※この作品はR-18です。

対魔忍アサギ 苦労人奮闘記   作:HK416

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『やりたくない仕事でもキッチリ熟すのが苦労人クオリティ。この人材が嫌われて馬鹿にされてるってどういうことなんですかねぇ、対魔忍』

 

 

 

「はぁ~。ヒマや、ヒマ過ぎるぅ~」

 

「大島さん、今は任務中だから、しゃんとした方が……」

 

「言うてもなぁ~」

 

 

 虎太郎の死亡、更に蘇生から明けて一日。吸血鬼対策協議まで残り16日。

 虎太郎の選んだマンションのワンフロアは丸々貸し切られており、生徒達は虎太郎と紫の待機する仮設本部とは別の部屋で一夜を過ごしていた。

 

 リビングで雫が机に突っ伏しており、その対面では里奈子がやんわりとだらしない姿を諌めている。

 彼女達の紫から伝え聞いた作戦――無論、虎太郎の組み立てたものであるが――は、以下のようなものだった。

 

 まず深夜帯、グラムが四人の女傑を調教するために使っているであろう――この部分も伏せられている――隼人学園に出入りしている吸血鬼の足取りを追う。

 吸血鬼共のねぐらを発見した後は、上忍三名が監視に当たり、生徒達が作戦決行まで入れ替わりで補佐し、各ねぐらの状況を探る。

 

 選出されたの上忍三名は紅羽、黒百合、碧。三人を補佐するのは桃子、幸奈、深月の生徒達。

 

 桃子は戦闘向きの性格ではなく、能力もまた同様。

 しかし、諜報や追跡、情報収集の適性は高く、また虎太郎からの指導も入っており紅羽に付いた。

 

 幸奈の氷遁は大気中の水分を雪の結晶へと変え、姿を隠すことが出来る。

 付いたのは黒百合。元々、男を籠絡することに秀でた対魔忍であるが、追跡もお手の物。

 能力や適性の有無に拘らず、最低限の技能を身に着けさせる目的もあっての選出だろう。

 

 深月の風遁は攻撃に特化しているが、使い様によっては音を絶ち、目を眩ませることも可能。

 碧と共同で任務に辺り、ベテランならではの力の使い方を肌で感じさせるつもりだ。

 

 ねぐらを突き止めるまでの組み合わせとして申し分ないだろう。

 上忍達は偵察、諜報や潜入を得意としており、無理も無謀もしない。生徒側も素直に指示に従うものばかりだ。

 

 ねぐらと待機している吸血鬼の数の把握に協議ギリギリまで時間を割り裂く予定だ。

 後は、戦闘に特化した上忍をリーダーとした小隊を編成し、それぞれのねぐらにて殲滅。

 隼人学園の寮は生徒と教師を睡眠ガスで眠らせ、グラムが二度と復活できぬように虎太郎の血液を投与、或いは飲ませる。

 最大の問題であるグラム、カーラ、マリカ、北絵、東の五名に関しては、紫と虎太郎、及び更なる増援で当たることになっているが、詳しく説明はされていない。

 

 救出作戦の内容は、大まかにこんなものだった。

 それほど詳しく詰められてはいなかったのは、情報収集がまだまだ足りなかったからであり、虎太郎の考え方でもある。

 

 情報収集と下準備は時間の許す限り行い、作戦の詳しい内容は極力詰めないようにする。

 作戦を詰め過ぎれば、何か一つの要素が欠けただけで立ち行かなくなる。それを避けるために内容を詰めず、情報収集と下準備に徹することで臨機応変な対応を可能にするのだ。

 

 

「ただいま。寄生蟲の資料を借りてきたけど、読む人いる……?」

 

「毎度毎度。ウチも読んどこか。虎太先生のあんなん見せられたら、なぁ?」

 

「ええ、そうですね……」

 

 

 リビングの扉を開けて現れたのは花蓮と蛍であり、人数分の資料が手に握られていた。

 昨日の虎太郎の狂乱ぶりもあり、これ以上彼に負担を掛けるのはマズいと感じているらしく、今までだらけていた雫すらも表情を引き締めた。

 

 それから暫くの間、四人は資料に目を落としながら、互いに意見を交換し合う。

 流石に、虎太郎が仕上げただけあって、資料は理路整然としており、分かり易く読み易い。

 専門用語を極力使用せず、簡潔かつ明瞭な文章でまとめられた資料は学生の身分に過ぎない彼女達でも理解しやすかった。

 

 これならば誰に急な呼び出しがあっても、夜の任務に備えて眠っている桃子、幸奈、深月にも説明する事が出来るだろう。

 

 

