「あ゛ぁ゛~~~~~~~~~」
「そんな変な声、出さないでよ、虎太郎」
「うるせー。…………お前に、お前にオレの何が分かるッ!!」
「そんな、悲しい過去がある悪役みたいな台詞を吐かなくても……」
「しかも、メチャクチャ感情籠ってたし…………虎太郎に、悲しい過去ってあるの?」
「あるにはある。でも、同情には値しないのは確定的に明らか。そもそもよー、悲しい過去があっても悪事働いていいわけじゃねーしなぁ」
「「ごもっとも」」
今日も今日とて、オレは山の如き書類と格闘していた。
オレを中心に新設された部署の名は、情報処理課(仮)。
総務経理は勿論の事、諜報専門の対魔忍が手に入れた情報の精査、任務の報告書の確認や目を通して再提出をさせたり、後始末の確認と多方面に渡って手を出しているところなので(仮)な訳だ。
本日の出席者は蘇我と穂村。
後の三名は授業やら任務やらでいなかった。
アサギが配属させた5名のお陰で、書類仕事も随分と楽になった。
何が素晴らしいと言って、全員が全員やる気に満ち溢れているところだ。
自分から新しい仕事を覚えようとするし、分からないところがあれば相談して、聞きに来るし。
きっちり、ほうれんそうができる人材って素晴らしい。君等なら、対魔忍を止めても社会人として食っていけるよ。
そんなこんなで、部下の5名――厳密には部下ではないのだが――との仲は良好だ。こうして仕事の合間を縫って、冗談を交わす程度には仲が良い。
コーヒーや緑茶を片手に優雅な午後。う~ん、仕事がスムーズに行くって素晴らしいね!
「………………」
「「…………ッ?!」」
その時、オレの身体に違和感が奔った。蘇我と穂村も同様だったらしい。
違和感の正体は、五車町全体に張り巡らされた結界によるものだ。何とも言葉にし難いが、“酔い”の感覚に最も近いか。
五車町は対魔忍の隠れ里である。
それ故、一般人には理解できない結界が張り巡らされている。
かなり古い術式を使用しており、五車学園に悪意を持った魔族が脚を踏み入れると、対魔忍全員に知らせる機能を持っている。
――持っているのだが、オレがワイトを五車町に連れ戻れたように、裏技がいくつか存在している。
というか、結界そのものがユルユルのガバガバだ。
捕虜とした魔族を連行する為に結界が過敏に反応し過ぎてもマズいし、そもそも何を以て悪意とするのか判然としない。
山本長官が方々を駆けずり回って見つけた結界術師の家系に施させたらしいが、どうやら腕は余りよろしくなかったようだ。ないよりはマシという程度である。
「虎太郎、これは……」
「穂村、緊急時の手筈通り、非戦闘要員を一ヵ所に集める筈だ。そっちに手を貸せ。蘇我も穂村に付いていけ」
「よろしいんですか?」
「ああ、血気盛んな馬鹿共が、勝手な行動をする恐れもあるからな。万が一の備えだよ。アサギと紫に手を貸してやれ」
「虎太郎は……?」
「ちょいと、町の方を見てくる。今日は町に居る現役が少ないはずだ。陣頭指揮ができる、とまでは行かずとも、指示を出す奴がいないと色々マズいだろ? 味方の行動を読んで先に動くのも仕事の内だ」
オレの言葉に納得したのか、二人は駆け足で部屋を出ていった。
無論、オレの言葉など嘘だ。但し、非番の対魔忍は少ないのも、町の方に指揮を出せる奴が少ないのも事実であるが。虚実を混ぜると嘘が見抜かれにくくなるアレである。
アサギと紫。最悪の場合はさくらもいる。
魔族による五車町への強襲は常々想定していた。あの三人でも初動が遅れることはない。
万が一、オレの予測が外れていたとしても何の問題もない。
つまり、今のオレは完全にフリーだ。
好き放題に動ける。自分にとって最も急所となる部分を守る為に行動できるわけだ。
『虎太郎、これは……』
「このタイミングだ。まず間違いなく死霊騎士だろうよ。どんな手段を使って追ってきたのか知らんがな。ある程度、予測しちゃいたが、ここまで考えなしとか引くわ」
『言っている場合ですか。この時間帯です。恐らく、ワイト様は萌音様と共に、あの丘へ……!』
「分かってる。あそこはギリギリ結界の範囲内だからな…………まあ、間に合わねぇだろうよ」
死霊騎士がどのような手段で連絡を取り合っているかは知らないが、連絡の取れなくなったワイトを探しに来た屍の王の眷属で間違いないだろう。
もし、他の魔族であれば、もう既に町の方で銃声が響き、火の手が上がっている筈だ。
侵入と同時に侵攻。それが奴等のやりようである。
