虎太郎が目をつけた工場の地下には、確かに米連が極秘裏に設置した作戦基地があった。
内部には、日本の自衛軍に偽装した軽装甲機動車が三台。兵士の移動を目的とし、通常の運搬会社のものに偽装した大型トラックが二台が収められている。。
作戦の推移、本部との連絡を取り合う司令室、兵士達が僅かであっても安らげる兵舎、無数の武器を収めた武器庫など、戦場さながらの造りは米連がカーラと繋がりのある隼人学園をどれほど危険視しているかを窺い知れた。
その一室――作戦遂行前に兵士達と打ち合わせを行うミーティングルームで二人の女性が向かい合っていた。
「軍曹、今回の襲撃はやはり……」
「はい、隊長。目を付けた死体の司法解剖の結果、襲撃時には既に死亡していたものと思われます」
「そう、ですか……」
吸血鬼対策協議まで残り8日。
協議までにカーラの殺害ないし捕縛を目的として編成された
発端は昨夜、偽装工場へ行われた襲撃だった。
襲撃者は日本のヤクザ、そして手を組んだ魔族によるお粗末なもので、それ自体は大した脅威には成り得なかった。
幸いなことに、ヤクザの持ち出した銃器の大半には消音器が取り付けられており、魔族の持ち出した武器は中世を思い出させる斧や剣が主体であった故に、警察などの機関は動いているものの抗争場所の特定はされていない。
問題であったのは、襲撃者に混じって動く死体が確認されたことだ。
死体は襲撃者、彼女の部下、共に関係なく襲いかかった。
この襲撃により、特殊作戦部隊の兵士に幾人かの死傷者を出したものの、ヤクザと魔族、動く死体の殲滅に成功する。
予定外、予想外の襲撃にも対応できたのは、カーラという吸血鬼の女王へ対抗するための部隊であったことが大きかった。
しかし、問題であったのは動く死体の存在だ。
米連の諜報機関、部隊の諜報員からも、この街に死体を動かせるような魔族、術者は確認されていない。
であれば、必然的に容疑がかかるのは、吸血鬼の女王たるカーラである。
「本性を表した、と見るべきでしょうね……」
「……早計、とは言い切れません。カーラ・クロムウェルの能力は未知数。諜報機関の能力や常識が通用しない恐れは十二分に存在します」
此度の作戦指揮を取る女性は、ギリと機械化された手を嫌悪と憎しみから握り締める。
彼女の名は雪那・グレイス。
若くして対魔族戦闘のスペシャリストへと登り詰め、米連内きっての魔族嫌いとして知られる少女である。
彼女の人生は、魔族によってメチャクチャにされた。
米連の最新兵器開発研究員の父を持っていた彼女は、ある日、魔族からの襲撃を受けた。
父の研究を狙ってのものであったのか、魔族特有の刹那的快楽を求めてのものであったのかは、今となっては定かではない。
事実だけを述べるのならば、父は惨殺、母と姉は陵辱の限りを尽くされた挙句に殺され、彼女自身は殺されることはなかったものの下衆な欲望に晒されたのは言うまでもない。
並の人間であれば絶望から命を絶ちかねない現実であったが、彼女は絶望と屈辱を怒りへと変え、魔族をこの世から駆逐するべく米連へと入隊。
しかし、またしても彼女は躓いた。
ある作戦中に魔族の一撃を受け、身体の殆どが使い物にならない状態となってしまった。
生きているだけで奇跡的。執念だけで生き延びた彼女に目を付けたのは、米連のサイボーグ開発技術部であった。
本人の承諾もないまま、首から上と生殖器以外は機械化され、人工筋肉と人工皮膚で覆われた身体へと生まれ変わった。
彼女に身体改造を施した者達への嫌悪も怒りもない。寧ろ、より多くの魔族を駆逐し、より多くの仲間を守れるようになったことに対する感謝しかない。
何よりも、彼女に施されたサイボーグ化技術と武装は、彼女の父が基礎理論を構築したものであり、彼女にしてみれば無念の内に死んだ父と共に戦っているようなもの。不満などあろう筈もなかった。
その後、多くの魔族を屠った少女は、米連内で部隊長を任されるまでに至った。
彼女もまた凜花を拉致した部隊のアルマのような境遇である。
特殊な能力を保有する若者。最新技術、最新兵器を与えられた、与えざるを得なかった少年少女は、米連内での扱いは特殊だ。