「おうもぐもぐ。お前等、もぐもぐしっかり休んで――――何だ、もぐもぐ任務前に予習かもぐもぐ。感心もぐもぐ感心もぐもぐ」

 

「に、弐曲輪先生……?!」

 

 

 全員が資料の内容を頭に叩き込み終わった時、虎太郎が部屋を訪れた。

 

 いつも血色のいい肌は、今や死人のそれ。生気というものが感じられない。

 足取りもフラついてこそいないが、力がない。風に吹かれただけで倒れてしまいそうだ。

 

 生徒達は唖然としていた。

 先日、蘇生には成功したが、常人ならばまだ絶対安静。対魔忍であったとしても、ベッドの上から起き上がるのも不可能。

 虎太郎の呆れた生命力の強さには、開いた口が塞がらない。

 

 

「まだ、安静にしていないと……!」

 

「いやもぐもぎ、多分なもぐもぐ、もぐもぐ今のオレの状態もぐもぐだと寝たらもぐもぐ永遠に目覚めなくなりもぐもぐそうでな。かと言ってもぐ、横になるともぐもぐ眠くなるからなもぐもぐもぐもぐ」

 

『………………』

 

 

 自分のコンディションを把握しているのはいいが、虎太郎の言が本当なら、もはや気合と根性だけで生きているようなものではないか。

 

 しかし、それ以上に彼女達の目を引いたのは、虎太郎の手にしていたものだった。

 

 

((((物凄い勢いでレバニラ炒め食べてる…………))))

 

「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」

 

 

 部屋に入ってきた前から、手にした皿の上に盛り付けられたレバニラ炒めを絶えず食べ続ける虎太郎。

 作ったのは紫である。鉄分が多く含まれるレバーは臭みがしっかりと抜かれており、ニラの臭みが食欲を促進させる。

 新陳代謝の促進されるしょうがをたっぷりと使っていながら、あっさりとしたしつこくない味付けは今の彼には嬉しいだろう。

 

 レバニラの山を食し終わると、虎太郎は造血作用を促進させるB6、B12のビタミン剤をバリボリ噛み砕きながら部屋の冷蔵庫を勝手に開け、雫が買い置きしてあった牛乳の1リットルパックを一気飲みする。

 俗に貧血対策にいいとされる食品、栄養素をひたすら取っているようであるが、これでは逆に身体に悪そうである。

 

 

「そんなに血が足りないなら、病院で輸血してきた方が……」

 

「アホか。オレの状態をどう病院側に説明するんだよ。それに、今回の任務はオレ達の情報がグラム側に漏れないことが重要だと、紫も言っていただろう……?」

 

「まあ、理屈は分かりますが……」

 

 

 またいつ死んでもおかしくないような状態の虎太郎を心配したのか。それとも、紫の手料理を食べていることに嫉妬したのか。

 蛍は尤もな意見を口にしたものの、虎太郎の返事に口を閉ざさざるを得なかった。

 

 グラムの厄介さは、吸血鬼としての強さではなく、研究し、共存を果たした寄生蟲の特性にこそある。

 やり直しが何度でも可能、というのは非常に厄介。現実世界でそれが可能ならば、いずれはグラムが勝利する。

 封じ込めに失敗して逃げられれば、次の機会、次の遭遇では、対処がより難しくなってしまう。

 

 グラムがまだ対魔忍が準備を整えていることを知らず隼人学園で好き放題やっている今こそが、隼人学園の危機ではあるが対魔忍には最大の好機だった。

 

 また人間の大量出血に対する手段は輸血が基本。

 輸血用の血液製剤にも種類があり、傷病によって使用する製剤を変える。

 無論、立派な医療行為。単純に血液を身体に送り込むだけではない。それなりの機材と資格を必要とする。

 

 虎太郎と紫ならば不可能ではなかった。知識もあれば、機材も用意できないわけではない。

 

 ただ、行わなかったのにも理由がある。

 一般の病院から機材を借用して、万が一にでも一般の急患に使用できない事態は避けたかった。それでは一般人を守るという対魔忍の基本理念の一つが崩れてしまう。

 それ以外の方法は用意の時間がかかり過ぎるというのもあったが、何よりも桐生の作ったウイルスに問題があった。

 

 このウイルス、虎太郎にのみ適合するように調整されており、他者の血液を投与されると一斉に機能を停止する。

 虎太郎ならば、効率の観点から血液を抜く選択をすると読んでの調整だった。

 

 

「なんつー、無駄に洗練された技術を盛り込んだ無駄だらけの無駄な嫌がらせや…………」

 

「ほんとにな! …………あー、ダメだ。無駄にビキビキするとクラクラする。おい、これ以上、変態魔科医とアサギもどきと電撃バカの話はするな。オレが死ぬぞ」

 

