※この作品はR-18です。

対魔忍アサギ 苦労人奮闘記   作:HK416

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『三人目の助っ人参上! でもこれって助っ人って言っていいんですかねぇ!?』

 

 

「うぉぉらぁああぁぁああぁ――――!」

 

「――――ふっ!!」

 

 

 裂帛の気合と冷徹な呼気が交差する。

 

 東が握るは、梵字の刻まれた金属バット“鬼切”。

 神村家に受け継がれてきた大太刀を打ち直し、九つの神仏の力を宿す日本でも有数の破魔の力を宿す武器。

 

 マリカが握るは、ルーン文字の刻まれた破壊の神の名を冠するチェーンソー“シヴァ”。

 聖も邪も、魔も人も区別なく引き裂く、吸血鬼の能力によって、彼女自身の血肉から生み出される武器。

 

 人によって生み出された武器と魔によって生み出された武器二つが激突を繰り返し、火花を散らす。

 月明かりが差し込む校庭が、生まれた火花によって目も眩むほどに照らされているかのようだ。

 

 両者の攻防はひたすらに巧みだ。

 東、マリカ共に手数ではなく、一撃一撃の重さで相手を押し潰し勝負を決める戦闘法(スタイル)

 繰り出される打撃と斬撃は、間違いなく必殺の意志を込めてのもの。しかして、全力ではない。皮肉と言うべきか、それとも苦肉と言うべきか、互いに必殺かつ全力を出せない理由があった。

 

 決して相手を気遣ったからではない。

 僅かな気の緩みや気構えの差で、一瞬で形勢が決まってしまうほどに、両者の実力は拮抗している。

 そう、拮抗しているが故に、不用意に全力で踏み込めない。振り抜けない。

 

 全力であれば、その前後に隙が生まれる。

 全力を込めた筋肉の強張りを悟られる。全力の踏み込みからの立て直しは間に合わない。

 

 完全に。両者の思惑は完全に一致していた。

 

 ――――即ち、持久戦。

 

 己か、マリカか。

 我が身か、東か。

 

 現状に耐えかねて息を吐いたほうが、痺れを切らした方が、体力の尽きた方が、心根が折れた方が、刹那の後に死ぬ。

 

 尤も、両者共にそのような決着が迎えられるなどと信じてはいない。

 信じているのは、より早く味方が戦いを終わらせて、自身の助けに入ること。より確実な勝利には、それが不可欠であった。

 

 マリカは種族としての絶対的な自信から。

 東は元よりその予定で、この作戦に参加した故に。

 

 

「――――ふふ、どうやら、私と貴方の相性は良いようね。逃げるなら今のうちよ?」

 

「ご忠告どうも。でも、気を抜けないのはお互い様でしょう?」

 

 

 北絵とワイトの戦いもまた拮抗し、膠着していた。

 

 先刻のグラムの部下との戦いと打って変わって、ワイトは近接を徹底して避けた。

 北絵の結界術は、一度でも捕まればワイトにとって致命傷。屍の王の瘴気は浄化され、下手をすればアルフレッドが行った外法による虎太郎と魂の契約関係も解かれてしまいかねない。

 だからこそ、自分から近寄りもしなければ、相手に近寄らせもしない。

 

 ガチャリ、と鎧を鳴らしながら、ワイトは手を差し出した。

 掌を地面へと向けて突き出した腕――より正確に言うのならば、手首の上側には砲身と砲門が鈍く月光を照り返していた。

 

 形状はワイトが操る蜂型のゴーレムが装備しているものと同一。機構も全くの同一。

 圧縮した瘴気を球状に維持し、高速で射出する砲身。直撃したものに物理的なダメージを与えた上で、死亡すれば即座に動く死体へと変えてしまう。

 

 しかし、街一つを覆い尽くすほどの瘴気を、ただ相手を貫くだけに使用したとなれば――――

 

 

「――――――っ!!!」

 

 

 ――――相性すらも貫く矛となる。 

 

