※この作品はR-18です。

対魔忍アサギ 苦労人奮闘記   作:HK416

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『苦労に苦労を重ね塗りされるのが、苦労人のスタイル!』

 

「…………馬鹿の一つ覚えみたいに何度も何度も。よく飽きねぇな」

 

「はぁっ……はぁ……黙れ!」

 

 

 ハンヴィーの屋根の上に片膝を立てて腰掛けた虎太郎の心底呆れ切った口調に、ワイトは肩で息をしながらも明確な殺意で返した。

 消耗しながらも戦い当初から変わらぬ姿勢を貫くワイトに肩を竦め、虎太郎は十分な余力と必要以上の警戒を見せながら、ハンヴィーの上から降りる。

 

 次の瞬間、ワイトの操る死体が襲い掛かってくる。

 地面に落ちた砂糖菓子に群がる蟻のようだ。

 ただ、決められた事柄を遂行するだけの傀儡。昆虫染みた機能の権化。

 

 ――その只中に放り込まれて尚、虎太郎の動きに淀みはなく、迷いも見られない。

 

 虎太郎は全ての攻撃を紙一重、最小限の動きで躱していた。

 素晴らしく、また凄まじいの一言に尽きた。

 擦り抜けられないとしか判断できない死体と死体の隙間に身体を滑り込ませる神業を、呼吸をするかの如く成功させ続ける。

 

 まるで、よく出来た殺陣か舞踊でも始まったかのよう。

 

 ()()に通ず。その逆もまた然り。

 極まった舞と武は似通ってくる。舞踊にはリズムがあり、戦いも敵ですらも同様だからだ。

 

 誰にとて動きやすい動作やテンポは存在する。ましてや相手は単調な拍節しか持たぬ死体共。

 幼少期、周囲の全てが敵であり、対魔忍となっても頼りになる奴がいないからと、積極的に組むのはアルか九郎程度しかいない虎太郎には、一対多など慣れすぎるほどに慣れ切った状況だった。

 

 しかし、敵は生ける屍ばかりではない。

 ワイトは群がる死体の中に飛び込んでいた。

 無数の死体に紛れ、死体へと姿形を変えて襲い掛かる戦法。それこそが、ワイトの最も得意とする戦い方だ。

 レイスとしての能力と死霊騎士としての能力が、実によく噛み合っている。

 

 

「………………はあ」

 

「――――くっ?!」

 

 

 けれど、後方から振り抜かれた爪撃は空を斬るだけ。

 腰を低く落としただけの回避。ワイトの目から見ても、十分な余力を残した回避であった。

 

 反撃が来る――と判断したワイトはこれから訪れるであろう痛みと衝撃を予想して身構えたが、虎太郎は亡者の垣根を飛び越えて、再び距離を取っていた。

 

 戦いが開始された直後から、虎太郎はずっとこの調子だ。

 攻撃を躱すか、受けるかだけ。攻撃を加えるのは、死体ばかりでワイトには一切手を上げていなかった。

 

 明らかに自身を小馬鹿にした行為に、ワイトの怒りと苛立ちは募っていく。

 

 

「人を、どれだけ馬鹿にすれば気が済むの……!」

 

「馬鹿になんぞしているものかよ。オレはオレのやりたいようにやっているだけだ。……それで? こっちの質問には答える気になったか?」

 

「誰が……!」

 

「そうかい。付き合ってやるよ」

 

 

 虎太郎に馬鹿にしているつもりは毛頭ない。

 ただ、自分が此処に残ってまで果そうとしている目的を優先しているだけ。

 

 話を聞きに来た。本当に、ただそれだけなのだ。

 

 任務という点に関しては、津村 萌音を救出した時点で終わっている。

 魔族であるワイトを五車町内部に引き入れた事実も、闇に葬り、知らぬ存ぜぬを通せばいい。

 老人共の勢いばかりで情報収集を怠った責任追及であれば、根回しと口八丁で如何とでも出来る。

 

 どうでもいいこと、どうとでもなることは問題とは呼べまい。

 虎太郎にとっての問題は、其処ではなかった。

 

 成り行きとは言え、ワイトを助けた責任が己にはある。

 仮り初めとは言え、ワイトが向けた信頼に答える義務が己にはある。

 

 だから、ワイトの選択を聞くまでは、己もまた方針を決める訳には行かなかった。

 