((((…………こんな脅し文句、聞いたことない))))

 

 

 一瞬だけ青筋を浮き上がらせた虎太郎であったが目眩を覚えたのか、壁に片手を付いて頭を振ると自分を最も苛立させる三人の名を出さぬように釘を刺す。

 しかし、それも一瞬のこと。全員の顔を見回すと同じようにリビングの椅子へと腰掛けた。

 

 此処へ食事の途中、ほぼほぼ瀕死の状態で来たのは、くだらない釘を刺しに来たのではない。

 愚痴なら己の事情を知る紫や黒百合達に零す。何の事情も知らない子供に愚痴を零した所で、子供達も困惑するだけだ。

 

 

「さて、こっちが言わなくても資料も読んでたようだし、質問があれば答えるぜ? 色々と聞きたいことがあるって面もしているしな」

 

「…………では、一つ」

 

「一つじゃなくても構わんがな。言ってみろ、百田」

 

「何故、選ばれたのが私達だったのでしょうか。学生対魔忍の中でも選ばれるべきは、実戦経験豊富な水城さんや秋山先輩、紫藤先輩だと思います」

 

「成程、良い質問だ。オレはそれを答えに来たようなもんだからな」

 

 

 里奈子に虎太郎は満足げに頷いた。彼の言う通り、良い質問だった。

 学生対魔忍に有りがちな、自らが有能だからこそ選ばれた、などという勘違いは微塵もない。

 此度の任務の難易度を正確に理解し、資料から敵の能力を高い精度で図り、今現在の自らの性能と天秤にかけなければ出てこない言葉だ。

 

 

「最大の理由は人手不足だ。本来なら学生が当たるような事態じゃない」

 

「人手不足なのは知っていますけど……」

 

「まあ、後はオレの個人的な思惑もある。お前等は基礎訓練で預かってる生徒だからな。扱い易いし、それぞれの限界も把握できてる。()()()()にも組み込み易かった」

 

 

 今回の作戦、虎太郎の立場は紫の補佐となっている。

 作戦の内容立案・主導は紫であり、作戦実行に必要な人員の補充と円滑な作戦遂行の補助というのが表向きの話。

 表向きの立場上、出来る範囲で好きにやっているというのを強調し、生徒達へ彼の立ち位置を印象づけるためだった。

 

 

「授業を受け持った時にも、オレはお前等を殺すつもりでやると言ったはずだ。お前等を甘やかすつもりは一切ない」

 

「つまり、私達に死んでも任務を果たせ、と……?」

 

「んー…………それも無きにしも在らずだが、それ以上に知っておけという話だ」

 

「何を、でしょうか?」

 

「人生とは常に準備不足の連続だ。彼我の実力差、熟す任務の難易度、必要な技能の未取得。敵も、時間も、対魔忍という組織も、お前達の成長を待ってくれない。待っていられない。それは誤魔化しようのない事実だからな」

 

「……そら、まあ」

 

「今回の任務、対魔忍として生きていくのに最低限の必要な技能を全て求められる。今の自分に何が足りず、何が必要なのかを知れってこと。その上で、その不足をどう補うべきなのかを学べ」

 

「………………」

 

 

 組織に求められるのは、戦闘にばかり特化した存在ではない。

 組織を運営する上で必要な仕事を全て熟せる人材の方が、非常に有用だ。

 そのような人材であれば、どのような部署に配属されたとしても最低限の仕事を熟せ、その上で自らの得意分野という武器も持つ。

 最低でも特化よりも万能を。最高なのは万能でありながらも特化している人材だ。

 

 基礎訓練と言いつつも、虎太郎は彼女達をそのように仕上げるつもりであり、既に大半のプランは組み上げてある。

 ただ、プランをより円滑に進めるのに必要となるのは、彼女達が自分に何が必要で、何が足りないのかという自覚を持つこと。

 

 どれだけ優れた教導能力を持つ人間でも、学ぶ相手が学ぶつもりがなければ、その能力を最大限発揮するなど不可能だ。

 重要なのは学ぶ側の向上心と克己心。それさえあれば、教導能力なぞそこそこでも、学ぶ側が勝手に育つ。

 

 

「その為には、経験から知識を知恵と見識に変えろ」

 

 

 今此処で彼が紡ぐ言葉は、あくまでも心構えだ。

 どの分野、どの世界でも生きているようになるため、人間の高い適応能力を最大限に発揮する心持ち。

 しかし、生徒達はピンと来ないのか、首を傾げるばかりで、虎太郎は苦笑した。

 

