一つの魂が眠りの世界から帰還を果たそうとしていた。
魂の名はワイト。自らを弄び、玩具とした屍の王の操り糸を自ら断ち切った女。
最早、彼女は死霊騎士ではない。死霊騎士とは屍の王に仕える者の総称だ。
これより、自らの意志で大地を踏みしめ、自らの意志で進むべき道を決めねばならない彼女には相応しくない。
彼女は微睡んだ思考のまま、羊水に浮かぶ赤子のように何一つ縛られることもなく、睡眠と言う快感の中を漂っていた。
けれど、意識は浮上していく。
普段のワイトであれば、このまま微睡みを楽しんでいた事だろうが、今の彼女にはやらねばならないことがある。
早くと意識が急かすように。
速くと無意識までもが背中を押すように。
早急に、急速に、彼女の全てが望むまま、眠りの世界から、ワイトは現世へと帰還を果たした。
瞼を開いたワイトは、眼球を焼く眩い白い光と白い天井に、咄嗟に目を細めた。
けれど、それも一瞬の事。意識を失う以前の状況を思い出し、何よりも自分が何の為に今まで培ってきた全てをかなぐり捨てたのかを思い出した。
「…………萌音っ!」
ワイトは弾けるように、ベッドから上体を起こした。
しかし、と言うべきか。当然、と言うべきか。彼女は激しい眩暈を覚え、上半身を支えることすら儘ならず、そのままベッドから転げ落ちそうになった。
「気を付けろ。一週間も眠りっぱなしだったんだ。そんな急に動いたら、そうもなる」
「だん――――アンタっ……!」
崩れかけたワイトの身体を支えたのは、他でもない虎太郎であった。
アルフレッドの施した強制契約魔法が成功し、桐生の検査によって容態の安定が確認されてもなお、昏々と眠り続ける彼女の傍を離れようとはしなかった。
彼なりの責任の取り方であったのだろう。万が一、何らかの変化が現れた場合、アルフレッドの端末を持ち、尚且つ契約主である己がその場にいた方が都合が良い、という判断だ。
「あの娘っ! 萌音は……!」
不安、恐怖、敬服、感謝。
虎太郎に対して複雑な感情を持たざるを得なかったワイトであったが、その全てを投げ捨てて言葉にしたのは、他ならぬ萌音の安否。
自らの身体を支える虎太郎の両肩に手を掛け、眩暈すらも押し退けて必死の表情で問い詰めた。
その余りに必死な表情を前にして、虎太郎は笑みを浮かべる。決して不様と嗤うものではなく、満足げな笑みである。
「安心しろ。お前よりも早く目を覚ました。リハビリは必要だが、命に別状もなければ、後遺症も残ってない」
その言葉に、あぁ、とワイトは目の端に涙を浮かべ、安堵の吐息を漏らした。
凛子の空間跳躍により五車学園へと運び込まれた萌音は、非常に危険な状態であった。
複数の内臓破裂。体内における出血による肺の圧迫からなる呼吸困難。肋骨胸骨は勿論の事、脊椎にまでダメージを負っていた。
死んでいないのは奇跡――否、生きていることがおかしいというレベルの甚大な人体損傷。
あの桐生ですらが、生きていることに息を飲み、生命の不可思議、精神というものの恐ろしさを改めて認識させるには充分であった。
『ふん、大した仔豚だ。不死身でもないのに、この生命力。この俺を驚かせるとは――一度だけだが、お前に敬意を払ってやる。それから、あの化け物に殺されるのだけはゴメンだしな』
普段の彼からは考えられぬ態度に、凜子は驚愕し、様子を見に来た紫ですらが戦慄したほどだ。
かくして、桐生らしからぬ態度、自身の研究とは無関係なところで見せた全力の魔界医療により、萌音は難なく一命を取りとめた。
脊椎に損傷があったことからリハビリこそ必要であったものの、不随は見受けられず、あくまでも壊れて治った身体に違和感を覚えないか、と確認する為のものだった。
「兎に角、無事だ。今すぐにでも会えるが……どうする?」
「そ、それ、は……」
ベッドの横に備え付けられたパイプ椅子に腰を下ろしながらの台詞に、ワイトは言い淀んだ。
本音は、今すぐにでも会いに行きたかっただろう。