伏兵の隠れられる場所を焼き払うやり方は間違っていないが、奴らの場合は単なる前進制圧だ。作戦とか考えとか無きに等しい。まともに相手をするとか馬鹿馬鹿しいにも程がある。
それは兎も角として、オレが間に合わないのも確定事項だ。
五車学園から丘の上まで、どう足掻いた所で5分はかかる。それだけの時間があれば、何でも出来る。
初めから分かっていた。津田 萌音とワイトが丘の上で交流を重ねていた時点で、ある程度、この顛末は予測していた。
――ただ、分かっていながら、オレにはそれを止めることは出来なかっただけだ。
我ながら、難儀で面倒な自分自身に辟易する。
これまで付き合ってきたが、これからも付き合っていくなど頭が痛すぎて涙が出そうだ。
苦労がオレに正面衝突してくるのを差っ引いても、オレが一番面倒だと思っているのは自分自身の扱いに他ならない。
……だからまあ、そんな自分に折り合いを付ける為、色々と用意も予測もしてはいる。
(死霊騎士の生態や戦い方はノイの婆さんや集めた情報からある程度は察しがつく。津田 萌音が即座に殺されることはない。問題は、その時にワイトがどんな行動に出るかだな)
焦燥は皆無だ。
もう、何をするべきか。何をしなければならないのか組み立ててある。
後は実行し、成功させるだけだ。どれだけ突発的な横槍が入ろうが、必ず成し遂げる。
――――ワイトを連れ帰った時点で、決めていたことだから、な。
―――――
――――
―――
――
―
時は前後し、丘の上。
今日も今日とて、ワイトと萌音は蓮華草畑の中で、何時ものように談笑していた。
但し――
「――――うっふ、えへへ、ふふ、うふふふふ」
(お姉ちゃんが、おかしい!!)
――ワイトが何もしていないのに、唐突に笑いだしさえしなければ、何時もと変わらない日常だった。
何かを話していても、唐突に顔をニヤけさせて笑い出す。
ボーっと虚空を眺めていたかと思えば、唐突に真っ赤にした頬を両手で包んで、いやんいやんと嬉しそうに顔を降る。
今日は、常にこの調子のワイトに、流石の萌音もドン引きしていた。
いくら仲が良い近所の優しいお姉さんと言えど、この様では当然だ。
「あの、お姉ちゃん……」
「ふぇ? …………ハっ!? な、ななな、何かしら?」
(お姉ちゃん、大丈夫、だよね……?)
随分と大人に気を使う幼女と、随分と幼子に気を使わせる大人であった。
萌音に声を掛けられ、ようやく自分の世界から帰還したワイトは、今までとは別の意味で顔を赤くした。
昼日中から虎太郎との一夜を思い出し、これからあるであろう本番の一夜を想像していた、はしたない自分を萌音に見られたことに羞恥を覚えたのである。
「お姉ちゃん、元気になってよかった…………元気に、元気……元気?」
「げ、元気! とっても元気よ?! お願いだから言い切って!!」
「う、うん。お姉ちゃんがそう言うなら、萌音もそれでいいよ」
僅かに引き攣った笑みを浮かべる萌音に、ワイトは頭を抱えてしまった。
確かに元気になったのだが、単純に元気になったと言うよりかは、自分の欲望を満たせて悦んでいるのがバレていそうで怖かった。
元気の元など大抵はそんなものだが、無邪気な優しさを見せた萌音を前にすると、自分自身がどうしようもなく穢れている気分になる。
「じゃあ、あのれんげそうの栞、役に立ったんだ!」
「え、ええ。……アレを見ると、何だか穏やかな気持ちになれる気がする。まるで、萌音を見てるみたいに」
「あはは、お姉ちゃんおかしい! 萌音はお花みたいに綺麗で可愛くないよー!」
「ふふ。そんなことない。とっても可愛くて、とっても綺麗よ。こんな女の子、他に知らないんだから」
ワイトの微笑みと言葉に、萌音はきゃーと喜びの悲鳴を上げた。
萌音にとって、ワイトは憧れに近い存在だ。
泣いていた自分に声を掛け、優しく慰めて話を聞いてくれた。
その上、両親の課した厳しい訓練も、ワイトの――正確にはワイトの知り合いである不知火のによって、であるが――お陰で時間が減った。
だからこうして、遊ぶ事が出来ている。どれだけ感謝してもし足りず、尊敬している優しいお姉さん。
憧れの存在に褒められた。萌音にしてみれば、これ以上の喜びはない。
萌音は喜びを全身で表現するように、ワイトの胸に飛び込んだ。
突然の行動に驚きはしたものの、ワイトも軽い身体を受け止め、そのまま抱き締めようとしたが――
(…………何、これ、は?)
