎太郎は事実として一度死んだ身である、記憶に混濁と混乱があったとしても不思議ではない。

 花蓮にして見ても、アレだけの動きを見せた虎太郎が、まだまだ瀕死寸前であるなど驚くのは当然である。

 

 

「ここ一週間くらいの記憶が思い出せねぇ! うっ、頭が……!!」

 

「と、兎に角、深呼吸を続けて下さい。ついさっきまで、呼吸も心臓も止まってたんですから」

 

「はぁぁぁっっ!??! 何ソレ、どうなってんのソレ!? 経緯をせつめ――――――テメェは動くな!!」

 

「があぁぁぁあああッ!!」

 

 

 視界の隅でモゾリと動いた何かを見つけると、虎太郎は床に転がっていた忍者刀を投擲する。

 動いたのは既に回復しつつあったグラムであったのだが、不用意に動いた故に心臓を貫かれ、壁に身体ごと縫い付けられた。

 

 

「反射的に攻撃しちゃったけど……誰これ? 味方じゃないよね? オレやっちゃった?」

 

「奴はグラムとかいう吸血鬼です。任務中に彼から襲撃を……」

 

「吸血鬼ぃ!? え? なんで? 何でそんなのにオレが関わってんの? お、おかしくね?」

 

「おのれ、おのれおのれおのれぇぇぇぇ!! 何処までも私を馬鹿にしおって、人間風情がぁぁぁぁっ!!」

 

「なに怒ってんだ、このオジさん」

 

(いくら敵とは言え、哀れね……)

 

 

 完全にここ最近の記憶を失っている虎太郎は困惑するばかりであるが、虎太郎にやられたグラムにとっては堪らない屈辱だろう。

 何せ、これでは強敵との戦いを制したというよりは、無造作に虫ケラの命を奪ったも同然である。

 人間からそんな虫けらの如き扱いを受けるなど、吸血鬼のグラムにしてみれば、あってはならない現実だ。

 

 

「舐めるな人間が、この程度で、この私を拘束したと――――――何故だ!? 何故、霧になれない!? 武器も創りだせんだとぉ?!」

 

「何をしたんですか?」

 

「オレも何が何だか。いや、アイツに膝叩き込んだ時、何かやったな。そうそう、護符を張り付けた。あの護符、何だったんだろ?」

 

「確か、西洋の黒魔術のような魔法陣とか、見たこともない言語が描かれていましたが……」

 

「吸血鬼……護符……霧になれない…………あー、はいはい、アレね。アレかー」

 

「貴様ッ、私に何を……」

 

「いや、アンタに教えてやる義理なんかオレにないから」

 

 

 完全にグラムから興味――どころか記憶すら失った虎太郎は、どうでも良さげな口調で返事をする。

 

 虎太郎が用いた護符は、何も珍しくもなければ、そもそも吸血鬼用のものでもない。

 魔術師が丹精込めて作り出した霊薬を保存する“固着の護符”だ。

 

 霊薬と呼ばれるものは極めて広い効能と高い効果を得られる。

 どう考えた所で致命傷を癒し、魔術師の腕によっては欠損すら回復させ、末期癌患者を全快させる。

 反面、保存期間が極めて短いのが難点だ。様々な魔界の薬草や虫から作られ、魔術によって生成されるが故に、すぐに腐ってしまう。

 

 それを抑えて置くのが固着の護符。フラスコや瓶に固着の護符を張る事で、変質と腐敗を防ぐのである。

 

 霊薬が腐敗する過程と吸血鬼が霧化する過程は同一ではないものの、メカニズム自体は似たものであるらしい。

 名うての吸血鬼ハンターですら知らぬ裏技であり、虎太郎がどれほどの吸血鬼を屠ってきたかが嫌でも分かる。

 

 

「身体中痛いし、何か凄い疲れてるし、ここ一週間の出来事を思い出そうとすると頭痛がするし、吸血鬼には付け狙われてるし、何があったんだ?」

 

「…………よく分かりませんけど、さっき甲が自作の電気椅子で死んだのは確かです」

 

「…………………………………………………………オレは、馬鹿か」

 

「……否定は出来ませんね」

 

「この、無視をするな。何様のつもりだ、貴様らッ!!!」

 

「黙ってろ、今はオレが話してる」

 

「ぐ、っ、ぶっ、やべっ、ごばっ!!」

 

 

 虎太郎は片手で顔を覆ったままの状態で、グラムの頭部に向かって弾倉に残った銃弾を放つ。

 最早、敵としてすら認識していないサンドバック――いや、的状態にグラムは更なる屈辱のドン底へと叩き落とされた。

 

 

「まあ、いいや。任務はどうなった?」

 

「終わっています。後は、このタブレットのデータを解析すれば……」

 

「じゃあ帰ぇるべ帰ぇるべ。もう何が何だかよく分からんが、やってられんことだけは分かる」

 

(ノ、ノリが軽い……)

 

 

 今し方まで掛け値なしに死んでいた男の台詞ではない。いや、そもそも現在進行形で死にかけているのだが、余りにも色々と軽すぎた。流石の花蓮も、コレにはドン引きである。

 