だが、どの面を下げて会いに行けばいいのか、会ったところでどんな言葉を掛ければいいのか――何よりも、萌音にどんな言葉を掛けられるのか。
不安と恐怖。無自覚の自己防衛と防衛本能からワイトは次の言葉が紡げない。
屍の王を裏切ったあの瞬間に抱いていた強い思いは、今や
虎太郎も予測はしていたのだろう。ワイトの煮え切らない態度に怒りも苛立ちも見せていなかった。
何よりもパイプ椅子に腰を下ろした時点で、こうなることはある程度は理解していたのだろう。
「じゃあ、少し話でもするか」
「……話?」
「ちょいと、オレにも想定外の事態が起きていてな。お前の存在についてだ」
萌音に続き、ワイトも桐生の研究室へと運び込まれた。
不死者の強制契約は十分に機能を発揮していたのだろう。検査など必要ないほどに、一度は風化していく死体に戻ったというのに、治療など全く必要はなかった。
ただ、桐生が検査を重ねていく内に、ある事実が判明する。
虎太郎の想定していなかった事態とは――――ワイトが死霊騎士としての能力を失っていなかった点である。
屍の王によって不死の呪詛を解呪され、その身に授けた瘴気と能力も全てが元の形へと戻るはずであったが、使用した術式が不死者を作り出すものだったのが問題であったらしい。
屍の王による魂を肉体に固定し、縛り付ける呪詛。
アルフレッドによる魂を契約主の身体に移動させる魔法。
共に魂を操るという規格外。
互いに互いが反応し合い、屍の王と
不死者であると同時に、死霊騎士でもある――そんな訳の分からない第三の存在へとワイトは成り果てていた。
もっとも、死霊騎士であった時と然程変化はない。変わったのは二点だけ。
一つは再生力の低下。どちらかと言えば、不死者寄りなのだろう。不死性も再生力も、不死者に準じたものになっている。
一つは誰の支配も受け付けていない点。
死霊騎士であれ、不死者であれ、自らの主人に縛られるもの。
しかし、虎太郎は誰かを支配できるなどとは考えておらず、他者を支配する気苦労は、ふうまの次期当主としての教育で重々承知していたからだ。
よって、魂を縛りつける術式、命令権の術式を、アルフレッドに排除させたのである。
今のワイトは誰の支配も受けておらず、ただ彼女の意志にのみで立つ自由存在へとなっていた。
「――――そういうことだ。オレとしては万々歳ではあるがな」
「……奪っておいて、投げっぱなしにする気? 無責任ね」
「そりゃ当然。奪うとは言ったが、その後にどうするとは言っていない。好きに生きろよ。自由ってのは素敵だ。まあ、責任は常について回るのが世の中の辛い所だがな。それもまた、楽しけり、だ」
「………………」
「ああ、安心しろよ。お前が一人で生きられるようになるまで面倒は見る。そこまでがオレの責任だ。そこからは――――そこからが、お前だけの責任だ」
積極的な関与はしない。好きなように生きるといい。
虎太郎は過干渉を嫌う。己であれば、鬱陶しいと。他人であれば、面倒だと。
それはワイトであっても変わりはない。これまで手助けをしてきたのは、あくまでも助けたが故の責任があったから。
ワイトが一人で生きていけるようになれば、彼女から声を掛けない限り、話しかけることもないだろう。
「お前の今後に関してだが、ほらよ」
「これは……?」
「お前の戸籍やら身分証明やらだ。これから、お前の名前はワイト・ドラウグルになる」
「……センスないわ。まんまじゃない」
「仕方ねぇだろうが、こちとらネーミングセンスねぇんだから」
ドラウグル。
これもまたアンデッドの名前の一つである。
古英語においては妖怪、幽霊や、アイルランド語の前兆、流星の両方が語源であるとされる不死の怪物の名。
確かに、ワイトの言う通り、まんま過ぎるネーミングだ。
彼女は今後も、虎太郎の親類として扱われる。
虎太郎には過去がない。ふうま何某から弐曲輪 虎太郎へと名を変え、性格的な連続性はあっても、過去は完全に断線している。
それ故、海外の親類が存在したところで何の不可思議も、問題もない。どうとでもでっち上げられる。