 放たれたのは砲弾ではなく、光線のようだ。

 瞬間に響き渡った音は、初速から音速を越えた何よりの証。

 原理はウォーターカッターのようなもの。一撃に込める瘴気の量と圧縮率を高めたことで、威力が段違いに上がっていた。

 

 

「龍紋結界、五連――っ!!」

 

 

 二本の指を立てた手が、流麗かつ素早く宙を滑るや否や、五芒星の頂点に龍を配置した盾のような結界が生み出される。

 

 本来であれば黒龍、青龍、赤龍、黄龍、白龍、即ち五行に相当する龍を名を唱え上げる必要のある最高位の結界。

 事もあろうに、北絵は詠唱すら破棄した上で霊力の行使のみで、五重に展開してのけたのである。

 

 ワイトの放つ閃光は一枚目を容易に貫くも、二枚目で僅かに勢いを削がれ、三枚目に瘴気の大部分を浄化され、四枚目には在らぬ方向へと逸らされてしまう。

 

 世界最高の結界師の名は伊達ではない。

 今の一撃を躱せる者は数多くいようが、防げる者はそういまい。

 

 

(そうよ。そう――――)

 

(――――これで、いい)

 

 

 まるで矛盾の逸話の再現だ。

 だが、此処でも両者の思惑は一致していた。

 

 ワイトが近接を避けた理由は先刻の通りであったが、北絵にとってもこの状況は好ましい。

 北絵は、最強の盾だ。盾であるが故に、主人であるグラムから離れるわけには行かなかった。

 下手に動かれて、グラムから離されるのは不味い。またグラムを狙われるよりも、自分に的を絞られた方が盾としての役割を存分に果たせるからだ。

 その場を一歩も動かず、無理に新たな結界を展開しようと別の方向に気を逸らさず、ただひたすらに耐え続ける。それが、今の北絵にとって最良の戦い方であった。

 

 

『紫様。米連の工作員が隼人学園での戦闘に気づいた模様です。偽装工場に動きがあります』

 

「このまま襲撃をかける様子は?」

 

『今の所は、見られません。幸いなことに米連はグラムが何者であるかを把握していない上、同盟を結んでいるはずの我々が争い困惑をしているようです。所感ですが、まずは様子見で包囲。その後、チャンスがあればクロムウェル様の確保に動くかと』

 

「分かった。そのまま監視を。乾、坎、離班は即時隼人学園に急行するように伝えろ。その後、兌班と合流し、包囲の外で待機。万が一の場合、包囲に穴を開けさせろ」

 

『了解。ご武運を』

 

 

 紫は隼人学園に足を踏み入れてから、一切戦闘を行っていなかった。

 それは偏に、グラムの一挙手一投足に注意を払っていたからだ。

 

 紫は、グラムが逃走を選択した場合の追跡と足止めを担っている。

 吸血鬼は、その気になれば身体を霧に変えて逃げることが可能だ。虎太郎から逃走防止用の秘策を預けられてはいるものの、僅かでも変化(へんげ)の兆候を見逃せば全てが手遅れになってしまう。

 

 故に、東にもワイトにも加勢は許されなかった。

 彼女の立ち位置は全てを見守るしかない歯痒い立場であったものの、今回の作戦で最も重要な立ち位置であることを理解していたからこそ、全ての衝動を不満を押し殺し、グラムを射抜かんばかりに睨み据えている。

 

 グラムもまた紫が動かない故に、迂闊には動けない。

 敵陣においてグラムは総大将。討ち取られるわけにも、早々に動ける立場にもなければ、三人の戦いに割って入れるほどの実力もなかったからだ。

 

 

『グラムの野郎はそう簡単には逃げんと思うがな』

 

『奴も後に引けないほどに追い詰められているからな』

 

『それもあるが、奴の傷を癒せるものがある以上、そう易々とは逃げんよ』

 

『…………??』

 

 

 紫の目にグラムは悪辣で心底から反吐が出る屑に映っていたが、虎太郎の目では屑という結論は同じでありながらも、全く別の姿が映し出されていた。

 

