※この作品はR-18です。

対魔忍アサギ 苦労人奮闘記   作:HK416

46 / 66




Carla The Blood Lord編その2
『まあ、苦労人の思い通りに事が進むことはあっても、楽だけは出来ないんだよね、うん』


 

「私は反対だ!」

 

「何度も言うが、却下だ。聞き分けろ」

 

 

 虎太郎とアルフレッドが仮拠点に選んだのは街中にある30階立ての高級マンションであった。

 30階に位置する部屋は隼人学園の監視も行え、住居者も少ない。

 元々は高額所得者を対象にして建築したのだろうが、近場にスーパーやディスカウントショップと言った日常の中で必要となる消耗品を買える店がなかったからか、今や廃れた状態だ。

 監視、拠点とするのは持ってこいの場所である。家具も元々備え付けられており、入居契約さえ結んでしまえば、何の不信も違和感もなく潜り込める。

 

 その一室で紫と虎太郎は、討論を――と言うよりも、紫が虎太郎に一方的に噛みついているだけだが――交わしている。

 

 紫に視線すら向けず、虎太郎は机に向かい、一枚の巨大な紙の上に見取り図を書き起こしていた。

 言うまでもなく隼人学園の全体、校舎と寮の見取り図だ。

 校舎は実際に内部を案内された記憶を元に、寮は内部に足を踏み入れていないが故に外観から建築様式と内観を予測する。

 

 欲を言えば、隼人学園の建築時の資料を手に入れたかったが、生憎と時間がなく、敵に察知されるリスクを考えれば手を出すには不安が残る。

 もっとも、校舎はほぼ完璧に、寮でも8割に近い精度の見取り図が完成しかけている。十分過ぎるだろう。 

 

 

「聞き分けられるものか! 仮にも同盟相手が洗脳されていくと言うのに黙って見ていろだと!? 巫山戯るのも大概にしろ!」

 

「……………………」

 

 

 虎太郎の方針を聞いてからと言うもの、紫はずっとこの調子だ。

 

 理屈は彼女も十分に理解している。

 吸血鬼と人を見分けるのは手間がかかる。米連が開発した特殊なセンサー類、上原家が保有する結界術にかかるか否か、医学による血液、細胞、遺伝子検査。

 時間的にも、設備的にも、無理がある。

 

 そもそも、そんなものを隼人学園に持ち掛けたとして、トップである北絵が拒否すればそれまでだ。

 グラムと北絵の関係を示す証拠を提出したとしても、その程度の証拠ならばいくらでもでっち上げられる。

 

 カーラは確かに虎太郎へ破格の評価を与えたが、あくまでも交渉能力に対する評価である。

 人格的に信用を置いている訳でもなく、その証拠の真贋を判断するのに、時間を要するのは目に見えている。

 そうこうしている間に、グラムは北絵を囮にして逃げてしまうだろう。そうなった時、奴はもっと慎重に、もっと悪辣に、次なる手段を考えるのは目に見えていた。

 

 だからと言って、理屈が正しくとも、納得するとは限らないのが人という生き物だ。

 

 紫の頑なな態度に、虎太郎は大きな溜め息と共に定規とペンを置いた。

 

 

「成程、お前は正しい。お前の怒りも義憤も尤もだ。今この場で、正義は間違いなくお前にある」

 

「我々は対魔忍だ。正義と誇りを重んじ、闇に潜む外道共を――――」

 

「だが、それが隼人学園の人間に純粋に向けられているのなら、の話だがな」

 

「………………っ!」

 

 

 何処までも冷静に。

 何処までも冷徹に。

 言葉のナイフで紫の傷を抉るように。

 

 虎太郎の洞察眼と理解力は、紫の精神を詳らかにしていく。

 

 

「お前はかつての自分を奴等に重ねているだけだ。普段のお前なら、対魔忍の正義や誇りを口にしても、対魔忍の“日本を守るための暴力装置”という側面も忘れるわけがねぇ」

 

「…………っ」

 

「奴等を凌辱の魔の手から救ったとしても、お前の過去が変わる訳じゃない。日本を守れるわけじゃない。闇の世界で生きると自分で決めた連中と日本に住む無力で無価値な一般人、対魔忍としてどちらに重きを置くかなんぞ、考えるまでもないだろうが」

 

「………………ぐ、くっ」

 

「別段、それを否定するつもりもないが、最低限、オレの策に見合うだけの代案を用意しろ。自分だけが都合よく正義面か? 駄々を捏ねるだけならガキとどう違う」

 