増え続ける魔族と魔界技術に対抗するための緊急措置と特殊事例。
世界の先導者と自負する米連が、少年兵を実戦投入するという世論の不興を買いかねない現実を隠すための隠蔽工作。
複雑化、細分化していく組織各々の思惑と欲望。
最新兵器の実践における利点と欠点、特殊能力の解明と研究のためのデータ取り。
およそそんな理由から、彼女のような境遇は正式な階級こそ与えられないものの、権限は与えられた上で秘密部隊に属する。
今回限りの特殊作戦部隊も、そんな境遇の中から対魔族、対吸血鬼に相応しいメンバーで構築されており、雪那のような境遇のサイボーグ兵士が中心となっていた。
「今回の襲撃、カーラ・クロムウェルによるものであれば、撤退も視野に入れるべきかと」
「此処まで来て、ですか……」
副官の進言に雪那は眉を顰めるざるを得なかった。
無論、副官の進言の意味は十二分に理解していた。
襲い掛かってきた死体がカーラか、側近であるマリカによって食屍鬼に転化させられたのであれば、全ての前提が崩れ去る。
米連の情報網にも、カーラが闇の組織と繋がっているような事実は確認されていない。
少なくとも雪那と副官が考えた可能性は二つ。
カーラが米連の情報網を掻い潜り、隼人学園にすら気付かれないまま闇の一部として勢力を増大させているか。
この街に死体を操れるような能力者か術者が存在しているか。
前者の可能性は高い。
表向きには聖者のように見える者であっても、裏では魔族と繋がっているなど、よくある話。
属しているのが排斥派の派閥である故に、雪那も副官も何度となく目にしてきた現実である。
後者は考え辛いが、カーラと繋がっていると考えれば無理のない流れとなる。
今の今まで
何者か、或いはカーラが米連の存在を察知し、カーラを守るために先手を打ってきた。
カーラ自身が動かなかったのは“人の血を吸わない”という人との盟約を果たした上で、多くの組織を敵に回さずに勢力を伸ばすために。
「襲撃計画は一時中断を。工作員には再度、情報収集をし直すように動いて下さい」
「…………撤退は、どうなさいますか?」
「情報が出揃えば、本国から追加人員の派遣要請も通るでしょうが、念の為、準備だけは進めておいて」
「Yes,Mom」
雪那は魔族を憎んでこそいたが、それ以上に仲間の命を無駄に散らすつもりはない。
仲間の命を危険に晒す強硬策を選ばず、仲間の使命感を無駄にする消極策も選ばず、事態を好転させるための現状維持を選択した。
副官は雪那の命令に不満はないらしく、静かながらも力強い返事でミーティングルームを後にしていく。
――正に、この襲撃を仕掛けた虎太郎の思惑通りとなった。
排斥派であるならば、人に友好的な魔族を前にして、はい分かりましたで見逃す筈がないのは知っていた。
派閥の構成員は大なり小なり魔族に対して深い憎しみと怒りを持っている。魔族の引き起こした横暴や理不尽の被害者か遺族である場合が大半だからだ。
更に、排斥派の最終目的は、この地上から魔族を一掃すること。殺してもいいし、魔界に追い出して二度と人界に手出しをさせなくてもいい。
そんな彼等が、今まで人に寄り添うことを良しとしていたカーラが、その実、人を虫螻程度にしか考えていないとすれば、彼等の嫌悪感は他の魔族に向けられるものよりも遥かに大きい悪感情を向けるのは目に見えていた。
そうして、カーラを何としてでも打ち倒さねばならない理由を与えつつも、未だ全容を把握できない未知の敵という恐怖で縛る。
撤退しないのは間違いない。かと言って、今までの計画通りに進めれば同士を失う可能性は高い。
米連はまず間違いなく足を止める。今回の襲撃に何の関わりもないカーラの身辺を再び調査し直すだろう。
時間稼ぎには十分過ぎる。これで米連は無駄な時間を調査に費やし、協議ギリギリまで粘るのは目に見えていた。
斯くして、雪那・グレイスとその部隊は顔も知らない虎太郎の思惑で
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「街の一角で戦闘があったようです。詳しい内容は分かりませんが、この街のヤクザ共と手を組んだ魔族と米連の小競り合いだとか……」
