『苦労人の華麗なる一日・日常編!』
今日は、知る人ぞ知る対魔忍の苦労人、弐曲輪 虎太郎の一日に密着してみよう。
「…………朝が、来てしまった」
『何も、そんな一言で起床しなくとも。それから、厳密には朝ではありませんね』
AM3:00。
目覚まし時計も必要とせず、草木も眠る丑三つ時より一時間経った頃、彼の一日が始まる。
死人も同然の顔と絶望的な声色と共に、彼はベッドから文字通りに這い出てくる。
もう一度言う。立ち上がって、ではない。ずるずるとそのままに床に転がると居間に向かって這っていくのである。
彼の心境がどれほど暗黒に満ち満ちているのか、一目で分かるだろう。
居間に這い出ると、今度こそゆらゆらと立ち上がり、洗面所で顔を洗い、歯を磨く。
そうこうしている内に、死人のような顔に生気が戻っていく。この切り替えの早さも、彼のプロ足る由縁である。
だが――――
「うぅ、……うぐぅぅ……ふぐぐぅぅぅぅぅぅっっ」
(この姿、ゆきかぜ様や凜子様がご覧になれば、どう思うでしょう)
「やだよぉ……もう、やだよぉぅ、学校行きたくない、働きたくないよぉぉぉぅっ……」
――――昨晩、不知火が作り置きしてくれた朝食を食べながら、唐突に泣き始めた。
勘違いしていけない。ブラック企業と呼ばれる者達が課す過酷な労働ですら遥かに凌駕する仕事を熟し
これは苦労人のストレス発散法である。
感情は溜め込むのではなく、吐き出すべきものだ。そうでなくては心の底に澱のように溜っていく。
こうして適度に発散することで、ストレスを軽減しているのだ……! 多分、きっと、恐らく、メイビー。
「………………世界、滅んでくんねぇかなぁ。そうすりゃ、働かなくてもいいよなぁ」
(本心ですね……)
AM4:00。
いつものくたびれたスーツに着替え、学園への道へと踏み出した。
朝日も昇らぬ内から学園へと向かう苦労人の背中は、言葉とは裏腹に気合で満ちている。
その足取りに迷いもなく、突然の襲撃に備えて油断も隙もない。自らの属する組織の総本山であっても気を緩めぬ油断のなさ。正に、プロ中のプロだ。
…………誰の目から見ても、気合に満ちている。そうでもなければ、こんな時間に仕事を熟そうとするはずがないじゃない……!(暴論)
「来て、しまったかぁ……」
学園の門に辿り着くと、一跳びで飛び越え、学園内の職員室へ。
明かりが一切灯っていない中だと言うのに、何かにぶつかる真似もせず、自身の机へと辿り着く。
そして、書類を捌いていく。
彼は事務処理能力においても、対魔忍の中でトップクラスである。職人のような一芸に特化したプロではない。ありとあらゆる分野に精通した化け物級のプロなのだ……!
収集された情報の分析による信頼性の確保。任務へ向かう人員の選出。任務中に発生した死傷者の事後処理。組織運営に必要な予算の計算と政府への書類作成。etc。
「おはよう――――」
「死ね死ね死ね死ね、アサギ死ね、さくら死ね、紫死ね、神村死ね、佐久死ね、志賀死ね、上原死ね、オレの仕事を増やす奴は全員死ね」
「――ござい、ま……す」
AM7:00。
チラホラと教師たちが職員室へと現れる頃、ただひたすらに書類の山を処理していく苦労人。
ここまでに処理した書類は、対魔忍組織で事務処理能力のある人間では一日がかりの量である。流石としか言いようがない。
こうまで高い事務処理能力を如何にして手にしたのか。経緯は簡単である。
こうしないと、仕事が減らないのである……!
