「生徒達が消息不明……?」
「……ええ」
米連が再度、隼人学園とカーラの周辺の再調査を決め、グラムが策略の方針を変えた翌日。
朝日が昇ってから3時間後の午前8時。隼人学園の理事長室には理事長である北絵が東を呼び出していた。
東も連日の調教によって、肉体は常時発情した状態でこそあったものの、生徒の身に何らかの危険が及んでいることを知るや、鋭い眼光を北絵に飛ばした。
彼女に調教中の記憶はない。
肉体に仕込まれた寄生蟲が、当人が思い出せば怒り狂いかねない記憶の想起を邪魔立てしているのだ。
これによって北絵もマリカも、グラムの魔の手から逃れられなかったのである。
「………………」
眼光は北絵の事情を探っているかのよう。普段の彼女ならば、決して向けない視線だ。
東は北絵に全幅の信頼を寄せている。
倒してきた下衆な怪物どもの死体で山を築くことが誇りであった彼女は、教師となったことで後進の成長の手助けをし、背中を見送ることが誇りとなっていた。
自身の変化を、こそばゆくも受け入れていた東にとって、その道に無理やりながらも引き摺り込んだ北絵には返しきれないほどの恩があると言っても過言ではない。
だが、今になってその信頼は揺らいでいた。明確な理由があった訳ではないが、嫌な予感がしたからだ。
嫌な予感は、つい最近に感じたものと同一であったような気がするが、それを感じたのが何時だったのか、何に対してだったのかをまるで思い出せない。
凄まじい話である。
彼女は勘がいい、という理由だけで、寄生蟲によって記憶を弄られていると言うのにグラムの影を踏んでいるも同然の位置に立っていた。
惜しむらくは、彼女が教師としての経験を積んでしまっていることか。
神村家の次期当主という肩書も気にせぬまま、狂犬同然に人外の化物共を屠ってきた狩人時代であれば、自身の勘という理由だけで北絵を締め上げて口を割らせていただろう。
だが、教師となってからは、分別というものを見に付けてしまった。
生徒達の規範になる、などとは口が裂けても言えないが、生徒達が自ら危険な道を選択してしまうような背中だけは見せていないつもりだ。
事実として、東はよくやっていた。若かりし頃の狂犬ぶりは、言動に現れているものの、行動には反映されていないのだから。
今回は、それが仇となった。
直感よりも自らの立場や周囲への影響を考慮した大人としての態度が、グラムへの足掛かりを閉ざしたのである。
「東先生には、生徒達の足取りを追って貰いたいわ。授業態度も良ければ、悩みもあった様子もない。なのに、外出届を出したまま戻らない。これは……」
「吸血鬼や魔族が絡んでるかもしれない、ってことっすね」
「そういうことよ。最後に目撃されたのは、街の繁華街よ」
「んじゃあ、今日のあたしの授業は別の先生方にお願いしますね」
「待ちなさい、東先生。もう出るつもりなの……?」
「まあ、こういうのは早い方がいいでしょ? 単なる無断外泊だったら叱ってやらなきゃっすよ」
嫌な予感を振り払うように、北絵から差し出されていた粗茶に視線を落としていた東は立ち上がる。
生徒が自身の意志にせよ、何者かの思惑にせよ、学園に戻らないのであれば、早く動くに越したことはない。
自身の意志であるのならば、学園の何処に不満があるのか、今の生活に不安を抱いているのかを聞いてやらねば、生徒の将来に影響を及ぼしてしまう。
何者かの思惑であるのならば、一刻も早く助け出してやらねば命に関わりかねない。
短絡的でこそあったものの、選択肢としてはそれ以外には存在しない。
街の繁華街であれば、東の庭も同然だ。馴染みの情報屋も居れば、繁華街に出入りのある知り合いも少なくはない。
今の時間から繁華街を回って情報を集め、自身の勘も頼れば、夜までには生徒の居場所を突き止めることも出来るという算段だった。
「………………チっ」
ひらひらと片手を振りながら視線を合わせることなく理事長室から出ていった東に、北絵は舌打ちをする。
彼女が目線を落としたのは、東が一度も手を付けなかった湯呑み。
差し出した茶の中には、劇薬が入っていた。
一口でも飲めば、直ぐにでも全身へ毒が駆け巡り、即座に死へと至る類のものであったが、流石に直感そのものが異能に等しいと称されるだけのことはある。
東自身、毒に気付いていないだろうが、無意識に直感に従ったのか、すんでの所で自らの死を回避するのは一流である。
……東にしてみれば、此処で死んだ方がまだマシであったかもしれない。
