※この作品はR-18です。

対魔忍アサギ 苦労人奮闘記   作:HK416

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『苦労人に慈悲はない。敵だけでなく、同盟相手でも同じこと。全員纏めてハイクを詠め』

 

「では、今回の内容については、この程度で」

 

「ええ、このくらいが妥当でしょう。我々は兎も角、現場や最前線を担おう者同士で信頼関係が構築されたわけではないですから」

 

 

 対魔忍と隼人学園とのエドウィン・ブラックに対する共同戦線。

 その初回の交渉は、紫の緊張に、虎太郎の考えに反して、(つつが)なく、何の滞りもなく終了した。

 交渉と言うよりも既定路線に入っただけのような、始めから着地点が決まっていた会議のようだった。

 

 まずは情報の共有のみ。

 

 続き、対ノマドの共同戦線は隼人学園の中心たる北絵、東と二人が選考した部隊が出向する形を取る。

 その間の戦力の輸送、敵の情報収集、物資の提供は対魔忍側が執り行う。

 手を組んだというよりも、まずは互いを探るような擦り合わせである。

 

 虎太郎としても、初手にしては十分であると認識していた。

 余り相手側に深入りし過ぎれば、相手の責任まで背負わざるを得ない状況になりかねない。

 そうするに足る存在なら問題ないが、対魔忍側も、隼人学園側も、決断するには判断材料が少なすぎるからだ。

 

 

「………………疑問だわ」

 

「ちょっと、カーラ……?」

 

「…………一体、何がでしょうか、カーラ・クロムウェル殿」

 

 

 今の今まで口を開かず、事の推移を見守っていた女王が、唐突に口を開いた。

 その表情は怜悧なまでの美しさを保ちながらも、ある種の疑念が浮かんでいるのは一目瞭然であった。

 北絵と東はカーラの言葉に視線を向け、側近であるマリカも予測していなかったのか、同様だ。

 

 最も動揺していたのは紫であった。

 面にこそ出ていなかったが、咄嗟に口にした言葉には分かる者には分かる震えを孕んでいる。

 不安が残る事案が問題なく終わった瞬間に、何がしか不測の事態が起きれば当然だ。

 

 何の疑問も不可思議も感じていないのは発言したカーラ。

 そして、このまま終わるなどと信じていなかった虎太郎のみである。

 

 

「貴方達、対魔忍と手を組むこと自体がよ」

 

「何を言うかと思えば……この共同戦線の提案は隼人学園側の――」

 

「その程度のことは理解しているわ。ただ、私は隼人学園の一人の友人として、当然の権利を行使しているだけ」

 

 

 紫にしてみれば、カーラの発言は難癖以外の何物でもあるまい。

 不安から生じた怒りを必死で抑え、努めて冷静さを保ちながら、紫は不足の交渉に臨むつもりだ。

 

 その様子に、虎太郎は内心で溜め息を吐いた。

 彼女の姿勢は戦闘においては正しい。不足の事態に対応できずして、何が戦闘者か。

 だが、少なくとも虎太郎にとって、交渉においては間違った姿勢である。

 

 

「そもそも、対魔忍のトップ――井河 アサギだったかしら? 彼女も敵の手に堕ちたことがある、とか」

 

「10年以上も前の話を持ち出されても困ります。今現在の我々の組織力を考えれば――」

 

「では、“幻影の対魔忍”については、どうなのかしら? 数年間、何の噂も聞かなかった凄腕が、ここ数ヶ月で突然、活動を確認され始めたのは、何故?」

 

「それは………………」

 

 

 痛い所を突かれた紫は、それ以上の言葉を継げなかった。

 “最強の対魔忍”井河 アサギ、“幻影の対魔忍”水城 不知火。両者共に対魔忍の最高戦力である。そんな二人ですらが、敵の手に堕ちた。

 そこには語られることのない事実があるものの、語るに語れない。

 

