※この作品はR-18です。

対魔忍アサギ 苦労人奮闘記   作:HK416

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『苦労人が爽やかに微笑んだら気をつけろ。絶対に碌なこと考えてないから。キルスイッチ入った証拠だから』

 

 

 

 

 吸血鬼対策協議まで残り12日。

 ワイトが到着してからの三日間、作戦の全てが順調に進んでいた。

 

 まず、グラム側の戦力が明らかになったのは大きい。

 構成員は45名。一度、カーラ達に組織が壊滅状態に追い込まれたにしては頑張っている方だろう。

 

 そして、彼等の拠点は、虎太郎の読み通り三ヶ所だった。

 隼人学園から半径1キロ圏内全てに存在しており、グラムの身に何かが起これば、吸血鬼の身体能力ならば数分以内に急行できる位置である。

 紫の厳命――正確には虎太郎であるが――により、拠点への潜入、吸血鬼への接触は禁じられていたが、深夜帯に隼人学園から戻ってくる人数と顔を一致させる地道な作業を生徒達が続けた結果だ。

 

 またアルフレッドが拠点の電力を調べ上げ、グラムのスペアを保存できる機器を稼働させられないことも判明した。

 何らかの予備電源を購入した痕跡はなく、搬入した形跡もない。ほぼ確実的な事実であり、グラムがどれほど危ない橋を渡っていたのか、また一世一代の大博打に打って出たのかを物語っている。

 

 調べれば調べるほどに、グラムにも余力が存在していない現実が見えてくる。

 討ち取るにはこれ以上ない機会。包囲網を完成させ、確殺するにはもってこいであった。

 

 

「…………ふぅ」

 

「旦那様。どうぞ、身体が温まります」

 

「ああ、ありがとう。助かるよ」

 

 

 ワイトが明らかな心配の刻まれた表情で差し出したカップにはホットミルクが注がれていた。

 虎太郎は極寒の中に裸で放り出されたような寒さと戦いながらも、蒼褪めた表情の上に笑みを浮かべてカップを受け取る。

 

 虎太郎自身の仕事も順調であった。

 寄生蟲へ対抗できる彼の血液は順調に溜まっており、予想よりも早い段階で隼人学園全員分が集まる。

 チーム全員が血液を摂取しており、作戦決行までにウイルスが馴染み、寄生蟲の脅威から彼女達を守ることになる。

 

 今現在は、失血による体温と思考能力の低下と戦いながら、ノートパソコンに向かっている。作成しているのは、隼人学園から政府へ提出する偽の報告書だった。

 グラムの侵入を許した挙句、学園の全員が魔の手に堕ちた事実など政府に報告できる筈がない。その事実が政府に渡った瞬間から、隼人学園の弱体化が始まる。

 

 如何に隼人学園が対魔忍よりも政府に信頼があるとは言え、日本を守るために必要な戦力であるが危険な戦力という立場は似通っている。

 政府内部は魔族と結託している者も居れば、米蓮と内通している者も居るだろう。

 この惨状を理由に、売国奴どもは隼人学園に内部調査を行い、隼人学園の保有している独自技術の開示を迫り、強制的な人員の再編を敢行することは想像に難くない。

 

 それでは同盟を結ぶ意味はない。

 虎太郎の目的はあくまでも上原 北絵が持つ最高位の結界術ではあるものの、対魔忍としてはノマド及びブラックへの共同戦線として隼人学園の協力は是が非でも取り付けておかねばならないのだ。

 それが見る影もなく脆弱になってしまっては、それこそ骨折り損のくたびれ儲け。隼人学園の戦力と独立性を保ちつつ救出作戦の最低条件でもある。

 

 全ての事実を知るのは、救出作戦に参加した者とアサギ、山本長官のみにしておき、それ以降の政府関係者にはカバーシナリオで説明する。

 ガス会社の点検ミスにより、教員寮、学生寮にてガス漏れを起こし、爆発が発生。教員と学生が巻き込まれた。正式な同盟関係を結ぶために近くを訪れていた対魔忍が、救援を手伝ったというのが大まかな流れである。

 

 

(内通者の方も割れた。先代の雇った用務員が内通者になるなど夢にも思わなかったか)

 

 