グラムが用意した罠は、寄生蟲と洗脳によって既に操り人形と化した生徒を使った悪辣なもの。
生徒想いの東は決して生徒を見捨てる真似など出来ないし、許しはしない。
許しはしないが、操り人形となった生徒が、それこそ死ぬまで東に襲い掛かってくるとあれば、どうか。
生徒達には寄生蟲を実用段階まで、実験体を犠牲にして得たデータをベースに肉体改造を施してある。
改造の内容は実に単純だ。肉体に掛けられたリミッターを解除してあるだけ。所謂、火事場の馬鹿力を常時発揮しているような状態にするだけ。
勿論、洗脳は施されているが、自意識は消していない。其処が、今回のミソだろう。
どれだけ常人よりも強靭な肉体を持つ狩人の卵と言えども、限界値というものは必ず存在し、これを超えれば肉体は自らの力で自壊していく。
生徒達はこれを強制される。自意識を保ったまま、自らの肉が断たれ、骨が砕け、霊力が尽きてなお生成する苦痛を味わい、悲鳴を上げながら東に襲いかかるのだ。
彼女は選択を迫られるだろう。即ち、自分が生徒を殺すか、自分が生徒に殺されるのかを。
どちらを選択するのか。いや、どちらであっても結果は変わらない。
生徒に殺されるのであれば、それで良し。生徒を殺そうとするのならば、その迷いに刃を滑り込ませるだけである。
東が死ぬ光景を想像し、北絵はうっとりと頬を染めた。
いや、東が死ぬ光景とはおかしな話か。彼女が想像しているのは、主人であるグラムの命令を実行し、その褒美を想像しているに過ぎない。
粘ついた粘着音とどうしようもないメスの嬌声が誰の耳に届くことなく理事長室で木霊するのは、暗躍するグラムそのものを示しているかのようだった。
―――――
――――
―――
――
―
「――――チッ!」
理事長室を出た後、東は得物をバットケースに収めて繁華街へと向かった。
彼女の得物は“鬼切”と銘打たれ、梵字の刻まれた金属バットだ。尤も、元からバットであったわけではない。
元々は神村家に伝わる長刀であったのだが、確かに受け継いだはずの東が、現当主であった父親の許可も取らずに現在の形へと打ち直してしまったのである。
これには父親も頭を抱えたものの、東の言い分は合理的な理由であったが故に押し黙り、東の出す結果に口を開くことも出来なかった。
現代社会において、狩人の存在は秘匿されている。
警察上層部には知っている者も居るが、末端ともなればそうもいかない。
狩りの最中にいちいち職務質問や、刀剣の登録証を見せなければならないなど堪ったものではない。
それを嫌った東は、お抱えの鍛冶屋に刀をバットの形状へと打ち直させた。
バットであればケースに入れてさえおけば、周囲から好奇の視線で見られることもなく、警察の目にも止まらない。
万が一、誰かの目に止まったとしても、刀などよりも遥かにあしらえやすい。
また形状を変えたことで、東の手には馴染むようになった。
相性もあったのだろう。剣術という小手先の技術や型に嵌った動きをしていては得物に霊力を込めづらかったが、バットのような一撃に全てを賭けざるを得ない得物にすることで霊力を込めるのは遥かに簡単になった。
その結果、“鬼切”は千の吸血鬼の血を吸った、とまで噂されるようになったのだ。
煙草を咥えながら繁華街を行く東であったが、頗る不機嫌であった。
腕を組んだ男女も、酔っ払った勤め人も、ナンパしようとしたチンピラも、彼女の表情と発せられる鬼気を前に即座に道を開けていく。
不機嫌であるのには理由があった。
昼間から時間をかけているにも拘らず、生徒達の手がかりを一向に掴めなかったから――――ではない。
判断に迷っていたが、彼女の勘は確信の領域にまで手を伸ばしていた。
学園から出る直前、確かに視線を感じたのだ。
勘で視線を感じた方向を見ても、当然の如く姿はない。そんなことが数度続き、首を捻った。
昼間の内に、敢えて人気のない場所で待ち、相手を誘ってみたのだが、それでも姿を現すことはなかった。
露骨になったのは、日が暮れてから。
まるで人が変わったように、視線を感じる回数が増え、遠目でも怪しい人物を見つけることもあった。
吸血鬼の活動は夜間が中心となる。日光を避けているのではなく、基本的に吸血鬼は夜行性の生き物なのだ。尤も、人間と同じように訓練と気力次第でいくらでも日中に生活に変えることも可能ではあるのだが。
勘だけではなく奴等の行動からも、ほぼ間違いなく吸血鬼と確信していた。
(面倒だな。来るなら来やがれ……!)