正に努力の結晶が実を結んだ結果と言えよう。これだけの努力だ、誰もが彼を認めていない筈がない!(確信)
「……では、この予定で教育を行います。確認は、そうですね。弐曲輪先生がお願いします」
「それがいいだろう。甚だ不本意であるが、その男は人を見る目に長けている」
「…………(呆然)」
AM8:00。
職員会議で予期せぬ仕事をおしつ――――任せられ、苦労人の瞳に炎が灯った。
やる気の炎だ。如何ともし難い量の仕事を前にしても、彼の心は逆境に燃え上がっていた。断じて、殺意の炎なのではない。断じてだ!
「えー、であるからして、米連の装備は――」
「プー、クスクス」
「エー、ヤダー」
「ちょっと、そこ五月蝿い!」
「あー、水城。お前も五月蝿いからな。冷静にな」
AM9:00。
授業を受け持ったクラスで、熱血教師もさながらの授業を行う苦労人。
だが、この笑顔(嘲笑)の耐えない授業は、彼の手腕によるものだ。生徒からの人気(馬鹿にされていると言う意味で)の高さも窺える。流石である。
しかし、真面目な生徒(ゆきかぜ)は、御立腹のようである。万人に受け入れられる人間がいないように、万人に受け入れられる授業もないのは、致し方ない。
「あの、弐曲輪先生、この書類なんですが……」
「上から三番目の計算、間違ってるぞ」
「え? ……あ、本当ですね。すみません」
「次から気を付けろ。書類は見直すのも仕事の内だ。直したら持ってきてくれ」
AM11:00。
本日の授業を終えた苦労人は、再び職員室に戻り、仕事を片付けている。
とある書類について聞きに来た事務員――穂村 奏の書類を見るや0.5秒の早さで判断を下し、アドバイスを与える。速読及び計算能力の高さも窺える。神速の返答であった。
恐るべきことに、その間にも自身の手は一切止めずに動き続けている。機械も斯くやという勢いだ。
「弐曲輪教諭、弁当を作ってきたのだが、どうだろうか?」
「むむ、食べる。頂きます。むぐむぐむぐ、御馳走様」
(もうちょっと、味わっても。と言うか、書類を処理しながら食べるのか……いや、しなければならないのか)
「隠し味のゆずが効いてたぞ。美味かった」
「…………お、おぉう。それは何よりだ」
(今の速度で味が分かるものなのか!? いや、それよりも、美味しいって、美味しいって言ったな、ふふ(キュン♪))
PM12:00。
苦労人の女――秋山 凜子からの見た目は普通、本当の隠し味はゆずではなく愛情です、とばかりの偽装愛妻弁当をぺろりと平らげる。
仕事を熟すだけでなく、さりげなく自ら釣った魚にも餌を与える心遣いの鬼。これもまた苦労人の由縁であろう。
「コタ君、この報告書なんだけどね、これでいいかなぁ?」
「…………………………あのな、さくら。この前、報告書はガキでも分かりやすいように書けって、言ったよな?」
「うん。だから、そうして見たんだけど、こんなので本当にいいの?」
「ああ、そうだ。お前、馬鹿だった」
「ば、馬鹿は酷いじゃん! そりゃ、コタ君に比べたら頭悪いかもしれないけど!」
「馬鹿だろ、こんなの。これじゃあ、ガキでも分かりやすいようにじゃなくて、小学生の作文じゃねぇかぁぁああぁぁあああああぁぁぁぁッ!!!」
「――――ひ、ひぃぃ!?」
「何だこれ! 最後の一文何コレ!? “対魔忍って大変だと思いました。”だぁ!? レポートじゃねぇんだよ! 誰が感想書けっつったぁ!!」
「だ、だだ、だってぇ……」
「このチンポケースが! 峰麻先生、ちょっと机借りてもいいですかね!? この脳みそ腐った馬鹿にぃ、報告書を書かせるんでぇ!?」
「……え、えぇ」
「……ち、チンポケースって」
「オラぁ! 早く椅子に座ってペン持てや! 隣で逐一確認してやっからよぉ!! 次こんなの書いてみろ!! 目の前で破り捨てて、その場でブチ犯し殺すぞ!!!」
(コタ君の負担を減らそうと思ったんだけど、これじゃあ完全に裏目だよぉ……)
PM2:00。
報告書について思い悩んださくらに真摯に対応し、何と教師役まで買って出たではないか。
自分の仕事も終わっていないと言うのに、他人の仕事を手伝う面倒見の良さである。プロ足るもの、常に心に余裕を持たねばならない。優雅な仕事ぶりである。(暗示)
「弐曲輪先生、お時間よろしいですか?」
「氷室か。今日はどうした?」
「米連の装備と魔界の武器に関してなんですが――――」
「ああ、それはな――――」
(あが、あががが! 仕事が、仕事が終わらなくなる! けど氷室、頑張ってるし! 他の仕事しながらじゃ氷室が伸びないし! アビャァァァアアアア!!)
