※この作品はR-18です。

対魔忍アサギ 苦労人奮闘記   作:HK416

34 / 66
『彼だって苦労にばかり強襲を仕掛けられているわけではない。苦労人の方からも強襲を仕掛けることもある』

 

 五車町から十数kmの地点。

 隣と呼ぶには遠い、五車町と比べれば幾分か発展を遂げた街がある。

 

 昭和の時代から自動車工業、鉄鋼業、機械工業などの重工業で栄えた街は、今現在でも多くの工場と労働者によって変わらぬ隆盛を保っていた。

 

 しかし、と言うべきか。やはり、と言うべきか。

 時代の流れに乗れず、取り残される企業、工場というものは、どうしようもなく存在する。

 

 人間の築き上げた社会は、競争を旨とする。

 より優れた物品が多く買われ、より優れた製品が消費者に長く愛される。

 

 殊更、競争は産業の分野において顕著である。

 

 より安く、より多く、より精密に、より使い易く。上げればキリがないほど、“より”が多く存在する。

 そんな消費者からの需要に応えられず、或いは応え過ぎたが故に経営が成り立たなくなる企業や会社は珍しくもない。

 

 ウィスプとデュラハンが一時的な拠点、ワイトと萌音の監禁場所として選んだのは、競争と時代に乗れずに潰れた工場であった。

 

 利権の関係で5年近くも放置された廃工場の内部は、悲しくなるほどに寒々しい。

 小さな山の麓に建てられた、かなり大規模な工場だったのは工場の広さから窺い知れたが、潰れた同時に売り払えるものは全て売り払ったのだろう、内部には殆ど何も残っておらず、かつての繁栄の面影はなく、何を作っていたかすら判然としない。

 数少ない機械も錆びつき、本来の機能を発揮しないどころか、触れれば崩れてしまいそうなほどだ。

 

 退廃、衰退、虚無。

 屍の王が好み、旨とする言葉が、この廃工場には詰まっていた。

 ウィスプとデュラハンが拠点に選ぶのも不思議ではない。

 

 四人と死体の軍勢は人目を避けて山道を歩き、廃工場に辿り着いたのは、日が暮れていた時間帯であった。

 光源は天井付近にある換気を目的とした窓から差し込む月明りだけ。

 工場の内部は四人を中心に、無数の死体が蠢いていた。中だけではない。その敷地内には、肉壁としての、監視としての生ける屍で溢れ返っていた。

 

 

「こんなところまで連れてきて、私達をどうするつもりなの……?」

 

「………………変われば変わるものだ。あのワイトが、下等生物の幼体を庇うとは、まるで性質の悪い悪夢でも見ているようだ」

 

「対魔忍の連中に何かをされた、というわけではないでしょう。恐らく、彼女の変化は対魔忍以外の何者かが行った魔界医療による改造と洗脳によるもの。あの焼け跡で記憶を失った彼女を拾ったからこそ、対魔忍も保護せざるを得なかったと見なすべきでしょうね」

 

 

 ワイトにはウィスプとデュラハンの会話の意味など分からなかった。

 頭にあるのは、萌音の無事と安全――――そして、彼女がどれだけ必死で否定しても否定しきれない確信だけだ。

 

 ――この二人は、私のことを知っている。

 

 萌音が危険に晒されている現実と同様に、抱いた確信が両肩に圧し掛かる。

 周囲を取り囲む動く腐乱死体。何が起こっているのか全く理解できていないが、目の前の二人が何かをしたのだ、ということだけは分かる。

 

 死体を意のままに操る悍ましい怪物が自分を知っている。なら、それは――――

 

 

「それでどうするつもりだ。ここに魔科医もいない。我々には魔界医療の知識も技術もない。どうやって奴の記憶を呼び覚ます」

 

「――――とても簡単な方法ですよ」

 

 

 笑顔と呼ぶには余りに悪意に満ちた表情を刻み、ウィスプはパチンと指を鳴らした。

 