「何……?」
「信用のならない情報筋からですが、現場から離れていても血の匂いが濃い。戦闘があったのは間違いないでしょう」
隼人学園の理事長室では、グラムが椅子に座り、傍らには部下の吸血鬼がありのままの事実を伝えている。
吸血鬼の聴覚と嗅覚は人間よりも鋭い。
米連が戦闘行動を行った夜に、尤も近い拠点で待機した幾人かの部下は消音器の取り付けられた銃声を耳にしていた。
念の為、音の聞こえた工場へと向かった。事は既に終わっており、監視カメラの多さから侵入こそできず、内部の様子も探れなかったものの、周囲に漂う濃厚な血の匂いに、かなりの人数が死んでいることは明らかだった。
其処で昼間にフリーランスの情報屋に当ってみれば、街のヤクザ――右衛門会が工場に身を隠している米連の一部隊が交戦したと言うではないか。
自分では判断しかねると考えた部下は、こうしてグラムへと報告を行ったのである。
(このタイミングで米連が街に潜んでいるのであれば、狙いはカーラか。であれば、私の存在に気付いているとは考えにくい。表向きには私は死んだことになっているからな)
(これはチャンスだ。上手くやれば、米連の内部にまで私の寄生蟲を潜ませることが出来る……!)
「しかし、何故ヤクザと米連が小競り合いを……?」
「……情報屋に当たりましたが、ヤクザと魔族の動きは突然だった、と。そして、ヤクザの頭がその直前に魔界医師を呼んでいた、と」
「状況的にみれば、ヤクザの親玉が米連にちょっかいを出して負傷した、と見るべきか」
「それが、最も自然と思われます」
グラムが気にしたのは、交戦の理由だ。
確かに、右衛門会の存在は知っていた。隼人学園を乗っ取る前段階として、この街のヤクザにアムリタを売り捌かせようと取引を持ちかけていたからだ。
だが、結果は梨の礫。
右衛門会の組長は、アムリタなんぞに手を出せば、隼人学園や上原家が黙っていないと取引を拒絶した。
グラムは臆病な人間が、と罵ったものの、当然の判断として納得はしていた。慎重かつ冷静に動くからこそ、右衛門会のような弱小組織は今まで生き延びてこれたと分かっていたからだ。
どうにも、米連との交戦は右衛門会らしからぬ大胆さを感じさせるが、違和感にまで至らない。それはグラムもまた闇の組織の長であるからだ。
この手の組織は顔に泥を塗られることを何よりも嫌う。
顔に泥を塗られたままにしておけば必ず他所の組織に舐められ、以後の活動が立ち行かなくなる場合もあるほどだ。ましてや、弱小組織であれば尚の事。
政治の世界でもそうであるように、闇の世界においても他者から馬鹿にされるというのは致命的である。
示威の姿勢というものを見せなかれば、他所は挙って利益を得ようと喰い潰すか、取り込むように動く。
その傾向は表の世界より顕著だ。元々、非合法組織である。法を犯していようが、人道など関係のない手段は好きなだけ使えるのだから当然だろう。
「北絵、この学園の結界は米連相手にどれほど有効だ」
「…………ご主人様、申し訳ございません。米連に雇われた魔族でもなければ、問題なく侵入できます」
壁際に立っていた北絵に、グラムは質問を飛ばしたが返ってきたのは予想通りの言葉で舌打ちをした。
北絵はグラムの舌打ちに弁明すら出来ずに青褪めた。裸のまま乳首を勃起させ、発情から滲んでいた汗が一瞬で引くほどだ。
もうすっかりと雌奴隷としての姿が板についている。見る者によっては痛々しいが、グラムと部下にしてみれば愉悦の対象でしかない。
散々、同胞を屠ってきた憎い相手が、自分達に縋ってくる姿など腹を抱えて笑いたくなるほどに滑稽だ。
「結界の強化は可能か?」
「不可能、ではありませんが、一ヶ月かかるかと」
元より上原家の結界術は吸血鬼に特化したものだ。その副産物として魔族にも大きな影響を与える。
無論、人間に対する効果はあるものの、一瞬で消滅させるようなもの、侵入自体を拒むものとなれば、相応の準備が必要となる。
あくまで隼人学園は人間を守るための狩人を育成するための機関。