――奇妙な感覚に硬直した。
対魔忍達が結界の機能によって感知したものとは異なっていた。そもそも、対魔忍にしか結界の機能は作用しない。
ワイトが感じたのは既視感だ。
何一つ記憶にないのにも拘わらず、肉体と本能が覚えているかのような、奇妙ではあるが見知った感覚。
「お、お姉ちゃん……」
「…………何よ、これ」
異常な事態に気付いたのは、どちらが先だったか。
満開の多くの蓮華草は――いや、丘の上に根付いていた植物全てが、凄まじい勢いで生気を失っていた。
萎び、垂れ下がり、黒く変色し、腐り落ちて干乾びる。
花と草の生命が失われていく光景は、天上の花畑が地獄へと転じていくかのようだった。
「何をしている、ワイト」
「こんな所にまで潜入調査――――と言った雰囲気ではありませんね」
何時の間にか、自分と萌音へと忍び寄っていた存在に、ワイトは咄嗟に萌音を背後に庇った。
見覚えのない筈の二人の女。
どちらも真っ当な人間ではないのは明らかであった。
しかし、まるで鏡に映った自分を見ているような、まるで血を分けた姉妹でも見ているような感覚に、ワイトは困惑しながらも確信する。
――この二人は、間違いなく脅威だ、と。
但し、自分にとってではない。
背中に庇った、幼く暖かな命を脅かす圧倒的な死の化身。
「だ、誰なの……?! 目的は、何!?」
自分自身を奮い立たせながら、ワイトは威嚇のつもりで二人に向かって叫んでいた。
だが、悲しいかな、二人に期待していた効果はない。寧ろ、見て取れたのは怯みではなく困惑だった。
二人――ウィスプとデュラハンは眉を顰め、顔を見合わせる。
流石に、ワイトが記憶を失っているなどと考えもしなかったようだ。
「成程、合点がいった――――貴様は
「全く――――馬鹿な娘ね」
ワイトの言葉から彼女の置かれた現状を察したのだろう。
明らかな蔑みの視線を向けたワイトであるが、この状況を――いや、どのようにして萌音を逃がすのかが全てであった。
「ふん。兎に角、ワイトの記憶を何とかしなければどうにもならん。今この場で――」
「――いえ、今は彼女を連れて引きましょう。それが最善でしょう」
「……対魔忍如きを恐れるのか?」
「恐れているのではありません。ブラックを追う上で、貴重な情報源に成り得るというだけです。彼女の能力があれば、ね」
ウィスプも、デュラハンも、対魔忍を危険視すらしていなかった。
当然だ。自らとは異なる、下賤で愚劣な定命の者。どれだけ力を有しようとも、彼女達にしてみれば、羽虫と大差はない。
その言葉に、ワイトは焦りながらも内心では息を吐いた。
あの二人が興味のあるのは、萌音ではなく自分だ。自分さえ二人に従えば、萌音の身が脅かせることはない。
だが――
「では、二人とも連れていきましょう」
「あの小娘も? 必要があるか?」
「人質になるかもしれないし、ならなくてもいいでしょう。……あぁ、アレだけ幼く無垢な魂の絶望と悲鳴。
「成程、な。それはいい」
――ウィスプの残酷な言葉とデュラハンの無慈悲な首肯に、ワイトの細やかな希望は粉々に打ち砕かれた。
「――――っ」
「おねぇ――」
「黙って! 舌を噛むわ!」
刹那の判断で、ワイトは萌音を抱えて走り出した。
周囲は囲まれておらず、五車町への道は閉ざされてはいない。
人ひとりを抱えて全力では走れなかったが、森の中に入りさえすれば、逃げ切れる算段は高いと踏んだ。
「――無駄だ」
「……っ?!」
後は誰かに助けを求めれば。
余りにも都合の良い、策ですらない妄想はデュラハンによって阻まれた。
森の中へと逃げ込もうとしたワイトの目の前の地面から、異形の存在が現れた。
生物的なフォルムを無機物で象ったような奇妙な異形。巨大な蜘蛛と蠍を掛け合わせた異形はデュラハンの力の形そのもの――ゴーレムであった。
それだけではない。
