任務結果報告
桐生 美琴が自身の存在を覆う為に作り上げた組織は壊滅。
トップ及び構成員は全員死亡。拠点は自爆しており、新たな証拠の発見は期待できない。
対象の研究データ及び鬼神の右腕、大太刀の回収には成功するも、対象を取り逃がす。
対象は東京方面に逃走した模様。適切な人員を投入し、追撃部隊を編成されたし。
また東京に潜伏中の対魔忍には、桐生 美琴と取引、協力関係にあった別組織、個人の情報を送信済み。
本部からも命を下し、情報収集と精査を行うべきである。
対象には心身ともに衰弱が予測され、追撃からの捕縛は容易と思われる。
備考(この項目は全て黒く塗りつぶされている)
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―――
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「弐曲輪! 貴様、どういうつもりだ!」
「………………」
「桐生 美琴を取り逃し、挙句の果てに魔族を連れ帰るなど!」
「………………」
「虎太郎、答えなさい」
五車学園の地下には桐生の研究室、虎太郎のミーティングルーム以外にも様々な部屋がある。
装備課の倉庫や研究、開発施設、懲罰房、尋問部屋―――そして、虎太郎、アサギ、紫の三人が話している尋問の監視部屋もその一つだ。
壁とガラスを隔てた向こう側が尋問室となっており、尋問官と
結局、桐生 美琴には逃げられ、意識を失ったワイトを五車学園に連れ帰る羽目となった虎太郎は、紫から厳しい叱責を受けていた。
当然である。一人で構わない、一人がいいと言ったにも拘わらず、一番重要な桐生 美琴を取り逃がすなど、あってはならない結果だ。
「安心しろ。どの道、桐生 美琴は向こう何年かはマトモに動けん」
「どこがだ! あの女を取り逃せば、次にどれだけの犠牲者が出るのか――」
「だから、それがあり得ねぇんだよ。ちったぁ考えて物を言え」
「……どういうことか、説明してくれるかしら」
相変わらず、察しの悪い上司二人に、虎太郎は憂鬱な気分で説明を開始した。
何故、桐生 美琴が桐生 佐馬斗よりも長い時間、対魔忍から逃れ続けることが出来たのか。
それは単純に美琴の戦闘能力が――正確には鬼神の腕が、だが――脅威だったからに他ならない。
魔科医としての腕前だけでなく、直接的な戦闘能力も高かったが故に、桐生以上に自由に振る舞えていたのだ。
だが、その戦闘能力を支えていた鬼神の腕は既になく、虎太郎が回収し、今は彼しか知らない場所で封印されている。
それに加えて、美琴は特定の組織に肩入れしていない。
自分自身が自由に研究をしたいが為に、取り入っては見限り、取り入っては見限りを繰り返していた。
まるで寓話のコウモリのように。
そして、その末路も同じ。獣の王と鳥の王、どちらにも取り入ったコウモリは、最終的に孤独に暮らすこととなった。
「情報はバラまいた。あの女が、鬼神の腕を失ったとな。あのコウモリを魔族も米連も、躍起になって追い回すだろうよ」
「しかし、どちらかの手に堕ちれば……」
「魔族側はあの女に恩を売って懐柔するよりも、洗脳でもした方が早い。もしくは逆らえない何かで縛りつける。間違いなくな。あの女は、何が何でも逃げるだろう」
「米連の方は?」
「可能性はあるが、あの女は米連の内情をよく分かっていない。後がなくなれば飛びつくが、泣きつくにしても極力避けたい相手の筈だ」
「今までのように一人で動くことも出来ない。なら――――」
「そうだ。桐生 佐馬斗という前例のある対魔忍が、投降するには一番マシってことだ」
どの道、今までのような研究は数年に渡って出来ない。
ノマドの傘下に入れば傀儡扱い。米連の傘下に入っても首輪は免れない。
どちらにせよ、桐生 美琴による犠牲者は限りなくゼロに近づくだろう。
一番可能性が高いのは、逃亡生活に疲れ果てての対魔忍側への投降。
何なら、今までのように追いかけ回して捕まえてしまうのもいいだろう。