 ――指令を出した側が敵と内通しており、まんまと罠に嵌りました。

 

 二人が捕まった事実はそれだ。

 問題があるとするならば、対魔忍の上に位置する政府内部に闇の住人共が巣食っている現実であるが、何の言い訳にもなりはしない。

 組織力云々以前の話だ。実力者ですらが捕まる組織。一体、そんな組織を誰が信用するというのか。

 

 

「答えられない、というのなら仕方がないわね。北絵、今回の件は白紙に戻した方がいいわ」

 

「な、何を……! そもそも、今回の提案は其方からの要請があってこそ! そのような言い分が――」

 

「そうね。でも、だからこそ、此方も選ぶ権利はある。貴方達の不手際に我々が巻き込まれるのはゴメンだもの」

 

 

 とんだ梯子外しもあったものだ。だが、それも当然の帰結。

 

 誰とて泥船に相乗りなど御免被るだろう。

 ましてや、北絵にせよ、カーラにせよ、多くの部下を持ち、その命を背負っている。

 手を組んだことで生じる利益よりも、手を組んだことで生じる不利益が上回ると判断すれば、この態度も無理はない。

 

 

「――――し、しかし!」

 

「其処までだ、八津さん。今のアンタは冷静さを欠いている。オレが変わるよ」

 

「に、弐曲輪……!」

 

 

 虎太郎はソファから立ち上がりかけた紫の肩に手を置き、動きを制した。

 交渉経験の薄い紫に、経験を重ねさせる為に、今の今まで黙っていた虎太郎であったが、これ以上は見過ごせなかった。

 

 ここで紫が下手な発言を繰り返せば、墓穴を掘る。

 墓穴を掘った分だけ、対魔忍側は不利な条件を突き付けられる羽目になるだろう。

 

 

「さて、先程の話だが、井河 アサギ、水城 不知火に関しては、どちらも事実だ。二人は敵の手に堕ちたが、現在でも戦い続けている。問題ない筈だが……?」

 

「……意外ね。その事実を認める、というの?」

 

「認めざるを得ない。事実だからな。ここで詰まらない嘘を吐いて後に不審を買うよりかは、此処で印象を地に落とした方がマシだ」

 

「つまり、それを回復させるだけの手段があると……?」

 

「ああ、勿論。相手の欲しいものを目の前にぶら下げるのは交渉の基本。その欲しいものは、二人が敵の手に堕ちた事実を帳消しにするものという自覚がある」

 

 

 薄らと笑みすら浮かべて、虎太郎は取り出した携帯用PADをカーラに向かって差し出した。

 

 PADを受け取ったカーラは画面に表示されたデータに目を通し、僅かばかりに表情を変える。

 その後ろで控えていたマリカの変化は更に大きい。まるで信じられないものを見ているかのような表情だ。

 二人の変化は虎太郎が目を付けるのには充分であり、また自らの思惑の成功を確信するにも十分過ぎた。

 

 PADの中に入っていたのは、九郎が数ヶ月の時間をかけ、苦心して集めた吸血鬼の王国ヴラド及びグラム・デリックの組織に関する情報であった。

 

 王国ヴラドに関しては国の中枢たる貴族の情報を中心に、国交、物流を中心とした国力が詳細に調べ上げられている。

 グラムの組織に関しては、何処の組織と繋がりがあったのか、何処の国の要人と取引があったのか、何を売り、何を買っていたのかまで。

 

 

「其方からの提案を聞いた時、オレが考えたのは、其方が此方に最も求めているのは何か、だった」

 

「………………」

 

「隼人学園、女王様お抱えの暗殺騎士団。共に強大な戦力だが、ブラックの抱えるノマドの戦力には見劣りする」

 

「つまり、戦力的な不安から提案を求めた、と?」

 

「そんな筈はない。一国の王とその友人かつ同盟である隼人学園が、戦力が足りないから手を貸してください、などという訳もない」

 

 