 すると、周囲の生ける屍が指示に従い、動き出す。

 わらわらと餌に群がる蟻のように。ワイトと萌音に向かって、動き出す。

 

 

「いやぁ、お姉ちゃん!」

 

「――くっ、このぉ!」

 

 

 屍は腐臭と腐汁を撒き散らしながら、二人を引き離す。

 見せた抵抗も、ただ虚しいだけだった。肉体の破壊などお構いなしに動ける屍の力は、まるで万力のようだ。

 互いに手を伸ばし合い、相手の手を取ろうとするも、実を結ばない努力であった。

 

 萌音は屍の一体に頭を地面に押し付けられ、ワイトは二体の屍に両腕を掴まれて、意志に反してウィスプの前に立たされた。

 

 

死霊騎士(われわれ)の瘴気は、屍の王(レイスロード)様に賜ったもの。互いの瘴気は惹かれ合い、共鳴する」

 

「ふむ、つまり……」

 

「私の瘴気で、記憶と一緒に貴女の瘴気も呼び覚ましてあげる」

 

「い、や……やめて……」

 

「安心なさい。もし失敗しても、大丈夫。改造された頭を潰して再生すれば元通り。今の貴女は消えて、元の貴女に戻るでしょう」

 

「いや、いやぁぁぁぁぁあああぁぁあぁあああああっっ!!!」

 

 

 掛け値なしの絶望の悲鳴であった。

 死ぬのなら、まだいい。萌音の無事が確認できるまで諦めなどつかないが、力及ばずに果てるのは儘あること。

 

 ワイトが絶望したのは、そこではない。

 もし、元の自分が目の前の二人と同じ存在だとするならば――――それは、自分もまた、萌音の命など意に介さぬ存在に成り下がる。

 一度は守ると決めたものを、一度は尊いと信じたものを、自ら手に掛ける。それ以上の絶望など、他にはあるまい。

 

 隠しようもない絶望の表情に、ウィスプは嗜虐的な笑みを深める。

 虐げた弱者が浮かべる絶望は、彼女に甘美な快感を与えるからだ。

 

 ウィスプの青い手がワイトの顔に重ねられ、銀色の瘴気が溢れ出す。

 耳朶、鼻孔、口腔から瘴気が流れ込み、ワイトは絶叫すら上げられず、異常な痙攣を見せた。

 

 

「お、お姉ちゃん、お姉ちゃん!」

 

 

 両腕を抑えられたまま、痙攣を繰り返すワイトに、萌音は必死で声を掛けたが、反応などない。

 

 快楽か、苦痛か。ワイトの意志に関係なく、くるんと瞳は上を向き、痙攣していた身体は次第に弛緩していく。

 腕から力が抜け、膝から力が抜け、最後に首からも力が抜け、屍の拘束を解かれたワイトは、地面に倒れ込みそうになり、辛うじて四肢をついた。

 

 

「…………お、お姉、ちゃん?」

 

 

 ワイトは萌音の言葉に反応すら示さず、四肢をついたまま荒い呼吸を繰り返すばかり。

 恐怖と心配から、必死に絞り出した声に返答がなく、萌音は二の句を次げずにいた。

 

 だが、変化は突然であった。

 ワイトの衣服が弾け跳んだかと思えば、魔力と瘴気の放流が次第に形となっていく。

 

 形成されたのは死霊騎士ワイトの鎧だ。

 肘まで覆う禍々しい手甲。足の付け根まで至る具足。胸の先や股座を辛うじて隠すだけの鎧。細部に施された布の意匠はゴシックロリータを連想させた。

 

 

「久し振りだな、ワイト」

 

「気分はどうかしら?」

 

「――――最悪の気分。こんな酷い寝起き、初めてだわ」

 

 

 肩にかかる髪を掻き揚げながら、死霊騎士(ワイト)は立ち上がった。

 その表情は酷く歪んでおり、その声は明確な怒りで震えている。

 