ワイトと萌音の周囲には、耳障りな羽音と共に蠅を模したゴーレムが無数に飛び回っている。
更に森の中からは身体の所々が腐乱した生ける屍が、わらわらと姿を現していた。
――――逃げ道など、始めから存在しなかったのだ。
(っ、そんなっ………………お願い。お願いします、旦那様。どうか、この子だけは……)
逃げようのない絶望を前にして、ワイトは心と共に膝を折った。
彼女の願いのはただ一つ。腕に抱いた小さな生命が、ありふれた日常に帰還すること。
彼女が乞うたのはただ一人。神でも、悪魔でも、王でもなく、主人足る弐曲輪 虎太郎であった。
―――――
――――
―――
――
―
「……ハァっ……ハァっ……」
「ゆきかぜ! 跳ばし過ぎだ!」
「――――でも!」
「落ち着いて! これから戦闘があるかもしれないのよ!」
ゆきかぜ、凜子、凜花の三名は、丘への道を駆け上っていた。
学園で結界の作動を受けた三人は、即座にワイトと死霊騎士の存在を結び付けた。
教師達の静止に耳も貸さず、得物だけを手にして、三人にとっても思い出の場所へと向かったのだ。
焦るゆきかぜを前にして、年長者にしてストッパー役の凜子と凜花が窘めた。
死霊騎士の情報については、虎太郎に聞き及んでいる。その情報が正しければ、まず間違いなく長期戦になるだろう。体力はなるべく残しておきた方が無難だ。
さりとて、ゆきかぜの気持ちも分からないでもない。
凛子と凜花とて、ワイトを共通の友人と思っている。焦りがない訳ではなかった。
常人では15分以上は掛かる
丘の上の蓮華草は、ただ一つの例外もなく枯れ落ちていた。
黒く腐り、干乾びた姿は、まるでワイトと萌音の末路を物語っているようだ。
「――虎太兄っ!」
その中心に立つ草臥れたスーツ姿の虎太郎を発見し、ゆきかぜは駆け寄り、凜子と凜花が後に続く。
虎太郎は手には忍者刀を逆手に握り、地面に倒れ伏した何かに視線を落としていた。
ゆきかぜは遠目でも分かった。
あの大きさ、あの形は、何度となく見てきた、何度となく自分でも作り上げた死体そのもの。
最悪の想像に、ゆきかぜは全身が泡立つのを感じたが、全ては杞憂に終わった。
倒れていたのは、首のない腐乱死体。それも女の身体つきではなく、男のそれだ。
見れば、周囲にも似たような死体がポツポツと転がっている。
数にして10体。皆一様に首がなく、泣き別れた頭部は身体と同じ数だけ転がっていた。
「虎太兄、ワイトさんと萌音ちゃんは……?」
「連れ去られた。見ろ」
顎で示した先には、ワイトと萌音と思しき靴跡と、何か巨大な蟲でも這いずったかのような跡が五車町とは反対方面へと伸びていた。
咄嗟にその足跡を追おうとしたゆきかぜであったが、凜子に肩を掴まれて足を止める。
闇雲に追いかけた所で、いずれは足跡もなくなるだろう。時間を無駄に浪費するだけだった。
「虎太郎さん、ここで交戦を……?」
「ああ。只の置き土産だったがな」
虎太郎が訪れた時、既にワイトも萌音の姿もなく、死霊騎士を消えており、嫌がらせのように残された生ける屍だけが動き回っていた。
完全に後手に回った形だ。
これではワイトと萌音の身に、何があっても不思議ではない。
暫らくの間、何も言わずに動きを止めた死体を眺めていた虎太郎であったが、忍者刀を鞘に収めると踵を返して歩き出した。
言うまでもなく、五車学園に向かってだ。
「こ――――」
少しは心配する素振りを見せてもいい虎太郎に、堪りかけてゆきかぜは声を張り上げようとしたが、虎太郎の横顔を見て押し黙った。
嫌そうに歪んでもいなければ、笑みを浮かべてもいない。ただ、今まで見たことのないほどに真剣ではあった。
その表情に、ゆきかぜは逆に安堵する。
何時もと違った真剣な表情ではあったが、根本にあるものは何一つ変わっていないのだ、と。
「まずはアサギに報告だ。何か文句あるか?」