周囲に張られている結界は人外を想定したものであり、人間までもを拒んでしまっては、出るのも入るのも一苦労。
政府の関係者とて出入りをする。生徒の親が一般人である場合もある。万が一にも、彼等を傷つけるわけにはいかない故に、人間に対する効果はほぼないタイプの結界だ。
現状、結界は隼人学園の下を通る龍脈――言わば土地の血管、経絡系のような莫大なエネルギーとリンクしており、維持されている。
細かな調整は北絵の得意とする分野であったが、新たな効果を付与するとなると結界の術式を一から組み直す必要があった。
それでも一ヶ月でその規模の結界を張れる辺り、北絵の術者としての力量が凄まじいと嫌でも分かろうというものだ。
「……死神を使いますか」
「マスターのご命令とあらば」
「馬鹿を言うな。それは、最後の手段だ」
北絵の隣には、褐色の肌と豊満な肢体を惜しげもなく晒したマリカが立っている。
恍惚とした表情と瞳は、誰の目から見てもグラムに対する揺るぎのない忠誠と発情を示しており、彼女もまた北絵同様に寄生蟲の支配に抗えぬまま堕ちてしまった事実を伝えていた。
グラムは部下の進言とマリカの忠犬の如き言動を諌める。
米連の差し向けた部隊の規模は分からないが、マリカならば問題なく高を括ってはいた。
暗殺騎士団の頂点、死神の二つ名が示すように、マリカの実力は吸血鬼においてもズバ抜けている。
流石に、カーラに届くことはないだろうが、吸血鬼の能力を駆使すれば米連のセンサーなど容易く突破して、部隊の頭の首を取ってくるだろう。
だが、今はまだその時ではない。やるにしても最終手段だ。
現状、カーラはまだグラム側にはついていない。北絵やマリカの変化に気づいてはいないものの、マリカが米連を襲撃なぞすれば彼女に気取られる恐れがある。
カーラは人間を尊重し、友として見ている。
吸血鬼や魔族と手でも組んでいなければ、問答無用で襲撃など決して許さない。グラムにとっては忌々しい弱気な姿勢としか映らないだろうが、まずは対話を望む。
マリカは今までカーラの王族としての在り方を尊重してきたにも拘らず、容易く翻すような真似をさせる訳にはいかなかった。
「…………神村の方は、どうなっている?」
「はい。ご主人様の命令通りに洗脳した生徒達を使って、メス豚に仕立てている最中です」
マリカを堕としたグラムは、既に東にまで毒牙を掛けていたようだ。
東は恐るべき直感で、何も知らないままにグラムの血液に何らかの効果があると看破したが、生徒を使った策の前に膝を屈した。
今現在は学園の何処かで部下と洗脳された生徒に犯され、寄生蟲との融合を促進させられている。
このまま行けば、東の陥落も時間の問題であったが、事情が変わってしまった。
「予定変更だ。まずはカーラを堕とす。神村は処分するぞ」
「では、生徒を使いましょう。生徒を盾に使えば、殺すのは簡単ですもの」
かつて優しさからなる厳しさを以て接していた生徒をグラムのために使い潰すと宣言をしながら、北絵はうっとりと微笑んだ。
常であればグラムでも薄ら寒くなる女の情念に満ち溢れた笑みであったが、それを自分が浮かべさせたとあれば話は別だった。
喉から漏れる笑いを噛み殺し、神村の陥落から抹殺への移行、カーラを陥落させる計画を立て始めた。
グラムが焦るのも無理はない。
計画では東を堕とした後に、いよいよカーラを攻める腹積もりであったが、米連の介入を察しては悠長にはしていられない。外堀を埋めている余裕はなくなった。
いつ何時、米連が襲撃に動いてもおかしくない状況なのだ。
本命であるカーラを調教している最中に介入されては堪ったものではない。全てが台無しになってしまう。
逃げ遂せることは出来るだろうが、またしても面倒な手順を踏まねばならず、グラムの組織はカーラ達によって壊滅状態なのだから次のチャンスがいつ訪れる分からない。
ならば、多少の危険を犯してでも、
こうして、グラムもまた虎太郎の読み通りに動き始めた。
米連の動きを読めたのは組織形態や運用方法、思想や理念を熟知していたとするのならば。