 ようやく自分達の知るワイトの姿に戻ったが故に、ウィスプとデュラハンの顔には笑みが刻まれた。

 ただ、碧と錆色の瞳は、仲間に向けるものではないほどに冷淡だ。

 

 ワイトの失態は明らか。麗しい屍の王の側近である死霊騎士にあるまじき醜態。

 何者かの手によるものだとしても、一時的とは言え屍の王に対する忠誠すら失っていたなど、許せる筈もない。

 

 

「貴様は、死霊騎士の恥晒しだ」

 

「……返す言葉もないわね」

 

「デュラハン、気持ちは分かりますが、その辺りで。彼女には、これからうんと働いて貰わないとなりませんから」

 

「エドウィン・ブラックを見つけ出し、その首を屍の王(レイスロード)様に捧げる。その為に、対魔忍に取り入って情報を集めるんでしょう?」

 

「――御明察」

 

 

 冷淡どころか侮蔑の視線を向けるデュラハンに、ワイトは舌打ちを隠しながら不愉快げに顔を顰めた。

 しかし、反論も否定もしない。確かに、死霊騎士としてあるまじき失態である。ワイトも、重々承知している。

 

 そして、自分達が人界に脚を運んだ理由も、思い出していた。

 全ては屍の王の命。エドウィン・ブラックを見つけ出し、殺す為だ。

 

 かねてから、屍の王は不死の王と戦争状態にあった。

 ワイトやウィスプ、デュラハンが死霊騎士として仕える以前から、長きに渡る戦争を続けている。

 

 そんな怨敵が、屍の王との戦争を部下に任せて人界に進出していると分かったのは、つい最近であった。

 

 これには屍の王も怒り狂った。

 当然である。確かに戦争は常に一進一退の膠着状態。

 加えて、兵を率いる王は共に不死。甚だしい時には、互いに兵を消耗し過ぎて、戦争にならない時もあったほどだ。

 だと言うのに、ブラックは屍の王など知らぬとばかりに、人界へと出向いていたのである。

 

 本来であれば、どちらか一方が死ぬまで続けねばならない戦いを放棄し、下等種族で溢れかえる人界へと物見遊山に向かうなど。

 ブラックの思惑が何であれ、行為そのものは屍の王を敵としてすら認識していない、と語っているようなものだ。屍の王にしてみれば、屈辱以外の何物でもない。

 

 故に、ワイトを筆頭とした三人の死霊騎士が選ばれたのである。

 

 

「――それで、この小娘はどうするつもり?」

 

「殺してしまえ。お前だけが生き残ったことにすればいい」

 

「…………馬鹿じゃないの。呆れるほど短絡的」

 

「――――何?」

 

「私だけが生き残った? どうして私だけが生き残るわけ? その理由は? 私だけが生き残って帰ったら、疑われて当然じゃない」

 

 

 ピィンと糸が張り詰めるように、ワイトとデュラハンの間で緊張が高まっていく。

 元より気位の高いデュラハンである。挑発染みた言葉に冷静さを保てるはずもない。ワイトは、ただ彼女にとっての正論を口にしていただけだったのだが。

 

 この後、五車町に戻るのであれば、萌音とワイトの二人で戻るのが望ましい。

 ワイトだけが生きて帰れば、生き残れただけの理由が必要となる。現状、その理由を用意するのは難しい。

 ならば、萌音に何らかの形で口を封じさせて戻った方がいいだろう。何の疑いも抱かれずに、五車町へと戻れる。

 何なら、魔界医師か魔術師でも探し出して、萌音の記憶を封印してしまってもいい。そうすれば――――

 

 

「あら、おかしなことを言いますね。もっと簡単な方法があるでしょう?」

 

「……何? どんな方法よ?」

 

「二人とも死んだことにすればいいでしょうに。何なら、貴女は逃げたことにしてもいい。そして、貴女は能力で全くの別人として、改めて奴らの懐に飛び込むのです」

 