 そもそも虎太郎には疑問だったのだ。

 少なくとも己がグラムと同じ立場に立たされた場合、隼人学園に侵入するリスクは決して冒さない。

 寄生蟲の特性を鑑みるのならば、いくら実力があるとは言え、互いが互いを監視しているような環境で使用しては露見の可能性が高まる。

 その特性を最も効率的に使いたいのであれば、集団や側近の中にいる実力者を傀儡とするのではなく、一匹狼を気取った実力者を狙った方が、遥かに簡単で秘密裏に事を進めやすい。

 

 カーラよりも上位の存在ともなれば、人界においては一握りに過ぎないが、魔界であれば話は別だ。

 特に、最近は魔界からの流れ者は多くなる一方。見つけることは難しくとも、時間さえかければ決して不可能ではない。

 

 魔界の灼熱地獄からやってきた、獄炎の化身アスタロト。

 アサギとカオスアリーナで相争った蛇神の末裔、スネーク・レディことカリヤ。

 古代魔術の研究に明け暮れ、魔界の錬金術師と呼ばれるシュヴァリエ。

 

 虎太郎が知り得ている情報でも、パッと思いつく範囲でカーラを殺害・拘束が可能なだけの実力者はこれだけいる。

 もっと巧い立ち回りはいくらでもあった。にも拘らず、必要以上のリスクを冒してまで隼人学園に向かったのは何故か。

 

 

『単純な理由だ。アレはカーラに固執しているに過ぎん。尤も、グラム自身は決して認めんだろうが』

 

 

 虎太郎のグラムに対する結論は、自尊心を傷つけられたガキというもの。

 

 グラムは王家の血を受け継いでいる。傍系であったものの、十分に王位を継承できる位置に居た。

 王家の血を引いている事を前提としているものの、ヴラドの王位は先王による指名によって引き継がれる。

 指名の条件は様々だろうが九郎の調べ上げた結果から言えば、政務能力、求心力、統率力、更には個としての強さまで求められ、親子の情など介在し得ない。そうでもしなければ、数で劣る彼等は人界で国なぞ築けなかった。

 

 吸血鬼の王国でそれなりに大きな組織を構築できた以上、グラムもまたそれなりの才があり、支配者としての教育を受けてきたことは疑う余地はない。

 周囲よりも優れた自分を理由に、幼心に彼の自我と野心が鎌首を擡げ、時を重ねる毎に肥大化していったのは想像に難くない。

 

 しかし、カーラが生まれたことによって、カーラが王位を継承したことによって、彼の自我も野心も崩れ去った。

 哀れなどとは言えまい。単純に、彼がカーラよりも劣っていただけのこと。だが、肥大化した自我はそうもいかない。

 

 端的に言えば、グラムは自身が王になれなかった現実を受け入れられなかっただけだ。

 吸血鬼上位の物言いも、人の血を啜らずに何が吸血鬼か、という先王の意志に反発する主張も、全ては後付けの理由に過ぎないのだ。

 

 カーラを屈服させ、カーラに己を崇めさせ、カーラを跪かせて己の脚に口づけをさせる。

 そうでもしなければ、傷ついた彼の自我は決して癒されはしないからこそ、リスクを犯して隼人学園に潜り込み、カーラに固執して魔の手を伸ばした。

 

 だからこそ、グラムは易々と逃げはしない。

 北絵を殺されようが、マリカを殺されようが、カーラを手中に収めている間は決して。

 

 滑稽と言えば滑稽だ。

 カーラさえいればどうとでもなる、というグラムの考えは、彼の固執を抜きにしても正しい。

 それほどまでにカーラとそれ以外の生物の間にある隔たりは、どこまでも広くどこまでも深い。

 しかし、それを認めているということは、王としてもカーラに劣っていると自ら認めるようなもの、と気づいているかどうか。

 

 

『歳食っただけのガキさ。大人になってさえいれば、もっと手の施しようのないやり方があっただろうに』

 

『そうなったのなら、我々の負けは確実だろうに』

 