東が苛立っていたのは、彼等の見切りの遅さであった。
疾うの昔に自分が気付いていることを察しているだろうに、二の足を踏んで仕掛けてこない間抜けさにこそ苛立ちを覚えていた。
吸血鬼が生徒を攫った確証はないが、勘自体は関わりは皆無ではないと告げている。
いい加減、下らない駆け引きはうんざりであった東は、するりと路地裏へと身体を滑り込ませた。
繁華街の路地裏には、各店から出された生ごみ、酔っぱらいの吐瀉物や排泄物、何らかの犠牲者の血の匂いが混じり合い、吐き気を覚えるほどの不快感を発生させる。
東の経験上、この匂いが酷くなればなるほど、街が荒れている証左であることを知っていた。
魔界都市に出向いたこともあるが、あちらはもっと酷い匂いと有り様だった。血の匂いとドラッグ特有の甘い刺激臭は更に濃くなり、男女の嬌声が所構わずに響き、見たこともない魔界の昆虫が地面を這い回る。
それに比べれば、まだまだマシな方であるが、以前よりも匂いが濃くなっているのは確か。
(街のどっかでゴキブリみてぇに数を増やしてるってことか。本当、何処にでも入り込みやがんな、アイツ等)
放置されたゴミ袋や空き缶を蹴り飛ばしながら路地を進んでいくと、背後から自身を追ってくる気配がした。
地の利は東にある。撒こうと思えば撒けたが、生憎と生徒達の居場所を聞き出さねばならず、ましてや彼女は狩人だ。街を汚す吸血鬼の姿を見つけた以上、討ち取らねばならない。
民間人を巻き込まず、そして吸血鬼を逃さない開けた場所で戦うのが望ましい。
其処まで考えた東は頭の中にあった地図から最適の場を導き出し、目的地へと設定した。
路地を右へ左へ。時折、繁華街の大通りを横切っては、また細い路地へと身体を滑り込ませる。
勿論、後ろから追ってくる連中を撒かない距離を保ってだ。
五分もすれば目的の公園に辿り着く。
繁華街の片隅には開発から取り残され、子供達が寄り付かなくなった公園があった。
遊具も撤去され、周囲を囲むように植えられていた木々も引き抜かれており、近々何らかの店の建築が始まることだろう。
寒々しい公園の中心に立った東は、バットケースの中から鬼切を取り出すと肩に担いだ。
街灯と月の光を反射させていた筈の鬼斬は、また自らも東の霊力を吸い上げてボンヤリと青く光を発し始めた。
まるで深夜営業の店先に吊るされた捕虫器のようだ。
吸血鬼は、害虫さながらに東と鬼切に引き寄せられて、闇の中から姿を現す。
その傍らには隼人学園の学生服を来た少年少女四人の姿も見て取れた。
全員、東が受け持ったことのある生徒達だ。見間違えようもない。
何らかの幻術や目眩ましの類も疑ったが、勘は彼らが本物であることを告げていた。
(おかしな術でも掛けられてるのか、少なくとも正気じゃねぇな……)
生徒達は目を開いているが、光がない。反面、足取りと呼吸は整っている。
夢遊病患者であっても、此処まで大地に足を付けて歩きはしないだろう。
東が敵の術中に堕ちた生徒を睨むことなく、寧ろ哀れみの視線を向けたが、それも一瞬のこと。
凄まじい怒気と殺気が放たれ、吸血鬼が足を止めたのみに留まらず、遠くの電柱で眠っていた鳥は危険を顧みず夜空へと飛び立ち、虫の鳴き声は消え果てる。
煙草のフィルターを噛み切って、東は一言も発することなく笑っていた。
肉食獣の威嚇にも笑みは、吸血鬼に恐れを抱かせるには十分であったが、彼等も最早、止まりようがない。