虎太郎の任務は失敗に終わったが、美琴の持つ力を削ぐという点においては十分過ぎる成果を上げていた。
「下忍どもにチクチク追わせろ。かなり参ってるだろうよ。それくらい自尊心から何から削り取ってやったからな。今頃、髑髏に負われる悪夢でも見てるんじゃないか?」
「…………納得は出来んが、お前の理屈は理解はした」
「どうした? 今日は随分、追求が手緩いじゃないか?」
「ふん! 任務に失敗したからと言って無意味に責め立てるわけがあるか! 私が常々注意しているのは、貴様自身の姿勢と態度だ!」
不愉快とばかりに顔を背ける紫に、アサギは苦笑を漏らした。
虎太郎と紫は、出会った当初からこんな関係を変わらずに続けているからだ。
その時、ガチャリと音を立てて尋問官――
東雲 音亜。
読心術使いの家系に生まれ、一族の中で過去最高の力を持つと言われている。
尋問や情報取集は元より、戦闘にも応用可能。また、集中すれば、当人すら自覚していない心の声まで読み取ることが出来る。
そんな力を持っているが故にか、表向きはニコニコと笑っている優しげな女と言った印象を受けるが、その本性は心を読み取った相手が秘密を暴かれ、恐怖と共に堕ちていくのを楽しむ歪んだ性癖を持っている。
もっとも、そんなものは虎太郎と出会う以前までの話だ。
音亜は虎太郎の姿を見つけると、明らかな恐怖の表情を浮かべて近づこうとすらしない。
彼女は目覚めた性癖を満たす為に、度々仲間内ですら心を読んで秘密を握り、軽く脅す遊びを楽しんでいた。
可愛げがあるとも取れるし、邪悪とも取れる行為だ。
他人を破滅させる為に秘密を暴くのではなく、他人
どちらがより可愛げがあるのか、どちらがより邪悪であるのか。人によって意見が分かれるところだろう。
かつて、音亜はご多分に洩れず、面白半分に虎太郎の心を読み――――その余りに理解不能の精神性に、後悔した。
恐るべきことに、虎太郎にとって目の前に存在している全てが警戒の対象であり、同時に、いつ殺しに来ても構わないように対応策と手段を考えていた。
ただ一つの例外もない。親しげに話しているゆきかぜや凜子であっても、目を掛けている花蓮や桃子であっても、十年以上の付き合いとなるアサギや九郎であっても。
どう考えたところで狂っている。
それだけの警戒を周囲全てに抱き続ければ、人間の精神では耐えられない。
なのに、平気な顔をして日常を過ごしている虎太郎は、音亜にとって人の形をしているだけの怪物にしか映らなかった。
以後、彼女は面白半分に人の心や秘密を暴くのは止め、任務以外における能力の行使を断った。
人の心や秘密は暴かない方がいい場合もある。そう学び、歪んだ性癖すらも、あっさりと矯正されてしまったのであった。
「それで、どう……?」
「本当に、全ての記憶を失っているようです。質問をしても要領を得ず、しきりに旦那様は、と。そればかりで……」
「嘘はついていないのか。死霊騎士としての能力や使い方については?」
「同様です。使えない、と言うよりかは、使い方が分からない、が正しいのでしょうけど……」
「……分かったわ。紫、音亜。この件は他言無用。誰にも漏らさないように、いいわね?」
「「承知しました」」
紫、音亜はアサギの命令を承諾すると、一礼して部屋を後にする。
部屋を出る直前、紫はマジックミラー越しにワイトを眺めたまま黙り続ける虎太郎に心配そうな視線を向けたが、言葉にすることはなかった。
二人を見送ったアサギは、虎太郎の隣に立ち、同じくワイトに視線を向ける。
「どうするつもり……?」
「それはこっちの科白だ。オレはお前の命令に従う。決定権はお前にある」
「そう。私としては、このまま保護するつもりよ。彼女は魔族だからと言っても記憶もなく、悪意もない。赤子と変わらないわ」
「相も変わらず甘い事だ」
「自覚はあるわ。私の意見は言ったわよ。虎太郎は……?」
まず彼女を生かしておく必要性があるのか。
どれほど美琴の記憶処理と洗脳が完璧だからと言って、何かの拍子に記憶を取り戻せば、里の内部で敵が現れることとなる。