 

 情け容赦のない暴露。

 心の何処かで理解しながらも、自分自身を必死で騙して覆い隠していた事実を突きつけられ、紫は唇を噛んで俯いた。

 

 理解と納得は別である。

 かつて紫に与えられた屈辱と羞恥、死にたくなるほどの痴態を考えれば、理解は出来ても納得など不可能だろう。

 

 虎太郎は紫の精神や考えを限りなく正答に近い形で理解しながら、理解しているからこそ全き正論で粉砕する。

 彼自身、正論や正しさを何一つ信じているわけではないにも拘わらず、返す言葉もない、そんな状態に追いやるためだけに正論を振りかざす。 

 そこで正しさを信じているのなら、信念の一つでもあろうものなら、紫も納得しただろうが、虎太郎を知っているからこそ納得できよう筈もない。

 

 

「………………か」

 

「――――あぁ?」

 

「悪いか。彼女達と自分を重ねて。お前には、理解は出来ても、共感しないお前には、私の気持ちなど、考慮に値しないのだろう……?」

 

「ああ、当然だな。そんな覚悟のない連中の思いなど、考慮する意味が分からねぇ。そもそもよ、犯されるなんぞ、そんなに辛く苦しい事かね?」

 

「っ、貴様という奴は……!」

 

 

 虎太郎の冷たすぎる小馬鹿にしたような科白に、紫は憎悪にも近い怒りの瞳を向ける。 

 虎太郎は今、アサギの、不知火の、さくらの、ゆきかぜの、凜子の――――多くの女の無念と苦しみを、下らないと笑ったも同然であった。

 

 己自身を嗤うのならば構わない。

 全ては自分の責任、自分の甘さが招いた事態に他ならない。紫自身、認める所である。

 だが、敬愛するアサギを、尊敬に値する不知火を、言葉や態度とは裏腹に信頼しているさくらを、自分の後に続く、誇りにすら思っている後輩を、嗤うことだけは許せない。

 

 自分を含め、彼女達は、既に心の傷を乗り越えている。

 乗り越えてはいるが、心に刻まれた傷は決して癒えない。

 

 ある日、ある夜、ある時、ある場所で。

 不意に、唐突に、突然に、何の前触れもなく。

 

 吐き気を催す嫌悪と自死を望むほどの衝動に駆られる者の気持ちが分かるまい。

 

 紫の怒りは正しい。

 彼女の無念と他者に対する思いやりは、どうしようもなく正しい。

 

 ――もっとも、それを向ける相手が虎太郎でさえなければ、の話ではあるのだが。

 

 

「何一つ共感できないね。似たような境遇に陥ったことはあるが、まるで共感できない」

 

「口から出まかせを……!」

 

「はあ? お前な、オレが犯されたことがねぇと思ってんのか? んなこたぁねぇぞ。ケツ穴掘られたことだってあるし、口に逸物捻じ込まれたことだってあるわ」

 

「………………っ?!」

 

「その上での感想だが、苦しい上に、ケツ穴がクソ痛ぇくらいのもんだ」

 

「………………」

 

「覚悟が足りねぇな。オレには泣き言にしか聞こえねぇ」

 

 

 全く、欠片も恥じる雰囲気すら見せず、虎太郎はつらつらと事実だけを述べていた。

 

 嘘など何もない。全ては真実。

 かつて虎太郎は、幼年期に単身、ヨミハラへと潜った。

 当時、ヨミハラのセキリティは現在ほどではなかったにせよ、厳重ではあった。

 虎太郎には時間的、能力的余裕などなかった故に、ヨミハラへと潜り込むために、目を付けた変態に身を差し出したのである。

 

 対象の性的指向を調べ上げ、奴隷商にあえて捕まり、対象に気に入られる少年を演じ、目的のために媚び諂った。

 

 もし仮に、当時の虎太郎に武器があるとするのならば、ふうまの頭領として学んだ技能でも、生まれ持った異能(邪眼)でもない。

 人並み外れた目的意識と覚悟、そして恥知らずさ――――異様な精神構造と異常な精神性こそが最大の武器である。それは今も変わらない。

 

 覚悟が足りない。

 

 虎太郎に言わせれば、その一言に集約される。

 それさえあるのならば、誇りも正義も地に堕ちない。決して他者に穢されることなどあり得ない。

 彼は決して誇りや正義を笑っているのではない。誇りや正義を認めた上で、そんな言葉を容易く口にする者の覚悟の無さを嗤っているだけだ。

 