自らの長の命に加え、東の反応からも生徒の救出を優先するのは目に見えていた。
その生徒も改造が済んでおり、いくら気を失わせようとも、痛みと共に覚醒を繰り返し、死ぬまで動き続けるだけだ。その間に、東の首を取ればいいだけの話。
一瞬の膠着の後、東の最後となる筈の戦いの火蓋が斬って落とされようとした瞬間――
「な、何だぁ――――!?」
――公園全体が煙幕に包まれた。
反射的に毒を警戒して服の袖で口元を覆った東は、周囲への索敵も怠らない。
初めは吸血鬼の策かとも考えたが、相手方の反応を探ってみれば、返ってくるのは困惑ばかり。この事態は吸血鬼共にとっても予定外であったようだ。
(何処の誰だか知らねぇが、好機か! 今の内に生徒達を――――――いや、狙いは、あたしかっ?!)
煙幕の中、生徒達に施された改造も知らぬ東は、最大の好機が飛び込んできたと一歩を踏み出そうとしたが、それが最大の失敗であったことを悟る。
直後、最大級の悪寒が東を襲う。
背骨がそのまま氷柱に置き換わってしまったかの如き嫌な予感。しかし、己の危機を伝えるには遅すぎた。
煙幕を好機と判断した間違い、生徒達が敵の魔の手に堕ちていた焦り、吸血鬼共への怒りと殺意が東の勘を鈍らせ、自身の危機を無意識に後回しにしてしまったことがそもそもの原因だ。
「はっ? ――――――――ぁああぁっ!??!」
横合いから煙幕を突き破って現れたのは、車体のフロント部分だった。
生徒の救出に動こうとした東は、嫌な予感の正体に思わず疑問の声を上げたが、それも一瞬のこと。
減速せずに突っ込んできたボンネットに対して、咄嗟に鬼切を滑り込ませることで衝撃を幾分か和らげたが、数トンの鉄塊による衝撃がそれだけで凌げる筈もなく。
東の視界がブレて歪み、全身がバラバラになりそうな衝撃と浮遊感の中、自身が強制的な交通事故に巻き込まれたと理解した。
二度目の衝撃は、背中から地面に叩きつけられたからだ。
横隔膜は迫り上がるだけ迫り上がり、肺を押し潰して酸素の供給が断たれている。
受け身こそ取ったものの、受け流せなかった衝撃は全身の骨と関節を軋ませ、肉と内臓は絶え間なく痛みを訴えていた。
「うっ、ぐぁぁ……っ!」
その全てを苦悶の呻きと共に吐き出し、鬼切を杖代わりに立ち上がる。
霊力で強化された肉体に外傷は見られなかったが、それでも即座に戦闘態勢を取れはしない。
それでもなお立ち上がれたのは狩人の矜持よりも、寧ろ教師としての使命感であった。
此処で死んだとしても、生徒達を隼人学園に連れて帰る。
ぎりと歯の根を噛み合わせ、痛みで萎える気力と身体を叱咤して、煙幕の向こうから現れるであろう第三の敵に備えた。
「米、連……かよ……、上等、じゃねぇか……」
煙の帳を裂いて現れたのは、ヘルメットと防毒マスクで顔を覆い、ボディアーマーで身体を固めた兵士であった。
奇妙だったのは、彼等の
しかし、その疑問も即座に氷解した。
兵士は東に向けたのは、プラスチック製の銃だ。チープな外見は玩具にも見えたが、実態はもっと凶悪。
ガス圧で発射された弾頭はワイヤーで直結されており、先端には針が取り付けられているテイザーガンであった。
人類の生み出した非殺傷兵器の一つ。一言で言えば、発射型のスタンガンである。
元々は裁判の判決を不服とした裁判当事者が、裁判所関係者に危害を加える可能性があったために配備されたものであるが、徐々に警察などにも広がっていった武器である。