しかも、何が最悪だと言って、死霊騎士の能力が最悪だ。
魔界には、エドウィン・ブラックと敵対する魔族の王が数多く存在する。
中でも、長らく
レイスは死者に対し、一時的に生命を与える力を持つと言われる。レイスの戦士を死霊騎士と呼ぶ。
里の内部でワイトが能力を行使すれば、ワイトの操る生ける屍はネズミ算式に増えていくのである。
もっとも、屍の王が人界に興味がないのか、或いは人界へと現れる術を持たないのか、対魔忍と敵対したことはない。
あくまでも捕虜とした魔族から得られる断片的な情報で語られるばかりで、実態に関しては不明瞭な点しかなかった。
しかし、情報は正しかったようだ。少なくとも、虎太郎はその能力を目の当たりにしている。
あの時は、肉体のダメージに反射的に能力を発動しただけのようだが、それを意図して引き出せるのなら、厄介な能力である。
「聞かなくても分かってるんだろ。殺したくても殺せねぇよ。それを植え付けたのは桐生姉だろうが、オレに対する信頼は本物だ」
「そう。それを聞いて安心したわ」
「安心もクソもねぇよ」
「あら、いいじゃない。昔の虎太郎よりも、今の虎太郎の方がずっと素敵よ」
道端に放置されていた犬の糞でも踏みつけてしまったかのような、本当に嫌そうな顔をしてアサギを見た虎太郎であったが、その顔を向けられた本人は微笑むばかりだ。
虎太郎自身にとって、最善なのはワイトを殺してしまうこと。
いつ本来の記憶を取り戻すか分からない。いつ洗脳が解けるかも分からない存在を、何の縛りもなく手元に置いておくほど、彼は愚かではない。
対魔忍は魔族を駆逐しようとする側だ。
アサギなどは経験故に柔軟な対応をするものの、老人達は一向に現状を理解しようとしない。兎に角、殺すことばかりで、利用することも、一時的に手を組むという考えすらない。
それ以外の者であっても同様だ。もし、ワイトの存在が明らかになれば、今現在アサギに向けられている信頼や忠誠に罅が入りかねないだろう。
アサギの失脚は、虎太郎が対魔忍から排斥されることを意味する。
元より、ふうまの跡取りである彼は、アサギに対して従順であることで、その立場を辛うじて維持している。
もし、アサギの籠がなくなれば、対魔忍という肉壁も失くす羽目になる。それはそれで構わなかったものの、極力避けたい事態には違いない。
――全てを理解してもなお、虎太郎は自ら定めた“誓い”故に、ワイトを斬り捨てられない。
最善を選び、効率を優先する自らの論理。相手から受けたモノは必ず返すという“誓い”。
どうあっても両立しない矛盾の板挟みに、虎太郎は苛立ちを抱えながら冷静であった。
全てを理解しての“誓い”だ。これまでも何とか折り合いをつけて生きてきた。これからも、そうするまでのこと。
「彼女に関しては、桐生 美琴に捕まっていた被害者で通すわ。それ以外は、虎太郎に任せてもいいわね?」
「ああ、分かった。押し付けられた厄介事だが、やるこたぁやるさ」
お願いね、とだけ言って、アサギは笑いながら部屋を後にした。
危機感の薄い能天気な態度と下された処遇に、虎太郎は再び苛立ちを覚える。
彼女の態度は虎太郎に対する信頼の裏返しであったが、彼にしてみれば返すべきものであるものの、何の助けにもなりはしない。ありがたくもない重荷であった。
アサギが出ていった後、虎太郎は何をするでもなくマジックミラー越しにワイトを静かに眺める。
虎太郎と出会った当初、裸体だったワイトの身体には、桐生による検査の名残からか患者衣だけを纏い、何の拘束もされていなかった。
拘束がいらぬほどにワイトは従順であり、また拘束が躊躇われるほどに儚げだった。まるで人知れずに花弁を開き、誰に看取られることなく散る月光花のように。
今もそうだ。
彼女は椅子に座ったまま両手を膝の上に置き、視線を机に落としていた。
見知らぬ土地で親とはぐれてしまった子供のように、今にも零れてしまいそうな涙を必死で堪えているようだ。
虎太郎は、その姿に何を思っていたか。大きく溜め息をついて、尋問室へと脚を踏み入れる。