PM4:00。
本日の授業が終了し、空いた時間で質問に来た生徒に、にこやかに答える苦労人。
彼の仕事ぶりに妥協はない。教師として、対魔忍として、絶対に妥協しない。これがプロの心意気である。
「…………(真っ白)」
「お、お疲れ様です。弐曲輪先生」
「…………(チーン)」
「峰麻先生、放っておきましょう。こうなった奴は、何の反応も示さんでしょう」
「蓮魔先生…………そう、ですね。弐曲輪先生、お先に失礼します」
PM6:00。
本日の仕事をやり遂げた苦労人の表情は、達成感で満ち溢れていた。
同僚達は、それを邪魔はすまいと手短な挨拶と共に立ち去っていく。この細やかな挨拶こそが、苦労人の最大の報酬だ。
そして、彼が今日一日で熟した仕事は、他の者では3日は掛かる量であった。これが彼の
無知な科学者には辿り着けぬ境地がある……。
努力と疲労に滅びゆく肉体の鬩ぎ合いの果てッ、常識を凌駕する存在ッ!!!
日に72時間という矛盾した労働のみを条件に存在する名ッッ!!
十数年その拷問に耐え、彼は既に苦労人の称号を手にしているッッッ!!!
「あ、虎太兄、おかえりー」
「おかえりなさい、今日も一日、お疲れ様です」
「ああ、ただいま」
「ふふ、今日はゆきかぜちゃんが頑張って夕飯を作ってくれましたよ」
「そうか。喰えるんだろうな?」
「虎太兄、さいってー。大丈夫ですー、凜花先輩にちゃんと教えてもらったんだから!」
「ふーん。実際のところは?」
「…………自分なりのアレンジを加えるのは、もうちょっと基礎が出来たからの方がいいかしら、ね」
「だってよ。アレンジャーか、お前は」
「うぅ、虎太兄も凜花先輩も酷いよぉ。でも、次からは気を付けます」
「偉い。偉いよぉ、ゆきかぜちゃぁん。反省して改善するって、とっても大事なことだよぉ!」
(虎太兄、結構キてる)
(お疲れ、ですね)
PM7:00。
帰宅した苦労人を待っていたのは、彼の可愛い女たるゆきかぜと凜花であった。
これには苦労人の顔もホッコリと綻んでいる。仕事の辛さなどおくびにも出さない。公私を分けるプロフェッショナルの鑑である。
そして、そんな彼の苦労に気付きながらも、何一つ言わずに支えようとする二人の愛もまた美しい。
「…………微妙!」
「うぅん、何処で間違えたんだろう。ちゃんと味見もしたんだけどなぁ」
「味見をした後に、火を通し過ぎたみたいね。次は気を付けましょう?」
「はーい。ごめんね、虎太兄」
「いや、成長が感じられる良い味でした。続けて、努力するように」
「はい、了解しました隊長殿!」
PM8:00。
冗談を交えつつも、和やかな団欒の一時。彼の数少ない癒しの時である。(但し、完全に癒される訳ではない)
「これで、洗い物は終わり、と。凜花先輩、そっちはどうですか?」
「掃除は終わり。洗濯機も予約を入れたし、大丈夫よ」
「よーし。虎太兄、お風呂にしよう?」
「え? 何、誘ってる? オレのこと誘ってる?」
「違います。もう、分かっている癖に、そんな冗談ばっかり」
「虎太兄の背中を流してあげるの。疲れてるし、汗も掻いてるでしょ?」
「じゃあ、お願いしようかねぇ」
「「はーいっ♪」」
PM9:00
こうして、苦労人の一日は終わりへと向かっていくのである。せめて、一日の終わりくらいは平穏を願ってもよいだろう。