 紫、ワイトが担当したのは、虎太郎が学園内に仕掛けたカメラによる監視であった。

 監視によって浮き彫りとなったのは、山川に擬態したグラムが頻繁に接触している用務員、崎山が内通者であった事実である。

 事が直接カメラに映りはしなかったものの、山川、崎山、マリカの三名が用務員室に消える姿は映し出された。その後、朝方まで三名が部屋を出て来ることはなく、崎山が後始末をする姿までもが映し出されている以上は確定だ。

 

 崎山は隼人学園が創設された当初からの用務員であった。

 創設当初は北絵の実務能力も低く、先代の力と知恵を借りていた。隼人学園の運営する人員を集めたのは先代だ。

 

 しかし、こればかりは北絵にも先代にも非は及ばない。

 崎山は雇われた当初は品行方正、真面目一徹といった性格で、将来の狩人達を育成する行為に手を貸す職務に誇りすら抱いていたようだ。

 

 それが捻じ曲がったのは何時だったか。

 用務員として働く傍ら、お世辞にも容姿が良いとは言えない彼にとっては、初めての恋であり愛があった。

 その恋と愛に、彼は学校の用務員としては破格の給料、こつこつと貯めた貯蓄全てを注ぎ込み、裏切られた。相手は何処にでも有り触れたクズのような結婚詐欺の常習犯だったのだ。

 

 酷く落ち込む彼を周囲は慰め、励ました。無論、学園の長であった北絵も何かと気にかけていた。

 それが逆に彼の性根を捻じ曲げてしまう結果となったのは皮肉という他ない。人の善意で人の心が救われるとは限らない。より深く傷つくことも、より卑屈になってしまうことも有り触れた話。

 

 崎山は上手くやった。

 表向きは今まで通りに、裏では何処までも堕落していくことを誰にも悟られることはなく。挙句の果てに、危険な薬物――アムリタにまで手を出して。其処でグラムとの接点が生まれてしまった。

 

 こんなもの、予測のしようがない。

 北絵もまた職務に忠実であった彼の姿を見てきたが故に、疑うという行為そのものが抜け落ちてしまっていたのだ。

 

 

「…………少しは休めばどうだ」

 

「そうも行かねぇ。不測の事態というものは常に起こり得る。グラムを捕らえる包囲網に穴を開ける訳にはいかない」

 

 

 無数の空間ウインドウに映し出される監視カメラの映像を注意深く見張っていた紫が視線を向けずに声をかけるものの、虎太郎は一蹴する。

 紫の虎太郎への当たりは人並み以上に厳しい。それも全ては愛情と心配の裏返しではあったのだが、今の彼の現状は目に余る。

 

 採血を繰り返し、殆ど眠らずに居る状態だ。

 何時死んでもおかしくない。いや、生きていることがおかしいと言っても過言ではない。

 

 それも虎太郎にしてみれば当然のこと。

 死んだら死んだで仕方がない。それは人ならば誰にでも起こり得る事象故に。

 生きている以上は生き急ぐ。それは人ならば誰でも同じ結論に至るが故に。

 楽をしたいのは事実ではあるが、手を緩める真似だけは出来ない。でなければ、己にとって最高の結果を得ることなど不可能。人であろうが魔族であろうが、その事実に変化などない。

 

 何より、全てが順調過ぎる。予定外の事態に陥っていない。そんな美味しい話など存在する筈もなく――

 

 

「ほぉら、きた」

 

 

 ――昼間の情報収集に勤しんでいた黒百合からの通信に、慌てることなく虎太郎は応じるのだった。

 

 

「どうした?」

 

『盗聴の恐れがあるから遠回しに言うわ。花火を持ったサラリーマンを見つけた、運良くね』

 

「そいつはまた…………ストーカーしてないだろうな?」

 

『まさか、運良くと言ったでしょう…………どうする?』

 

「こっちに戻ってこい、背中には気をつけてな。他の連中も集めておく」

 

 

 虎太郎の用意した通信機は、アルフレッドが高度に暗号化しているが故に盗聴の恐れなど絶無に等しいが、黒百合もまた虎太郎と付き合いが長い。また潜入を専門とする対魔忍だけあって警戒心は人一倍だ。