 戦力が足りないのは事実であるが、簡単に認めるわけにもいくまい。

 ヴラドと隼人学園の間でならば認めてもいいが、対外関係を考慮すれば決して表にも、面にも出してはならない。

 両者の実情、弱体化を知れば、闇の組織は(こぞ)って潰しにかかる。国公認の機関であっても、吸収して自らの力としようとするだろう。

 

 闇の組織にしてみれば、両者は目障りな厄介者かつ危険な存在であるが故に。

 国公認の機関にしてみれば、両者は独自の意志と行動権を与えられた存在。味方ではあるが、制御が出来ない以上は制御をしたがるのは無理もない。

 

 よって、戦力が足りないという単純な理由ではない。

 

 

「他にも手を組める組織や機関は色々あった筈だ。特に米連の一部の機関はブラックを毛嫌いしているからな。にも拘らず、対魔忍を選んだのは何故か」

 

「でも、それは推論ではなくて?」

 

「その通り。だが、情報が揃えば見えてくる。嫌と言うほどね。推論は推論に過ぎないが、確信に近い推論であるのならば、話は別だ」

 

「…………それで?」

 

「端的に言おう。其方が求めているのはオレ達の情報収集能力だ」

 

 

 虎太郎の推論は、こうだ。

 戦力的にノマドに劣っている以上、カーラも直接的な戦闘行動は極力避けたい。

 戦力差を覆し、被害を極限する方法は一つ。

 

 世界中に広がったノマドの戦力が集結するよりも早く、エドウィン・ブラックの首を掻き取ること。

 

 無論、ブラックの周囲には彼を守る為の戦力が集っているのは間違いない。……間違いないが、程度は多寡が知れている。

 ブラックが人界の何処かに居るのは分かっているが、その足取りはようとして知れない。何処の組織も、である。

 ならば、護衛となる戦力は精鋭揃いではあるだろうが、総数はそれほどでもない。もし戦力の総数が多過ぎれば、何処の組織の網を潜り抜けることは出来ない。

 

 相手の少数戦力に、此方の最大戦力を以て急襲。カーラの考えは、それだ。

 

 その為に必要なのが、情報収集能力である。

 ブラックの思惑を看破し、先制を得るには精度の高い情報収集能力が不可欠。

 精度は高ければ高いほどいい。無駄に躍らされる不安がなくなるからである。

 

 

「因みに、だが、この情報はたった一人の対魔忍によって集められたものだ。この意味が分かってくれるな?」

 

「そう、一人でこのレベルであれば、複数人で当たれば…………」

 

「まあ、そうなるかな?(どう考えても九郎一人でやった方が精度も良いし、相手にもバレんけどな。でも嘘じゃない。オレと九郎とアルで当たれば十分だから)」

 

 

 いけしゃあしゃあと嘘を吐き――いや、彼の言い分を尊重するのであれば嘘は言っていない。ただ、真実を語っていないだけである。

 彼にしてみれば、真実の一部分を隠すことで相手の思考を誘導するなど初歩の初歩であるようだ。

 

 

「それにお宅も、結構危うい立場のようだしな」

 

「どういう意味かしら……?」

 

「内部不安を抱えているんだろ? 国の現状を調べれば分かる。グラムのやり方に賛同する連中も少なくない、だろう?」

 

 

 王国ヴラドが結んだ条約は、先王が強硬的に推し進めたものだった。

 当時、貴族から多くの反発はあったものの、先王の根回しと圧倒的な力で抑え込まれた。

 結果としてみれば、人間側の文明が急速に成長したこともあり、先王の判断を先見の明もあり、英断と認めざるを得ない。

 

 だが、認識と納得は別物だ。

 その最たるものこそが、グラム・デリックである。

 

 人と吸血鬼も精神性に変わりはない。

 例え、正しい行い、正しい判断と言えども、強硬に推し進めれば反発を生む。

 生まれた反発は決して消えない。況してや、それが自らの存在意義に関わることであれば尚の事。

 