「――――旦那様っ」
虎太郎の姿を目にすると、今までの暗く沈んでいたワイトの表情は幻の如く霧散し、嬉しげに目を細める。
余りにも危険を感じさせない――実際に、今の彼女には危険などないが――ワイトの態度と姿に、虎太郎は何とも言えない気分となった。
立ち上がろうとするワイトを片手で制し、彼は対面の椅子に腰を下ろす。
「長々と悪かったな」
「いえ、そんなことは……」
虎太郎の姿を見るだけで、共に居れるだけで、言葉を交わしただけで嬉しいのか。ワイトは頬を染め、机の下でもじもじと両手を合わせている。
驚異的な洗脳だ。
たった一目見ただけ。あたかも鳥の刷り込みのように。
主人として認識した虎太郎に絶対の服従を誓っており、虎太郎に対して服従することに甘美な喜びを見い出している。
「桐生――此処に来る前に会った眼鏡の男だ。アレに検査を受けたが、どうだった?」
「どう、と言われましても。終始、興奮しきりで、マトモに会話も出来ませんでした。注射をいくつか。それに、何だか手付きもいやらしくて……」
「そうか。後で血祭りに上げておくから勘弁してやれ」
「そ、そこまでしなくても――――でも、嬉しいです。旦那様の手を煩わせるなんて、いけないことなのに」
虎太郎の既に地面へと突き刺さっていた桐生の評価が、地下に埋没するレベルで下降した。
しかし、ワイトは何を勘違いしたのか、手を口元に当てて薄く微笑んだ。まるで、よく出来た侍女のようだ。
これはこれで厄介だ。
言葉は通じている、会話も成立している――――だが、噛み合っていない。両者の認識には、海よりも広く、谷よりも深い隔たりがある。
当然だろう。
ワイトは美琴の洗脳によって虎太郎を求めているが、求められている虎太郎とってワイトは厄介事以外の何物でもないのだ。
「それで、記憶はどうだ?」
「…………名前以外には、何も、思い出せない、です。自分が何処で生まれたのかも、どんな風に生活してきたのかも」
音亜による確認は済んでいたものの、虎太郎は今一度、ワイトの記憶の有無を確認する。
如何に優れた読心術であっても、それを掻い潜る術はいくつか存在している。
その点を警戒しての質問であったが、虎太郎の目を以てしても、ワイトからは不審も見られず、違和感も覚えない。
しかし、彼女の両目は恐怖で覆われていた。
自身に関する記憶が、まるでない。何をしてもいいのか分からず、自分が何者かすら分からない。それは、例えようもない恐怖だろう。
「はっきり言えば、オレはお前と面識はない。出会ったのは数十時間前、会話をするのは今が始めてだ」
「……そ、それ、でも……私にとって……旦那様は、旦那様、です……」
ようやく、両者の認識が噛み合い始める。
ワイトも虎太郎の言葉を徐々に理解してきているのか、表情は蒼褪めている。
どうやら記憶は失っているようではあるが、普遍的な常識や観念までを失ったわけではないようだ。
出会ったばかりの人間に仕えること自体に至上の喜びを覚えるのはおかしいと、理解は出来ているらしい。
「そんな……そんな! いや、です。ちゃ、ちゃんとします。旦那様の言う事は、何でも、従います。だから、だから――――」
「そうは言ってもな。オレはお前にして貰いたいことなんて何もない」
「――――ぁっ」
虎太郎の刃のように冷たく鋭い言葉に、ワイトの震えていた声はとうとう凍り付いた。
自分が愛して止まない主人は、自分を従者としてすら見ておらず、結局は赤の他人に他ならない。
ワイトが直面したのは、その事実だ。自身に関する記憶は一切なく、自身が何が出来るかも分からない状況の中、唯一縋れる“仕える喜び”ですら、冷たくあしらわれた。
ただでさえ白いワイトの肌は、もはや土色だった。
例え、死霊騎士であっても精神性は人間と大差はないようだ。人にせよ、魔族にせよ、何一つ身体を預けることなく一人で立つなど出来はしない。出来るのは、精神的な怪物である虎太郎くらいのものだろう。
掛け値なしの絶望が、ワイトを襲っていた。