 人界の技術進歩は目覚ましく、黒百合ですらが目まぐるしく成長していく技術に目を回しそうなほど。何時、アルフレッドですら予測を超える盗聴装置が開発されてもおかしくないことを身に沁みて分かっていた。

 

 彼女の遠回しな言い方に、虎太郎は全てを察した上で通信を終了すると大きく溜め息を吐いた。

 打ち合わせなどしていないが、互いに通じるのであれば、それは隠語となる。

 

 

「どうした……?」

 

「黒百合が米連の兵士を見つけたようだ」

 

「――――っ!?」

 

 

 花火は火薬を連想させて派手な光と音を発して散る故に、銃と考えて間違いない。

 そして、サラリーマンは会社員、勤め人を意味している。ならば、米連という会社に属している職業軍人と考えるべきだ。もしグラムに関係のない魔族であるのなら、黒百合であれば鼠と称するであろう。

 

 このタイミングで、隼人学園の膝下であるこの街に米連の兵士を見つける。

 まして、その兵士が銃を持ち歩いているのであれば単純な工作員(スパイ)というわけでもないだろう。

 偶然では片付けられない。関係がなかったにしても、関係がないことを確定させるために調査は必要になる。

 

 人生が儘ならないのは嫌と言うほど知っていたが、虎太郎は零れ出る溜め息を抑えることは出来なかった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 黒百合の緊急連絡から二時間後。

 グラム封殺の為に各々に与えられた役割を熟していた、或いは休息を取っていた全員が仮設本部へと招集された。

 

 皆の表情は険しく、空気は重苦しかった。

 それも当然だ。目的が何にあるにせよ、自分達とグラムに加えて第三勢力の存在が確認されたのだ。

 元々、対魔忍の戦力は吸血鬼の拠点及び隼人学園の寮の制圧を目的に集められられていた。此処から更に米連に対応できる戦力ではない。

 作戦決行時に横槍をいれられれば何人が犠牲になるか。

 

 それだけではない。

 米蓮が全くの無関係であったとしても、彼等が其処に存在するだけで作戦中に意識のいくらかを強襲へと割り裂かねばならない。

 つまり、隙が生まれる。隙が生まれれば、獲物を取り逃す。網に穴が空いたも同然だ。

 

 

「横合いから殴りつけられても面倒だ。グラムよりも先に此方を叩くべきだろう」

 

「まあ、概ね同意はするよ。するはするけど、いくら何でも短絡的過ぎるでしょ……」

 

 

 燐の発言に紅羽は賛同はするものの、渋い表情だ。

 確かに燐の意見も尤もであると認めながらも、その難易度の高さから肯定しきれない。

 

 黒百合が先んじて米連の兵士を見つけられたのは僥倖だったが、偶然に過ぎない。

 彼等の拠点も分からず、目的も分からず、総戦力も分からない状態で戦闘をするなど自殺行為も甚だしい。戦闘特化の対魔忍は居るが半数にも満たず、学生が大多数。

 

 何よりも、米連との戦闘をグラムに悟られるわけにはいかない。

 対魔忍の存在を悟られれば、当然のように警戒される。今の包囲網もグラムが気付いていないことを前提。前提が崩れれば、全てが水泡に帰す可能性もある。

 

 

「そもそも、黒百合殿は先手を取れたと言うのに、なぜ彼奴らの後を付けなかったのか。それが貴女の仕事でしょうに」

 

「簡単に言ってくれるわね。米連の技術力は馬鹿に出来ない。噂じゃ、私達の対魔粒子を計測する装置の開発が終わっているとか……そんな連中を相手に後先考えずに追跡するなんて、猿や猪じゃあるまいし」

 

 

 あさつきの棘のある物言いに、黒百合は呆れと共に嫌味を返す。

 

 先程から純戦闘組と黒百合、紅羽、翡翠、奏はずっとこの調子だ。

 燐とあさつきは黒百合と虎太郎の選択をまるで間違いであると咎めているかのような口調を繰り返していた。

 紅羽はのらりくらりと躱しながらも黒百合のフォローに周り、黒百合は二人の言葉に売られた喧嘩は買うわよと言わんばかりの態度である。残りの二人も口こそ挟まないものの不満そうである。

 