 その事実を指摘されたカーラの表情は険しい。

 先王の思惑がどういったものであったにせよ、彼女は本気で人を友として見ているのは間違いない。

 この友好と親愛が人間側にも、吸血鬼側にも伝わらない現実は、何よりも苦々しさを味合わせているに違いないだろう。

 

 

「…………ふふ」

 

 

 虎太郎が言うべきことを言い終わると、カーラは険しかった表情を崩した。

 

 

「ご満足頂けましたかな、女王様?」

 

「ええ、とても――――それから、今までの無礼な発言と態度の数々、これから共に戦いの辛苦を共にするものとしてあるまじきものでした。ヴラドの女王としても、私個人としてもお詫びします」

 

「か、カーラ様……!」

 

 

 綻んだ表情を引き締め、カーラは恭しく頭を下げた。

 

 一国の王として、まずありえない態度である。

 王は決して謝らない。例え、己の選択が間違っていたものだとしても、決してだ。

 非を認めるということは、隙を生むということ。自ら、王足りえないと語っているようなもの。

  

 側近であるマリカが、冷徹な無表情すら忘れて、慌てふためくのも無理はなかった。

 

 

「ほら、八津さん。こっちもちゃんと答えなきゃだろ?」

 

「あ、いや、その、頭を上げて……」

 

「違う、そうじゃない。こっちが――――というか、アンタが言うのは礼だろ?」

 

「………………は、はぁ?」

 

「女王様はな、アンタを試してくれたんだ。あのまま押し切られても、何も無茶な要求なんぞしなかっただろうよ」

 

「――――はぁああッ?!」

 

 

 虎太郎の呆れ切った言葉に、紫は対外用の仮面すら忘れて、悲鳴のような声を上げた。

 

 

「あら? そこまで分かっていたの? なら、とんだ茶番だったかしら?」

 

「いやいや、こっちも勉強になった。八津さんは交渉事には慣れていないからな」

 

「……カーラ様。面白そうと思うと、勝手な真似をして」

 

「カーラ、止めてちょうだい! 折角、纏まった話が無駄になるところだったでしょう?!」

 

「あー、あー、そういうこと。女王様、話が始まる前と態度が違ったからおかしいとは思ったけど、そういうこと」

 

「……………………」

 

 

 分かっていたのはカーラと虎太郎だけだったようだ。

 マリカはがっくりと肩を落とし、北絵は悲鳴を上げて非難し、東はようやく納得したと呆れたような表情を向け、紫は無言で顔を引き攣らせていた。

 

 

「ごめんなさい。貴女があんまりにも不安そうな顔で緊張しているから、つい、ね」

 

「……あ、はっ! い、いい、いくらなんでも悪戯が過ぎます!」

 

「悪戯じゃない、教育だ。こんなに優しい先生は他に居ないぞ。授業料もロハなんぞ、破格もいいところだ」

 

「に、に、にに、弐曲輪! 貴様も貴様だ! 何故、言わなかった!」

 

「言ったら意味がないから。交渉も経験を積まなきゃ話にならない。良い経験になったろう?」

 

「に、弐曲輪ぁぁあああぁぁぁぁああっ!!!」

 

 

 交渉の雰囲気は何処へやら、少なくとも虎太郎と紫は何時もの調子を取り戻していた。 

 その様子に、カーラと東は笑みを浮かべ、北絵とマリカは頭痛でも感じているのか頭を押さえて首を振っている。

 

 

「では、北絵と東ひいては隼人学園だけでなく、我々も対魔忍と――――」

 

「と、済まない。本部から連絡だ。こりゃ相当、緊急みたいだな」

 

「………………ん?」

 

 

 カーラが改めて、対魔忍との同盟を歓迎する旨の発言をしようとした瞬間、虎太郎の持っていた携帯端末が通信を報せた。

 