『いや、何。思考の仕方が大差ないのなら、やりようはいくらでも用意できるとも』

 

 

 その時、虎太郎が浮かべた悪意で塗り固められたような、それこそ手の施しようのない怪物のような笑みを、紫は忘れられなかった。

 

 ――――ともあれ、虎太郎の言い分は確かに理解しやすい。

 

 彼の言葉は全て事実・根拠のない推察に過ぎないが、外れることの方が珍しい。

 殊更、人物評に関しては百発百中の域である。彼に対して当たりのキツイ紫でも、否応なく認めざるを得ないほどに。

 

 相手の特徴や癖、語り口調や視線の置き方、呼吸や鼓動の刻みと乱れ。冗談など抜きで虎太郎はそれら全てを入念に観察している。呆れ果てた疑り深さから。

 その上で名前も知らぬ他者の過去、生活、好み、人生を想定し尽くし、容赦なく詳らかにした挙句にくだらないと嘲笑う。

 

 これほど相対するのが嫌な相手も居まい。

 何せ、彼の言葉は勿論のこと、一挙一動の全てが己を苛む責め苦となるのだから。

 

 

(だからこそ、カーラ殿相手は貴様が務める、か。…………死んでくれるなよ、弐曲輪。アサギ様は――我々は、お前を必要としている)

 

 

 隼人学園で巻き起こる死闘は膠着状態に陥った。

 東とマリカの暴風じみた格闘戦、ワイトと北絵による矛盾の逸話の再現、紫とグラムの視殺戦。

 

 この三つの戦いでは天秤が傾くことはない。誰が勝とうが負けようが状況は動かない。戦いの趨勢を決するは、女王と狼虎の戦いだ。

 カーラこそがこの場における最強の戦力であり、この牙城を突き崩せるか否かが戦いの分かれ目となる。

 

 それを理解しているのか、いないのか。

 両者の激突は、熾烈かつ紙一重の攻防であった。

 

 

「――――黒霧の槍」

 

 

 カーラの纏っていた外套が爆発的な勢いで膨張し、数十もの黒い槍と化して狼虎へと迫る。

 吸血鬼は自らの血肉を武器や防具へと変化させることは容易いが、一度にこれだけの数を変化させられるのはカーラくらいのものだろう。

 

 しかも、黒霧というだけあって、動きは変幻自在。

 槍のように特定方向からの突きや薙ぎ払いだけに限定されるわけでなく、軌道は弧を描き、裏返り、横転、反転して対象を付け狙う。

 

 だが、狼虎もまた疾風の如き速度で獣じみた動きで対抗する。

 迫る槍衾へ恐れることなく紙一重で身体を滑り込ませ、獣のような低姿勢で掻い潜り、容易にカーラの懐へと飛び込んでいた。

 疾走の勢いをそのままに短剣を地面に突き立て、短剣を中心に狼虎の身体と大剣(つめ)が半円を描く軌道で振り抜かれる。

 

 

「――――っ!」

 

 

 咄嗟に槍の全てを悪魔の如き翼へと変化させたカーラは、首を断たれる寸での所で受け流すことに成功した。

 

 彼女が驚愕したのはその後だ。

 狼虎の身体は地面と擦れ合いながら具足と大剣から火花を散らし、急激に反転する。

 疾走の勢いだけではなく、大剣を振るう勢いすら利用する独特の剣技は、片手で振るわれたと思えないほどの速度を生み出す。

 

 大剣の鋒がカーラの衣服を破り、腹部を皮一枚分だけ真一文字に斬り裂いた。

 

 初めて目にする剣技を前に、カーラは大きく飛び退いて距離を取る。

 

 

(傷が、再生し(なおら)ない……!)

 

 

 僅かに血を流す腹部の傷を撫でながら、カーラを息を呑んだ。

 この程度の傷であれば、吸血鬼の再生能力で瞬きの間に完治するはずだ。にも拘らず、未だに傷は開いたまま。

 確かに再生は始まっているのは感じ取れたが、傷自体が塞がるのを拒むかの如く抵抗していた。

 

 

(これは、呪い……?)