何よりも、対魔忍の殆どが彼を馬鹿にするばかりで、深く探ろうとも知ろうともしない。彼女の素性を覆う隠れ蓑としては最適だ。
また老人共に探られても問題はない。
虎太郎の抜け目のない判断と策、アルフレッドの情報操作能力。この一人と一機が手を組めば、どんな諜報系の対魔忍であれ、真実に到達するのは困難だ。
そもそも、虎太郎が認めるほどに諜報能力に優れているのは九郎くらいのものだ。彼のレベルでなければ、違和感すら覚えないだろう。
他にも諜報を主として任務としている対魔忍は多くいるが、九郎に比べれば二枚も三枚も劣る連中である。
「まあ、好きに生きてくれや。何か、今すぐにでもしたいことはあるか……?」
「…………分から、ない」
「本当に?」
「ち、違うの。やりたいことはある。でも……」
ワイト自身も困惑していた。
屍の王に対する忠誠を捨て去ってまで、裏切りに対する報復を忘れてまで、求めたものがあった。
今や求めていたものは直ぐにでも手の届く場所にあるというのに、手を伸ばすことを怖れている。
誰かを愛したまま憎むように、何かを追い求めるまま手を出したくないという相反する想いに縛られている。
今まで培ってきた全てを投げ出してでも得たかったものがある。
けれど、得たかったものは自身の不手際で失われる寸前にまで到達してしまった。
最悪の展開にこそ至らなかったものの、与えてしまった傷は余りにも大きく――残されるであろう傷跡は、これまでの関係に罅を奔らせるには充分だろう。
「そう、心配したものじゃないと思うがな」
「…………当事者じゃないからって、好き放題に言わないで」
「そう聞こえるか。まあ、それもそうだな。だが、オレはお前よりも遥かに人間を知っている。賢しい部分も、恐ろしい部分も――――とんでもなく、馬鹿な部分もな」
くつくつと笑いながら、虎太郎はワイトの苦悩を一蹴した。
何を考えているのかまでは分からない。人を嘲笑っているのか、ワイトの醜態を見て楽しんでいるのか。
――ただ、普段の彼が見せる如何なる笑みとも異なる、清廉なものであることだけは確かだった。
「お前が何をしても、お前が何者であっても、お前を許してしまう大馬鹿は一人くらい居る。人間には、特にな」
「そんなこと、あるわけないじゃない……! 私は、あの子を……」
「そうこうしてる内に、あっちの方が痺れを切らして来たみたいだぞ」
虎太郎に反発してか、自身の甘過ぎる思考を断ち切る為か、ワイトは頑なな、意固地でさえある態度を崩さない。
しかし、そんな彼女の心境など知ったことではないとばかりに、医務室の扉が開いた。
入ってきたのは車椅子を押すゆきかぜ。
そして、車椅子に座り、以前と全く変わらない姿形と表情の萌音だった。
ビシリ、とワイトの表情が固まる。
無理もない。最も会いたいと同時に、最も会いたくない人物が突然現れれば、誰とて似たような反応しか見せられまい。
「ワイトお姉ちゃん!」
そんな心境を全く理解していない明るい表情で、萌音は目を覚ましたワイトの無事を祝福する。
「…………あ、の」
「ゆきかぜお姉ちゃん、早く早く!」
「はいはい、そんなに慌てないで。ワイトお姉ちゃんは、逃げないからね」
萌音の無邪気なハシャギように、ゆきかぜも笑みを浮かべて応えた。
そのまま車椅子を押して、ベッドの脇にまで至る。
「お姉ちゃん、大丈夫……?」
「その、もう、大丈夫、だから……萌音の、方は……」
「わたし? もう全然大丈夫! あの眼鏡の先生がね、しっかり治してくれたよ!」
「な、何か、何か変なこと、されなかった?」
「んー? えぇっと、なんか変な触り方された!」
自身の経験から、萌音の身を案じたワイトであったが、無邪気なカミングアウトに脳内で何か糸の切れる音を聞いた。
(あの変態、コロス……!)
(桐生ちゃん、挽肉確定!)
(こ、虎太兄! まだ! まだ推定無罪だから! ………………でも事実だったら、温い。温くない?)