 知識とは、誰もが共有できる事実の集合体。言わば、データだ。

 知恵とは、知識を経験から必要な場面に応じて適切に用い、迅速に処理する能力を指す。

 見識とは、知識と経験から物事の本質を深くまで見通し、優れた判断を下す能力を指す。

 

 知識は重荷にならない一生の宝となるが、どれだけ身につけたとしても生かせなければ意味がない。

 彼女達の反応も無理はない。情報化社会によって、一人一人が得られる情報量は爆発的に上がった。

 それが悪いこととは限らない。多くの情報を得られることで、今まで知りえなかった情報を得られることで、より良く豊かな生活を送れる者も少なからず存在する。

 反面、経験を伴わない知識で、全てを分かったつもりになる輩も増えてしまった。

 

 悪いのは個人であり、そんな個人を許容する周囲の環境に過ぎない。

 全て分かりきったこと故に、何かを批判することなく黙々と行動に移すだけ。

 

 

「……知恵と見識があれば工夫を凝らせる。それがあれば、大抵のことは何とかなる」

 

「はあ、虎太先生。言うのは簡単やけど、実行すんのは難しいことやん、それ」

 

「そうか? …………それもそうか。じゃあ、お前等に言葉を送ろう。これを常に意識しておけ」

 

 

 言うは易し行うは難し。

 どんな事柄でも共通する事実であり、生徒達は渋面を作り出している。だが、それを聞いていない者はいない。

 

 それは虎太郎が多くの失敗を経験し、そこから学び、己が血肉としてきたからだろう。

 知識だけの薄い言葉ではない。聞いているだけでも伝わる経験が、言葉に込められている。

 

 

「――――闇雲になるな。腹を立てるな。手は綺麗に。心は熱く。頭は冷静に」

 

 

 闇雲になれば、出来るはずのことが出来なくなる。

 腹を立てれば、見ているはずのことが見えなくなる。

 手が綺麗でなければ、いざという時にミスへと繋がり、汚い事をすれば己へと返ってくる。

 心が熱くなければ、真剣味が失われて全てが無駄になる。

 頭が冷静でなければ、正しい判断を下せずに、敵の思う壺。

 

 普段のやる気のない彼からは考えられない、どんな事柄を行う上でも使える心構えの言葉に、生徒達は感心したように吐息を漏らした。

 生徒達の反応に、自身の言葉が確実に刻まれたことを確認すると虎太郎は椅子から立ち上がる。

 

 

「さて、今回の基礎訓練はこれまでだ」

 

「十分、勉強になりましたけど……これだけ、ですか?」

 

「言ったはずだ。オレはお前達を甘やかすつもりはない。答えを出す知恵がなければ、実践的な技術を知りたければ、最低限、自分から行動を起こせ。そっから先は応用編だし、何でもかんでも自分で考えずに来られちゃ、お前等が成長しない。聞きに来れば教えてやるし、オレに答えられないことは他の先生方や上忍から適任を選んでやる」

 

 

 里奈子は不安げな表情で助けを求めるように声を上げたが、虎太郎は冷徹に一蹴する。

 まずは考えること。今ある自分の知識と知恵で答えを出すように考える癖をつけなければ、自ら考えることをしない愚図になる。答えが出せることは二の次だ。

 次に行動を起こすこと。自分に何が足りぬかを識り、声を上げて分からないと叫ぶ癖をつけなければ、自ら動くことをしない愚鈍になる。行動が最適かどうかなど二の次だ。

 

 言葉にせずとも、虎太郎はそう語っている。

 

 全ては己の持つものを他者へと託し、問題なく退場する自分のための下準備。

 どんな人間であっても、必ず死ぬ。その事実から、虎太郎は目を逸らさない。

 短命こそが人間の最大の短所にして最大の長所と認めている。限りある生を最短距離で駆け抜ける愚かで弱い生き物こそが人だ。

 苦労ばかりの人生ではあるものの、彼は自分から苦労を背負わないたくもないし、安易な延命や不老不死は更なる苦労への誘い水。

 だからこそ、いずれ誰かに託さねばならない事を良しとする。人の歴史は、そうして積み上げられたもの。己も人であるのならば、積み上げられる死体を犠牲として、後の道を行く者に助力するだけのことだった。

 

 

「………………」

 

「どうした氷室、難しい顔をして?」

 

「弐曲輪先生、私……」

 

 

 虎太郎からの教えを受け、誰もが教えを無駄にはすまいと表情を引き締める中、花蓮だけが表情を崩していた。

 普段の凛とした瞳は何処へ行ったのか。彼女の美しい碧眼は今や不安に濡れている。

 