 

 

 吸血鬼を狩る狩人の一撃には霊力が込められており、吸血鬼の強靭な肉体を吹き飛ばし、再生能力を阻害するのが常だ。

 だが、目の前の狼虎の一撃には、そのようなものは一切込められていない。あるのは奇怪な剣技だけ。ならば彼の握る剣に疑いを向けるべきだろう。

 

 カーラの推察は正しかった。

 かつて魔界にて多くの深淵とその眷属を斬り伏せ続けた不死隊の剣は、呪いを帯びている。

 深淵を斬り続けたことによって得た呪いは余りにも強力であり、深淵は勿論のこと、魔の属性を持つ者に対して異様なまでの効果を発揮する。

 

 言わば、数千年級の呪い。

 元は何の変哲もない大剣が、今や不死と呼ばれる存在であろうとも問答無用で殺し得る魔剣と化した。

 

 如何な吸血鬼の女王であろうとも――――いや、吸血鬼の始祖であろうとも無事には済まない。

 

 

(厄介な……――――と、並の相手ならそう思うでしょうね)

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「隼人学園での戦闘が開始! カーラ・クロムウェルの姿も確認されています!」

 

「狙撃班を校庭の見渡せる場所に配置。残りを隼人学園を包囲しつつ待機して下さい」

 

 

 米連の偽装工場から出発した輸送トラックの一つの中で、雪那は努めて冷静に指示を出していた。

 トラック内部は無数の通信機材や武器が積まれており、米連謹製の最新鋭ボディアーマーに身を包んだ部隊員が座っている。

 

 彼等にあったのは困惑だ。何せ、聞いていた話とは違う。

 対魔忍と隼人学園は形ばかりとは言え、既に同盟を結んでいた。それを翻して争うなど愚の骨頂だ。

 だが、これまで得た情報と神村 東が対魔忍側に付いた状況から、ある程度の推察は可能だった。

 

 以前、自陣である偽装工場への襲撃から、カーラは裏で何かを企んでいる可能性は高かった。

 これまで監視を続け、隼人学園の内部へと吸血鬼が配置されたことから、これらは米連にとっては確信に近いものであった。

 

 驚くべきは、人類側だと思われていた上原 北絵ですらがカーラについていたことか。

 カーラが黒であれば、腹心であるマリカも黒である事は疑うまでもなかったが、世界でも有数の結界師が裏切ったとあれば動揺もしよう。

 吸血鬼に血を吸われ、眷属となったのか。元より、何らかの密約を交わしていたか。真相は知り得ない。

 だが、吸血鬼が隼人学園に入り得たことは、それで説明が付いてしまう。

 

 ならば、東が対魔忍側についたのは、対魔忍側からカーラの実態についてリークがあったのか、東が対魔忍に助けを求めたのか二つに一つ。

 

 奇妙だったのは、今の今まで存在を確認されていなかった二人の男の存在だ。

 一人は明らかに吸血鬼側であった以上は、間違いなくカーラについている腹心か、協力者と見て間違いない。

 

 もう一人は、出で立ちからして魔族であったが、対魔忍側であるようだ。

 対魔忍に対して信頼など持っていない部隊員と雪那であったが、元より魔族へ対抗する為に集められた彼等が、憎しみや不信感を募らせるのは無理もない。

 

 

(しかし、これは好機ですね。労せずして、カーラ・クロムウェルを確保できるかもしれない……)

 

 

 雪那と米連にとって、不意打ちじみた状況ではあった。

 しかし、カーラの思わぬ裏の顔を垣間見た彼女は、リミットであった吸血鬼対策会議までに計画を遂行すべきか、中断すべきかを決めあぐねていたが、これを好機と見た。

 

 二つの集団が互いに互いの尾を喰み合う状況。

 どのような結果となるかは別として、一方は敗北し、もう一方も勝利はするが無事には済まない。

 