 皆が一様に虎太郎を咎める視線を向ける。

 当然である。この重要な会談、交渉の場で、如何に緊急とはいえ携帯を鳴らすなど非礼以外の何者でもない。

 

 そんな中、東だけは虎太郎の態度に違和感を覚え、首を傾げていた。

 東の勘は異常に鋭い。時には未来予知じみた結果すら生むのである。

 その勘が何か言葉に出来ない何かを感じ取ったのであろうが、生憎と東にはそれを言葉にする術を持っていなかった。

 

 

「…………――――面倒なことになった。八津さん、ほらよ」

 

「弐曲輪、いい加減にしろ。いくら緊急とは――――――?!」

 

 

 虎太郎が投げて寄越した携帯端末に視線を落とした紫の表情は愕然に染まった。

 どうやら、余程重要な内容であったらしい。他の4人も、表情から嫌でも分かる。

 

 

「そういうことだ」

 

「どうしたのかしら?」

 

「いや、本当に申し訳ないのだが、今回はこの辺りで勘弁してもらえないか? オレではなく、八津さんが前から請け負っている任務で急転があったみたいだ」

 

「……おいおい、必要だったら手を貸すぜ?」

 

「…………いえ、それには及びません。それに、その、かなり秘匿性が高い任務ですので、申し上げにくいのですが……」

 

「私達にも明かせない、のね。構わないわ、其方の方を優先してちょうだい」

 

「ちょ、ちょっとカーラ! 勝手なことを……!」

 

「いいじゃない。話は纏まっているわ。私が掻き回してしまったけれど、これ以後は恙なく、でしょう?」

 

「勿論――とはいえ、任務の件もある、此方から連絡を入れて改めて、という形になってしまうが」

 

「………………はぁ、全く。我が儘な女王様が味方に居ると大変だわ。此方としても構いません。ですが、可能な限り速く連絡を頂きたいわ。そして、可及的速やかに同盟を結んで下さい」

 

「承知しました。では、失礼を」

 

 

 カーラの提案に、北絵は慌てながらも、渋々ながら提案に同意する。

 既に話の大部分は纏まっており、対魔忍の有用性は十分に確認した。

 ここでゴネて、相手の機嫌を損ねて交渉が長引くよりも、相手の都合を慮って譲歩した方が得策、と判断したのだろう。

 

 虎太郎は慇懃に、紫は礼節を損なわず、二人同時にソファから立ち上がり、理事長室を後にしようとした。

 

 

「ああ、それから弐曲輪さん?」

 

「…………何か?」

 

「今後、隼人学園ではなく、私達と対魔忍との交渉だけど、交渉相手には貴方にお願いしたいわ。話が速く済みそうだもの」

 

「残念ながら当店は指名制では御座いません。当面の間は、此方の八津 紫がお相手しますので、ご容赦を」

 

「あら、残念――――でもないわね。なら、教師役として、教鞭を振るわせてもらうわ」

 

「…………お、お手柔らかに」

 

 

 虎太郎は完璧な営業スマイルを、カーラは無邪気で屈託のない笑みを、紫はこれからの苦労を思って引き攣った笑みを浮かべた。

 

 こうして、対魔忍と隼人学園、及びヴラドとの交渉と会談は終わった。

 詳しい内容は、今後の会談によって明確になっていくことだろう。

 

 ――その水面下では、闇の者ならではの策謀と謀略が渦巻いていたのだが、それを知る者は、同じ闇の中から生まれた二人の男のみであった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「ふん。カーラの奴め、何処まで私の邪魔をすれば気が済むのだ」

 

「ん、ちゅ……じゅ、んぶぅ、んんぅ、んれぇ……ちゅぶ、んじゅぢゅぅぅ」

 

 

 虎太郎と紫が交渉に訪れた夜。

 理事長室では粘着質な吸着音と、濃密な牝の匂いで満たされていた。

 

 ズボンのチャックを下ろし、剛直を晒した状態で理事長室の椅子に座っているのは、誰あろうグラム・デリックである。

 