 無理もない。花蓮はグラムの介入によって失敗している。虎太郎がその場に居た故に何とか任務自体は成功を収め、悲惨な末路を辿らずに済んだだけ。

 自分は確かに成長しているという自尊心を折られた。自分は確かに対魔忍として一人前に近づいているという確信を砕かれた。

 

 それでも歯を食いしばって耐えてきた。

 心ない生徒や教師から向けられる失望の視線など気にならず、二度と同じ失敗を繰り返さぬように、一つでも多くを学び、少しでも己を高めてきたつもりだ。

 だが、いざこうして失敗の要因が絡む任務が近づいてくると不安ばかりが募り、心が萎えていく。

 

 

「氷室、つまらんぞ」

 

「つまらない、なんて、そんな……」

 

「ちょっと、言い過ぎです」

 

 

 花蓮の不安を鼻で笑うような態度に、雫と里奈子は非難を視線を向け、虎太郎を見直しかけていた蛍は堂々と口を挟んだ。

 生徒達の反応に、虎太郎は気にした様子もなく肩を竦める。

 

 事実、虎太郎の目からも花蓮はよくやっていた。

 普段は口五月蝿いのに、実際は大したことはないのね、という未熟で物事の本質を測れない生徒達の影口に耳を貸さずに、学び続けた。

 弐曲輪なぞを慕うから、こんな風になる。他の生徒に悪影響が及ばないか心配だ、という自分ばかりでなく、虎太郎すら巻き込んだ無言の叱責を気に留めた様子もなく、確実な一歩を踏み出していた。

 

 

「つまらんさ。一つの勝利や成功に酔いしれて、一つの敗北や失敗に固執するなんぞ。重要なのは己の弱さや強さ、充足と不足を省みることだ。これが出来ん奴は、愚か者でしかない」

 

「………………」

 

「お前等も心しておけ。立場上、任務を拒否するなんぞ早々出来ない。成功よりも失敗の数が嵩むなんぞザラだ。だが、今はそれでいい。学生の時分は多くの失敗をしておけ。それをフォローする為に、オレが居る。信頼や信用なんぞ、後からついてくる。厄介なことだが、付き合いが長いだけのオレもアサギや九郎からそれなりに頼りにされてるよ。まあ、何も考えてないで勝手な行動なんてしたら見捨てるがな! 寧ろ、実力が半端な内にオレ自ら殺しておくがな!」

 

「先生、台無しですぅ……」

 

「うるせー! 志賀とか上原みたいなのがこれ以上増えたらオレほんとに憤死しちゃう! 過労死がじわじわ近づいてくる感覚なんてお前等には分からねぇよ!」

 

 

 里奈子の当然のツッコみに、虎太郎は地団駄を踏み始めた。

 今の花蓮の立場は、虎太郎の境遇に近い。ゆきかぜや凛子、凜花のように図抜けた実力を誇るならばまだしも、上がいる花蓮ではそうもいかない。

 

 勝利や成功に目を向けて当然のものとし、敗北や失敗を引き起こした人物を貶めるだけ。

 残念ながら、対魔忍に蔓延している風潮だ。嘆かわしいにも程がある。敗北や失敗を分析すれば、要因や原因は存在し、対抗手段を得られる。自分が敗北者や失敗者の立場に立った時、どうなるかを考えもしない。

 

 これ以上、そんな風潮が蔓延しだしたら、いくら何でもどうにもならない。

 今、対魔忍が保っているのは、一部の対魔忍が必死になって、愚か者を押し退け、黙らせて組織を支えているからだ。アサギの頭痛もマシマシ、九郎と虎太郎の苦労もマシマシである。

 

 

「考えて行動しろ。それさえするなら、オレはいくらでも教師としても先達としても命をかけてやる。お前等の盾になってやる。それが職務であり、義務だからな」

 

「そんな、そこまで……」

 

「対魔忍なら当然だ。誰であっても同じことをする。若い芽は摘ませない。志賀や上原であってもな。まあ、その上で生きて帰ってこいなんて頭領様は言っているが、上の命令に下は逆らえんからな。仕方がない」

 

 

 最後に、昨日さんざん醜態を晒したあさつきと燐のフォローも入れながら、己の覚悟と義務を語る。

 その一言に、花蓮ばかりではなく他の三人の胸まで熱くなる。偉大な先達ではないが、長年、周囲の蔑みに気にも留めずに走り続けてきた男の言葉だからだ。

 アサギや九郎。対魔忍であれば誰であれ尊敬を向ける二人が、虎太郎を信頼し、重用する理由の一端を生徒達は知った。

 

 こうして、僅かではあるが理念や信念、覚悟は受け継がれた。

 この任務が成功するにせよ、失敗するにせよ、彼女達に何らかの形として力になるだろう。

 