「それ……は……」

 

 

 ワイトは自身の提案を否定され、ウィスプによる新たな提案に声を詰まらせた。

 

 死霊騎士には、死者を蘇らせる種族(レイス)としての能力とは別に、それぞれが固有の能力を持つ。

 ワイトに与えられた能力は、外見の変化と記憶の読取と搾取。外見を性別、種族を問わずに変化させ、他者の記憶を盗み見、奪い取る。

 

 潜入に、これほど向いた能力はない。

 あらかじめ外見を変化させた対象の記憶を盗み見れば、会話で食い違いが生まれず、疑われもしないのだ。

 

 確かにウィスプの言う通りである。

 ワイトは臍を噛んだ。己の意見を否定されたから――――ではない。ぼんやりとだが理由に確信を持てる苛立ちによってであった。

 

 

「決まりですね。では、その小娘を殺しなさい。何時ものように、可能な限り苦痛を与え、悲鳴と絶望を屍の王(レイスロード)様に捧げなさい」

 

「…………――――分か、った」

 

 

 ワイトは大きく息をついて、騒めく胸中を押さえつけながら萌音へと向き直る。

 

 記憶喪失――ワイトの場合は、また違ったものではあるが――とは不思議なものだ。

 そのメカニズムは完全な解明には至っておらず、個々人によって差が激しい。

 

 記憶喪失中の記憶も、また同様。

 失われていた記憶を取り戻した瞬間に忘れてしまうこともあれば、失われた記憶と融合を果たす場合もある。

 

 ワイトの場合は、後者であった。

 

 だからこそ、苛立っている。

 五車町での記憶など今のワイトにとって、羞恥を誘い、屈辱を覚えさせ、堕落していたと認めざるを得ない。

 

 当然だろう。

 死霊騎士としてのワイトは、敵に対して異常な残虐性を如何なく発揮し、故に仲間からの信頼も厚かった。

 生ある者の営みなど、死をも超越した屍の王と眷属の前では塵芥に等しい。

 死霊騎士として当然の考えの下、子供が自身よりもか弱い生物を無邪気に殺すように、無残な殺戮に手を染めていた。

 

 如何に洗脳・改造されたとは言え、下等で下賤、卑小で矮小な人間達と共に有り、心からの感謝と敬愛を抱いていたなど、彼女自身が許せる筈もない。

 デュラハンの冷淡で苛烈な物言いに何も言い返さなかったのは、その為。また、苛立ちも当然だろう。

 

 

「……お、姉ちゃん」

 

「その目で、私を見るな……!」

 

 

 ワイトの身体から黄色の瘴気が滲み出る。

 瘴気は死霊騎士の戦装束と同様に、やがて形を得る。

 かつて自爆した洋館で、虎太郎の不意を突き、仮面を破壊した雀蜂型のゴーレム。ワイト自身の力の具現だ。

 

 萌音には何が起こっているのか、何も理解できていない。

 年若く、ワイトの立たされている立場と言うモノを何一つ知らないのだ、無理もない。

 ただ、豹変したワイトに僅かながらの恐れと多大な憂慮の視線を向けるだけ。

 

 ワイトの苛立ちは加速する。

 人間の子供風情が、そんな視線を私に向けるな、と。少なくともワイト自身は、それが苛立ちの原因だと思っていた。

 

 しかし、本当の原因はそれなのか。

 見下している存在と築いた対等の関係。安らぎすら感じた死霊騎士のそれとは異なる日常と言う名の甘い生活。

 無理もない根拠に思われる。

 

 ならば何故、ワイトは萌音の純粋な瞳から、目を逸らしてしまったのか。

 

 

(何時もと、同じじゃない。あの娘の手足をもいで、決して殺さずに、けれど決して生きられないように、するだけ――――なのに、何でよ……!)