グラムの動きを読めたのは、彼等が同じ闇の中から産み落とされた兄弟であったからだろう。
元を質せば、虎太郎もまた他者を喰い物にする闇の住人。対魔忍などよりも性質は近い。
彼等の考えや行動を正しく予測するなど息をするかの如く容易い行いであったようだ。
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「――――と、隼人学園と米連の動きはこんな感じだな」
「あの、弐曲輪先生、隼人学園の方はカメラを設置したそうですから分からなくもないですが、米連の動きはどうやって……」
「んー? ひ・み・ちゅ♡」
「はぁ…………百田、サイボーグを知っているな?」
「あっ、テッメ!」
「それは知っています。私自身、任務で何度か交戦していますから」
雪那とグラム、それぞれが行動方針を曲げざるを得なかった夜から開けて翌日。
前夜に吸血鬼の拠点の一つを見張っていた里奈子は、朝方に生徒達の待機部屋に戻って睡眠を取ると、新たな情報が入っていないか、状況に変化がないかを確認するために仮設本部を訪れていた。
驚くべきことに、事は虎太郎の思惑通りに進んでいた。
米連もグラムも自覚のないままに虎太郎の操り人形になっている事実に、里奈子も背筋が寒くなる思いであった。
しかし、それ以上に疑問であったのは、どうやって米連の動きを察したか、だった。
米連の科学技術を警戒して、工場への潜入は許可されていない。
不用意に侵入を試みて、対魔粒子を計測するセンサーが存在し、警報でも鳴らされれば対魔忍の存在がバレれば全てがおじゃんだ。
米連が拠点としている工場は、今は零子が遠巻きに監視を行っているだけの筈。出来るにしても急な動きを報告するのが精々で、内部の事情など知り得る筈がない。
「サイボーグには数十種類以上ものタイプがあることは?」
「それも知っています。戦闘特化や情報収集に特化したタイプがあるとか。それに、完全なワンオフ――量産を前提としていないサイボーグも存在している、と弐曲輪先生の授業で聞き及んでいます」
「そうか。其処まで知っているのなら、もう一つ知っておけ。情報収集に特化――殊更、工作員型のサイボーグは通信システムで司令部と直接繋がっていて、カメラアイからの映像もリアルタイムで視聴が可能なようだ」
「はぁ、そうなの、ですか……でも、それが?」
「工作員型のサイボーグに搭載された通信システムを解析してしまえば、奴等のメインフレームへの侵入も決して不可能じゃない、ってことさ」
「………………」
へらへらと笑いながら答える虎太郎に、里奈子は顔を引き攣らせる。
機械関係に強い訳ではないが、虎太郎の仕出かした行いを何となく察しが付いたからだ。
工作員型のサイボーグも目的や用途にとって、細かな仕様は違っているだろう。ただ、基礎となる原理や設計は間違いなく共通のはずだ。
工作員の数は多ければ多いほどいい。高性能化を犠牲にして、量産性を重視するのは目に見えている。ならば、多くのパーツに互換性を持たせた方が合理的である。
任務に適した
そもそも通信システムが多岐に渡っては、暗号化して送られてくる情報や映像を解析する手間が掛かり過ぎてしまう。
ならば、ハッキングやクラッキングに対抗するには通信システムそれ自体を変えるのではなく、司令部に送られる情報の暗号化やメインフレームのファイヤーウォールを強化した方が現実的。
事実、米連は機械技術においては魔族ですら上回る。元より彼等の専門分野と言っても過言ではないのだ、当然だろう。
例え、ウィザード級のハッカーであったとしても、米連のファイヤーウォールを破ることは不可能だ。
腕がどれだけあろうとも、そもそも個人で保有できるコンピューターでは演算能力に差がありすぎて、一瞬でパソコンが落ちてしまう。
だが、機械仕掛けの神の御業であれば、これを破るなぞ児戯に等しい。地球上のコンピューターでは、それこそ彼には対抗できない。
ただ、虎太郎が気にしたのはメインフレームへのハッキングが露見することだ。