 

「良い面構えになったな。じゃあ、オレは戻るぞ。蘇我と葛、峰麻先生も動いている。情報を整理せにゃならん」

 

「あ、虎太先生、最後にいっこだけ!」

 

「あ? 何だ、大島?」

 

「あんま、皆を不安にさせたくないから言いたくなかったんやけど、ウチら、吸血鬼の女王様達に勝てるんですか……?」

 

 

 必要なことは言ったと虎太郎が部屋を後にした時、花蓮も不安を吐露したとあってか、雫もまた内心の不安を口にした。

 

 勝てるかどうかではなく、勝たねばならない。

 誰もがそう思ってはいたが、誰もが同じ不安を抱えていたのだろう。雫を責める者は一人もいない。

 

 エドウィン・ブラックの直系の子孫と目される人界の吸血鬼の女王、カーラ・クロムウェル。

 カーラの側近であり、吸血鬼の国ヴラドが抱える暗殺騎士団最強の騎士、マリカ・クリシュナ。

 吸血鬼どころか、魔族ですらも消滅させる当代一の結界術師にして隼人学園の創設者、上原 北絵。

 吸血鬼専門の狩人でありながら、多くの魔族を屠ってきたと噂される神村 東。

 

 本人の意志ではないにしろ、この女傑四人が敵に回って勝てるのか。

 策略があったとは言え、寄生蟲で女傑を意のままに操るグラムに勝てるのか。

 

 当然の疑問、当然の不安であった。

 

 

「無理だね。勝てねぇよ」

 

 

 雫の不安を、虎太郎は解消せず、ありのままの事実を語る。

 不安を解消できるだろうと思っていた四人は息を呑んだ。まさか、そんな簡単に最悪の事実を語られるなぞ思ってもいなかったのだろう。

 

 残念ながら、事実だ。

 この四人に対抗するには、それこそ対魔忍の最高戦力であるアサギ、さくら、紫を呼ばねばなるまい。万全を期すならば、不知火も呼びたいところだ。

 虎太郎自身、彼女達と戦ったことはなく、彼女達の戦闘記録を直接目にした訳ではない以上、安易に勝てるなどと言う筈もない。

 

 特に酷いのはカーラだ。

 優雅で気品がありながらも隙きのない所作、押さえていても感じ取れる強大な魔力、血を吸っていないであろうに吸血鬼としての実力が何一つ欠けていないであろう気配。

 アサギが身の内に潜む魔を覚醒させた状態で挑んでも、勝てるかどうか。いや、制限時間がある分だけ、アサギが不利だろう。

 

 今回の任務に集った全員で挑んでも、確実な勝利は期待できない。

 そもそも、今回の任務はグラムの封じ込め、寄生蟲の拡散防止を主眼に揃えたのだ。

 

 戦う前から勝てない、と断言された生徒達は言葉もない。だが――――

 

 

「だから、この手の案件に精通した専門家を二人――――いや、三人……もっと上手く行けば四人になるか……兎も角、外部から戦力を呼ぶから安心しろ」

 

「ちょ、それってどゆこと……?!」

 

「任務開始前にはお前等にも紹介してやる。四人の抑えは紫とそいつ等、フォローにオレが入る。まあ、コネもまた力なり、ってな」

 

 

 ――――厳しい対魔忍の台所事情を鑑みて、虎太郎は既に準備を整えていたのか。少なくとも、算段は立てていたようだ。

 

 まだ何か言いたげだった生徒達に背中を向け、手を振りながら廊下へと出ていく。

 

 

「さてさて、一人目に連絡するか。二人目は人形と鎧を用意して。三人目は命をかける必要があるが、問題ないね。四人目は……運かねぇ」

 

 

 一体、何を考えているのか。

 彼の考えを知っているのは紫だけだ。無論、彼女も反対はしたのだが、最終的には受け入れざるを得なかった。

 紫も慢心癖はあるものの、虎太郎と付き合ってきただけあって鳴りを潜めている。自分と虎太郎で、カーラ達とグラムを抑えられるなどとは思っていなかったが、四人の名前を聞いて唖然とした。

 

 一人目は渋々ながらも、最近の彼女ならば、と安心して。

 二人目は協力者などと呼べるのか、と首を傾げ。

 三人目は協力者などと呼べないではないか、と眉を潜め。

 四人目は余りに運任せの上に、虎太郎のドライさに頭を抱えた。

 

 ともあれ、虎太郎の作戦は既に廻り始めている。

 徐々に、だが確実に、グラムを抹殺するための包囲網は整い始めていた。  

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「ふぅ。これで洗濯も終わったし、お布団も干したわね。旦那様、喜んで下さるかしら……?」