「ううん、ないよ。ごめん、慌ててた」
「何事も冷静に対処しろ。そうすれば対処の仕方の一つも見えてくる。なおいいのは、始まる前に準備を整えておくことだがな」
「では、あるのだな。対処と準備が」
「当たり前だ」
凛子の問いかけに、虎太郎は平然と返した。
気負いもなければ、自負もない。
ただ自身にとって当たり前の事柄を、当たり前に熟す気概のみがある言葉。
――無名無貌の対魔忍が、動き出す。
―――――
――――
―――
――
―
虎太郎は校長室でアサギへの報告を済ませ、救出班のミーティングルームへと戻っていた。
アサギはある程度は予期していたらしく、驚きは皆無。
さくらも事情は知っていたものの、驚いてはいた。しかし、それ以上に虎太郎への信頼があったのか、何も言わなかった。
問題だったのは、紫だ。
やはりこうなったではないか。どう責任を取るつもりだ。事がバレれば老人共が動き出すぞ。
そんな言葉で虎太郎を責め立ててきた。
この非常時にあって無意味ではあるが、必要な言葉だ。
言うなれば、彼女は組織の締め付け役だ。何事にも規則や暗黙の了解が存在する以上、守らせる誰かが必要となる。
生来、真面目で融通の利かない紫には望むと望まざるとに拘わらず、最適な立場であった。
ともあれ、紫の根底にあったのはアサギに対する忠誠と虎太郎に対する心配だ。
もし、ワイトの正体がバレればアサギは失脚する。虎太郎は魔族を里に引き入れたとして裏切者として処分されかねない。
その全てを理解した上で、虎太郎は何一つ反論もせずに、救出任務を願い出た。
老人達にワイトに対して違和感を覚え、独自の動きを見せる前に萌音を救出し、この話を終わらせるつもりであった。
『しかし、厄介ですね。あれだけの死体を用意しているとは……』
「大規模な戦闘も虐殺も行われていなかった。だが、例外は何事にも存在する」
『日本は火葬が主流ですが、東京近郊でも土葬が可能な場所もあります。外人墓地から死体を調達するなど、人界の混乱などお構いなしですね』
「屍の王のお人形なんだから当然だろ」
丘の上に残っていた腐乱死体の大半は顔立ちも身体つきも、髪の色も日本人のそれではなかった。
日本の法律において、土葬は禁止されていない。多くの誓約をクリアすれば、土葬は可能だ。
殊更、日本における外国人の死亡は年々増していた。
東京キングダムを始めとした闇の都市にやってきた違法移民の数が増しているからである。
身元は分からなくとも、せめて弔いの方法だけは自国の形式で。
そんな諸外国に対するアピールとして、政治家がパフォーマンスを行った結果、土葬のハードルは年々下がってきていた。
既にアルフレッドの情報網も、何処の外人墓地から死体を調達したのか確認している。
墓地の管理者から警察へと通報を確認したのだ。何も知らぬ者には異常な犯行にしか思えないが、真相や死霊騎士の存在を知る者であれば、何が起こったのかは一目瞭然である。
『死体を調達した外人墓地には少なくとも100体以上の方々がゆっくりと休まれていたようです』
「結構、多いな。こりゃ手間だ」
虎太郎は黒いコート型の対魔忍装束を身に纏い、手袋を嵌め、首に白いスカーフを巻いた。
美琴の研究施設を強襲した時と全く同一の格好である。
本来であれば、同じ衣装など身に纏わないが、これは美琴捕縛の延長線上にある任務である以上、不思議ではない。
勿論、頭部を覆う仮面も既に修復されている。後は、仮面を被るだけだ。
「……おいおい、どうした?」
「虎太兄だったら、分かってるでしょ?」
その時、ミーティングルームの扉が開き、ゆきかぜ、凜子、凜花の三名が入ってきた。
全員が全員とも、それぞれの対魔忍装束を身に纏い、それぞれの得物も手にした完全装備である。
理由など聞くまでもない。三名とも虎太郎についてくるつもりだった。