 カーラ側が負けるのであれば、それで良い。

 カーラが殺される可能性が高く、殺されずとも対魔忍に確保されることは確定。

 吸血鬼対策協議に参加することは叶わず、彼女の部隊としても最低限の目標を達成できる。何なら、確保されたカーラを襲撃し、改めて殺すことも、米連の手中に収めることも不可能ではない。

 

 カーラ側が勝ったとしても問題はない。

 ありがたいことに神村と対魔忍と思しき一人が、有象無象の吸血鬼を掃討してくれた。

 後はカーラ、マリカ、北絵、協力者の吸血鬼の四名のみ。これからの戦いで大なり小なり消耗し、部隊への被害は極限できるだろう。

 

 

 雪那の考えは真相から遠く離れていたものの、少なくとも彼女の目的を達成する上での動きは、概ね正しい。

 

 もし、間違いがあるとするならば――――

 

 

(押されているのは、魔族の闖入者の方――――精々、化物同士で殺し合いなさい)

 

 

 ――――鎧姿の男の思惑を、甘く見たことか。

 

 揺れるトラックの荷台で、偵察用のドローンが映し出す映像を画面越しに眺めていた雪那は、明らかな嫌悪の視線を向けていた。

 まるで忌々しい毒虫が、互いに殺し合う姿を眺めているかのようだ。

 

 その中身が、人間であるとは考えていない。

 その中身が、対魔忍の中において最も油断がならず、悪辣な男であるなどと知りもしない。

 

 ましてや、自身が彼の思惑通りに動いているなど、彼女ではどう足掻いたところで辿り着けぬ話であった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「――――――――」

 

「あぁ、いいわ。貴方のような強者を跪かせるなんて――――なんて、良い気分なのかしら……!」

 

 

 女王と狼虎の戦いは、決着が目前まで迫っている。

 狼虎は無言のまま片膝を付き、女王は童女のような笑みを浮かべてそれを見下ろしていた。

 

 生半可な戦いではなかった。

 事実として狼虎の全身は血で濡れており、カーラもまた両腕に血が滴り、マントも襤褸雑巾のように斬り裂けれている。

 

 戦いを決しようとしたのは、種族の間に横たわる単純な差であった。

 

 

「――――ふふ」

 

 

 カーラが微笑みながら腕を伸ばすと、腕は大きく膨張して黒霧となって弾けた。

 千々に弾け飛んだ腕は数百もの蝙蝠に姿を変え、まるで竜巻のように狼虎の周囲を飛び回り、襲い掛かる。

 狼虎は左右の剣を振るって斬り伏せるも、これでは数が多すぎてまるで意味がない。

 

 カーラは大剣の呪いと狼の剣技が厄介と見るや、徹底して彼の間合いへ踏み込まず、また踏み込ませなかった。

 当然の戦法であるが、彼女以外の存在には、これは不可能であっただろう。

 いくら吸血鬼と言えども、腕をこれだけの数の眷属へと変化させた上で操るなど、“血を統べる者(ブラッド・ロード)”以外には不可能な芸当だ。

 

 巧い立ち回り方であった。

 不死殺しの大剣で眷属を斬り倒せば、そのままカーラの腕を斬り落としたも同然となるが、これだけの数で腕一本分。蝙蝠を数匹斬った所で、かすり傷にもなりはしない。

 その上、蝙蝠の爪と牙は細くも鋭い。鎧の隙間に入り込み、容赦なく身体を傷つけ、血を流させる。

 

 出血を余儀なくされ、体力を消耗させられては、狼の剣技も否応無しに鈍っていく。

 

 

「ほら、息をするのがやっとでも、走らないと」

 

「――――っ!」

 

 

 カーラのマントが翻る。

 無数の槍が伸びる先にいたのは、マリカと戦いを繰り広げる東だった。

 

 文字通りの横槍であったが、マリカとの死闘を繰り広げる東には余力がない。分かっていたとしても、どうにもならない。

 本来のカーラであれば、決して行わない卑劣な行いであったが、今や彼女は女王ではなくグラムの傀儡。誇りもなく、知恵だけは廻る。

 