 

 

 五車町の外れにある虎太郎の邸宅。

 一般家屋にしてはそこそこ広い庭には小さな物置が一つあり、更に古い物干し竿受けの前には割烹着に身を包み、三角巾で頭を覆ったワイトの姿があった。

 白金の髪に人形のような容姿に、純和風の格好は似合わないように思えるが、元が元だけに恐ろしいほど似合っていた。

 

 先程までは家の掃除を、今し方洗濯ものと布団を干し終わったのか。額の汗を拭い、虎太郎の喜ぶ姿を想像して、嬉しげに頬を緩める。

 

 任務で虎太郎やゆきかぜ達が家を開ける時には、ワイトが一手に家事を引き受ける。

 当初はゆきかぜにすら劣っていた家事の腕は、ワイトの成長速度が速かったのか、それともワイト以前の彼女が得意だったのか、メキメキと上がってゆきかぜも焦るほどだ。

 家事の合間を塗って、萌音を中心とした子供達と遊ぶことが此処最近の彼女の生活であった。

 

 

「ん……あ、あら? 何処だったかしら。ああ、あった――――旦那様!」

 

 

 その時、一仕事を終えて満足感に溢れていたワイトの身体から電子音が響く。

 連絡が取れないと色々不便だから、という理由で、ゆきかぜ達と買いに行った最新型スマートフォンからの着信音である。

 契約は驚くほど簡単で、虎太郎の用意した偽造パスポートや免許書を利用すれば何の問題もなかった。

 またワイトには虎太郎から好きに出来る金が渡されており、支払いにも何の問題もない。

 

 ワイトは金を受け取ること自体を拒否したものの、虎太郎がワイト名義で口座まで作ってしまえば彼女にはどうにもできない。

 現代では自由になる金がどうしても必要になる。金がなければ何も出来ないといっても過言ではない。

 ワイトが人界で生活する以上、いずれは萌音やゆきかぜ達だけではなく、他との付き合いというものはどうしようもなく生じてしまう。

 それを見越して、今の内に真っ当な金銭感覚を身に着けておけという虎太郎の心遣いであった。今の所、ワイトは必要最低限の日常生活用品以外には手を出していないのだが。

 

 割烹着のポケットに入れておいたスマートフォンを手にし、画面に表示された名前を確認するとワイトの目がパっと輝いた。

 その内容が何であれ、命を賭して自分を掬いあげた上に、愛している男からの電話は嬉しくなってしまうらしい。

 

 

「も、もしもし、ワイトです! 旦那様、お仕事はどうですか? お加減は? 怪我はしていませんか?」

 

『お、おう。仕事は順調、体調は最悪だが怪我はしてない』

 

「体調が最悪?! い、今すぐにお休みになられた方が……」

 

 

 電話に出た瞬間、早口で自分の近況を問うてくるワイトに、虎太郎は若干引き気味であった。

 ワイトはワイトで、虎太郎の声が普段に比べ、僅かばかりに力がないことを察すると、心配そうな声を上げた。

 

 まるでご自愛下さいと懇願するかのようだ。

 相手が相手だけに全くの無駄だと悟っているものの、そうせずにはいられない。

 

 

『ワイト、悪いが―――』 

 

「行きます」

 

『………………あの、ワイトさん、早いっすね。内容、全然言ってないんですけど』

 

「旦那様の御言葉は、全てに優先します」

 

『旦那様、萌音さんとか自分を優先した方が、いいと思うなぁ……』

 

「大丈夫です。萌音も自分も同じぐらい大事ですし、萌音は賢い娘ですから私の事情も分かってくれます。今回は旦那様の方が困っているので、優先度が上です。いいですね?」

 

『アッハイ』

 

 

 ただ盲目に虎太郎を慕うのではなく、自分の置かれた状況と虎太郎の置かれた状況を鑑みた上での返答と言われては、虎太郎も首を縦に振らざるを得ない。

 そもそも、ワイトが生きたいように生きろと言ったのは虎太郎だ。ぐうの音も出ないとはこの事だ。恋する乙女は無敵である。

 

 

『分かった。悪いが、アルから指示を出させる。公共の交通機関を利用して、指定した場所に来てくれ。ないとは思うが、くれぐれも屍の王からの襲撃にも気をつけろ』

 

「承知しました。それから、悪いなんて言わないで。私と旦那様は一蓮托生です。ゆきかぜ達もそう。私だけ嫌な特別扱いなんて、されたくありませんから」

 

『………………全く、物好きだな。分かった、分かったよ。思う存分コキ使ってやるから覚悟しておけよ』

 

 