 平時から彼女達の仲が悪い訳ではない。

 意見の食い違いと言うものは往々にして生まれてはいたものの、其処には互いへの尊重と尊敬があった。

 

 理由は二つ。

 

 一つは虎太郎の存在。

 燐とあさつきは蛇蝎の如く嫌っている存在であり、彼に対する当たりがきつくなる。

 逆に黒百合や紅羽は好いてこそいなかったが、彼の有用性を認めている。

 言わば虎太郎に対する認識とスタンスの違いが、普段は丸く収まる筈の食い違いをより大きいものへと育ててしまっていた。

 誰とて己の嫌う人間が持ち上げられれば不機嫌になり、誰とて己の認める人間が貶されれば不機嫌になるものだ。

 

 もう一つは、予定外の敵の存在。

 予定通りに事が進まなければ、誰とて心がささくれ立つ。

 ましてや正体こそ分かっているものの、目的から何から一切不明であるのなら、不安は苛立ちへと容易く転ずる。

 

 生徒達は口を挟むことは出来ず、中立の立場を保とうとする碧と零子は助けを求めるように紫を見ていた。

 

 紫も頭が痛い。

 どちらの言い分も理解できるからだ。

 

 燐とあさつきの言い分は短絡的でこそあるものの、作戦決行前に潰しておくべきという判断は決して間違いではない。

 不安材料は排除してこそ、安心して任務に挑めるというもの。米連を放っておけば生徒の身に要らぬ危険が及ぶ可能性すらある。

 二人が口先ばかりでなく、命さえ下れば自分の危険を顧みずに仲間の安全を勝ち取るつもりであるからこそ叱責もし辛い。

 

 紅羽と黒百合の言い分はともすれば臆病ですらあるものの、作戦自体が秘密裏に進められることに意味があると重々承知しているからこそ間違いではない。

 無理に米連を追って、逆に捕まってしまえば手間が増える。ただでさえ人手不足だと言うのに、これ以上ない失態だ。

 それだけでなく、捕縛される、捕まった仲間を助ける、といった行為を米連に仕掛ければ、グラムに悟られる可能性は高く、これもまた叱責できない。

 

 

「弐曲輪、お前も意見の一つでも言ったらどうだ」

 

「あ? オレ? 何だ、喋ってもよかったのか?」

 

「当然だろう。弐曲輪だけではない。もしも意見があるのなら忌憚なく口にしろ。任務についた以上は、生徒としてではなく対魔忍として扱う」

 

 

 人の上に立つ難しさ、人を纏め上げる苦しさ。

 何度となく体験してきた苦難を改めて噛み締めながらも、紫は虎太郎と生徒達に発言を促した。

 

 生徒達はしどろもどろだ。先達の諍いを目にしては萎縮もしよう。

 虎太郎は相変わらず偽の報告書を纏めている真っ最中。だが、パソコンを片手で操りながらも、ここ数日で諜報組が調べ上げた情報の資料を捲っている。器用な男だった。

 

 彼は仕事の邪魔をするなと言わんばかりの嫌そうな顔をしたが、皆に見えるよう広げられた地図に視線を向け、ある一点を指差した。

 

 

「氷室、其処。隼人学園から少し離れた場所に工場があるだろ。其処に丸つけとけ」

 

「は、はぁ。でも、この工場が何か……」

 

「いや、其処が米連の拠点だから」

 

『――――――は?』

 

 

 虎太郎の言葉に、その場に居た全員の目が丸くなる。

 実際に、見てきたかのような台詞だったのだ、無理もない。

 

 

「弐曲輪、どういうことだ。よもや、デタラメで言っているのではないだろうな……?」

 

「はぁ…………一からか? 一から説明しないとダメか?」

 

(こういう態度を取るから嫌われるのに、もぅ……!)