 

 

 ならば何故、ワイトの顔には紛う事なき苦悶が張り付いているのか。

 

 何百、何千と繰り返してきた行為。

 その度に、ワイトは屍の王に生贄を捧げ、甘美な喜びに身を震わせてきた。

 戸惑いや躊躇など、覚えたことは一度もない。やって当然、下等生物の命など、その程度の価値しか見い出してこなかった。

 

 なのに、どうして――――心も、身体も動かないのか。

 

 指をほんの少し動かす程度の感覚で、ワイトのゴーレムは普段通りの行為を遂行するだろう。

 だと言うのに、ゴーレムを操ろうとする度、五車町で過ごした日々が――――何よりも、萌音の笑顔が蘇り、殺意と悪意が萎えていく。

 

 

「どうしたのです?」

 

「何をしている、早くしろ。これは貴様の汚名を雪ぐための――――」

 

「五月蝿いわね! 分かってる! 分かってるわよ!」

 

 

 今にも泣き出しそうな顔で自分を見つめる萌音に、ワイトは悲鳴染みた声を上げる。

 ウィスプとデュラハンは、ワイトの様子に眉を顰め、互いの顔を見合わせた。

 当然だ。二人の知るワイトは、この状況で声を張り上げるような真似をしない。恍惚と共に屍の王へと嬉々として生贄を捧げてきた。

 

 死霊騎士としてしか存在してこなかった二人に、ワイトの葛藤と苦悩など分かるはずもない。 

 そんな状況下において、ワイトの表情に現れた変化に気付いたのは、他ならぬ萌音であった。

 

 元より心の機微に聡い少女だ。気付かぬ訳がない。

 泣き出しそうだった表情は、徐々に、だが確実に鳴りを潜め、両の瞳には溜った涙に反して強い意志が宿っていく。

 

 しかし、幼い少女には選択肢など与えられておらず――――初めから、最悪の道しかなかったのである。

 

 

「…………………………でよぉ」

 

「――――――?」

 

「お姉ちゃんを、苛めないでよぉ……!」

 

「何っ……?!」

 

「これは……!」

 

 

 一体、何を勘違いしたのか。

 ワイトを責め苛んでいるのは他ならぬ自分自身の存在だと言うのに、ウィスプとデュラハンを睨みつけた。

 けれど、勘違いこそしているものの、決して間違ってはいなかった。

 

 ――憧憬と義憤、人として正しい優しさと暖かさによって、萌音の忍法が発動する。

 

 コンクリートが敷き詰められた地面を割り裂き、急速に成長する蔦が自身を掴む屍だけでなく、ウィスプとデュラハンの脚へと絡みついていく。

 

 萌音の目覚めた忍法は木遁。

 まだ使いこなせてもおらず、植物を急速に成長させるだけの忍法の初期段階。

 手練れの木遁使いであれば、それぞれの特性や特徴、性格に合わせ、成長させた植物に何らかの特殊な能力を備えるものだが、萌音にはまだなかった。

 

 それでも、植物の成長速度と数は目を見張る。

 工場内におけるワイトと自分以外の存在全てを縛り上げ、拘束するなど並みの木遁使いには不可能である。

 

 萌音の両親が修行を課したのは、萌音の才能によるところが大きい。

 木遁使いとして大成すれば、名立たる対魔忍に名を連ねるであろうという期待。

 何よりも、過ぎた力は術者の身を滅ぼすと知っているが故の心配から、幼子には厳しすぎる修行を課したのだ。

 

 

「成程、これが対魔忍の忍法とやらか……」

 

「馬鹿な娘。相手が悪すぎましたね」

 

「ッ! 止め――――」

 

 

 ワイトの上げた静止の声は、誰に向けられたものだったか。

 少なくとも萌音に対してではない。仲間である筈の二人の方に身体を向けていたのだから。

 

 蔦は枝に成長し、手足だけでなく身体にも巻き付いて締め上げているというのに、ウィスプとデュラハンは冷たい瞳で対魔忍の卵に目を向けていた。

 