(これは雷鎚の刑も追加ですわ。死ぬがよい)
ワイトだけではなく虎太郎、ゆきかぜの折檻もとい死刑執行が確定した。
今日も今日とて狂気の魔界技術研究に勤しんでいる桐生には関係のない事柄である。明日の朝には消し炭も残っていないだろうが。
「わたしもお姉ちゃんもよくなったら、また丘の上で遊ぼうね」
「でも、もう、あそこは……」
「お花さんは、強いから。枯れちゃっても、また咲いてくれるよ。だから、大丈夫!」
「………………」
「お姉ちゃん? まだ、どこか痛いの?」
(…………ゆきかぜ、行くぞ)
(うん、分かった)
最早、多くを語る必要など何処にもなく。
虎太郎も、ゆきかぜも、見ている必要は何処にもない。
後は、ワイトと萌音だけが知っていればいい。
二人が背を向けた先では、漏れる嗚咽と心配の声が重なっていた。
花は咲く、何度でも。
これからワイトと萌音の咲き誇るであろう笑みと同様に。
萌音は、ワイトの全てを許すだろう。
これまで犯してきた罪も、これから犯すであろう罪も。
例えどのような存在であれ、例え人ではない生き物であったとしても。
ならば、杞憂も不安も不要だ。
ただ互いの求めるままに。ただ互いの望むままに。互いにとっての花で在り続ける。
「これも、読みの内か?」
「八方丸く収まりそうですね」
医務室を後にした虎太郎とゆきかぜを待ち構えていたのは、凜子と凜花であった。
凜子は言葉では虎太郎を責めているようにも聞こえたが、顔は凜花と同様に深い笑みを浮かべていた。
「さぁな。どう転ぶかなんざ、オレには分からん。神様じゃないんだからな」
「…………ふふ、虎太兄、良かったね」
「あぁ? 何が?」
「だって、虎太兄。ああいうの、好きでしょ……?」
ゆきかぜが差した“ああいうの”とは、ワイトと萌音の関係性であったのか、あるいは二人が手にした結末であったのか。
ともあれ、虎太郎は面を喰らったように目を丸くし、凛子と凜花はウンウンと頷いてゆきかぜの言葉を首肯した。
「…………さぁな。オレにも、そこんとこはよう分からん。正直な所、嫌いじゃねぇが、とりわけ好きって気もしねぇよ。だが……」
『――――だが?』
「ああいうもんを守るのが、対魔忍の仕事だとは思ってる」
己の心を分かったような気になって声を揃える三人に、虎太郎は辟易としながら溜め息を吐いた。
本気で好きでもなければ、嫌いでもない。
アレが人間の良きところ、強きところでもあり、悪しきところ、弱きところであると思っている。
実に彼らしい、バランスの取れた考え方である。
ただ、対魔忍の仕事は、ああいったものを守ることが本質であると虎太郎は結論付けていた。
敵に対する殺戮であれ、己のような人の道を外れた行為であれ、究極的なところは手段や過程に過ぎない。
ありふれた人々の営みを守る結果に繋がれば、それでいい。他の連中が手段や過程に楽しみや誇りを見出したとしても、結果に繋がっているのならば文句はない。
――――己もまた、ああいった人間の暖かみに救われた者の一人なのだから。
「お前等は気楽でいいよ、これで終わったと思ってるんだから」
「ちょ、それって、どういう……?」
「ゆきかぜ、いくらなんでも間が抜け過ぎているぞ。まだ、屍の王を倒し切った訳ではないのだぞ?」
「いや、でも、ヤツは虎太兄の能力で……」
「それは、虎太郎さんに限った話でしょう? それに屍の王が命を下せば、眷属達は動き出すわよ?」
「ああ、そりゃそうか…………虎太兄、どうしよう?!」
厄介事は、まだまだ尽きていない。
屍の王は健在。その配下にして眷属である死霊騎士、レイス共に滅んではいない。
このままでは屍の王と対魔忍は正面切っての戦争状態に突入する可能性も決して否定は出来ない。
何せ、屍の王にとって虎太郎は一秒でも早く殺したい存在だ。
屍の王が人界に現れ、全力を振るうことは難しくとも、不死の軍勢が居り、不死の軍勢は更なるアンデッドを量産できる。
相手はただ真正面から総力戦を仕掛ければいいが、対魔忍側からすれば最悪の消耗戦を強いられるは必定なのだ。
「策はある。まずは手始めに、結界を強化する。特定の種族、人物以外は物理的に入れないレベルの結界にな」
「いや、確かに理想ではあるがな。可能なのか……?」
「オレには無理だ。だから、他人を使う」
屍の王の性格を鑑みるに、他の魔族と手を組む可能性は極めて低い。
元より他種族との交流は無く、全方位に向かって戦争を吹っかけている種族である。外交チャンネルもあろうはずもない。
また対魔忍を滅ぼす理由を、手を組んだ相手に屍の王は提示できない。それは自分の本心や本性を他者に明かすも同然だからだ。