 

 

 虎太郎の言葉を全く理解できなかった燐とあさつきは虎太郎を問い質すものの、返ってきたのは疲れ切った音色の言葉だけ。

 余りにも人を馬鹿にしたような彼の台詞と態度にビキビキきている二人の姿に、花蓮は地図上の工場に丸を付けながら溜め息を付いた。

 

 

「この工場が拠点である説明の前にだな。まず、コイツ等の狙いを考えてみろ」

 

「そうは言ったってさぁ……」

 

「情報なんて出揃ってるだろ。この街は隼人学園のお膝元で米連が欲しがる魔界技術なんて存在しちゃいない。それに目前に迫った吸血鬼対策協議がある。となれば、米連のどの派閥が何をしようとしてるかなんて、簡単に説明できる」

 

「米連の排斥派、目的はカーラ殿か……!」

 

「今の所、それしか考えられないわな」

 

 

 紫の驚き混じりの声に、虎太郎は当然と首を縦に振った。

 

 今、このタイミングで米連が動くとするのなら、それしかない。

 治外法権である在日米軍基地の外に自国の戦力を置くのであれば、其処には何らかの利益を目的とした作戦行動がある筈だ。

 でなければ、米連は只の馬鹿でしかない。わざわざ日本政府を刺激するような、事実をぶち上げられれば国際社会から非難されかねない“他国内への戦力無断配備”など敢行する筈もない。

 

 では、その利益は何なのか、と考えれば答えは一つしかない。

 この街に米連の求めるような魔界技術が無い以上は、迫る吸血鬼協議の重要人物であるカーラ・クロムウェルに何らかの接触を図る目的と見るべき。

 また銃を持った工作員がうろついているとなると、決して穏当な方法ではないのは火を見るよりも明らか。

 結託派であれば懐柔策を取るであろう以上、是が非でも魔族を人界から排除したい排斥派が強硬策に打って出たのだろう。

 

 カーラをどうするにせよ、彼女がいなければ対策協議は始まらない。

 彼女が協議の場に顔を出さねば、どうなるか。最悪の場合、余計な不安と妄想に駆られ、吸血鬼との戦争に突入する。

 排斥派としては万々歳だろう。どれだけの犠牲が出るかは兎も角として、少なくとも“人界の吸血鬼”を滅ぼすという大義名分が得られるのだから。

 

 

「確かに、筋は通っていますね。ですが、それだけではこの工場が米連の拠点である理由が……」

 

「それも簡単。この工場、オレンジインダストリーの傘下企業のものなんですよ。この工場が建てられたのは隼人学園が設立されてから暫く経ってですしね」

 

「成程。となれば隼人学園の監視か、万が一に備えて先んじて作っていたと見るべきか」

 

 

 オレンジインダストリー。

 元々は軍需企業であったが、兵器開発によって培われたノウハウを生かして様々な分野に手を出している多角化経営企業。

 本社を米連に構えており、今もなお最新兵器の開発を行っている米連とも深く繋がった企業でもある。

 

 米連が日本国内で作戦行動を行う際、オレンジインダストリーの影が常にあるのは、対魔忍内部では周知の事実。

 事実、虎太郎は何度か傘下の子会社へと潜入調査も行っており、オレンジインダストリーと米連政府との繋がりを発見してもいた。

 

 またグラムの犯罪組織が活動を主としていたのは欧州が中心であり、米連内部までは手が伸びていない。

 米連は未だグラムの存在に気付いてはいない。グラムが死んだ事実は掴んでいるだろうが、生きているとは思っていないし、そもそも危険視もしていない。

 

 この事実と危険性を知る者は対魔忍だけだ。

 虎太郎と花蓮の身に降り掛かった予想外の不運を、何とか望外の幸運へと転じさせることが出来たからこそ。

 

 更に言えば、カーラを捕縛ないし殺害するとなれば、それなりの人員を用意していると見るべきだ。

 少なくとも40人は用意しているはず。下手をすれば、その三倍は既に工場内部で自分達の出番を今か今かと待ちかねているかもしれない。

 加えて、対カーラに特化した異能か、最新技術を与えられた実力者もいるだろう。

 

 

「ついでに言うと、動くのはオレ達が包囲網を完成させるよりも先だろうよ。奴等の方が早くに準備を進めていただろうからな」

 

「ならば……!」

 

「だからと言って、オレ達も動けん。グラムは此処で死んで貰わにゃどうにもならん」

 

 

 もし米連が先に動けば、最悪の事態を引き起こす。

 何らかの技術、異能によってカーラを殺害されるか、捕縛されればグラムはどう動くか。

 いや、動かなかったとしてもグラムにしてみれば美味しい話にしかならない。人類と吸血鬼の結んだ契約を破棄させることが最終的な目的だ。

 人と吸血鬼が戦争になったところでグラムは痛くも痒くもない。吸血鬼国家ヴラドが滅んだとしても、自分以外の全てを見下す男のこと、故郷と同胞の不様な姿に腹を抱えて笑うだけ。