対魔忍や魔族の捕獲を目的とした作戦では度々用いられる武器の一つであり、強化改造を加えられたテイザーガンは皮膚が硬質化していない者には非常に有効だ。
ただ欠点として、発射機構はガスなどの圧力、少量の火薬を用いているために、弾速が遅い。
どれだけ身体が意のままにならないと言えど、東ほどの狩人であれば捕らえることは容易い。
発射された針を鬼切で難なく払い落とした東であったが、残念ながら無意味。
「ぐぅ、あぁあぁ゛ああぁあ゛ぁ――――!!!」
発射されたテイザーガンを握った左手とは逆の右手には、もう一丁のテイザーガンが握られていた。
一丁目は払われるのは織り込み済み。本命は二丁目の方だ。
どれだけ優れた勘を持とうとも、激突の衝撃から回復していない状態で矢継ぎ早に攻められては、分かっていたとしてもどうにもならなかった。
彼女の意志とは無関係に、筋肉が硬直し、全身が痙攣する。
屈強な魔族ですら一瞬で気絶する電流に晒された東は、それでもなお意識を保とうとしたが、如何ともしがたい。
「おいおい、マジか。ハイエース直撃して、テイザーに5秒も耐えるとか、人間じゃねぇや」
意識が闇に飲み込まれる直前、耳に入ってきたのは、何処かで聞いた覚えのある、この場に似つかわしくない男の
―――――
――――
―――
――
―
「あー、あー、こちらアサルト1。対象の気絶を確認。回収の後に離脱する。ブラボーチーム、周囲に変化は?」
『こちらブラボー1、吸血鬼の追撃、
『こちらブラボー2、煙幕の中から吸血鬼の一人が出てきた。あ、眠ったね。ぐっすりすやすやだ』
『こちらブラボー3、ドローンの類も確認できませーん』
「了解。そのまま離脱してくれ。此方も用事を済ませて離脱する。オーバー」
アサルト1を名乗った男は今し方気絶させたばかりの東を引き摺っていく。
つい先程まで運転していたハイエースに戻れば、同じように気絶した生徒達をハイエースに乗せている残りのアサルトチームの姿があった。
言うまでもなく米連の特殊部隊などではない。
米連の標準装備を着込んだだけの虎太郎と紫、ワイト、花蓮、雫の5名だ。
隼人学園に対し仕掛けた監視カメラ、遠巻きから人員による直接の監視を行わせていた虎太郎は、バットケースを肩に掛けた東の姿を発見すると即座に行動へと移した。
東を確保する虎太郎、紫、ワイト、花蓮、雫の
昼間、東が感じていたのは偵察部隊の視線だった。
三名の相当に気を使っての尾行、偵察であったにも拘らず、この勘の良さである。
それでも居所を掴ませなかったのは、黒百合と紅羽の手腕によるところが大きい。対象から付かず離れずの位置を居ながら、異常が発生すれば即座に離脱できる距離を維持し続けた。
桃子は若干、足を引っ張り気味であったものの、黒百合と紅羽のフォローもあって事なきを得た。
日が暮れてからは、東に加えて、彼女の後をつける吸血鬼共も監視の対象に加わったが、何の事はない。
吸血鬼の尾行はお粗末であり、東の意識がそちらに向かったお陰で、随分と仕事がやりやすくなったほど。
後は米連の介入を警戒しつつ、突入部隊へと連絡を送ればよかった。単独の潜入任務よりも遥かに簡単な任務であった。
「よし、全員乗せたな。思わぬ収穫だった。いや、これで東を扱いやすくなる」
「生徒達はどうしますか?」