 ほんの数瞬後には串刺しの死体が出来上がる直前、数百の蝙蝠に襲われて身動きの取れなかった狼虎は地を蹴った。

 息をするのもやっと、と評された五体らしく精細さを欠いていたものの、蝙蝠の竜巻を突き破るには十分だ。

 生み出す風圧だけで襲い来る蝙蝠を吹き飛ばし、東へと迫る槍を身体ごと旋回させながら振るった剣で斬り伏せる。

 時には東だけではなく、ワイトや紫までも槍衾から守りながらの戦いであっては、狼虎でも荷が重い。

 

 其処で再び、狼虎は膝をつく。

 

 人の身でありながら、人ならざる剣技を用いたために、限界を迎える当然の帰結。

 度重なる出血と消耗。本物と偽物の差異。圧倒的な種族の差。

 

 これが本物であったのなら、当に決着はついていただろう。

 どれだけ盗人が騎士の真似事をしようとも、どれだけ形を似せようとも騎士にはならぬように、彼の才能では、どうしたところで狼には届かない。

 

 

「見事なものだわ。何処でその剣を学んだかは知らないけれど、人の身でよくも其処まで…………でも、もう終わりよ」

 

 

 カーラの胸にあったのは、第一にグラムへの忠誠心であったが、確かに狼虎への敬意があった。

 生まれ持った性格と先王によって育まれた品性は、傀儡になったとて決して消えない。ただ、グラムのためならば全てを投げ捨てられるようになっただけなのだ。

 

 彼女の全身が霧へと代わる。

 次なる攻撃に備えて構えを取るが、全てが無意味であった。

 

 カーラが霧から元の姿へと戻ったのは、狼虎の背後。

 異様な猜疑心から構築された感覚器官は、彼女の出現を既に予測しており、渾身の一刀を首を目掛けて振り抜いていた。

 

 だが、その一撃は虚しく空を斬る。

 体力が万全ならばまだしも、消耗に次ぐ消耗を余儀なくされた後の一閃は余りにも遅すぎた。

 

 カーラは首への横薙ぎの一閃を潜るように踏み込むと、両腕を彼の身体へと巻き付かせる。

 

 

「――――――っ――ぐ」

 

「光栄に思いなさい。貴方に私が初めて血を吸う相手になる栄誉をあげるわ」

 

 

 それは正に死の抱擁であった。

 恋人への熱い抱擁のようでありながら、鎧の上から吸血鬼の腕力で締め上げる。

 

 鋼鉄の鎧から上がる軋みは、彼の悲鳴そのものだった。

 軋みの向こうからは、肋骨が折れる音までもが聞こえていた。兜の隙間からは血が溢れる。内臓に折れた肋骨が突き刺さっているのだろう。

 

 ガランと音を立てて短剣と大剣が彼の手から零れ落ちた。

 

 

「は、はははははは! いいぞ、カーラ! 奴の血を吸え、それこそが吸血鬼の本分だ!」

 

 

 カーラに代わり、グラムが勝利の哄笑を上げる。

 勝利の安堵と喜びだけではない。傀儡となったカーラが自らの意志で先王の定めた約定を捨てると宣言したのだ。

 穢れなき存在を陵辱する心地良さ。傀儡に堕ちてなお気高かったカーラが、自分と同じ位置にまで堕落する興奮。全てを笑い声として、グラムは吐き出している。

 

 東も、ワイトも、彼の危機には駆けつけられない。

 マリカの猛攻は止むことはなく、北絵は今まで温存していた余力でワイトを捉えようと無数の結界術を起動した。

 

 カーラの口が大きく開かれる。

 月の女神とも思われた表情は失われ、耳まで開いた(あぎと)は真性の怪物であることを知らしめていた。

 ゾブリ、と音を立てて彼の首に乱杭歯が突き立てられる刹那、狼虎は兜の下で笑みを漏らす。

 

 次の瞬間、抱擁を交わした二人の姿は、噴出した煙の帳によって覆われる。

 

 