 

 無理をして米連に先んじて動いたとしても、包囲網が完全に完成していない以上はグラムを取り逃がす可能性は高い。

 最悪の場合、米連から横合いから殴りつけられない。米連を警戒して隼人学園に戦力を集中しては、残る三つの拠点を制圧できなくなる。

 

 もっと質が悪いのが米連の兵士がグラムの傀儡となること。

 米連内部に彼の傀儡が生じれば、米連は内側から喰い破られる。資金力も動員できる数も爆発的に増し、グラムと寄生蟲による支配は手のつけられないものとなる。 

 

 どうにも八方塞がりだ。

 動いても駄目。動かなくても駄目。

 米連の出現によって、今まで積み重ねてきた準備は最早、水泡に帰したようにも思われた。しかし――

 

 

「さて、此処からは建設的な話をしよう。氷室、お前には言ったな。準備さえしときゃ、最善は勝手に見えてくるものだ、ってな」

 

「………………」

 

「今この状況における最善はな、オレ達の存在をグラムに悟られることなく、オレ達が全ての準備を整えるまで米連に足を止めて貰うことだ」

 

 

 米連は既に対魔忍と隼人学園が同盟を結ぶ、という情報を手にしているだろう。

 日本内部には親米派の議員は多く、山本長官も闇の組織への牽制として、この同盟関係を秘匿はしなかった。

 

 米連には救出作戦決行まで足さえ止めてくれればいい。

 カーラの殺害・確保が目的ならば、対魔忍側が勝利すれば、危険を侵すことなく目的を果たせる。隼人学園側が勝利したとしても、対魔忍を手助けする義理はなく、体力を少しでも削ってくれるならば御の字。

 つまり、救出作戦が決行されれば、彼等は情報とは違う対魔忍と隼人学園の戦いに驚きながらも、静観以外の選択肢を失うのだ。

 

 

「あのぅ……弐曲輪先生」

 

「ん? どうした、前園。言ってみろ」

 

「どうすればいいのか、分からないですよぉ。私達が動かずに、米連の足を止めさせる、なんて……」

 

「それに、こっちは救出作戦ですよ? ウチらの作戦が成功しても、その後で米連が喜び勇んで殴りにくるだけやないですか?」

 

 

 虎太郎の説明は十分に理解していたが、その方法は未だに語っていない。

 桃子は不安そうな表情で無理難題に知恵を絞っていたが、とんと方法を思いつかない様子。

 

 続く雫の言葉も尤もである。

 カーラが目的であるのなら、彼女の無事が確認されれば、米連は動き出す。そうなれば、否が応でも米蓮との戦闘は避けられなくなるだろう。

 

 

「オレに策がある。準備ってのがどれだけ重要なのか、自分の目で確かめな」

 

 

 その全てを理解した上で、虎太郎は普段の無表情が、燐とあさつきに見せた先程の嫌味な態度が嘘のような爽やかな笑みを浮かべた。

 好青年そのものの笑みに生徒達と奏は安堵を覚え、燐とあさつきは虎太郎が仕切ることは不満であったようだが、自分では打つ手無しと考えてか口を挟まない。

 

 ――だが、彼の本性を知る者は、彼と任務を共にした経験のある者の反応は違っていた。

 

 紫は人目も憚らずに頭を抱え、碧の瞳からは光が消え、零子は顔を引き攣らせすぎて眼鏡がずれ、黒百合はガックリと肩を落とし、翡翠は無表情を崩して口元を抑え、紅羽は白目を向いている。

 

 そう。彼女達は知っていた。

 虎太郎の場合、こんな爽やかな笑みを浮かべた後にこそ、ドン引きするような行動に出ることを……!

 

 そんなことに自分達が片棒を担がされる羽目になると理解しているからこその反応だ。

 

 

「さぁて、働いて貰うぞぉ、ワイト」

 

「はい、お任せを」

 

 

 ニッコリと微笑む彼が見ていたのは手元の資料と、自らと同じく微笑むワイトであったそうな。

 

 





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