 

「まあ、お前のそれを否定するつもりはないがな。オレの覚悟を他人に押し付けるつもりはない。間違っているのはオレの方だ、自覚はある」

 

「……………………」

 

「だからこそ、オレの判断を捻じ曲げたければ、オレが納得できるだけの案と策を用意しろ。そうすりゃ、一も二もなく頷いてやるよ」

 

 

 紫は、虎太郎を嫌っている。

 対魔忍としての誇りも正義も持ち合わせていない恥知らず振り。如何に相手が悪鬼外道であろうとも用いるべきではない手段の行使。

 正義も悪も同列に扱い、さしたる興味を示さない。第一に考えるのは己の身の安全と、楽に事を終わらせることばかり。

 人の道から外れている外道にも拘わらず、アサギや九郎から多大な評価と信頼を受けている事実。

 

 何よりも、自分ですら――ひょっとしたら、アサギですら凌駕する覚悟と言う名の圧倒的な精神力。

 

 どれもこれもが気に食わない。

 これがせめて別の男であったのなら、まだ割り切れたかもしれないが――――

 

 

「おい、紫。臍を曲げるなよ」

 

「誰がだ! お前の外道ぶりに腹を立てているだけだ! それから、それを止めることも出来ない私自身にな!」

 

「ふーん、そうかよ。それはそれとして、ちょっと耳を貸せ」

 

「何だ! 私とお前しかいないんだぞ、わざわざ耳打ちする必要などないだろう!」

 

「いいから、早くしろ」

 

「――――チッ」

 

 

 苛立ちを隠しもせず、露骨に舌打ちをして紫は虎太郎へと近寄っていく。

 心底から嫌そうな顔をして、虎太郎の顔に耳を寄せる。

 

 虎太郎が他者に聞かれたくない話をする時は、聞いた側が仰天するような内容である場合が大半だ。

 大抵の反応は、余りの外道ぶりに度肝を抜かれるか、余りのドライぶりに絶句するか、余りの容赦のなさにドン引きするかのいずれかに限られる。

 

 紫も何度も体験してきた事柄なので、ある種の覚悟を決めて、意識を耳に傾けていた。

 

 

「悪かった。オレも言い過ぎだったよ」

 

「――――――――は? んむっ?!」

 

 

 完全に不意打ちだった。

 紫は思いもよらなかった謝罪の言葉に、固まって目を丸くした。

 まさか、この男が形ばかりと言えども謝罪を口にするなど思ってもみなかったらしい。

 

 虎太郎は自分の非を認めれば素直に謝るが、非がなければ決して謝らない。

 少なくとも彼の理屈は冷徹でこそあったものの、間違いや非などはなかった。

 

 それが、何故。

 紫の思考が奪われた瞬間に、更なる不意打ちが襲いかかった。思考と同時に口唇まで奪われたのである。

 

 紫の後頭部を掴む強引さ。

 もう一方の手では、紫の手に指を絡ませて握り合い、互いの口唇の感触を確かめ合う。

 

 

「……………………」

 

「まあ、なんだ。オレの覚悟を、お前に求めるのは酷だろうからな。お前は、そのままでいい。もっと猪突猛進を辞めてくれると助かるが」

 

「……………………~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」

 

「あぁ、こりゃ下手こい――――――ぶふーーーーーっ!!」

 

 

 呆然としていた紫は、虎太郎の言葉と悪戯っぽい笑みを見ると爪先から頭の先までを真っ赤に染め上げる。

 見ようによっては林檎に見えないこともなかったが、次に出た行動は赤鬼のそれだった。

 

 顔を真紅に染め上げたまま、表情を鬼女のそれへと変化させると、紫は痛烈な平手打ちを虎太郎に喰らわせた。

 

 凄まじい音が虎太郎の頬から放たれ、余りの衝撃に脳髄がシェイクされる。さながら、ヘヴィ級ボクサーの右ストレートが直撃したかが如きダメージだ。

 ブレる意識、彷徨う視線はダメージと衝撃の大きさを物語っている。

 

 虎太郎の歪んだ視界では、紫がどすどすと女らしからぬ大股開きで部屋を後にしようとしている後ろ姿が見えた。

 

 

「おい、頼んでおいた人員の要請、忘れるなよ」

 

「分かっているっ!!」

 

 

 虎太郎の言葉を背に受けながら、怪力で壊れてしまいそうな勢いで紫は扉を締めた。

 