「は、悪足掻きを! 今更、煙幕を張った所で何になる!」

 

 

 血を吸われる直前に、狼虎は発煙筒を取り出して炸裂させた。

 グラムの嘲りの通り、煙幕とは敵の視界を遮り、注意を引くためにこそ使用される。捕らえられた状態では何の意味もないだろう。

 

 ドクンと空間が脈動した。

 

 吸血鬼は、文字通りに血を吸う鬼だ。ただ生きていくだけであれば人間の食事でも栄養は十分に摂取できるが、反面、吸血鬼としての力は徐々に錆びついていく。

 ヴラドの国民は、先王が人間と交わした約定に従いながらも、吸血鬼としての力を保つために、輸血パックや動物の血を啜る。無論、カーラもマリカも同様だ。

 つまり、生き物としては兎も角、吸血鬼としては常に飢餓状態なのだ。

 

 そんな怪物が生き血を啜った。

 生まれや血筋、個体の才能によって上限値は違うものの、吸血鬼は総じて血を吸えば吸うほどに、その力を増す。

 

 空間の脈動はカーラが力を増した――――いや、本来の力を取り戻した何よりの証だ。

 

 グラムは歓喜からか、全身を震わせて興奮している。

 煙が風によって流され、顕になったのは地面に伏してピクリとも動かない狼虎と、立ち尽くしたままのカーラの姿。

 

 

「………………」

 

 

 カーラは二度、三度と手を握り締めては開きを繰り返し、踵を返してグラムに目を向ける。

 

 見よ、血色に輝く赫灼の瞳を。

 余りにも冷酷な光を宿した瞳で、確かにグラムを見ていた。

 

 その瞳に、グラムは一歩後退り、怒りと屈辱から顔を赤く染め上げる。

 何を恐れる必要がある。カーラは既に己の傀儡。操り手にして主人が、傀儡に気圧されるなどあってはならない、と。

 

 

「カーラ、貴様、その目は何だ。またきつい仕置が必要か?」

 

「――――…………」

 

 

 グラムは優越感から滑った言葉に、すぐさま後悔する羽目となった。

 

 カーラは確かに、グラムを睨みつけたからだ。 

 彼の全身が総毛立つ。勝利を確信した笑みなど即座に消え失せ、顔は恐怖に覆われる。

 

 ――――そう、カーラは本来の力を取り戻すと同時に、本来の自分も取り戻していた。

 

 単純な。実に単純な理屈だ。

 

 狼虎の身体には、天才魔科医・桐生 佐馬斗が開発したウイルスが投与されている。

 ウイルスは唾液、血液、精液などの体液内で増殖を繰り返し、総数を増やす。

 他者の体内に取り入れられた時点での数は少なく、効果を発揮するまでに時間はかかるのだが、全身の血を絞り尽くすまで吸い上げれば話は別だ。

 

 寄生蟲は未だにカーラの神経と癒着しているが、彼女が正気を取り戻すには十分過ぎる量だった。

 まして、彼女が本来の力を取り戻したとあれば、寄生蟲如きの力では彼女を汚すこと能わず。

 

 そう、狼虎の――――虎太郎の目的は、カーラに己の血を吸わせることにこそあった。

 

 その為に、カーラとの直接対決を望み。その為に、カーラとの対決に邪魔の入らぬように東とワイトと紫に役割を与えた。

 煙幕は米連に今も後も要らぬ邪魔を入らせぬため。約定を破るカーラの姿を確認させては、ヴラドに攻め込むだけの理由を米連に与えかねないからだ。

 

 カーラは言葉もなく、ただ冷徹にグラムを睨み据える。

 屈辱もあった、羞恥もあった、恥もあった、抑えきれぬ赫怒もあったが、その全てを押し殺す。

 全ては怨敵を倒すためではなく、命を賭してまで己を掬い上げた男に対しての感謝と労い故に。

 

 こうして、敵であった筈のカーラは寝返り、虎太郎の思惑通り()()()()()()()として、彼の陣営へと加わるのであった。

 

 

 

 

 

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