 数年前に、王国ヴラドでカーラとマリカの手によって。

 数ヶ月前に、日本においては虎太郎の手によって。

 数週間前に、隼人学園近辺でカーラとマリカのみならず、北絵、東の手によって殺された筈の吸血鬼。

 

 持ち前の吸血鬼としての能力。かねてより研究を続けていた寄生蟲の能力。更には拡大を続ける自らの組織の力。

 これらを以て、彼は三度の死線を潜り抜けた。

 

 それどころか、今回に関しては大胆を通り越して無謀ですらある手段に打って出た。

 

 敵の本拠である隼人学園への潜入である。

 通常は不可能だ。隼人学園に施された結界は強力を通り越して凶悪ですらある。

 カーラやマリカといった上位に位置する吸血鬼ですら、北絵手製の“禁則破りの印”なしに超えようとすれば、消滅とまでいかずとも動くこともままならない。

 

 その難関を、グラムは寄生蟲の力で乗り越えた。

 元の肉体を捨て去り、寄生蟲で乗っ取った人間の身体に魂と人格を移し替えたのだ。

 今、彼の肉体となっているのは、この隼人学園で教鞭を握っていた男性教師である。残念ながら、彼の人格も魂も、グラムに身体を乗っ取られた時点で既に失われている。

 

 隼人学園に侵入したグラムが、ただ待っているはずもない。

 その下卑た欲望を満たす為の、最初の贄となったのは――――

 

 

「んれぇ、ろ……如何、れふかぁ、ご主人様ぁ♪」

 

 

 ――理事長である上原 北絵であった。

 

 忌むべき吸血鬼に対し、蕩けた瞳で媚びを売り、肉棒に必死ですらある口奉仕をする様は、牝奴隷そのものだ。

 

 寄生蟲は快楽によって宿主の神経系に癒着していく。

 アムリタと呼ばれる吸血鬼の血液を元にした媚薬と度重なる凌辱調教によって、北絵は既に陥落していた。

 昼間、表向きに見せていたのは仮面。与えられる快楽を求め、媚びる姿こそ、グラムが決定した北絵の第二の人生であった。

 

 

「まあ、いい。このまま、あのクソ生意気な女王も死神も、狩人も――――何よりも……!」

 

「ぐ、ヴっ!? ごぉぅ!? んぐぐっ!! ぶぼっ!」

 

「忌々しい対魔忍――才谷 梅太郎も、恥辱の限りを尽くし、屈辱の果てに殺してやる!」

 

「ぐぼぼぉぉおおおぉぉおぉっ♡」

 

 

 北絵の髪を掴むと、強制的にイマラチオを開始した。

 嘔吐く北絵などお構いなしに、咽喉を犯し、相手のことなど一切考えずに射精を楽しむ。

 

 食道全てを犯す量の射精に、北絵は窒息と賢明に戦いながら精液を飲み下していく。

 まともな女であれば嫌悪しか抱かないであろう一方的な快楽の享受であったが、北絵は鼻から精液を垂らしながらも、表情は恍惚に染まっていた。

 

 

「んじゅぅぅ、ぽん♪ んへぁ、ご主人様、ご褒美、ありがとうございますぁ♡」

 

「この程度では済まざんぞ、北絵。褒美が欲しければ、もっと私に尽くせ。まだまだ働いてもらうぞ!」

 

「はいぃぃ、お任せください! カーラも、マリカも、東先生も、対魔忍も、全てご主人様に捧げますわ♡」

 

「く、は。くはははは! 待っているがいい、才谷 梅太郎! 貴様の女も、立派なメス奴隷にしてやろう。貴様の目の前で犯してやる!」

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「と、オレがテキトーに考えた偽名を叫んで掌の上で踊り狂ってるグラム叔父さんが言っております――――アル、録音したか?」

 