 本当に、気に食わない。

 ああいった女の点数稼ぎをして、事を有耶無耶にしてしまう不真面目な態度が気に食わない。

 挙句、断りもなく女の口唇を奪うなど、全くもって気に食わない。

 

 何より気に食わないのは、そんな不躾な行為すらが、自分にとって点数稼ぎになっている現実であった。

 

 紫にとって認めたくない事実であったが、彼女もまたアサギやゆきかぜと同様に、虎太郎の女であると自覚していた。

 桐生の魔の手に堕ち、肉体を改造されて堕ちる寸前のところを、さくらと共に救われた。

 その際、狂いそうな劣情を虎太郎の性技によって発散させて貰ったのが、当時の彼女は何を思ったのか、行為の最中に女になる、と呟いてしまった。

 

 以後、虎太郎に翻弄されながらも、ずるずると関係を引き摺っている。

 決して自分から望んだ関係ではなく、自ら抱かれることはなかったが、迫られると拒絶しきれない、そんな関係だ。

 

 本当に心底から最低の男と言い切れるのに、紫は拒絶出来ない。

 今回に関しても、平手打ちで済ませている辺り、紫の心境が滲み出ている。彼女の怪力ならば、平手打ちでも虎太郎の首はすっ飛んでいた。多分に加減をしていたのだ。

 

 そして今は、廊下を進みながら自らの口唇を指でなぞっている。まるで、もっとしたかったのに、と名残惜しむように。

 

 自らの無意識の仕草に気づき、自らの無意識の仕草の意味を察した瞬間、思わず紫は廊下の壁を殴り抜いてしまっていた。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「さて、情報がある程度出揃ったな」

 

 

 グラムの存在、隼人学園の危機に気付いてから3日。

 救出作戦の足掛かりとなる情報を揃えた虎太郎と紫は、仮拠点で精査を行っていた。

 

 

「まず、隼人学園内部の吸血鬼の存在だが、私達が来る以前から教師と生徒の何名かは入れ替わっていたようだな」

 

「本物の教師と生徒の方は、もう始末されたと見るべきだろうな。唯一の救いは、上原 北絵を手中に収めてから犠牲者が増えていない点か」

 

 

 この3日間の監視の結果、グラムが擬態している人間と複数人の吸血鬼が隼人学園内部に潜伏していることが分かった。

 まずグラムが擬態していたのは山川 芳樹という男性教諭であった。

 どのようにしてかは不明だが、元々隼人学園に在籍した教諭の身分や立場のみならず肉体までをも乗っ取って、グラムは内部に潜り込んだようだ。

 あとはグラムが隙を見ながら教師と生徒を拐かし、姿を変えて内部へと引き入れたのだろう。

 

 不幸中の幸いは、北絵を堕としたことでグラムにとって手間になる手段を取る必要がなくなったこと。

 結界を張った者、学園の全てを牛耳る中心人物を手に収めておけば、味方を内部に引き入れるなど容易い。

 頭は堕ちたが、手足や指先に直接的な被害が及ばなくなったのは、儲けもの。犠牲が少なく済めば、見捨てたという印象も多少はマシになる。

 

 

「それから、グラムおじさんの次の標的はマリカ・クリシュナに決まったようだな」

 

「待て、どうして分かる? 私も一緒に監視したが、そのような兆候は……」

 

 

 紫の言葉を遮るように、虎太郎が携帯端末を操作すると無数の空間ウインドウが展開される。

 ウインドウには隼人学園の内情を克明にするカメラ映像が映し出されていた。

 

 学園の廊下。校庭、教室の授業風景。理事長室での北絵とカーラの談笑。

 カメラを仕掛けるにしても何時の間に、と紫は唖然とした。

 ここ数日、虎太郎と紫は救出作戦実行に向けて同じ時間を共有しており、離れていた時間の方が少ないほどだ。

 とてもではないが、隼人学園に侵入してカメラを仕掛けてくる余裕などなかったはずだ。

 

 しかし、カメラの映像に合点がいった。

 

 

「学園の案内をされている時に仕掛けていたのか」

 

「まあ、そういうこと。もっと良い位置に仕掛けられれば良かったんだが、神村姉が近くにいたからなぁ……」

 

「グラムの存在に気付いて、慌てて仕掛けたわけか」

 

「いんにゃ、全く。グラムがいようがいまいが仕掛けるつもりでしたけど?」

 

「………………」

 

 