「ったく、オレはオレの尻を拭いに行くだけだ。馬鹿を見るぞ?」
「それを言うのなら、我々も同じだ。私達の責任を取りに行くまでだ」
虎太郎には、ワイトを連れ帰った責任がある。
三人には、ワイトの存在を知りながら、記憶を失った彼女の手助けをした責任がある。
もし、全く関係がなく、巻き込まれただけの存在が居るとすれば、それは萌音だけだろう。
だから、まずは萌音を助ける。
「それから、ワイトさんはお友達ですもの。助けるのに理由なんて必要ですか?」
「…………言っとくが、オレはワイトを助けるつもりはない。返答次第じゃ、殺すつもりだぞ。あくまでも津田 萌音の救出が最優先だ」
「はいはい、分かってる。萌音ちゃんを救出しながら、ワイトさんも何とかするつもりでしょ? 虎太兄が話を聞こうとしてる時点でおかしいでしょ。そういうのいいから、私達も分かってる」
『――これは虎太郎の負けですね。私も彼女達の意見に賛同します。もし仮に私が貴方に賛同しても票数は変動しませんよ?』
「多数決で任務の内容を決めるなんざ馬鹿な真似をするか。…………最近のお前等の仕上がり具合も中々だ。連れていくだけの価値はある。好きにしろ」
意外なほど強かになった三人に辟易としながらも、救出任務への参加を許可する。
少なくとも三人は、虎太郎が納得できる最低限のラインを確保する性能を得ていた。
また、今回の任務は戦力は多ければ多いほどありがたいのも事実。
三人が自身の友人を救うために、任務に願い出て、中心に熟したとすれば自分の存在も影に隠れるのだ。
「しかし、どうやって後を追うつもりだ?」
「ああ、発信器あるから、居所は丸わかり」
「嫌に落ち着いていると思ったら、そういうことですか」
虎太郎の用意周到さに、三人は同時に呆れの溜め息をついた。
しかも、この発信器は決して敵に悟られず、ワイトの身体から決して離れない。
作ったのは桐生 佐馬斗。元となったのは、かつてゆきかぜと凜子の体内に投与されたキメラ微生体である。
桐生によって二人の血中から発見されたキメラ微生体の残骸を元に作った発信器型のキメラ微生体が、ワイトには投与されていた。
投与されたのは、桐生によって検査を受けた折り。幾つかの採血の注射と薬品の投与に際して、虎太郎が指示していたのである。
これには、流石の桐生も顔を引き攣らせていた。話を聞いた三人もドン引きである。呆れた疑り深さと用意周到さである。
元々は、自分たち救出班のいずれかが敵の手に堕ちた場合への備えであったが、思いもよらぬ実験体の登場は虎太郎にとっても渡り舟である。
何せ、何をしても死なない実験体だ。これ以上、有用な実験体はいないだろう。
「この冷血動物!」
「この闇人形!」
「この偏執狂!」
「ふっ。オレのお陰でワイトの居場所が手に取るように分かるというのに、この物言いだぜ。どう思う?」
『当然の反応かと。このドライモンスター!』
あ~、聞こえんなぁ~~? とばかりに巨大な獄長のような態度を見せる虎太郎。
三人が怒っているのはワイトに無断で発信器を取り付けたことではなく、どんな影響が出るかも分からないものを投与した非道に対してである。
虎太郎の分かっているがはぐらかしているだけだ。流石に、やり過ぎだったなと思ってはいるもの、必要な事だからと割り切って、後悔も反省もしていない辺りが一番酷い。
「そろそろ行くか――――状況を開始する」
『――了解!』
虎太郎の宣言の下、三名は追従する。
向かうは無名無貌、雷撃、斬鬼、鬼腕。4名の対魔忍。
対するは死霊騎士ウィスプ、死霊騎士デュラハン及び、無数の生ける屍共。
救出対象は、無垢で純粋な津田 萌音。
――――そして、対魔忍、死霊騎士。どちらの敵にも味方にもなり得るワイト。
奇しくも、ワイトが願った通り、津田 萌音を最優先とする救出作戦が始まろうとしていた。