「吸血鬼共と一緒に拘束しておけ。命令がなきゃ動かないとは思うが、念には念をだ」
助手席には紫が、後部座席には残りの三名が既に与えられた仕事を終えて乗り込んでいた。
運転席の扉を開けると紫は腕を組んで待っており、ガスマスクの向こう側でも不機嫌なのが伝わってくる。
それもそうだろう。よりにもよって、今の突入で攻撃したのは、あろうことか、東一人だけなのだから。
突入直前に張った煙幕には米連製の催眠ガスを混入させておいた。
即効性が高く、拡散性も抜群。陸上最大の生物であるゾウも、ほんの数十秒で眠りの世界へと落ちていく。
如何な吸血鬼と言えども、この催眠ガスに抗う術はなかったらしく、先程は響いていた困惑の声はなく、車の中で拘束されて静かな寝息を上げるばかり。
「さて、近場の川に行ったら吸血鬼共を凍らせてから細かく砕いて撒こう。そうすりゃ、米連にも警察にも見つからん。この事実に気付くのはグラム叔父さんだけだ」
「む、無抵抗な相手に、それはちょっとぉ……」
「ウ、ウチもやりたくないんやけど……」
「ああ、安心しろ。凍らせるだけでいいから。後はオレがやるからいいよ」
「そういう意味じゃないと思います……」
とんだ残虐行為と完全犯罪成就の瞬間に立ち会ってしまった花蓮、雫、ワイトは嘆息したが、虎太郎は何処吹く風である。
確かに、死体の簡単な処理方法であったが、人型の物体を細かく砕くなど、正気の沙汰ではない。生徒のドン引き具合も無理はなく、そんな行為に子供を関わらせることにワイトもドン引いていた。
ともあれ、これでグラムの目を眩ませることは出来るだろう。
この場から逃げ延びた吸血鬼は居らず、現場には殆ど証拠らしきものは残っていない。
万が一、何らかの手段――――匂いなどで催眠ガスに気付いたとしても、犯人は近場に潜んでいると知っている米連の仕業と睨むだろう。
何にせよ、グラムにとっては邪魔者に過ぎない東を排除出来たと判断せざるを得ないだろう。
「よし、出すぞ」
虎太郎の言葉と同時に、ハイエースは急発進し、公園を囲む柵を突き破って夜の街へと姿を消す。
現場に残っていたのは、壊れた柵と静寂のみ。周囲の住人が気を利かせて警察に通報するにしても、何らかの勢力による戦闘とは全く別の、危険運転を危惧してのものだろう。
途中、宣言通りに花蓮の忍法によって氷像と化した吸血鬼共を千々に砕いて川へと流した。
眠りの世界に落ちたまま、意識を取り戻すことも苦しむこともなく、この世を去った彼等は果報者だ。法悦よりも苦しみの方が大きいのが生である以上、間違いではあるまい。
その場で紫、雫、花蓮を着替えさせ、仮設本部へと戻らせた。
これからはグラムの寄生蟲を警戒して、街から20キロ以上離れた廃墟へと向かう。
寄生蟲には主であるグラムに、宿主の位置を知らせる能力を有していることが桐生の解析によって判明したからだ。
この手の能力は、一匹の王を頂点として無数の兵隊が王の意志のままに動く魔界の生物ならば、大抵が有している。
寄生蟲程度の大きさであれば、どれほどの数が存在しようとも、正確な位置を追えるのは半径10キロまで。
それ以上ともなれば、精々がおおよその方角に存在していることしか分からない。それでも破格と言えるのだが。
数々の経験から、一時的に東と生徒達を匿う場所を見繕っていた虎太郎とワイトは吸血鬼と米連の追跡を警戒しながら一路、廃墟へと向かう。
(さて、これが助っ人の