アルフレッドならば力技でハッキングを成功させることは不可能ではない。魔術的な防衛機構が組み込まれていれば不可能、などと彼は嘯いているが、本気で当たれば不可能すら可能となる。
だが、力技になればなるほど痕跡はどうしても残る。ファイヤーウォールの解れ、情報の閲覧記録、魔術的な残り香。あらゆる側面から痕跡を辿れるのである。
情報とは誰にも気取られることなく手に入れてこそ最大の効果を発揮する。頭の回転が早いものならば奪われた情報から、狙いや目的を察して先手を打ちかねない。
故に、虎太郎は工作員の通信システムを乗っ取ることで露見を極限する手法を選んだ。
戦いの中で見かけた工作員を敢えて見逃し、当人が寝静まったところでアルフレッドによって通信システムにバックドアを仕込ませた。
メインフレームに登録された工作員からのアクセスであれば、ファイヤーウォールも正規の方法で突破できるし露見する可能性は低い。
こうして、米連の工作員は、自分でも気付かぬ内に虎太郎の目となり、耳となり、鼻となっているのであった。
因みにであるが、メインフレームへのアクセス自体は虎太郎が行う。
アルフレッドが行ったのは通信システムへの仕込み、アクセスを統括するソフトの作成までであり、既に彼の手から離れている。
と言うのも理由は単純明快。
アルフレッドが常に監視を行っていれば、対魔忍や人類にとって不利益となる行いを未然に防げるメリットを十分に理解した上で。
アルフレッドが億に一つの可能性で舞台を終わらせるためだけの機械仕掛けの神と化した際のデメリットを危険視したからだ。
彼の性格を考えれば、最悪の未来を想定した上で既にアルフレッドの裏切りに対抗するための手段を用意しているだろうが、確実に時間との勝負になる。
これだけの繋がりをアルフレッドに全て任せていては、情報など奪い放題。下手をすれば、新型の大量破壊兵器を自立機動させることも、製造工場を稼働させて独自の殺戮機構を作成することも容易になってしまう。
世界の終わりを一秒でも遅らせるために、米連の中枢に繋がりかねない経路は全てを自分で握っておかねばならなかった。
呆れた猜疑心は毎度のこと。アルフレッドが裏切るなど、それこそ有り得まい。
ただ、彼はアルフレッドは優秀かつ有能な味方と認めてはいるものの、同時にブラックや屍の王、異界の悪魔や神性などの上位存在よりも遥かに危険な相手と認識しているのだ。
「色々、やったんですね……」
「うん、そぉだよぉ。ぶっ殺した工作員の頭を解剖して通信機器を引き摺りだして調べたり、生かしたまま頭を割ってみたりとか色々試してみた。まあ、最終的には当人にすら気付かれない方法が一番よかったわけだが」
「………………」
「諦めろ、百田。何を言いたいかは痛いほど理解できるが、この最低男の前では何もかも無意味だ」
里奈子は最早、言いたいことが有りすぎて、逆に何を言っていいのか分からないらしく顔を引き攣らせるばかり。
彼女の気持ちは痛いほど理解できる紫は、里奈子の肩に手を置いたが、当人も頭が痛いらしく目頭を揉み解している。
里奈子の反応は、紫も通ってきた道なので慰めてやりたくもなるが、十年以上もこの調子では頭痛の一つも覚えよう。
そんな二人の様子を虎太郎は余裕のスルー。この程度でいちいち反応していては立ち行かない。
米連は思惑通りに足を止めた。以後は、諜報の担当を使って出てこないカーラと闇の組織の繋がりを探り、時間を浪費するだろう。
街に潜むグラムの部下を探り当てられる心配はない。人と吸血鬼を見分ける手段は米連には存在しておらず、人には持ち得ない能力から判別せざるを得ない。グラムもその辺りには気を使っており、部下達に不用意な戦闘行動は取らせない。足止めとしては十分だ。
それ以上に僥倖だったのは、グラムが東を斬り捨てる方向に動こうとしている点だ。
カーラを陥落させていない以上、気付かれることを恐れて東の始末を学園内でつけることはないだろう。
なら、最も可能性の高いのは生徒を餌にして東を誘き出してから、何らかの卑劣な罠を用いるのは目に見えていた。
(状況は整っている。米連もグラムもこっちの存在に気付いていない。なら、もう一度、罪をおっ被せるとしましょうか)