 彼らしからぬ防戦一方の展開の故は、ただそれだけの話だった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「――――シッ!」

 

 

 鋭い呼気と共に、鋭い蹴りが放たれた。

 爪先が美しい弧を描く軌跡。全身の重心移動と筋肉の乱れない挙動から生み出される速度と威力は、大鎌による一撃のようだ。

 信じられない速度で振り抜けれた脚は、腐った死体の首を何の抵抗もなく断つ。

 

 これで都合30体。虎太郎が忍法を使わないまま、ワイトに攻撃を躱し続けた上での成果だった。

 

 仮面の下では涼しい表情をしているであろう虎太郎に、ワイトは肩で息をしながら睨みつけている。

 

 弱い、とは思ってはいなかった。

 手練れと判断できる対魔忍を率いる男が弱い筈はない、と。

 だが、これほどまでとも思ってはいなかった。それほどまでに日常生活における虎太郎の擬態は完璧だった。

 

 

(戦闘が苦手、という訳じゃないようだが、詰めが甘い。手勢が減って、焦ってもいるだろう。そろそろ、いけるか?)

 

 

 亡者の群れを排除し、ワイトの戦法を封殺してのけた虎太郎は、高揚も優越もないままに冷徹に観察を続けていた。

 

 ワイトの能力は確かに驚異的だ。

 自身の姿を亡者に変え、操っている亡者に紛れての攻撃。

 最早、単調に真正面から襲い掛かっても奇襲となるだろう。これを容易に回避など出来る筈がない。

 

 虎太郎が不可能を可能にした理由は二つ。

 

 一つは単純にワイトの動きが、亡者のそれとは違っていた事。

 自らの意志を持って動くモノと何者かに操られて動くモノには、差異が現れて当然だ。

 戦闘という状況下においてすら陰りも曇りも見せない観察眼から、挙動の変化を見抜いていた。

 

 一つは亡者共の中に、見たことのない顔、同じ顔が二つ現れた事。

 虎太郎は既に亡者共の腐り落ちた顔立ちを戦いの中で完璧に記憶していた。

 そこで首から上を破壊した筈の死体が現れれば、全く別の顔が現れれば警戒するのは当然のことだった。

 

 ――何にせよ、まともな発想でもなければ、精神でもない。

 

 生死のかかった戦いの中で、其処までの冷静さを保てるのも異常だ。

 人界の格闘術、洞察術、記憶術だけで、死霊騎士に対抗する技量もまた異常。

 

 技術にせよ、技能にせよ、人界の(わざ)も、魔界の(わざ)に劣ったものではない。

 そんな思考が透けて見えてくるかのようだった。

 

 

「…………あっちの方は、終わったみたいだな」

 

「アイツ等……ッ!」

 

 

 工場全体を揺るがす振動と大音響の二重奏。

 大規模な破壊を伴い大出力の攻撃。ウィスプ、デュラハン共にそのような攻撃手段を有していない。

 

 つまりは、あの二人はゆきかぜと凜花に敗北したのは間違いないということだ。

 

 

「まだ続けるか……?」

 

「当たり前、でしょう……!」

 

 

 歯を剥き出しにした怒りの形相。まるで狂犬そのもの。

 事実として、今のワイトは狂犬に等しい。主人の命ではなく、自らの感情や欲望に従って動く犬は、等しくそう呼ばれるものだ。

 

 

「もう、後戻りなんて出来ないんだから……!」

 

「ほう、それは良い事を聞いたな。まるで、後戻りしたいと言っているように聞こえるぞ?」

 

「っっ…………だま、れぇえええぇぇええええっっ!!」

 

 

 虎太郎の核心を突いた一言に、ワイトは目を見開いて真正面から襲い掛かった。

 

 死人を操ることもない、姿を変えさえもしない。

 ただ、子供が癇癪を起したかのように、一刻も早く目の前の男の口を塞ぎたくて仕方がないとばかりに。

 

 この男は屍の王に贄としてすら捧げない。

 殺したとしても生ける屍として操りもしない。

 肉体諸共、魂まで千々に引き裂いて闇へと返す。そうでもしなければ、自分は――――

 

 ワイトの爪撃は、大型の肉食獣を彷彿とさせた。

 触れれば特殊繊維であっても引き裂き、肉を骨ごと断つ魔獣の連撃。

 