「はふぅ……♡ もう、虎太兄のH。アレだけ駄目だって言ったのに、凜花先輩と一回ずつなんて♡」
「いやいや、お前等があんなソーププレイまで覚えてきたから、つい、な?」
「な? じゃ、ありません。そもそも、先に手を出したのは虎太郎さんでしょう? あんないやらしい手付きで身体を洗われたら、女なら誰だって……♡」
「そいつぁ悪かった。……で? 一回で満足か?」
「本当にズルい人。そんな聞かれかたされたら……」
「……我慢、できないよぉ♪」
「気にするな気にするな。仕事とコレは別モンだから。お互い楽しむとするか」
「あ、虎太兄は寝てるだけでいいよ。私達が動くから。虎太兄が教えてくれた、とぉーってもいやらしい腰の使い方とぉ」
「卑猥で下品な喘ぎ声を――」
「「たぁっぷり、楽しんで♡」」
PM11:00
これにて苦労人の一日は終わりを迎える。
因みに、本日は平常運転である。もう一度言う、これが彼の平常運転である。変わらぬ日常である。
頑張れ、苦労人! 負けるな、苦労人!
彼の両肩には対魔忍という組織の命運と彼を愛する女の将来がかかっているのだから!
―――――
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―――
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「なぁにこれぇ……」
『いえ、ゆきかぜ様、凜子様、凜花様の三名が虎太郎の日常を知りたいというのでPV風というか、ドキュメンタリー風で纏めてみたのですが、如何でしたか?』
「…………いい出来だ。そうだろう、凜花?(震え声)」
「ええ、とっても(白目)」
「………………うっ、頭が!」
「お、お母さんまでダメージ受けてる、なんで!?」
「ご、五年前の苦労を思い出して、少し。これから、あの生活に戻るのね…………戻るのね(涙)」
救出班のミーティングルーム。虎太郎の苦労を知った彼の女たちは各々の反応を見せながらも、一様に重苦しい溜め息をつく。
アルフレッドの纏めたものだ。嘘など入っていようはずがない。彼女達も、そこここで映っていたのだ。どれだけの仕事量であったかを知らぬわけではない。
「はぁぁ、終わった終わった。マジでオレを殺す気だな。どいつもこいつも地獄に落ちてくんねーかなぁ」
「虎太兄っ!!」
「……ん?」
「ふぇ? 避け――――ふぎゅ!?」
「え? 何この展開? 何この空気?」
ミーティングルームに足を踏み入れた虎太郎に抱き着こうとしたゆきかぜであったが、軽く躱されて閉まったドアに熱烈なキスをかます。
虎太郎も反射的に避けただけで、唐突なゆきかぜの行為とミーティングルームの空気に、表情を変えないまま困惑していた。
そして、困惑する虎太郎に、実は、とアルフレッドが説明を始める。
「おい馬鹿やめろ。オレが自分の仕事量再認識したら死にたくなるから」
「うぅ、あなた、ゆきかぜ、ごめんなさい。
「ほらぁぁぁぁ! オレ以外でダメージ受けてる人いるじゃん! 不知火、落ち着け! 絶対、淫魔族のところに居た方が楽だったから!」
「どんな慰め方をするんだ、貴方は!?」
「事実! 事実だから!
「うぅ……いたい」
「ゆきかぜちゃん、大丈夫?! と言うよりも皆が大丈夫!?」
一瞬で阿鼻叫喚と化すミーティングルーム。
苦労人と苦労人を愛した女の苦労は、まだまだ終わらない。彼の