 カメラの位置は紫の見覚えがあるものばかり。東に案内されたルートとほぼ一致する。

 自分は東の説明や、アサギに報告する内容のことで頭が一杯だったというのに、この周到さである。

 

 虎太郎は虎太郎で当時は表に出していなかったこそいなかったものの、自分がカメラを仕掛けると、その素振りなど直接目にしていない筈なのに東が首を捻る度に冷や汗を掻いていた。

 尤も、東にバレたとしても白を切るつもりだったが。盗撮カメラなど虎太郎でなくとも仕掛けられる。いくら東の勘が神懸って良かったとしても、現行犯で抑えなければ意味がない。

 

 呆れた口調で虎太郎を睨みつけた紫であったが、彼の言に絶句した。

 元々、虎太郎は隼人学園にカメラを仕掛けるつもりだった。グラムの存在など関係がない。

 隼人学園の内部事情が見えてこなければ、安心できる同盟相手にはならない。下手をすれば、此方が売られかねないのだ。

 この程度の先制した情報収集、相手側のプライバシーなど虎太郎の知ったことではない。

 

 そのカメラ映像に、何も知らないグラムと北絵、そして罠にかけられようとしているマリカの姿が写っていたのである。

 

 

「各国合同の協議まで、およそ3週間。それまでに他の三人を堕とすつもりか」

 

「んー、まあどうかね。グラムおじさんの最低限の勝利条件はカーラ・クロムウェルの陥落だ。殺害の容易さを鑑みれば、神村姉は除外されるかもなぁ」

 

 

 マリカとカーラ。

 この二人はグラムにとって殺す訳にはいかない存在であり、能力的にも容易に殺せないはずだ。

 

 カーラは協議に必要となるために殺すわけにはいかず、吸血鬼の国に戻った際には傀儡となって貰ったほうが何かと事態を動かしやすい。

 マリカはカーラの側近であり、数百年に渡って影に日向に女王を支えてきた。彼女が突然、何の脈絡もなくいなくなるのは、吸血鬼側に説明がつかなくなる。

 

 何より、両者ともに最上位の吸血鬼。完殺するとなれば、手段は相当に限られてくる。

 

 この一件は、グラムにとって起死回生の手だ。

 吸血鬼国家ヴラドで蠢動していた組織は、カーラとマリカの手によって壊滅状態。

 アムリタの売買、人と吸血鬼の奴隷商で肥やした私腹も、かつてほどではなく、残された部下と資材、資金もタカが知れている。

 グラムの置かれた状況を鑑みれば、この暗躍が彼の全てを注ぎ込んでのものであるのは、疑う余地はない。

 ならば、グラムは二人を殺す為に金と時間を使うよりも、二人を傀儡とする為に金と時間を掛けるとだろう。

 

 だが、東は別だ。

 グラムにとって東は自身に屈辱を刻んだ存在であり、いくら犯しても飽き足りない存在であるのだが、それ以外の使い途がない。

 精々、復権した後の戦闘力にしかならず、カーラ、マリカ、北絵に比べて利用価値が少ない為に、切羽詰まれば斬り捨てる方を選択するはずだ。

 

 虎太郎としては頭の痛い問題である。

 別段、虎太郎自身は東に死んでもらっても構わない。隼人学園の戦力が減ろうとも、対魔忍が痛い訳ではない。

 かと言って、そのまま見捨てる訳にはいかない。こうして隼人学園内部の敵をスルーした以上、被害は最低限に抑えておきたいのも事実。

 

 虎太郎は、まあ死んだら死んだでいいや、と割り切った。

 その時はその時、の精神である。どう転ぶか分からないものに悩むのは時間の無駄だ。最悪の場合、東の死には何かと理由を付けて隼人学園に黙ってもらうつもりのようだった。

 

 

「何にせよ、グラムおじさんも時間が有限だから焦ってる。いや、理事長を堕として慢心したかな?」

 

「ともあれ、学園の外にいた部下を内部に招き入れたことで、此方は明け方に戻る奴等の後を追って、グラムの拠点を探れる」

 

「そっちの方は細心の注意を払って行う。手始めはアルに街中の監視カメラを使って追わせるだけに留める。それだけでも十分だろうが、本格的に始めるのは追加の人員が来てからだ」

 

 

 今回の作戦で尤も重要なのは、グラム側に一切気取られないこと。

 対魔忍の存在が近くにあるなどと思わせずに、完全な包囲網を完成させる。

 半端な包囲網では隙間からグラムは逃げていくだろう。その為に、今この瞬間はグラムが有頂天になるように好きにやらせるのだ。

 