『勿論です――――が、こう、もう少し、北絵様に対して心遣いと申しますか……』

 

「知らん。全部全部、自己責任ですわ。オレは悪くない」

 

「その通りだがな! 貴様は、本当に最低の男だな!!」

 

「ああ、そうだよ? 知ってたろ?」

 

 

 隼人学園から2kmの地点にあるビルの屋上で、理事長室で起きていた狂宴を覗いている人物がいた。

 言うまでもなく、虎太郎とアルフレッド、紫である。

 

 虎太郎はスナイパーライフルのスコープで、理事長室で哄笑するグラムの言葉を読唇術で読み取っていた。

 アルフレッドは交渉の際、虎太郎が仕掛けた盗聴器から北絵とグラムの会話を録音。

 紫は念には念を入れて周囲の警戒をしていた。

 

 交渉の際、急な任務を入った、というのは言うまでもなく嘘である。

 アルフレッドが虎太郎の命令で、端末に通信をしただけで内容など何もなかった。

 そして、紫に投げた時、画面には簡潔に現状を伝える一文を打っておいたのである。

 

 

『グラムがこの学園に居る。話を合わせろ』

 

 

 事前にグラムの存在を知っていた紫は、表に出た動揺を、虎太郎の出まかせに合わせたのである。

 

 とは言え、綱渡りに変わりはなかった。

 特に、東の直感は確かに虎太郎の策謀を感じ取っていたのだから。

 彼女が下手な発言をすれば、グラムに何らかの違和感を与えかねなかった。

 

 

「それで、どうするつもりだ」

 

「救出班の強権を発動させて貰う。アル、急ぎアサギに連絡を」

 

『既に終わっています。返信は――――ありました。許可が下りましたよ』

 

「流石にお前は優秀だな。では、救出任務を開始する。内容は隼人学園の全生徒、全教師の救出だ。今回は、お前も加わってもらうぞ、紫」

 

「当たり前だ。あのような男、生かしておけるか!」

 

 

 ふん、と鼻を鳴らし、大きい胸の下で手を組んだ紫はソッポを向く。

 グラムを倒す、殺すことに関しては何の不満もあるまい。あるのは虎太郎の命令で動かなければならないことである。

 

 まあ、気持ちは分からないでもないだろう。

 虎太郎の策は、悪辣に過ぎる。何よりも彼女にとって腹立たしいのは、それでもなお効果的であるという点だった。

 

 

『では、初手は何を……?』

 

「ああ、何もしない、だよ」

 

「…………え? あ、はぁっ!? き、貴様、正気か!?」

 

「はい、正気です。とても狂ってる奴には思いつかんと思うがなぁ。それが一番良い。誰が敵で誰が味方か分からんのなら、全員が敵になるまで待つ。その内に、此方は戦力を整え、包囲網を完成させ、封殺する」

 

『……いや、確かにその通りですが、一言だけ言わせてください!』

 

「この最低男!」

 

『このドライモンスター!』

 

 

 虎太郎の考えは、あまりにも無慈悲であった。

 カーラも、マリカも、北絵も、東も、隼人学園の生徒すらも、一時的に見捨てると言ったも同然である。

 

 敵の目が内に向けている間に、虎太郎は外堀を埋めるつもりなのだ。

 その間、彼女達が受けるであろう凌辱も、調教すらも黙認する。

 

 敵になるならばなるで構わない。その方が、目に映っても分からない敵を探すよりも精神衛生上よろしい。

 

 たった、それだけ。たったそれだけの理由で、この策を決めた。

 初対面とはいえ、アレだけ破格の評価を自身に与えたカーラですら全く気にも留めない行為である。

 

 事が終わった後、正気を取り戻した彼女達は虎太郎に対して、強い怒りを向けるのは間違いない。

 だが、そんな分かり切ったことをそのままにしておく男でもない。彼女達が、ぐうの音も出ないほどの理由と成果を用意して、黙らせてしまうことだろう。

 





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