 萌音は始めから失敗している。

 相手が只のオークやオーガであれば、これでも十分であった。

 だが、相手は死霊騎士。当人も戦闘可能だが、厄介なのは寧ろ、その能力と操るゴーレムの存在だ。

 

 ワイト同様に、ウィスプも自らの力の化身である蠅型のゴーレムを瘴気から造り出した。

 造り出されたが故に、ゴーレムは初めから拘束などされておらず、思う存分に背負った砲門を解き放つ。

 

 

「――――――ぁ」

 

 

 ワイトの顔を掠めるように放たれた瘴気と魔力で構成された砲弾だ。

 彼女もよく知っている。威力はそこそこだが、連射すれば強靭な肉体を持つ種族でも十分に殺し得る。何よりも、この砲弾によって殺された存在は、例外なくウィスプの操り人形(リビングデット)と化す。

 

 何かの激突音と地面を何かが転がる音を連続した。

 

 何が起こったのか理解していながら、ワイトの頭と心は現実の理解を拒む。

 全身から冷たい汗が噴き出し、咽喉がからからに乾いていく。背骨が氷柱と化したかのような恐怖で、全身は震えていた。

 

 やっとの思いで振り返った彼女を迎えた光景は――――物言わずピクリとも動かない、地面へと身体を投げ出した萌音の姿。

 

 当然の結果。弱肉強食を旨とする魔界においては、何度となく見てきたものだ。

 なのに、どうして。ワイトはそう考えながら、目を真円に見開き、動悸が激しくなり、荒くなる呼吸を止められなかった。

 

 地面から伸びていた蔦は急速に力を失い、死霊騎士の放つ瘴気によって萎み腐っていく。萌音の対魔粒子が失われたからだ。

 

 

「全く、本当に愚かね。人間と言う――――」

 

 

 ウィスプの嘲笑とも哀れみとも取れる言葉に、ワイトは反射的に行動を起こしそうになった。

 理由など、彼女自身も理解できていない。抜き身の、剥き身の感情から成る行動など、全てはそんなものだ。

 起こした行動も、発した言葉も、後から理由を考えることなど、いくらでもある。

 

 萌音を殺そうとした時よりも、遥かに簡単に、そして躊躇いもなく蜂型のゴーレムがワイトの発露した感情に従い――

 

 

「ひゃわぁぁぁあああああああああああっっ!!!」

 

「いったぁ!? 頭が打ったー!!」

 

「どうして今回は、こんなに力押しの作戦なんだーーーっ!!!」

 

「死霊騎士の情報が殆どねぇからだ。どうしてもこうなる…………チッ、一足遅れたな」

 

 

 ――突然、工場の壁をぶち抜いて現れた騒がしい鉄の塊に中断を余儀なくされた。

 

 塊の名は、高機動多用途装輪車両。通称、ハンヴィー。

 ジープに変わり、米連にて採用された軍用車両である。

 武装、装甲も多様多才であり、部隊の作戦、用途に応じた改造が施されるのが通例であった。

 

 そのハンヴィーで、虎太郎は廃工場の裏手の山へと登り、頂上から山の斜面を駆け下りたのである。

 まるで馬で崖を下った源 義経のような奇襲。“鹿に出来るのなら、馬にも出来る”という義経の言葉を塗り替える、“馬で出来ることなら、ハンヴィーでも出来る”という名言が爆誕しそうだ。

 

 

「手筈通りだ。やれ、雷撃の……!」

 

「あー、もう! ……飛べよ、雷撃っ!!」

 

 

 重量2.5t。時速80kmで疾走する鉄塊は、次々に生ける屍を節理の輪へと戻していく。後に残るのは無残な肉塊のみ。

 銃器などは取り付けられていなかったが、追加の装甲判によって強化されたハンヴィーは、さながら挽肉製造機だ。

 如何に肉体の破壊を気にせずに、人間の限界を超えた力を発揮できようが、所詮は鉄を引き裂けるほどでもない。

 