 そうして、虎太郎はワイトの返事も待たずに電話を切った。

 相当に焦っているのか、照れているのか。そのどちらでもないとワイトは察していた。

 僅かではあるが、声の弾みを聞き取れた。それは、ワイトが間違いなく己の人生を歩み始めていることに喜んでいたに違いない。少なくとも、ワイトはそう判断した。

 

 其処からの行動は迅速だった。

 家の中に入ると割烹着から動きやすく目立たない服装に着替え、自身と虎太郎の着替えをトランクに詰めた。

 更に、ゆきかぜ達に一報を入れると虎太郎から頼みがあったことを伝えた上で家の事を任せ、財布の中身を確認して家を出た。此処まで、僅か五分である。

 

 

「こんにちはー…………あれ? ワイトお姉ちゃん、何処か行くの?」

 

「あら、萌音。いらっしゃい。でも、ごめんなさいね。これから旦那様の所に行かなくちゃならないの」

 

「むー、萌音、あの人きらーい!」

 

 

 控えめに、家の周囲を囲む高い壁の切れ目――格子状の門からひょっこり顔を覗かせたのは萌音だった。

 挨拶の声が控えめだったのは、無意識に虎太郎を恐れ、警戒している現れであったが、急いだ様子のワイトの顔を見ると目を丸くした。

 

 そして、ワイトの言葉を聞いて、いーっ、と歯を向いて本当に嫌そうな顔をした。

 萌音にしてみれば面白くない。大好きなワイトが必死になって、自分よりも大嫌いな虎太郎を優先しているのだから。

 

 子供らしい純粋さ、率直さに触れてはワイトも苦笑せざるを得ない。

 彼女は家の鍵を締めてから門を開いて道へ出ると、そっぽを向いた萌音に視線を合わせようとトランクを地面に置いてしゃがみ込んだ。

 

 

「私、旦那様が大好きなの。萌音も同じくらいね。だから、二人が喧嘩をしていたら、悲しいわ。仲良くして。ね?」

 

「………………じゃあ、頑張る。スネを蹴るだけにする」

 

「萌音、嫌がらせの方法が具体的よ!」

 

 

 そもそも萌音が虎太郎を一方的に嫌っているだけで、喧嘩などしていないが、萌音にしてみれば違うらしい。

 幼い彼女には、虎太郎は何となく苦手な相手であると同時に、ワイトを取り合うライバルである。仲良くなど出来ようはずもない。

 

 素直に仲良くすると言わない正直さが愛らしく、顔が綻んでしまうのを避けられなかった。

 思いもよらぬ、余りにも具体的な嫌がらせの方法を口にされて、顔が引き攣ってしまったが。

 

 

「じゃあ、私がいない間、ご両親の言うことは?」

 

「しっかり聞きます!」

 

「勉強と訓練は?」

 

「毎日、同じ時間に頑張ります!」

 

「危ない場所には?」

 

「行ってはいけません!」

 

「布団に入る前に?」

 

「歯を磨いて、トイレに行ってから、身体を暖かくして寝ます!」

 

「はい、よく出来ました!」

 

「きゃー!」

 

 

 自分の問いかけに、元気の良くハキハキと満足の行く返事をした萌音にワイトが両腕を開くと、少女は胸の中に飛び込んでくる。

 その暖かさが、身体に行き渡り、強さそのものに変わっていくような気がした。

 

 萌音が満足するまで抱き合うと、二人は微笑みあった。

 そうして、ワイトは誓う。愛しい男と共に、この家に帰ってくること。そして、萌音とまた遊ぶことを。

 

 

「ワイトお姉ちゃん、頑張ってねー!」

 

 

 大きく手を振りながら自分を見送る萌音の姿に何度も振り返りながら、近場のバス停へと歩いていく。 

 

 ワイトはブラックと敵対する屍の王の勢力であり、もっとも危険な戦力でもあった。

 長年、吸血鬼と戦ってきた経験のある専門家であり、自らの意志で虎太郎と共にあるが対魔忍ではない以上、外部の協力者でもある。何ら嘘は言っていない。

 

 対魔忍や米蓮に、死霊騎士であったとバレるのは非常にマズい事態を引き起こすのは彼女も分かっている。

 虎太郎の指示なく死体を操ることは禁止されており、死霊騎士特有の使い魔である蜂型のゴーレムも使用は出来ない。

 故に、死霊騎士としての力を虎太郎のアドバイスの元に調整してある。端的に言えば、以前よりも強くなっているのだ。彼女もまた虎太郎の魔改造組の一人である。

 

 こうして、虎太郎が生徒達に語った“この手の案件に精通した専門家”の一人目が隼人学園へと向かい始めた。

 

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