このまま放っておけば自殺でもしてしまいそうな、衰弱死してもおかしくないあり様である。
「だが、オレにはお前を連れて帰った責任がある。甚だ不本意だがな」
「――――…………ぇ?」
「暫らくの間、面倒を見てやると言っているんだ。一緒に居てやると言い換えてもいい」
「…………っ!!」
今度こそ、ワイトは椅子を跳ね飛ばして立ち上がった。
「は、はい! 旦那様の期待に応えられるように、頑張ります! だから……だから、ワイトを旦那様の御傍に置いて下さい!」
両目をぎゅっと閉じ、頭を深々と下げて懇願染みた願いを口にする。
その様子に、虎太郎は自分の思惑が巧く行くのか不安になった。この様子では、最悪の想定をしておかねばならないだろう。
「分かった、分かったから頭を上げろ。座りが悪い――――だが、これだけは肝に銘じておけよ」
再び冷たくなった虎太郎の声に、ワイトは不安げな表情で面を上げる。
その瞳も、やはり不安で揺れていた。
自分が一体、何を求められるのか。愛しい人は一体、何を望んでおられるのか。何よりも、それに自分が応えられるのか。
全ては闇に包まれており、自分でも分からない。それが堪らなく不安だった。
「最低限、自分の事は自分で決めろ。自分の意見を飲み込んで、オレに歯向かわんことも許さん。それがルールだ。オレからはお前に何も言わない、一切な」
「……………………」
ワイトは虎太郎の言葉に、旦那様は何て難しいことを言う方なのかしら、と素直に思った。
今の彼女にとって、虎太郎に
例え、あの桐生 美琴に植え付けられたものだとしても、ワイトにその記憶はない。それ以外には何もなく、何も望んでもいない。
――けれど虎太郎の言葉は、ワイトの琴線に触れた。
自分自身でも触れられない、心の底の底。彼の言葉には、そこを確かに震わせる何かがあった。
「分かり、ました。旦那様の期待に応えられるかは分かりません。ですが、私に出来る限りのことは……」
「安心しろ。オレは期待なんぞしちゃいない。自分にも、お前にも、誰にもな」
「…………それは、その、少しドライ過ぎるんじゃ」
「しょうがないね。これがオレだからね。三つ子の魂百までもって言うからね。ドライモンスターだからね」
今までの冷たい雰囲気は何処へ行ったのか。虎太郎はとぼけた表情で肩を竦めてみせた。
無理にお道化ているわけではないし、場の空気を読んでいるわけでもない。単に、これも彼の側面なのだ。
それを理解して、ワイトは主人に仕える侍女の笑みではなく、彼女本来の自然な笑みを始めてみせた。
「じゃあ、出掛けるか」
「え? あの、何処に……?」
「そりゃ、お前の必要なもんを色々と買いにだ。まずは服だな」
「そ、そんな旦那様に御迷惑を――――い、いえ、もう十分に御迷惑なのは理解していますけれど、これ以上は……私では、返しきれないです」
椅子から立ち上がり、部屋を出ていこうとする虎太郎を、ワイトは必死で引き止めようとする。
けれど、虎太郎は呆れた表情で振り返り、呆れた素振りを見せる。本気で呆れていた。
「借りを返そうとする奴は嫌いじゃないが、状況を考えろ。今はオレに甘えてもいい。但し、ルールを守ればな。借りを返すのは、自分に余裕が出来てからだ」
「……ふふ、分かりました。お言葉に甘えさせて頂きます。この御恩は、必ずお返しします」
「良い心掛けだ。お前のことが、少しだけ好きになれそうだよ」
「そ、そんなっ! も、もう! 私を、あまり喜ばせないで下さい!」
虎太郎の本心からの言葉に、ワイトはボンッ! と音を立てて顔を赤らめる。
火照り、朱に染まった頬を隠すように両手で頬を覆い隠したが、赤くなったのは顔全体。何の意味もなかった。
こうして、対魔忍の苦労人と記憶を失った死霊騎士との共同生活が始まった。
この結果が、虎太郎の望むものとなるのか。
或いは避けようのない破滅を呼び込むのか。
結末は、当事者である虎太郎にも、ワイトにも分からない。ただ一つ、確実に言えることがある。それは――――
――虎太郎の宣言通り、桐生が血祭りに上げられることであった……!