 寧ろ、注意すべきは死霊騎士の操るゴーレム。

 ノイから聞き及んでいる情報、アルが独自に収集した情報では、何らかの特殊な能力、高い火力を備えている可能性が高かった。

 

 本来であれば機銃の取り付けられるルーフからゆきかぜは上半身を車外へと出し、両手に握られたライトニングシューターを死霊騎士へと向ける。

 

 

「――――チィっ!!」

 

「この場所が、どうして……!」

 

 

 ワイトに投与された探知用のキメラ微生体を知らぬ二人は愕然としながらも、無数に放たれる雷球を躱し、或いは屍を操って防御する。

 その度に、後方に下がり、ワイトと萌音からは距離が開いていく。

 

 障害物も、地面に打ち捨てられた物体すら気にせず、ハンヴィーのエンジンが唸りを上げる。

 巧みなアクセルワークとブレーキ操作で、周囲に存在している屍共を排除しつつ、やがてワイトと萌音の間に停止した。

 

 血と脂で汚れ、強襲の代償と跳ね上げた屍の重みでへこんだハンヴィーの中から二つの影が飛び出した。

 

 

「行くわよ、ゆきかぜちゃん!」

 

「死体とゴーレムの方は、私が排除します!」

 

 

 未だに激情と突然の出来事に呆然としているワイトには、一切の攻撃を加えずに。

 擦れ違いざまに悲しげな視線だけを送ると、凜花とゆきかぜはウィスプとデュラハンに肉薄した。

 

 鬼腕と雷撃の対魔忍に与えられたのは、死霊騎士の足止め。

 なるべく派手に、なるべく大立ち回りを繰り広げ、二体の死霊騎士を釘付けにしておくことだ。

 

 そして、斬鬼の対魔忍に与えられたのは――

 

 

「よし、良かった……! まだ息はあるぞ!」

 

「斬鬼の、学園に跳べ。桐生に、死なせたら手足の先からすり潰して殺してやる、と伝えてくれ」

 

「どうせ貴方のことだ! ()()を持ってきているんだろう! 寄越せ!」

 

「よくご存じで」

 

 

 車外へと飛び出た凜子は、屍を愛刀・石切兼光で斬り伏せながら、駆け寄った萌音の状態を確認していた。

 呼吸は弱々しく、脈拍も弱い。口からは血を流しており、下手をすれば内臓に何らかのダメージを受けているだろう。

 弱々しくも必死に、懸命に命を紡いでいた。まるで、ここで自分が死んでしまうことだけは、あってはならないと言わんばかりに。

 

 凜花の言葉に、虎太郎は車内から一本のクナイを凜子に投げ渡した。

 九本一組。各々に極めて高度な空間転移術式が組み込まれ、魔力を生成する鉱石で鍛えられた魔界の武器“瞬神”。

 凛子の空遁の術とも極めて相性が良く、跳躍先をマーキングをしておけば、普段の彼女ですら考えられないほどの距離を安定して空間跳躍できるのだ。

 

 マーキングを施してあるのは言わずもがな、五車学園だ。

 

 

「後は任せる!」

 

「ああ、任せておけ」

 

 

 凛子の身体から青白い光が発せられたかと思えば、次の瞬間には空間が歪み、光ごと凜子と萌音は吸い込まれ、廃工場から姿を消した。

 二人が消え去ったのを確認すると、髑髏の仮面を被った虎太郎は、悠々とハンヴィーを下りた。

 

 視線の先には、俯いたワイトが立っているだけ。

 鬼腕と雷撃、死霊騎士が繰り広げる戦いの音色をBGMに、二人は向き合っていた。

 

 

「何をしに、来たのよ……」

 

「当然、仕事だ。津田 萌音の身柄の確保。これ以外に、何かあるとでも……?」

 

 