 少なくとも現時点では順調と言えるだろう。

 人員の方も既にアサギに連絡しており、虎太郎の要望通りの人材が送られてくる。

 ワイトの件もあって、今回はゆきかぜ、凛子、凜花は呼んでいない。余りに組み過ぎて、自身の存在を悟られるのを警戒した故だ。

 

 残る問題は二つ。

 

 一つは隼人学園側の内通者だ。

 虎太郎には疑問があった。グラムがこうも易々と山川の肉体を手に入れたことに違和感があった。

 隼人学園は全寮制。教師も生徒とは違う寮で生活を送っている。学校の外に出るのは実践演習か、休みを取った時でしかない。

 しかも隼人学園は生徒も教師も品行方正で知られている。これから外れているのは東くらいのものであり、夜に出歩く者はほぼいない。

 彼等が夜に動くのは、それこそ吸血鬼退治に動く時くらいだ。つまり、学園の教師を誘拐するチャンスなど限られてくる。

 実践演習にしろ、実践にしろ。そこで誰かが一名でも欠ければ大問題。休みの期間内に戻って来なくても不審に思われる。

 それ以外にも、学園の外に呼ぶ手段はあったが、山川は天涯孤独の身、身内は使えない。生徒を餌にしようにも、先に東が出向くはずだ。

 

 だが、隼人学園側に人間の内通者が居れば、話は別だ。

 大事な話がある、相談がある。けれど、学園で話すべき内容ではない。個人的なことなので、この事はどうか内密に。

 山川と多少なりとも親しくなれば、誘うことなど容易い。理由や内容などどうでもいい。重要なのは、山川に身内と判断され、警戒のハードルを下げる人間であれば誰でもいい。

 

 今後、どうなるにせよ内通者を見つけ出し、必ず捕らえる。

 何度も何度もこんなことを繰り返させられるなど面倒ではあるし、隼人学園を一時的に見捨てたことで生じた憎しみを、上手いこと内通者に向けさせて自分への追求を柔らかくするつもりだったのだ。

 

 もう一つの問題は、桐生に開発を命じた薬が、どの程度の効果を発揮するかだ。

 散布型であれば一気に片がつく。投与型であれば少々面倒になる。それ以外は桐生を殺したくなるほどに手間がかかる。

 更に薬が身体に入り込んでから効果を発揮するまでの時間もある。即効性が理想的、それ以外はありがたくないが仕方がない。

 

 何にせよ、桐生の仕事の結果一つで、任務の難易度は激変するのだ。

 

 

『――――大変です。虎太郎、紫様』

 

「紫、急いで通信を切れ!」

 

「何を言ってるんだ、お前は。アルフレッドからの通信だぞ?」

 

「馬鹿か! コイツがこのタイミングで通信してくるとか厄介事以外の何物でもねーからだよ!」

 

 

 その時、アルフレッドからの通信が入った。

 普段とは異なる僅かばかりに焦りを含んだ機械音声に、虎太郎はそれ以上に焦った。

 どう考えても良い知らせではないのは確定的に明らか。悪い知らせなど知りたくもない。

 

 紫は呆れ果てながら、虎太郎を見るばかりで聞く耳を持たず、アルフレッドに続きを促した。

 

 

『ドクター桐生に、薬の提供を求めたのですが……』

 

「おい、アルフレッド。おい、まさかとは思うが……」

 

『その、まさかです。ドクター桐生、薬を作っていなかったそうです(震え声』

 

「――――――――」

 

 

 紫は掛け値なしの絶句をした。

 

 これから行うのは、あくまでも救出作戦である。

 殲滅作戦であれば、まだ取り繕いようもあったかもしれないが、救出するために必須である薬がない。

 つまり、虎太郎の救出作戦の前提がなくなったのである。とんだ梯子外しもあったものだ。今この瞬間、救出作戦は瓦解した。

 

 紫は、バっと振り返って焦りながら虎太郎を見る。

 虎太郎は慌てた様子はなく微笑むばかりであった。

 

 しかし、紫は見逃さなかった。虎太郎の瞳からずんどこ光が失われていくのを……!

 

 

「ふっ……………………取り敢えず、桐生ちゃんぶっ殺してくるわ」

 

「気持ちは分かるが落ち着け、弐曲輪ぁああぁあぁぁあぁぁぁあぁぁっっっ!!!」

 

 

 苦労人、更なる苦労と疲労確定――!!

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。