対魔忍を滅ぼして生み出される利益を餌にする可能性もあるが、実行にまで至らないだろう。
元々、屍の王は人界に、それほど興味を抱いてこなかった。そんな王が突然、人界の対魔忍を滅ぼそうと提示した所で、誰も賛同せず、また信じまい。
何か裏がある、と疑うのが通常であり、対魔忍との争いの最中、屍の王が騙し討ちをするのでは、領地を拡大しようとするのでは、という思考に至るのが自然だ。
また考えられうるのは、任務の妨害である。
屍の王は虎太郎の正体を知らない。草の根を分けてでも探し出そうとするだろう。
だが、人界側に諜報を担当する部下がいない奴は、強硬手段に出るのは間違いない。
即ち、目に付く対魔忍全てに襲撃を仕掛けることだ。
対魔忍だと分かれば、戦闘中だろうが任務中であろうがお構いなしに殺し、新たな玩具として捕らえ、情報を搾り取る。
しかし、それもそれほど問題にはならない。
任務の難易度は跳ね上がるが、横合いから思い切り殴りつけられる可能性が分かっていれば、大抵は対処ができる。
そもそも任務さえ熟せば問題はないのだ。屍の王を無理に相手をする必要など、対魔忍側には存在しない。
よって、最重要となるのは本拠地の防衛である。
既に場所が割れている五車町に全戦力を投入されるのが、対魔忍側には一番ダメージが大きい。
「当ては……?」
「勿論ある。とは言っても、こっちとしても渡りに船の提案だったがな」
「どういうことだ……?」
「最近、ある組織から依頼があった。有り体に言えば、業務提携の依頼だな」
虎太郎の言葉に、三人は首を傾げた。
無理もない。三人はまだ学生の身分である。日本に様々な組織が存在していることをまだ知らないのだ。
「依頼内容は、対エドウィン・ブラックの共同戦線。組織の名前は隼人学園」
「……えぇっと、はやと、はやと……?」
「確か、吸血鬼専門の
「そうだ。対魔忍は魔族全般だが、あっちは吸血鬼専門だ。より対吸血鬼に特化した術や戦闘法、戦術を用いる連中さ」
吸血鬼を専門に狩る者の総称だ。
吸血鬼の存在が確認されて以来、人々は吸血鬼に対抗しようと歴史の裏で暗闘を繰り返してきた。
長い歴史を持つ国、強大な軍事力、資金を持つ国は、極秘裏にではあるが対吸血鬼戦闘を専門とした秘密組織を抱えている。
中でも、日本は裏では対吸血鬼先進国と知られている。
その大部分を担っているのが隼人学園――――より正確に言えば、隼人学園に在籍している二人の女傑のお陰だ。
「更に言えば、如何にも女王様も日本に来てるらしくてな。そっちからの要請でもあるらしい」
「女王様って…………もしかして?!」
「人界側の吸血姫。あのブラックの直系でありながら、人類の側に付いた王族、カーラ・ブラッドロードか」
「まあ、ここ十数年、ブラックは日本で何度か確認されてるからな。匂いを嗅ぎつけたとしてもおかしかねぇ」
エドウィン・ブラックは強大な敵だ。
対魔忍にとっても、狩人にとっても危険で凶悪で邪悪な存在である。
組織にはそれぞれの領分というものが存在するが故に、対魔忍も隼人学園も今まで手を結ぶことはなかったが、共通の敵の出現、更には共通の敵に対して何の対策も、効果も上げていない現状を打破する為に手を結ばざるをえなくなった。
「隼人学園のトップは上原 北絵。世界でも有数の結界術師だ。その結界は吸血鬼が無理に通ろうとすれば消滅しちまうらしい」
「…………成程、読めました。最低限、レイス側の最大の利点を削るつもりですね」
「その通り。操ってる屍さえどうにかしちまえば、レイスも死霊騎士もそこいらの魔族と大差はねぇ。どうとでも対処できる」
「じゃあ、虎太兄は、その上原さんと交渉に?」
「冗談。オレは下っ端。あくまでもサポートだ。本命は紫だよ。お前等は、それまで五車学園の防衛に当たれ。即座に攻めては来ないだろうが、万が一ってこともある」
そして、三人には告げなかったが、虎太郎にはもう一つの思惑があった。それは吸血鬼グラムの存在である。
九郎の手に入れた情報で、吸血鬼の女王たるカーラとグラムは、どうやら姪と叔父の関係にあるようだ。
そして、その仲は良好ではない。
人を友として見ているカーラ。人を道具か餌としか認識していないグラム。
どう考えたところで良好な関係など気付ける筈もなく、事実としてカーラはグラムの犯した罪を殺害と言う形で断罪していた。
(問題が一つ片付いたと思えば、更なる問題が二つ三つわらわらと。どうにもこう、心も身体も休まる暇がねぇ……知ってたけど)
大抵が自業自得とは言え、目と耳を覆い、その場に蹲りたくなる現実を前にして、虎太郎はまたしても耳を疑いたくなるような溜め息を吐くのであった。