 ワイトは俯いていた顔を上げると、忌々しげに虎太郎を睨みつけた。仮面で隠された正体に気付いているようである。

 洗脳による記憶喪失は確かに瘴気と魔力の共鳴によって紐解けた。しかし、施された改造がなくなったわけではないようだ。

 本来であれば屍の王にしか感じぬ甘美な魅力を、虎太郎の仕草や声に感じていた。

 

 

「だから此処から先は、オレの個人的な行動になる」

 

「ふん。うだつの上がらない、アンタみたいなダメ男が、何をしに来たわけ……?」

 

 

 それが記憶を取り戻したワイトの、虎太郎に対する率直な評価であった。

 何であれ、大抵の事はそつなく熟す癖に、何事に対してもやる気を感じられない。

 能力はある癖に、自分自身に欠片ほどの誇りも持っていなければ、価値すらも見い出していない。

 

 ただでさえ、人間と言う種族は下賤で愚劣だというのに、この男は輪にかけてワイトからすれば嫌悪を沸き起こさせた。

 

 

「オレは話を聞きに来ただけだ。今後どうするかは、それから決める」

 

「――――何ですって?」

 

 

 てっきり、自分を殺すなどと嘯くと思っていたワイトは、目を白黒とさせた。

 

 

「殺す必要がないなら、オレは殺さん。殺すのにだって労力や金は掛かる、後には恨みが残る。無駄な行動なんて疲れるだけだ」

 

「…………」

 

「それに、多少は期待できるかもしれん。オレが想定していた最悪は、既にお前自身の手によって、津田 萌音が再起不能の状態になっていることだったからな」

 

 

 そう。それこそが最悪のパターンだった。

 津田 萌音が殺されれば、ワイトの正体も明かさねばならない。

 となれば、魔族の引き入れを黙認したアサギの失脚は確実。続き、虎太郎は裏切者として処断されるだろう。

 

 

「その様子じゃ、記憶を取り戻したんだろ? 何故、殺さなかった? 死霊騎士ってのは、屍の王に仕えるのが何よりの悦びの筈だ」

 

「ッ…………い」

 

「オレが気になっているのは其処だ。その一点だけだ」

 

「…………さい」

 

「聞かせろよ。言ったろ? 最低限、自分の事くらい自分で決めろ」

 

「――――うるさいっ!!」

 

 

 淡々と、周囲の状況も、ワイトの種族も立場すらも気にした素振りを見せずに、虎太郎は問う。

 

 しかし、返ってきたのは、嚇怒と憎悪に染め上げられた言葉だけ。

 

 

「うるさい! うるさいうるさいうるさい! アンタさえ、アンタさえ居なければっ――!!」

 

「成程、そう来たか」

 

 

 アンタさえ居なければ、こんな思いをしなくて済んだ。

 

 アンタさえ居なければ、屍の王にただ仕えるだけの存在として道を歩めた。

 

 アンタさえ居なければ、人間が如何なるものかを知らずにいれた。

 

 アンタさえ居なければ、あの娘に出会うこともなかった。

 

 アンタさえ居なければ、あの娘も――――

 

 アンタさえ居なければ、アンタさえ居なければ、アンタさえ居なければ。

 

 

 怨嗟にも似た、まるで自分自身に言い聞かせるような言葉。

 虎太郎はワイトの言葉を受け、呆れた声を上げるばかり。この展開も、ある程度は予測していたらしい。

 

 

「殺して、やる……!」

 

「どうぞお好きに。お前に出来るものならな」

 

 

 明確な殺意を露わにしたワイトを前にしても、虎太郎は揺るがない。

 両腕を組み、ただワイトを眺めているだけだった。

 

 ワイトは気付いていない。虎太郎は気付いている。

 その殺意は、紛れもないワイトの意志と決断によるものだ。例え、感情に流されたものであったとしても。

 

 死霊騎士である筈のワイトが屍の王の為ではなく、初めて己自身の決断のままに戦いを始めようとしていることを……

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。