 対し、虎太郎の動きは緩やかですらあった。

 己に向かって放たれるワイトの手首にそっと手を添え、自身の身体の外側に押し出す。

 

 捌きを骨子とした名も無き格闘術。

 魔族は身体も能力も人間の理解の外にある。

 防御は愚の骨頂。基本として、攻撃は受けずに捌くか回避の二択に絞られる。

 そして、身体能力で上を行くのもまた無謀。故に、先の先を取るのではなく、後の先、或いは後の後を取る。

 

 敵の動きを先読みし、十分な余力と共に捌き、技後の隙に致命の一撃を叩き込む。

 実に単純な理屈。だが、単純であるが故に、分かっていたところで如何にもならない。 

 これを崩す方法は二つ。捌けない攻撃を仕掛けるか、攻撃に転じれない手数で攻めるか。

 

 生憎と、ワイトにはどちらの手札を有してもいなかった。

 

 

「おい、ワイト。いい加減に答えを聞かせろ」

 

「答えろですって?! 答えなんて初めから決まってる! 私は、死霊騎士(レヴァナント)! 屍の王(レイスロード)様に仕え――――」

 

「だから、オレが聞きたいのは、そんな他人に刷り込まれた言葉じゃねぇんだ」

 

 

 捌いた手首を掴み、蜘蛛の糸のように絡め取る。

 絶好の機会であるにも拘らず、虎太郎はまたも攻撃には至らず、仮面越しにワイトと目を合わせるばかり。

 

 仮面越しでは、どのような視線を向けられているのかはワイトには分からなかった。

 だが、虎太郎の言葉から仕草からの全てが、ワイトの怒りを沈めさせ、冷や水をぶちまけられた気分にさせた。

 

 

「……何を、言ってる、のよ」

 

「何度も言っている。お前が何を選択し、どうしたいのかを聞かせろってな」

 

「…………そんなの、決まってる」

 

 

 屍の王に全てを捧げ、死霊騎士としての使命を全うする。

 

 それが死霊騎士にとっての全て――――そう、自分自身に必死で言い聞かせていた。

 

 

「ソイツは嘘だな。お前は言った。後戻りは出来ない、と」

 

「……………………」

 

「オレ達との――――もっと正確に言うのなら津田 萌音との関係ばかりじゃない。もう、昔の自分自身には戻れない、そういう意味でも在った筈だ」

 

 

 ワイトは口の端を噛み、苛立ちを募らせる。

 

 その理由も分かっていた。

 自分の触れられたくない部分に触れられているからこそ、必死で目を逸らそうとしている部分を目の前に突き付けられているからこそ、心はささくれ立ち、意固地に否定しようとしている。

 

 

「私は、死霊、騎士、なんだから……」

 

「ああ、そうか。それがどうした? 生まれは誰にも、どうにもできん。だが、その形に生まれ落ちたからと言って、生き方を選ぶのはソイツ自身だぞ?」

 

「何も知らない癖に、簡単に……」

 

「そう見えるか? オレもお前と似たようなもんだ」

 

 

 かつて虎太郎はふうまの嫡男として生まれ、次期当主としての地位が約束されていた。

 だが、ふうま 弾正の馬鹿さ加減に嫌気が差し、全てを投げ捨てて逃げ出し、一族郎党を売り払って、今は対魔忍などやっている。

 

 自分自身でも頭痛を覚えるほどの馬鹿さ加減だが、その選択に後悔などない。

 苦労も苦難も一塩だったが、アレはアレでいい経験だった、と今はそう考えていた。

 

 誰もが己と同じく、生まれに関係なく、自らの意志で人生を決定できるわけではないのは重々に承知の上。

 それでもなお、他者に選択の道を強要するのは、折角の機会を無駄にすることはない、と考えているからだ。

 

 

「お前が苦しむのも、裏切者の汚名を被るのも理解している。だが、選べ。他の誰でもないお前だけの意志で」

 

「………………………………分から、ない」

 

 

 虎太郎の意志に押され、ワイトの口から血を絞り出すような声が漏れた。

 

 どうしていいのか、分からない。

 ただ屍の王を妄信するだけだったワイトには、選択など不可能だ。

 全て自分の意志で選択してきたように見えて、死霊騎士には一つの選択肢しか与えられてこなかったのだから。

 