 

「貴様ッ!! 名は! 名は何という!!」

 

「……才谷 梅太郎だけど?」

 

「覚えたぞ、貴様は、貴様だけは必ず殺してやる。ありとあらゆる――――」

 

「ふーん。頑張れば? ついでに男根を切除しておこう。触るの嫌だから銃でな! グッバーイ、おじさんの男の子!」

 

「ひ、ぎ、が、ぎゃあああああああああああああああああッッッ!!!」

 

(エ、エゲつない。無理よね。今、ナチュラルに偽名使っていたし。仮面で素顔も見てないから、どう頑張っても弐曲輪先生に辿り着けない)

 

 

 怨霊染みた叫び声を上げるグラムの言葉を半分も聞かずに、虎太郎は弾倉を交換すると弾丸を全てグラムの股間に叩き込む。

 吸血鬼であっても股間――殊更、男性器と睾丸は子孫繁栄に重要な器官であり、神経も集中しているが故に致命傷にならずとも激痛を覚える。

 余りの激痛に気を失ったグラムを一頻り眺めると、虎太郎はスタスタとリビングを後にし、花蓮も後に続く。とても数分前に虐殺を行った者とは思えない、軽い足取りであった。

 

 グラム。哀れな吸血鬼である。これでは完全な道化師(ピエロ)だ。

 だが、同情には値しないだろう。全ては自業自得。まともな道を歩んでいたのなら、対魔忍のド外道などと行き当たることなどなかったのだから。

 

 

(これぐらいやっときゃ、氷室よりもオレを優先して探すだろ。永遠に才谷 梅太郎を追ってくれたまえよ、グラムおじさん)

 

 

 道化師を演じていた虎太郎は、ふぅ、と息をつく。

 

 彼らしからぬ無駄な行為であったのだが、全ては顔が割れている花蓮のためだったようだ。

 アレだけ虚仮にされれば、グラムは是が非でも才谷 梅太郎という架空の対魔忍を追うだろう。

 グラムが間違いなくそうする確信があり、時間を稼ぐ為にわざわざ偽名まで使った。

 いずれは梅太郎を追う事を諦め、花蓮を探し、おびき出す為の餌とするだろうが、その頃には花蓮は対魔忍として大成している。

 

 教師として生徒を守る。その役目を全うする為に、あんな下らない行為に及んだのである。

 

 

「あれぇ!? 端末がないんだけど!」

 

「…………これ、ですか?」

 

「おぉ、そうそうこれこれ。アレ? オレ落とした?」

 

「いえ。甲が、直接」

 

「ふーん」

 

 

 セーフハウスから充分に離れた民家の屋根の上に移動した虎太郎は背後を振り返り、花蓮もそれを追う。言うまでもなく、セーフハウスがその視線の先にあった。

 

 何度も銃声が響いた故にか、周囲の住民は目を覚まし、警察に通報しているだろうが、もう全てが手遅れだ。

 虎太郎が端末を手早く操作し、パスコードを入力すると、セーフハウスから凄まじい爆炎が上がり、二人の身体を衝撃波が叩いた。

 

 

「な、ななな、何をしているんですか?!」

 

「あ? 証拠隠滅。爆薬も調節してあるから、周辺の民家への被害はゼロだぜ? 何か問題でも?」

 

「こ、この爆弾魔ァッ!!」

 

「そういうのは神村に言ってくれ。オレは、そうだな……テロリストじゃね?」

 

「なお悪いッ!!?」

 

「へっ! 汚ねぇ花火だ!!」

 

(この人を敵に回すのだけは止めよう)

 

 

 そのド外道ぶりに戦慄した氷室は、絶対に破らない誓いを立てた。

 虎太郎は屋根の上に腰を下ろし、あー、などと言いながら天の星を眺めている。もう、色々と限界のようだ。

 

 

『――ザ――ガガ、――――ザザ――――――甲、乙、応答を。こちら、丙、応答願います』

 

「あ? この声、由利か? どうした?!」

 

『……ッ?!?!! ど、どうしたんですかっ!? な、何が、一体何があったんですかっ!?』

 

『あ、やっぱりぃ。弐曲輪先生だって、間違えちゃうじゃないですかー。酷いなぁ、私ばっかり。あ! 翡翠さん、待ってェェ!!』

 

「何で驚いてんの、由利の奴? つーか、何で前園まで居るの?」

 

(由利さん、こんな大きな声出るんだ。…………はー、つ、疲れたぁ)

 

 

 普段の虎太郎からでは考えられないミスに翡翠は仰天して速度を上げたらしく、桃子は必死になって後を追うのが通信機越しでも花蓮には分かった。

 本来であれば、こんな所で腰を下ろすべきではないと分かっていたものの、流石の花蓮も疲労からストンと屋根の上に座り込んだ。

 

 かくして、一連の任務は、大きな恨みと屈辱を残しながらも終了した。

 吸血鬼グラムは、まだ死んでいない。彼の暗躍と苦労人が相対するのは、もう暫らく先の話であった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。