 今にも泣き出しそうな表情で己を見上げるワイトに、虎太郎は仮面越しに頭を掻いた。

 どうやら、自分の言葉が、事選択という点に関しては赤子同然の彼女にとって、余りにも難解であったと認めたようだ。

 

 

「そうか。なら、もっと簡単に言おう」

 

「…………」

 

「お前が、今一番やりたいことは、何だ?」

 

「――――――あぁ」

 

 

 その一言に、ワイトの表情が崩れた。

 最後に残った一線を、虎太郎の言葉によって粉々に砕かれた。

 

 

「あ、あの子に、会いたい……あの子に、謝りたい……!」

 

「そうか。そりゃあいい。オレなんぞよりも、よっぽど上等な理由だ」

 

 

 どんな目に合っても構わない。

 どんな言葉で罵られても構わない。

 

 ただ、会いたい。

 会えなくてもいい。遠目で、萌音の無事な姿さえ見られれば。

 

 ただ、謝りたい。

 許されなくてもいい。あの時、あの瞬間、自分を助けようと勇気を振り絞った貴女に、何も出来なかったことを謝りたい。

 

 守ってあげられなくて、ごめんね。

 助けてあげられなくて、ごめんね。

 

 

 萌音の安否を何も知らないまま、何も見ないまま、何も謝らないままに分かれるのは嫌だ。

 

 ワイトの胸中を締めていたのはただそれだけ。屍の王に対する忠誠など残ってはいない。

 

 僅か数週間の交流。それが長年、仕えていた相手への裏切りに足るものか。

 十分過ぎる理由だろう。屍の王との間では決して芽生えない、萌音との間に確かに育まれた暖かな何かがあったのだから。

 

 

「なら、手を貸してやる。オレにはお前を助けた責任と、お前を助ける義務があるからな」

 

「…………だんな、さま」

 

「まだオレをそんな風に呼ぶのか? 物好きだな、お前も」

 

 

 虎太郎の科白は呆れたものだったが、自分自身の決断を下したワイトへの祝福が込められていたのか、口調そのものは酷く暖かい。

 仮面の下では、優しげな笑みを浮かべていることだろう。

 

 ワイトの手を取り、不安を掻き消すように握り締める。 

 自分のそれとは異なる、岩のように硬くなって、すっかり人間らしさを失った掌。

 恐らく、モノを殴り過ぎて痛みも感じなくなった掌は、それでもなお人間的な温かみで満ちていた。

 

 冷徹で冷酷な男の最後の残り火は、ワイトの中で凍てついていた最後の砦を優しく溶かし――――

 

 

「――――ぁ?」

 

「まさか、貴様が裏切るとは。思いもよらなかったぞ、ワイトよ?」

 

「…………っ!」

 

 

 ――その全てを台無しにするように、、ワイトの白い腹部で真っ赤な花が咲いた。

 

 花の正体は、腐った手だ。

 背中から貫通した手は、彼女の内臓を引きずり出し、握り締めている。

 

 一体、何が起こったと言うのか。

 虎太郎にすら理解など出来ない事態であったが、行動は迅速だった。

 

 懐から取り出したクナイを逆手に握り、一息で腹から顔を見せていた手首を切断する。

 力を失い、自分に倒れ掛かってくるワイトの姿は、あの洋館で初めて会った瞬間を思わせた。

 

 ワイトの身体を抱え、虎太郎は大きく後方に跳んだ。

 見れば、手首を切断されたにも拘わらず、平然としている男の姿があった。

 

 平然としているのは当然だ。

 ウィスプが墓の下から這いずり出させた死体の一つ。どれほどの傷を負おうと痛みなど感じよう筈もない。

 だが、疑問は残る。ウィスプもデュラハンも既に倒された。ワイトに抵抗などするつもりはなく、また意味もない。

 

 ――ならば、この死体を操っているのは……。

 

 疑問に答えを導き出しつつも、虎太郎は死体に訪れた変化に目を奪われる。

 

 膨大な量の魔力と瘴気が死体を覆っていく。

 黒――などを超越した闇色の魔力と瘴気が全身を覆ったその姿は、三次元に抜け出してきた人型の闇そのもの。

 

 この威圧感。この存在感。この魔力と瘴気。

 何度か相対したことのある不死の王に匹敵し、敵対する存在。即ち――

 

 

「……レイス、ロード、様」

 

 

 ――屍の王において、他にはいなかった。

 

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